妻の故郷、山岳部ミャグティ郡・カパルダンダ村へ、一人で訪問した時のこと。雨季が終わり、山道を移動するジープが再開したとの連絡を受け、バスに1日揺られて郡庁所在地のベニへ。
![]() |
神話の舞台「マハビル」を 眺めながら休む村の女性 |
ところが、山を下ってきたドライバーは「村へ向かうジープは、悪路で運行しない」とのこと。徒歩で一人は心細く思えたので「他に誰か行く人がいたら、伝えてほしい」とお願いしました。すると翌朝、隣村へ戻る男性2人が待っていてくれ、出発してしばらく歩くと、1人また1人と同じ村へ向かう人に会います。僕の重たい荷物を背負ってもらい、ベニで買ったグァバを分けてもらったりして、総勢6人での移動となりました。
道中、「マハビル」と呼ばれる切り立った崖を見ました。「マハ」は蜂蜜、「ビル」とは崖の意味で、直訳すると「蜂蜜の崖」。先祖代々ハニー・ハンター(蜂蜜採り)の多かったプンマガルの人々に伝承される、神話の舞台にもなった崖です。
![]() |
カイラおじさん。 「カイラ」は父方兄弟の四男の呼称 |
カパルダンダに着くと、カイラおじさんが僕の案内役を引き受けてくれました。おじさんは訪問先で出されるシコクビエの蒸留酒を飲んで上機嫌で、「マハビル」の話を聞かせてくれました。
「子どもの頃、マハビルで蜂の巣に石を投げ当て、零れ落ちる蜜を掬って喰ったりして楽しんだ」。「“百ある蜂の家(巣)岩穴にあり。リタの木(高木)登って見るべし”と言ったものよ」。
後者は、地域の人々に古くから言い習わされた言葉で、リタの高木に登ればたくさんの蜂の巣が見渡せる、という意味です。ただ、今では「蜂の巣もリタの高木も見かけなくなってしまった」。
それより昔からプンマガルの間で伝承されてきた、マハビルにまつわる物語が残されています。
山頂にある寺院の中には、ロープを伝って蜂蜜を採りにいく神話の一場面を描いた絵画、そして神話に登場する「パルパケ父さん」と呼ばれる先祖の像があります。パルパケ父さんの隣には、亡くなった前妻の像、前妻の妹でもある後妻の像。逆隣には長男と末の息子2人の像があり、息子は総勢で9人とされています。像が祀られていない息子らにも、それぞれ物語があるとのことです。
パルパケ父さんは、西のドルパ郡フカムにあるマイコット村から狩猟・採集をしながらやってきたそうです。ところが、蜂蜜を採りに崖を登った時、綱が切られ、地上に戻れなくなったとのこと。
岩穴で数日、蜜を喰って飢えをしのぎ、ある日、蛇がタカの巣にいるヒヨコを襲うのを見て、蛇を追い払いヒヨコを救ったところ、戻ってきたタカ、恩返しにパルパケ父さんを岩穴から地上へ運ぶ、と言います。それは無理だろうと断ると、タカは大きな岩を持ち挙げ、無理でないと実証してみせます。かくして、パルパケ父さんはタカに救ってもらい、地上へと戻ったとのこと……。
神話は、儀礼の時などに祈祷師の唄に載せて語られますが、細かい内容をすべて把握しているのは、ごく一部の人だけです。
文字を持たない時代から、口頭で伝承されて来たプンマガルの神話。ヒトと動物が会話を交わし、闘い、助け合ったりしているあたりに、自然と向き合って来たここでの暮らし、ものの見方、考え方が含まれてあると思うのです。(藤井牧人)