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研究会報告:たべもの歴史研究会
比較文明の旅B―フランスの風土

 
 (特)日本有機農業研究会幹事の本野一郎さんを講師に実施している新規研究会「たべもの歴史研究会―“文明のたべもの史観”にむけて」。以下、第4回の内容をかいつまんで紹介する。

 

 講師の本野さんは研究会の第二回目で、イングランド南部を訪れた経験をもとに、和辻哲郎の言う「牧場型風土」における食べもの確保のあり方について指摘した。
第四回目は、同じく「牧場型風土」に属するフランス南部が舞台である。もっとも、同じ風土に属するとはいえ、農業とそれを取り巻く社会のあり方には、違いが見られるという。

 

フランスの提携=AMAP

本野さんがフランスを訪問したのは2008年、現地で開かれた生産者と消費者の提携を進める国際組織URGENCI(Urban-Rural Network: Generating new forms of Exchange between Citizens)の世界大会を契機としている。その際、フランスの有機農業団体AMAP(Association pour le Maintien d'une Agriculture Paysanne、家族経営農業を守る会)の計らいで、会員農家の自宅に滞在する機会を得たという。
本野さんによれば、もともとフランスの有機農業は、日本のように生産者と消費者との提携を基礎としていたわけではなく、スーパーマーケットのオーガニックコーナーに出荷するのが一般的だったという。つまり、高付加価値農産品の市場流通という位置づけで始まったものらしい。フランス政府も、そうした位置づけで政策的に税金を投入し、欧州連合(EU)内で市場占有率を競ってきた歴史があるという。
ところが、ここ10年〜15年の間に状況は一変する。EU内部で貿易自由化が進む中、スペインやポルトガルの有機農産品が大規模に流入するようになったのだ。もともとスペインなどは、ドイツやイギリスといったヨーロッパ北部地域に向けて有機農産品をつくっていたが、フランスやイタリアにも出荷するようになった。その結果、フランスの有機農産品は市場流通では太刀打ちできなくなっていった。
本野さんが滞在したマルセイユにほど近い南仏の有機農家ハーツ家も、かつては多品目栽培の有機野菜を大手スーパー「カルフール」のオーガニックコーナーに出荷していたが、輸入農産物の攻勢を受け、出荷することができなくなった。
一方、その同時期に、フランスにはアメリカ経由で、生産者と消費者が提携して地域が有機農業を支えるCSA(Community Supported Agriculture)というシステムが伝えられる。もともとは日本の産直提携運動を源流とするものだが、アメリカに渡り、急拡大を遂げた。それがフランスに伝わり、2001年あたりからAMAPという提携が生まれていく。本野さんが訪れたマルセイユを中心とする南仏地方は、その走りであり、多くの農家がAMA
Pに転換した。2008年段階で、フランス全土のAM
APは1000ヵ所前後を数えたというから、非常に早い進展と言えるだろう。

合理主義的な農業経営

本野さんが滞在したハーツ家はAMAPに転換して5年目。経営面積は2ヘクタール(うち1ヘクタールは借地)で、1.5ヘクタールがビニールハウス。本野さんが訪問したのは、ヨーロッパでも真冬にあたる2月だが、暖房なしの太陽光のみ。気候の温暖な南仏ならではだが、有機農業である限り暖房は入れないとのこだわりもあるだろう。この農地に、ハーツ夫妻と娘夫婦を中心に、さらに20歳代のアルジェリア人青年2人、地元のパート2人(収穫専門、配送専門)と、延べ8人が働いている。

ハーツ家
収穫リーダーのパート(左)とアルジェリア人青年

注目すべきは、合理主義的な経営である。ハーツ家では有機農業で年間10品目以上の多品目少量栽培しているが、それは極めて合理的な仕組みによって成立しているという。
本野さんは滞在時、50人分の収穫に立ち会った。収穫の段取りはすべてパートが差配する。12品目で50人分の収穫は、日本ならほぼ一日仕事にあたる。それを2人で朝9時から始め、休憩を挟んで昼までには終えてしまったという。
たとえばシロナ。等間隔で同じ大きさのものが育っており、それをナイフで切ってゴムバンドでとめる。袋には詰めない。これを50株つくって一つのコンテナに入れ、横付けしているトラックに放り込む。このまま消費者に向けて出発できる。フランス人が好んで食べる二十日大根(ラディッシュ)も、やはり等間隔で発芽させている。収穫は、片手で握って抜いたら、やはりゴムバンドで1束にする。日本のように計量はしない。


ソイルブロック
みごとに発芽のそろったアブラナの一種

ちなみに、等間隔で均一の生育が可能なのは、ソイルブロック(育苗用の培土をブロック状に整形したもの)を使って均一の培土を準備しているからである。均一な苗ができているため、一定の段階で、定植用の穴開け機械で土壌に穴を開け、そこにソイルブロックを置いていくだけでいい。ソイルブロックは資材屋で購入し、それに各自で工夫を加えるという。
播種の時期から収穫まで、一連の作業工程はすべてコンピューターで管理されており、まったく無駄がない。年中どの月も、どの週も10品目を下回ることはない。もちろん、それはハウス栽培が前提ではあるが、ここまで管理を徹底できるのは、農業経営のプロと言ってよいだろう。それを企画・立案するのはハーツ家の人々、実際に農作業の中心となるのはパートとアルジェリア人だという。

 

「産直提携」らしさも

収穫を終えて向かった先は、ハーツ家の農場から車でおよそ1時間半の街中にある、空き地のような広場。ここに消費者会員が集まって、それぞれ野菜を持ち帰るという。
会員への配送コースは、週4日の4コース。月曜日は35口、火曜日は34口、水曜日は50口、金曜日が75口となっている。いずれも、農場から車で30分〜1時間ほどで比較的近い。土曜、日曜は農場も含めて完全に休みである。
会員は半年ごとに前払いで会費を入金している。本野さんによれば、スーパーなどで見る限り、フランスにおける有機農産品の価格は、およそ市販の2割高〜5割高だという。しかしAMAPの場合は単価は関係なく、提携農家の経営が成り立つ価格を会費として設定し、それを前払いすることによって初めて経営が成り立つ。これは、日本の産直提携でも行われていたシステムである。
配送の際に農家が行うことは、ほとんどない。昼までに収穫を終え、3時半ごろに農場を出発し、5時ごろに広場に到着する。その後は、消費者会員の役員がコンテナを降ろし、配置を済ませると、三々五々集まってきた会員たちが、黒板に書かれた本日の品目表を見ながら、それぞれの分を引き取っていく。それを役員が会員名簿を見ながら、取りにきたかどうか確認する。
本野さんによれば、会員たちが農産品を受け取る際に特徴的なのは、必ず順番どおり上から取っていくことだという。上から取らず、必ず下から取る日本人とは違う。日本では何であれ、必ず一番上のものをどかして下のものを調べる。その過程で上のものは痛んでいくため、袋に詰める必要が生じる。あるいは、形や大小、重さにこだわる。そのため、場合によっては、過度な計量や掃除が求められてしまうのである。
一方、ここでハーツ夫妻が行うのは、1時間半にわたって消費者と会話を行うことである。今日の野菜の状況や畑の状態、はたまた世間話やうわさ話など。もちろん、消費者同士も井戸端会議のように語り合う。日本の共同購入でも、こうした場面は見られるだろう。ただ、日本の場合、そこに集まるのはおおむね主婦に限られがちである。ところが、フランスでは主婦だけでなく、まさに老若男女が集ってくる世界があるという。
こうした直接的なコミュニケーションは、ほかの場面でも重視されている。たとえば、農場で半年に1回、会員との交流会を行う。そこで会食しながら、栽培してほしい野菜の要望や会費の内容について意見を出し合い、農場も実際に見学するという。「産直提携」の名にふさわしく、緊密な関係が形成されていると言えよう。

 

合理主義の二面性

会員
●消費者会員の引き取り風景

予定時刻の午後7時になるまでに、すべての会員が引き取りに現れ、品物はすべてなくなった。本野さんによれば、平日の午後5時30分〜7時という時間帯に、有機野菜のために集合できることこそ、フランス社会の優れた点だという。というのも、かつて8時間労働を権利として勝ち取った先人たちの歴史を継承し、労働者階級の権利が守られているからである。そのため、午後5時になれば帰宅し、それから有機農業を支える活動に参加できる。これは残業が常態化している日本では難しい。
  ここから、本野さんは、有機農業運動と労働運動は表裏一体であるとして、日本で真に労働者の権利を守る勢力を中心にした政権が形成され、「ゆとりある社会」がつくられない限り有機農業は伸びず、「農的な暮らし」へ向かうことは難しいと言う。
  もっとも一方で、同じフランスでも、アルジェリアなど移民も同様に労働者階級としての権利が保障されているかと言えば、残念ながらそうは言えない現実もある。実際、移民たちは労働者階級にも属せない下層を形成しており、有機農産品の提携どころか、生活にも困窮する状況にある。しかし、労働者の権利がいとも簡単に掘り崩されている日本と比べれば、限界があるとは言え、依然として一定の権利が守られているフランスは、まだましなのかもしれない。
  本野さんは最後に、フランスにおけるAMAPの持つ二面性について触れた。肯定的側面としては、近隣における産直提携という基本を踏まえた合理的な経営である。すなわち、ハーツ家で見たように、バラつきのない均一な作物を栽培し、短時間・低コストで収穫・配送し得る技術である。消費者のために年間で必ず10〜12品目を揃え、そのためにはどのような培土で種を落とすか、冬に向かって、あるいは夏に向かって、どの作物をどれくらいの間隔で育てていくか、それをデータに基づいて管理する。さすがに、小売り大手への出荷から出発しただけのことはある。
  日本で有機農産物の取り引きをする場合、過剰と不足は上下2割までは許されるような雰囲気があるが、フランスではそうした「緩さ」は必要ない。まさに、合理主義に基づくプロの農業経営と言えるだろう。
  しかし、それが同時に否定的側面でもあるという。つまり、作物に対する極めて合理的・科学的な姿勢を基礎としているということは、裏を返せば農業は風土に依拠していないということでもある。そこから農業経営は生まれても、「農的暮らし」といった発想は、恐らく生まれないのではないか。本野さんは、そうした印象を持ったという。この点は、前々回のイングランド南部の事例と比べて異なる点だと言えよう。同じ風土に属しながら、何故そうした違いが生じるのか、今後の課題だろう。          

 (研究所事務局)


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