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研究会報告:たべもの歴史研究会
  比較文明の旅@―イギリスの風土

 
(特)日本有機農業研究会幹事の本野一郎さんを講師に実施している新規研究会「たべもの歴史研究会―“文明のたべもの史観”にむけて」。以下、第2回の内容をかいつまんで紹介する。

 

「牧場型風土」の実際

いま私たちが生きている近代文明では、たべものはもっぱら利潤を得るための商品とされ、環境や生物の多様性、生命や健康といった側面が軽視された結果、さまざまな問題が生み出されている。こうした現状を変えるためには、食や農に携わる人々が近代文明を超える観点を持たなければならない。講師の本野さんはそう強調する。
  では、そうした観点を持つためには、何が必要なのか。すなわち、人類の歴史がどのような流れをたどってきたか捉える歴史観だけでなく、世界各地で地域ごとの地理・気候条件に応じて営まれてきた生産や生活、社会や文化のあり方を捉える「風土観」についても考えなければならないという。
  そうした「風土観」を養う一環として、今回は「比較文明の旅@―イギリスの風土」と題して、本野さん自身が2010年10月から11月にかけて、英国土壌協会の招待でイギリスを訪問した際の報告を、スライドを使って紹介していただいた。
  きっかけは、同年2月に神戸で開催した有機農業運動の世界大会「産消提携国際シンポジウム」である。本野さんによれば、英国土壌協会は日本の有機農業団体とはケタが違い、スタッフは総勢400人を抱え、チャールズ皇太子が顧問を務めるような団体である。事業活動の中心は有機農産物の認証事業だという。

畜産CSAをめざす「マナー・ファーム」

本野さんがイギリスで最初に訪問したのが、畜産のCSA(Community Supported Agriculture、地域が支える農業)をめざしている「マナー・ファーム」。20年以上前に農地を借りて、慣行畜産とは異なる有機畜産を始め、現在は牛140頭、羊220頭を飼育している。牛はロングホーンというこの地方の在来種で、牧場での放牧である。牧場の中で勝手に産まれて勝手に育つという野性的な牧畜が行われている。牧場には、クローバーを播いているところと、カヤツリ系の冬草が茂っているところがあり、いずれも餌となる。また牧場とは別に、畑40ヘクタールを借り、飼料用に小麦と大麦をつくっている。
 

放牧されるロングホーン牛
●放牧されるロングホーン牛

飼育された牛や羊などの肉は屠場を経て、牧場内にある売店「ファームショップ」で販売する。来店する消費者と徐々に結びつきが深まり、現在では11家族がCSAに興味を持っているという。CSAをめざすというのは、そうした状況を指している。
  ショップの営業日は木〜土の週3日間、月曜日に屠場へ連れて行き、火曜日に枝肉を引き取って、水曜日にパッキングする。ショップに店員が2人、さらに肉職人とパン職人が1人ずつ、計4人を雇用している。

  ただし、マナー・ファームの経営は好調とは言えない。近年までは比較的は順調に推移していたが、2008年のリーマン・ショックで市場が冷え込み、農畜産物の売れ行きが急減、とくに高価な肉は売れないという。有機食品の需要は07年と比べて20%減となっており、かなり厳しい状況だ。現在は、政府から支給される環境直接支払いで、辛くも持ちこたえているという。
  現在、環境直接支払いは1ヘクタールあたり160ポンド(約2万1000円)が基準で、マナー・ファーム全体で2万ポンド(約264万円)が支給されているという。受給するためには有機農業に取り組むだけでなく、環境改善のために木を植えたり、牧場に池をつくって生物多様性を保つことが条件である。
  マナー・ファームのあるイングランド南部の気候風土は、10月下旬から11月初めが最も降雨が少ない。12月になると雨期に入り、水が溜まって池になる。水は7月まであるという。夏になると乾期となり、10月下旬になると池の水はすっかり枯れてしまう。つまり、冬に雨が降るので牧草が涸れることはないが、一方で気温は下がるために繁茂することはない。

未来農場の鶏たち
●未来農場の鶏たち

  こうして、1年を通じて草に覆われた土地が保障され、牧畜のための餌として生かされる。単純化すれば、広々とした草原に柵をつくって牛や羊を放しておけば、それがそのまま牧場経営となるのである。本野さんは、この光景を見て、なぜイギリス人の主食が肉なのか、よく理解できたという。すなわち、肉は穀物以上に簡単に手に入る農産物だということである。

 

村の自給を目指す「未来農場」

冬草を軸とした畜産という構図は、本野さんが次に訪れた「フューチャー・ファーム」(未来農場)にも共通していた。未来農場は、村の人が自給するために集まってできたもので、当初は野菜や小麦を作って村内で会員を募っていたが、村人の関心は低かったらしい。そこで、有機の養鶏を中心にしてみたところ、村人の関心が急速に高まったという。
  村の人口は164戸で400人。元々の住民は20戸のみで、うち専業農家は4戸。残りは都市から移り住んだ人々である。よく知られるように、イギリスでは16世紀と18世紀の二度にわたって、牧畜を目的とした農地の「囲い込み(エンクロージ
ャー)」が行われ、旧来の農村共同体は解体した。現在は、都市で収入を得ながら田舎ぐらしを希望する人々の受け皿として、あるいは都市住民のセカンドハウス、週末別荘として機能している。
  村には医者や教師、弁護士などがいる。生活の安心に信頼できるホームドクターが必要なように、村人は「ホームファーマー」とも言うべき農業生産者の必要性を感じており、それを自らの手でつくり出そうとするのが未来農場の計画だ。
  未来農場の経営の中心となっている養鶏も、やはり冬草が中心である。マナー・ファームと同様に、人為が介在するのは土壌改良のためにクローバーを播くくらい、基本的にはカヤツリ草に似たイネ科雑草が一年中生えている。そんな草地の中に一区画、害獣を避けるために鉄条網で囲いをつくり移動式の小屋を設置、そこに鶏を放し飼いする。そうした区画が全体で3ヵ所あり、1ヵ所あたり50羽ほどの鶏がいる。ただし、餌をやるのは一週間に一度だという。鶏は草や土中にいるミミズや虫などを食べる。鶏が草などを食べ尽くし地面が露出したら、草の生えた別の場所に区画を移すだけで済む。餌代も節約できるし、さらに有機認証も取ることができるという。

 

CSA農場をめざす 「コミュニティファーム」

コミュニティファームの広大な草地
●コミュニティファームの広大な草地

本野さんが最後に訪れたのが、CSA農場をめざす「コミュニティファーム」である。農場主のフィル・ホートンは英国土壌協会の設立メンバーの一人で現在も理事を務める、イギリス有機農業運動の活動家である。彼が構想するCSAのイメージは、さまざまな人の参加によるコミュニティである。大企業に勤める人、収入に恵まれない貧しい人、刑務所から出たばかりの人など種々雑多な人が集まってほしいという。
  ただし、現時点では、コミュニティによる運営には至っておらず、彼の会社が農場運営に責任を持っている。現在は当人が農場の主力として週3日ほど農場で働き、そこにインターシップ研修生、週2日のパートが加わる。

  生産面で力を入れているのは宅配セット用の野菜栽培である。宅配セットは日本の産消提携運動に学び、1985年から始めたという。栽培している野菜は30〜40種類と多品目で、いずれも有機栽培。ただし、種類が多いためにコストがかかり、稼ぎのほとんどは、むしろ併設している自然食レストランや自然食品店に依存しているという。
  野菜栽培のほかには、農場の入り口でクリスマス向けに50羽の七面鳥を飼育している。わずか3人で、多品目の野菜をつくりながら50羽も飼育するのは大変そうだが、ここでも冬草を軸とした畜産の利点として、省力飼育が可能となっている。
  こうした畜産方式は、大規模なマーケットを対象とする大量飼育を前提とする限り採算が合わず、それゆえこれまで廃れてきた。しかし、小規模な提携を対象とすれば、逆に余分な労働力も飼料も要らず、経営面では強みとなるのである。

牧場型風土と人間中心主義

 以上の紹介を踏まえて、本野さんは最後に、和辻哲郎がヨーロッパ世界の本質として示した「牧場型風土」の特徴について、次の6点を指摘した。
  @ヨーロッパには雑草がない。やわらかい冬草を山羊が食べる。
  A夏は乾燥期であり、冬は雨期である。緯度が高く光が弱い。
  B雑草との戦いが不要な土地で、自然は人間に従順である。
  C自然が従順で規則的に見えるから、自然科学が成立する。
  Dここでは、自然の恵みは豊かではない。自然に忍従して恵みを待つことを求められない。そして自然が人を脅かしもしない。自然は従順で、人間に服従する。
  E自然に対する人間中心的態度の根源がある。
  ここから、本野さんは、今日行き詰まりを見せている近代文明の淵源として、人間中心主義を生み出したヨーロッパの牧場型風土に狙いを定め、それとは異なる風土から、近代文明を乗り越える思想が生まれるものと期待する。
  ここは議論の分かれるところだろう。異なる風土があると言っても、それはすでに近代文明に覆われ尽くしたかのような状況にある。なぜそうなったか、その根拠が示されなければ、超克への期待も信念に過ぎない。あるいは、紹介されたイギリスの事例もまた、風土という限界を孕んだまま人間中心主義を自己批判する虚しい試みと位置づけられかねないからである。

 (研究所事務局)


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