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連載  ネパール・タライ平原の村から(26)
  新憲法制定をめぐる混乱(その2)

 
ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井君の定期報告。その26回目。

100以上の民族集団、50以上の言語集団、異なる宗教集団が共存するネパール。現在、新憲法制定をめぐって、政局の混乱が続いています。ネパールにはどのような自治が必要なのか? この状況をどう思っているのか? 小規模融資組合に集う人々、以前インタビューした少数民族プンマガル協会の代表Sukbhadur氏、マオイスト党員Rajan氏らに意見を聞いてみました。

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まず今の政治状況について、近所の小規模融資組合に参加する人々に聞きました。「私たち『バフン』(最高位カースト)『チェットリ』(上位カースト)による政治支配は改めなければいけない」とバフンの一人が語ります。王制時代から続く首都カトマンドゥ中心の政治状況については、「地方ごとに自治権を認める連邦制には賛成だ。しかし、各地方で多数派を占める先住/少数民族やダリット(不可触民)に自治権を与えることは、極少数の民族にとって、これまでの多数派、上位カーストによる政治と何ら変わりはない」とのこと。また「少数民族やダリットだからと言って貧しいとは限らない」と語ります。
  確かに、海外出稼ぎ者の急増や産業が多様化した現在、貧富の格差がカーストの序列の順番通りとは限らないのは事実です。「例えば、地域の中で一番裕福な家は不可触民スナール・カースト(金商人カースト)、地域の中で一番貧しいのは土地無しのバフンの家だとする。この場合、少数民族かダリットだからといって優先するような政策ではいけない。地域社会の中で一番困っている人を優先する政策が必要だ」。つまり、特定集団による民族自治(アイデンティティ政治)は危険だと批判します。同じくバフンの一人はマオイストについて、「高度な理想主義、大規模な鉄道計画、複数の国際空港の建設と実現不可能な公約を語るが、未だに何も実行していない。それどころか現状把握もできていない」と批判します。
  チェトリでありマオイスト党員でもあるRajan氏にも聞きました。「少数民族を基盤とした連邦制への移行は必ず実現される」と語ります。今回、新憲法制定が見送られたのは、「これまでの上位カーストを中心とする利権を守りたい伝統的党派による陰謀だった」と民族自治反対派を批判します。こうした状況の中、伝統的党派に所属する少数民族の党員が離党し、新しい党が結成されるなど、新憲法制定に向けた少数政党とマオイストの同盟が結成される動きが進行中とのことです。
  一方、「どの政党も支持しない」と言うプンマガル協会のSukbhadur氏は、「首都圏や平地タライで教育・医療・インフラが整備され、暮らしが大きく変容する中、山岳・少数民族の暮らしは薪を集め、豚を飼い、今も昔も何も変わらないのはなぜか?」と語ります。「それは238年間に及ぶバフン、チェトリによる政治支配に、少数民族、先住民族、ダリットが抑圧されてきたからだ」。上位カーストに対しては極めて批判的です。だから、民族自治は「特定集団のみを優遇するような政策では決してない」との立場です。「州知事は各地方の多数派(先住民族)から選出されるが、末端では地域ごとの実情に即した人物が自治にあたる。それはマガルかもしれないし、タルー、ダリット、バフン・チェトリかもしれない」とのこと。

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今回のインタビューで共通した意見は、新憲法定には各政党及び少数民族の協力が必要とする一方で、民族自治については意見が大きく割れること。民族自治に反対するのは、上位カーストや伝統的党派であるコングレス党(ネパール会議派)、ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派を支持する人々。民族自治に賛成するのは、マオイストか少数民族の人々という構図です。
  どちらが正しいのか、具体的な政策について十分熟知していない僕に結論はありません。民族自治には新しい不公平を生み出す可能性がありますが、だからといって民族自治を認めない、あるいは認めたように「見せかける」政策は、これまで抑圧されてきた少数民族やダリットの大きな憎悪を爆発させる可能性もあります。そして民族自治を一番複雑な問題にしている地域は、山岳部からの移住者とマデシ(インド系ネパール人)が混在し、インドと国境を接する、ここ“タライ”なのです。         

     (藤井牧人)  


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