タイトル
HOME過去号48号

コーヒー危機とフェア・トレード(上)

はじめに

この間、グローバリゼーション研究会では、新自由主義的グローバル化がもたらす諸現象に関する学習会を通じて、その破壊的影響を改めて確認するとともに、そうした負の影響をどう克服するのか、考えざるを得なかった。例えば、国境を越えた経済・貿易の野放図な自由化が「南」と「北」の格差をさらに激化させるとすれば、それに取って代わる試みはいかなるものか。この点で注目を浴びているのが、いわゆる「フェア・トレード」である。そこで、08年1月12日、研究者であると同時にコーヒーのフェア・トレードに取り組む実践者でもある辻村英之さん(京都大学大学院農学研究科)をお招きし、具体例を中心に、フェア・トレードの要点についてお話しいただいた。二回に分けて概略を紹介する。(構成・文責:研究所事務局)

フェア・トレード

私は15年ほど前から、アフリカの農協やアフリカ産のコーヒーなどの流通について研究してきましたが、最近はさらに生産者のプライバシーにまで踏み込んで、農家経営の研究をしています。とくに、タンザニアのキリマンジャロ山中にあるルカニ村という農村に、毎年1回は訪問して現場の勉強をしています。

そうした経験を踏まえて、今回は、キリマンジャロコーヒーの生産から消費まで具体的に紹介するとともに、コーヒーのフェア・トレードにとって最大の契機と位置づけることができる、生産者や生産地に深刻な打撃を与えた「コーヒー危機」の要因を説明し、そうした状況を改善するためのフェア・トレードの役割を強調する、という話をしたいと思います。その上で、フェア・トレードには一般的にどんな成果が期待できるのか、また今後の課題などについては、一緒に議論していただければ、と考えます。

キリマンジャロコーヒーと日本

さて、日本にはコーヒーの焙煎業者が数多くありますが、その中でも「二大焙煎業者」と言われているのが、キーコーヒーとUCCコーヒーです。スーパーなどには、さまざまな銘柄が並べられています。とくに日本では、ブルーマウンテン、キリマンジャロ、モカという三銘柄が、最も人気が高い。ただ世界的に見ると、一位がブルーマウンテン、二位がモカというのは同じですが、実は第三位にはキリマンジャロではなく、ケニアのコーヒーが位置することが多いんですね。第三位にキリマンジャロが来るのは、日本ぐらいなんです。

なぜ、日本でキリマンジャロコーヒーがそれほど高い人気を得たのか。それは、1953年に公開された映画『キリマンジャロの雪』(ヘミングウェイ原作、グレゴリー・ペッグ主演)が大きな影響を与えたと言われています。『キリマンジャロの雪』で映し出される美しい山の風景に巧妙に乗せる形で、タンザニア産のキリマンジャロコーヒーの売り込み、マーケティングがなされた結果、日本ではキリマンジャロコーヒーがブルーマウンテン、モカに続く三番人気のコーヒーとして位置づけられ、現在に至っているわけです。

いわば「イメージ戦略」ですが、一方で「キリマンジャロコーヒー」という表示には、厳格な規則があります(日本では1991年に制定)。それによると、「キリマンジャロ」と表示できるコーヒーは、「タンザニアで生産される水洗式アラビカコーヒー」を指しています。

もっとも、一口にタンザニアといっても、コーヒーの産地は限定されています。まず、ケニアとの国境地域にあるキリマンジャロ山の周辺ですね。それから、ウガンダとの国境でビクトリア湖に近いブゴバというところ。いずれも北部です。さらに、南部にあるムベア、そしてソンゲア。これらが、タンザニアにおけるコーヒーの主要生産地です。

また、コーヒーは基本的に「アラビカ種」と「ロブスタ種」という二つの品種に分類されますが、主にレギュラー・コーヒー用に使われるのが前者、主にインスタント・コーヒー用に使われるのが後者、と特徴づけることができます。

さらに、アラビカ種コーヒーは、収穫直後に水洗いをするかどうかで区別があります。水洗式はマイルドと呼ばれ、水洗式アラビカ=マイルドアラビカ、非水洗式アラビカ=ハードアラビカに分けられる。つまり、全体では「水洗式アラビカ」「非水洗式アラビカ」「ロブスタ」という三つの分類ができるわけです。タンザニアでは、その三つとも生産することができる。

表示規則では、キリマンジャロコーヒーは「タンザニアで生産される水洗式アラビカコーヒー」なので、キリマンジャロ山の周りはもちろん、キリマンジャロ山から大きく離れた南部で生産されるコーヒーも、キリマンジャロコーヒーと呼んでいい、合法的だ、となるわけです。

以上を品質価格の順に並べてみると、一番品質が高くて価格も高いのが、まさに北部で生産されている水洗式アラビカコーヒーで、その次が南部の水洗式アラビカ、さらに非水洗式アラビカ、一番安いのがロブスタ、という形になります。

タンザニアとコーヒー

この区分が重要な説明につながっていきますが、その前に、タンザニアにおけるコーヒーの位置について、簡単に説明しておきます。

一人あたりの国民総所得でみると、タンザニアは年間320ドル、つまり約3万8000円で生活をしている、という計算になります。世界で15番目に貧しい国だとされていますが、その中で最大の輸出農産品、最大の換金作物がコーヒーだったんですね。私が最も詳細に調査した90年代後半で言えば、タンザニアの輸出総額に占める割合は18.4%で第一位、人口の70.1%を占める78万人が直接的にコーヒー産業に従事していました。だから、コーヒーの価格が引き上がればタンザニアの国全体にとって非常に大きな経済効果をもたらし、貧困の度合いも緩和されたわけです。

というのも、コーヒーの生産と言えば、日本では、例えばブラジルのような大農場、プランテーションをイメージするのが一般的だと思いますが、実は世界的にみると、小農民によって小規模生産されているコーヒーが圧倒的に多いんですね。タンザニアの場合も、大農場でのコーヒー生産は生産量全体の約1割に過ぎません。9割が小農民の家屋を取り囲む1ha程度の家庭畑で生産されています。だから、コーヒーの価格が高くなれば、国家の経済だけでなくて、貧しい小農民の生活水準をも引き上げることになっていました。

しかし、実は、これは過去の出来事になっています。輸出総額に占める割合の変化を見ると、80年代は今よりはるかにコーヒーに対する依存度が高く、輸出総額の30%以上を占めていた。ところが、私が本格的に関わりだした90年代後半以降、コーヒーの国際価格が低迷し、01年〜02年には「コーヒー危機」と呼ばれる史上最安値の状態が生じました。その結果、タンザニアのコーヒー産業も非常に大きな打撃を受け、現在では、輸出総額に占めるコーヒーの割合は3.7%にまで落ち込んでいます。なぜ、そんな事態に至ったのか、そこが今回のポイントです。

もっとも、3.7%とはいえ、これは金やダイヤモンドといった鉱産品が輸出総額の51.6%を占める急成長をみせたため、輸出総額に占めるコーヒーの割合が相対的に減ったに過ぎません。タンザニアにとって、コーヒーが最大の換金作物、輸出農産物であるという事情は、依然として同じです。とすれば、先ほど触れたように、日本はキリマンジャロコーヒーの世界最大の愛好国ですから、両者がうまくつながれば、私たちの消費が直接的にタンザニアの経済、小農民の経済状況を引き上げる可能性があるわけです。

90年代における消費の変化

では、キリマンジャロコーヒーはどの程度、日本に輸入されているのでしょうか。この点で重要なのは、90年代の日本におけるコーヒー消費の特徴です。左の図にあるように、90年代におけるコーヒー豆全体の輸入は、なだらかに増加している程度です。しかし、タンザニア産の、つまりキリマンジャロコーヒーの輸入量をみると、90年代には輸入が3倍に増え、最終的には2倍くらいで安定しています。なぜ急増したのか。理由の一つは、家庭用焙煎コーヒーの消費の急増です。

例えば、当時UCCは家庭用焙煎コーヒーとして、キリマンジャロの「キボ」という銘柄のコーヒーを積極的に販売していました。同じくキーコーヒーは、「キリマンジャロタンザニアAA+」という銘柄のコーヒーを販売しています(「キボ」「AA+」については後で説明します)。このように、大手焙煎業者がキリマンジャロコーヒーを家庭用焙煎コーヒーとして積極的に位置づけたため、輸入量、消費量が急激に伸びたこと、これが一つの要因です。

ただし、それだけでは3倍までに達する伸びを説明できません。それを説明するには、もう一つの大きな要因が必要です。実は、それが「缶コーヒー」なんです。

記憶をたどってみると、90年代以前の缶コーヒーは250g缶が一般的でした。また、コーヒー自体の品質は、それほど問題にされていなかったと思います。ところが、90年代に入ると、250g缶に代わって190g缶が増え、しかも、その中にできる限り高品質のコーヒー豆を入れ、品質によって消費を増加させるという戦略が鮮明になります。実際、コカ・コーラの「ジョージア」ブランドで「モカキリブレンド」という銘柄が大ヒットし、「高品質の190g缶」が主流になっていきます。輸入量、消費量の急増を説明する、もう一つの要因です。

つまり、90年代の日本におけるコーヒー消費は、それ以前のように専ら喫茶店で飲んでいた状況とは違って、家庭で焙煎コーヒーを抽出するスタイルが急激に拡大し、また、缶コーヒーに使われる原料のコーヒー豆が著しく高級化した結果、キリマンジャロコーヒーの輸入量、消費量が著しく伸びた、とまとめることができる。

ただ、あくまで缶コーヒーなので、最高品質のコーヒーを入れるといっても、販売価格の制約があります。キリマンジャロコーヒーは高品質であるだけに値段も張りますから、無制限には使えません。ところが、90年代後半になってくると、120円の缶コーヒーの中にもキリマンジャロコーヒーがどんどん利用されるようになり、2000年以降には、最高品質とされるものまで使われるようになりました。

「コーヒー危機」とは何か

なぜなのか。その秘密を知るためには、さらに大きな状況を理解する必要があります。非常に複雑ですが、コーヒーの輸出価格の決め方に秘密があるんですね。下の図は、キリマンジャロコーヒーの輸出価格、貿易価格を決める際の概念図です。希少価値が高いブルーマウンテンなどは例外ですが、それ以外の全世界のアラビカコーヒーは、この枠組みの中で貿易価格が決まります。

まず、ニューヨークにある商品取引所で毎日、アラビカコーヒーの先物取引が行われます。基本的には、ここで決まる価格が全体の基準になります。つまり、ニューヨーク先物価格を基準にして、タンザニアで採れる高品質なキリマンジャロコーヒーについては、品質面のプレミアム(割増金)を上乗せしたり、また、その年の生産量が少なければ割増したり、逆に、豊作ならば割引したりという形で、最終的な輸出価格が決まるわけです。

野菜などの場合は卸売市場に出荷され、「競()り」によって、つまり需要量と供給量の関係で価格が決まるのが一般的ですが、コーヒーの場合はそうではなく、あらかじめニューヨークで基準が決まってしまい、需給関係に基づく変動幅は、上下およそ1割程度に過ぎません。その意味で、ニューヨークの先物価格に支配されている、と言ってもいいでしょう。

では、ニューヨークの先物価格の決定要因は何なのか。実は、世界の貿易量の3割を占めるブラジルのコーヒー豆の動向に依存しています。第二位のコロンビアがおよそ2割なので、時にはコロンビア産の動向が変動要因になることもありますが、ほとんどはブラジル産の動向によって、それ以外のアラビカコーヒー豆全体の価格基準が決まってしまう。タンザニアやニカラグアといった小生産国のコーヒー豆の価格は、出来の善し悪しも含めて、1割の割増、割引に反映するのみ、という説明になるわけです。

ただし、ニューヨークで決まる先物価格、すなわちコーヒーの国際価格は、次頁の図にあるように、非常に大きな幅で変動します。というのも、先物市場であるがゆえに、単にブラジル産コーヒーの生産量や品質だけが決定要因になるわけではなく、利潤を追求する投機家の行動というものが重要な要素になってくるからです。その結果、現物の善し悪しの数十倍にも及ぶ、著しい価格の変動が生じるわけです。

こうして、1975年に記録された1ポンドあたり47セントという史上最安値が、先ほど述べたように、90年代の後半、そして01年から02年にかけては、さらに42セントあたりにまで落ち込んでしまった。これを指して「コーヒー危機」と呼びますが、その結果、「2500万人におよぶ世界のコーヒー生産者が貧困に喘いでいる」として、世界中で大きく報道される事態になりました。

ただ、史上最安値のニューヨーク先物価格は史上最安値のキリマンジャロコーヒーの輸出価格にもなり、同時に、史上最安値の生産者価格にもなります。そのため、消費国にとって「コーヒー危機」は、高品質のコーヒーであっても非常に安価で購入できる、絶好の機会となります。90年代の後半、120円の缶コーヒーの中に最高品質のコーヒー豆まで入れることができた理由は、まさに史上最安値のニューヨーク先物価格、コーヒーの国際価格が実現したものと言えます。

ところが、逆に生産者にとっては、コーヒーの生産を続けられないほどの、深刻な生活水準の低下を招く出来事です。実際タンザニアでは、この段階で生産を放棄した人々が少なくありません。こうして、輸出総額に占めるコーヒーの割合が大きく低下する結果になったわけです。

質疑応答@

【質問】先物価格が上がった場合、それは生産者に還元されるんですか。例えば、先物価格が5倍になったら、生産者価格も5倍になるとか。

【辻村】国によって条件が違うし、流通を誰が担うかでも変わってくるので、一概には言えませんが、少なくとも生産者価格が5倍になることはないですね。先物価格が5倍になれば輸出価格は5倍になりますが、生産から貿易の過程で業者がどれほどマージンを抜いていくか、そこが問題です。多国籍企業の場合は、生産者からできる限り安く買って高く輸出するという原則で行動しますから、輸出価格に比べて生産者価格の増加は望めない。ただ、生産者が主導的に運営しているような協同組合などが、生産から輸出までを担うことができれば、生産者価格を上乗せすることは可能です。実際、そうした動きも生じています。

【質問】国際価格を無視して、生産者と直に取引きすることはできますか。

【辻村】それがいいと思うんですが、独自に買い付けできる力があるかどうか、ですね。アメリカのフェア・トレード会社はかなり実践していますが、日本の場合、フェア・トレード・コーヒーの焙煎業者は、「扱ってもいいけど持ってきてね」という姿勢です。とくに中小焙煎業者は商社依存が甚だしく、なかなか脱却できなかった(国際価格の変動に伴うリスクは商社に持ってもらうという、リスクヘッジの意味もありましたが)。タンザニアの場合、社会主義の時期には直取引きは無理でしたが、それ以降、とくにフェア・トレード市場の成長に伴って可能性が拡大しました。基本的には、競売所にいったん入れなければならないという制度が続いてはいるんですが。

【質問】競売所に入れるのは世界共通ですか。

【辻村】いや、限定されています。例えば、中南米はない国が多いので、直接買い付けにいける。ただ、だからこそ、逆に多国籍企業に買い叩かれる面もある。その意味で、競売所の存在が多国籍企業の買い叩きを防いでいる、とも言えます。本当はもっと複雑な説明が必要ですが。ただ、できる限り生産者と直接的な取引きを求める点にフェア・トレードの意味があるとすれば、競売所を越えた関係を創っていく必要があると思います。それに、最近はスペシャリティ・コーヒー市場というものも形成されており、上質のコーヒーを生産できる特定の農園との直接的な取引きが追求されています。3年ぐらい前に、上質のコーヒーならば競売所を通さなくてもいいようになったんですね。もちろん、これはフェア・トレードの文脈とは違いますが、しかし、産地と直接的な取引きを重視する点では、これまでとは別の経路が拡大しつつあると言えるでしょう。(つづく)

※ 文中で使用した図は、当日の辻村さんのレジュメから引用しました。


200×40バナー
©2002 地域・アソシエーション研究所 All rights reserved.