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リレーエッセイ:21世紀の戦争と貧困

31歳フリーター

やや旧聞に属するが、月刊誌『論座』の07年1月号に「「丸山真男」をひっぱたきたい―31歳フリーター。希望は、戦争。」と題する文章が掲載され、少なからぬ反響を呼んだ。副題のとおり、筆者は「31歳フリーター」の赤木智弘氏。彼はこの10年ほど実家に両親と同居しながら、不安定なフリーター生活を余儀なくされているという。

彼は、なぜ自分がこうした境遇に追い込まれたのか煩悶(はんもん)する。決して自分が悪いわけではないのに、誰も自分のような階層に手をさしのべようとしない。平等を掲げる左翼でさえ、戦後民主主義がもたらした既得権に胡坐(あぐら)をかいている―。かくして彼は、貧困層が「無意味」に死んで行く「偽りの平和」よりも、「国民全員が苦しむ平等」をこそ希求する。すなわち「希望は、戦争」と。

一読して違和感を感じたが、友人や知人と話題にする中で、それは赤木氏が戦争を望んでいること以上に、彼の想定する「戦争」イメージそのものに起因することが分かってきた。

彼は、政治学者の丸山真男が第二次大戦中に二等兵として徴兵され、平時の秩序ならば格下の上官から嫉妬まじりのイジメを受けた事例を引き合いに出す。つまり、国家総動員体制の下で行われる総力戦としての戦争、その過程で平時の秩序が流動化する点に希望を見ているわけだ。

しかし今後、総力戦型の国家間戦争が生じる可能性は極めて低い。米国は現在アフガンとイラクに参戦しているが、それは非国家主体を対象とする点でも、また戦争への動員のあり方という点でも「非対称な戦争」である。堤未果の『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008年)から、その恐るべき実態を窺うことができる。

ブッシュ政権に入って以降、米国では社会福祉予算の削減、公共部門の私営化、雇用・労働環境の悪化などが進行し、社会の二極化が深まった。医療や教育の市場化が加速し、医療費が払えずに自己破産する人々、返済の必要な奨学金に追われてカード破産する学生などが急増したという。

こうした貧困層に対しては、軍=国家や民間軍事会社から甘い誘惑が仕掛けられる。軍に入れば奨学金が出る、イラク行きは一攫千金のチャンスだ、など。もちろん、それは「空手形」に過ぎない。07年11月8日付のCNNニュースによれば、米国内のホームレスのうち約1/4が退役軍人で、イラクやアフガンから戻ったばかりの若い世代も多く含まれているとのことだ。

21世紀の戦争は、もはや徴兵制すら必要とせず、貧困層は収奪の果てに「自発的」に戦争へと動員されていく。戦争を招いた社会秩序そのものは、戦時であっても微動だにしない。むしろ、戦争・復興ビジネスの拡大を通じて強化されていく。米国の世界戦略に一体化している日本も、あり得るとすれば、同様の軌跡をたどるだろう。

残念ながら、総力戦型の戦争を想定している点で、赤木氏は自らが否定する左翼と同じ枠組みの中にある。一方、枠組みの外では、貧困層が「無意味」に死んで行く戦争が、彼の想定以上に無惨な形で進行しているのだ。(山口協)


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