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書評:松田博『グラムシ思想の探求』

新泉社、2007年12月、¥2,310(税込)

わが家の書棚には『グラムシ選集』(合同出版、全6巻)がある。いまは第4巻は見あたらないが、僕はいずれの巻もひもといたことがない。30年以上前、うちのヨメさんが京大の看護学校の時代に共労党系のサークルに入っていて、そこで学習会に使ったのだそうだ。彼女はそのとき既に『獄中ノート』を読んだことになる。今でもうちのヨメさんが「ハラムシ」と呼んでいる、大の仲好しの友人がいて、その由来は「グラムシが大好きな原さん(旧姓)」とのことだった。そのハラムシは今、京大病院の看護婦を定年より1年早く退職して、チベットあたりの病院へボランティアに行っている。

一方、30年以上前の僕は、長髪にジーンズの「ノンセクト・ラディカルズ」で、民青からも暴力学生からも「中途半端なヤツ」と誹られていた。心情的には暴力学生の方に近かったのだが、たいした理由はない。とにかく「清く、正しく、美しく」的な民青が嫌いだった。そんな僕でも当時、グラムシには興味を持っていて、「ヘゲモニー」という言葉も聞きかじっていて、『獄中ノート』を読んでみようかと思ったこともあった。が、「グラムシなんて構改派だよ」と友人に言われてやめた。身の回りには過激さを競うようなバカな風潮があって、「構改派」と呼ばれるのは「意気地なし」と言われるのとほぼ同じ意味に解していた。

その後、「関西労働者安全センター」の専従、『人民新聞』の専従と歩んできた。いずれも、人と人のつながりでそうなってきた。ほとんど収入はなかったが、生活することと運動を続けることが一つになることが、何よりの魅力だった。結果的には、グラムシの言う「陣地戦」を戦ってきたわけだが、当時はグラムシの「グ」の字も出てこなかった。そもそも、思想性を重視するところだから、「滅私奉公」とか「献身」とかいう言葉がわりと日常的に出てきて、とまどったことを覚えている。もちろん、この場合の「公」は「革命」とか「労働者階級」とかのことだが。

「知識をひけらかすな。説教をするな」ということも徹底的に叩き込まれた。「そんなことで人民は組織できない」。その通りだと思う。理論をこねまわすインテリは現場では役に立たないし、何よりも日和見主義である。「転向というのはインテリがすること」と言われたのは、今でも至言だと思う。日本共産党の分裂は、僕から見ると、インテリと党官僚と現場の活動家への三方向。不幸なことだ。理論的になかなか面白いものを書くのは、いつも構改派の人だった。

そんな僕が、最近、グラムシを読むようになった。すごく面白い。30年前に読んでおけば、とも思うし、30年前に読んでいても理解できただろうか、とも思う。

ロシア革命の時に26歳、30歳でトリアッティらとイタリア共産党を創設するも、翌1922年にはムッソリーニが政権をとり、26年、35歳の時には獄中の身となり、46歳で釈放されたものの、直後に脳溢血で死亡した。第一次大戦後の戦争と革命の激動の時代を生きた。しかも、ほとんど獄中で。当時、すでにスターリンの全般的危機論、暴力革命論、自動崩壊論、経済決定論にはっきりと反対を唱え、獄中でその批判的理論を磨き、深めるために書かれたのが、いわゆる『獄中ノート』である。

義姉タチアーナの活躍で没収や廃棄を免れ、第二次大戦後すぐにトリアッティの手で全6巻の選集として刊行され、陽の目を見ることになった。日本でその選集が翻訳されたのが1965年で、それが冒頭で書いたように、わが家の書棚で古色蒼然と鎮座している。ただし、この選集は「一定の歪曲や削除がなされるなど」しており、75年になって初めてグラムシ研究所の校訂版によって全容が明らかになったそうだ。トリアッティによる歪曲があろうとなかろうと、反スターリンである以上、存在そのものが非常に政治的で、悲しいことだが、ソ連が崩壊した今だからこそグラムシの理論と正面から向き合うことができる。

わが国では『獄中ノート』の全容を示すとされる校訂版の翻訳は、一部を除いて出版されていない。それを読みたい気もするが、読んでもよく分からないのではないか、とも思う。あくまでも「ノート」であり、読み手のことまで考えてくれていないから、難解である。そこで、本書の著者・松田博さんのフィルターを通して接するわけだが、こちらの方が分かりやすい。ただし、自分自身の経験と思索の全量をもって向き合う覚悟がいる。それほどの思想家だと思う。30年前に読んでおけば、とも思うし、30年前に読んでいても理解できただろうか、とも思う。

とはいえ、若い人たちに、今の世の中を分析するために、是非読んで欲しい。「ヘゲモニー」とか「受動的革命」とか、分析する道具を実に豊富に与えてくれる。   (河合左千夫:鰍竄ウい村)


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