白き虜囚


  筆者:URIELさん

「はい次、名前とクラス」
 シンジがアスカを助けた二日後は、バレンタインデーである。
 確実に貰ってくれる相手と、確実にくれる相手がいる者達に取っては年一度の祭典の“片割れ”であり、そうでない者達には鬱陶しい日だ。
 さて、彼女に取ってはどうだろうか?
 行列の先頭で、女だてらに大量のチョコを受け取り、それを名簿に何やら記入している蒼髪の娘に取っては?

「1−B、伊集院アヤノ」
「2−D、白鳳院ナルミ」
 次々と女生徒達が、名前を告げては何やら包装された代物を渡していく。
 レイは殆ど顔も上げずに受け取ると、袋に入れてから用紙に名前を記入する。
「やっと49人目よ。後どれくらい・・・げっ、あんなにいる!」
 ふとレイが顔を上げると、廊下の橋まで行列が続いている。
 物を贈られているにしては奇妙な態度だが、これには事情がある。
 レイが受け取っているのは、一つとしてレイ宛ではないのだ。
 その全ては、彼女の従兄弟の碇シンジ宛であり、彼女は単なる運搬役にしか過ぎないのである。
 男なら血涙を流して妬きそうな光景だが、別にシンジの嫌みでも気取りでもない。
 去年勃発した、『バレンタイン戦争』として伝説となっている、一大抗争の結果なのである。
 あわや暴動まで起きるかと思われたこの騒動は、張本人のまったく与り知らぬ所で行われ、そして結局チョコレートの類は、レイが全部預かってシンジに渡す事で一応の集結を見た。
「はい、次」
「2−E、霧島マナ」
 それを聞いた途端、レイの眉がぴっと上がった。
 殆ど変わらなかった表情が絶対零度、いや氷点下並みに下がると、じろりと顔を上げた。
 無論向こうも、同じような視線で見下ろしている。
 ぶつかり合った視線から殺気が立ち上り、たちまち辺りに拡がった。
「何の用よ」
 レイがおよそ感情のない声で言えば、
「配達屋に物を持ってきただけよ」
 マナも同じような口調で返す。
「ふんっ、シンちゃんはあんたなんかに興味はないんだからね。いい加減諦めなさいよ」
「一緒に住んでるのに、告白もして貰えない小娘に言われたくないわね」
「なんですってええっ!」
「ふん、何よ」
 散った火花が線香花火と化し、真冬の花火大会が見られるかと思った時、
「いい加減にして下さい」
「そうです、まだ後がつかえてるんですからね」
「何なら私たちが、自分で持っていきますけど」
 一斉に上がったクレームの声に、見交わした視線で即座に停戦条約を締結し、
「『さっさとしなさい』」
 見事なユニゾンの、ドスの利いた声で命じた。

その頃シンジは屋上にいた。
 シンジに個人的に贈らない事、という了解はあるのだがそれでもやはり。教室でその姿を目の当たりにしては条約違反もあろう、とレイが昼休みは屋上に行かせるのだ。
 本音を言えば全員排除したいのだが、残念ながらそうも行かないのが現状である。
 シンジは下の風景を眺めていた。
 自然を色濃く残した街並みは、シンジも結構気に入っており、ここには一人で来る事も多い。
 景色を映す瞳には、自分絡みの騒動などまったく気にしていないように見える。
 その瞳が、誰か一人だけを映す日は来るのだろうか。
 不意に人の気配がしても、シンジは振り返らなかった。
「やっぱり来てくれたのね」
 校内では、歩く治外法権とまで言われる生徒会長、惣流アスカであった。
 無論不埒な行動に及ぶ訳ではない。
 ただアスカにはどこか、自分たちの些少な常軌には当て嵌まらないと、思わせる部分があるのも事実である。
 その治外法権がシンジに何の用なのか。いやそれ以前に、シンジが女の呼び出しに応じるとは。
「来てくれた訳じゃないよ」
 ムードの欠片もない声でシンジは言った。
「あら?」
「レイに追い出された。昼休みの間は帰ってくるなって」
 ふわふわしたマシュマロのような声で、アスカは笑った。
「じゃあ、今頃はあの娘が物品の受け付け係?大変ね」
「さあ」
 興味のなさそうな声に、アスカは軽く肩をすくめた。事実シンジは、こちらを見ようともしていないのだ。
「じゃあ、私は少しも関係ないのかしら?」
 見ていないと知りつつ、アスカは口調を少し変えた。
 僅かに妖しさを含んだ口調が伝わったのか、シンジはゆっくりと振り向いた。
「下駄箱に果たし状をくれる子は、君の他にはいないからね。単に無視する訳にもいかないし」
 どうとも取れる返事をしたシンジに、アスカは黙ったまま、ラッピングされた箱を差し出した。
「これは?」
「この間のお礼よ。他に思いつかなかったの」
「光栄だね」
 僅かにアスカは首を傾げた。
「本当にそう思っているの?」
「勿論」
「そうは聞こえないわ」
「前はどうか知らないけれど」
 とシンジは言った。
「え?」
「中学に入ってから、あなたがバレンタインやクリスマスに参加した、と言う話は聞いていない。僕が初めての男だね?」
 アスカは低い声で笑った。
「きっと誤解されるわね、みんなに」
「ここには誰もいないよ」
「私が言いふらすわ−全女生徒の憧れ碇シンジが、私の最初の男になりたがってるって。きっと大騒ぎになるわ」
 今度はシンジがくっくと笑った。
「ユーモアがあるね、助けた甲斐があったかな。ところで座ったら?」
 シンジが言うと、アスカは躊躇いもせずシンジのすぐ横に腰を下ろした。
 端から見れば間違いなく、仲の良いカップルに見える事だろう。
「インスタント?」
「徹夜の手作り」
 奇妙な会話はあっさりと成立した。
「何でまた」
「媚薬を入れたから」
 デリカシーのないことこの上ない問いも、これまた平然と帰ってきた。
「家に帰るとレイしかいない。僕がレイを押し倒すようにって?」
「いいえ」
「すると?」
 僅かにシンジの眼が細くなった。
「私用」
 どうやらこの答えも予期していたらしい。
「光栄、なのかな?」
「眼力で女をいかせる人に興味が湧いたのよ」
 そう言いながら、アスカの目は下の風景に向いている。
 ふっと沈黙が漂った後。 
「言わないの?」
 口を開いたのはアスカであった。
「何を」
「女の子がそんな事言っちゃ駄目、とか」
 それを聞いた時、今度こそシンジは声を上げて笑った。
 ひとしきり笑った後、腹部に違和感を感じた。見るとアスカの指がつねっている。
 一瞬で笑いを止めると、
「失礼しました」
 と真顔で告げた。
「よく分からない人ね」
 とは言ったものの、その口調にはどこか愉しむような物が含まれている。
 あっさり他人が分かったらつまらない、とシンジが言おうとした時、見計らったようにチャイムが鳴った。
「自信はないけれど」
 誰に言ってるのかよく分からない、明後日の方を見ながらアスカが言った。
「“私があなたに惹かれる”媚薬入り、召し上がれ」
「有り難う」
 どこか、いやかなり奇妙な会話なのだが、この二人にとっては普通の会話らしい。
 だが。
 第三者がよく見れば、ある事実に気が付いたはずだ。
 すなわち−二人の頬がうっすらと紅いことに。
 そしてそれはアスカの方が、幾分強いことに。
「媚薬が作動するかどうかはあなた次第。じゃあね」
 奇妙な科白を残して消えた、アスカの消えた方角を見ながらシンジは呟いた。
「こんな大きいの、どこに隠してたんだ?」
 シンジの疑惑ももっともで、丁寧に包装されたその箱は30センチ四方はあったのである。
 教室に戻ったシンジを、ぎっしり詰まった六つの袋とレイが待っていた。
「シンちゃん、今年は88個。去年よりも幾つか減ってるよ」
「末広がりでいいね」
「うん・・・え!?」
 間違いなく明日は、吹雪に違いないと思わせるシンジの言葉に、レイの眼は大きく見開かれた。
「シ、シンちゃん今・・・何て・・・?」
「え?いや何でもない」
 (怪しい・・・絶対に怪しい・・・ま、まさか・・・)

「あ、あの・・・碇さん・・・」
 大きな包みを持った少女がシンジに近づいた。
「何?」
 シンジの無関心な返事にもめげず、少女はおどおどと近づいた。
「あ、あのこれっ」
「チョコ?」
「は、はいっ」
「僕の従妹に渡しておいてくれる」
 シンジのつれない言葉に一瞬、少女は怯みかかったがそれでも、 
「だ、駄目ですっ」
 持てる勇気を総動員して叫んだ。
 それを聞いたシンジの表情が、僅かに動いた。
「レイが邪魔したのかな」
 違う意味に取られたと知って、慌てて少女は首を振った。
「こ、これなんです!」
 あろう事にシンジの手を取ると、自分の胸に押し当てたのである。
「・・・・・・で?」
「た、食べて下さい!」
 訳の分からない問いに、訳の分からない答えが返ってきて会話は成立した。
「初めてなのに?」
 僅かに首を傾げたシンジの言葉を、女生徒は違う意味に取ったらしい。
「初めてだから・・・あげたいんです」
 それを聞いてシンジは数秒考えていたが、やがて頷いた。その手は女生徒の胸を持ったままである。
「じゃ、遠慮なく」
 そう言うとゆっくりと女生徒を引き寄せ、そっと押し倒していった。

「シンちゃん!」
 突然の物音と共に上がった叫びに、教室内の視線は一斉にこっちを向いた。
「どうしたの、レイ?」
 さすがのシンジもあっけに取られているが、レイはそんな事にお構いなく、
「初めてを食べちゃったでしょ!」
 びしっと指さして言い放った。
「は?」
 首を傾げたシンジに、
「女の子の初物を・・・いたっ!?」
 白いチョークが、レイの頭を直撃したのである。
「私の授業を邪魔した上、いきなり猥談?いい度胸ねえ」
 レイは忘れていたのだ。
 今が科学の時間だということを。
 そしてその担当が赤木リツコだということを。
 マッド教師と言えば赤木リツコ、と誰でも知っているほどに彼女の知名度は高い。
 その授業を邪魔した者には何が待っているのか。
 さすがに凍り付いたレイに、リツコはにこっと笑った。
 今度は全員が氷柱のように凍り付いた−シンジを除いて。
「取りあえず」
 言葉を切ったリツコの頭脳が、どんな奇想を生み出すかと皆固唾を呑んだが、
「まあいいわ。廊下に立ってなさい」
 普段の十分の一、いや百分の一以下とも言える温情のような処置に、居並ぶ生徒達は心の中で安堵のため息を洩らした。
 一方シンジは、我関せずと言った顔をしていたが。レイが出ていった後顔の前で手を組み、少し下を向いた。
 そしてにへっと笑った事に気が付いた者は、無論一人もいなかった。

「少し大胆だったかしら?」
 帰り道でアスカは一人呟いた。無論生徒会の仕事は役員達に任せてある。
 別に女王様を気取ったわけではない。シンジに告げた通り徹夜作業だったため、彼女は一日必死に睡魔と闘っていたのだ。
 ただ午後からは比較的楽であった。
 チョコレートを贈った相手が、どんな顔をしてあれを食べるのかと、あれこれ想像していたからだ。
 もっともそのせいで、つい口元がくてっと緩んでしまい、常にクールな生徒会長のイメージが、何人かの中で少し崩れたのをアスカは知らない。
 と不意にその顔が引き締まった。一瞬で眼に凄絶な光が満ちたのだ。
「おい」
 呼ばれるのと肩を掴まれるのとが、ほぼ同時。
 そして次の瞬間、振り向きざまの掌底が相手の顎にきれいに決まった。
 ぐええと呻く相手を、そのまま地に叩きつける。
「てめえっ」
 怒号と同時に伸びた腕をかわし、伸びきった所で手首と襟を同時に掴む。
 大きく弧を描いて、相手の身体が一回転したのは次の瞬間であった。
「何の真似かしら」 
 叩きつけた相手の首を掴んだまま、シンジに向けたのとは別人のような声で訊ねた。
 アスカに首根っこを掴まれている男は、衣服からして明らかに暴走族と分かる。
 社会的には単なるゴミであり、危険生物だが自然とは少し違う。
 自然の危険生物は、その持つ力故に危険なのだ。
 だが今アスカを襲った男は、あっさりと叩きつけられた代物である。
「二度は言わないわよ」
 最後通告の意味を知り、男の唇が動いた瞬間。
「へえ?やるねえ」
 何の気配もさせずに自分の背後(バック)を取ったと知り、愕然と振り向こうとしたその背に、何かが押し当てられた。
 (スタン・・・ガン・・・いかりく・・・)
 護身用のスタンガンと知ったが、アスカの意識はブラックアウトしていった。

「しかしこれも面倒よねえ」
 ぶつぶつ言いながらも、次々とチョコの破片をビーカーに放り込んでいく。
「これはよし・・・これも大丈夫ね」
 一体何をしているのか?毒味である。
 正確には奇妙な薬を混ぜていないか、点検しているのだ。
 思いを伝える為かは不明だが、たまに奇妙な薬を混ぜてくる輩がいるせいだ。
 もっとも、もし媚薬であればシンジがアスカに言った通り、レイに欲情してくれる筈なのだが、レイはそれには気が付いていない。
「惚れ薬なんか入っていると嫌だから、レイよろしく」と、丸め込まれて毎年作業に励んでいるのだ。
 やっと20個目が終わり、レイが前途の長さにため息をついた次の瞬間、その表情が変わった。

「ん・・・ここは・・・」
 段々と意識が覚醒し始め、アスカはゆっくりと眼を開けた。
 その眼が見開かれた時、アスカは自分が天上から吊されているのを知った。
 身体に違和感はない、服も全部着ている。
 だが一体誰が何の為に?
「お目覚めかい?クールな生徒会長さんよ」
 その声にアスカが後ろを振り向いた。
 さして高い位置ではないから、スカートの中を覗かれる心配はないが、到底気分の良いものではない。
「何者なの」
 動揺も怯えも見せず、低い声で訊ねたアスカに男は声を立てて笑った。
「へえ、さすが無敵の生徒会長さん。こんな目に遭っても平然としてやがる。大したモンだぜ、なあ?」
「そこがむかつくんだよ。澄ました顔しやがって」
「全くだ。化けの皮を剥がしてやりたいぜ」
 わらわらと湧いて出た人数の中に、アスカは先日の女達と同じ服を認めた。
「自分らじゃ敵わないから、男引っ張り出したってわけね。はんっ、最低ね」
 その言葉が終わるか終わらないかの内に、その頬が高い音を立てた。
 憎悪溢れる形相でアスカを睨みながら、
「こいつ輪姦(まわ)しちゃってよ、ぐっちょんぐっちょんにさ。その後で薬漬けにしてソープに回しちゃおうよ」
 ろくでもない提案をしたのは、背の高いやせぎすの女であった。
 目にも声にも憎悪が溢れている。
 アスカの体勢は、手首を縛られてはいるがそれだけである。亀甲縛りも何も入ってはいない。
 だが、上に持ち上げられたブラウスが胸に食い込んで、妖しい雰囲気を醸し出している。それが欲情をそそったのか何人かが生唾を呑み込んだが、一人の男がそれを制した。
「止めとけ。俺らのする事はレイプじゃねえだろ−今回は」
 あからさまな舌打ちが起きたのを知り、アスカは訊ねた。
「私を、どうしようっていうの?」
「別に。どうもしやしねえよ」
「そうそう。してもらうだけだよなあ」
 野卑な声があがり、どっと湧いた。
「してもらう?」
 既に脳は最悪の答えを導き出している。
「全裸で自慰ショーだ」
 口腔性交を強いられるよりはまし・・・かは分からないが、取りあえずこんな所で処女喪失にはならないらしい。
 だが何のために?
 アスカの表情を読みとったのか、
「あんたを壊す為さ」
「壊す?」
 首を傾げたが、その様子がぞくりとするほど色っぽかったせいで、男達の目が欲情に血走ってきた。
「あんたの自慰ショーを納めたテープを、そこら中にばらまくのよ。あんたは犯されてもこたえねえだろ、腹ん中で俺達をさげすんで耐えてみせるさ」
 アスカの性格を知り抜いた言葉に、アスカはぎゅっと唇を噛んだ。
「だがな」
 男は続けた。
「あんたがひとりでよがり狂ってるとなりゃどうなる?少なくとも奴は相手にしてくれねえぜ」
「やつ?」
 ははん、と男は鼻で笑った。
「とぼけなさんな、生徒会長よ。あんたバレンタインで誰かに贈らなかったか?」
 それを聞いた瞬間、アスカの顔から血の気が引いた。
 文字通り真っ青になったのである。
「や、止めて・・・碇君だけには・・・」
「へっ、こいつ青くなったぜ。なあに安心しなよ、すぐに紅くしてやるよ、すぐにイッちゃうくらいにな」
 残酷に囁いたのは別の女であった。
 女達はアスカに嫉妬していたのである。
 虜囚となっても微塵も乱れないアスカに。
 縛めの身となりながらなお、男達を強烈に引きつけるアスカに。
 女の嫉妬が何を生み出すのか、既に女達の目は酷薄な欲望を滾らせている。
「ねえ、まだやんないの?」
 待ちきれないように言った女に、
「まだだ。カメラがまだ来てねえからな」
 ちっと、舌打ちしたのは全員女であった。
 男達の欲望と、そして女達の残忍な光が吊されたアスカに向けられた。

「シンちゃん、入るよっ」
 普段ならノックして、返事があるまで絶対に入らないレイだが、今のそれは血相を変えていると瞬時に分かる声であった。
 だが、室内の人物の都合とは関係ない。
 がばと開けた瞬間、
「シンちゃん、この中に・・・あーっ!なによそれっ」
「え?えーと・・・」
「それ、ど・な・たに貰ったのかしら?」
 地獄の羅刹も裸足で逃げ出しそうな声で訊ねた。
「これはその・・・と、ところで何の用?」
「また誤魔化す・・・あっそうだ、これっ」
「え?」
「カリ入りだったわよ」
 レイの表情は悽愴なものに変わっていた。

「おーし、やっと来たぜ」
 撮影機器の到着に、そこにいた者達は歓声を上げた。
「じゃ、さっさとやってもらおうぜ」
 ゆっくりと下ろされた時、アスカは反攻の機会をうかがっていた。
 自慰を強要されるなら、縄はほどかれる筈だ。その時しかない。
 だが、女の行動がそれをうち砕いた。
「ちょっと待った」
 男を制すると、つかつかとアスカに近寄ったのである。
「これ、何だか分かるよなあ」
 それを見たアスカの表情が強ばる。
「そうそう、ちゃんと憶えてるな。あんたをおねんねさせたスタンガンさ。妙な真似してみな、今度はこんがり焼いてやるよ」
 (これじゃ動けない・・・)
 アスカはぎゅっと唇を噛んだ。
「さて、それではこれより第一回公開自慰ショーを始めます」
 品のないアナウンスに、どっとわいた。
「じゃ、一発頼むぜ、お上品なお姫様よ。ああ、大人しそうな奴ほど激しいっていうからな、期待できるか?」
 その言葉でまた男達はげらげらと笑った。
 アスカは動けなかった。
 恐怖に羞恥、その他諸々が混ざり合って彼女の身体を束縛していたのだ。
 いや、もとより人前で自慰ショーを強いられて、即座に応じられる方がおかしいのであり、そしてアスカは一般良識の範疇の娘であった。
「・・・い、いや・・・」
 か細い声がその口から上がる。
「おいおい、この場になって嫌はねえだろ?やらずぼったくりか?」
 あざけるような口調で言ったのは、最初にアスカを平手打ちした、背の高い女であった。
「ちっ、ま予想はしてたけどな。いいやこうなりゃ・・・」
 強制的に脚を開かせるまでと、近寄ろうとした男を別の女が止めた。
「あ?」
「無理にやらせちゃ可哀想だよ」
 一瞬こいつは馬鹿か、という表情をした後一斉ににんまりと笑った。その本心が読めたのである。
「惣流さん、だっけ?嫌ならしなくてもいいよ」
 優しげな声に、救いの手が現れたかとそっちを見た瞬間。
 アスカは見た。偽りの笑顔が剥がれて酷薄な笑みが出現するのを。
「なっ!?」
「あんたを眠らせて、大股開きの写真撮ってやんよ。ついでに実名と住所入りで、ネットに流してこう書くのさ。メールで思いっきりいやらしい事書いて送って下さいってな」
「駄目だよ」
 他の女の声が断ち切った。
「んじゃどうするのよ?」
「農林省のページに、でっかく貼り付けてやろうぜ。内蔵まで見えそうな写真なんて滅多に出回らないからな」
「い、いやっ!」
 思わず叫んだアスカに、
「じゃ、てめーでいじってみせな。ほれ」
 ぐいとアスカの脚を掴んだ瞬間、絶叫が響いた。

「レイ、誰が持ってきた?」
 口調に僅かに緊張を乗せてシンジが訊ねた。
「え、えーと・・・あれ?」
「どうしたの」
「これ・・・ほら」
 どれどれと見ると、乱愚麗と書いてある。
「ラングレー?・・・ほう」
 それを聞いた途端レイが凍り付いた。
 ゆっくりとシンジの全身から鬼気が吹き上げ出したのだ。
「葛城ミサトにホットラインで繋いで」
 シンジの言葉に、身体が先に動く。女ながらも警察署長を務める葛城ミサトは、彼らの親友でもある。
 呼び出しは二回で出た。
「はい葛城」
 どこか刃を思わせる声が応答した。
「あ、あのレイです」
 途端に声の調子が変わる。
「あーらレイどうしたの?万引きでもして逃げ損ねた?だーいじょうぶよ、あたしがもみ消してあげるから」
 どこぞの不祥事県警みたいな事を、平然と言ったミサトに慌てて、
「ち、違うんです、シンちゃんが」
「え?」
 と言ったときには、既に受話器はシンジの手に移っている。
「僕だ」
 一声で、ミサトは事態を悟ったらしい。
「何事なの」
 辣腕警視と謳われた、かつての威厳そのままに訊ねる。
「乱愚麗という族があるね。レディースだ」
「構成はおよそ30人。黒影(ブラックシャドウ)の女族よ」
「警邏中の全車両に放送してこう言って。『乱愚麗のメンバーを見つけ次第捕まえろ。半殺しにしてもいいから、獲物の保管場所を聞き出せ』と」
「急ぎ?」
「人命」
 それだけで通じたらしい、
「あたしの子飼いに回すわ。3分待って」
 言葉の通り、一旦切った電話は3分後に掛かってきた。
「港の3番倉庫よ」
 いきなり切り出したミサトに、ありがとうと切りかけて止めた。
「何人?」
「大したことないわ。それより急いだ方が良いわ」
「今度礼はする」
「一晩で良いわよ」
「考えておこう」
 数秒後、受話器を持ったまま呆然としているミサトの姿があった。
「うそ・・・シンちゃんが一晩付き合う・・・やったー!!

 署長室から響く奇声に、何人かが駆けつけようとして・・・止めた。
 以前奇声に驚いてドアを開けた者が、何人か行方不明になっていると言う噂を思い出したのである。
 シンジが、そこまで言う相手とは誰かを考えもせずに、一人で驚喜しているミサト。
 奇声は暫く続いたと言われる。

シンジが電話を切った途端、
「シンちゃん!早くっ!!」
 外からレイの叫ぶ声が聞こえ、それと同時に爆音が鳴り響いた。
 レイが跨っているのはホンダのCB400,通称フォア。
 DOHC、直列4気筒の名車はミサトの所有だが、こんなので公道を走っていいのかと思う程、あちこち改造されている。
 噂では、ペンシルミサイルまで搭載されているとも言われている程だ。
 シンジの家に食事に呼ばれた時、泥酔したミサトが置いていったのである。
 レイは免許など持っていなかったような気もしたが、このさい気にしない事にする。
「今いく」
 言いざまに窓を開けると、下目がけて飛び降りた。
 ふわりと身体を丸め、猫のように着地すると案の定靴が出してある。
 従兄弟の行動を、レイは読んでいたらしい。
「つかまっててね」
 身体が密着しても、顔を紅くすることもなくレイは飛び出していった。

「え?」
 涙の溢れる目で見上げたアスカの視界に、崩れ落ちる女の姿が見えた。
「んだ、てめーは?」
「たたんじまいな」
 口々に言って一斉に飛びかかった瞬間、アスカは信じられない光景を見た。
 最初に向かった女は、顔のど真ん中に正拳をたたき込まれて、鼻っ柱を陥没させて吹っ飛び、次の者は水月に回し蹴りを食らわされ、身を折って悶絶した所を背中に強烈な一撃を食って失神した。
 入ってきた女が、10人以上いた者達全員を片づけるのに、実に2分と要さなかったのである。
 ゆっくりとアスカの側に近寄ってきた時、初めてアスカはそれが男であることを知った。
「あ、あなたは・・・」
 銀の髪に紅の瞳を持った青年は、答える前にアスカの顔に手を伸ばした。
 男女問わず、全員を血の海に沈めたにもかかわらず、返り血を一滴も浴びていないしなやかな指で、そっとアスカの涙を拭った。
「黒影(ブラックシャドウ)先代総長、渚カヲル。馬鹿どもが迷惑を掛けたね」 
「え?・・・」
「既に引退したんだけど、君に何かあっては僕がシンジ君に嫌われてしまうからね」
 妖しく笑ったその顔を見て、アスカの胸は騒いだ。
「あなた・・・碇君と知り合いなの?」
 さあね、とカヲルは曖昧に笑った。
「じゃ、じゃあ私を助けたのは・・・」
「君は僕と同じだね?」
「え?同じ?」
「シンジ君は好意に値するって言う事さ、僕たちに取って」
 一瞬でアスカの顔は染まった。
「わ、私は別に・・・」
「では」
 とカオルが言った。
「好きでもない人に、君は徹夜でチョコレートを作って送るのかい?」
「聞いてたの!」
 思わず大きな声を出したアスカに、
「僕はシンジ君と運命的な出会いをしなくちゃならない。悪いが忘れてもらおう」
 言い終わる前に、指がすっと動きアスカは首を垂れた。
「撃退に疲れてダウン・・・ま、なんとかなるかな」
 一分も経たない内に爆音が鳴り響き、レイとシンジが駆け込んで来た時、倉庫の中に起きている者は一人もいなかった。

「あーあ、フォア完全にイッちゃった。ミサトさんになんて言お・・・」
 ぶつぶつ言いながら入ってきたレイは、血臭渦巻く光景と、倒れているアスカを揺すっているシンジを見て顔色を変えた。
「シンちゃんっ!」
「大丈夫、気を失ってるだけだ。というか眠ってるだけかも知れない」
 ふう、と安堵したレイをよそにシンジは周囲を見回した。
 (この子も結構強いけど・・・こんな狩りみたいなのは?)
 内心で首を傾げた時、
「あっ、シンちゃん先輩起きたよ」
 振り向くと、ゆっくりとアスカが身を起こした所であった。
「無事?」
 少し呑気に聞いたシンジに、
「何とか」
 辺りを見回しているアスカに、手を貸してシンジは起こしてやる。
 すると連鎖反応のように、レイはぷーっと拗ねている。
 なんっっか、面白くないのだ。
「これ、君が?」
 それを知ってか知らずかシンジが訊ねた。
「分からない」
 アスカは首を振った。
「縄がほどけた後から記憶がないの・・・ねえ、助けに来てくれたの?」
「客観的に見てそう言う事になるね」
 それを聞いてアスカはくすっと笑った。
「警察が来ると面倒だから、もう帰った方がいいね」
「そうね・・・あ」
「何?」
「悪いけれど、送っていって貰えるかしら?」
「いいよ、フォアで送ってく。レイが転がせるから」
 一瞬アスカの表情が動いたが、シンジは気が付かなかった。
 或いは−見なかっただけかもしれない。
「駄目」
 あっさりと否定された。
「なんで?」
「完全にイッちゃってるもん。直さないと無理だよ」
 それを聞いてぱっとアスカの表情が輝いた。
「じゃ、歩きか・・・やれやれ」
 その割にさして嫌そうに聞こえないのは、一応のお約束だろう。
「こらレイ、帰るよ」
 倒れている女の顔に、キュッキュッと落書きをしているレイを呼んだ。
「はーい」

「どうしてかな?」
 シンジは四回目の自問を始めていた。
 何故かは知らないが、どうも居心地が悪いのだ。
 左にはアスカ右にはレイが、何故かそれぞれシンジを挟むように歩いている。
 (惣流さんの半裸を見たわけでも無し、怒らせた記憶はない・・・)
 次の瞬間、左腕に柔らかい感触がくっついた。
「なに?」
 そっちは見ないで訊ねた。
「私を助けに来たの・・・後悔してるの?」
「僕の辞書は特別製だ。後悔を始め幾つかの単語は削除してある」
「良かった」
 柔らかな感触が、ふにと潰れるのが分かった。
「シ・ン・ちゃん?幸せそうねえ」
 殺気を十分すぎる程含んだ声がした。
「そう見える?」
「ううん、見えない」
 言い終わらぬ内に、右手にも同様の感触が伝わった。
「綾波さん、それどういう意味かしら」
 アスカはレイの方を見ないで訊ねた。
「先輩の胸なんかじゃ、シンちゃんは幸せになれないって言ったんです」
 と、こちらもアスカは見ないで答える。
 視線は合わせていないはずだが、奇妙な温度がシンジの周りを包んだ。
「僕の幸せは?」
 『「どっちがいいの?」』
 ぴたりとユニゾンして声が上がり、妙に熱い視線が左右から突き刺さった。
 (刃物より痛いかも知れない)
 とは言え振りほどくのも出来そうにない。
 数秒考えてからシンジは呟いた。
「85のB」
 それを聞いた途端レイの顔が真っ赤に染まった。
「な、な、何でー!」
「肘で胸を潰されれば」
 奇妙な答えだが、アスカは納得したらしい。
「じゃ、私は?」
 声は既に勝ち誇っているのが分かる。
 やはり数秒考えてから、
「88のC」
 ぽつりと言った。
「最近少しブラがきつくなったと思ったら、Cになってたのね。やっぱり、基本は大きさだものね」
 普段の冷静な口調で言うものだから、癪に触る事この上ない。
「ふん、大きいなんてホルスタインになるだけなんだから。胸は形と・・・それに感度よ!」
 と、それを聞いたアスカが奇妙な表情でレイを見た。
「そうなの?綾波さん」
「う・・・そ、そうよっ」
「ですって、碇君」
「何故僕に振る?」
「あのね、私の胸・・・自分ではつんと上向いてると思うんだけど・・・調べてくれる?」
 たっぷりと妖しさを含んだ口調で言い終わる前に、
「腰よ腰!シンちゃん測ってよ」
 不利を悟ったか、場所を変えてきたレイ。
「別に幾つでもいいと思うけど・・・」
「駄目」
 あっさり却下された。
「胸と腰は女の勝負所なんだからね」
 今度は何故かアスカは加わらなかった。
 理由はすぐに知れた。
 シンジは、
「はいはい」
と、どう見ても嬉しくなさそうにいうと、左右のお供の腰をつんとつついた。
「あ、あん」
「や、やだちょっと」
半分くらい作っているように聞こえるが、結構色っぽい声が同時に上がる。
シンジは、
「58・51」
 と言ったのだ。
「へへん!」
 と、絡めた腕に力を入れたのはレイである。
「幾ら胸が大きくてもねえ、その内垂れてくるだけだし、やっぱりきゅっと締まった腰じゃないとね。ねえ、先輩?」
 さっきの仕返しとばかり、思い切り意地悪く訊ねた。
「まだ決まった訳ではないわ」
 その言葉に、レイの表情がぴくりと動く−そしてシンジの表情も。
 『「一勝一敗」』
 声は三人の物が重なっていた。
「『お尻で勝負よ(ね)』」
 今度の声は、無論シンジの物は抜けている。
「また僕を使役するの?」
「『ちゃんと測ってね』」
 シンジの意志など宇宙の彼方、がっしりと掴まれた手が二人の少女の尻に触れようとした瞬間。
「レイ、禁止」
 レイの手がぴたりと止まり、アスカの手もまたコンマ数秒後に止まった。
「はい・・・」
「あの、碇君・・・」
「まったくろくな事しないんだから」
「『ごめんなさい』」
「色気なんて物は二十歳になれば、成人式で配ってるんだから二人にはまだ早い・・・あれ?」
 機嫌を損ねたかと、二人が項垂れた瞬間シンジの携帯が鳴り、シンジが通話ボタンを押した途端。
「あーシンちゃん?私。さっきの話だけど今晩守ってもらうからね。場所はロイヤルセンチュリーの21階。スイートルームを予約して置いたから。うーんとエッチな格好で待ってるからちゃんと来るのよ、いいわね。あ、そうそう小娘なんかに浮気しちゃ駄目よ。じゃあね」
 言うだけ言うと、シンジの返事も聞かずに切ってしまった。
 無論声は、はっきり聞こえている。
「まったく・・・」
 ぼやきかけて、ふと二対の視線に気が付いた。
「これはその・・・」
「うーんとエッチな格好?スイートルーム?どういうこと?シンちゃん」
「小娘なんかに浮気?的を得た表現ね」
 二人とも笑っているが、目はまったく笑っていない。
「小娘と浮気してもらいましょうか?ね、レイちゃん」
「そうですね・・・アスカさん」
 (名前?・・・しまったベルサイユ条約だ)
 逃げる間もなく、シンジの腕はがっしりと掴まれた。
 さっきより一層押しつけられた胸の感触は、喜ぶべきかそれとも?
 数分前までは両手に花状態だったが、今は完全につかまった火星人状態となっているシンジ。
 その連行される様を、離れた場所から見ている影があった。
「その気になれば簡単にふりほどけるのに、そうしないとは・・・そんな所は本当に好意に値するね、シンジ君。やはり僕と君は運命で結ばれている・・・もうすぐ会えるよ、もうすぐ・・・」

シンジに向けられた、妖しげな熱い視線は気付かれる事はなかった。
 そして数時間後、二人の少女を従えて帰ってきたシンジは、傍目にも判るほどやつれていたという。
 そしてそれとは対照に、二人は熟れたような肌になっており、明らかに“つやつや”としていた。
 何があったのか、現在の所明らかにはなっていない・・・

(続)


作者より

「撃墜王」の続き、お送りします。

アスカのピンチシーンを書いていたら、胸チョコが削除されてしまいました。

そっちを中心にしようかとも思ってましたが(笑)

感想等、おありでしたらお寄せ下さい。

uriel@beige.ocn.ne.jp

 

 URIELさんからまた投稿作品を頂いてしまいました。

 前作の続き‥しかもパワーアップしてます。

 シンジがげっそり、アスレイがツヤツヤ‥

 一晩オイルでマッサージしてたのカシラ‥‥?

 みなさんもぜひURIELさんに感想を送って下さい。

3/5 ファイルを破損していたため修復。関係者の皆様には大変な御迷惑をおかけしました。深くおわび致します。

頂き物の部屋に戻る

烏賊ホウムに戻る