ANGEL ATTACK


 
  筆者:URIELさん

「こんばんは〜」
 伊吹美容クリニックが、珍しい客を出迎えたのは夕方の事であった。
「あ、いらっしゃいシンジ君・・・あら?レイちゃん?」
 聞こえたのは確かに碇シンジの物であり、それも何故か三途の川を泳いできたばかりのような声だったが、入ってきたのは従妹の綾波レイである。
 小首を傾げたマヤに、
「今日は女王様2人組なの」
「はあ?」
「ほら入って入って」
「あのー、出来れば他の事で・・・」
「『駄目!』」
 重なった聞き覚えのない声に、僅かにマヤの表情が動く。
 レイに左手を掴まれ、もう一人の背の高い娘に右腕を捉えられて入ってきたのは、囚人と化した碇シンジであった。
 マヤの嗅覚が何となくだが状況を察知し、かつて紅蓮と呼ばれた時の眼差しそのままでアスカを射抜く。
「あ、あの・・・惣流アスカと言います、初めまして」
「ここはエステの専門店よ。男連れで、しかも連行して来るところじゃないわ」
 マヤに冷たく告げられてアスカの表情は硬直し、レイもシンジに救いを求めるように視線を向けた。
「あ、いいの」
 そしてその視線を分からぬシンジでもなかった。
「え?」
「今日だけは僕がマッサージ師になる判決だから」
「マッサージ師?シンジ君が?この2人を?」
「ミサトのせいで」
「葛城署長が?」
 ますます訳の分からない表情になったマヤを見て、
「個室貸してくれる?」
 少しだけ疲れたようにシンジは告げた。

「それで二時間も付き合ったって訳?あはははは、シンジ君も律儀よねえ。小娘2人にそこまでしてやるなんて」
 事の顛末を聞いたミサトは、ラウンジで大爆笑して周囲の視線を集め、慌てて口を押さえた。
「あなたのせいだぞ」
 少し憮然としてぼやいた途端、その顔がぎゅっと何かに挟まれた。
 豊かすぎる胸に挟まれ、離せこらと言ってみたが、より一層の力が加わった。
「ね、ね、シンジ君、それで・・・やんっ
 すっと伸びたシンジの指が、アンサンブルの胸元から入り込み中で蠢いたのだ。
「僕の口からなんの告白を期待している?エッチな姉様」
 シンジが変わらぬ口調で訊いた。
 厚い肉壁に指がのめり込む感触に、ふぁぅと熱い息を吐きながら、
「だから・・・そ、そのアスカって娘も脱いだのかなって・・・あくっ」
 胸の先端を捉えられて、ミサトは小さな声を洩らした。
「全部じゃないけどね」

「ほら、アスカさんもさっさと脱いで」
「で、でも・・・」
「折角私が一緒にしてあげるって言ってるのに、全くもう・・・ほら!」
「ちょ、ちょっとレイちゃん待って・・・や、やだっ」
 何やらじたばたする音に続いて、
「わあ、アスカさんの肌って白くて柔らかい。いいなあ、あたしなんか」
「ぬ、脱がさないでよもう。それにあなたの方がぷにぷにしてて・・・特にここなんか・・・ほら」
「やん、アスカさん変なとこ触らないで・・・あう」
 聞いているだけで、出血多量に陥りそうな会話だが、外で待っているシンジは、どう見ても閻魔の判決を聞く罪人のような表情であった。
 少し首を傾げて、
「2人とも意気投合したようだし、邪魔者はこの辺で・・・」
 そっと帰ろうとした次の瞬間。
「シンちゃーん、早く、早くぅ」
 弾んだ声で呼ばれて、シンジの顔に陰が差した。
「今行く」
 想像できるであろう中の光景とは、到底似つかぬ声で返事をすると、重い手つきで仕切りを開ける。
 全裸にバスタオル一枚のレイを見て、シンジはふうとため息を吐き、そして数秒後に訊いた。
「あれ、アスカさんは?」
 それを聞いたレイが、ぷうと頬をふくらませてシンジの頬を引っ張った。
「なに?」
「あたしじゃ・・・駄目なの?」
「駄目」
「ひっどーい!」
 レイの声に、一体何事かとマヤが顔を覗かせたが、状況を察して下がっていく。
 無論シンジを見てにっと笑うのは忘れない。
「いとこ同士はつきあっちゃいけないんだよ、知らなかった?」
「そ、そうなの?」
 落胆を隠そうとしないレイに、
「刑法184条で決まっているからね。でもその代わり・・・」
 と大嘘を宣った後、何事かを囁いた。
「ほんと!?」
 一転してにんまりと笑ったレイに、悪代官の顔で頷くと、
「で?どこ?」
 と訊いた。
 シンジとレイの会話を、カーテンの裏で聞いていたアスカは、
「碇君のうそつき。でもちょっとだけ・・・う、うれしいかしら」
 だがさすがのアスカも、いとこ同士は結婚可能とは知っていても、184条が重婚罪に関する物だとまでは知らなかった。
 だが法云々はさておき、レイが一歩後退したのはどこか嬉しい。
 少しだけ顔を緩めて呟いた時、その手がぐいと掴まれた。
「ちょ、ちょっと・・・あっ」
 レイに連れ出された、赤いバスタオルに身を包んだアスカと、シンジの目が合った。
「へ、変じゃない?・・・」
 我ながら少し間の抜けた問いだとは思ったが、咄嗟に訊いていた。
「よくお似合いだよ・・・レイもね」
 少し暴走したり、妄想が加熱するきらいはあるが、それでもレイはシンジにとってそれなりに可愛い従妹である。
 バスタオルから盛り上がる胸にシンジの視線が向けられた時、アスカは一瞬だけ身を固くし、そしてシンジがうっすらと笑ったのを見てその頬は染まった。
「さて、何をすればいいの?」
「胸を揉んでバストアップを」「あ、脚のマッサージを」
 どっちがどの声かは言うまい。
 ただ、シンジは無表情のまま首を傾げ、残った二人が何故か同時に赤くなった。
「胸は」
 とシンジが言った。
「今度二人で来た時、専門の人にやってもらおうね」
「『じゃ、私と!』」
 二人の声が同時にあがり、二対の視線が真っ向からぶつかり合った。
「何時も一緒にいるのにずるいんじゃない?綾波さん」
「あたしよりおっきな胸なのに、それ以上大きくしてホルスタインにでもなるんですか?惣流さん」
 対等に張り合っている二人を見て、シンジは何を思ったのか、二人の脇腹を同時につついた。
「『や、やんっ』」
 こういう声は申し合わせでもあるのか、ぴたりと同時に上がった。
「今僕の前にいる2人が一緒にっていう意味だけど」
「え?そ、そうなの?」
「わ、私は知っていたけれど・・・一応お約束として・・・」
「とにかくやるのは脚。いいね?」
 アスカもレイも揃って頷いた。
「じゃ台の上に寝る」
 シンジの指示で、二人はそれぞれ台の上で俯せになった。
「ねえ、取ってぇ」
 甘い声で呼んだのはレイであった。
 さっさとバスタオルを外すと、体を少し浮かせる。
 シンジがちらりとアスカに視線を向けると、さすがにアスカも恥ずかしいらしく,縁を持ったままもじもじしている。
 それを見て取ったレイが素早く、
「ね、シンちゃんやって」
 甘い声で呼んだ。
 それを見てアスカの表情がわずかに動いたが、やはりまだ踏み切れないらしい。
 シンジも強要はせず、ゆっくりとレイに近づいた。
 と、そのときふとシンジは気付いた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「脚だけって言わなかった?」
「言ったよ」
「何でタオルを取るの?」
「雰囲気よ。決まってるじゃない」
「はあ」
 そうかもしれないと納得すると、むき出しになっているレイの太股に触れた。
「うひゃっ」
 奇妙な声を上げて、レイが少し身をよじる。
「シ、シンちゃん、くっ、くすぐった・・・」
「じゃあ、やめとく?」
「いやっ!」
「じゃ、我慢する」
「はーい」
 組んだ腕に顔を乗せたレイを見ながら、
「少し待っていてね」
 とアスカに声をかけた。
「え、ええ・・・」
 表情は少し翳っていたが、声には少しも乗せずアスカは頷いた。

ゆっくりとシンジの指が動く。
 全裸の乙女の大腿部を這う絵図ながら、淫らさも妖しさも微塵も感じさせずに。
 時には強く、時には弱く、その指が移動して行くに連れてレイの目もまた溶けていった。
気持ちいい・・・シンちゃんじょうずぅ・・・
 とろんと溶けた目で視線を宙にさまよわせ、どこか舌足らずな口調で洩らしてから数分後、レイは静かに寝息を立てていた。
 静まりかえった室内に、息づかいが二つと寝息が一つ。
 それだけが唯一部屋の静寂を破るほど、室内は静まり返っていた。
「あ、あの・・・」
 躊躇いがちにアスカがシンジを呼んだ。
「終わったよ」
 一言告げてから、シンジは大きく深呼吸した。
 手抜きも邪心もない作業は、さすがにシンジも疲れたらしい。
 だがそれをじっと待つ方はそれに加えて、ほんの少し・・・切なさも混じったのか。
 シンジがアスカの傍らに立つ。
 そして脚に触れようとしたその刹那、
「待って」
 アスカが止めた。
「そうだね、僕以外が適任だ」
 身を翻そうとしたシンジの手首が、そっと捉えられた。
「なに?」
「タ、タオル・・・外してくれる」
 紅い顔でアスカが囁くように言った。
 それを訊いたシンジの表情がわずかに動く。
「いいの?」
「あの・・・耳貸して?」
 言われるまま耳を寄せたシンジに、
「いとこ同士は結婚できない、ですって?う・そ・つ・き」
 と、“うそつき”の部分だけ、聞く耳が溶けそうな声で囁いた。
「僕を誹謗中傷するために呼んだの?」
「ち、違うのっ」
 慌てて、
「う、うれしかったの」
「なんでまた」
「私のため・・・なんでしょう?それとも・・・う、うぬぼれかしら・・・」
「タオル取るよ」
 返ってきた言葉に、少しだけ落胆しながら、
「お願いします、医師(せんせい)」
「はいはい」
 とシンジがタオルを取った瞬間。
「ひゃ、ひゃうんっ」
 押し殺したような声が、アスカの唇から漏れた。
  シンジの尖った爪が、アスカの肩胛骨をそっとひっかいたのだ。
「誰のためかな」
 シンジの言葉を聞いた時、起きあがろうとしたアスカの全身から力が抜けた。
「あ、あの碇君・・・」
「何?アスカさん」
「ア、アスカでいいわ」
「偽名?」
 奇怪なことを真顔で訊いたシンジに思わず毒気を抜かれ、
「ち、違うわよもう。私の事はその・・・名前で呼んで良いって・・・こと」
「さっきから名前で呼んでいるが?」
「だ、だから“さん付け”はいらないって言うこと」
 少し怒ったような口調で言ったが、すぐにそれは消え、
「私の初めての男になるんでしょう?」
 大胆なことをさらりと、しかし消え入りそうな声で言った。
 この声量なら、レイが起きていたとしても聞こえないかもしれない。
 だが勇気を総動員した告白もどきは、
「チョコをもらった初めての男、だけで十分だけど」
 あっさりとかわされてしまう。
 慌てて、
「駄目よっ」
「そうなの?」
「もっと・・・もっと初めてになってもらうんだから」
 告げた方は顔を真っ赤に染めているが、言われている方は殆ど表情を変えていない。
 アスカは前を向いたままだが、それが伝わったか、
「い、嫌なの?」
 トーンダウンした声で訊ねた。
「別に」
 シンジがすっと動くのと、
「うみゅっ」
 アスカが思わず身をよじったのとが、ほぼ同時であった。
 シンジの唇が、アスカの肩にそっと触れたのである。
「こ、これって所有印なの?」
 顔を赤らめて何やら妄想しているらしいアスカに、
「吸ってないのにマークはないよ」
「あーあ・・・残念」
 妖しげな事を呟いたアスカ。どうやら、服と一緒に羞恥も脱いだらしい。
「大胆だね」
「ひ、一人の前でしか、こんな事はしないもの」
 それを聞いた時、わずかにシンジの表情が動いた。
「それは名誉だと思うよ」
 どことなく人ごとのようにそう告げると、アスカの引き締まった腰に手を伸ばした。
「あ、そこは・・・」
「ここからやってあげる」
「う、うん・・・」
 少し気恥ずかしいが、横には脚を丹念に揉みほぐされて、嬉しそうに眠っているレイがいる。こんなところで退けないと、少しうっとりした顔でシンジに任せ、そのまま目を閉じていった。

「さて、全部終わった」
 マヤが呼ばれたのは、それから二時間あまりも経ってからであった。
 部屋に入ってきて、熟睡している二人とシンジの顔に視線を走らせ、開口一番、
「お疲れさま、シンジ君」
 ため息混じりに言った。
「お互いに初体験だったから」
 とシンジは笑った。
「でも随分上手じゃない?」
「そうかな」
「この二人、肌の色がつやつやしているわ。こんなの私のフルコースでも滅多にならないのに」
 そして、シンジの顔を両手で挟み、
「生気がないわよ」
 少し憮然として呟いた。シンジの厚遇が不満らしい。
「僕の気まぐれは生き様だし。それにアスカには少し累が及んだから」
「え?」
「乱愚麗の所為で」
 それを聞いた途端、マヤの眉が上がった。
「あの馬鹿ども、まだ踊ってやがるのか?一発かまして・・・」
 温和な顔が消え、かつての夜叉鬼の顔に戻ったマヤに、
「済んだことだし」
 と、マヤの頬に軽く触れた。
「もう」
 マヤが破顔し、
「でもそんなところも・・・らしいわね」
 唇が近づいてもシンジは避けなかった。
 ちゅっ、と頬で小さな音がした後、
「場代は無料でいいね?」
「しっかりしてるわね」
 軽くため息をもらしたが、
「いいわ、シンジ君の頼みだし。それに・・・十分もらったし」
 微笑して頷いたが、少しその顔は紅い。
 そしてシンジに揺り起こされた二人が、それぞれ悩ましげな声を上げて起きあがり、シンジを挟んで出ていくのを見ながら呟いた。
「シンジ君が無傷でキスさせたの・・・初めてね」
 思い出したように呟いた。
「でもあたしのとこの何人か貸したのに、何で自分で?」
 少し首を傾げると、あどけない美貌に戻る。
「そんなの、分かり切ってるわね」
 自分も焼きが回った、と言うように肩をすくめて部屋を出ていった。

「それはつまり、あそこは見てないし触ってないっていうだけじゃないの?」
 身も蓋もないことを言って、けたけたと笑ったミサト。
 既にバーボンが一本空になっている。
 シンジの話をつまみ代わりにしてぐいぐいと開けていき、話し終わるのと同時に最後の一杯を飲み干したのだ。
「慎みとか恥じらいって知ってる?」
「知らなあい」
 と、またもや笑うとシンジの前にあったカクテルグラスを取り、勝手に傾けた。
 その細い指が、リュートライングラスに刻まれた模様をなぞっていく。
 成熟した肢体に加え、黒を基調にしたツーピース、何よりもその美貌とは人目を否応なしに引きつける。
 連れのシンジとの組み合わせが絵になるから、誰も近寄ってはこないのだが、周囲から熱い視線が注がれているのをシンジは気付いていた。
「相変わらずもてるね」
 ことりとグラスを置いた、ミサトの横腹をシンジがつつく。
「ドン・シンジ君に言われるなんて光栄ねえ」
 とミサトがつつき返す。
「視線の半分以上はシンちゃんに集まってるじゃない。それにね・・・」
「え?」
 シンジが聞き返そうとした時、バーテンダーがすっとグラスを置いた。
「X・Y・Z?頼んでないけど」
「あら、来たみたいね」
 ミサトの言葉から酔いが消え、シンジの表情が一瞬動いた。
「“後がない”カクテルを贈った。もう逃がさないよ、碇シンジ君」
「どちらの“代紋”の方?」
 背後を一瞬で取られたにもかかわらず、シンジは普段の表情で訊ねた。
「僕はカヲル、渚カヲル。カヲルって呼んでくれると嬉しいね」
「カヲルねえ」
 呟いたシンジに嬉しそうに、
「さっそく呼んでくれたね、ありがとう」
 心底嬉しそうに笑うと。
「そうそう、僕の“代紋”は・・・黒影(ブラックシャドウ)先代総長さ」
 それを聞いたとき、初めてシンジが動いた。
 置かれたグラスを傾けて飲み干すと、ゆっくりと後ろを向いた。
 二人の美声年の視線が、初めて絡み合った。
 シンジの黒瞳はカヲルの深紅の瞳を吸い込み−カヲルの赤い瞳はシンジの黒瞳にとけ込んでいく。
 ふっと店内の喧噪が止んだ。
 着飾った女達さえも恥じ入りそうな、二人の美声年の邂逅に魂までも奪われて、皆うつろな視線で見とれたのだ。
「ありがとう、と言うべきかな」
「知っていたのかい」
 言葉とは裏腹に、さして驚いた様子も見せずにカヲルが訊ねた。
「アスカは確かに強い」
 詩でも吟ずるようにシンジが言った。
「だがあんな片づけ方は出来ないよ。あんな風にぼろ雑巾と変えるのは」
「引退した身なら別に関係はない。だけどシンジ君に嫌われてしまうからね」
 妖しく囁いたカヲルの言葉に、
「あらー、もう呼び捨てにする関係になったの?」
 ミサトの冷やかしが重なったが、シンジの無言の視線で迎えられた。
「あら、ごめんあそばせ」
 ミサトの方は無視して、
「警察署長が前とは言え、族の総長と会っているのは妙だ。それにあの時、葛城特隊を使ったにせよ少し早すぎる」
 手を顔に当てて考え込んでいるシンジに、二対の陶然とした視線が向けられた。
「さてはバーターだな」
「『大正解』」
 重なった二人の声に、シンジが宙を仰いだ。
「で、元総長の出した条件は?」
「君と・・・碇シンジ君と一晩過ごすこと」
 躊躇いもなく言い放ったカヲルに、シンジが視線を向けた直後。
 前のめりになったシンジを、カヲルはそっと押さえた。
「さてと、後は僕の時間だね。あんな二人に先を越される前に、僕が初めての男にならないと」
 シンジは全身を白で包んでおり、カヲルは黒であった。
 黒白のコンビが寄り添うように出ていく後ろ姿に、店内から熱い吐息が漏れる。
 少し苦々しげにそれを見送ったミサトは、ハンドバッグから携帯を取り出した。
 どこかに掛けた後、ミサトは呟いた。
「最後までヤらせるとは言っていないわよ・・・渚カヲル」

「アスカ、早くっ!」
 怒鳴るように呼んだレイ、さん付けするのも忘れているらしい。
「今行くわよっ!!」
 こちらも怒鳴り返したアスカ、平素の泰然とした様は微塵も見られない。
 一応付き合わせた以上、ミサトのところへ行くのは邪魔できない。多分朝帰りにはならない筈だ、2人で待ってまた埋め合わせでもさせようと、企んでいたところへミサトから緊急連絡が入ったのだ。
 二人で他愛もない話をしていたが、ふと話題が今日の体験に及んだ。
 自然とどちらが真摯なサービスを受けたか、と言う話になり
「碇君は私の全身を丹念にやってくれたわ」
「いいえ、シンちゃんが私にしてくれた方が凄かったわ」
「私よ」
「私に決まってるじゃない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「じゃどっちを丁寧にしたのか、碇君に訊いてみましょう」
「駄目」
「え?」
「どっちの躯がきれいだったか、でしょ?アスカさん」
 一瞬置いてからアスカが薄く笑い、
「受けて立つわ」
 と視線がぶつかり合っているところに、ミサトからの電話であった。
 戯れの雰囲気は一瞬で吹き飛び、二人の表情が凄絶な物になる。
「ハイヤーと警察を・・・」
 言いかけたアスカに、
「車ある?」
「車?」
「オートマならあたしが転がせるから。あるのっ?」
 叩きつけるような口調に、アスカが一瞬考えた時。
 表で凄まじい爆音が鳴り響き、住宅街では追い出し運動の憂き目に遭いそうな、度派手なクラクションの音が鳴った。
「あ、あれは?」
「マヤさんのソアラよ」
「マヤさん?」
「今日行った店の店長よ。会ったでしょ?」
「あ、あの人の?」
「元は有名なレディースの頭よ」
「嘘・・・」
 思わず絶句したアスカを後目に、レイはドアを蹴破るようにして飛び出して行く。
 既に夜の帳が降りている閑静な高級住宅街に、レイの怒鳴り声とアスカのそれが協奏を奏でたのはそれから二分後の事であった。

シンジはとある部屋で休んでいた。
 いや、休んでいたというのは少し的はずれかもしれない。何故ならば、その肢体は豪華な革張りのソファの上にあり、力無く横たわっていたからだ。
 既に純白のスタンドシャツは、その第二ボタンまでを外されて白い素肌を露わにしている。
 だがシンジは未だ目覚める様子もなく、身動き一つしない。完全に昏睡状態にあるようだ。
 十分ほど経ったときドアが開き、グラスを手にしたカヲルが入ってきた。
 さっきのようにびしりと決めてはいないが、黒のストレートジーンズに加えて、上は大きく胸元の開いたVネックセーター。
 そこからはシンジよりもなお白い、むしろレイに近いような白い肌が、光を吸って光沢を放っている。
 首から掛けられたネックレスの先には、銀の三日月が付いているがこんな気障に近い格好も、カヲルが纏えばぴたりとはまる。
 だが、誰が知ろう。
 カヲルがかつて、乱立する十五以上の族を一つにまとめ上げ、その頂点に立つ元帥として名を馳せていた事を。
 そして隣県からの混乱に乗じた侵攻を見事な手際で撃退し、その上自分の配下達には一滴の血も流させず、そのトップ全員にワッパを掛けさせ、年少に送り込んだことを。
 そして何よりも、カヲルは一度も少年課の刑事の世話になったことはない、ということを。
 常にその身を守る人垣に阻まれて、少年課の老練な猛者達が幾度も歯がみした事は、誰よりもミサトが良く知っていたのだ。
 グラスのブラッディ・メアリを一気に流し込むと、その紅い唇はさらに艶を増した。
 もはや妖艶な美女の物とも見まごう唇を、カヲルは拭おうともせずにシンジに歩み寄った。真一文字に閉じられているシンジの口元を、カヲルはある種の感情を込めて見下ろす。
「僕がずっと君を見ていたことを、君は知らないだろうね。あの日、月光の降り注ぐ河原で月の精を従えて歩く君を見ていたことを。僕などでは到底及ばない美しさに、僕が心を奪われたことを」
 ある種の感慨を込めて呟くと、カヲルはゆっくりとシンジに顔を近づけていった。
 月の光ならいざ知らず、人の手による偽りの光−電光ごときではそれ自体が恥じ入りそうな美声年2人。
 その二つの影が重なる時、何が起きる?
 更にカヲルが唇を近づけていく−未だ眠り続けるシンジの唇へと。
 だが、妖景が展開する事はなかった。
 カヲルの唇は、シンジの顔の1センチ手前で停止したのである。
 何故ならシンジの口が動いたから。
 そしてそれがこう言ったから。
「さっきから起きてるぞ」
 次の瞬間、部屋に哄笑が鳴り響いた。

ひとしきり笑った後、カヲルはシンジにグラスを差し出した。
 レジナカクテルに注がれたギムレットを、シンジは音を立てずに飲み干す。
「どう?」
「目が覚めた」
 それを訊いたカヲルは、
「それは良かった」
 と妖しく笑った。
 ふとその表情が動いた。
 手首のブレスレットを閃かせると、空中にモニターが出現する。
 そこに映る2人を見て、
「勇敢な女騎士が助けに来たようだけど」
 ちらりとシンジを見た。
「通せ」
 傲慢に聞こえる物言いにも、カヲルはあっさりと頷いた。
 オートロックの入り口で一瞬立ち止まった2人が、自動的に開いた扉に警戒の色を見せたが、すぐに飛び込んでくるのを見てカヲルは薄く笑った。
「これでいいのかい?」
「もう一つある」
「え?」
「僕を押し倒せ」
 一瞬広い室内に沈黙が漂い−そして。
「よろこんで」

扉が蹴破られ、両手で銃を構えたレイと後に続いたアスカが見た物は。
「あーっ!」

 レイとアスカにとって大事な想い人であるシンジが、ソファの上に力無く横たわり、しかもあろう事かそこに男の顔が重なっているではないか。
「『渚カヲルっ!』」
 地獄の羅刹の如き声に、ゆっくりとカヲルは立ち上がって振り向いた。
「ノックぐらいするものだよ、勇敢な姫君達」
 紅眼銀髪、シンジに勝るとも劣らない美貌に一瞬2人は見とれたが、
「シ、シンちゃんに何をしたのよあんたっ」
 涙を浮かべているレイを見て、
「シンジ君は自分の意志でここに来た、君には関係ないだろう?」
「あ、あるわ!」
 大声を出したのはアスカである。
 アスカを見て、一瞬カヲルの表情が動いたがアスカは気付かず、
「碇君は失神しているわ。気絶してるのをいいことに好き放題するなんて・・・最低よあなた」
「ここへ来て失神してしまったのさ」
「え?」
「僕とはよほど相性がいいらしい−いろいろとね」
 その言葉に何を感じ取ったのか。
 次の瞬間アスカの手がレイから銃を奪い取ると、いきなりカヲルに向けて引き金を引いた。
 乾いた音と共に、飛び出した針がカヲルの胸に突き立つ。
 鬼女の表情で二度、三度と引き金を引き続け、“弾”が尽きてもなおアスカは引き続けた。
 もはや乾いた音だけになってから漸く、アスカはその手を止める。
 カヲルは自分の胸元に刺さったそれを見ると、ふっと笑った。
「その玩具とこれは、伊吹マヤ・・・そうか、そう言うことか」
 そしてあくまで微笑を絶やさず、カヲルはゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。
 カヲルが倒れた瞬間、アスカとレイはシンジに駆け寄った。
「シンちゃん!」「碇君!!」
 悲痛な叫びにも、シンジは反応しない。
 最悪の事態を想定し二人の顔から血の気が引いたが、アスカがシンジの手首を取り、レイがその胸元に手を当てた。
「気絶してるだけみたいね」
「ええ・・・」
 安堵して見合わせた視線が、違う物に変わったのは数秒後の事であった。
「『じ、人工呼吸ね・・・』」
  ユニゾンして言った後、
「わ、私がやるわ。従妹だし一番の適任だから」
 すぐに顔を近づけようとするのを、にゅうと伸びた手がぐいと捕まえた。
「こ、こう言うのは私の方が適任ね。従兄弟にライフセーバーがいる私の方が」
 シンジの顔に伸ばした手が、今度は掴まれた。
「でもシンちゃんの舌のことは知らないでしょ」
「な、何ですって」
「シンちゃんの舌がどうやって絡みついてくるかとか、どうやって口の中で動くかなんてアスカさんが知るはずないもの」
 アスカは一瞬引いたが、ここで引き下がるわけには行かない。
「し、知っているわっ」
 先に口が動いた。
「チョコレートあげた時、“ささやかなお礼に”ってキスしてくれたわ。お、大人のキスを。レイちゃんにするより濃厚なのをしてくれたんだからっ」
「う、嘘よ!」
「本当よ!」
  『「むー!!」』
 唇が触れ合いそうな、端から見れば妖しい距離で睨み合っている二人の下で、不意に声がした。
「キスなんてしたの?」
  『「きゃっ!?」』
 瞬間的に二人は離れて飛び退いた。
「い、碇君?」「シンちゃん!?」
 いたずら好きな妹を見るような目で二人の顔を見ると、ゆっくりとシンジは起きあがった。
「『無事だったのね』」
「いや、無事じゃない」
 その言葉に二人の顔色が変わったが、
「もう少しで危ない姫達にキスされる所だった・・・それも濃厚なやつを」
 と言われて赤くなると下を向いた。
「だってその・・・」「じ、人工呼吸を・・・」
 下を向いて何やら呟いている二人に、
「僕はよく覚えていないんだけど」
 と言った。
  『「え?」』
「僕とキスしたことある人、手を挙げて」
  『「そ、それは・・・」』
 下を向いたままお互いを窺っている二人に、
「あれ、いないの?」
 少しだけ意地悪く笑った。
「アスカさんの嘘つき」
「レイちゃんこそ」
 と、次の瞬間。
「『え!?』」
 殆ど間髪を置かず、二人の頬で小さな音が鳴った。
「僕を助けに来た、命知らずの二人へのお礼に」
 二人は、頭の先まで真っ赤に染まる。
「それとも、舌入れて欲しかった?」
 妖しく笑って囁くと、二人は茹で蛸のまま恥ずかしそうに首を振った。
 失神していたとは到底思えぬ動作で、シンジは身軽に立ち上がり、
「帰ろうか?」
 促されて二人も立ち上がり、シンジの腕の左右に絡みつく。
「重いよ」
「だって、走ってきたから」「疲れちゃったの。いいでしょ?碇君」
 台詞を分担した二人を見て何を思ったのか、シンジは振り解こうとはしなかった。
 だがシンジが出ていくとき、未だに倒れたままのカヲルに向けて、
「ありがとう、カヲル君」
 小さく呟いたことを二人は知らない。
 そして更に、三人が出ていった数分後。
 カヲルがむくっと起きあがり、胸元から針をあっさりと引き抜いたことを三人は知る由もない。
 そしてさらに、カヲルがこう言ったことも。
「やられ役は僕の趣味じゃないけれど、今日の所は名前で呼んでくれた君に免じて許すとするよ。でも次こそはきっと君の・・・」
 しばらくカヲルは針を見つめていたが、思い出したように電話機を取った。
 ダイヤルを押すとすぐに相手が出た。
「マヤ、お前だな。すぐに来い」
 それだけ言うとさっさと切る。
 電話機を放り出したカヲルは、胸ポケットから小さな物体を取り出した。
 表面に穴のあいたチョコレートを見つめながら、
「さすがシンジ君、いい物をくれるね」
 嬉しそうに呟いたが、
「でもこれじゃ、食べられないな」
 少し残念そうな表情で、そっとチョコレートの表面を撫でた。
 アスカもレイも知るまい。
 芝居への謝礼は、シンジがもらったチョコだったということを。
 そしてシンジも知るまい。
 マヤが渡した麻酔銃は本物であり、シンジが渡したチョコがそれを防いだのだということを。


 
(終)

撃墜王から数えて三回目の投稿になります。
今回は「シリーズ化!」と騒ぐある人に、シナリオを担当して頂きました。(笑)
手伝っていただき、感謝しております。
ところで、前回の二作が殆どご意見がなくやや不安がっております。
感想の方いただけると、とても嬉しいのです。

uriel@cool.email.ne.jp
 

 URIELさんからシリーズ最終話です。

 感動の最終回ですな。燃える愛憎の果てに、○モのカップルは手を取り合って怒り狂う青白い女神と赤い戦猿の前に‥‥え?違う?

 シンジ君、とにかくかっこいいですねぇ。

 マッサージのテクといい、重婚の法律の話といい、キスされそうになるとこといい(笑)

 こういう話になぜ感想がこないのでしょう?(疑問)

 みなさんもぜひURIELさんに感想を出して下さい。メールがだめなら掲示板で。

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