撃 墜 王


  筆者:URIELさん

 逞しい腕が、ゆっくりと花嫁を抱え上げた。
 愛しい想い人の腕に抱かれて彼女の顔は、幸せそうに緩んでいる。
 純白のウェディングドレスは、二人で歩き回って見つけた物だ。
 式の始まる前は、しわの一つも付けたくなどなかったが、腕に抱かれて出来るものならいいやと、あっさり宗旨転換したらしい。
「ずっと・・・離さないでね」
 潤んだ瞳で見上げる花嫁に、花婿は力強く頷いた。
「さあ、行こう」
 その意味を知って彼女は、首筋まで真っ赤にして俯いた。
 そっとダブルベッドに置かれた時、一瞬だけベッドは軋んだ。
 男の顔が近づいてきた時、彼女はその首にぎゅっと抱き付いた。

「・・・たい・・・痛い・・・痛いって、レイっ!」
 ゆっくりと少女の目が開き、自分の状況を確認した。
 すなわち、プロレスの技のように誰かの首にしがみついている自分を。
「あ、あれ、シンちゃん?ウェディングドレスは?ダブルベッドは?」
「ドレスは?じゃないよ、まったく」
 ぼやきながら青年が起きあがった。
 突如締め上げられたせいで、まだ顔が幾分紅潮している。結構苦しかったらしい。
「あたし何であんな夢を・・・」
 何やら呟きながら、ちらりとシンジの方を見る。
 と次の瞬間、その顔が真っ赤になった。どうやら夢の相手は彼だったらしい。
「ラブロマンスにはまってるからだよ、レイは」
 そう言いながらシンジが手にしたのは、レイが集めているハーレクインの小説。
 ヒロインになりきって夢を見るのは、レイの数少ない趣味なのだ。
「もう少しだったのに・・・あーあ」
 レイのぼやきを聞いて、
「誓いの言葉?指輪の交換?邪魔して悪かったね。でもそろそろ起きないと」
「はい、起こして」
 布団の中から、パジャマの袖が落ちた裸の腕がにゅうと伸びた。
 はいはい、とシンジはぐいと引っ張ろうとした瞬間、
「シンちゃんでもいいや。続きしよ?」
 さっきほど強くはなかったが、再度シンジの首に腕が巻き付いた。
「何の続き?」
 襟元から中が覗いているのだが、谷間には興味がないらしい。
 通じないと言うのも、レイの悩みの種の一つではあるのだが。
「決まってるじゃない、初夜よ」
「初夜ねえ」
「そっ、初夜」
 ぐいと引っ張り込もうとした時、ちらりとシンジが時計を見た。
 ほんの少しだけ違う口調で、 
「レイ、時間だ。起きて」
 短く告げる。
 それを聞いたレイの表情に、残念そうな物が浮かんだ。
 シンジがこの口調で言った時、レイが逆らった事はない。
「はーい」
 あっさりと諦めて、着替えるべく起きあがった。

「え?お礼?」
「うん」
 いつも通り器用な従兄弟が作った朝食を食べながら、レイは突然の質問に一瞬首を傾げた。
「誰から?」
「・・・女の子」
 それを聞いた瞬間、レイの眉が跳ね上がった。
「女の子、ですって?」
 声に危険な物が混じり始めている。
「惣流先輩だよ」
 それを聞いたレイの顔に、複雑な色が加わった。
 ルックスに能力に性格、天は二物を与えずなどとは大嘘だと、レイはシンジを見て実感している。
 無論そんなシンジに寄ってくる“悪い虫”も多いのだが、レイという強力な防衛ラインがその殆どを阻んでいる。
 (でも何で惣流さんが・・・)
 レイが首を傾げるのも道理で、生徒会長を務める惣流アスカと、レイの従兄弟であるシンジとは何の接点もない。
 シンジは生徒会に入ってもいないし、第一アスカとは学年が違う。
 ただし・・・『軍事力』は最高だが。
 寝流布高校の生徒会長にして、校内では圧倒的な人気を誇る才媛である。
 レイがどうあがいても、太刀打ちできる相手ではない。
 もっとも、今この瞬間まで二人の接近などは、夢にも知らなかったレイである。そのせいでアスカには用心していなかったのだ。
「それで?いつ知り合いになったの?」
 少し早口で訊ねた口調には、どこか焦りのような物が感じられた。
「内緒」
 シンジはあっさり秘密事項にすると、にこりと笑って見せた。
 思わず触れたくなるような笑顔に、レイの心拍数は一気に跳ね上がると同時に、ちくりと何処かが痛んだ。
 (まさか、二人はもう恋人同士なんじゃ・・・)


 タワーの展望台から、肩を寄せ合って夜景を見下ろしている二人。
 ふとシンジの手が伸びて、アスカの髪を手に取った。
 文字通り、流れるような髪を撫でながら、
「きれいだよ」
 甘い声で囁く。
 アスカはそれを聞くとふふ、と笑った−どこか謎めいたような、大人の微笑みで。
「それはどちら?」
「え?」
「夜景のこと?それとも・・・私?」
 振り向いて訊ねたその表情には羞恥と・・・自信が感じ取れる。
 シンジは黙ってその顔に手を掛け、くいと引き寄せる。
 二人の唇が触れ合う寸前、
「君だよ」

「いやー!駄目!駄目なんだからね!!」
「何が?」
 レイの妄想癖は今に始まった事ではない、既にシンジも慣れている。
 どうせ大したことではあるまいと、驚きもせずに訊ねた。
「ひどいよシンちゃん。私という物がありながらキスなんて・・・」
 だが次の瞬間、その表情が一気に変わった。
 シンジの顔が僅かに紅くなったのだ。
 ぎゅむ。
 その頬が思い切り引っ張られたのは、数秒後の事であった。
「いひゃ、いひゃいってば、レイ」
 ほごほご言っているシンジの顔を、なおもつねりあげるレイ。
「浮気したのね・・・シンちゃん」
「してないよ」
「嘘つき」
「“浮気はしていないよ”」
「それ、どーゆー意味かしら?」
「だってレイは僕の彼女じゃな・・・うぐっ、く、苦しい・・・」
 いきなりヘッドロックが襲ってきた。しかも首を本気で絞めている。
 シンジの顔が土気色に変わった頃、漸くレイは手を離した。
 まだ気は済まないらしく、腰に手を当てて仁王立ちになると、
「今度浮気したら許さないからね!」
 その声が僅かに揺れている事を知ったシンジは、ぶんぶんと頷いた。
 一応は気が済んだらしい。
 もっとも、学校までの間レイの鞄を持たされる事にはなったのだが。

既に娘は3人を倒していた。
 と言っても相手は若い男達ではなかった。その場に倒れているのは、いずれも同年代の女達である。
 見た目は普通の高校生に見える−服装を別にすれば。
 さぞ時間が掛かったであろう厚化粧に、マスク。
 しかも普通のマスクではなく、ハンカチで半顔を覆うようにしているのだ。
 さらに普通と違うのは・・・胸元。
 そこにはサラシが巻かれていたのである。
 何よりもその来ている服が、彼らの素性を物語っていた。
 怪しげな文言が刺繍されている服は、一目でそれと知れる・・・特攻服(トップク)
 暴走族には御用達の品である。
 しかしながら、実際に奇妙なのは服装よりも彼らの表情かも知れない。
 囲んでいた時には8人。対するのは1人である。
 普通に考えれば圧倒的な差だ。
 にもかかわらず、取り囲んでいる女達の目に、ゆとりは微塵も感じられなかった。
 むしろ囲まれている彼女の方が、よほど余裕を持っているように見える。
「どうした?もう終わり?」
 揶揄するような口調に、女達の表情が変わる。
 乾いた音と共に、一斉にナイフが飛び出した。
 彼女の表情が一瞬だけ強ばり、それを見た女達の顔に優越の色が浮かんだ。
「へえ、やっぱこれ見りゃ顔色変わるかよ。女の子だねえ」
 嘲笑の声が上がり、包囲の輪がじわりと縮まる。
 と、その中の一人が前のめりに倒れてきたのは次の瞬間であった。
「豚に小判、だっけ?こういうのって」
 暗がりから突如現れた男に、女達は一瞬ぎょっとしたが、相手が一人と知って早速威嚇しにかかった。
 仲間の心配よりも、新しい獲物の方が気になったらしい。
「何だ?てめーは」
「白馬の王子の出番じゃねえぞ、コラ」
「違うって。第一こいつ黒ずくめじゃん。きっとカラスだぜ」
 その言葉に爆笑がわき上がり、そして一瞬で消えた。
 目の前の男は薄く笑ったのだ。
 怖さに気が触れた笑みではなく。
 自暴自棄になったためでもなく。
 だが彼らは知らない。
 自分たちの仲間が、何故急に倒れ込んだのかを。
 そして目の前の青年が、何をしたのかも。
「残りは4人」
 シンジは短く言った。
「それに引き替えこっちは2人。割が合わない」
 囲まれている娘も、勝手に仲間に勘定している。
「だから何だ?ナイト気取ったままあの世行くか?」
 一番背の高い女が凄んだが、その頬は僅かに紅い。
 いや、よく見ればどの頬も微かに染まっており、そこには別の危険な色が浮かんでいるのが見える−すなわち、欲情の色が。
 女達がずい、と前に出た。
 威嚇ではなく、迫るかのように。
 本来なら女達の視線は、青年に向けられているはずだ−自分たちを邪魔した愚か者に対して。
 だが今、その視線はお互いに向けられていたのだ。
 まるで互いに牽制し合うように。
 黒いジーンズのポケットに手を入れたまま、微動だにしない青年と、彼を四方から取り囲んで互いに睨みにらみ合う女達。
 だが、最初に囲まれていた娘だけは、表情が変わっていない。
 視界の端でそれを知った時、一瞬だけシンジの表情が動いた。
 息の詰まるような緊張を、破ったのはシンジであった。
 シンジは一人の女に向かってそっと微笑した。
 サラシから胸の覗く面積が、一番多い女である。
 そして、
「さて続き」
 と、何事もなかったかのように告げた。
「野郎っ!」
 最初に近づいた、背の高い女が右ストレートを繰り出した瞬間。
 観客はまたしても驚愕する羽目になった−いや、或いは想像していたかも知れない。
 微笑みかけられた女が、その拳をぐいと掴んだのだ。
 突然の裏切りに驚いたのも一瞬で、すぐさま無言で手刀を繰り出した−今までの仲間に向けて。
 たちまち地上に転がって、上に下にの取っ組み合いを始めた二人には目もくれず、シンジは残る二人の方を向いた。
 そして。
 その唇に妖しい笑みが浮かんだ。
 どこか淫靡さを含んだような。
 どこか魔性を帯びたような。
 その口が言葉を紡ぐ。
「君一人でいい」
 残った仲間に殴りかかった瞬間、そっちも攻撃態勢に入った所であった。
 殴り合いの図が展開するには、秒と掛からなかった。
 自らの意図した通りの光景なのか、シンジは変わらぬ表情で、目の前の死闘を眺めていた。
 白い月の眺める中、間もなく決着は付いた。
 いずれもシンジに微笑みかけられた女が勝ったのである。
「お疲れさま」
 甘い声に、血を流している顔が振り向いた。
 本気で殴り合ったと見えて目は腫れ上がり、鼻と口からもまた、血が流れている。
 シンジが一歩前に出た。
 ポケットから出た両手が、二人の首筋に吸い込まれたと見えた次の瞬間、二人は地に倒れていた。
 最初に近寄ったときから、およそ3分。 
「掃除終了」
 そう言うとシンジは、足下に転がっているのを一つ、ぽんと蹴飛ばした。
 ふと気が付いたように娘の方を見る。
 目の前の大立ち回りが、少し恐怖を喚起したのかその顔は僅かに蒼い。
「無事だった?惣流さん」
「私のこと知ってるの」
 聞いた割には、言葉に確信めいた物がある。
「惣流アスカ嬢。成績と容姿の二冠を持った影の生徒会長って、結構有名だから」
「それは光栄ね」
 アスカは、うっすらと笑った。
「でも、撃墜王の名を持つあなたには及ばないわ。碇シンジ君」
「僕の名前を知っていたの?」
「ええ勿論よ。あなたの名前を知らない生徒はうちの学校に一人もいないわ」
「有名なんだね」
 どこか人ごとのように呟いた後、ふと気が付いたように聞いた。
「ところで撃墜王っていうのは?」
「近寄ってくる娘は、従妹にまず撃破される。運良く近づいても“僕には勿体ないから”と、甘い微笑で退けられる。撃墜率は400%を誇っているなんてあなた位の者よ」
「そ、そうかな?」
「じゃ、これで失礼するわ」
「え?」
「あなたに撃墜されたくなる前に。ね?」
 微笑してみせたが、その目は引き込まれてはいない。
「今度お礼させてもらうわね。じゃ、さよなら」
 身を翻して去っていく、後ろ姿を見ながらシンジは呟いた。
「僕の眼力が通じなかった・・・いなかったタイプだ・・・」
 既に普段のシンジに戻っており、どこか魔性を帯びた雰囲気は微塵もない。
「お礼って・・・何くれるのかな?」
 バレンタインやその他の行事で、どんなに贈り物を受け取っても、一度も喜色を露わにしたことのないシンジがこんな表情をしたと知ったら、レイを始め女生徒達は卒倒しかねまい。

シンジがニュータイプの女性に興味を持っていた頃、当のアスカは早足で家路に向かっていた。
 だがどこかおかしい。
 開いている左手は胸に当てられており、顔は僅かだが上気しているように見える。
「あー、危なかった」
 アスカはぽつりと呟いた。
「あと十秒一緒にいたら・・・多分・・・全くもう!」
 しかし言葉とは裏腹に、口調には喜色が混じっている。
「碇シンジ、か・・・そう言えば明後日はバレンタインだったわね」

「あーっ!なによそれ!!」
 普段チョコレートなど、袋に放り込んで帰ってくるシンジが、何故か一個だけ丁寧に持ってきたのをレイが見つけ、大騒ぎになるのはそれから二日後の事であった。
  そして、従兄弟同士という有利な位置にあるレイに、最強の敵が出現するのも。



続きも読む?





 
URIELと申します。

「普通のアスカと妄想癖のあるレイ、それにできすぎのシンジ」

少し変わった設定を、一風変わった者が書くとこうなりました・・・

重さだけは入れておりませんので、軽くお読み下さい。

uriel@cool.email.ne.jp

 URIELさんから投稿を頂きました‥‥。
 どうもありがとうございました。
 実は上の設定、怪作がウリさんに頼んだものでして‥‥‥。

 怪作の無茶な注文にここまで応じていただけるとは‥嬉しいかぎりです。

 壊れたレイ‥‥略して、“壊レイ”
 実に逝けてますね。

 みなさんもぜひ感想メールを送ってください。

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