忘却期間



作者:タヌキさん


「ゴメン」
 シンジが詫びた。
「アルバイトがあるから、行けないや」
「そう」
 クラスメートの女子生徒が残念そうに去っていく。
 昼休みの高校は、思い思いの友人と食事を楽しみ、語らう生徒たちの喧噪の中にある。
 誰とでも話す代わりに、取り分けて親しい友人もいないシンジに声をかけてきてくれた
彼女は、シンジにとって同じクラスというだけの存在でしかない。 
「紅と蒼の戦乙女か」
 シンジは彼女が誘ってくれた映画の題名を口にしてため息をついた。
 ハリウッドがその持てる技術とスタッフと総制作費10億ドルをつぎ込んで完成させた
話題の映画である。そう、2015年に有ったサードインパクトを描いた作品だ。
 ゼーレによる人類抹殺計画と位置づけられた使徒戦役は、二人の美しき少女たちによっ
て終焉を迎えた。
 ファーストチルドレン綾波レイ、セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー。
 人類の切り札であった汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンのパイロットは、襲い来る未
確認生物と戦い、最後にゼーレの送った刺客を倒した。
 二人の少女の命がけの戦いはサードインパクトを防げはしなかったが、人類という種を
存続させることには成功した。
 歓喜をもって迎えられた二人の救世主。レイとアスカを主人公にした映画は、2017
年の年末に封切られ、世界中で記録的な興行成績を重ねている。
「俺はやっぱり、神秘の綾波レイだな」
「そうか。俺は活動的な惣流・アスカ・ラングレーが良い」
 クラスの男子たちが口々に好みを言いあっている。どうやら映画で二人を演じた女優た
ちではなく、本物のチルドレンたちのことらしい。
「おい、シンジ、おまえはどっちだ? 」
「どっちも美人だから」
 級友の問いにシンジは胸の痛みを隠しながらあいまいに笑う。
「男子は見た目だけ。ジャック・ボマーの値打ちが分からないなんてお子様だわ」
 女子の一人が男子たちをからかった。
「居たかどうかも分からない男のチルドレンなんぞに熱を上げているおまえたちの方が、
子供じゃないか」
「そうだ、そうだ。サードチルドレンは本名も顔も明らかになっていない。伝えられてい
るほどの戦果があったかどうかも疑わしいぜ。おまえたちだって、仕方ないからあんな顔
だけのハリウッド俳優にその影を重ねているだけなんじゃないか」
「うるさいわね。恋した少女を救うために最後の最後で敵を巻きこんで自爆したんでしょ。
あなたたちよりよっぽど格好良いわ」
 言い返す男子たちに女子も負けてはいない。
 シンジの役どころであるサードチルドレンは、使徒戦役の中でアスカと出会い、反発し
ながらもお互いを認め合い、淡い恋心を育てていく。そして最後にゼーレの放った量産機
との戦いでアスカを護るために自爆するのだ。
 シンジは口には出さなかったが、男子たちと同意見だった。僕は、あんなに格好良くな
いし、好きな女の子を救うどころか、逆に傷つけてばかりだったんだと。
 シンジは話を聞かないですむように集中して自習を始めた。だが、そんな努力もむなし
く話は耳に入る。
「そういえば、今度のバレンタインメモリアルの日、第三新東京のネルフ本部で特別上映
会があるんだってな」
「アタシも聞いたわ。映画の主演俳優たちが舞台挨拶するんでしょ。行きたいわ」
 殺気まで剣呑だった男子と女子が一緒に騒ぎ始めている。
「でも、チケットはネルフ関係者だけにしか送られないらしいぜ」
「それだけじゃないぞ。まだ、極秘らしいんだが、どうやら、その日はチルドレンたちが
勢揃いするらしい」
「本当か? ネットオークションに出ないかなあ、いくらでも払うのに」
「ドイツから惣流・アスカ・ラングレーさんが来るんだぜ。関係者以外はチケットを持っ
ていても入れやしねえよ」
「実物の惣流・アスカ・ラングレーさんを見たい」
 その叫びにシンジの集中力が途切れた。
「アスカが……」
 シンジは一瞬歓びに頬を輝かせたが、すぐに暗い表情になる。
「会えるはずもないのに」

 紅い海と黒い月。サードインパクトの直後、世の中全てを手に入れることも出来たシン
ジが望んだのは、アスカだけだった。
 太平洋の上で出会ったひまわりのような少女。シンジにとって、初恋であった綾波レイ
とはまったく違った存在。
 下僕のようにこき使われながらも、シンジの中で大きくなっていくその輝き。彼女が死
ぬと感じたとき、シンジは己の身の危険を忘れた。
 一時的な暖かい交流。だが、それはすぐに崩壊していった。
 母を失い、父に見捨てられたアスカがすがったのはエヴァンゲリオンのエースパイロッ
トという地位。それを脅かす存在へと成長したシンジへの反発は、厳しくなる戦いと相ま
ってシンジを友人から敵へと変えた。
 たった一度のキス、幼い触れあいも溝を埋めるどころか、傷口を広げただけだった。
 そして、アスカの心を使徒が犯したとき、二人の関係は破綻し、レイがシンジを守るた
めに自爆したことでアスカは壊れた。
 その後シンジにも試練は襲いかかった。仲間だったレイ、親友だと思っていた渚カヲル
の二人が使徒であった事実。
 襲い来る新たな敵、人。その種を守るために命をかけたはずの少年少女に与えられた人
類の敵というレッテル。
 姉と慕っていた女性、すがりたかった少女の死が少年を壊し、サードインパクトは起こ
った。ただ、老人たちの思惑と違ったのは、シンジが心に秘めてきた思慕が枯れなかった
こと。人類は第18使徒となることなく、再生された。
 その寸前、紅い海の浜辺でシンジは、自ら望んだ存在、アスカの首を絞め、そして拒絶
された。
「キモチワルイ」
 二度と現れることのない世界での拒否、それは戻ってきた世界でも繰り返された。
「どっか行きなさいよ。意識のない女の首を絞めるような男と一緒の部屋に入れるわけ無
いじゃない。出て行け」
 意識を取り戻したアスカに再び拒まれたシンジは、黙って去るしかなかった。

「碇シンジは戦死したものとして名前も顔も公開しない。シンジ君には新しい戸籍を与え、
別人として生きて貰う」
 LCLから還って来なかったネルフ総司令碇ゲンドウに全ての罪を押し被せることにし
た冬月コウゾウの判断で、シンジは新しい名前を与えられて第二新東京へと一人引っ越し
た。
 筏シンジ。呼ばれたときに反応しやすいように音を合わせた姓とこれだけは頑として変
更を了承しなかった名前。
 今のシンジは第二新東京第三高等学校2年2組出席番号3番というごく普通の学生に過
ぎない。
 シンジは学校から歩いて15分ほどの小さなアパートに一人住まいしている。生活の基
盤は冬月新ネルフ司令の秘密口座から送られてくる生活費と週5回放課後にしているバイ
トの給料。欲しい本を買うにも半日悩まないといけないほどの慎ましい生活。目立たず、
質素でなにもない。名誉と莫大な慰労金を得て騒がれる二人の少女とまったく違った日々
をシンジは愚痴ることはない。自分がしたことから考えて当然のことだと割り切っている。
「さて、夕食にするか」
 ご多分に漏れず、シンジも一人暮らしを始めて独り言が癖になっている。
 今日の夕食はバイト先のカフェレストランで貰ってきたまかないである。別に飲食関係
に興味が有ったわけではないシンジがこのバイトを選んだのは、食費が浮くからだ。
 箸を銜えながら、テレビのリモコンに手を伸ばす。リサイクルショップから安くで手に
入れたそれは、シンジの唯一の贅沢である。
「……フランスの招きに応じられたセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー嬢は、
今夜フランス大統領主催の晩餐会に……」
 画面に大写しになったのは、成長したアスカの姿。
「綺麗になったね。もう、夜中に苦しむこともないんだろうね」
 シンジは食事を中断して画面に見入る。
「明日、ラングレー嬢は、フランスを発ち、アメリカを表敬訪問し、その後バレンタイン
メモリアルの記念式典に出席されるために日本へ向かわれます」
 ベルサイユ宮殿の貴賓食堂の中央に腰を下ろしたアスカの隣には、長身の青年が座って
いる。金髪に碧眼そして高い鼻梁とアングロサクソンの美形を絵に描いたような男は、ア
スカに何かと話しかけている。
「ドイツに帰国後一度も日本の地を踏まれていないラングレー嬢が、来日されるについて
は、記念碑に婚約を報告されるのではないかとの憶測が飛び交っております。もちろん、
お相手は噂になっておりますネルフドイツ支部司令のご子息……」
 シンジはテレビのスイッチを切った。
「アスカが結婚するのか」
 シンジはうつろな目で映像のなくなった画面に映る自分の顔を見つめた。
「アスカのことを何もしらない男にアスカが抱かれる。アスカがあの男に微笑むのか」
 シンジは力無く立ちあがると一口しか食べていない夕食をゴミ箱に捨て、電気を消して
床に転がった。
 長く流したことのない涙がシンジの頬を濡らした。
「アスカの幸福を喜べない。やっぱり僕は駄目だ」
 シンジは小さく呟いた。

 一人暮らしをするようになったシンジに思索の時間は腐るほど有った。
 後悔という名の思い出はシンジを苛んだが、他にすることもないシンジは、心を切り裂
かれる痛みを味わいながら第三新東京市でのことを考え続けた。
「なぜ僕はエヴァに乗ったのだろう? 」
 文章にもなっていない呼び出しに応じたシンジを待っていたのは、命を賭けた戦い。父
や葛城ミサトや赤木リツコがシンジをエヴァに載せたがった理由は、LCLの海で知った。
どれも自分勝手な欲望。シンジは大人の醜さに何度も震えた。
「必要とされたから? 」
 エヴァに乗れる人間は少ない。
 だが、シンジは必要ともされていなかった。シンジに求められたのは、初号機に眠る母
ユイを目覚めさせることだけ。第三使徒サキエルとの戦いでそれを果たしたあとは、真の
意味で必要ではなかった。でなければ、沈むかもしれない空母に行かされたり、ディラッ
クの海にN2爆雷を999個も投下されそうになったりするわけはない。 
「大切にして欲しかったから? 」
 これも違う。パイロットとして十分な休養が必要なシンジの現状は、家事不能者の介護
をする毎日だった。
「怪我している綾波を見捨てられなかった? 」
 確かに傷ついた女の子を見捨てて逃げることの出来る男はそういない。良いところを見
せたいというヒーロー願望が無かったとはいえない。
「結局、護る人が欲しかったんだろうな」
 シンジの出した結論は、護られたことのない自分への反発と憐憫。
 そして本当に護りたい人が誰かわかったときには、すでに歯車は止められないところま
で来ていた。
「僕はアスカのことが本当に好きだったんだろうか? 」
 次にシンジが選んだ命題は、これだった。
「好きだったらなぜ、かまってあげれなかった? 手を伸ばせなかった? 抱きしめるこ
とができなかった? 助けにいけなかった? 」
 人を好きになることを教えられないできた14歳の少年にはあまりに厳しい状況だった
ことは、シンジも理解している。
「アスカに微笑んで欲しかった。アスカを抱きしめたかった。でも勇気がなかった」
 自分を幾ら責めても出来なかった事実は変わらない。シンジが改めてアスカのことが好
きだと認識したときは、すでに遅かった。
「ではなぜ、アスカを望みながら首を絞めたんだ? 」
 シンジ最大の問題はこれだった。
 リリスとなった綾波に「なにを望むの? 」と問われてシンジはアスカを望んだ。なの
に、シンジは意識のないアスカの上に馬乗りになって首を絞めた。
 あの時気が付いたアスカが頬を撫でてくれなければ、シンジはアスカを殺していた。
「あんな赤と黒しかない世界にアスカを置いておきたくなかったから? 」
 確かに地獄のような風景だったが、綾波から望めば人は元の形に戻れると聞かされてい
たのだ。世界が再構築されることを知っていたから、この理由は成り立たない。
「アスカに拒絶されるのが怖かった? 」
 ならば最初からアスカを望まなければ良かった。受け入れてくれると言っていた綾波レ
イを望めば済んだ話。
「人とふれあうのが怖かった? 他人の恐怖が再び始まることに耐えられなかった? 」
 これも成り立たない。そのことについてはちゃんとレイから問われ、自分はそれでも良
いと応えている。
「あの時の僕は神だったんだ。望みは全て適えられた。絶対者だったんだ」
 シンジはあのときのことを思い出していた。サードインパクトのよりしろとされたシン
ジに与えられたものは全ての生命の上に君臨する権力。リリスに与えられたかりそめなも
のでは有ったが。
「強者と弱者……」
 シンジの頭に不意に浮かんだ言葉が、大きな衝撃を与えた。
 逆転した立場。
 サードインパクトが起こるまで、アスカが強者でシンジが弱者だった。アスカの命令に
従い、身の回りの世話を押しつけられたシンジ。
 それが180度変わった。
 神となったシンジと只の人間でしかないアスカ。
「力関係の変化をアスカに見せたかったのか、僕は」
 量産機に殺されたアスカを死の世界から呼び返したシンジは、いわばアスカの創造者で
ある。
「首を絞めることで僕はアスカに生殺与奪の権利を握ったことを誇示したかったのか」
 シンジは愕然とした。
「アスカを思い通りにしたかっただけだったのか」
 恐怖を与えることでアスカをコントロールしようとした。アスカの人格を無視して。
「うげっ」
 シンジは吐いた。己のあまりの醜さ、情けなさ、なにより自分を駒としか見ていなかっ
た大人たちと同じことをしようとしたことに我慢が出来なかった。
 胃液が無くなるまでシンジは嘔吐し続けた。
「アスカに謝って欲しかったんだ、僕は」
 いままで痛めつけてゴメン、シンジのことを分かってあげれなくてゴメン、許して、シ
ンジ。アスカに命乞いして欲しかったのだ。
 そのシンジの行為をアスカは頬を撫でることで終わらせた。
「アスカのあれは、暴れた子供をあやしているようなものだったんだ」
 それをアスカの謝罪と勘違いしたシンジは、首を絞めるのを止めた。
 傲岸だった。
「キモチワルイと言われて当然だ」
 シンジは自分の矮小さに泣いた。

 自分の卑小さに気づいたシンジは変わった。
 おそらく二度とアスカに会うことは出来ないだろうが、もし出会えれば、いや、アスカ
がシンジの風聞を耳にしたとき、ちょっとはましになったわねと思ってもらえるように努
力始めた。
 勉強にも毎日の生活にもシンジは必死になった。
 第二新東京市一の進学校である第三高校にも合格した。高校での成績もずっと学年トッ
プを維持している。
 ネルフからの生活費も最低限に減らしてもらった。家賃と光熱費学費以外は自分の手で
稼いでいる。時間の余裕がないから親しい友人を作れていないが、人間関係を忌避するこ
とも止めた。
「いつ死んでも良いから、将来の夢なんてわかりません」
 かつてのように不幸な心理に逃げることも止めた。
「中学校の教師になって、子供たちの成長を手助けしたいんです」
 先日あった進路相談でシンジは第二東京大学教育学部への進学を希望した。
 前向きに生きる。それがシンジのアスカへの謝罪。

「アスカのことを忘れることなんて出来ないんだ」
 だが、その全てがアスカの婚約という言葉で崩れた。自分でつみ取ってしまったアスカ
との絆。
 アスカが欲しいという独占欲は押し隠していただけでまったく褪せていない。
 シンジは自分の心がまったく強くなっていないことを思い知らされていた。
 
 翌朝、寝不足で思い頭を抱えながら、シンジは何とか学校へ行った。
「惣流・アスカ・ラングレー様が結婚だなんて、俺は信じないぞ」
 学校はやはりその話題で持ちきりである。
 シンジは机に倒れ伏してかろうじて一日を終わらせた。

 そしてバレンタインデー当日が来た。ネルフと国連の和平が締結されたこの日は、バレ
ンタインメモリアルデーとして世界共通の祝日である。
 全校生徒による戦死者たちへの黙祷と献花という行事があり、午前中だけとはいえ学校
には行かなければならない。
「筏くん、これ」
「もらってくれる? 」
「気持ちだけだから、気にしないで」
 メモリアルに成ったとはいえ、バレンタインはバレンタイン。女子が男子にチョコレー
トを渡す光景があちこちで見られ、シンジにも数人がくれた。
「ありがとう」
 誰ともつきあう気がないシンジだが、むげに突っ返すことはしない。ホワイトデーに返
さなければ行けないのは辛いが、好意は素直にうける。
 9時になって行事が始まり11時に終わった。
 シンジはまっすぐ家に帰ると、ネルフで行われる式典の模様を見るためにテレビをつけ
た。
 やがて、12時になり式典が始まった。
 芦の湖畔に建てられた慰霊碑の前に関係者が整列している。国連の代表、各国の大使、
日本政府高官、ネルフのスタッフ、そして遺族。
 シンジはアスカの姿を真剣に探した。世界を救ったヒロインである。アスカとレイは、
慰霊碑のすぐ前にいるはず。
 だが、特徴有る紅い髪も蒼い髪も多くの人の中に埋もれて見えない。
 粛々と式次第はすすみ、残すは冬月の挨拶だけとなる。
「……私たちは、貴い犠牲となった人々のことを忘れることなく、二度と愚かなる争いを
起こさないことをここに誓わなければなりません」
 とうとうアスカを見つけることが出来ないうちに式典は終わった。
「黙祷一分間」
 司会の号令で目を閉じる。
「もう一度、アスカに謝りたかったな」
 今夜一晩日本に滞在してアスカはドイツへ帰ってしまう。今や只の少年でしかないシン
ジは二度と会うことはできない。
 シンジはテーブルに顔を伏せながら呟いた。
「アスカ、本当にゴメン」
「許さない」
「許す? それは許容の言葉」
 懐かしい声がシンジの頭上から降ってきた。
「えっ」
 目を開けたシンジの視界は左右から迫る紅と蒼のカーテンに遮られる。
「え、えっ、え」
 訳がわからないシンジは戸惑うしかない。
「久しぶりね、バカシンジ」
「2年と11ヶ月と23日ぶり、碇くん」
 いつの間にかシンジの部屋にアスカとレイが入ってきていた。アスカの手に握られてい
るのは、どうやら合い鍵のようだ。
「アアア、アスカ。あああ、綾波」
 余りのことに驚きでシンジはまともに声も出せない。
「シンジには、いろいろと言いたいことがあるけど。それは後で良いわ」
 アスカがより豊かになった胸を誇示するように反らしてシンジを睨みつける。
「アンタの謝罪を受け入れるつもりはない。でも、一つだけ罪を償う方法があるわ」
「な、何でも言って。僕に出来ることなら。死ねというなら死ぬよ」
「相変わらずアンタは馬鹿ね。今更シンジに死なれたところで、アタシの気が済むとでも
思っているの? 」
 アスカが冷たい声で言う。
「わかったよ。で、どうしたらいいの? 」
「一生涯アタシに尽くしなさい」
 アスカが耳まで真っ赤にして告げた。
「アスカとドイツ支部司令の息子さんとの家庭で召使いになれと言うんだね」
「アンタ馬鹿ぁ? なんでアタシがあんなボケと結婚しなきゃなんないのよ」
「だって、テレビで……」
 シンジはそこで言葉を止めた。アスカの顔色が変わっていることに気づいたからだ。気
持ちいいほどの音がして、久しぶりにシンジの頬に手形が付いた。
「アタシがあんな男と一緒になる程度の安い女だと思っていたのね」
「ち、違ったの。ゴメン」
「いいや、許さない。もう絶対に許さない。シンジ、アンタはたった今から24時間ずっ
とアタシの傍にいること。死ぬまで他の女を見ることも、他の女と喋ることも、禁止。触
ったりしたら、コロス」
 アスカが怒髪天を突いている。
「待って、弐号機パイロット」
 黙ってみていたレイが口を出す。
「その条件にはわたしは反対」
「なんでよ」
 アスカの口が不満で尖る。
「私も碇くんに謝って貰うから」
 レイがシンジに目を移す。
「そうだね。綾波。折角君が僕の願いを聞き入れてくれたのに、僕が全部台無しにしてし
まった。ゴメン」
「悪いと思っている? だったら私のお願いもきいて」
 レイがシンジに潤んだ目を向ける。
「私は碇くんの願いで使徒から完全な人間になった。でもこれで私は永遠の命を失った」
「そうだね。僕が綾波も人として生きて欲しいなんて願ったんだものね。で、どうすれば
いいの? 」
「私の人生の責任を取って」
「えっ? 」
「何言ってんのよ、ファースト。シンジには、アタシの責任を取らすの」
 アスカが爆発する。
「碇くんが責任を取るべきは私」
 レイとアスカがにらみ合う。
「でもその前に……」
 レイがシンジの目の前に積まれたチョコレートの山に顔を向ける。
「こっちのかたをつけないとね」
 アスカが冷たいまなざしでシンジを見る。
「何人女が居るの、さっさと白状なさい」
「一人もいないよ」
 シンジは誤解を解くのに朝までかかった。


 後書き
 冷却期間のシンジバージョンです。
 相も変わらず中途半端ですが、お読み頂ければ幸いです、



タヌキさんから「冷却期間」のその後のお話をいただきました。

なかなかがんばったのですね。シンジも。

結構もてそうな男の子になったのに、アスカしか心にいないのもよいことですね。

ホワイトデーは二人の女神様へのおかえしの日ですね。もらってないけど(笑

すてきなお話でありました。読み終えた後はぜひタヌキさんに感想メールをお願いします。

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