新 世 紀 エヴァンゲリオン

WRITTEN BY 神羅大和
第弐話 生きる命
Episode2 The Day After
 
 
 
第三新東京市市立第一高等学校1−A教室
 
 「やっぱり何かあったんかな?」
 
 「どうかな、エヴァに乗るにはいろいろ準備が要るみたいだから、乗った後にもいろいろ検査とかあるんじゃないか」
 
 西側からの日差しを眼鏡のフレームに当てながらケンスケが言った。祝賀パーティで酔いつぶれて学校に出て来られないとは、想像もしなかった。
 
 「それに、戦闘でエヴァがケガをしたって話は聞かなかったし。今朝帰ってきたパパに聞いたんだ」
 
 「ほな、ケンスケの言う通りに、検査でもしとるんか……」
 
 今日のトウジはいつもと明らかに違っていた。ソワソワとしていて落ち着きがない、去年のバレンタインデイで委員長からチョコが貰えるかで落ち着かなかっ た時と同じだ。ケンスケにはそう感じられた。
 クラスの話題はどこの机も2人のことだが、トウジのように全身で事態を受け止めていた者はいない。週刊誌の一面と同じような扱いをされていた。現実感が わかないのだ。被害が出ているわけでもない、実際にエヴァや使徒を見たこともない。それは仕方のないことだった。
 
 「トウジが悩んだってしょうがないよ」
 
 トウジは友達思いなんだよな。それに、エヴァを始めて見たときの衝撃は俺とは違う意味で大きかったし。と、ケンスケは思った。
 シンジは『男の友情』の名の下に、2人にだけはエヴァ初号機を見せていた。
 
 「そやな。…うん、そや、わいはそんな悩むような男とちゃう。男らしく、ドンと待ってたろやないかっ!!」
 
 腕組をして椅子にふんぞり返る。
 ケンスケは再びPCに視線を戻し、キーを叩き始める。素人としては十分なレベルに達している。
 今朝の父の言葉に思考を飛ばす。鍛錬の成果を遺憾なく発揮して、未知の生命体に対して圧倒、圧勝。言葉の調子を聞く限り2人が負傷を負ったとは考えられ ない。正直で他人への気遣いが出来ない父が嘘を、すぐにわかる嘘をつくとはさらに考えられない。
 父とは正反対の性質を持つケンスケはトウジに気を楽にする言葉を掛けたが、内心ではトウジと同じ思いが渦巻いていた。証拠に、今叩いているキーはまった く意味をなさないフレーズを画面上に描いている。
 
 「こんなんじゃ、今日の授業は全然聞けないな」
 
 ケンスケはいくらも落ち着こうとしない内心に、半ば諦めの感情を込めてそう呟いた。
 
第三新東京市市立第一高等学校前
 
 「大丈夫よ。ヒカリだって気付きゃしないわ」
 
 何で僕の考えてることがわかるんだろう?顔に出ていたかな?
 昨晩のドンチャン騒ぎでアスカとミサトは酔いつぶれてついさっきまで気持ち悪いと唸っていた。身体からは酒の匂いがした。
 今は酒臭さを消すためにいつもよりキツイ香水をしてきたがどこまで効くかわからない。女の委員長は気付いちゃうんじゃないか?僕はそう思ったのだ。そし たらアスカは、考えていることがわかるんじゃないかと思うくらいの正確さで、さっきの言葉を言った。
 女の勘て言うのかな、アスカは妙に鋭いところがある。
 僕はアスカに返事をするために、顔を向けた。
 去年辺りから少し見下ろす感じになって、それは今年更に強化されている。アスカ本人は見下ろされるのを極度に嫌う。恋人の僕はよいらしのだが、他の男子 に見下ろされるとすぐに不機嫌になる。
 アスカと目が合った。
 午後の太陽、日差しの角度からくる明るさもあいまって、アスカは本当に綺麗に見える(そうじゃなくても綺麗だけど)。昔は皆の言うことに肯けなかったけ ど、今なら肯ける、アスカは綺麗だ。
 なんだか話が混乱してきちゃったけど……まぁいいや。どうせ、もう学校だ。
 そんなことを考えているうちに、本当に学校に着いていた。
 
第三新東京市市立第一高等学校校庭
 
 隣でアスカが何かを言っているが、とりあえず無視する。それどころじゃない奇妙な感覚が全身を支配していたから。べつに既成感にとらわれたわけじゃな い。一昨日(正確には昨日)感じた戦場での感覚とも違う。
 
 何だろう?
 
 僕の短くも普通とは程遠い人生において考えられる特殊な感覚はそんなに多いもんじゃない。だから僕の過去の体験にそんなものがなくて、大学を出た知識で も知らないということは仕方がないことなのだ。
 
 何だろう?
 
 いつもは何とも感じない校舎に、やけに愛着を感じる。校舎のシミ1つ1つが目に浮かび、教室の窓から聞こえてくる授業の声は耳を突き刺す。
 
 
全身で学校を受け止めている感じだ



心地よい



突然心地よさが吹き飛んだ
耳が痛い
 
 
 「アンタねぇ、ひとの話聞いてるのぉ!?」
 
 アスカだった。僕の耳を掴んで大声を出している。
 
 「酷いよアスカ」
 
 「酷いのはどっちよっ!こんなに可愛い彼女が喋りかけてあげてるのに……それを無視するわけぇ!!」
 
 「それは謝るよぉ〜。だからその耳を放して!!」
 
 アスカは僕の耳を放そうとしない。痛くてたまらない。
 
 ……校舎からトウジとケンスケの声が聞こえた気がした。
 
 「ヒカリィー!!」
 
 アスカ様、お願いですから手を放して下さい。それから叫んで下さい!
 
 
第三新東京市市立第一高等学校1−A教室
 熱気が凄い。
 シンジは教室に入るなり胴上げされてしまった。
 四回五回宙を舞うと次ぎはアスカが標的にされた。
 嫌がるアスカもクラスの団結には勝てなかった。
 捕らえられ、肢体を確保され(勿論女子が)、準備万端で宙に放り出される。
 シンジと同じく四回五回と舞わなければ放してはもらえなかった。
 
 「な、何なのよ、いったい?」
 必死の抵抗で息を乱したアスカがうめくように言った。というよりわめいた。
 
 「大活躍の2人に対する心からの歓迎よ」
 シンジに抱きかかえられた状態のアスカにマナは言った。
 
 「ヒロインを抱きかかえるヒーローの姿。う〜ん絵になるなぁ〜」
 ケンスケは調子よくフラッシュをたきまくる。
 
 「ちょ、ちょっとケンスケ。撮らないでよ」
 「いいの、いいの。『ヒーロー、ヒロイン勝利の舞』なんてね」
 「いいわ、それいけるわケンスケ。今から号外出すわよぉ!!」
 新聞部に所属しているマナが、ケンスケのアイディアに乗ってしまった。これで、今日の放課後までに全生徒がこの写真を目撃することが決まった。
 
 「よう無事だったなシンジ」
 「なんとかね」
 「アスカもホントに無事でよかった」
 トウジとヒカリは労わりの言葉を掛けた。誰よりもシンジとアスカを心配していた2人だ。
 
 「アタシとシンジのコンビよ。無敵に決まってるでしょ!」
 「ハハハ、ホンマや。おはんとシンジのコンビは無敵やわ」
 「あら、あんたもだいぶわかってきたようね」
 胸を張って言うアスカに、普段なら多少の喧嘩モードに入る言葉を掛けるトウジも、今日は大きく肯いた。
 
 アスカが言うと同時に午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 
 「2人とも弁当はまだやろ?」
 「うん。家を出たときはまだ授業中だったから」
 「ほな、いつも通り屋上行って飯食うたろか」
 シンジとアスカはそれぞれの鞄からお揃いの弁当を取り出した。トウジ命名『愛妻弁当』だ。クラスの羨望を集めること日常茶飯事の一品。もっとも、トウジ は隠しているが彼自身も恋人であるヒカリの手作り弁当を毎日食べていた。
 
第三新東京市市立第一高等学校屋上
 号外を編集していたケンスケとマナを強制連行して連れてきた4人、合わせて6人が屋上に上がったとき、屋上には何やら怪しげな密談をしていた男女2人が いた(当然ケンスケのカメラに記録された)以外は誰もいなかった。
 常夏と化した日本の日常的気候である強力な太陽光線は、一部を除いてコンクリ製の地面をフライパンにしていた。6人はその一部に避難して腰を下ろした。
 
 「どうだった?」
 
 「?」
 
 「だから、使徒だよ使徒」
 
 ケンスケが言った。彼の中に凛然と流れるミリタリーオタクの血は、彼に未知の敵性対に対する感想を求めさせずにはおかなかった。目が少し血走っている。
 
 「どうだったって言われてもな。アスカはどうだった?」
 
 シンジは円の隣に座っているアスカに話を振った。
 
 「あんたバカァ?あいつを1目見て硬直してたくせに。アタシを初めて見たときは全然平然としていたくせにさ」
 
 「そうなのか?どんな奴だったんだ?!」
 
 ケンスケの鼻息が更に荒くなって言った。アスカの最後の言葉は完璧に無視された。ケンスケの頭に使徒の想像が勝手に出来始めた。
 
 「なっ、そんなのアスカだって一緒じゃないか!蛇に睨まれた蛙だって」
 
 「あっ、アタシはアンタの緊張を少しでも和らげてあげようと……そうよ、あれは戦友としての配慮よ」
 
 普段は恋人、エヴァ関係の時は昔からのライバルであり戦友。それが2人の基本的立場だ。
 
 「???」
 
 ケンスケは首を左右に振って顔を赤くしているシンジとアスカを見まわした。
 
 「そんなわけないだろ!だったらどうしてあの時声が上擦ってたんだよ!?」
 
 「なっ、何でそんな細かいこと覚えてるのよ!?」
 
 真っ赤になって顔を見合わせて唾を飛ばし合う。
 
 「ハハハ、なんやなんや、2人ともえらい慌てて。どっちもどっちやな」
 
 突き合わせていた顔を90℃トウジの方に向き変える。
 
 「「違うっ!!」」
 
 見事にシンクロした声は皆の笑いを誘った。トウジがニヤついていた顔を更にニヤつかせたのは勿論、マナも盛大に噴き出して(勿論口の中は空でした)、挙 句の果てには必死に堪えていたヒカリも限界を超えて大笑いしてしまった。
 勿論2人は赤い顔をしながらしゅんと下を向いてしまった。そのタイミングが同時だったので皆は更に笑いを誘発した。
 ただその中で唯一ケンスケだけが使徒の想像に耽っていた。
 
 
 
 
第三新東京市市立第一高等学校1−A教室
 
 「それじゃあ学園祭での出し物を決めます」
 
 委員長のヒカリが宣言した。ヒカリの隣には同じくクラス委員のシンジがいる。
 本日の最終限は学園祭準備の為の学活だ。
 
 「まず、前回の学活でいなかったアスカと碇君にちょっと説明したいと思います。前回は、学園祭でのクラスの出し物について意見を出してもらいました」
 
 ヒカリはそこで話を切ってアスカの顔を見る。アスカの顔色が少し変化したのに気付いた。
 
 「もちろん、アスカの言っていたフリーマーケットも意見に出しました。安心してアスカ?」
 
 アスカは軽く肯いた。
 
 「それで、今回はその結果を集計したいと思います。碇君が投票用紙を配るので、その紙にどれをやりたいか書いて下さい」
 
 ヒカリがそう言っている最中にシンジは投票用紙を配り終えていた。
 クラスの皆、合計41人は黒板に書いてある出し物の品目と睨みっこしたり、既に決めていたのかすぐにシャーペンを走らせている。ヒカリが見たところ、全 体が書き終えるまでには少し時間がかかりそうだった。
 しばらくしてシンジが言った。
 
 「委員長、もう集めていいかな?」
 
 「そうね……もういいかな。それじゃあ碇君は右端から集めて」
 
 全体を見回してからヒカリは肯いた。既に皆書き終えている様子だ。
 言われた通りシンジは右側から、ヒカリは左側から投票用紙を集めていった。
 シンジが集め終えてアスカに目をやると、少し緊張しているようだった。アスカは意外に小心なのだ。
 
 戻ってきたヒカリが言った。
 
 「今から発表します」
 
 そう宣言すると紙を1枚1枚取り上げて書かれている中身を読み上げる。シンジが黒板に結果を記していく。
 
 続々と読み上げられる品目。今のところアスカのフリーマーケットは2位で、1位の食堂に3票差で追走している。



 更に発表は続く。フリーマーケットは食堂に1票差まで追い詰めている。3位に映画が追い上げてきた。



 「これでラストね」
 
 最後の1枚をヒカリが読み上げる。フリーマーケットと食堂が同票数で並んでいる。更に後ろには1票差で映画が追走。
 フリーマーケットか?食堂か?それとも映画が並んで決選投票か?
 
 
沈黙が教室を包んだ。



次ぎの瞬間、トウジにはヒカリの表情が少し緩んだように思えた。
 
「フリーマーケットに決まりましたっ!!」
 
最後の投票用紙にはこう書かれていた。
『もちろんフリーマーケットよ!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
葛城邸
 17世紀に生きた偉人の功績に耳を傾けていたシンジは、ドアの向こうにアスカの気配を感じた。
 どうかしたのかな?そう思いながらシンジはドアを開けた。
 
 「どうしたの?」
 
 アスカは女の子の雰囲気を漂わせながら立っていた。顔は下を向いていてわからない。
 
 アスカは何も言わずに姿勢を崩さずにいた。
 シンジは何かを気付く必要を感じた。
 その何かはすぐに答えがわかった。
 
 シンジの部屋のフローリングが、ほんの1粒だけ濡れたのだ。
 
 シンジはアスカを抱きしめた。彼女が泣いているときは、こうするのが1番良いのを経験から知っていたからだ。
 アスカは子供のようにシンジにしがみついた。
 シンジはアスカの髪を撫でながら言った。
 
 「どうしたの?」
 
 出来る限り優しい声で言った。
 
 
「あたしたち……皆を守ったんだね」
 
吹けば消えるような弱々しい声でアスカは言った
 
「うん……ぼくたちは皆を守ったんだ。そのためにエヴァに乗っているんだ」
 
 「……うん」
 
アスカがそう言うと、シンジはアスカの唇に自分の唇を重ねた。
 
 
 吹けば消えるような弱々しい命が、巨大な使徒から人間を守ったのだ。そのことを実感した夜だった。
 薄い雲が月の光を遮光した秋のような夜だった。夏の蝉が不釣合いに泣いていた。
 
 
第二話終幕
 
 
日常に復帰したシンジとアスカ
学園祭に向けての準備にエヴァの事さえも忘れるほどに忙殺されてしまう
果たしてアスカ提案のフリーマーケットは上手くいくのか?
NERV職員大集合の学園祭の行方はいかに?
 
第参話 活きる命
Episode3 The Day Before

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