目を覚ますと、真っ白い部屋にいた。
 何が起きたのか、アタシには何にも解らなかった。

 うっすらと記憶に残るのは『ママ』に逢えた事。
 「助けてあげる…」 確かにママの声でそう聞こえた。
 でも、その後アタシの記憶はない。
 ずっと暗闇の中に閉じ込められていたような、そんな感じ。
 夢みたいに、薄ぼんやりしていて、音も、光も、全てが霞んでる感じ。
 そういえば、ファーストの声が聞こえた気もする。
 酷く悲しそうな声で何かを呟いていた。
 そして、泣きじゃくるアイツの顔。
 最初は何かを叫んでいた気がする。
 泣き叫んで、暴れる子供みたいに。
 暴れても何も出来ないことがわかったのか、アタシの前でうずくまって泣いてた。
 子供のアイツが泣いているのが可哀想で、頭を撫でていた。





思案〜前編

書イタ人:しふぉん




 夢。
 目を覚ました直後は、そう思っていた。
 次第に覚醒してきた意識が、夢であることを否定している。
 全てを拒絶したからといって、周りの状況が全く見えてなかったわけじゃない。
 ただ、反応しなかっただけ。
 意識も、記憶もしっかりとある。
 だから、この場所がアノ部屋ではない病室。
 これだけしか解らなかった。

 目を覚まして暫くすると、看護婦が現れた。
 アタシが眠ってると思ったのだろうか、ノックもせずに入ってきたのだ。
 そのまま鼻歌交じりで機械の方に歩いていって、アタシの状態を記録している。
 アタシに見られている事にも気付かないままだ。
 暫く計器を眺めながら書類に何かを書き込んでいるようで、機械化されてない看護態勢だとこんな感じなのよね、きっと…
 ふと、何かに気付いたようで、一瞬その場に固まってたんだけど、油の切れたブリキの玩具みたいな擬音が聞こえてきそうな感じでこっちにゆっくりと振り向いてきた。
 脳波計でも見たのか、やっとアタシが覚醒してることに気付いた様子。
 アタシがわざとらしくニッコリと微笑んでやると、化け物を見たかのように逃げ出していった。
 この超絶美少女を見て、化け物… って、そうかもしれない…
 今のアタシの視界の左半分は、闇に包まれたまま。
 触っていないけど、多分、包帯で覆われてる。
 もしかしたら、顔全体が怪我で…醜く歪んでいるのかもしれない。
 でも、部屋の中には鏡はおろか窓さえなくて、自分の姿を映してくれるものは何もない。
 もう暫く待てば、医師を連れて看護婦が帰ってくるんだし、仕方ないので体の様子を見てみると、右手が包帯に巻かれている以外、目立った怪我はないようね。

 予想通り、5分もしないうちに、医師達が現れた。
 ただ違うのは、兵士も一緒だということ。
 それも、完全武装で。
 アタシをミサトとか、獣の類と一緒だと思ってるのかも…。
 余程の危険人物と思ってるのか、医師の手も少し震えている。
 暫く診察が続いた後、医師が頷くのを確認した一人の兵士が部屋の外に何かを伝えに行った。
 誰かが来るのを待ってるのか、アタシと視線さえも合わそうとせず、黙ったまま。

 「待たせたな。」
 部屋に入るなり、その男は待たせたことに謝意などない口だけの謝罪を言いながら、医師達に歩み寄って行った。

 「大丈夫です、若干の衰弱が見られますが問題はありません… 一週間もすれば普通の生活に戻れるでしょう。」

 満足そうに頷くと、アタシを蔑む様にその視線で嘗め回し始めた。
 正直、気色悪い。
 アタシの敵意丸出しの視線も、気に留めていない。

 「レディーの部屋にノックもなし、挙句にその態度… アタシをSecondChildren、惣流・アスカ・ラングレーと知ってて?」

 ふん… って、コイツ!? 鼻で笑った!?
 このアタシを… って、立ち上がろうとした瞬間に、黒い筒先が目の前でアタシの動きを封じた。
 この時点で、やっとアタシは気付いた…
 ここがNervの関連施設でないこと、そして、アタシは捕らえられているのだと。

 「アンタ達、戦自の…日本政府の人間ね…」

 沈黙は肯定でしかない。
 ここから導き出された答えは、捕虜になってしまったということ。
 いや、捕虜でさえないのかもね…

 「わかったわ、何もしないから、この目の前の邪魔っ気な物、何とかしてくれない?」

 冷徹な兵士の視線がアタシの目を覗き込み、真偽を確認している。
 訓練を受けた兵士が、完全武装で5人。
 いくらアタシでもハッキリ言って無理、体がこんなんじゃぁね…。
 アタシの言葉を真と採った、兵士の一人が他の兵士に合図を送って、ようやくアタシの前から銃身が消えた。

 「噂のセカンドチルドレンもこの程度か…」

 なっ!?…この男、完っ璧にアタシのこと舐めてるわね。
 そのまま、自分では格好いいつもりで身を翻してる。
 偉そうに格好つけてても、三流って言うのが良くわかる奴ね。
 二人の兵士を残し、部屋にいた人間全てが小鴨の如くアノ男について行く。
 残った二人の兵士を見ると、そこにはさっきの合図を送っていた兵士がいた。

 「アンタなら、話が出来そうね。 教えてくれない? 今のアタシの立場って奴を」

 おそらく、小隊長、中隊長レベルなことは見てれば解る。
 一瞬、こっちをチラッと見ると、アタシに背を向けゆっくりと語り始めた。
 アタシはいわゆる、戦犯ってこと。
 サードインパクトを引き起こした、重罪人。
 ん? ちょっとまって?
 サードインパクトが引き起こされたのに、なんでアタシは生きてるの?

 「さぁな、俺にもわからん。 お嬢ちゃんに殺された筈の戦車隊員達さえ、生き返ってるんだからな。」

 サードインパクトが起こって、死んでた人が生き返ったっていうの!?
 アタシが驚きに硬直してると、男が続きを話し始めた。

 「俺もNerv本部内に居たんだがな。 何かわからないが、意識が一瞬遠くなってな。 直後に死んでた仲間も、Nervの職員も生き返ってたよ。 その後は、変な赤っぽい水が溢れてきて撤退だ…。」

 サードインパクトは、起こったら人類滅亡…
 それを阻止する組織、Nerv…

 「お嬢ちゃんも、何も知らないようだな…。 選ばれたパイロットといっても、俺達と同じ『駒』だったわけだな。」

 その日のアタシは、驚きに考えも全くまとまらなかった。
 教えられてた真実は虚だったということ…。
 二人の兵士もいつの間にかに、姿を消していた。
 ただ無闇に時間を過ごした…


 翌日から落ち着いてきたのか、冷静に色んなことを分析してみたけど、情報が圧倒的に足らないわけよね…。
 ヒントはある…。
 きっと、夢の中のファーストの呟きと、シンジの叫び。
 思い出すことが出来れば、結びつく。
 アタシの直感が、そう答えていた。
 例の隊長も、アタシが寝る頃には居なくなるけど、日中はアタシと反対を向いたまま、色々と教えてくれた。
 あの日から、既に2週間経過してたのよね、寝すぎって感じね。
 Nervがあった第三東京市は、LCLの海に水没してる。
 第三東京市もほぼ壊滅状態。
 アタシが保護(?)されたのも、そのLCLの海の畔らしい。
 ジオフロントはもちろんその海の底。
 それだけの大災害にもかかわらず… サードインパクトでの被害者は、0人。
 行方不明者は、世界中を合わせて100人にも満たないらしい。
 多分、インパクトには関係なくてもそれ位は、世界中で毎日起きてる数字のはず。
 つまり、実質的被害はゼロ。
 総司令とファーストが行方不明者に上がってはいるが、他の職員は全て健在で、国連に保護されてるらしい。
 アタシと違って、それなりの対応を受けてるみたい…。
 シンジは、アタシと違う…
 あの時あんなに泣き叫んで、こんな待遇だったら… アイツは心を壊しちゃうかも、また…。
 また? 前にそんな事あったっけ?
 思い出せない。
 大事な所なのに… その部分だけが、霞がかかってる。
 ふと、シンジのことを隊長に聞いてみたら、

 「彼も一緒に保護したんだが? 憶えてないか?」

 ってことは… シンジも捕らえられている?
 アイツの状態は?と、聞いても無駄だった。
 彼の様子はわからないと… 多分、嘘じゃない。
 他の部隊が監視しているんだろう。

 「調べてやるが… 期待するなよ」

 シンジのことは待つことにした。
 アタシに残されたことは、少ない情報から想定されることを絞り込んでいくだけ。
 最悪の場合… アタシは犯罪者として処罰される。
 死傷者ゼロの殺人犯として。
 戦自としては、自分達の作戦が正義だったと世界に言いたいのだろう。
 その為には、誰かに責任を擦り付ける必要がある。
 それが、アタシ。
 シンジも同様… いえ、アタシより状況が悪いでしょうね。
 アタシの国籍はアメリカ。
 義両親もママもドイツ国籍だしね。
 日本国籍を所持してないんだから、非公開軍事裁判なんかで簡単に処罰できない。
 対外交渉の札としても使い道がない…。
 責任を擦り付けるには、丁度いい存在。
 だから、きっとシンジは…
 何故? アタシはシンジの心配をしてるの?
 アタシを汚したっどうしようもない奴なのにっ!
 内気で、過度に内罰的で、根性無し。
 良い所なんか…

 優しいわよ、アイツは…
 自分よりも、人を気遣ってる。
 いつでも…
 自分の価値を見つけられないんじゃない。
 ただ、自分の価値を軽く見てるだけ。
 アタシみたいに早くはないけど、一歩一歩確実に成長していく。
 人より劣ってるっていうコンプレックスが無意識のバネになって。
 そして、一歩進むごとに、さらに人に優しくなる。
 だから、今を望んだんだ…
 今を望んだ?
 まただ… アタシの記憶の海の底に何かが漂ってる。
 時々、気泡と一緒に引き上げられてくる。

 ここからアタシは記憶のサルベージは始まった。


 このアタシが集中してるのに、3日ほど経っても全ての記憶のサルベージは出来なかった。
 欠片だけが浮かび上がってくることはある。
 あることを考えていると、それに引き摺られるように出てくる。
 シンジとファーストの事…。
 ファーストを思い出すと、何故か幾つかの言葉が不自然に浮かび上がってきた。
 シンジの望み、ファーストの願い、碇司令の欲望…。
 それぞれが幾つかのキーワードになって、別の言葉を呼び起こしてる。
 どういうことか良くわからないけど、碇司令の欲望は別の形で叶って、シンジの望みは今であって、ファーストの願いは叶った。
 碇ユイ・初号機・アダムとリリス・SecondImpactとThirdImpact・第拾八使徒…
 そしてアタシのママ、惣流=キョウコ=Zeppelinと弐号機。
 あの時、アタシはママと再会した。
 ママは弐号機に居た、ずっとアタシを守ってくれてた。
 だから、碇ユイと初号機の言葉が示すことは想像が付くわ…
 初号機に居るのは… シンジのママ、碇ユイ。
 其処までは簡単に解るけど… 他が想像がつかない。
 この語群に何の意味があるのか、おおよその見当さえつかない。
 シンジのことを思い出せば、あの日までのNerv内で起きた他愛のない些細なこと。

 ここまでたどり着いた時、既に目が覚めてから1週間が経過していた。
 視界を塞いでた包帯も取れて、ここで初めて鏡を見たけど…
 痩せ過ぎよね… 頬もこけちゃって、そのせいで、目元もなんか怖い。
 幸い、怪我は軽かったみたいで、黒子と逆に色が抜けた小さな白い傷跡だけ。
 まぁ、見てもわからないくらいね。

 シンジの状態も、僅かながらに聞くことが出来たのもこの日。
 アイツは、別の場所で監禁されてた。
 詳しくは解らないけど、戦犯としての証拠、記録があるって。
 ということは…
 アイツは、全ての罪を着せられて…
 自業自得よ…、アタシの前であんなことしといて…。
 でも、憎めない。
 それよりも、怖かった。
 あいつがいなくなると思ったら、悲しくて泣きそうになった。
 殺してもいいくらい、憎いはずなのに…
 二度と顔も見たくないくらい、大嫌いなはずなのに…
 その晩アタシは自分が分からなくなって、布団にもぐりこんで声を潜めて泣いた。
 10年ぶりの涙を堪えながら。

 泣き寝入りすると夢を見るって聞いたけど… 本当だったとは…
 翌日、目を覚ますと目の周りが思いっきり晴れ上がっててちょっと痛かった。
 夢の中、ファーストが出てきた。
 最初、イヤに現実的で夢じゃないって思ったくらい。

 「SecondChildren… いえ、惣流さん」

 ファーストに、名前で呼ばれてビックリしたわ。
 違和感なんて、クジラが群れをなして空を飛んでるくらい。
 多分この時のアタシの顔は、宇宙人を初めて見た人がしてたより凄い顔してたんだと思う。
 だから、今までどおり弐号機パイロットって呼びなさいって言っちゃったし。
 アイツは、アタシがもうChildrenじゃないからって言ってたけど、アタシの顔を見たら頷いた。

 「…碇君を助けてあげて」

 シンジを助けろ?
 何でアタシが?
 アイツはアタシを汚してっ、見捨てっ、殺そうとしたのよっ!
 なんでっ そんな奴を助けなきゃいけないのよっ!
 死んでほしいどころか! アタシの手で殺したいくらいよっ!

 って… 殺そうとした?いつ?

 口では強がりだって、解ってる…
 アタシがシンジに死んでほしいなんて思ってないこと。
 アタシがシンジを殺したいなんて思ってないこと。

 「そう… 憶えてないのね」

 憶えてない?
 あの時に何があったって言うの?
 アタシは知ってるっていうの?

 「そうよ、ここは貴方の望んだ世界であり、碇君が望んだ世界」

 アタシの望んだ世界?
 ワケが解らない… 無口なのはわかるけど、ちゃんと説明して欲しいものよね。

 「…今日はもう、時間切れみたい。 碇君をお願い」

 たったコレだけで、何を解れと言うの?
 アタシの反論も一切聞かず、ファーストは消えた。
 消えたことで、コレが夢だったと判った。
 夢だとしたら、アタシの願望が生み出したもの。
 アタシはシンジに死んでほしくないんだということを、夢から覚めてようやく解った。
 たとえ夢じゃなかったとしても… きっと、アタシはそれを願ってる。
 理由はどうでもいいの、助けてあげたい。
 でも、今のアタシには何もすることが出来ない。




 ファーストはコレを知ってて、アタシの夢に出てきたのだろうか。
 横たわる初号機が、アタシの目の前にあった。

 アタシが退院を告げられた日、例の隊長に連れられてここまで来た。
 ここが何処だかわからない、目隠しで運ばれてきたんだから。
 ヘリにも長いこと乗ってたし。
 やっと目隠しを外された時、目の前に初号機があった。

 装甲板のいたる所が破損して、素体の損傷も激しい。
 まぁ、素体の方はS2機関を搭載してるから、勝手に修復されるだろう。
 問題は、装甲板とエントリープラグ… かなり損傷が激しい。
 シンジは出撃するたびに、初号機をこんなにしてきてた。
 アイツは、この初号機でアタシを何度も助けてくれたのよね。

 「どうかな… エース機は? 乗ってみたいと思わないのかね?」 

 アタシの回想を邪魔する無粋な声に振り向けば、目を覚ましたときに来た偉そうな馬鹿男と、小デブなオッサンがアタシを見ていた。

 「私達に協力してくれないかね?」

 アタシに喧嘩売っておきながら、協力しろって?
 余程コイツは偉いんでしょうね、立場的には。
 周りを見ていても、緊張した様子がコイツ等が偉いって言ってるような物。
 それにしても、アタシを初号機に乗せて何をさせるつもり?
 動くわけないのに…。
 アタシの不審の視線を感じたのだろう、小デブのほうが勝手に続けて話し始めた。

 「今、世界はサードインパクトの影響で大変混乱しているのだよ。 国連などただの形骸と化してしまっていてね……」

 グダグダと話が長い。
 簡単に言うと、初号機に乗って世界の軍事バランスを保つ為に協力しろと。
 このアタシにだ…

 「エース機に乗れば、君だってエースパイロットだったのだろう? 君の方が有能だと聞いてるからな。」

 アタシのプライドを擽って、その気にさせようとしてる心算なんだろうけど、その手に乗るほどアタシは馬鹿じゃないわよ。
 ナメるのもいい加減にしてほしいわね…
 どうせアタシの性格なんか、世界中の諜報機関を通じて駄々漏れでしょうからね。
 それにしても心理的誘導方って、こんなんで言えるの?
 程度が知れるってのはっ こっちの言葉よっ!

 「アンタ達はエヴァが専属パイロット制を知らないの? まぁ、これでアタシのほうがアンタらよりは詳しいって事は解ったわ」

 予想通り、研究者っぽいのも離れた所にいたけど、一様に怪訝な顔を浮かべる。
 まぁ、その程度の情報しか持ってないって事ね。
 日本の諜報機関の無能さって、加持さんが所属してたとは思えない程の駄目さよね。

 「適格者と呼ばれる者だからといって、全ての機体を動かせるわけじゃないってことよ」

 そう、初号機はシンジじゃなきゃ動かせない。
 ファーストは、特別。
 そのファーストでさえ、最後には拒否されていたんだしね。
 じゃなきゃ、初号機に眠るシンジのママとシンクロできるわけがない。
 アタシが初号機とシンクロできる可能性は間違いなく低い。
 訓練に訓練を重ねても、起動レベルまでが限界のはずね。
 兵器としては、欠陥だらけの最強の兵器。

 「ということは、このエヴァンゲリオンはサードチルドレンしか動かせないというのかね!?」

 アタシが頷くと、小デブと二人揃って動揺しまくってる。
 後ろの研究者にいたっては、驚きの表情を隠してない。
 こんな程度でアタシを馬鹿にしたんだから、もう少しイヂメてあげるわよ…

 「聞いた噂だと、サードは主戦犯として処理されるそうねぇ。 コイツは特にサード以外に拒絶反応を示すから、唯のデカイだけのゴミ屑ね。 それに、こんなに痛んじゃうと、専門家でも直すのに半年はかかるわよね。…まぁ、専属パイロットも知らないような其処の科学者連中じゃ腐らせるのがオチね。 日本の諜報機関程度じゃその程度の情報しか持ってこれなかったんでしょうけど。 それに、アタシの性格とかも勘違いしてるようだし。 シンジの性格なんて全く把握してないんじゃないかしら。 そういえば、戦自から前に派遣されたスパイ娘も違うって嘆いてたわね、たしか。 わざと盗ませたダミー情報を信じきちゃってるってとこかしら?」

 アタシの言葉に硬直が解けぬままの馬鹿男。
 小デブにいたっては少し青褪めてる辺り、手応えが無さ過ぎて拍子抜けしちゃうわよね…

 「この程度の事も解らないで、アタシの程度が知れるとは良ぉく言ったわねぇ…」

 馬鹿男の顔が紅潮してきてる。
 生意気ったら、ありゃしないわね。
 頭で勝てないなら、腕力? それだって訓練されてることを忘れてる辺り三流よね。
 体が復調した今なら、この程度の男一人に負けるほどアタシは弱くは無いっ!

 「やめぬかっこの馬鹿がっ! 貴様が先に挑発したのだろう! この間抜けがっ」

 …思ったより、小デブは頭が切れるらしい。
 馬鹿男が一歩踏み出した瞬間に叱ると共にアタシに頭を下げる。
 演技だとしても、人心掌握には長けているのかもしれない。
 言い訳をしようとする馬鹿男を、小デブは「様子など聞いていれば、見当など付くわっ」って一蹴してる。
 多分、青褪めてたってのも、事態をより正確に理解して、先の事を想像したから。
 思ったよりも手強いタイプかもね。
 一通り、説教を終えたのか、神妙な顔でアタシに振り向いた。

 「君の話は解った。 ならば、一つ聞きたい…君ならこのエヴァンゲリオンを直せるのかね?」

 「もちろんよ。」

 掛かった…
 二人組みの場合、一人が激昂すると残る一人は冷静になる。
 詳しい理由は、心理学者でもないアタシには分からないけどね。
 小デブはアタシの言葉を聞く態勢に入っているから、アタシの条件次第で呑むことは間違いない。
 そして、シンジのことは条件に出さず、アタシの待遇改善だけ。
 シンジが駄目なら、アタシを生贄にするだけ。
 こいつらなら、やりかねない。
 身分保障を得ることが出来れば、アタシは少なくとも世界から咎められることは無い。
 少なくとも、初号機の修復が終わるまでは、命の保障はされる。
 ここから逃げ出すにしても今はまだそのときじゃない。
 チャンスは必ず来る。
 シンジは…

 「そうそう、サードには気をつけておいたほうが良いわよ。あいつがキレた時の行動力は想像以上よ。 それとね、洗脳とかくだらない事は考えない方が良いわよ、コイツを動かせないようになっちゃうわよ?」

 そう、脅すだけでいい。
 アイツはコイツ等にとって唯一無二の存在だから。




 この日から、アタシの生活は一変した。
 エヴァを修復すること…ただそれだけ。
 研究室に引きこもり、ソコから出る時は割り当てられた自室に帰る時と、実験の時。
 話す言葉も、エヴァに関することだけ。
 簡単に言えば、リツコと一緒。
 生活が似てくると、言葉遣いまで似てくる。
 半分は意図的に似せた。
 特に何が理由というわけではないけど、弱みを見せてはいけない気がしたから。

 アタシの目論見どおり、シンジの生活も変化した。
 同じ『駒』であったことに対する同情なのか、連帯感なのか、隊長が色々と警護の名目で世話をしてくれてる。
 シンジに関する情報も、隊長が持ってきてくれる。
 独房だったのが、軟禁レベルまで落ちてるって事だけなんだけどね。

 一番変化があったのは、毎日アノ瞬間の夢を少しづつ見るようになった。
 アタシが見てない、見ることが出来なかった事態まで。
 戦自の虐殺の様子。
 武器など持ったことが無いような女性職員達が必死に戦う様子。
 座り込んで動かないシンジ。
 撃たれて動かなくなるミサト。
 この時ばかりは、悲鳴を上げて飛び起きてしまった。

 そして、ファーストが必ず毎週、同じ夜に夢の中に出てきた。
 毎週、同じ台詞を必ず言う。
 シンジを助けろって…
 アイツの安全は確保されてるとファーストに言えば、

 「…碇君だけでは駄目。」

 どうしてシンジだけじゃ駄目なのか、ファーストの返事は決まったように、

 「貴女には解る筈… 今がある限り…」

 って、遠まわしに話すだけ。
 もしかしたら、ファーストはアタシより日本語知らないんじゃないかしら?
 まぁ、普通の情報もくれるから良いけどねぇ…
 もうすぐ、MAGIにアクセスできるようになるとか、ミサトは生きてるとか。
 LCLは地面に吸収され続けているらしいわね。
 アタシがあたかも知っていたかのように戦自の技術者に、初号機の修復のためにLCLを運び込みなさいって命令したんだけど、それを教えてくれたのも実はファースト。
 アタシが今いる所が松代って、参号機の起動実験を行った場所。
 世界の情勢もコイツから。
 あの時MAGIにアクセスしてた、全ての組織がサードインパクトが実在していたことを知っている。
 実害が無かったにもかかわらず、世界はそれを糾弾していた。
 幾つかの国が、量産機を奪い取って行ったらしいけど、アタシがボロボロにしたんだから、直せるわけが無い。
 今はまだ、MAGIが666プロテクトをかけられている状態だから、だれもあの時の事を詳しく知ることが出来ないし、量産機を修復することが出来ないのよね。
 プロテクトを解きたくても、今はLCLの海の底。
 でも、『碇シンジ』が起こしたのだと… 世界は一方的に決め付けていた。
 戦自と日本政府のプロパガンダによるものだって、解ってはいるけど頭にくるわね…

 一年が経つ頃には、アタシは殆どの事情を把握した。
 アタシ達は、とある三文芝居の喜劇役者。
 原案・ゼーレ
 脚本・碇ゲンドウ
 アタシの役とシンジの役…
 世界が、たった数人の人間に良い様にされてたとはね…
 それを知ることが出来たのも、ファーストが見せてくれる夢のおかげ。
 まぁ、あの遠まわしな言い方を理解できたアタシの頭脳があってよね。
 そして、ほぼ理解しかけた時…
 あの夢を見た。
 シンジがアタシの首に手をかけてるところを…
 泣きながら、何かを必死に叫んで、そして…
 アタシの胸で泣いてた…

 アタシはアイツに殺されかけてたんだ…
 理由はわからない…

 普段のアタシなら間違いなく激昂してるはずのこと。
 なのにアタシは、アイツの頬を撫でて…
 意味不明に「気持ち悪い…」って、呟いて、
 そして、泣き出したアイツの頭を優しく撫でてた。

 思い出した今でも、何故か怒る気にならない。
 それどころか、悲しかった。
 アイツの心が壊れてたってことも、ようやくわかった。
 だからって、同情しているわけではない。
 同情で許せることじゃない…
 確かに、アタシが寝てる間のアイツは、悲惨だった。
 アタシなら、ヒカリが使徒だとしても殺すことはでき…ない…
 あの日のアタシなら、できたかもしれない… 躊躇無く…
 だけど、アタシは見守ってもらってたことを知ったから。
 ママがいつも傍にいてくれてたことを…、ヒカリが、みんなが傍にいてくれたことを…
 今のアタシには、できない。
 アタシの傍にいてくれる人に手をかけるなんて、
 なのに、アイツは泣き叫びながら、やるしかなかった。

 だから? 心が壊れていたから、アイツはアタシの首を絞めようとしたの?
 違う… そうじゃない…


 この間、アタシは表向き、初号機の装甲板の構造調査と精製をやっていた。
 正直、素体はLCLに浸けておけば、勝手に直る。
 だけど、装甲板だけは直らない。
 エントリープラグも激しく損傷しているけど、コレばかりはアタシだけではどうにもならない。
 MAGIがプロテクトを解かれるのを待つしかない。
 さいわい、特殊装甲はその原料が特殊なだけで精製方法は特に難しいものでもなかった。
 それでも、一から調べてたったの一年で全てを修復できたのはアタシの能力に他ならない。
 残るエントリープラグは、MAGI復旧待ち…

 半年も過ぎたころ、MAGI復旧の報せを聞いたアタシは予てからの計画を実行した。
 端末に潜り込み、わざとアタシが侵入した痕跡を残し情報を引き出す。
 キレるミサトやリツコなら間違いなく気付いてくれる。
 一週間ほどした頃、アタシの端末にリツコと思われる人物の侵入が確認できた。
 その翌日にMAGI2からMAGIに侵入すれば、わかりやすい場所に碌なセキュリティも設置されずに、エントリープラグに関する情報が野晒しにされていた。
 それも、アタシの計画を何も言ってないにも関わらず、仕掛け付きのプラグの設計図を。

 表向きが順調にすすむのとは裏腹に、アタシの内面は停滞していた。
 シンジの言葉だけが、思い出せなかった。
 ファーストに訊いても、相変わらず何を言ってるのか分からないしね。
 そんな中で、ある噂を耳にした。
 どこにでも噂話が好きな戦自女性隊員がいて、休憩室で話しに華を咲かせていたのよね。
 丁度、陰になっている自販機で紅茶を買おうとしてた時にそれは聞こえた。

 「セカンドとサードって恋人同士だったらしいわよ?」

 アタシとシンジは恋人同士って…
 ちょっと待ちなさいよっ!
 なんでそんなことになってんのよっ!
 すぐに隊長にその噂の出元を確認すれば…
 シンジがアタシのことを『大事な人だから…』と言ったと…
 さらに詳しく訊いてみれば、アイツは1年位した頃にアタシの様子を知りたいって、戦自の女性士官を激しく問い詰めたって…。
 それからシンジは事ある毎に、アタシの様子を聞いてるらしい…
 いまさら否定しても、無駄ね。
 先々のために、ポーズだけの否定はするけど、噂なんてものは何したって、そうそうひっくり返らないしね。
 それに、シンジのその言葉は心からの言葉だって判るから。
 『アスカがアスカでいてくれるなら…、僕の全部が欲しいなら、僕の全部をあげる…』
 シンジはそう言ってくれ… って、いつ?
 『これがっ! アスカの望んだ世界なのっ!? アスカがアスカでいられる世界なのっ!?』
 そう… その夜、全てが繋がった。

 明くる朝、アタシはその日の仕事を体調不良を理由に休んだ。
 理解したかったから。

 アタシが描いた世界は…
 今は、アタシとシンジが望んだ世界。
 あの時、シンジはアタシに全てを委ねた。
 『アスカがアスカでいられる世界を思い浮かべて。』

 何も無かった。
 アタシとシンジしか居なかった。
 シンジだけが… アタシをSecondChildrenでもなく、天才少女でもなく、惣流・アスカ・ラングレーでもなく、アタシとして見てくれていた。
 そして、いつでもアタシの傍にいてくれた。
 『アンタの全てが手に入らないならっ、あたしは何もいらないっ!』
 だから、その言葉どおりアタシはシンジだけしか望まなかった。
 傍にいて欲しい人は、シンジだったから。

 でも、それは間違っていたのよね。
 『気持ち悪い…』って言葉どおり、赤い海と空が支配する世界。
 あの畔で、シンジは泣きながらアタシを諭してくれた。

 『セカンドチルドレンのアスカも、天才少女のアスカも…
  アスカを形作ってる一部なんだよ…
  その全てに絆があって、その絆全てが、アスカを…アスカらしくしてくれるモノなのに…
  この世界の何処にその絆があるんだよ…』

 そして、世界は再び動き出した。
 シンジが思い出させてくれたから。
 シンジとアタシで望んだ世界。

 そして、動き出した世界と引き換えに… ファーストはその姿を消した。
 そう… アタシの願いを叶える為に、アイツは消えた。
 死んだわけじゃないことは、アタシにもわかる。
 『私は世界の一部…』ってアイツも言ってたしね。
 望んだのがアタシ達じゃなくても、アイツに割り当てられた役は変わらない。
 そういう運命をアイツは受け入れてただけ。
 だけど、アタシの我侭のためにアイツは…人になれるチャンスを…
 貸しを作ったままでいるのは、アタシじゃない。
 多分、このまま『駒』され続けることになれば、シンジは壊れちゃう。
 ファースト…アンタの願いを叶えてあげるわよっ!
 壊されるわけにはいかない。
 それにシンジは、アタシのもの。
 全てをアタシにくれたんだから、生殺与奪の権利はアタシにあるのっ!
 って、コレも強がりよね…
 シンジが欲しい。
 コレを好きっていうのか判んないけど、加持さんには感じなかったモノ。
 シンジの心は誰にも渡さない。
 その日の日記にアタシはこう記した。

 --シンジがアタシを『大事な人』と言ってくれてた。
  アタシにとっても、きっと『大事な人』--


be continues to the latter part of story





しふぉんさんから思惑のアスカサイドのお話をいただきました。
アスカがシンジを認めて、アスカにとっての『大事な人』になるまではこんなことがあったのですね。

素敵ですね。
前作もシンジのアスカラヴな気持ちが伝わってきて素敵ですが、このお話もラヴになっていくその軌跡が素敵であります。

素敵なお話を投稿してくださったしふぉんさんにぜひ感想メールをお願いします。そして続きも書いてもらいましょう〜。