惣流・アスカ・ラングレーは目を覚ます。

もたれた枕から身体を起こし、まずベッド脇のカーテンを開けた。

ん、今日もいい天気だ。

朝の光に目を細め、思いっきり背伸びをしたとき。

「ん?」

違和感が彼女の左手を襲った。

なにか、こう、つっぱる感じ。

まるで、何か結びつけられているような・・・・・?

寝ぼけマナコで自分の左手を見る。

左手の小指の先に、細い糸が結びつけられていた。

「・・・・なに、これ?」

伸びた糸は、部屋を縦断し、ドアの下を潜って廊下まで伸びている様子。

さして深く考えず、アスカはその糸を引っ張った。

面白いように糸はスルスルとたぐれる。

しばらくひっぱっていると、ドアの外で何かがぶつかった気配。

「?」

首をひねっていると、ドアが開き、同居人の少年が転がり込んできた。

いわずもがな碇シンジである。

「なによ、あんた。ノックくらいしなさいよ」

寝起きの不機嫌さにまかせ、アスカは文句を垂れる。

「あ、ご、ごめん。でも、なんか急に引っ張られるみたいな感じがして・・・」

狼狽しつつも一応謝罪し、それから首をひねるシンジ。

そんな彼の左手の小指にも糸が結びつけてあった。

それを発見したアスカは、ますます不機嫌そうな表情をつくる。

「あんた、悪ふざけが過ぎるわよ? なにも人が寝ている間に、こんなもの結びつけなくてもさ・・・」

「・・・・? 何を結ぶの?」

きょとんとした表情でシンジは見返してくる。

「だから、ふざけないでよ。これよ、これ」

ぶんぶんと小指を振ってみせるアスカだったが、シンジはまるっきり不思議そうな表情をするだけ。

それでも、からかわれているのではないかという疑念が消えない。

更に怒鳴りつけようとして、アスカははたと気づく。

自分とシンジを繋いでいる糸。

その糸の色が赤いということに。

























Lady And Sky


act:9 赤い糸

作者:三只さん

























「ねえ、ヒカリ? これ見える?」

「え? 何? 小指がどうかしたの?」

学校の教室にて。

軽く小指をあげてみせるアスカに対して、首をかしげる洞木ヒカリがいる。

「やっぱ、見えないか・・・」

思わず机に突っ伏すと、変なアスカ、とクスリと笑って親友は行ってしまった。

そのおさげの後ろ姿にアスカは目をこらす。

見えた。

ヒカリの指から伸びた、か細い糸。

その糸は教室の外へ伸びていて、今、万年ジャージの三バカその一が入ってきたところだった。

糸の端は、鈴原トウジの左手が突っ込まれたジャージのズボンのポケットの中に消えている。

アスカは更に教室を見回した。

よくよく目をこらしてみると、教室にいる生徒の大半の指から細い細い糸が伸びて、あちこちで交錯している。

目をこらさなければ見えないのがまだしも幸いだった。四六時中見えてたら、鬱陶しいことこの上ないだろう。

自分の左手へ視線を戻し、アスカは考える。

彼女の明敏な頭脳は、なぜ、今朝になってこの糸が見え出したのかは分からねど、すでに幾つかの推論を確立していた。


1、この糸は、あたし以外に見えていないらしい。

2、糸は、どうも無限に伸びるようだ。だけど、逆に引っ張ることも出来た。

3、糸は物理的に切れることは無いらしい。壁などの無機物、人体などの有機物をすり抜ける。

4、どうやら、運命のパートナー同士を結びつけているらしい・・・。


最後の推論に、アスカは机に顔を埋める。

運命のパートナーですって!? バカバカしいっ!!

なんで、このあたしが、あんなバカでボケで甲斐性なしで貧弱でネクラでチンチクリンのシンジとパートナーなのよっ!?

机におでこをつけたまま、横目で指を見る。真っ赤な彼女の顔と同じ色の糸が揺れていた。

『運命の赤い糸』

出典は知らないが、アスカもこのフレーズと意味は知っていた。

日本文化の勉強と称して、ヒカリの本棚の少女漫画を読み漁ったときに得た知識である。

いずれ結ばれる運命にある二人の男女の小指は、見えない赤い糸で繋がれているという。

ちらりと、今度はシンジの方を見て、アスカはますます頬を染める。

どうにも否定したいのだが、二人を繋ぐ糸は、他の人間の糸よりもはっきりと太く、真っ赤なのだ。

「アスカ、どうかした?」

視線に気づいたらしく振り向いてきたシンジに、アスカは反射的にそっぽを向く。

「うっさいわね、こっち見てんじゃないわよ、バカ!!」

いつものように罵られて、慌てて少年は前を向き直る。

その背中をまたチラチラと眺めながら、アスカはいつになく胸が落ち着かない自分に憮然とする。

おかげで、授業が開始されても全く身入らない。

教科書に落としたはずの視線が、気がつくと自然に少年の席へと向けられてしまう。不愉快だった。

お昼休みになり、アスカは弁当を持って教室を飛び出す。

これ以上、同じ教室にいるのは耐え難かった。

・・・・頭が変になりそう。

中庭のベンチに腰を降ろし、自販機で買った苺牛乳を思いっきりすする。

よく冷えた液体が、火照った頭の芯まで冷やしてくれるような気がした。

頭を切り換えよう。さて、お弁当でも食べますか。

と、弁当を包むハンカチを開こうとして、アスカの手は止まる。

風にそよいでいるように、ユラユラと揺らめく小指から伸びた赤い糸。

しばらく直視してから、アスカは視線を上げた。

途端に、青い瞳は大きく見張られた。

彼女には見えたのだ。こちらに向かって幾つも漂ってくる細い糸の先端が。

「これって何・・・・?」

よくよく目をこらす。

糸は、中庭の至る所から漂ってくる。

その糸を辿って、アスカは四方に顔を向ける。

みれば、今、中庭の芝生に座っていた男子生徒が、あわてて本で顔を隠す。

自販機の前で友人と談笑するふりをしながら、こちらをチラチラと見てくる生徒。

ぎこちなく目前をとおり過ぎる下級生の男子の顔は真っ赤だ。

再度自分の小指に視線を落とすアスカ。

彼らの小指から伸びた細い糸は、蛇みたいに彼女の小指を目指してくる。

しかし、小指まで到達することも出来ないでいた。寸前で、赤い糸がそれを全て撃退するからである。

つまり・・・?

アスカは考え込む。

一分くらい沈思を続けて、彼女は結論を出した。

これは、産まれる前から繋がっている運命の赤い糸などではない!!

その人との繋がりを意味するのだ。

つまり、相手といかに強く結びついているのかを表すバラメーター。

良かったー、運命の赤い糸なんかじゃなくて・・・・って、ちっとも良くないじゃない!!

うつむいて、顔を真っ赤にするアスカは、中庭にいた男子生徒たちの目にはどう映ったことだろう?

ちらりと小指を見れば、赤い糸は奮闘中。

神話の竜さながらに、よってくる糸をバッタバッタとなぎ倒している。

・・・・これって、あたしとシンジの繋がりがそれだけ強いってこと?

いやいやそんなことはない!!

頭をぶんぶん振って、お弁当の蓋を開ける。

いつ見ても美味しそうな内容だ。

俵型のおにぎりに唐揚げ。ポテトサラダにサーモンのカルパッチョ。レンコンの煮物に煮豆・・・・。

恐ろしく手の込んだそれらを見て、制作者の顔を連想し、アスカはまたまた顔に血が昇るのを自覚した。

なるだけ意識上からその顔を遠ざけるようにしてご飯をかきこむ。今日に限ってまったく味がしなかった。

それでも全部平らげて、アスカはため息をつく。

ゆっくり食べるつもりだったのに。

今はまだ教室へ戻りたくない。正直、時間を持て余してしまった。

何をするでもなく、中庭のベンチに背中を預ける。そよそよとした頬を撫でる風が心地よい。

声をかけてくるものもなく、ぼーっとしていると、いつのまにか視線は小指に落とされていた。

不意にアスカはなにか息苦しさを覚えた。満腹感からくるものだろうか?

「あれ?」

アスカは息を飲む。

一瞬、赤い糸が細くなったように感じられたのだ。

目をこする。

錯覚ではなかった。確かに糸は細くなっていた。

アスカは、今度は胸騒ぎを感じた。

直感的に、シンジに何か起きていることを確信する。

・・・別に知らないわよ。あんなやつのことなんか!!

瞼を閉じ、腕と足を組み、ベンチにふんぞりがえる。

そのくせに、左目だけ薄目開けて視線を落としている。

他の糸を撃退する赤い糸に、先ほどの猛々しさがない。

結局、彼女の忍耐の時間は15秒も保たなかった。

立ち上がり、弁当箱をベンチに放り出したまま駆け出す。

小指から伸びる糸を辿って。



















裏庭の、人気にのない場所にシンジがいた。

彼の後ろ姿を認め、安堵して声をかけようとしたアスカだったが、慌てて茂みの影に姿を隠す。

シンジとは違う声が聞こえたからだ。

茂みの隙間からのぞき見る。

こちらからはシンジの背中しか見えないが、相手の姿ははっきり見えた。

アスカの知らない顔の女生徒だった。

ずいぶん小柄だ。下級生だろうか?

それに、結構可愛い・・・・。

自分の容姿に絶対の自信はもってはいるものの、アスカは他人の愛らしさや美しさを軽視するほど狭量ではない。

胸の奥で何かが跳ねる。沸き上がってくる感情を黙殺して、茂みの外の会話に耳を傾けた。

『・・・どうしても、ダメなんですか?』

女生徒の小さな声。

『うん。その・・・ごめん』

シンジの顔は見えなかったけれど、その台詞でどんな表情をしているのかは分かりすぎるくらい分かった。

代わりに、女生徒の指から伸びる糸がはっきり見える。

その糸はシンジの指にからみつこうとしていた。ところが、それを撃退する赤い糸の元気がない。反射的に腹が立つ。

『わたしが年下だからですか?』

『違うよ。なんていうか、好みとかどうとかというのとも違って・・・。君はそれで十分可愛いと思うし・・・』

シンジがどのような状況に身を置いているか、アスカははっきりと理解する。

いわゆる、告白されているのだろう、こいつは。

瞬間的に頭に来て、どうやら断っているらしいと察して安堵して、安堵する自分に憮然とする。

光の速さで脳裏に展開されたた一連の感情の流れを即座にリセットし、今のアスカはシンジの発言にイラついていた。

奥歯をギリギリと噛みながら、少年の背中を見つめる。

口べたにもほどがあるわよ、シンジのやつ。断るにしろ、はっきり言ってやりなさいよ!!

などと考えていたら、女生徒が核心をついてきた。

『やっぱり、好きな人がいるんですね?』

『・・・・・・・・・・』

シンジが黙っていると、女生徒は更に踏み込んでくる。

『同じクラスの、惣流先輩でしょう?』

『・・・・・・・・・・』

なおシンジは黙り続ける。

反面、アスカのほうは怒りで煮えたぎりそうだった。

なんで、そこで黙るのよ、このブワァカは!!

気がつくと、バリバリと茂みの葉っぱに噛みついてた。

おまけに気づく。

ちょっとまって、なんであたしが怒らなきゃならないの?

自分でも予想だにしない感情の高ぶりを、葉っぱと一緒にそっとはき出す。

呼吸を整えて、再度茂みの向こうに集中する。

『失礼ですけど、あの人は碇先輩に相応しいとは思えません』

ふん、生意気いってくれるじゃないの、この小娘?

自分のことを棚に上げて、茂みの奥から睨み殺さんばかりの視線を送るアスカ。

幸か不幸か呪いの視線は効果を発揮せず、女生徒は胸をつっと反らしてシンジへと詰め寄った。

『お二人の関係は、友人たちからの噂で聞いてます』

シンジの身体が心持ち硬直した気配。

『わたしも、その・・・遠くからずっと先輩を見ていました。

いつも惣流先輩と一緒にいるなあ、って。

でも、ずっと見てて気づいたんです。

別に二人はつきあっているわけでもなくて、一方的に碇先輩が酷使されているだけだって!!』

茂みの奥で思わずズッコけ、冷や汗を流すアスカである。

そんな風に見られてたの、あたしたち・・・?

新たな発見に感動している暇はない。シンジたちの会話はまだ続いている。

『先輩も、その、恥ずかしくないですか? そんな風に、女の人に顎で使われて・・・』

『・・・そうだね、恥ずかしく見えるかもしれないね』

シンジの返答は曖昧なものだった。そして、おそらく顔には苦笑を刻んでいることだろう。

『それに、あの惣流先輩も!! 

確かに美人で成績も優秀ですけど、それを鼻にかけて凄く性格悪いそうじゃないですか・・・』

『アスカの悪口をいうのは止めてくれ』

決して高くないシンジの声だった。

それなのに、籠められた奇妙な迫力は、女生徒の口をつぐませるのには十分すぎた。

同時に、彼の発散する雰囲気もガラリと変わっている。

明らかに女生徒はたじろいでいた。

シンジは首だけ上を向け、息を一つ吐く。

それだけで、雰囲気はまた一変していた。いつもの柔らかい、下手をすれば弱々しい声で語りかける。

『いくら自分の思い通りにならないからといって、他人を中傷しちゃいけないよ。

それに、君には、僕より相応しい人がいると思う・・・』

女生徒の瞳が大きく見開かれる。

『・・・どうしても、ダメなんですか・・・?』

『・・・ごめんね』

はっきりとしたシンジの返事に、女生徒は小さく、失礼します、といって踵を返す。

涙声を残して駆けだしたその後ろ姿を、シンジは追おうとはしなかった。

ただ、やりきれないようなため息を一つつくと、彼自身も振り返り、校舎に向けて歩き出す。

いつものシンジの顔だった。

その全ての光景を茂みの影から伺っていたアスカも、屈んだまま硬直していた。

我知らず、青い瞳は小指を見つめている。

赤い糸はもとの太さに戻っていた。

いや。

むしろ太さを増していた。













「アスカ〜、待ってよ〜!!」

背後から追ってくるシンジの声を無視しながら、アスカは家路を急ぐ。

今日の出来事が目まぐるしく頭の中を行き交っており、気分が激しく落ち着かない。

まともにシンジの顔を見て会話できる自信がなかった。

一方、少年のほうは首を傾げざるをえない。

何か気に触ったことでもしたかなあ?

だからといって、まったく心あたりはなかった。ただ息をせき切らせ、同居人の後を追うしかない。

そうして、足早のアスカにどうにか追いつこうとしたときだった。

「そっからこないで!!」

道路の真ん中で振り返り、アスカは怒鳴る。

「・・・どうしたんだよ、いったい?」

足を止め、シンジは戸惑うような声を出すが、アスカが答えられるわけはない。視線を会わせず顔を伏せる。

自分でも感情の整理がつかないのだ。

不安定な感情を踊らせた瞳は小指を見る。

・・・・全ては、この糸が見えてから始まった。

あんな状況のシンジなど見たくなかった。

目に見える確証など欲しくはないのだ。

知りたくはなかった。

気づきたくはなかった。

はっきりと糸で保証された関係なんかいらない。

ただ、曖昧にしておいた距離と関係が心地よかったのに。

こんな糸が見えるようになったばかりに。

ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!

青い瞳に涙がにじむ。

「アスカっ!?」

だから、シンジの鋭い声にも反応が遅れた。

「なによっ!?」

反射的に怒鳴って、シンジの視線が自分の背後に注がれていることに気づき、振り返る。

目前に迫る車。

鳴り響く、甲高いブレーキ音。

全てがスローモーションに映る。

自分の身体にからみついてくるシンジの腕。

停止した思考を、驚きと喜びの稲妻が駆け抜ける。

全身への衝撃。

目に映るのは、ゆっくりと廻る空。

宙でたわんでいた赤い糸が、張りつめ、そして切れた。

その光景にアスカは絶句する。

悲しみが溢れた。

彼女の意識は暗転した。






















「・・・しっかし、二人とも不死身よねえ。

いくら減速していたとはいえ、自動車に跳ね飛ばされて怪我らしい怪我してないなんてさ」

ネルフ直下の病院にて。

葛城ミサトは被保護者の二人を眺めて、安堵と呆れの入り交じった顔をする。

「ええ、運が良かったっていうか・・・」

病院着を着て、丸椅子に腰を降ろしたシンジが頭を掻く。

彼の左腕には一応包帯が巻いてあるが、擦過傷にすぎない。

ベッド上で身体を起こしたアスカは不機嫌そうな顔で無言。

黙って病室の窓を眺めている。

彼女の頭にも包帯が巻いてあるが、こちらもたんこぶ程度とのこと。

「まあ、今日は大事とって、二人とも病院に泊ってきなさい。・・・一応、いっておくけど、シンジくんの病室は別よ?」

病室のドアを開けながらミサトがいうと、たちまち枕が飛んできた。

逃げ出す保護者を苦笑して見送り、シンジは肩で息をする少女をなだめる。

「今日は一体どうしたの? 道のど真ん中でぼーっとして車にはねられるなんてさ」

「ふん、あんたも一緒にはねられたでしょーが」

少年が取ってくれた枕に背中を預け、アスカは毒付いた。

しかし、口調と裏腹に、内面では感謝をしているのでる。

あのとき、シンジが身を挺して庇ってくれなければ、今頃は・・・。

考えるだに身の毛がよだつ。

しかし、素直に謝意を表せないのにも事情があった。

アスカは病室の照明に左手をかざす。

見えない。

今朝からはっきりと見えていた糸が、もうカケラも見えなくなっていた。

あれほど見えなくなればいい、と思っていたものが実際そうなって、なおアスカが不機嫌なのには理由がある。

この糸に命を救われた。

事故現場の状況を説明してもらったが、二人が無傷なのは奇跡といってよかった。

その奇跡を演出したのがこの糸だ。

アスカは跳ね飛ばされた直後の光景を思い出す。

太い赤い糸は、たわんで、張りつめて、切れた。

おそらく、糸がどこかに引っかかり、二人への衝撃を緩和してくれのだろう。

本来、概念的な意味しかもたない糸が、そのときだけ物理的な力を発揮したのだ。

あるいは、これこそが、本当の奇跡といえるかもしれない。

拒否したもので偶然命を救われる。皮肉としかいいようがなかった。

むろん、これだけでアスカの不機嫌の全てを説明していない。

単純に糸が切れてしまったことへの不安もあるのだ。

ぼんやりと、アスカは自分の掌を広げた。

・・・本当に、シンジとの絆も切れてしまったのだろうか?

確証はいらない、と思ったけど、不安。

ここいらへんの彼女の心情は、乙女心の複雑さのなせるワザである。

「ちょっと」

天井を見上げたまま、シンジを呼びつける。

そして、ベッド脇のスペースをバンバンと手で叩く。

シンジは少し躊躇したが、それでも逆らわず、アスカの横へと腰を降ろした。

「左手、見せて」

なおアスカは視線を向けぬまま言う。

「え?」

「いいから、よこしなさいよ」

釈然としないながらも、シンジは包帯に包まれた自分の左手を差し出す。

むんずとその手を掴んで、アスカは目をこらした。

やはり、糸は見えなかった。

「どうかした?」

シンジが不思議そうにのぞき込んでくる。

目と目があった。

だから、視線を彼の手に落とす。

手を握る。包帯越しの温もりが気持ちいい。

微かに頬を赤くしかけたシンジへ、アスカがおずおずと口を開く。

「今日のことなんだけどさ・・・」

その時、全く不意に病室のドアが開いた。

続いて、クラスメートたちが盛大に雪崩れ込んで来る。

「アスカ、碇くん、大丈夫!?」

洞木ヒカリと筆頭に、次々と駆け寄って声をかけてきた。

もう夜もだいぶ遅いというのに、事故のことを聞きつけ、心配して訊ねて来てくれたのだ。

シンジもアスカも胸が熱くなるのを感じた。

「あれ? ひょっとしてお邪魔だったかな?」

相田ケンスケが、カメラ片手にからかうように言う。

シンジもアスカも顔が熱くなるのを感じた。

なにせ二人はベッドに並んで腰を降ろし、アスカはシンジの怪我をした手を取ったまま、という格好だったのだから。

「うんうん、命がけで救ってくれたシンジに感謝のチスをしよーとしてたわけやな♪」

トウジが冷やかし、クラスメートも笑い声を上げる中、赤面したアスカはシンジを突き飛ばそうとして、出来なかった。

「ちょっと!! あんた離れなさいよ!!」

「え? そんな、アスカこそ離してよ!!」

小声でやりとりしながら、ますます顔を赤らめる二人。

不思議なことに肩と肩とを寄せる形になった二人は、互いに離れられなくなっていたのである。

それは、クラスメートがさんざん二人を冷やかし、病室を後にするまで続いたらしい。

もう一つ不思議なことがある。

クラスメートたちが病室を出た直後、中から盛大なビンタの音が聞こえた、というのはもちろんだが、見舞いに来た彼らの二人に対する印象がピタリと一致して いるのだ。

「二人とも、まるで、見えない糸にがんじがらめにされているみたいだった」と。











END









act:10に続く?

三只さんから、Lady And Skyの最新話をいただきました。

今日のお題は「赤い糸」でした。
……やはり、シンジとアスカの糸の強さは無敵なんですね。
切れたかと思ったらまだまだ繋がってて……(^^)

素敵なお話を投稿してくださった三只さんにぜひ感想メールをお願いします。

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