Lady And Sky







act:8 彼の言葉、彼女のセリフ

作者:三只さん





























四隅の汚れた厚い窓の外を木枯らしが吹いている。

寒そうに身を寄せる木々の枯れ葉を次々とはぎ取って。

空の色は灰色だ。もう少ししたら雪が降るかも知れない。

まるで、いまの僕の心の中みたいだ。

碇シンジは窓から視線を逸らすと、ギャッチアップされたままのベッドに背を預けた。

赤い頬をすぼめて呼気を洩らす。

まずい、また熱が上がったかもしれない。

でも、それでもいいか。

熱が引いてしまったら、僕は――――。

自嘲的で、それでいて泣きそうな笑みを浮かべて、シンジは天井を見上げる。

その時だ。

「やっほー、生きてる?」

勢いよく病室のドアを開けて、金髪の少女が飛びこんできた。

「アスカ・・・・」

眩しそうに眼を細める少年に対し、少女は屈託がない。

「なにしけた顔してんのよ?」

笑いながら丸イスを持ってきて、ベッドの傍らに腰を降ろす。

「後からミサトも顔だすってさ」

紙袋をごぞごそさせて、赤いリンゴを二個取り出してみせた。

いつもアスカは元気だ。

思いながら、シンジは羨望を禁じ得ない。

反面、これも仕方がないかな、と思う自分もいる。

17年と少ししか生きていない人生。

それが唐突に終わるとしても、悔いはない。

だけど、心残りなことが幾つかあった。

「アスカ・・・・」

「んー?」

声をかけられた少女は、危なっかしい手つきでリンゴの皮むきに熱中している。

「家事とかはどうなってるの?」

わずかな息苦しさをシンジは覚えた。喉と胸が熱い。

「ああ、ダイジョブ、ダイジョブ。なんとかなってるわ」

アスカはシンジのほうを見ようともせず、慎重にリンゴを切り分けている。

そして、立方体と化したリンゴを皿に乗せ、病人へと差し出す。

黙ってシンジは首を振る。

「あたしの剥いたリンゴが食べられないっての!?」

詰め寄られ、シンジは仕方なく一欠片のリンゴを口に入れた。味はほとんどしなかった。

うむ、よろしい、と横柄にうなずいたアスカ自身も、ナイフの先にリンゴを突き刺して、囓る。

「・・・まあ、あんたに早く治って帰ってきてもらわないと、イロイロと困るけどさ」

小声の独白にも似たセリフに、シンジは微かに口元を綻ばせた。

ほんとに意地っ張りなんだよなあ、きみは。

こころがほんの少しだけ暖かくなり、たちまち冷えた。

でも。

だから、こそ。

いっておかなければならないことがある。

「アスカ、もし僕が死んだら・・・・」

「なによ、縁起でもない」

真剣な少年の言葉を、アスカはあくまでおどけた調子で受け止めた。

「分かってる。僕には分かるんだ・・・・・・」

シンジは窓の外へ視線を向けた。必然的にアスカには背を向けることになる。

「もし、僕が死んだら、第三新東京市の見渡せる丘に埋めて欲しい。

ずっと、みんなが暮らしている街を見下ろせたら、きっと寂しくないだろうから・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・!!」

アスカが息をのむ気配を、シンジは感じる。

でも、視線を窓に固定したまま、更に言葉を続けた。

「僕が死んでも、悲しまないで欲しい。

僕が死んだら、忘れてくれたって構わない。

でも、ありがとう。

今まで僕に接してくれて。

君と一緒に暮らせて、本当に楽しかった・・・・・・」

薄闇が降りた景色の窓には、明るい室内の光景が反射している。

少女の金髪がうつむいているのがシンジには見て取れた。

全身が微かに震えている。もしかして泣いているのだろうか・・・・?

「アスカ・・・」

窓から視線をそらし、改めて少女を見やったシンジだったが、その瞬間、おもいっきり殴られた。











「あんた、もおちょうの手術で、いったいどこまで気分だし てんのよっ!?」













「・・・・・・手術は手術だよ。差別はよくない」

肩を怒らせる少女に対し、シンジは拗ねたようにそっぽをむく。

ついでに、思い出したように盛大に鼻をかんだ。

「ったく、風邪引いて全身麻酔使えないから手術が伸びてる間に、ここまでロクでもない妄想をするとは思わなかったわ・・・」

悪態をついて乱暴に椅子に腰を降ろしたアスカに対し、病人は反論する。

「そりゃ確かに風邪は引いたけど、入院したときのあのお医者さんの態度、信じられる!?

『ああ、こりゃ盲腸だね? いっちょきっとく? バッサリいっとく? いらないところだし、ケケケ』って。

そもそも身体にいらないとこなんかあるわけないでしょ!?

あーゆー人に限って、医療ミスなんてするんだ絶対・・・・」

シンジの発言も一理ないことはない。

ありていにいえばヤブにみえる担当医が、彼のダークな妄想に拍車をかけていた。

「それに・・・」

シンジは上目遣いでアスカを見て唇を湿らせる。頬が赤くなっているのは熱のせいだけではないだろう。

「それに?」

一方アスカの視線も雰囲気も剣呑そのもの。このバカ、またヘンな事いったら即座に論破してやる、とばかりに先を促した。

はたして、シンジはおずおずと口を開く。

「それに、その・・・。手術すると、あそこの毛を全部剃られちゃうんだよ?

恥ずかしくて、もうおムコにいけないよ〜!!」

「んなもん、あたしがいくらでももらってやるわよ!!」

「・・・・・え?」

「あ゛」






















END



























act9へ続く?


















三只さんから「Lady And Sky」の最新話をいただきました。

O・ヘンリの「最後の一葉」を思わせるでだしでしたが、中身は(違う意味で)ころがるようなLASですね(笑)

シンジはアスカの婿さんになることに決まってますね。やはり。

素晴らしいお話を投稿してくださった三只さんにぜひ、読み終えた後は感想メールをお願いします。

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