Lady And Sky

act5 真夏の夜の悪夢

作者:三只さん




















どこからか聞こえてくるお囃子。

星空に上がる大輪の花。

第三新東京市に夏祭りがやってきた。

由緒正しい歴史があるに相違ない神社は、様々な出店の群れで飾りたてられている。

今年は、すぐ隣でローカルプロレス団体の興行もあり、例年以上の人入りだ。

その人波の中、鈴原トウジがその二人を発見できたのは、偶然というより必然と言うべきかもしれない。

なにせ、二人の片割れは良く目立つ。

そもそも金髪碧眼と浴衣という組み合わせが珍しい。

しかも、それが良く似合う。

惣流アスカ・ラングレー。

まるで夜空に咲く大輪の花火のように煌びやかで美しい。

その背後に付き従うのは、言わずもがな碇シンジである。

こちらは、まるで真夜中のアサガオのように弱々しくうな垂れている。

「よう、お二人さん。デートかいな?」

人波を押し分けながら近づいたトウジはそう声をかけた。

アスカは剣呑な目つきでトウジを睨むと、りんご飴を頬張ったまま、びしいっ!! と親指で背後に付き従う少年を指差す。

そして、アスカが指差したのは、厳密にいえば彼自身ではなく、彼の白いポロシャツに縫い付けられている一片の布である。

その布には、つたない平仮名でこう書いてあった。

『ぉさぃふ□』

「・・・・・・・・・・」

トウジは無言でシンジの肩をポンポンと叩く。

「ほら、次はお好み焼きへいくわよ!!」

アスカにせっつかれて、シンジは渋々後に従う。

「達者でな□・・・・」

というトウジの声に送られて。

アスカの後を追いながらシンジは溜め息をつく。

どうしてこんなことになっちゃったんだろう?

このような事態になった理由は先日に起因する。

昨日、朝おきたら、夏休みの宿題が全部完了していた(現文と古典は除く)。

宿題を完了させた張本人は、にっこり笑ってシンジへ言った。

『明日の晩、お祭りがあるの。スポンサーになってね♪』

『・・・・・・・・・・・・・・』

確かに、夏休みも三分の一も消化して、いまだ宿題に手付かずの僕にも非はあるだろうけどさ・・・・。

それでなくても、お祭りに一緒にいかないか? って誘うつもりだったのに。

まあ、どっちにしても、僕の奢りになるのは確実なんだろうけど。

傍目にはデートに見えるかも知れないが、シンジの思い描いていたものとは大きな隔たりがあるのだった。

シンジの表情が複雑骨折しているのを知ってか知らずか、アスカは無邪気に祭りを楽しんでいる。

目につく夜店に片っ端から首を突っ込んでは、その都度代金をシンジに支払わせるのだ。

何軒目の店だったろうか。金魚すくいで全然すくえずアスカが憤慨していたが、シンジは内心でほっとしている。どうせ取れたら取れたで、自分が世話するはめになるのだから。

安心するのも束の間、アスカは次の店へ視線を走らせている。

パタパタと浴衣の裾を跳ね上げ、下駄をカランコロン鳴らしてシンジの傍らを通り過ぎざま、

「あんたも、もっと楽しみなさいよ□?」

などと、ありがたいお言葉をかけてくれる。

溜め息をつき、なお一層うな垂れて視線を落としたシンジの足元に、一枚のチラシがまとわりつく。

盛大に人に踏まれてきたからだろう、もはやそれはゴミに近い。

そして、そういうものを見つけると、いちいちゴミ箱に捨てたくなってしまうのが、悲しいシンジのサガだった。

ボロボロの紙片を拾い上げる。

四隅が破れてしまっているが、かろうじて文面は読み取れた。

「第1回バーニング・カップルコンテスト・・・・?」

どうやらこの祭りで催されるイベントらしい。

「なにそれ?」

カキ氷片手に戻ってきたアスカが、ひょいとシンジの手元を覗き込んだ。

「なになに・・・? 飛び入り参加大歓迎□・・・?」

アスカは思い切り馬鹿にしたような口調を作り、オーバーアクションで天を仰ぐ。

「このクソ暑い夜に暑ッ苦しいイベントね□。参加するやつの気がしれないわ」

シンジも苦笑して、

「でも、賞品がでるみたいだよ? ・・・あ、何が賞品にでるか、破けてて読めないや」

アスカはヒラヒラと手を振ると、またぞろ夜店を求めて人波に分け入ろうとした。

その時だ。

『・・・おい、知ってるか、例のコンテストの賞品?』

『ああ、確か、賞品は10万円・・・・・・』

人波から聞こえてきたその途切れそうな会話を拾えたのは、彼女の地獄耳ならではだろう。

アスカはやおらシンジの襟首を引っつかむと、ズカズカと歩き出した。

「ちょ!! ちょっとまってよ、いたいよアスカ・・・・・!」

シンジの抗議を完璧に無視してアスカが向かったのは神社の裏。

人目がないのを確認すると、アスカは首筋をさする少年へむかって宣言した。

「シンジ!! このバーニング・カップルコンテストに出場するわよ!!」

「えっ!?」

シンジは素っ頓狂な声をあげざるを得ない。まあ、アスカの行動パターンが朝令暮改もいいとこなのは重々承知してはいたけど・・・。

「賞品がでるのよ、賞品が!!」

なんだ、そういう理由か、と納得するシンジであるが、次の彼女の言葉に涙が出そうになる。

「優勝したら、あんたに5厘分くらい分け前あげるから、協力してよね!?」

「・・・ま、まあ、別に出るのは構わないけど・・・。君はいいの?」

どうにか態勢を整えて質問をかえすと、今度はアスカが目を丸くする。

シンジの言わんとすることを瞬時に理解したらしく、さすがにアスカは問い返してはこなかった。

そう。コンテストに出るにはカップルでなければならない。

そして、逆説的なことであるが、出場して衆目に晒された時点で、カップルとして公認されたことになる。

・・・・シンジにしてみれば、アスカとカップルと公認されるのは、そんなに嫌じゃない。

むしろ、嬉しいくらいだ。少なくとも、今の『ぉさぃふ□』などという立場より数倍マシだろう。

冗談はさておくにしても、シンジにとっては思いがけない機会といえた。

アスカの動機はさておいて、彼女の真意を知りうる機会を得たのだ。

だからといって幸運か、ともいえないだろう。

ここで、アスカがにべもなく『じゃあ、出るのは取り止め!!』などとあっさり言われてしまっては、あまりにも救いがない。

腕を組み考え込むアスカを上目使いで見つめながら、シンジの動悸は早くなる。

・・・・こんなに考え込むなんて、もしかして脈があるのかな・・・・?

アスカの顔が上げられた。

そして、彼女の口から飛び出した言葉は、シンジの予想していたものとは、いい意味でも悪い意味でも違った。

「ちょっと、ここで10分くらいまってなさいよ!?」

「はあ!?」

唖然とした声を出すシンジに、手に持っていたカキ氷、綿アメ、たこ焼きを押し付けて、アスカは駆け出している。ちなみに全部食べかけだ。

どうしよう? 食べちゃっていいのかな・・・?

しばらくシンジは、好きな子の縦笛を手に放課後の教室にたたずむ小学生の気分を堪能できた。

所在なさげに神社の石段に腰を降ろすことしばし、アスカが息をせき切らせながら戻ってくる。

そんな彼女の手に握られているものは。

「ほら、これを被ってでるのよ!!」

シンジに預けておいた戦利品の数々を盛大にゴミ箱に放り投げながらアスカは言った。

「これって・・・・マスク?」

アスカが持ってきたものは、プロレスラーがよくしている派手に装飾されたマスクだった。

「でも、効果あるのかな、これ?」

マスクの端っこをつまみながらシンジ。よくよく見れば、新品ではない。なんだか使い込まれているような・・・・。

「ようは、あたしたちだって『確実に』バレなきゃいいのよ。わかる?」

既に黒いマスクを装着し終えたアスカが胸を反らす。そのマスクから盛大に金髪が背中に滑り落ちているのを眺めてシンジは嘆息した。

どうしようと、アスカだってバレバレだと思うな・・・との感想を、賢明にも飲み込んで。

なんにしろ、シンジに拒否をする権利はない。もういちど嘆息すると、彼は、自分に渡された青いマスクを被り始めた。

なんだか、汗臭いなこのマスク・・・・。







丁度そのころ。

隣接するプロレス特設屋外会場で、ハプニングが発生していた。

メイン・イベントを務める団体エースの覆面レスラーが、試合開始時間になってもリングに現われなかったのだ。

更に、対戦相手の覆面レスラーもリングへやって来ない。

一時騒然となった会場で、若手レスラーたちが必死で先輩の行方を捜し求める。

ほどなく発見された二人のレスラーは、無残にもマスクを剥ぎ取られあげく、会場裏のゴミ捨て場の中に昏倒していた。

二人とも、「金髪の女の子が・・・」などとうめき声を洩らすだけで、即座に救急車で病院へ搬送された。

のちになって、自分の身に降りかかった不幸を把握した彼らであったが、どっちにしろ不名誉なことだったので、事件として表ざたになることはなかったのである。











『さーて、飛び入り参加はもういないかな□!? それじゃあそろそろスタートするぜっっ!!?』

暑苦しいコンテストには、暑苦しい司会者がよく似合う。

四十路がらみの脂ぎった司会者が、マイクを通り越してキンキン声を張り上げる。

設えられた会場の壇上には、もう十数組のカップルが立ち並んでいる。

「ちょぉおっとまった□っっ!!」

会場中に響く大音声。

観客の視線が交錯するなか、悠々と壇上へ歩み寄る二つの影があった。

一人は浴衣姿の少女だ。その背後に付き従うのは少年。

観客がどよめく。

二人が顔に被っているものが原因に他ならない。

『え□と? 君たちも出場するの? ペア名は?』

戸惑いながらも参加要綱を確認する司会者は、腐ってもプロである。

「そうよ、あたしたちは『マスク・ド・カップル』!! 優勝はいただきよっ!!」

高らかに宣言し、ポーズまで決めて見せるアスカ。

なんせ、口と目の部分しか開いていないマスク越しでも、彼女の容姿は十分察することのできるグレードだ。

このパフォーマンスに観客の喜ぶまいことか。

『はいはい、つまり仮面カップルね・・・と。以上でエントリーを締め切るよ! いいかな□!?』

司会者も、大会が盛り上がるなら否応もない。

沸き立つ会場の中で唯一げんなりとした表情をしているのはシンジだ。

仮面カップルって・・・仮面夫婦みたいでイヤだな・・・・。

どうでもい感想を呟いていると、気が付けばアスカに引っ張られて壇上に立っている始末。

『それでは、ルールを説明するよ□!!』

司会者が参加者たちの注目を集める。

『ルールは単純!! 男の子が女の子を抱き上げて、一番最後まで抱えていられたカップルが優勝だ!!』

大会名が表すとおり暑苦しい内容だ。さっそく参加者の中からもブーイングが出て、数組が辞退して壇上を去る。

もちろんその中にマスク・ド・カップルペアはいない。

しかし少なからず葛藤も存在したようである。

「・・・・・・あんた、ドサクサに紛れて変なところ触ったら、殺すわよ?」

葛藤にケリをつけたらしく、シンジにこっそり耳打ちをするアスカ。それは警告であると同時に明確な参加表明だった。

溜め息をつく間もない。緊張するシンジに、アスカはその肢体を預ける。

『用意はいいかい!? それでは、第一回バーニングカップル、略してバカップルコンテスト、レディー・・・・ゴッー!!』

「「「 略すなってーの!!」」」

異口同音に叫んだ参加者のうち、『彼氏』が『彼女』を抱えあげる。ただ一組を除いて。

開始直後だというのにはや三組が脱落する。

どうにも彼氏が貧弱すぎるカップルばかりだ。

シンジはアスカをお姫さま抱っこした格好で、周囲に視線を投げかける余裕がまだある。

ざっと、敵になりそうなカップルを確認する。

そうこうしている間にも、二組が脱落した。

肩を落として退場するカップルを眺めてアスカが呑気な感想を口にする。

「ふん、最近の連中は軟弱ね□」

憮然とした表情でシンジは腕の中を見下ろす。

正直、長時間もつ自信はない。

身長と体型に反してアスカの体重は軽いほうだと思うけど、情けないことに自分の腕力がついてこない。

それでも、隣のカップルの彼氏の腕が小刻みに痙攣しているのを見て取って、シンジは内心で安堵の息をつく。

後ろ斜めのカップルも、彼氏は平静を装っているが、額を流れ落ちる汗の量が尋常ではない。

他のカップルも続々と脱落していく。

これは・・・ひょっとしたらひょっとするかも?

優勝の二文字に興奮を覚えるシンジの耳元へ、アスカが甘やかにささやいた。

「・・・あんた、結構腕力あるのね。ちょっとだけ見直しちゃった♪」

夢でも妄想でもない。さらに奮い立つシンジであったが、その視線が壇上の隅に注がれると、甘美な現実感が全て吹き飛んだ。

壇上の一番端の、他のカップルに遮られて見えなかった一組。

「アスカ・・・あの、ごめん。先に謝っておくよ・・・」

「・・・え?」

どういうわけかうっとりとした声をあげたアスカであったが、シンジに顎でしゃくられた先へと視線をあわせ、表情を一変させた。

その一組、そのカップルは、有り体にいえば凸凹コンビというか、なんというか。

華奢で、小学生とでも見まごうべき女の子に、こちらは筋骨隆々の岩のような体躯をした男の子とゆーか、どうみてもおっさんだ。

鼻息も荒くアスカは司会者へと牙を剥いた。

「ちょっと、あんなカップルアリ!? 親子じゃないの、反則じゃないの!?」

『いえいえ、ちゃんとカップル登録されてますよ? 美女と野獣ペアで』

「・・・・・・・・・・・・・・」

アスカの抗議もむなしく、コンテストは続く。

そして気が付けば、マスク・ド・カップルペアと美女と野獣ペアの一騎打ちになっていた。

余裕シャクシャクの野獣に対し、シンジの腕は小刻みに震え始めていた。

「シンジ、もう少しよ、しっかりしなさい!!」

無責任な激励を続けるアスカであるが、シンジの限界が迫りつつあるのは手にとるように判る。

やおら司会者を振り仰ぐと、アスカは訪ねた。

「・・・・どうなったら失格になるんだっけ?」

『え? そりゃあ、男の子が支えきれなくなって女の子を地面に落としたら・・・・』

「つまり、あたしが地面に落ちなきゃいいわけね?」

確認するがはやいが、アスカはシンジの肩に廻した腕に力をこめる。

そして、シンジの大して広くない肩へしがみつき登りはじめた。

「アスカ、なにする気だよっ・・・!?」

脂汗を浮かべるシンジの鼻先を通過しながらアスカはその肩にのしかかる。

「持てないなら、乗ってるしかないでしょ!!」

明確に断言しておいて、アスカの動きは急遽止まった。

「? どうしたの?」

登りかけという中途半端な状態で硬直したアスカにシンジは問い掛ける。登るなら早く肩まで登ってもらったほうが楽だ。

アスカはゆっくりとシンジの耳元へ唇を近づけると、頬を赤らめる彼に対して小声で、

「・・・・・ブラがずれた・・・」

たちまち瞬間沸騰、更に頬を赤らめるシンジの頭をアスカが思わずぶん殴る。

これで観客には二人が仲良くたわむれているように映るわけだから、シンジもつくづく救われない。

「いい? 意識しない、感じない、気にしない。OK?」

「お・・・おーけー・・・・」

なんとかシンジは言葉を搾り出す。

しかし、意識するなと言われれば意識してしまうのが世の常。

束の間辛さを忘れ、息を潜めて動向を見守るシンジの上をそろそろと再度移動を始めるアスカ。

少年の右肩に自分の腰を乗せる。さすがにそれでは彼が苦しそうなので、上体を左肩のほうへ曲げて重さを分担しようとしたとき、アスカの手が滑った。

必然的に、アスカの上半身はシンジの頭に覆い被さる格好になる。

ぽふっ

・・・・え、えーと、この頭にあたる、えもいわれぬ柔らかい弾力は・・・・?

ぼこっ!!

「・・・つっ!! 痛いな!! 何するんだよ、アスカ!?」

「うるさいっ!! スケベ!! 意識するなっていったでしょ!!」

「別に意識なんかしてないよ!! そもそもなんで判るんだよ!?」

「女の感よ!! 第六感よ!! シックスセンスよ!!」

「・・・それって全部同じだろっ!?」

熾烈でセコい舌戦の応酬は、やはり小声で行われている。

しかし、その光景は恐ろしいことにアツアツカップルが耳元で囁き交わしているように見えるのである。

真実を知らない観客には、アスカの鉄拳すら女の子のテレ隠しのように映るのだった。

まったくもって、つくづくシンジは(以下略)。

更に制裁を加えようとしたアスカはまたもや重心を崩した。

今度は下半身が宙を泳ぎ、バランスをとるために跳ね上げられた長い足の爪先から、赤い鼻緒の下駄が転げ落ちる。

更に、浴衣の裾が割れて、アスカの白い脛が剥き出しなった。裾の捲れはそれだけにとどまらず、彼女の白い太ももまであらわにしようと迫る―――。

寸前、シンジの右手が裾をたくし上げた。

正直すぎる観客たちからはブーイングが上がるが、アスカにとっては拍手喝采ウルトラCものだ。

「・・ありがと、シンジ。助かったわ」

先ほどの怒りを引っ込め謝意を表すアスカに、シンジは一言もない。

咄嗟の行動の代償は、無理な体勢に更に拍車をかけた。

もはやシンジには一片の余力もない。アスカの身体を支えることも出来ず、歯を食いしばってその両肩に乗せるのみ。

よって、次にバランスを崩したアスカは自力でなんとかするしかなかった。

シンジの右腕に両足を絡め、左腕を上半身で包むように抱きしめる。

おまけに、落ちないように背中を反らして突っ張った。

アスカは必死のあまり気づいてないが、結果としてそれは「飛びつき逆十字固め」という立派な決め技だった。

「・・・・・・・・・・・・・!!」

悶絶するシンジであるが、アスカも必死だ。

ブラがかなりずれてしまって、ダイレクトにシンジの腕についているのも構わず、落ちてはたまるかとしがみ付く手に力をこめる。

更にシンジは悶絶する。

全身から脂汗を盛大にしたたらせながら、悲鳴をあげることもできない。

ギシギシと骨がきしむ音が聞こえてきそうな技のきまり具合に、観客も思わず息を飲む。

異様な緊迫感が、本来脳天気なはずのコンテストを支配した。

いったい、どのような結末が訪れるのか!?

「・・・・あの、うちら棄権しますわ」

仮面カップルの鬼気迫る表情に、なによりシンジの苦悶する表情に気圧されたのか気の毒に思ったのか、それとも会場の雰囲気に耐えきれなくなったのか。

なんと美女と野獣ペアが辞退を表明したのである。

『おおっ!? 美女と野獣ペア、まさかの棄権だ□っ!! よって、第一回バーニングカップルコンテスト優勝者は、マスク・ド・カップルペアだ□!!』

意味不明の歓声があがり、熱い盛大な拍手が鳴り響く。

司会者のコールとほぼ同時にアスカは地面に滑り落ちていた。

ああ、勝ったのね、しんど・・・・。とシンジを振り仰げば、彼はピクリともしない。

「・・・・シンジ?」

アスカは目の前で手をヒラヒラ振って見せるが、やはり反応はない。彼はなんと立ったまま気絶していたのである。

碇シンジ17歳。見事な任客(おとこ)立ちであった。

・・・あたしのためにそこまで頑張ってくれたのね、ああシンジ、シンジぃ!!

青い瞳から留め止めもなく涙がこぼれた。

『あの□、表彰式したいんだけど、いいかな?』

との司会者の声に、アスカは感動の涙を5万メートル先へ投げ捨て、観客の方へと向き直る。

その表情は輝かんばかりの笑顔だ。

『はい、じゃあ、まず優勝のトロフィーね』

司会者から手渡されたそれを、アスカは表面上恭しく頂戴した。

むろん、彼女はこんなトロフィーに興味はカケラもない。

本命はあくまで副賞である。

『じゃあ、次は、副賞だ!!』

アスカは両手を出して待ち受けるが、予想に反して熨斗袋が手渡されることはなかった。

替わりに、会場の後ろに待機していたらしい軽トラックが壇上の前にすべり出てきて・・・・・・。

アスカの目が点になった。




















その夜、仕事から帰宅した葛城ミサトは、出迎えた被保護者の少年の姿に酷く驚くことになる。

「・・・シンジくん、どうしたのそれ・・・?」

「いえ、別に、は、は、ははは・・・・」

力なく笑うシンジの格好はというと、首にはコルセット、オマケに左腕は三角巾で吊っている。

どう見ても尋常じゃない。

「さては・・・アスカの仕業ね? そうなんでしょう?」

シンジの言葉に耳を貸さず断言しておいて、ミサトは靴を脱いだ。

さすがにこの怪我は看過しえない事態である。

きつくお灸の一つでも据えてやらなければならない。

そう覚悟を決めてリビングへ足を踏み入れたミサトだったが、室内に展開された光景に唖然とする。

ベランダにうずたかく積まれ、なお収まりきらずリビングのあたり一面に転がっている、スイカ、スイカ、スイカ、スイカ・・・・・・。

その中心のテーブルで、半分に切られたスイカに顔を突っ込んで、中の汁をじゅるじゅる吸っていた少女の顔を上げられる。

「・・・お帰り、ミサト。スイカ、いらない? 一個千円にまけてあげるからさ」

抑揚のない不機嫌極まりない声と、その目つきの剣呑なことよ。

「う・・・、べ、別にいらない・・・」

思わずミサトもひるんでしまう。

・・・・バーニングカップルコンテストの副賞。

10万円相当のスイカ。

ブツブツ口の中で呟きながら、スイカをスプーンで切り刻む被保護者の少女を、気味の悪いものでも見るかのように眺めるミサト。

傍らに来た少年に説明を求めるが、シンジも曖昧な表情を浮かべるだけである。

おそらく、触らぬ神にタタリなし、といったところなのだろう。

「お□い、みんないるか□?」

聞きなれた声が、不自然極まりない均衡を崩した。

「あ、加持さんかな?」

シンジが出迎える間もあらば、勝手知ったるなんとやらでずけずけと葛城邸に上がりこんできた加持リョウジがリビングへと顔を出した。

「お、みんなそろっているな。これ、今しがた俺の畑で採れたスイカだ、甘くてうまいぞ□・・・って、あれ?」

加持にはなんら罪はない。ただ、タイミングが最悪だった。それだけだ。

その時、リビングへいたシンジ、ミサト、加持の三人は、確かに何か太いものが切れた音を聞いた。

「・・・・・・・・・・いやああああああああああああああああああっっ!!!

アスカが叫ぶ。

そして、手近にあったスイカを掴むと思いっきり放り投げた。

その大ぶりなスイカは、狙いたがわず加持の顎先へクリーンヒット。一撃で昏倒させる。

アスカの狂乱は止まらない。

次に投げられたスイカは、ベランダの窓ガラスを粉砕する。

「ちょっと、やめなさい、アスカ!!」

「アスカ、ダメだよ、落ち着いてよ!!」

ミサトとシンジを必死で止めようとするが、今度のスイカはリビングの蛍光灯を完全破壊した。

暗闇の落ちたリビングは、もはや容易に収拾がつきそうもない。

制止の声と悲鳴とスイカが飛び交う中、アスカの絶叫が響き渡る。

「もう、夏もスイカもダイッキライよぉっ!!!!!!

















後日談。

ネルフから帰ってきた絢波レイは、自宅のドアの前に高々と積まれたスイカの山と一緒にあった『親愛なるファーストへ』というメッセージカードに首を捻ることになる。



















act6へ続く?
























三只さんから『Lady And Sky』のAct5をいただきました。

仮面カップルですか。仮面同棲とか仮面夫婦とかいうのは聞いたことがあるような気がしますが。

シンジもよくこれだけひどい扱いで、他の女を捜そうとしないものですね。愛の力でしょうか。

オチも面白かったです。普通の家庭では食べきれないと思いますが、十万円分のスイカ・・・。

なかなか素敵なお話でした。みなさまもぜひ読後の感想メールをお願いします。