ジャージズボンに割烹着。

頭には三角巾、口にはマスク。

手にゴム手袋を装着し、惣流アスカ・ラングレーは息まいた。





























Lady And Sky


Act4: 特殊関係理論 後編

作者:三只さん
























仕事明けのミサトが寝入ったのを確認すると、アスカは行動を開始した。

行動目的は以下の三つである。






1 掃除

2 炊事

3 洗濯





ミサトが起きてきたら、驚くくらいにしてやるもんねー!!

気合を入れてさっそく掃除を開始する。

まずは、自分の部屋だ。

適度に整頓され、適度に散らかってる室内を見回す。

まあ、こんなもんか。それに、他の誰の目に触れるでもないし。

・・・・よし、あたしの部屋は終了!!

次は・・・。

そこでアスカの顔がニヤリと歪む。

足音を忍ばせて向かったのは、なんとシンジの部屋だった。

「さーて、綺麗綺麗に掃除しましょうね〜?」

お尻に、先の尖った尻尾が生えていないのが不思議なほどの邪悪な笑み。

これは掃除にかこつけたはらいせである。

アスカは嬉々としてシンジの部屋に乗り込むと、掃除と称した探索を開始した。

・・・たいてい、隠し場所ってベッドの下よねー?

にゃははと笑みを浮かべつつ、シンジのベッドの下へ手を伸ばす。

腕を振り回す。

でも、指先には何も触れない。

床に頬っぺたをつけ、覗き込む。

綺麗なものだ。掃除が行き届いてる。

「あれ〜? じゃ、別のとこかな?」

次に彼女が探したのは勉強机の引出しだ。

これまた嫌味なまでに整理整頓行き届いた引き出しの中に、半ば辟易する。

ノートや小物の類をひっくり返しながらアスカはごちる。

「なーんもないわね。まったく・・・あいつホモかしら?」

期待したもの(?)がでてこなかったにしても、とんでもない言い草である。

急にボルテージの下がった探索だが、一番下の引きだしの底の、大きなアルバムを引っくり返して、アスカの両眼が輝いた。

一枚の、大事そうに伏せられた写真。

妖しい。

すこぶる妖しい。

どんなとんでもない画像が焼き付けてあるのだろうか。

アスカの両眼が爛々と光り、たおやかな繊手が写真をひっくり返す。

・・・・・・・・・・・・・・・・!!!

それは、自分が映っている写真だった。

傍らのシンジにヘッドロックをかけながら笑っている自分。

・・・こんな屈託なく笑っているなんて・・・。

自身でも見惚れてしまうくらい、いい笑顔の写真だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

アスカはソワソワし始める。

なんか急にばつが悪くなったのだ。

気恥ずかしい。

正直、照れる。

これを、シンジが大事に持ってるなんて・・・・・。

慌てて写真をもとに戻す。

更に、注意深く、弄くった全てをもとに戻した。

それだけでもまだ不安だ。

あたしがここに立ち入った形跡を抹消しなくては!!

わけの判らない焦燥感に駆られ、アスカは猛然とシンジの室内を這いずり回った。

まず、指紋を全て拭き取る。

床にはテープローラーを念入りに転がす。自分の髪の毛を一本たりとも残してはならない。

結果、シンジの居室は更に綺麗になった。

まあ、これで大丈夫よね。

なぜか高鳴る胸を押さえつつ、アスカは廊下に出た。

キッチンとリビングも掃除するはずだったが、なにか勢いが削がれてしまった。

先にお風呂場の掃除しよっと・・・。

なんでそんな気になったかといえば、昨晩風呂に入っていなかったからだ。

それに、ひとっ風呂浴びれば、気分が落ち着くかも。

よろよろと風呂場にいき、のろのろと掃除を始める。

とりあえず、浴室中を泡だらけにしてみた。

さて、シャワーで流す前に、まず手でも洗いましょ。

と、水道のコックを捻ったとき。

頭上のシャワーから大量の水が降って来た。

「・・・・・・・・・・・・・・!!」

慌てて水を止めるが、もう襲い。

一匹の綺麗な濡れ鼠が出来上がってしまっていた。

先ほどミサトが使ったとき、カランではなくシャワーに設定されていたのだ。

これは文句をいっても仕方ない。完全に自分の不注意である。

「・・・サイテー」

風呂掃除の途中でこの有様。

しばし思案して、彼女は勢いよく着ていたものを脱衣所に放り出す。

このまま、温かいシャワーを浴びつつ、浴室の泡も流してしまおう、というわけである。

合理的であるが、アスカ的には不本意だ。

熱いお湯をたっぷりと満たした浴槽に浸かりたかったのに。

とやかくいっても仕方ない。

濡れ鼠のままじゃ風邪を引いてしまう。

それでも一日ぶりのシャワーは気持ちが良い。

思ったより長く浴びてしまったようだ。

洗い髪を拭きながらリビングへ行くと、とんでもない気だるさが襲ってきた。

昨日もあんまり寝ていない上に、食事も摂っていないのだから当たり前である。

ぼふん、とクッションの上に身を投げ出した。

むー、と唸ってみる。

どうも力が入らない。

しばらくその体勢でいると、ますますぼーっとしてきた。

憔悴ゆえのまどろみにアスカは落ちていった。



















お昼も、シンジ手製のカルボナーラだった。

「いやあ、美味いなこりゃ!!」

叫ぶようにフォークでパスタをかっこんでいるのは、ケンスケでなく鈴原トウジである。

「・・・なんで、おまえが来てるんだよ?」

ケンスケが自分の分の皿をツツキながらボヤく。

現在、相田邸のキッチンに集まっているのは三悪人―――もとい、三馬鹿トリオの面々である。

朝帰りしたはずのトウジが、昼前に再襲撃をかけて来て、またぞろ居座っているのだ。

「まあまあ、えーやないか。飯はみんなで食ったほうが美味いしのう」

トウジが勝手な言い草を吐けば、

「たくさん作りすぎたからね。トウジが来てくれて、丁度よかったよ」

とシンジも屈託ない。

ケンスケは文句をいう気力もなくなって、アイスティーを一口飲む。これもシンジの手製で、ミントの葉まで浮かべられてる手の凝りようだ。

「いやあ、ごっそさん。最高だわな、こりゃ!!」

満足そうに椅子にふんぞりがえるジャージ姿だったが、やおら、その威勢は霧散し、しゅんとなる。

「? どうしたの、トウジ?」

「・・・いやな、わいの妹がな」

ぽつりぽつりと語り出す。

妹が最近冷たいこと。

邪険に扱われ、すぐ文句を言われること。

なにかにつけて怒られること・・・・。

「あない可愛がってやたのにのう・・・」

歳の離れた妹であり、半分以上父親代わりに接してきたつもりだ。事実、父親は不在のことが多かった。

なのに、このように接せられては悲しすぎる。空しい。

ケンスケもシンジも弟妹のいない身でありながら、トウジのあまりに朴訥な口調に共感すら覚えた。

「しょうがないことなんじゃないかな・・・。女の子にはそういう時期があるっていうし・・・」

シンジがアイスティーのお代りを注ぎながら慰める。

「いい加減、互いに兄離れ、妹離れしろってことじゃないかな?」

ことさら、嫌味な口調にならぬよう気を配ってケンスケは言う。

「ううう・・・、ありがとな、二人とも」

むせび泣くトウジの背中をぽんぽんとシンジが叩いてやる。

その光景を見ながら、ふとケンスケが疑問をもったのは、トウジとの付き合いの長さの証左だろうか。

「なあ、トウジ。おまえ、妹さんに何かしたのか? なーんもしなくて怒られたり避けられたりしてるわけじゃないだろう?」

単刀直入に、確認というか、尋ねてみる。

ずみぶうっ!! と鼻をかみながらトウジは目線を上げる。

「いんや? 普通どおりやで?」

「だったら、普段、家でどういうことしてるんだよ?」

「んー、せいぜい、パンツ一丁でゴロゴロしてるくらいやで?」

「・・・・・・・」

ケンスケのジト目に耐えかねて、トウジは慌てて付け加える。

「特にあいつの気に障ることはしてへんて!! なんせ、一切家事にも手ぇださへんし・・・」

「まじかよ?」

「だって、わいが飯こさえたりすると、不味いとかなんとかいうんやもん。掃除も下手くそいわれるから任せっぱなしやし・・」

「・・・・それが原因だ」

ケンスケは断言した。

不味いや下手といわれて、努力向上させないのは怠慢であり、場合によっては怒る人もいるだろう。

トウジの妹は、最初は焚きつけて兄にやる気をださせるつもりだったに違いない。

ところが、兄は兄で、本格的に何もしなくなってしまった。

怒るのはもっともかも知れない。

しかし。

どうにも、そこまで嫌われるのには、何かが欠けているような気がする。

「あとは? 他になにかしてないのか?」

いつのまにか詰問口調のケンスケ。

トウジもさすがに不快になってくる。

「あとは、あらへん!! そもそも、わしほど礼儀正しい兄もおらへんて。遊びくる妹の友達にもちゃんと挨拶するし・・・」

ケンスケは、眼鏡を右手で覆い、思わず天を仰ぐ。

「・・・あのな、念のために聞くけど、どんな格好で妹さんの友達とやらに挨拶したんだ?」

「んなもん、いつもの格好や!! パンツ一丁、男汁溢れる逞しい身体や!!」

得意げに断言するトウジの鼻先に、ケンスケの指が突きつけられる。

「そんなことばかりしてたら、確実に嫌われる!! 俺が保証する!!」

「・・・んな、友達に挨拶したとき、あいつも軽く笑って、怒ってはおらへんかったで?」

「おまえアホか? 妹さんも友達の手前、怒鳴りつけられるわけないだろうがっ!!」

「ん〜、そりゃ、やっぱり、トウジが悪いよ」

シンジも追従する。

なんのことはない。

トウジがよりオヤジ的な行動をしていただけの話である。

年頃の娘に避けられるのは当然だろう。

「たく、真面目に聞いて損したぜ・・・」

「うう・・・・わいが悪かったのか?」

一方、苦笑を禁じえないシンジである。

トウジの態度が、とある人物を想起させたからだ。その人は女の子で、行動自体は大分違うけれども。

「なあ、どうしたらええと思う? なあ?」

狼狽しきりのトウジにケンスケは冷たい。

「いままで、さんざんしてきたんだろう? もう修復不能じゃないの?」

その言葉がなぜかシンジの心の表面をざらつかせた。

「・・・じゃあさ、一つ、ケーキでも焼いて、プレゼントしてみる?」

おずおずと提案すると、トウジが飛びついてくる。

「おお、センセ〜!! それや!! それしかあらへん、ありがとなあ〜」

涙を流さんばかりの形相である。

「ケンスケも、いいかな?」

「ああ、キッチンは好きに使ってくれ・・・」

疲れたような表情で、ケンスケは快諾した。
















夕方、出勤の準備を整えてミサトは自室を出る。

廊下はいうに及ばず、室内も暗い。

キッチンへ行ってみる。

自分の飲んだビールの空き缶に、アスカの作った料理の残骸はそのままだ。

シンジが帰ってきてないのは明々白々である。

リビングへ行き、彼女は溜め息をつく。

電灯をつけながら、クッションに埋もれるように寝ている少女に声をかけた。

「ほら、アスカ・・・・。起きなさい」

「ん・・・? ん・・・ふぅ・・・・」

もぞもぞと目を擦りながらアスカは上体を起こす。

「・・・シンジは?」

寝ぼけ眼の被保護者の声に、ミサトは苦笑を禁じえない。

まったく、ケンカするほど仲はいい、っていうけど・・・。

「まだ、シンジくんは帰ってきてないわ」

言った途端、アスカの表情が引き締まる。

続いて、不機嫌で無愛想な表情になった。

きっと、ケンカをしていたことを思い出したのだろう。

その変化はそれは面白いものだったが、ミサトは必死で笑いをかみ殺し、神妙な顔を作る。

「ねえ、アスカ、そろそろいい加減にしたら?」

反論しようとしたアスカであったが、見下ろしてくるミサトの真摯な表情に気圧され、口を噤み、顔を伏せた。

「別に、責めるわけじゃないわ。シンジくんに謝れ、なんてもいわない」

「・・・・・・・」

「でもね、長く続けても、つまらないわよ?」

「・・・・・わかってるわよ」

「シンジくんの居場所は、相田くんの家か鈴原くんの家でしょ? 車で乗せて行ってあげる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それでも、顔を伏せたままのアスカ。

だけど、次のミサトの言葉は、いささか彼女の心を慰め、かつ、そっと背中を押してくれる力をもっていた。

「いい女は、意地の張りどころを心得てるものよ」

























午後からの時間をいっぱいに使って、相田家キッチンでは、碇シンジ先生の料理教室が開かれた。

もっとも、生徒はたった一人である。おまけに、お世辞にもこの生徒は優秀とはいえなかった。

不器用というわけでもないけど、やる気が空回りしていのだ。

三杯でいいというのに五杯も砂糖をぶち込み、軽く混ぜるだけの卵を豪快にかき混ぜる。

野外料理をするなら適当な技術かもしれないが、お菓子類の繊細さとは相性が悪すぎる。

というわけで、チーズケーキを焼くのに、実に五時間近くかかってしまった。

シンジ一人なら二時間もかからないのだが、こればかりは仕方ない。トウジ個人が作らなければ意味がないのだから。

失敗に失敗を重ねて、どうにか満足したころには、日はとっぷり暮れたあと。

同時進行で夕食の準備を終わらせたシンジは、さすがというかなんというか。

「全く、助かったわ。・・・これ渡せば、あいつも機嫌なおるかのう?」

焼き上がったケーキの納まった箱を大事そうに抱えるトウジ。

「それは、これからの努力次第だね、真面目な話・・・」

ケンスケは失敗作の残骸を食べながら言う。失敗してもちゃんと食べられるものができるあたり、シンジの指導の賜物だろう。

「さて、シンジは今日も泊まっていくか?」

急に話題を振られ、シンジは鍋をかき回していたお玉を落としそうになる。

「う、うん・・・」

その様子を面白そうに眺めるケンスケ。

「別に、明日も休みだから、俺は全然構わないけど」

「そうか、そういや、シンジも惣流のやつとケンカしてたんだったわ」

いまさらながら、トウジは腕を組んでうんうんと肯いた。

シンジ自身、それを忘れていたわけではない。

だが、どうにも気分が落ち着かないのは、どういうわけだろう?

「・・・・そろそろ、帰りたくなったか?」

ケンスケが見透かすようにいう。

シンジは首を振った。

「いや、今回は、僕から折れることはないよ。アスカが泣いて戻ってくれ、っていうならともかく」

あくまで強気の発言に、トウジが首を捻る。

「惣流に限って、そんなことはありえないんとちゃうかー?」

ケンスケも無言で賛同の意を示した。

「いや、絶対に、譲れない」

再度シンジが意志表明をした時。

相田家の玄関のチャイムが鳴った。

「誰だろう?」

ケンスケが椅子から立ち上がる。こんな時間には新聞の集金くらいしか思いつかない。

「まあ、たまにはガツーンと痛い目見せてやらなきゃのう・・・」

トウジが自分を棚に上げてシンジを励ましていると。

珍妙な顔したケンスケが戻ってきて、シンジを手招きした。

「どうしたの?」

「いいから・・・・」

特に深く考えずついていく。

すると、玄関先の暗がりに、見知った少女が立っていた。

「・・・・アスカ?」

素直に驚いた。

まさか、本当に謝りに来たのだろうか?

「・・・・・・」

声をかけるにかけれないシンジに、この後に及んでまで上目遣いで不機嫌そうなアスカ。

しばし、無言で立ち尽くす二人。

ケンスケは、自分がいないほうがいいのではないか? と思案したが、どうにも動けない。

気まずい沈黙のなか、ようやく俯き加減のアスカが口を開こうとした。

そのとき、玄関に、なんとトウジまでもが顔を出す。

「ありゃ?」

「おまえ、最悪・・・・」

ケンスケが小声で罵る。 

相田家の狭い玄関に、三馬鹿トリオが雁首並べたことになる。

アスカはその光景に、あからさまな舌打ちを一つ見せ、悪態をつく。

「なによ、鈴原までいるの・・・?」

「そりゃ悪かったのう!!!」

怒声を上げるトウジを無視し、アスカはシンジの腕を掴む。

「ちょ、ちょっと!!」

「いいから、こっち来なさい!!」

玄関から連れ出され、暗がりに二人でしけこむこと数分、シンジだけが戻ってきた。

そのままケンスケとトウジを無視するように家の奥へと戻っていく。

わけもわからず慌てて後を追う友人二人。

ようやくリビングで追いつき、声をかけた。

「どうした、シンジ? 何いわれたんだ?」

シンジはしゃがみこんだまま答える。

「うん。『あんたがどうしてもっていうなら、帰ってきてもいい』だってさ」

「なんやそれ? 相変わらず横柄なやっちゃのう!!」

「それで? どうするんだ?」

尋ねるケンスケであったが、せっせと荷物をまとめているシンジを見れば、回答は明白だ。

「シンジ、さっき自分から折れないってゆーたろ? ここは突っぱねどころやないのか?」

対してシンジはクスリと笑う。

「・・・あれが、アスカの精一杯の譲歩なんだよ。だから、僕は帰るのさ」

なお何か言おうとしたトウジの肩をケンスケが押さえた。黙って首を振って見せる。

きっかり五分後、アスカに腕を引かれたシンジの姿が相田邸の前から遠ざかりつつあった。

律儀に家の前まで見送りにでた二人の姿もある。

その後姿を見送ったあと、ケンスケがぽつりと洩らす。

「・・・逆、だよなあ・・・」

「あ?」

「いやね、あいつらの関係がさ」

「どういうこっちゃい?」

トウジが、なお釈然としない表情で傍らの友人を見た。

「普通、このシチュエーションの場合、男が女を迎えに来るのがスジじゃないかなーと思ってね」

「はん!! そんなもん!!」

鼻くそを指で弾いてトウジは断言する。

「あいつらは異常なんやろ、たぶん」

「おまえが言うか・・・? まあ、特殊ではあるね。それも、とびっきりの・・・」

星空を見上げて、ケンスケはそう結論づけた。























アスカに腕を引かれるまま歩かされたシンジであったが、その腕を掴んでる張本人が立ち止まったため、自分も立ち止まる。

「・・・おかしいわね?」

とある路地の前で金髪の少女は首を捻る。

シンジが黙って成り行きを見守っていると、アスカは携帯を取り出して操作した。

話相手はミサトらしい。静かな住宅街の路地なので、会話の内容がこちらにも響いてくる。

「ちょっと、ミサト!! どうして待っててくれないワケ!?」

『あら? その様子なら、シンジくんと仲直りしたのね? 結構結構♪』

「・・・・うるさいわね!! ともかく、早く迎えにきてよっ!」

『んなこといわれても、あたしも今から仕事なのよねー』

「はあ?」

『大体、歩いて帰れる距離でしょ? 嫌なら、タクシーでもひろって帰りなさい』

「ちょ、ちょっと・・・!」

『もう、ケンカしちゃダメよ〜。じゃーね〜』

「ミサト!! 待ちなさいってば、ミサト!!」

・・・・たっぷり一分間、自分の携帯と見つめあってから、アスカは顔を上げた。

「・・・あんた、お金もってる?」

ごそごそと財布を開けるシンジ。残金は殆んど無かった。相田家での朝食やなにやらに使ってしまったのだ。

「ごめん、ないや」

アスカの両眼がキッと見開かれる。

ニ、三回、口をモゴモゴさせて、なにかを飲み込む素振りを見せたのは、怒鳴りそうになったのをどうにか押しとどめたからだろう。

「とりあえず、歩くわよ!!」

それでも命令口調で告げて、シンジに背を向けて歩き出す。

黙ってスポーツバックをぶら下げたままシンジは続く。

コンフォートマンションまで30分弱くらいだ。たしかに歩けない距離ではない。

ところが、100メートルも進まないうちに、アスカの足が止まった。そして、あろうことか、彼女はその場に尻餅をつく。

「どうしたの、アスカ?」

シンジに問われるまでもない。

アスカ自身、体調の変化に驚いている。

足に、いや全身に力が入らないのだ。

なんとか立ち上がろうとするのだが、膝が砕けてしまう。

「あれ? あれ? おかしいな・・・」

焦りゆえに、なぜか笑えてくるような感覚に襲われる。

心配そうに覗き込んでくるシンジに、どういうわけか頬が赤く染まるのがわかった。

しょうがない、着払いでもいいからタクシーでも捕まえてきて――――といいかけた彼女の目前に、なぜか少年の背中があった。

「ほら、負ぶさって」

「・・・・・・・」

「どうせ、夕べから何も食べてないうえに、あまり眠っていないんでしょ?」

「・・・・うるさい!! わかってるなら、いうんじゃないわよ!!」

それでも、彼女は、赤い頬を見られないよう顔を伏せ、少年の背中にその身を預けた。

シンジの背中越しに軽い振動が伝わってくる。

笑っているのだろう。ますます頬が赤くなる。腹が立つ。

これというのも、みんなあんたが悪いんだからね!!

そこまで考えて、アスカは頭を振った。

それがいけないのだ。とりあえず文化的な生活を送るために、シンジとケンカをするのはもうご免だった。

無言でシンジの背中に揺られ、家路を行く。

夜の匂いとともに、微かに汗の匂いがする。

よくよく見れば、シンジの首にはスポーツバックが引っ掛けられてる。その上で、自分を背負って歩いているのだ。

決して楽ではないだろう。

これくらい、当然よ・・・・。

またぞろ、そんなことを考えたアスカであったが。

どうにも、その気分はいいものではなかった。

先日からの疲労もある。

後悔もあるし、悲しい気持ちもあった。

シンジの居室で勝手に見つけた写真に絡む、後ろめたさもある。

それでいて、彼の背中に揺られてる今、例えようのない安堵感に、微かな幸福感もある。

それらもろもろの総和がなせるわざだろう。

アスカの鋼鉄のプライドが、寛容という名の泉の中にすっぽりと潜航したのである。

普段押さえつけられている彼女の本心が露出する。たとえ、ほんの一瞬だとしても。

シンジの耳元に唇を近づけ、ささやく。か細い、小さな声で。

















「ごめんね」











「え? なんかいった?」











「・・・・・・・夕飯は、ハンバーグがいいっていったのよ、このヴァカ!!」













「わかった、飛び切り大きなハンバーグを作ろうね」











笑いながらこう返されては、さすがに怒る気も失せてしまう。

先ほどのしおらしい表情も一変、仏頂面になったアスカであったが、そこではたと気づく。

そもそもの今回のケンカの発端を思い出したのだ。

奇しくも、口論の始まりになった最初の原因。

たしか、和風ハンバーグに刻んだシソの葉を入れるかどうかで口論になって・・・・。

・・・・馬鹿馬鹿しい。

即座にその記憶を忘れることにした。

そっとシンジの背中に頬を乗せる。

もう、余計なことは考えないことにしよっと。

マンションに着くまで、彼女は夢も見ずに眠った。














END Act5へ続く?
































*このシリーズをより楽しみたい。もしくは釈然としない、という方は反転してみてください。




えーと、このシリーズは一応EOEの後の話となってます。

西暦は2017年。

サードインパクトにより地軸は戻り、命の海から殆んどの人類が蘇った世界。

再度復興された世界。

シンジとアスカは、二人とも、とにかくポジティブに、前向きに生きることを選択しています。

ただ、それだけです。

それを踏まえたうえのハートフルコメディを目指しています。

なお、シリーズはAct順と時系列は準じていません。

2017年以降というだけが確かです。



三只さんより『Lady And Sky』第4話いただきましたのです。

ひょっとしたらアスカを捨ててケンスケに乗り換えるのかと心配しましたが(馬鹿) そんなことも無いようで良かったです(笑)

喧嘩するほど仲が良いというのはこの二人のためにあるような言葉ですな。仲良き事は美しき哉。

皆様も是非読後に作者様への感想メールをお忘れなく。