それは金曜日の夕方。

なにがきっかけでケンカが始まったのかは覚えていない。

ただ、いつもどおり、売り言葉に買い言葉の応酬。

で、とうとうシンジはブチキレた。




























Lady And Sky 
 


Act4: 特殊関係理論 前編

作者:三只さん



























「出て行くよ」

鼻息も荒く、碇シンジはスポーツバックに荷物を詰め込んでいる。

「あら、そう、どーぞ、お好きなように!! 一人でセイセイするわ!!」

シンジの自室の戸口に腕組みして立ちながら、総流アスカ・ラングレーは吐き捨てるようにいった。

そんな彼女を半ば突き飛ばすように、スポーツバックを肩にかけ、シンジは部屋を飛び出す。

玄関先で靴を履く。

背後にアスカが近づいてくる気配は感じられない。

後ろを振り返りたい衝動を圧殺し、シンジはマンションを出た。












「で、オレの家に来たわけ?」

「うん。迷惑かと思ったけど、他に頼れる人いないし・・・・」

半ば呆れ顔の相田ケンスケに対し、シンジは申し訳なさそうに答える。

一転、憤然やるせなしという様子で、肩の荷物を降ろしながらシンジは続けた。

「まったく、アスカったら、僕が家のことするの当たり前だと思ってるんだよ。僕は召使いじゃないってのに!!」

なにをいまさら、という風情で憮然とするケンスケの代わりに、遊びに来ていた鈴原トウジが口を開く。

「ん、よーいうた!! 男は本来そーゆーもんや!! 男子厨房に入らずが基本やでぇ!?」

これまたアナクロな価値観を披露してくれる。

ただ、あまりの力説に、シンジは傍らのケンスケに小声で訪ねらざるをえない。

「トウジ、どうかしたの?」

「おまえと同類みたいなもん。妹さんに怒られたんだってさ」

「へえ・・・?」

曖昧に肯くシンジである。

トウジにはお年頃の妹さんがいるのは知っている。

しかし、シンジ自身はいうに及ばず、ケンスケも一人っ子であるからして、トウジの憤激の半分も理解できてなかった。

「とにかく、今日は飲も飲も!!」

トウジが叫ぶように提案する。

「飲むって、僕ら未成年だよ?」

「・・・・・シンジ、おまえって健全すぎ」

哀れむような視線でシンジを一撫でしたケンスケは、手近にあったオールドバーの封を開けた。

無論、父親宛ての贈答品を失敬したものである。

そして、彼の父親は仕事で家を開け、滅多に帰ってくることはない。

ケンスケは手馴れた様子で氷を砕き、ワンフィンガーのグラスを作りシンジへと渡しながらいった。

「まあ、そこまで健全だと、惣流との艶話を聞けそうもないなあ」

「なあ、恥ずかしがらず、ちと教えてくれへんか? ええ?」

アタリメを食い散らかしながら、トウジが詰め寄ってきた。片手にもった芋焼酎の瓶が様になりすぎている。

「二人とも、勘弁してよ・・・。僕は、そのアスカとケンカしてきたんだよ?」

呆れ声を上げるシンジである。

「ちっ、つまらんのう・・・」

「ま、明日は休みだし、ゆっくり飲もうよ・・・・」

というわけで、男どもの酒宴は夜遅くまで続いた。


















場面は変わり、コンフォートマンション葛城邸。

同居人が出てったあとのリビングで、惣流アスカ・ラングレー嬢はまだ激昂していた。

「あのブワァカ!!! あたしに逆らおうなんて、1億飛んで390年早いのよ!!」

腹立ちまぎれに蹴り上げられたリビングのテーブルが、天井スレスレまで跳ね上がり、もんどりうって着地する。

「だいたいなによ? 

『君は、僕がいなければ、ご飯の一つも作れないくせに。フライパンを扱ったどころか、どうせ、ご飯も炊けないんでしょ?』

ですって?

冗談じゃないわよ!!

あたしだって、やれば出来るんだからね!! ただ、メンドウだからしないだけなのにっ!!」

キーッとばかりに地団駄を踏めば、同時にお腹がぐーっと鳴る。

「・・・・・・・・・・・・・」

赤面し、沈黙することしばし。

いいわよっ、やってやるわよ!!!!

荒々しくエプロンを身につけると、アスカはキッチンに立つ。

いざ、ご飯の作成に挑戦だ。

炊飯器から釜を取り出す。

それを流しに据えて・・・・・・お米はどこ?

ちなみに、彼女の台所の配置に関する知識は皆無に等しい。

金髪を振りみだし、あらゆる収納をひっくり返すこと20分強。

ようやく流しの下の収納から、米びつを発見する。

全く、日本人はなんでこんなところに米をしまうんだろう、などとぶちぶち言いつつ、アスカは米を釜に移そうとして・・・・。

どれだけ炊けば一人前なのか、判らない。

腕組みをして米と釜を睨む。

数秒後、アスカの顔を会心の笑みが過ぎる。

鼻歌交じりに食器棚から自分専用の茶碗を取り出すと、それで米びつからお米をすくい上げる。

ご飯一杯ぶんはこれくらいかな・・・?

茶碗に山盛りの白米を釜へ移動。

あたしって、あったまいー!!

自画自賛の笑みを浮かべ、いよいよ次は洗米である。

さすがにアスカも米を洗う、ということは知っていた。

これは、以前、シンジが、普通米と無洗米の食べ比べをさせてくれたことによる。

普通米のほうが美味しかったので、はっきりと覚えていたのだ。

だから、いきなり洗剤に手をかけようとして思いとどまったのは、おそらく賞賛に値することだろう。

かわりに、釜に水を満たして次に彼女が手を伸ばしたのは。

・・・おしい、それは米を洗うものではなく、泡立て器だ。

しかしアスカは委細構わず、泡立て器でがちゃがちゃ釜の中身をかき回す。

洗うというからには、水を交換しなければならないわけで、釜を傾けて水を捨てれば、一緒に米までこぼれ落ちる。

こぼれるたびに拾う。そして洗う。

忍耐力を総結集させて、一連の作業をアスカはやってのけた。

最後の難関は水の量である。

釜の側面に目盛りがあることはあるが、アスカにはさっぱり理解できない。

さて、どうしたものか。

気合一発。

適当に目分量を決め込むと、アスカは炊飯器に釜をセットする。

そのまま即座にスイッチオン。

精神衛生上の為、炊きあがりのアラームが鳴るまでその存在を忘れることにする。

次はおかずだ。

冷蔵庫を漁る。

アスカの唇から口笛がもれた。

ふんだんに食材が収められている。

これなら、どんなおかずでも作れそうだ。

そう、作れるとすれば・・・。

作る人がいれば・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「料理の基本は卵よっ、たまごぉっ!!」

唐突に大声をあげて、アスカは冷蔵庫から卵を取り出す。

複数の卵を指の間に挟み、ボールの上で一閃。

綺麗に割れた殻から、黄身と白身が・・・・。

ぐしゃ

現実は厳しい。

殻塗れのドロドロになった黄身と白身の混合物を眺めるアスカ。

彼女の手は黄色のマダラの染まっている。

「・・・・・・ま、まあ、卵はまだいっぱいあるし、あたしにも失敗はあるし・・・・」

との言葉を口にして、あたしって誰に言い訳してるんだろ? と憮然とする。

再度冷蔵庫から卵を取り出し、今度は慎重な手つきで殻を・・・。

ぱきゃ

「う゛」

現実は非情である。

結局、冷蔵庫の1ダースにも及ぶ卵は、その全部が半壊、全壊した。

自分の不器用さに呆れると同時に、それ以上の問題が金髪の少女の目前にある。

これだけ大量の卵、どうすりゃいいのよ?

とにかく、これらを保存したり無駄なく使いこなすというスキルは彼女にはない。

けど捨てるのも、悔しい。

もったいないのではなく、悔しいのだ。

よし、卵焼きにしよう!!

卵を茹でればゆで卵。焼けば卵焼き、というくらいの知識はある。

だからといって、ただ焼けばいいというものでもないのだが・・・・。

さっそくフライパンを火にかざす。

空焼きなんぞ知ったこっちゃない、とばかりにボールの中の卵を放り込む。

まもなくフライパンが加熱され、混ざり合ってない卵の表面が沸き立つ。

「・・・・あれ?」

普通、黄色く表面が焼きあがるはずだけど。

ところが、白と黄色のマーブルがグツグツいうだけで、いっかなイメージ通りにいかない。

あまつさえ、焦げ臭い匂いまで立ち昇ってくるではないか。

「? ? ?」

慌てて手近にあったシャモジでかき回す。

結果。

卵焼きではなく、膨大な量のスクランブルエッグが出来上がった。

皿に盛り上がるほろほろの卵を見下ろし、アスカは内心で青ざめている。

・・・とにかく、見知った料理が出来たことで満足すべきかもしれない。

おかずが一品だけでは流石に寂しいので、他のものもないか冷蔵庫を探索する。

あえてもう一品作らないのは賢明といえよう。

しばしの探索の結果、レーズン入りのチーズ、串つきの酢だこが数本発見された。

どうみてもミサト用のツマミだが、今は非常時である。美味しくいただくことにする。

折りしも、丁度ご飯が炊き上がったようだ。

楽しい夕食の始まりだ!

数分後。

半ばスープと化したご飯と、食べても食べてもちっとも減らないスクランブルエッグの前に、アスカの食欲は完全に霧散していた。

酢だこを齧りながら、キッチンよりリビングへ移動する。

もちろん、キッチンのテーブルの上は片付けてすらいない。

どっかとリビングのテーブルの前に腰をおろす。

TVのリモコンを扱い、一通り番組を見て廻ってから壁の時計に視線を走らせる。

時刻は21時を少し廻ったころ。

あくまで横柄に、アスカは考える。

22時まで帰って来たら、引っ叩くくらいで許してやろう。

彼女はシンジの風下に立つ気なんぞさらさらない。

だいたい、女の子相手にムキになる男が悪いのよ!!

勝手極まることを考えながらゴロゴロしていると、22時を廻ってしまった。

・・・23時くらいまで帰って来たら、怒鳴りつけるくらいで勘弁してやろう。

彼女にしては珍しい譲歩である。

いくらなんでも、そろそろ馬鹿ヅラ下げて戻ってくるわよね。

ささやかな音も聞き逃さないよう、TVも消してテーブルにもたれかかる。

だがしかし。

23時を廻っても、玄関の開く気配すらない。

・・・・今日中に帰って来たら・・・・・・・・・。

アスカの思考はそこから緩やかに暗転していった。























相田ケンスケは目を覚ました。

と同時に、殆んど条件反射で枕もとの時計を探す。

薄目を開けて見て驚いた。

時計は午前7時30分を指している。

平日、学校があるならともかく、休日である土曜日の今日であれば、驚異的な起床時刻だ。

休日の前夜は、たいてい夜更かしをして寝るのは明け方である。

先日は先日で酒盛りをしていたわけで、少なくとも午前2時前に寝た記憶はない。

寝るのにも体力要るっていうから、こんなに早く目が覚めるなんて、歳かな?

埒もないことを考えつつ、シンジが寝ているはずのリビングへ行く。

リビングの片隅に寝具が丁寧に重ねてあった。

シンジの姿はない。

代わりに、キッチンから香ばしい匂いが漂ってくる。

この匂い、なんだろう、この感じ・・・。

「ああ、ケンスケ、おはよう」

キッチンへ入って、ようやくケンスケはなぜ自分が早く目覚めたのか気づく。

エプロン姿が異様に似合う少年の前で、味噌汁がコトコトと煮えている。

懐かしい、実に十数年ぶりに嗅ぐ匂いであった。

むしろ、匂いによって失われていた記憶が蘇ったともいえる。

幼い頃亡くなった母。

その母親も、味噌汁を作っていたはずなのだ。たとえ鮮明な像を結ばなくても、それは確信だった。

「どうしたの、ケンスケ? 泣いてるの?」

「いや、ちょっとアクビがね・・・」

勧められてキッチンのテーブルに着く。

目前に並べられる料理の数々を見て、ケンスケは呆れつつ感動していた。

味噌汁なんかここ数年つくったことがない。そもそも味噌の買い置きがあったろうか?

ほかの、紅シャケ、ほうれん草のおひたしにしたって、冷蔵庫に買っておいた記憶はない。

見透かしたようにシンジは言う。

「ああ、材料はコンビニで買ってきたから。最近のコンビニは、シャケの切り身まで売ってて便利だね〜。

それと、炊飯器、だいぶ使われてないみたいだったから、鍋使ってご飯炊いたけど・・・上手く炊けているかな?」

そういやあ、ここ数年、朝はパンだ。そして、昼と夕は外食か弁当だ。

まともな朝食となれば、いったいどれくらいぶりだろう?

綺麗に立った銀シャリを口に運ぶ。続いて、味噌汁も一口。

「・・・・・・うまい!!」

思わずうめいてしまっていた。

シンジの表情も緩む。

「よかった〜」

しばし無言でご飯をかきこむケンスケである。

食べている人より作った本人が幸せそうな笑みを浮かべているのは、男同士だと不気味だ。

ご飯のお代わりを所望しておいて、ケンスケはようやくトウジがいないのに気づく。

確か、一緒に酔いつぶれるまで飲んだはずだが。

ご飯をよそってくれたシンジに尋ねる。

「ああ、トウジだったら、明け方に帰ったよ。なんでも、妹さんの作った朝ご飯食べないと、怒られるんだってさ」

「なんなんだ、あいつは・・・」

妹に怒られて憤慨していたくせに、その実、戦々恐々で朝帰りだ。なにがなんだかわからない。

「ご馳走様」

ケンスケは箸を置き手を合わせる。今の彼は適度な満腹感と満足感で満たれていた。全くもって碇シンジさまさまだ。

「お粗末さま」

食後のお茶を出しながらシンジは微笑む。

そのまま使われた食器を流しに運んでいって洗い始める。

「いいよ、片付けくらい俺がするよ」

「いいからいいから。泊めてもらったんだから、それくらいするって」

止めるのも聞かず、シンジはテキパキと後片付けを進めていく。

後片付けをするエプロンの後ろ姿をみて、ケンスケは感心するとともに、素直に手伝いを諦めた。

どうみても、自分が手伝っても邪魔になるだけだろう。

それほど熟練した手際であった。

したがって、何もすることがなくなったケンスケは、リビングへとってかえり、TVをつけ新聞を斜め読みする。

特にみたい番組もなかったため、彼は自室に戻ることにした。

せっかく早起きしたんだから、窓を開け新鮮な空気を取り込む。返す手でパソコンのスイッチをオン。

机に座り起動を待つ。起動後、自動的にインターネットに接続。

鳥の囀りを聞きながらメールをチェック。そのまま馴染みのサイトを幾つか閲覧していると、ひょっこりシンジが顔を出した。

「あ、ケンスケ。洗濯物ある?」

思わず眼鏡をずり落とすケンスケ。

「そりゃあいっぱいあるけど・・・。ほんとに、そこまでしてくれなくても、いいぜ?」

ご飯はともかく、洗濯はさすがに気の毒だ。

「いいよ、いいよ」

シンジは笑いながらケンスケの脱ぎ散らかした洗濯物を持っていってしまう。

「なんとも、甲斐甲斐しいねぇ・・・」

皮肉ではなく、本気でそう思う。

確かに、こんなシチュエーションは楽でいい。

惜しむらくは、これが綺麗な恋人ではなく、クラスメートの親友の男だということだ。

なんて阿呆なことを考えていると、今度は掃除機の音が響いてくる。

おいおい、とばかりに慌ててケンスケが部屋から飛び出すと、シンジは廊下に掃除機をかけていた。

「んな、掃除までしなくても・・・」

ポリポリと頭を掻くケンスケである。

普段、あまり掃除もしていないから、汚れがひどく、恥ずかしさもある。

「いいよ。・・・正直、身体動かしてないと落ち着かなくて・・・・」

とのシンジの返事。

「まあ・・そこまでいうなら、お願いするけど」

そう言われて断わるのもなんである。

「あ、俺の部屋はいいからね」

「そりゃ、言われなくてもしないよ」

軽く笑うと、シンジは掃除を再開した。

そして。

お昼までに、彼は、結局、風呂掃除まで完璧に終了させてしまった。



















アスカは目を覚ます。

テーブルにもたせかけたままの頬は強張っている。

どうやら、リビングでそのまま寝てしまったらしい。

おかげで、お世辞にも、快適な目覚めとはいかなかった。

寝乱れた髪を撫で付けながら、彼女はふらふらと立ち上がる。

「シンジ〜」

そのまま同居人の少年の姿を求めてそぞろ歩く。

部屋。

キッチン。

お風呂場。

玄関。

・・・・少年が帰宅した気配は微塵もなかった。

一周し、リビングへ戻ってきたアスカは、ペタンと床に腰を降ろす。

ボーッとしているうちに、なんだか悲しくなっていた。

なんで、朝おきて、ご飯が出来てないんだろう?

どうして、お風呂が準備されてないんだろう?

よくよく考えてみれば、贅沢極まりない話である。

しかしながら、彼女は少年の重要さについて、改めて気づかされたのは確かであった。

・・・・・仲直り、しようかなあ。

ぼんやり頭で考える。

それでも、こちらから頭を下げるのではなく、向こうに下げさせるべく思考を進めているのが、彼女らしいといえば彼女らしい。

ふらりとアスカは立ち上がる。

こうしてても埒があかない。仕方ないから、電話をかけてみよう。

もし、電話先で渋られたら、その時の話だ。

彼女は電話の子機に手を伸ばす。

どうせ、アイツの行くところは、鈴原か相田の家くらいしかないんだから・・・・。

その時である。

玄関の開く音。

「シンジ!?」

パタパタと玄関へ向かうアスカであったが。

「なんだ、ミサトか・・・・」

「なによ、それ?」

もう一人の同居人にして、家主の葛城ミサトが立っていた。

紛れもない仕事帰りである。

「別になんでもないわよ」

そう言い捨ててリビングへと戻るアスカの後を追いかけたミサト。

入ってさっそく違和感を覚え、次いで、尋ねた。

「あれ? シンジくんは? 」

「昨日の夕方、出てったわ」

「ふーん・・・、で、いつ帰るって? 」

「知らない」

簡潔極まりない返事に、ミサトは徹夜明けらしい両眼をしばたかせる。

数瞬後、その顔ににんまりとした笑みが浮かんだ。

「はっはーん? まーたケンカしたのね? 」

からかうような口調(事実からかっているのだが)で言ってくる保護者をアスカは無視する。

「なーに? なにが原因なの? ちょっと話してみる気はなーい?」

「知らない。覚えてない」

素っ気無くアスカは答えた。事実、何が原因だったか覚えていない。

すると、それをどう曲解したのか、ミサトの両眼は細くなり、口元も緩む。

「あら? するってーと、むふふふ・・・」

そして、アスカの肩をポンポンと叩く。

「まあ、あんたたちも、いい加減お歳頃なのは分かってるけど、そーゆーことは、ね?

なるべく自己責任が取れるようになってからの方がいいんでない?

まあ、あたしは反対はしないし、厳禁ってワケじゃないから・・・・」

「ちげーわよ!!」

リビングのテーブルを引っくり返し、アスカは絶叫する。

「あら、それは失礼」

呼吸を弾ませ、肩を怒らせている被保護者に対し、ミサトは素直に謝る。アスカの顔が赤らんでいるのは怒りのためだろう、多分。

「でも、ね? そうじゃないなら、なんでそこまで意固地になってるのよ?」

「意固地になんてなってないわよ!!」

言下に否定するアスカである。

これでこの話は終わりっ!!とばかりの剣幕。

ミサトは肩をひとつ竦めて了承した。

アスカへ背を向け、キッチンへ赴いたミサトは、さっそくビールを一本引っ張り出す。

ごきゅごきゅと飲みながら歩いていると、テーブルの上の黄色い堆積物に気がついた。

これは・・・卵?

「ねえ、アスカ! これ、何?」

一口分摘みながら尋ねる。

「スクランブルエッグよ」

キッチンに頭だけを出しながらアスカが答える。

「へえ?」

ミサトは味気ない固まりを噛み締めた。

じゃり

思わず口に入れたものを吐き出す。

「・・・なに、これ? 卵の殻が入ってるわよ?」

「天然カルシウム含有の、あたしのオリジナルだからよ」

アスカは悪びれるどころか威張っていった。どうやら開き直ることにしたらしい。

「・・・アスカが作ったのおっ!?」

掛け値なしに驚愕するミサトである。

このクォーターの少女、ここに来てから台所に立っているのを見たことがない。

・・・だとすれば、この味は当然か。

そこで、余計な一言をつけ加えてしまったのは、ミサトも徹夜明けで疲れていたのだろう。

「・・・あたしが作ったほうが、美味しいわね・・・・」

「冗談でしょ!? ミサトの作った味蕾破壊混合物と、あたしの料理を一緒にしないでくれる!?」

たちまちアスカが噛み付いてくる。

となると、ミサトも黙っていられない。これは女の沽券に関わる問題である。聞き捨てできるものではない。

「はんっ! これが料理だってーの? 単にフライパンで焼いただけ、味付けもなにもなってないじゃない!!」

痛いところを突かれて、さすがにアスカもぐっと詰まる。

確かに、味付けを施した記憶はない。

しかし、少女は怯むことはなかった。

「調味料をまぜりゃいいってもんじゃないでしょ!? あたしは素材の自然の味を追求してるの!! 

ミサトみたいに、素材の持ち味を完膚なきまで破壊してないわよ!!」

「なんですってぇ!?」

ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。

女三人集まれば姦しい、というが、二人でも十分喧しい。

不毛極まりない舌戦が収束するころ、二人とも疲弊しきっていた。

「まあ、早く、シンジくんに帰ってきて貰わないと。正しい料理の味、忘れちゃうわ」

ミサトが最後の攻撃を放つ。

「ご心配なく。あたしは一人でも生きていける女よ!」

断言するアスカであったが、どうにも負け惜しみにしか聞こえない。

彼女自身、そう考えている。

ミサトは5本目のビール片手にニヤニヤしている。

どうみても、この場はミサトの貫禄勝ちであった。

憤然とキッチンを出て行く被保護者を見送って、一人凱歌を揚げるミサト。はっきりいって大人げない。

さて、ビールだけってのも飽きるわね。おツマミおツマミ♪

機嫌よく冷蔵庫を開けるミサトだったが。

・・・あれ? 買い置きのチーズに酢だこは?

そこに、先ほど出てったはずのアスカが戻ってくる。

「あ、冷蔵庫の中にあったチーズと酢だこは昨晩おいしくいただきました。ごちそーさま」

ご丁寧に両手を合わせる。

「アスカぁっ!?」

怒鳴りつけるころには、既に少女は逃亡していた。

さて困った。

ミサト自身、ツマミを作りたくない。面倒くさい。

がさがさと棚なんぞ漁ってみるが、なにもツマミになりそうなものはない。

非常手段の、カレーやシチューのルーもない。

仕方ないからビールだけ飲んで寝よう。

で、浴室に行けばお風呂が出来ていない。

渋々シャワーで我慢する。

ああ、やっぱ、シンジくんがいてくれなきゃ、ダメねぇ・・・。

しみじみとミサトは思う。

当然、自身の無駄口が、シンジの帰還を間接的にせよ先延ばしにしたことを知る由もなかった。












後編へ続く