西暦2040年 夏





遠ざかるトラックの後ろ姿を眺め、オレは額の汗を拭いた。

暑い。

慌てて木蔭へと避難する。

先ほどまで乗っていたトラックの中は、ほとんどクーラーは効いてなかったけど、外にいるよりは何倍もマシだった。

それに、数時間ほど一緒にいた運転手のおっちゃんは、中々気のいい人だった。

調子っぱずれの演歌を連発しなけりゃ、もっと良かったけれど。

まあ、ゼイタクは言わないでおこう。なんせタダで乗せてもらったんだから。

オレは路肩にある看板を見る。

『第3新東京市へようこそ』

やっと着いたぜ、クソ親父・・・・・・!!























少年H


前編


筆者:三只さん





















話は、夏休みが始まる直前までさかのぼる。







「お父ん、お母ん、今年こそどっかつれてってーや!!」

夕食後の席でオレが怒鳴ると、親父は面倒くさそうな顔で手を振った。

「ああ、今年も瀬戸内の海へ一泊や」

「なんや、それ!? 毎年近場ばっかで、いい加減勘弁してーな!」

親父は寝っころがると、ワザとらしく耳の穴をかっぽじる。

「ゼイタクゆーなや。ワシも母ちゃんも、お盆まではまとまった休みがとれへんのやから」

「そうよ。私もお父さんも忙しいんだから無理いわないで。だいたいどこへ行きたいのよ?」

スイカの乗ったお盆をもって母ちゃんもやって来た。

「・・・そりゃ、どーんと海外とか・・・・」

オレが上目使いで言うと、親父は鼻毛を吹き飛ばし、文字通り鼻で笑った。

「おまえも阿呆やなー! なんで好き好んで、米もミソ汁もタコ焼きもない国へ行きたいん?」

「タコ焼きはちと違うやろ! ・・・じゃなくて、ブルジョワな気分を味わいたいだけや。

なんせ、クラスの中で海外とまでは行かないまでも、夏休みに行楽地に行かない家は、ウチくらいやでぇ!?」

オレはここぞとばかりに力を込めて言う。

どこのクラスにもスネ夫みたいな嫌味な金持ちがいるもので、この夏休みはどこへ行ったとか自慢話されてうざったいのは事実だ。

親父はお盆の上のスイカに手を伸ばしつつ、となりで宿題をしているメグミへと声をかけた。

「メグミは、今年も海でえーよな?」

オカッパ頭はコクンとうなずく。

オレは思わず天を仰いだ。

今年小学校に上がったばかりのお子ちゃまであるメグミは、両親に連れて行ってもらえる所ならどこでもいいらしい。

兄の心妹知らず、ってヤツやなぁ・・・。

オレはくだらない冗談を放り出して、母ちゃんへと攻撃先を変えることにした。

・・・・・実は、親父より母ちゃんの方が手ごわいんだけど。

「なあ、母ちゃん。どこぞ連れてってーな」

「そんな見栄のためにどこか連れていかなきゃならないなんて、ごめんだわ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

予想どおりだったけど、オレはガクリと肩を落とした。

すると親父は笑いながら、

「なあ、そんな夏休みに暇なら、もう一度、サッカー部に戻ったらどうや?」

オレは激しく首を振る。

「暇とかそういう問題やあらへん!! それに、部活の話はすんなやっ!

・・・・・だいたい、お父んこそ、いまどき熱血教師なんて流行らんのやから、弱小空手部の顧問なんかやめて、

少しは家族サービスせいやっ!!」

「あ、そういうこというか、こいつ!!」

親父が腰を上げかける。反射的に身構えるオレ。

「やめなさいっ、二人とも!」

母ちゃんがフライパン片手に怒ってる。

オレも親父も顔を見合わせ、和解することにした。

我が家では母ちゃんが最強なのだからしようがない。

「まあ、ゼイタクいわないから・・・・・・・・・」

背筋をただし、オレはスイカに手を伸ばしつつ、言う。

「海外とはいわへん。だから、せめて涼しくて、美味いものがたらふく食えて、面白いもんがしこたまあるとこに連れてってーな」

「滅茶苦茶ゼイタクじゃないの、それ・・・・」

母ちゃんが呆れる。

「そんな都合のいいとこあるかい」

親父も苦笑してスイカに齧り付こうとして、急に止める。

「お父ん・・・・?」

「おいっ、ヒカリっ、電話よこせ、電話っ!」

親父はスイカを放りだし、電話を催促した。

「どうしたのよ、いったい?」

不思議そうな母ちゃんから電話を受け取る親父。

「ピッタリの所があるやんけ!」

そう説明する親父の目に、オレはいやーな予感をおぼえた。

大抵ロクでもないことを考えている時の目なのだ、あれは。

オレの考えをよそに、親父は通話を始めていた。どこにかけているかは、見当もつかない。

「・・・・ああ、もしもし? あ、センセイか! いやー、久しぶりやなー!

ああ、うん、今年はぜひ遊び行かせてもらうで、うん。

まあ、それに先駆けてってわけやないけどな、ワイのセガレがな。・・・ああ、今年で中ニや。

夏休みに暇持て余してるんで、先にそっちへ遊びに行かせようかと・・・・・。

なに!? 一夏中いてもいい!? さすが、センセイ、太っ腹やなー!!

うん、うん。分かった、うん。

じゃあ、夏休みに入ったら、適当に行かせるから。

なーに、可愛い子に旅をさせろってことやで。

ああ、じゃ、よろしく!!」

電話を切った親父は、ニヤリと笑ってオレに言う。

「いやー、良かったな。今年の夏は、いい夏になるでぇ!」

「そっか、碇くんの所があったわねー」

これは母ちゃん。

「・・・・・?」

さっぱりわけがわからないオレにそれ以上目もくれず、親父はスイカにパクついた。

「あ、このスイカ、初物やんけ!」

そして西を向くと、豪快に笑った。





















「箱根が避暑地だなんて、何十年前の話だよ・・・・」

オレは木蔭を縫いながら山中の道路を進む。

いくら市内とはいえど、中心地まではかなり遠いみたいだ。

弟三新東京市。

そこが、親父がいう行楽地らしい。

なんでも、親父と母ちゃんの同級生で親友の夫婦が住んでいるとの話。

オレももの心がつく前に、一度いったことがあるそうだ。

最初は、なんでそんなとこに行かなきゃならん、と抵抗したんだけど、

親父も母ちゃんも口を揃えて、絶対楽しいからと力説するし、なにより、一度は顔を出しておかないと、と母ちゃんの命令だ。

というわけで、夏休みに入ったそうそう、オレは着替えと宿題、勉強道具一式の詰まったバックを持たされて、家を放り出された。

しかし。

旅費は入ってなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

『可愛い子には旅をさせろ、っていうやろ?』

親父のニヤニヤ笑いが目に浮かぶ。

どっちかというと、『ライオンは我が子を千尋の谷へ落とす』だとおもったが、オレも親父もライオンなんて高級なもんじゃない。

だいたい、そういう逆境的なシチュエーションになると、オレはムキになる性質みたいだ。

『ああ、行ってやるさぁ!』

啖呵を切ったオレは、ヒッチハイクで弟三新東京市を目指した。

原因はともかく、三日がかりでも弟三新東京市に着いたオレはエライと思う。自分で自分を誉めよう、うん。

「しっかし疲れたよなぁ・・・・・」

進める足が重い。

仕方ないことだろう。この三日、柔らかい布団で寝ていない。

オレは胸ポケットから、すっかり汚くなったハンカチを引っ張り出す。

すると、一緒に一枚の写真が零れ落ちた。

写真を拾い上げ、オレは苦笑する。

・・・・親父もヤキが回ったのだろうか?

写真の裏には、目的地の住所が記してある。それはいい。

ただ、写真自体ば随分と古いものだった。

七人の制服の男女が写っている写真。

ジャージ姿の若かりし頃の親父の隣に、そばかす顔の母ちゃんが笑っている。

多分、親父たちが高校生の頃の写真だろう。

こちらの眼鏡をかけているのは、相田のおじさんだ。だけど、他の4人には、直接面識はなかった。

青い髪をした女の人と、銀色の髪の男の人。二人とも目が赤い。兄妹だろうか?

そして、滅茶苦茶優しそうな顔をした男の人にピッタリと寄り添った金髪の女の人。

・・・・・・・すっげぇ美人だ。

こんなキレイな人、週刊誌のグラビアでも見たことがない。

この優しそうな男の人が、親父がセンセイと慕っている碇シンジさんらしい。

そんで、この美人は奥さんのアスカさんだそうだ。確かクォーターらしい。なるほど、見事な金髪も頷ける。

・・・・こんなキレイな人に会えるなんて、なんかドキドキしてきたぞ。

いやいや、もう二十年以上前の写真だから、過剰な期待は禁物だな。

つかの間、暑さを忘れてオレは歩いていた。

ふと我に返ると、汗が滝のように出てくる。

ハンカチはたちまちグッショリになった。それにもともと汚れていたから、拭いて気持ちのいいものでもない。

目前に、ドライブインが見えた。

ポケットを弄り、小銭を数える。

よーし、ジュースでも飲もう。

オレは、急ぎ足で自販機の前へと向かう。

冷たいコーラっと。

小銭を入れて・・・・・10円足りなかった。

おいおい、冗談じゃねーぜ、セニョール?

ポケットには、もう何も入ってない。

しばらく自販機と睨めっこしていたオレだが、しゃがんで機械の下をのぞきこんだりしてみる。

見える範囲で十円玉は落ちてない。

それ以上探すのも、なにかあさましい感じがしてやめた。

ふう。

オレはタメ息をついて、その場にどっかりと腰を降ろす。

よけい疲れた。

その時、オレの目の前に十円玉が降って来た。

受けとめて、唖然としてしまったオレだが、あわてて周囲を見渡す。

みると、並んでいる別の自販機の前に、バイクに跨った若い男の人の姿があった。

「あの・・・・・」

「あげるよ」

サングラスをかけた男の人は、そういうとコーヒーを飲んだ。

柔らかい声。思ったより若いみたいだ。

・・・・・かっこええなあ。

スラッとした身体に黒のシャツに黒のジーンズ。おまけに乗っているバイクも大きくて黒い。

「ありがとうございます」

オレは頭を下げると、早速コーラを買って飲んだ。

ほとんど一息でコーラを飲み干し、ようやく一息つく。

「ぷはー、生き返ったあ!!」

自販機に背中を預けて反り返ると、十円をくれた兄ちゃんがクスクス笑っている。

「キミ、どこから来たの?」

兄ちゃんは気さくに話しかけてきた。

「え・・・・、大阪からです」

「ふーん・・・・バスで?」

「いえ、歩きとヒットハイクで」

サングラス越しでも、兄ちゃんが驚いたのが判った。

「それは・・・・大変だったろうねぇ」

「ははは、まあ・・・・」

オレも苦笑するしかない。

「でも、中心街まで行けば、もう少しですから」

「・・・・良かったら、乗っていくかい?」

「いいんですかっ!?」

「ああ。オレも丁度帰るところだったからね」

驚く。一石二鳥だ、じゃなくて、渡りに船というヤツだ。

「ほら」

兄ちゃんがヘルメットを渡してくる。

こんなカッコイイバイクに乗せてもらえるなんて・・・!

オレも家にはバイクやF1カーのプラモが幾つもあるし。

あ、でも、汗臭くないかな?

オレはシャツを引っ張って匂いをかぐ。今朝着替えたばかりのヤツだけど、もうぐっしょりだ。

グォォォォォォォォォォォォン!!

バイクのエンジン音が一際高くほえた。

急かされたような気がして、オレは慌ててヘルメットをかぶりタンデムシートにまたがった。

「じゃ、いくよ。いい?」

兄ちゃんが半分だけ顔を振り向いて言う。

オレが頷くと当時に、猛烈なホイルスピン。

「どわぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」

思わず引きつった声を上げるオレにかまわず、バイクはとんでもないスピードで発進した。








「はあ・・・・・・・・・・」

オレはため息をついて地面に腰を降ろし、黙って空を見上げる。

「ゴメンゴメン。ちょっと飛ばしすぎたよ」

サングラスの兄ちゃんは、照れたように頭の後ろを掻いている。

「ちょっと・・・・・・?」

自分の顔が引きつるのが分かった。時速100キロオーバーがちょっとなのだろうか?

兄ちゃんは辺りを見まわして、

「でも、ここまでいいのかい?」

「いえ、ここまでで結構です。どうもありがとうございました!!」

オレは慌ててお礼を言う。

実際、駅前まで乗っけてきてもらえば十分だ。後は交番ででも聞こう。

「そうか。じゃあ、気をつけてね」

兄ちゃんは微笑むと、バイクをターンさせた。

オレ立ち上がると手を振って見送る。

しっかし・・・・やっぱカッコええなあ・・・・・・・。

たちまちバイクは見えなくなったけど、オレはしばらくその場に立ったまま、そう思った。

オレもいつかあんなバイクに乗ってみたいもんだ。

さて、と。

オレは気を取りなおして交番を探すことにする。

すぐに交番は見つかり、オレはのっぽのお巡りさんに道を尋ねることが出来た。

「ああ、その住所なら・・・・・」

お巡りさんはニヤリと笑う。

「この先を右に曲がった大通りの陸橋を越えて、真っ直ぐ15分も歩くとすぐに分かるよ。一番大きな家だからね」

「はあ・・・・・・」

なんと適当な説明だろう。

それに納得して交番を後にするオレも、かなり適当だろうけど。

ぶらぶらと、言われた陸橋の方へと歩く。

あ、こっちにの裏道とおったほうが近いか。

オレはとあるビルの裏の細い道へと進む。

それが、間違いだった。

汚いビルの横道には、ガラの悪い連中がたむろしていのだ。

「おい、ガキ!!」

「・・・・・・・・・・」

オレは無視して通りすぎようとする。

だいたいオレと大して歳も変わらないくせに、ガキはないだろう?

「待てっつってんだろ、こらあっ!!」

背負っていたナップザックが掴まれる。

「汚い手でさわるんじゃねえ!!」

ほとんど反射的にオレは怒鳴っていた。

自慢じゃないがオレの啖呵は親父直伝の筋金入りだ。

ガラの悪い連中は、ちょっと怯んだようだったが、たちまち顔じゅうに血管を浮かべる。

「なんだと、この野郎!!」

今度は胸倉を掴まれる。

その時、奴らから漂ってきた煙草とアルコールの匂い。

それが、オレの怒りを更にヒートアップさせた。

左手で相手の胸倉を逆に突き飛ばし、相手がふんばったところにカウンターで右拳を叩き込んでやった。

「ぐはっ!」

ヤニ臭い唇にモロに食い込んだ一撃は、なかなかの手応え。

後は逃げるだけだ。

きびすを返しダッシュしようとして、オレは立ち止まってしまった。

なぜなら、進行方向に別の連中が待ち構えていたからだ。

慌てて別の逃走路を探す。

遅かった。

オレは囲まれていた。

「このガキ・・・・・!!」

このクソ暑いのにバンダナを被ったリーダーらしき男が歯軋りしている。

リーダーの足元には、さきほどオレが一撃食らわしたヤツがうずくまったままだ。

よしよし、なかなかイイ一撃だったな。

余裕はさっぱりないはずなのに、オレは不思議と落ち着いていた。

疲れて頭の一部がマヒしていたことと、以前に、これと良く似た状況を経験していたからだったりする。

今年の5月、サッカー部の部室で、煙草を吸い酒盛りをしていたアホ3年ども。

先輩と呼ぶことさえ嫌になるクソ野郎ばっかりだった。

女子マネに絡もうとしていたのを止めさせたら、案の定、逆ギレ。

『鈴原、てめえのことは前から気に食わなかったんだよ!』

たちまちヤツらはオレをリンチにかけようとしやがった。

もちろん、オレが黙ってやられる義理はない。

ヤツらを全員病院送りにしてやったが、オマケとばかりにオレもサッカー部を追い出された。

嫌な思い出だ。

あの時と違うのは、先輩は4人だったのに比べ、こいつらは2倍の8人もいるところだった。

年齢も、オレより二つ三つは上だろう。中には、とても未成年には見えないようなヤツもいた。

さーて、どうすっかなー・・・・

リーダーみたいなヤツが、手に角材を握った。

他のヤツもそれぞれエモノを持ちやがった。

マジい。

さっきみたいな不意打ちは、もう通用しないだろう。武器になりそうなものはナップザックのみ。

大声だせば、さっきの交番まで届くだろうか?

オレが考えているうちに、ヤツらはジリジリと包囲を狭めてくる。

親父譲りのケンカ殺法じゃ、とても突破は無理そうだ。

くそっ、本気でなんか格闘技習っときゃ良かった・・・・・!

「おい」

その声は、不意に上から降って来た。

バンダナハゲが(ハゲとしておこう。いやハゲに違いない!)が驚いて振り向く。

見ると、大きな人影が。

人影は、チンピラたちの間を堂々と横断して、オレの前に来る。

そして、オレの顔をマジマジと見て、

「中学生を8人がかりで囲むか、普通?」

辺りを囲むチンピラを睨みつける。

オレは呆気にとられてその人を見上げるだけだ。

ほんとに大きな男の人だった。

さっきののっぽのお巡りさんよりも背が高い。オレより、頭1個分は大きいだろう。

それでいて、スタイルが抜群にいい。まるでモデルみたいだ。

そして顔。

やや長めの髪。

切れ長の目。

スッキリ通った鼻筋・・・・・。

なんだ、なんかドキドキしてきたぞ。

おい、相手は男だっつーの!

「てめえは何モンだよっ!」

チンピラ1が叫んだ。もっともな質問だな、うん。

長身の男の人は、ニヤリと笑いながら答えた。

「通りすがりの正義の味方さ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×9

「あれっ、ウケなかった?」

男の人は、ポケットに手を突っ込んだまま、拍子抜けしたように肩をすくめてみせる。

「ふざけろや、てめえ!」

チンピラ2が角材を振り下ろした。

乾いた音が路地裏に響く。

当たった!!

オレは思わす息を飲む。

・・・・・・・・・・・・・・・・!?

しかし、男の人はケロリとした表情で立っている。

かわりに、チンピラ2が呆然とした表情で立っていた。手ぶらで。

ひゅるひゅるゅひゅる・・・・・

その音を空中から聞こえた。

カツーーーーーーン

チンピラと男の人の間に落ちた角材が、アスファルトに当たって甲高い音を立てる。

・・・・・・・・・・・・・・

男の人の手は両方ともポケットに入れられたままだ。

まさか、一瞬で角材を蹴り上げた!?

「オレを本気にさせるか?」

その言葉が、オレの予想の正しさを裏付けた。

明らかにチンピラたちが怯む気配。

だけど・・・!!

「うるせぇ!!」

バンダナハゲが怒鳴る。

途端に、他のチンピラたちも角材を構えなおした。

「しかたないなあ・・・・・」

男の人が呟く。声が妙に楽しそうな感じがしたのは、オレの気のせいだと思いたい。

「さて、全部で8人か。・・・・みんなまとめて62秒でケリをつけてやるぜ!!」

ポケットから引きぬかれた手。そしてポキポキ節を抜く音が聞こえた。

62秒という半端な数字の理由を聞きたいような気もしたが、オレは黙っていた。

だて、完全にオレは蚊帳の外になってたから。

いつの間にか、オレVSチンピラから、謎の男の人VSチンピラになってしまっている。

考えてみリゃ逃げるのに絶好の機会だったかもしれないが、オレはそうしなかった。

そうしようという気すらおきなかった。

なぜなら、この見知らぬ男の人から目が離せなくなっていたからだ。

なんというか・・・次に何をしてくれるのか? というドキドキした感覚がオレの中にある。

魅せられた。

うん、この表現が一番ピッタリくる。

だけど、オレの期待はかなわなかった。

「こらっ、何やってんだおまえらっ!!」

でかいダミ声が路地裏に響く。男の人でもチンピラのものでもない。

チンピラどもが道を開く。

その間を通って来るのは、声と同じくデカイ男だった。

背も高けりゃ横幅もそうとうデカイ。まるで歩く正方形だ。

正方形はオレの前まで来る。

ジロジロにらんでくる目が、さっきのチンピラたちと比べものにならないほど迫力がある。

一言でいえば、怖い。

見下ろされて半分ビビるオレの前に、謎の男の人がすっと割って入った。

「よう。久しぶりだな」

そして正方形に挨拶する。

「・・・ア、アスマのアニキっっ!?」

正方形の目が大きく見開かれ、口からはすっとんきょうな叫びが飛び出す。

・・・アニキ? ヤクザ屋さんか?

「いつこっちへ戻ってきたんで!?」

「去年の年末には戻ってたよ」

急に卑屈な態度になった正方形を苦笑してながめ、アスマと呼ばれた男の人は答えている。

「それより、最近、馬鹿がすぎねぇか? こいつら、中学生一人をフクロにしようとしてたぞ」

男の人は、チンピラたちを指差した。

すると正方形の顔が今度は見る見る青くなる。

「それは、その・・なにか失礼でも!?」

「角材で叩かれるとこだった」

男の人が答えると、正方形は目を剥く。

「このっ、バカ野郎どもっ!!」

正方形に怒鳴られて、チンピラたちは首をすくめ慌てて角材を放り出した。

「いいか、この人はなあ、てめえらが束になってかかっても、敵いっこないお人だぞぉっ!?」

目が血走り、こめかみに血管が浮いている。別の意味で怖い。

そして、そのアニキはというと、照れたように耳の後ろを掻いていた。

申し訳なさそうな顔で、今度はペコペコと頭を下げてくる正方形。

「すみません、すみません、こいつらには後で説教しときますから・・・・」

「まあ、ほどほどにしけよ」

男の人はオレを振りかえる。

そして、近くにうずくまったままのチンピラを顎でしゃくった。さっき、オレが一撃食らわしたヤツだ。

「こっちもそれなりに反撃かましたみたいだからな。お相子だろ」

男の人はニヤリと笑う。

オレは何故か赤面してしまった。

「こらっ、おまえらっ、そこで何やっとるかぁ!!」

また別の声が路地裏に響く。

正方形と男の人の間から覗くと、さっき道を教えてくれたのっぽのお巡りさんがこっちに向かって走ってくるところだった。

「行きな」

男の人が小声でいう。

ちょっとためらったけど、オレは従うことにした。さすがにこんな状況じゃ、面倒なことになりそうだし。

「すいません」

オレはそっと言った。

「あやまることはないさ。じゃ、元気でな」

男の人は微笑む。

オレも微笑み返すと、小走りで横道に駆けこんだ。

すぐに大通りへと出る。

太陽の明るさに目を細めながら人波に紛れこんだが、お巡りさんが追いかけてくる気配はなかった。

助かったあ・・・・・・

歩きながらオレはようやく一息ついた。

トラブルに巻き込まれることは多いほうだと自分でもおもってたけど、見知らぬ街に来たそうそうこれだ。

少しは自制したほうがいいかな。

それにしても、さっきの男の人、アスマのアニキとか呼ばれてたっけ?

えらく男前な人だったなあ・・・・・。

駅前まで乗っけて来てくれたサングラスの兄ちゃんといい、実にカッコイイ、男前な人もいるもんだ。

ふと気づくと、オレは陸橋を渡ってしまっていた。

「え〜と、ここから真っ直ぐ15分・・・・・?」

口に出してみる。

見渡せば、住宅街。

広い道路を挟んで、たくさんの家がずっと続いていた。

「よし」

オレはナップザックを背負い直して歩き出す。

繁華街からちょっと入っただけなのに、とんでもなく静かだ。

遠くに蝉の声が聞こえる。

「あっちい・・・・・・・」

またぞろ汗がふきだしてきた。

手で汗をぬぐうオレの隣りを、日傘をさしたお婆さんと、水泳道具をもった子供二人がすれ違う。

のどかな風景だ。

夏休みなんだなあ、と改めて思った。

そんなこんなでぼんやりと十分も歩いたころ。

「あれ・・・・?」

急に平凡な家波が途切れ、広い芝生が、視界に飛び込んできた。

芝生のまわりは簡単な柵で囲われているだけだ。

そして芝生の向こうには、とんでもなくでっかい白い家が。

この間テレビで見た、たしか・・・ヒバリヶ丘とかいう外国のドラマに出てきた光景とすごく似ている。

まさか、ここが目的の碇家なのか?

オレは、あんぐりと口を開けたまま、表札を確認すべく、家の正面へ廻る。

門はなく、かわりにポストが立ててあった。

名前を見てみる。

『碇』

間違い無い。

にしても、親父の知り合いにこんな金持ちがいるのかよ・・・・・。

オレが驚きつつ呆れていると、丁度玄関のドアが開き、男の人が出てきた。

その男の人の姿を見て、オレは慌てて胸ポケットから写真を引き抜いた。

・・・・・似ている。って本人じゃないか!! 

と、待てよ。妙に若いぞ・・・・・。

・・・・・・・まあ、違ったら、違ったでかまわない。

悩んでたってしょうがないだろう?

玄関脇の水道からホースを引っ張り出して来ている男の人に、さっそくオレは声をかけた。

「あの・・・・・!!」

「ん?」

男の人はホース片手にこちらを向いた。いまから水撒きでもするんだろう。

オレは下っ腹に力を込める。何事も、最初が肝腎。母ちゃんの口癖だ。

「こんにちは。鈴原ハヤトです。お世話になりますっ!!」

オレの力一杯の挨拶に、男の人・・・・碇シンジさんは、ちょっと驚いたように目を丸くしたが、たちまちニッコリと微笑んだ。









後編へ続く





 三只さんから前後編に渡って鈴原家の少年ハヤト君のお話を頂きました。

 ‥‥彼が碇家で何を経験するか‥‥楽しみですねぇ。

 後編はもう頂いてますので首をちょっとだけ長くしてお待ちください〜。