「いや〜、あんまり若い頃のトウジにそっくりだったもんで、驚いたよ」
シンジさんはそういいながらオレを家の中に招き入れてくれた。
「そうですかぁ?」
オレは靴を脱ぎながら首をひねる。
確かに、どっちかというと父親似だろうけど。
大きい家だけど、ばっちり冷房は効いているのだろう。
ただただ広い玄関は(ここだけで、オレの部屋より広い)ひんやりとしていた。
「しかし、よく遊びに来てくれたね。暑くて大変だったろう?」
「そりゃあ、もう。今時、ヒッチハイクなんて流行らんすよ」
オレはしみじみ答えた。
シンジさんは苦笑を浮かべ、オレをリビングへと案内してくれる。
ここも広い。
フローリングの一角には畳敷きのスペースがあり、更になんとホームバーまであった。
うーん、ブルジョワだ。
隣りに見えるキッチンと併せて、何畳くらいの広さになるのだろう?
ソファーなどの調度品も、オレには「高価なもの」としか判らない。
呆然と部屋を見まわしていると、斜め向いのドアが開いた。
「シンジ、そろそろお昼・・・・・・・あら?」
リビングに入ってきて首をかしげたのは、金髪の美女。
・・・・美女?
・・・・・・・・
オレは、視線を固定したまま、ポケットをまさぐる。
そして、取り出した写真を目の前まで持ってくると、その美女と見比べた。
えーと・・・・この人が、アスカさん?
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
うっ、うそだろお!? どうみても、二十代にしか見えないっっ!!
ちょ、ちょっと待て。もしかしたら、娘さんとか・・・・?
しかし、シンジさんは、あっさりと答えを出してしまう。
「ああ、アスカ。この子が、ハヤトくんだよ。今着いたんだって」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
は、は、ははははは・・・・・・・・
本当に、この人、オレの両親と同い年なの?
「わあっ! ハヤトくん!? おっきくなったわね〜」
・・・・・・・・・・・・・・・・
なんか発言と外見に、ものすごーく違和感があるなあ・・・・・。
少年H
後編
「ほんと、こんなちっちゃい頃、一度家に来たことあるのよ〜。やっぱり、覚えてないわよね〜」
ソファーに座ったアスカさんは髪を掻きあげて笑った。
「ええ、それは・・・」
オレはあいまいに答えつつ、麦茶を一口飲んだ。
高価そうなソファーは、とても座り心地が良いんだけど、なんか落ち着かない。
「ハヤトくん、長旅で疲れてるだろ? とりあえず、お風呂でも入ったら?」
麦茶のお代わりを注ぎながら、シンジさんが言ってくれた。
・・・・・匂うかな?
まあ、ここしばらく風呂に入ってないのは事実だし。
「すみません、お風呂いただきます」
「じゃ、こっちに」
シンジさんは立ち上がってオレを促す。
とりあえずついて行くと、お風呂場ではなく和室へと案内された。
この和室も広い。八畳はあるだろう。クーラーは効いてるわ、立派な床の間にテレビまでついている。
キレイに掃除されている和室を見まわしていると、シンジさんが布団をもってやってくる。
「この部屋は好きに使ってくれて構わないから。あ、お風呂とトイレは、この廊下を出て右に曲がった突き当たりね」
「どうもありがとうございます・・・・」
お礼をいいつつ、オレは布団を受け取った。
「洗濯物は脱衣籠の中に入れといてね。タオルは、入口の隣にある抽斗の中だから。あと、上がったら、お昼ご飯にしようね」
スラスラとそういうと、シンジさんは部屋を出ていった。うーむ、なんか感心してしまうなあ。
・・・・感心ばかりもしてられない。オレは、バックの汚れをなるたけ丁寧にゴミ箱の上ではらってから、中味を開けた。
真新しいシャツにトランクス、それと未着のハーフパンツが辛うじて残っている。
それを引っつかむと、オレは早速風呂場へと向かう。あっと、今までの洗濯物も忘れない。
廊下を出て、右っと・・・・。しかし、よく磨かれた床だ。オレは幾度か滑りそうになった。
どうにか脱衣所の前へと着く。引き戸を開けて中へ入ると、これまた結構広い脱衣所。
ポンポンポーンと服を脱いで洗濯物と一緒に籠の中へと放り込む。
ついで抽斗からタオルを引っ張り出した。
広い脱衣所で気持ちがいい。思わず鼻歌まで飛び出してしまう始末。
一度挨拶をしたら遠慮は無用。
親父から教わった悪癖の一つだ。
よしっ、はいるかぁ!!
オレは浴室のドアを開けて・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんだ、こりゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
叫び声が遠く木霊した。
湯気があふれてくる中、オレは目をこする。
・・・・・見間違いじゃない、やっぱり。
そこは、とんでもなく広い風呂場だった。
ひたすら大きい浴槽には、たっぷりとお湯がはってある。
オレん家の近所にある銭湯より広いんじゃないんだろうか?
湯気をかき分けるように浴室へ入る。
洗い場で、思いっきり手足をこすった。日焼けにしみたがひたすら我慢。
さすがにこんなお風呂に汚れを浮かべるわけにはいかない。
よく背中も洗って、いざ湯船へと向かう。
入ろうとして・・・・なぜか周囲を見まわしてしまう。
だって・・・なあ?
ええい、ままよっ!!
オレは意を決すると、ザプンとばかりに浴槽に飛び込んだ。
「ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
無茶苦茶気持ちいい!!
オレは思いっきり全身を伸ばした。それでも広い浴槽はまたまだたっぷりしている。
すごい贅沢だなぁ・・・・・。
存分に身体をほぐしながらオレは宙を見上げる。
しかし、親父たちに、こんな金持ちの知り合いがいたとは。一体、何をしている人たちなんだろう?
やっぱり、モデルかなぁ? それとも、実は映画俳優とか・・・・?
オレは思考を中断して浴槽から上がる。
頭に血が上ってきた。夏場は長湯をするもんじゃない。
機会があったらたずねてみるか。
オレは温めのシャワーを浴びて浴室から出た。
身体を拭いて服を着て、廊下へと出る。
たちまち冷気が全身を覆って、ほてった身体を冷ましてくれた。
なんか、あまりにも居心地が良すぎて、かえって緊張するなあ。
そういや、昼ご飯っていってたっけ。
とたんに腹がぐーっと鳴った。
考えてみれば、夕べオニギリを一個食べてから、何も食べてないや。
オレは急ぎ足でリビングへと向かった。
どんな豪勢なものが食べれるのかとワクワクしながら。
オレはゆっくりと目を開ける。
一瞬、自分がどこにいるのか判らなかった。
タオルケットをはねのけて上体を起こして・・・・・・・碇家に遊びに来ていたことを思い出す。
「ふあああ・・・・・・・・・」
頭をバリバリ掻いて部屋を見まわせば、夕暮れの光に橙色に染まっていた。
部屋の時計を見る。
18時ちょっと前だった。
お昼ご飯をご馳走になってから寝たから・・・だいたい6時間くらい寝たかな?
お昼ご飯は、豪華なサンドイッチだった。
とんでもなく美味かったから、多分、どこぞの有名なパン屋から買ったものでも出してくれたのだろう。
あれは、素人に出せる味じゃなかった。
ふと、寝る前のシンジさんの言葉を思い出す。
『今日の夜は、ハヤトくんの歓迎パーティをするからね』
うーん楽しみだ。
でも、そんな歓迎してもらうほどのもんなのかね、オレ?
ここいら辺で恐縮しないから、母ちゃんに図太いとか言われるんだよなあ・・・・・。
とりあえず、顔を洗ってくるか。
オレは布団を畳んで部屋を出た。
そのままぶらぶらと脱衣所へ向かおうとして、オレは廊下半ばで足を止めた。
庭に面する窓から外を見ている人がいた。
この家の人だろうか?
マジマジとその人を見つめる。
随分と背が小さい女の人・・・・・・?
オレの視線に気づいたか、女の人はこちらを向いた。
瞬間、オレの心臓は跳ね上がった。
「あら? キミは・・・?」
女の人は小首をかしげる。
またもや跳ね上がる心臓。なにかしゃべろうにも言葉にならない。
それほど、キレイな人だった。
アスカさんもキレイだったけど、この人は、更にその上を・・・・・。
いや、違う、オレの好みにあっているというか・・・・・・。
ああっ、何がなんだかわからなくなってきた!!
「ああっ、キミがハヤトくんね」
女の人はそういって近づいてきた。
オレはコクンと頷くのが精一杯。頭の中がひたすら熱くなって行く。
正直、息をするのも忘れていた。
「あたしはミコト。碇ミコトよ。よろしくね」
そういってミコトさんは手を差し出してきた。
一瞬、何をしたらいいか判らず、まじまじとそのキレイな手を見つめてしまう。
「ん?」
ミコトさんはまたしても可愛らしく小首をひねる。サラサラの黒い髪が流れた。
仄かに漂ってくる甘い香りがオレの心臓を直撃。
ガラス細工でも触るように、ミコトさんの手を自分の手で握った。
「よ、よろしくお願いしますです・・・・・」
自分でも何を言っているかわからないまま、握手は終了してしまった。
「今晩はパーティだから、思いっきりパパの料理を楽しんでいってね♪」
ミコトさんはそういって微笑むと、廊下をいってしまった。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・はあ〜。
手には、柔らかくてしっとりした感触がまだ残っている。
なんて、キレイな・・・・・・・・。
幾つくらいなんだろう? オレより年上なのかなあ・・・・・。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・ふう〜〜。
「あれ、ハヤトくん、起きたんだ?」
背後から声。
オレはビクッと思わず身体を震わせてしまう。
「は、は、は、まあ・・・・」
どもりながら振り向くと、エプロンをつけたシンジさんが立っていた。
シンジさんは、ちょっと不思議そうな顔をしたけど、ニッコリ微笑むと言った。
「準備は出来たから、用意が出来たらリビングへ来てね」
「はい、どうも・・・・」
しどろもどろで挨拶しながら、オレは急いで脱衣所に行く。
洗面台に冷たい水を張って、思いっきり顔を押し付けた。
顔を上げて鏡を見る。
顔は赤くなかった。
・・・・・・・・・・・・・。
なんというかその・・・・・・・まいった。
あんなキレイな娘さんがいたなんて。
碇、ミコトさん・・・か・・・・・・・。
呟いてみる。
高鳴る心臓。
・・・・・やばい、マジかも。
ええいっ、落ち着け!!
オレは息を吸い込むと、もう一回洗面台に顔を突っ込んだ。
リビングへ入ったオレは、またまた驚いて固まってしまった。
そなえつけられたデッカイテーブルの上には、所狭しと様々な料理が並んでいる。
まず量が尋常じゃない。どれも10人分くらいはあるだろう。
それに、和洋中華と種類も豊富。
以前連れてってもらったバイキング店みたいだ。
料理に目を奪われたのもそこそこ、オレの視線はミコトさんを探していた。
・・・・いた。
シンジさんとおそろいのエプロンをつけて料理を運んでいる。
さっきは気づかなかったけど、ホットパンツから伸びた白い足がまぶしい。
「疲れはとれた?」
アスカさんが近づいてきた。白いワンピースがとても良く似合っている。ちょっと胸元が露出しすぎているようで、目のやり場に困った。
「はい、おかげさまで」
オレが言うと、アスカさんは笑う。
「いーわねぇ、若いって。最近、ウチの旦那なんかは昔に比べて・・・・」
「なーに青少年相手に馬鹿いってんのよ、ママはっ!!」
いつのまにかアスカさんの後ろに来ていたミコトさんが、アスカさんを突き飛ばす。
「ハヤトくん、こんな不良中年の言う事にいちいち耳を傾けちゃダメよ?」
ミコトさんはウインクしてくれた。
「誰が不良中年ですってぇ!?」
アスカさんが牙を剥く。いや、本当に一瞬鬼に見えたような気がした。
「いや〜ん、パパっ! ママがいじめる〜!!」
ミコトさんは、あっという間にシンジさんの背後に隠れてしまった。
「ほら、ハヤトくんも呆れてるだろ? それに、もう始めるんだから・・・・」
シンジさんが料理の皿片手に呆れ声を出すと、アスカさんは風船が縮むみたいに大人しくなってしまう。
「・・・は〜い」
しおらしく返事をするアスカさんを眺めて今度はシンジさんはオレの方を向く。
「適当なところに座ってね」
「はい。それにしても、この量は・・・」
オレは手近にあった籐細工の椅子へと腰をおろしながら呟いた。呟いたつもりだったんだけど、シンジさんの耳に入ったらしい。
「はははは、量が多くてびっくりしたろ? 実は、他にも家族と招待客がいるんだよ」
「そうなんですか!?」
驚く。
考えてみりゃ、家族構成もなにも聞いてなかった。親父め。
でも、ミコトさんの姉妹だったら、さぞ美人ばっかだろうなあ・・・。
気づくと、またオレの視線はミコトさんの横顔を追っていた。
なんていうか、可愛い。こんな人がほんの数歩離れた場所に、同じ空間にいるのが不思議な感じがするくらい。
「ハヤトくんは何を飲むの?」
急にミコトさんがこっちを向いた。オレは慌てて視線を反らす。
「え、えっと・・・コーラでいいです」
目線を伏せたままボソボソと言う。
「おっけ♪」
ちょっと視線を上げてみたけど、ミコトさんがオレの視線に気づいていた素振りは見えない。ほっとする。
オレが胸を撫で下ろしていると、リビングから出ようとしていたアスカさんが声を上げた。
「あらっ、あんたたち二人一緒に来たの?」
どうやら、家族の誰かが帰ってきたらしい。
「いや、そこで偶然一緒になっただけさ」
「そうそう。あ、ミレイも後から来るって・・・・・」
そういいながら二人の男の人がリビングへ入ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?
「あああああああああああああああああっっっっっっっ!!」
オレは思わず指差して大声を上げていた。
昼間会った背の高い男前の兄ちゃんに、サングラスをかけた兄ちゃんが、びっくりしたような顔でこっちを見ている。
「おお、少年。無事だったか!!」
男前の兄ちゃんが、手を上げてニヤリと笑った。
「ああ、君が鈴原のおじさんとこのハヤトくんだったのか・・・・!!」
サングラスを外しながらもう一人の兄ちゃんも言う。サングラスを外した顔は、おどろくほどシンジさんの若い頃の顔に似ていた。
「なによ、あんたたち。もう知り合いなの?」
アスカさんが狐につままれたような顔がしている。
シンジさんはエプロンを外しながらそんな三人に近づいた。
「ハヤトくん、紹介するよ。長男のアスマに次男のリュウジだよ」
アスマさんはサッソウと近づいてきて、オレの首に腕を廻した。
「なるほどなるほど、道理で大した度胸してるわけだ」
そういってしきりに笑っている。
リュウジさんも近づいてくる。
「ゴメンねー。大阪から来たって聞いたときに、ピンと来るべきだったんだろうけど・・・・」
照れたように頭を掻いていた。
オレはというと、まだ驚きから覚めない。
確かに、この二人はシンジさんとアスカさんの顔に似ている。どちらも黒髪に黒い瞳だけど、雰囲気がそっくりなのだ。
しっかし・・・・着いたそうそう立てつづけに碇一家の二人にあっていたとは。つくづく偶然とは恐ろしい。
ピンポ〜ン
ひたすら驚いているオレの耳に、チャイムの音が別世界のように聞こえた。
しかし。
「おっじゃまするわよ〜ん♪」
陽気な大声に続いてドタドタとした足音。
見るとリビングの入り口に、派手な雰囲気のオバサンが現れた。
オバサンはずかずかと近づいてくると、オレの顔を両手で挟み込んだ。
びっくりするオレの目をじーっと覗き込んでくるオバサン。
そして、ニッコリと笑う。
「いやー、やっぱり昔の鈴原くんにそっくりねぇ〜〜」
バンバンと背中を叩かれた。
「あの、この人は・・・・?」
涙目になりながらオレは尋ねた。
「この人はミサトさんだよ」
アスマさんが苦笑いしながら教えてくれた。
ミサトさん・・・・・?
ああ、親父の昔話に出てくる人の名前だ。
ええと、確か物凄い酒飲みで・・・・
途端に口に瓶が突っ込まれた。喉の奥へ苦い液体が流れこんでくる。
これはビール!? と気づく前に、ミサトさんの笑い声が木霊する。
「さあ、飲んで飲んで♪」
「ちょっとミサトさん、ハヤトくんは未成年ですよっ!?」
シンジさんの慌てた声。
「いーからいーから♪」
更に喉の奥へとビールを流し込まれた。
オレの意識は急速に薄れて行った。
目を覚ますと、クーラーが効いているのにだいぶ汗をかいていた。
頭が重く、痛い。
オレは和室の布団に寝かされていた。
もそもそと起きる。
時計を見ると、午前10時を廻っていた。
のどの奥が苦く、気持ちが悪い。
二日酔いというやつだろう。
気持ち悪いのを我慢しながら、昨日のことを思い出す。
えーと、えーと、青い髪の女の人もいたよーな・・・・・・・・。
・・・だめだ、ビールをがぶ飲みさせられたところから、記憶が曖昧だ。
でも、結構料理を食べたような気もすれば、まったく食べてないような気もする・・・・。
とりあえず、顔でも洗ってこよう。
オレはふらつきながらも腰を上げた。
壁によりかかりつつ洗面所で顔を洗う。ついでに冷たい水も飲んで大分スッキリした。
タオルで顔を吹きながらリビングへ行くと、人の気配はさっぱりしない。
キッチンも覗いてみる。人の気配どころか、火の気すらなかった。
でも、テーブルの上には、鍋と書き置きがある。
鍋の中味は・・・・・・・・冷たいスープだろう。美味しそうだ。
書き置きには、
「みんな仕事や学校で出かけています。
お昼はスープに冷蔵庫にサンドイッチがあるので食べてください」
その下には、
「昨日はゴメンね〜。ミサト」
と違う筆跡で書いてある。
オレが苦笑する。ところがまた続きがあった。
「P・S 今夜も歓迎会をしますから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
手から紙が滑り落ちた。
その日の夜の歓迎会は、明日が休日ということもあるからか、昨日にも増して人が多かった。
この日は、渚夫妻を紹介してもらった。
これで、親父の昔の写真の四人の正体がわかったことになる。
渚カヲルさんは、昨日のミサトさんに和をかけて陽気な人だった。
その奥さんのレイさんはとても無口な人だ。
二人とも親父たちと同じ歳のはずなんだけど、メチャクチャ若く見えた。
シンジさんといいアスカさんといい、この街の時は止まっているのだろうか?
あ、そうそう、渋いオジサンも来ていて、この人は加持リョウジさんといいミサトさんの旦那さんだという。
「昨日は悪かったね。こいつは昔から悪乗りがすぎることがあって・・・」
ミサトさんと一緒に謝罪された。
「いえいえ、そんな・・・・・」
さすがにオレも恐縮してしまう。
他にも、新たに二人の女の人が来ていた。
加持サトミさん。
加持夫妻の一人娘で、アスマさんの恋人だという。アスマさんにせっせと料理をとってあげている姿が印象に残った。
もう一人は渚ミレイさん。
こちらも渚夫妻の一人娘で、リュウジさんの恋人だという。
「あなたがハヤトさんですか? 渚ミレイと申します、以後お見知りお気を・・・・・・」
と挨拶された。言動がずいぶん古風な人みたいだ。
二人とも、かなりの美人だ。
・・・・・・・でも、ミコトさんには及ばないな。
オレは勝手にランク付けして、密かに赤面する。
昨日にもまして気分が良いのが自覚できた。
なにもまた酒を飲んだからではない。馴れたからだろう。
いや。
本音は、ミコトさんの恋人らしき人の姿がなかったことが原因だ。
ここでミコトさんの恋人でも紹介されたら、オレの気分なんか地獄の底まで落ち込んでしまったことだろう。
昨日はあまり味わえなかったと思う料理の数々を、今日は思いっきり楽しむことが出来た。
ハッキリ言って、美味い。
うちの母ちゃんも相当料理上手だと思ってたけど、レベルが違う。
なんでも、この料理は全部シンジさんが作ったとのこと。シンジさんはプロの料理人なんだろうか?
さすがに腹が一杯になると、オレの視線は我知らずミコトさんを探してしまう。
かすかにほっぺたを赤くしてはしゃいでいるミコトさん。とっても可愛い。
なんか、胸の奥が温かく、幸せな気分になってくる。このまま時間が止まればいいのに。
しばらくボーっとしていると、いきなり後ろから首を抱えこまれた。
「おう、ハヤト。この夏ずっといるんだって? だったら色々面白いとこに案内してやるよ」
アスマさんだ。この人も顔がちょっと赤い。酔っ払ってるのかな?
「ははは、お手柔らかに」
オレがそう答えると、アスマさんは耳元に口を寄せてささやいてきた。
「ふっふっふ、楽しみにしていてくれたまえ」
直後アスマさんは悲鳴を上げた。
後ろを向くと、サトミさんがアスマさんの揉み上げを引っ張り上げている。
「こら! 前途有望な少年に、悪い遊びは教えないの!!」
「いたたたたたたっ! 判った、判ったって・・・・・」
「ごめんね、ハヤトくん。聞き流しておいて」
そのままアスマさんはズルズルと引きずられて行ってしまった。
なんかこう・・・パワフルだな。
「どう、ハヤトくん。楽しんでいる?」
入れ違いでシンジさんがやってきた。
「ええ、ありがとうございます」
本音だ。こんなに盛大に歓迎してもらえるとは、正直思ってなかった。
「ふふふふ・・・・。みんな賑やかで驚いてるだろう?」
「ええ、そりゃ・・・・」
確かに、みんな物凄くその・・エネルギッシュだ。精一杯楽しんでいるという空気が、びんびん伝わってくる。
「ここにいる人たちは、みんな僕の家族みたいなものだから・・・・・・・」
シンジさんはそういって笑う。
一瞬意味がわからなかった。でもすぐに納得する。
みんな無用な遠慮はしない。まるで本当の家族みたいに振舞っている。
・・・・・オレもその家族に入れてもらっているのだろうか? だったら嬉しいな。
「シンリィ〜!! ろんでるふぉ?」
アスカさんもワイングラス片手にやってくる。
酔っ払ってロレツが廻ってないんだけど、妙に色っぽいしぐさでシンジさんにしな垂れかかる。
オレはなんとなく見てはいけないような気がして視線をそらすと、リュウジさんたちの輪の方へと向かった。
歓迎会はまだまだ終わりそうにない。
それからの一週間はあっという間に過ぎた。
アスマさんから色々と遊び場に連れてってもらったり、リュウジさんからこっそりバイクを運転させてもらったり。
シンジさんとアスカさんも、プールに連れて行ってくれたりした。
オマケに相変わらず料理も美味い!!
まったく最高だ。
親父たちに感謝しなくちゃ。
みんなオレのことを弟のように可愛がってくれた。
花火。
プール。
夏祭り。
行った先には、大抵ミコトさんもいっしょにいた。
浴衣を着たミコトさん。
水着を着たミコトさん。
タンクトップにショートパンツのミコトさん・・・・・。
・・・・・・・・・・・・
気がついたら、オレは本格的にミコトさんにイカレていた。
そんある日。
オレが起きると、シンジさんとアスカさんの姿はなかった。
アスマさんはもともとアパート暮らしだし、リュウジさんはゼミの人たちとツーリングがてらの小旅行に出かけてて、明日まで帰らない。
すると・・・・・・・・・。
この家には、今、オレとミコトさんしかいない!?
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・絶好の機会だよな。
・・・・・・・・・・・・・。
よしっ!!
オレは気合をいれて、身支度を整える。まあ、せいぜい寝癖を直すくらいだけど。
確か、ミコトさんの部屋は二階だ。
おそるおそる階段を上がる。
女の子らしい花柄のプレートには『ミコト』とあった。その部屋の前でオレは呼吸を整える。
落ち着け、心臓。手が震える。
震える手でドアをノックした。
「はい? 」
「えーと、ハヤトです」
「あ、開いてるわよ、どうぞ」
・・・・あっさりと入室許可が下りてしまった。
ドアノブを握った手がすべる。くそ、落ち着けっての。
「失礼します・・・・・」
なんとかドアを開けた。
ミコトさんは出窓の部分に腰を降ろし、本片手に微笑んでいる。
眩しい。
オレは入口でついボーっとしてしまう。
「どうしたの?」
ミコトさんの声で我に返る。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・緊張する。
ええいっ、男は度胸だっ!
「あっ、あの!!」
オレは意を決して声をかけた。
「ミコトさんの理想の男性って、どんなんですか!?」
ミコトさんの目が丸くなる。続いて、身体を曲げて笑い出した。
・・・・やばい、ちょっとストレートすぎたかな?
オレが硬直していると、ミコトさんは目の涙を拭いながら言う。まだ笑っている。
「なに、いきなり?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
オレは黙るしかない。顔が赤くなるのを必死にこらえる。
「・・・・そーねー。理想の男性は、やっぱりパパね♪」
それでもミコトさんは答えてくれた。
パパ・・・シンジさんか。
すると、優しくて、料理の上手い男が理想なんだな、うん。
オレはもうひとつ質問する。
「じゃあ、料理は何料理が好きですか?」
ミコトさんはキョトンとする。しかし、頬に指を当てちょっと考えると答えてくれた。
「うーんと、パパが作ってくれるものならなんでもいいんだけど・・・・。強いてあげるなら、フランス料理かな?」
なるほど、フランス料理か・・・・・。
いよいよ最後の質問。これが肝腎だ。
これの返答によっては、質問は全くの無駄になる。
でも、こればっかりはどうしようもないこと。
オレは唇を舐める。喉がはりつくみたいに乾いていた。
それでも、なんとか声を絞り出した。顔を伏せたまま。
「その・・・・ミコトさんには、恋人はいらっしゃいますか?」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
もし、首を縦に振られたら、多分オレは・・・・・・・。
おそるおそる伏せていた顔を上げる。
ミコトさんは、笑って首を振っていた。
「ありがとうございましたっ! 失礼しますっ!」
その返事を確認すると、オレは部屋を飛び出していた。
やった、やった、やった!!
足どりは翼が生えたかと思うくらい軽い。
オレは真っ直ぐ使わせてもらっている和室へと飛び込む。
そして猛然と帰り支度を始めていた。
「もう帰るの? お盆になったらトウジたちも来るから、それまでいればいいのに・・・・」
翌朝、家の前でオレをシンジさん一家が見送ってくれた。
「いいえ、もう十分です。ありがとうございました。それに、また来ますから、絶対・・・・!」
オレは力強く断言し、みんなの顔を見まわす。
ミコトさんは眠そうに目をこすっていた。
必ず、また来ます。
ミコトさんに会いに。
もっとたくましくなって。
その時は・・・・・・・・・・!!
「お世話になりましたっ!!」
オレは深く頭を下げるとみんなに背を向け走り出した。
「達者でな〜」
「またね〜」
「気をつけて〜」
みんなの声が追いかけてくる。
オレは一度だけ振りかえり、大きく手を振った。
そして、もう振り向かず、思いっきり走った。
「・・・・もしもし? ああ、センセイ、ワシのセガレが世話になったのー。
こいつ、ワシらが行く前に帰ってきおって・・・・・・・・ 」
「いやいや、そんなことないよ、トウジ。いい子じゃないか、ハヤトくんは。
でも、なんで帰っちゃったんだろう? 聞いてない? なんか悪い事でもしたかなー」
「センセイん家に限って、そんなことはないって。ハヤトのヤツもめっさ楽しかったっていってるでー」
「そうか・・・。ならいいんだけど」
「それより。ハヤトのヤツ、帰ってくるなり、フランスに料理修行で留学する、とかほざいてバイト始めたんやけど、
そっちでなんかあったん?」
おしまい。
どうもご無沙汰してます、三只です。
いやはや、電波が降りてきてはや1ヶ月。完成が随分と長くなってしまいました。
なんつーか、これはもう二次創作の域を出てるかもしれません。おまけに季節感はバリバリ無視だし(笑)
二世キャラ同志の恋愛なんて、本編とのつながりが大分希薄になってしまってます。
本人はあくまで本編の続編を書いているつもりなんですけどねぇ(苦笑)
それでも良い方はお楽しみ下さい。
ではまた・・・・・・・・・・・・。
三只さんの『少年 H』後編です〜。
碇家、なかなか凄そうな家ですねぇ。なんか、住んでみたいかも(笑)
すっかりハヤト少年は圧倒されてしまったようですね。怪作も圧倒です(笑)
そして、ミコトとの出会い‥‥。二世同士、仲良き事は美しき事哉。でありますね<謎
素敵な話でありました。みなさんには是非作者の三只さんに感想メールをお願いします。