夫婦絶唱・黎明篇


碇アスカの育児日記 9月

作者:三只さん




















9月1日




本日より九月。

大学はまだだけど、幼稚園の夏休みは終わったわけで、今日からアスマはご出勤。

ミコトのおかげで生活パターンが乱れがちだけど、ちゃんと朝起きて送り出してあげなければならない。

と、前夜に決心して寝たんだけど。ものの見事に寝坊してしまいました。

気がついたら、時計の針は10時をさしており、シンジが笑いながらコーヒーを煎れてくれた。

「なによ、起こしてくれたらいいのに」

照れながら文句をいうと、

「よく寝てたからね、かわいそうだったから・・・」

とのシンジの返事。

ちょっと朝から愛を感じてしまった一日。














9月2日



アスマがいないだけでだいぶ静かだ。

リュウジも大人しいし、ゆっくりとブランチを楽しむ。

天気もいいので布団も干す。

シンジは家事を済ますとほとんどミコトにべったりだ。

もともとシンジ自身親バカの傾向はあったと思う。

でも、今回は女の子だからよけい可愛くて仕方がないらしい。

「あ、笑った。ミコトは美人さんだね〜」

ちょっと笑っただけでも、抱えて飛んできてあたしに見せようとする。

そして決まって、「お母さんにそっくりだ。絶対将来すごい美人になるよ」と真剣な顔で子供に語りかけるのだ。

ふふ、あんたの顔の造りもそうそう捨てたものじゃないのよ、お父さん?
















9月4日



今日、ポストに分厚い封筒が投函されていた。

いまさらラブレターをもらうわけもないし、よくよく調べてみれば、封筒の隅っこにネルフマークを発見。

リツコからなのかな?

慎重に封を開けてみると、中から出てきたのは大量の旅行のパンフレット。

それと、分厚いファイルが一冊。

シンジと一緒に首をかしげながらケンブンする。

旅行のパンフレットは、日本国内のものばかり。東日本秘湯巡り、なんてシブイものもある。

で、ファイルというのが見たこともない女性の全身写真とプロフィールの束。

「これ、もしかしてあんたの女性遍歴?」

と冗談混じりにシンジに言ったら、必死で首を振るので面白かった。

まあ、その女性たちの年齢が20〜50代と幅広いので、すぐに違うとはわかってたんだけど。

彼女らがなにものであるのかは、履歴欄を見ればよくわかる。

みな、保母、ベビーシッターのスペシャリストだ。中には、イギリスの乳母学校を出てる人もいる。

だけど、これと旅行の関係は? と訊ねたら、

「たぶん父さんのしわざだよ、これ・・・」

複雑な笑みを浮かべながらシンジはいう。

「つまり、優秀な乳母をいくらでも用意するから、子供を預けてあたしたちに旅行にでもいってこい、と?」

いいながら、ファイルを放り投げ、大笑いしてしまった。

あの司令がねー。だとすると、温泉旅行プランは副司令の趣味だろう、たぶん。

いちおうあの人は「お義父さん」なわけだけど、どうにも司令のほうがしっくりくる。

まあ、あたしの日記だし表記は司令に統一しとこう。

「旅行は家族そろってしたいから、とうぶん先ね」

ミコトを抱き上げながらいうと、シンジもうなずく。

・・・実際のところ、司令の意図が分かりやすいくらい透けて見えてる。

ようは、子供、つまり孫たちを独占するオフィシャルな口実が欲しいのだ。

だから、家に子供たちを見に遊びに来て、とシンジはよく誘っているのだが、一度も来たことがない。

そのくせ子供たちの誕生日には山ほどのプレゼントを送りつけてくる。

おかげであたしたちはベビーグッズを何一つ買ったことはない。

照れてるというのか、頑固というのか・・・不器用で素直じゃないのだ。人一倍孫たちに接したいくせに。

とりあえず今回はご厚意だけ受け取っておくことにする。

ミコトの首が座ったら、みんなでネルフの司令室にでも遊びにいってやろう。
















9月6日




今日、みんなで夕食をとっていると、アスマがふざけて生意気な口をきいた。

たぶん、

「アスカ〜、ショーユとって〜」

と奇妙に間延びした口調で言ったらしい。なんでも、20世紀末に流行したアニメのキャラクターの真似で、幼稚園で覚えてきたらしい。

そして、あたしは怒ったらしい。

なんでらしいらしいと伝聞なのかというと、あたし自身ハッキリと覚えてないからだ。

気がついたらシンジに羽交い締めされていて、食卓は盛大にひっくり返り、驚いたらしいリュウジとミコトが泣き出していた。

で、瞬間的に爆発、発散したらしいもんだから、不思議なことに気分はなんかすっきり。

メチャクチャになったあたりを見回すと、目の前には硬直したアスマが立っている。

「あら、アスマ、もう4歳なんだから、立ったままおしっこもらしちゃだめでしょ?」

って、頭撫でてやったら、白目むきそうな勢いでコクコク首をふっていた。

落ち着いてから部屋の後片づけをする。

驚いたことに、冷蔵庫が浴室へ、電子レンジとオーブントースターが玄関でケムリを吐いていた。

片づけながらシンジへあたしがなにをしたのか訊ねても、ひきつった笑顔をしたまま教えてくれなかった。

我ながら謎だ。














9月7日



昨日なにが起きたのか謎のまま。

だけど、朝になったらアスマはケロっとしている。

あのあと、「お母さんはお母さんかママと呼ぶこと!!」としつこいくらい説教も追加したのに。

「いってきま〜す!!」

と元気よくお迎えバスに乗っていってしまった。

神経が太いのかなんなのか。

このタフさ、きっとシンジに似たんだと思ふ。












9月10日



今日はシンジが夕方まで不在。

というわけでレイに来てもらう。

で、いろいろと子供の面倒を見てもらい、あたしはめいっぱい昼寝を楽しんだ。

不平不満を滅多に口にしないレイなんだけど、今日は珍しくイヤミのようなことをいっていた。

「あなた、わたしにはリュウジくんを預けてさえおけば満足していると思っているでしょう?」

「うん♪」

「・・・・・・・」

結局夕方までいて、ご飯まで食べて帰っていった。なにが不満だったのだろう? そもそも不満を口にしていたのかな?











9月15日



今日は十五夜とかいってお月さまを見物する日らしい。

で、夕方になったら、加持さんやらレイたちやらたくさんやってきた。

うちのマンションのベランダが一番よく見えるからだって。

なんだか分からないけどまあるいお団子とススキををシンジが用意していた。

残った団子は、あんこやらしゅうゆあんをつけてデザートがわりに食べた。

形が悪いのもいくつかあったのは子供たちのお手製だ。

でも、全部おいしかった。

夕食が済むと、みんな思い思いにベランダへ出る。

良く晴れていて、まあるいお月さまがキレイだ。

この時期は、夜になるとぐっと涼しくなる。

そんな風の中にもかすかに夏の匂いが残っているようで、鼻の奥がツンとして、胸の奥が少し切なくなる。

今年で8回目になる日本の秋だけども、この感覚は嫌いじゃない。

「ねえねえ、なんで、月にウサギがいるの?」

サトミちゃんの質問に、大人みんなが答えられなかった。

にわかに議論が交わされる。

「そもそもウサギってのはあ・・・」

「そーいや、なんでウサギって目ぇあかいんだっけ?」

「白くてふわふわして可愛いわ」

「なんで、月でモチついてるんだろ?」

いろんな意見が飛び交う中、アスマの一言が秀逸だった。

「なんか、レイおねーちゃんてウサギみたいだね」

ちなみ、アスマはミサトのことはおばちゃんと呼ぶ。彼なりの判断基準でそう呼んでいるはずなんだけど、ミサトはあたしがそう呼ばせていると信じ切ってる。 こまったもんだ。

とにかくアスマの一言は、みんなを微笑ましい気分にさせた。

「言われてみれば・・・そうねえ」

ミサトがビール片手に妙に感心している。

一方、あたしは身体を二つに曲げて笑いをこらえるのに苦労した。

だって想像してしちゃったんだもん。

レイがバニーガールの格好をして、無表情でぺったんぺったんお餅をついている姿を。

おかげでレイの方をまともに見れなくて大変だった。

レイも怪訝そうな顔をしていたけど、こればっかりは説明する気にはなれないのだ。






















9月18日



夜、ミコトにおっぱいをやっていると、台所でゴソゴソ音がする。

香ばしい匂いがするからのぞいてみると、シンジはでっかい鍋とにらめっこ。

なに作ってるの? ときいても教えてくれない。

でも、明日の夕飯にするらしい。

うーん、楽しみ。












9月19日



昨日の鍋の正体はシンジ特製のトンコツスープだった。

で、昼間はメン作り。

手間暇かけてあるだけに、夕飯に出たラーメンはめちゃくちゃ美味しかった。

アスマなんかいっちょまえに一人前ぶんきれいに平らげてた。

それにしてもシンジの料理のレパートリーはスゴイ。

ま、あたしがアレ食べたいコレ食べたいとワガママにつきあわせた結果なんだけどさ。

「もう、なんか、プロ顔負けって感じよね〜。いっそ、お店でも開いてみる?」

半分冗談半分本気で絶賛していると、少しだけシンジが真剣な表情をしていた。

あたしは、こんなシンジの顔が好きだ。

・・・別に、大学を出てるから、一流商社に勤めなきゃならないわけでもないし、店を開くってのも魅力的かもしれない。

美人なママさんがいて評判の店とかさ。・・って、それじゃクラブだわね。


















9月23日




今日もシンジが夕食をたくさん作ったので、知り合いを招待した。

まず、ミサトが来た。

「あれ、アスカ太った?」

開口一番、とんでもなく失礼な挨拶だ。

次にレイ。

「・・・・体積が増したわね」

なんか、普通に太った、といわれるよりムカツク。

最後にヒカリ。

「あら、アスカ、丸くなったみたい」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

明日よりダイエットを始めよう、マジで。





















9月25日



ただいまダイエット中。

それをシンジに見とがめられた。

「・・・なにも、そんなにダイエットしなくても」

「そんなこといっても、プロポーションは維持したいのよ。あんたも、あたしがいつまでもキレイなままがいいでしょ?」

「そりゃそうだけど・・・。でも、アスカがアスカであることには変わりないわけだし・・・」

そういうと、シンジは照れたようにうつむいて、リュウジをあやしている。

・・・だからあたしは彼のことが好きになったのだ。

シンジは、あたしの外じゃなくて、内面を見てくれている。

わかっていても、そういうのって結構難しいと思う。

自慢するわけじゃないけれど、あたしに告白してくれたやつの大半は、あたしのみてくれしか見てなかった。

そんなやつらがシンジに敵うわけないのだ。
























9月26日




昨日の出来事を、さっそく電話でヒカリにのろけたら、呆れられた。

「あのね、アスカ? 普通さ、授乳期のお母さんっていったら、睡眠不足だ育児疲れだなんてヤツレるものなのよ? あたしの従姉妹のお姉ちゃんもそうだった し」

だから、あたしみたいに血色満点は普通ありえない、という。

そんなこといわれても、ねえ?

理解と愛にあふれる旦那に、経済状況も悪くない。じゅうぶんな時間もある。

環境的に恵まれていることを再確認してみたり。



















9月30日




入院してて艶をなくしていた髪がようやく光沢を取り戻してきた。

ブラシでとかしながらいじくっていると、子供たちも一緒に鏡台をのぞき込んでくる。

「どう? きれいでしょ、お母さんの髪は?」

サラサラの髪を目の前で振って見せたら、リュウジに無造作に掴まれた。

「いたたっ!! ちょっとリュウジ離しなさい・・・・!!」

キャッキャッと喜んでいる丸っこい手を見てると、どうにも怒る気がそがれてしまう。

アスマも触りたそうな顔をしていたので、本日のお勉強タイム。

「いい? 女の子にとって髪の毛はイノチと同じくらい大切なものなのよ? 男の子はうかつに触っちゃダメ」

「・・・どうして、ぼくたちとお母さんのかみのいろ、ちがうの?」

なるほど、いっしょうけんめい鏡を見ていたのは、あたしの金髪と自分の髪の色を比べていたのだろう。

「そんなことないわよ。あんたも生まれたころはお母さんと同じ色だったわよ?」

疑わしげな視線を向けてくるので、二人を連れてミコトのところに行く。

ベビーベッドの中でスヤスヤ寝ている小さな頭を撫でてやる。

「ほら、よーくみてごらん?」

生えかけの髪の毛を、少し光にすかして見せる。

一見黒みがかって見えるんだけど、髪の毛の先端はキラキラと金色に光るのだ。

「ミコトもあんたたちと同じで、これから真っ黒になるのよ・・・」

それでも釈然としない表情をしているので、アスマの生まれたころの写真を引っ張り出して見せる。

新進気鋭カメラマン・相田ケンスケ氏が学生のとき撮影してくれた逸品だ。

「これ、ほんとに、ぼく・・・・?」

なんかまだ納得してない様子。

まあ、無理もない。生まれたてのころの子供三人、みんなそっくりなのだ。

これは、あたしやらシンジやら一緒に写っているからいいけど、一人一人単独で写っている写真をシャッフルしたら、まず見分けはつかないだろう。

「これは間違いなくあんたよ。ほら、お母さんもお父さんも若いでしょ?」

「・・・・あんまりいまとかわってない」

「・・・・・・・・・・・」

なんか喜んでいいのか悪いのか。

「で、でも、よーく見ると分かるでしょ?」

と、じっくり写真を見ていると、シンジもやってきた。

「あ、リュウジの生まれたときのやつだね」

「・・・・・・・・・え? うそ、これアスマでしょ?」

「いや、リュウジだって」

ひとしきり揉めたあと、写真を裏返したら本当にリュウジと書いてあった。

・・・・写真の撮り方に問題があったのだ。きっとそうだ。







 







10月に続く



三只さんから夫婦絶唱・黎明篇9月分をいただきました。

アスカののどこか変なママさんぶりや、ゲンドウや冬月の孫可愛がりようがでてくるエピソード、なかなか良いですね。こんな感じに突拍子もなく日常が 過ぎているのですね。

幸せでなによりです。(むちゃくちゃだけど)

なかなか素敵なお話をどうもありがとうございました三只さん。

みなさんも読後には三只さんへ感想メールをだしましょう。