夫婦絶唱・黎明篇


碇アスカの育児日記 10月

作者:三只さん





























10月1日


今日から10月。

この日記も三ヶ月めに突入ということで、どうにか続いている。

エライエライと自分を褒めておこう。

本日は、シンジが大学へ出かけていって、あたしは留守番。

まあ、妊娠している間も一緒に講義受けまくったから、単位はなんとかなってるはずなんだけどね。

そもそも、子育てしながらだから、ストレートに4年で卒業する気もないんだけど。

帰ってきたシンジに大学の様子を訊ねてみた。

「ああ、そろそろ学祭の季節だね」

そういえばもうそんな時期なのよね。

去年は参加したけど今年はパスだな〜、と考えていると、シンジが苦笑しながらいった。

「実行委員会の連中が、ぜひ君に大学対抗のミスコンに出てもらいたいって・・・」

「またあ?」

呆れてしまう。

実行委員会の連中、アフォだわ、間違いなく。

去年もシツコク言い寄られて、手酷く断ったのに。

そもそもあたしは『ミズ』だってーの!!

いっそ、子供でも連れて壇上にのぼってやらなきゃわからないのかしら?

・・・・いいかもしんない。

自分で考えてニンマリとしてしまった。

アスマにも、あたしと同じフリルがいっぱいついたドレスでも着せて、ペアルックでさ。

あの子、親のひいき目でも可愛いから、女の子の服も似合うのよね〜。

うん、いい機会かもしれない。

「アスマ〜?」

と声をかけたら、今のいままで隣にいたはずなのに、いつのまにかいなくなっている。

ったく、ここらへんのカンの良さ、誰に似たんだろ?













10月3日


今日はシンジが子供たちをお風呂にいれてくれた。

とりあえず、アスマとリュウジをあげてもらってから、そろそろとミコトを湯船に運ぶ。

浴槽に浸かりながら、シンジは両手を広げて待っている。

優しく小さな身体を浴槽に浮かべると、気持ちよさそうに全身で身じろぎした。

その仕草といい表情といい本当に可愛い。

とろけそうな笑顔って表現があるけど、あれって嘘じゃないわね。

だって、シンジの顔、本当にとろけてたもの。

浴槽に頬杖ついて、ジーッとシンジを眺める。飽きない。

「どうしたの? 僕の顔になんかついてる?」

あたしの視線に気づいたのかシンジは訊ねてくるんだけど、いっときも視線はミコトから離そうともしないのだ。

本当にミコトは大事にされている。

なんか妬けてしまったんだけど、これってヘンかなぁ?

その代わりといっちゃなんだけど、先にお風呂からあがっていたリュウジとアスマをシッカロールで真っ白にしてやった。

我ながら、特に立派な愛情表現だった記しておこう。













10月6日


今日、ミコトにおっぱいをやりながら、しみじみと考えた。

この子が、三人の中で一番おとなしい。

長男のアスマの場合、元気いっぱいというか、泣き声も半端じゃなく大きくて、その分笑い声もすごかった。

あたしもシンジも最初の子育てだからとんでもなく苦労したんだけど、元気すぎるくらい元気に育ってくれたと思う。

あまりに元気すぎて、ハイハイを覚えたとたん、ものスゴイスピードで移動しまくって、捕まえるのに30分くらいかかったのもいい思い出だ。

次男のリュウジは一番泣き虫だろう。

とにかくちょっとしたことでよく泣いた。

そのくせ、抱っこしたりすると安心してすぐ泣きやむ。

ひょっとしたら一番甘えん坊かもしれない。

で、ミコトはとにかくおとなしいのだ。

泣くのも、上の二人に比べてなんか遠慮気味だし、手の動かし方もただ動かすのではなく、なにかを訴えかけるような健気さを感じる。

笑い声も笑顔も、なんか品があって・・・・って、これじゃ親バカかも。

まあ、そこいらへんも子供たちも分かっているようで、アスマとリュウジがミコトに触っている姿は面白い。

二人とも気づいていないんだろうけど、なんか壊れ物を扱うみたいに神妙な顔になっているもの。

そういえば、誰から聞いたか覚えてないけど、日本には『一姫二太郎』という言葉があるそうだ。

つまりは理想的な子供の数と性別だ。女の子一人、男の子二人がいいらしい。

人口を増やすための出産率は平均で2.5人くらいが正しいそうだから、けだし名言だと思う。

うちにの子供たちともぴったり一致するしね。

でも、『一姫二太郎』って語呂がいいのもあるけれど、これって女の子が一番エライって意味もあるんじゃないかなあ?














10月9日


今日、シンジが風邪でダウンした。

一応医者に行かせたら、疲労性のものだという。

どうにもシンジに頼りすぎたかもしれない。

反省する。

子供たちにうつると悪いのでシンジは納戸に隔離する。

「もういいよ・・。きみまで風邪引いちゃう・・・」

とシンジが言ってくれたので、名残惜しかったけど熱っぽいホッペタにキスをして納戸を出た。

とりあえずあたし一人で子供をみなけりゃならない。

レイでも呼ぼうかと思ってたらアスマがなんか幼稚園からのお便りを持っている。

なにかと思えば明日は幼稚園の運動会。

ということは、シンジは明日参加は無理だろうから、あたしが行かなきゃダメ!?

参加するにしても、あたしが留守の間の子供たちの世話を、レイなりミサトなりに相談しなきゃならないわけで・・・・。

先行き不安だ。












10月10日


今日はアスマの幼稚園の運動会。

なのにシンジは先日に引き続きダウン。

あたしは昨晩から子供たちの世話で疲れてヘロヘロ。

それでも運動会に行ってあげなきゃ、と思ってたら、なんと今度はリュウジが熱を出した。

これじゃさすがにあたしも出かけられない。

仕方ないからミサトに連絡をとる。ところが、加持さんの親戚の不幸だかなんかで、サトミちゃんごと運動会は欠席とのこと。

最後の手段として渚家に電話する。本当はあまり頼りたくないんだけれど・・・・。

結果だけ記しておく。

あたしたちの代わりに出席した渚夫妻(特に旦那)のおかげで運動会は異常に盛り上がったらしい。

夕方、預かっていたミレイちゃんを引き取りに来た旦那の格好は、何故か白いスーツを着ていてお札をつなげて作った首輪をしていた挙げ句、Yシャツとホッペ タがキスマークだらけだったんだけど、深く追及しないことにする。

ほとんど放心状態で帰ってきたアスマにちょっと同情する。

トラウマにならなきゃいいんだけど。

それともう一つ。

後になってリツコから電話で文句を言われた。

『アスカ、どうしてこっちに連絡してくれなかったの!? あの人ったら、ジャージを着て準備万端だったのに・・・・』















10月15


スポーツの秋。

読書の秋。

でも、やっぱ食欲の秋。

まったく関係ないけど、『天高く馬肥ゆる秋』って、騎馬民族が責めてくるから注意しろっていう警句らしい。

今日もみんなでお食事会。

サンマに栗ご飯。きのこ汁に土瓶蒸し。デザートには柿に梨。

レイもミサトもヒカリも、シンジの作った料理に舌鼓をうっている。

たくさん食べて、あとでたくさん後悔するがいい。ぐふふふふふふ。

・・・・・・今日、着られない服が三着増えたこととは何も関係ない。いちおう念のため。
















10月19日


夕方、ベランダに出て外の景色を眺めてみた。

『紅葉』っていうものを日本に来て初めて見た。その時の感動を思い出し、感慨に浸る。

山並みが黄色から赤に変わっていくグラディエーションの鮮やかさは本当に素晴らしい。

それにしても、どうして秋の夕方とはこうセンチメンタルな気分になるんだろう。

胸の奥が、こう、なんか切なくなる。

「おかあさん・・・」

「んー?」

みると、ベランダへ出てきたアスマが腰のあたりにぺたっと抱きついてきた。

この子も同じ気持ちなのかな? そっと頭を撫でてやる。

「アスカ、風も冷たくなってきたからそろそろ・・・・」

夕飯の支度を終えたらしいシンジも、エプロン姿のままやってきた。

隣まできたとき、抱きついてやる。

「・・・・どうしたの?」

「ううん、少しだけこうしていたいだけ」

アスマを挟んでシンジにぴったり寄り添うと、彼の手があたしの肩を抱いてきた。

心の中がほっこり暖かくなった。

ああ、本当に幸せだなあ・・・・。

あたしたちが住んでいる街。

あたしたちが守った街。

あたしが大切なものを見つけた街・・・・。

ポツリポツリと街に灯りがともっていく。

その光景に、なにかとても誇らしい気分になったりした。
















10月23


本日は記念すべきお出かけ日。

ずっと駐車場に停めてあったワンボックスカーをシンジに運転してもらいネルフへと行った。

だいぶ前にシンジには免許を取ってもらっていたんだけど、この車で家族一緒に出かけるのは初めて。

「久しぶりだから、バッテリーあがってないかな?」

シンジは不安そうにキーを捻ると、一発でエンジンがかかった。

「だーかーら、大丈夫だっていったでしょ?」

実は、ネルフの整備部の連中がしょっちゅう持っていってメンテナンスしてくれているのだ。

「でも、そこのドクロマークのボタンは触っちゃダメ」

「一体なにが・・・?」

シンジがロコツに不安そうな顔をしていたけど、教えてあげない。

「さあ、みんな行くわよ」

助手席にはアスマを乗せて、後部座席のベビーベッドにミコト。あたしもリュウジを抱えるようにして後ろに乗る。

安全運転で無事にネルフ本部まで直通の車両エレベーターまで着いた。

「わあ・・・・!!」

相変わらずのジオフロントの光景に、アスマが歓声をあげた。

「そういや、久しぶりだわね。この子たちを連れてくるのも・・・」

目を見張って必死にしがみついてくるリュウジと一緒に眼下の景色を眺めた。

考えてみれば、子供たちをネルフ本部まで連れていったのは、数えるほどしかない。

なぜか保安部総出のテイチョウなお出迎えを受け、あたしたちは乳母車を転がしてラウンジへ向かう。

すると、たちまち職員連中に取り囲まれた。

「きゃー、可愛い!!」

って、何百回も繰り返される声の中心には、乳母車とリュウジを抱えたシンジがいるわけで。

あたしは、ちょっと離れたテーブルで、アスマと一緒にコーヒーを飲んでいた。

すると、チョコパェを頬張っていたアスマが声を上げた。

「あ、おばあちゃんだ」

アスマの視線の先には、そそくさとラウンジを出て行こうとする白衣姿がある。

「よしっ!! おばあちゃんに挨拶にいきましょっ!?」

あたしはアスマの返事も待たず、首根っこを抱えて席を立つ。

一瞬、シンジに断らなくてもいいかな、なんて頭をかすめたけど、まあ、ここにいて危害を受ける心配もないだろうし。

というわけでラウンジを出て、廊下に飛び出す。

「おばあちゃ〜んん!?」

右手側の廊下の角を、急ぎ足で曲がる白い影。

「まってよ、おばあちゃ〜ん!!」

「おばあちゃ〜ん!!」

アスマも声を合わせてくる。エライ。

で、ようやく三ブロック先の通路の行き止まりで、白衣の人物を追いつめた。

「アスカっ!! あなた、アスマくんを抱えて走って追いかけてくることないでしょう!?」

「リツコこそ、そんな全力で逃げることないじゃない・・・」

碇リツコ博士が、泣きそうな顔を表情で尻餅をついていた。

ちなみに、今のリツコは金髪でなくて黒髪に戻している。

所帯をもったから、というのが理由らしいけど、「老けた」っていったらスゴク落ち込んでいた。

「おばーちゃん、こんにちは」

あたしの腕から降りたアスマが、礼儀正しく頭を下げた。

リツコは嬉しそうに頭を撫でてくれるんだけど、顔は泣き笑いのままでいう。

「はい、こんにちは。・・・でも、その、できたらおばあちゃんは止めて欲しいんだけど・・・?」

「なによ、それを承知で司令と結婚したんでしょ?」

「そ、そりゃあそうだけど・・・・」

口ごもり、頬を染めるリツコ。

ふむ、ここでもまだ青春してるみたいだ。けっこうけっこう♪

「それで、司令は執務室にいるの? 孫、見せにきたんだけどさ」

訊ねたら、白衣の裾のホコリを払いながらリツコは立ち上がる。

「司令と副司令は、そろって先日からメルボルンへ出張中よ。

不在のとこにあなたたちが来たと知ったら、さぞ悔しがるでしょうね」

「ありゃりゃ、それは残念」

なんともタイミングが悪かったなあ。まあ、これも仕方ないでしょ。積悪の報いってことで。

それでなくても、孫たちは逃げやしないんだから堂々と会いにくればいいのに、と思った。


















10月27日


今日は、その・・・・・色々とすごかった。

まだ少し混乱しているけども、とりあえずまとめる意味もこめて日記に書いていこう。




始まりは、一通の封筒だった。

例によってネルフマークのついたそれほど大きくない封筒の中身は、一枚の地図と一つのキー。

シンジと二人して考える。

「なんだろう、これ?」

「鍵・・・・よねえ?」

いろいろ弄くりまわしてみるが、どうにも判然としない。

「とりあえず、ラチが開かないから、お散歩がてら地図の場所までいってみない?」

あたしはリュウジの頭を撫でながら提案する。

地図は、それほど離れていない市内の場所までの道筋が引いてあった。

「・・・そうだね、天気もいいし」

まだ何か不可解な顔をしてたけども、シンジも立ち上がる。

というわけで、家族総出でお散歩に行くことにした。

地図の場所までいく道すがら、行き交う人々の視線が、毎度のこととはいえとても面白い。

なんせ、20歳そこそこにしか見えないカップルが、ぞろぞろと子供を三人も連れて歩いてるんだから。

「・・・やっぱり、ちょっと恥ずかしいね」

シンジがリュウジを抱えたままそう耳うちしてきたので、

「なんなら、もう二、三人子供つくろうかしら? それだけタクサン連れてあるけば、幼稚園の引率にでも見えるでしょ?」

そう答えると、ホッペタを赤くしていた。

自分でいっておいてなんだけど、いくら子供増やしてもそうは見えないだろうなあ。

なぜなら子供たちはあたしたちによく似すぎているもの。

大きな道路の陸橋を越えると、ようやく目的地が近づいてきた。

ここいらへんは最近住宅街として開発されたところだとシンジが教えてくれた。

なるほど、立ち並んでいる家は全部真新しい家ものばかり。他にも建設中の建物ばかり目につく。

そして、地図の住所に近づいたとき。

不意に視界が開けた。

正直、とんでもなく驚いた。

だって、普通の家並みが続いてたとおもったら、いきなり広大な芝生が見えたんだから。

そして、その広い芝生の真ん中にそびえる、これまた大きな、ほんとに大きな白い家。

なんか、ハリウッドとかにあるスターのお家そのまんまって感じ。

「え、えーと、ここで住所は・・・あってるな」

シンジが何度も地図と家を見直している。

気持ちは分かる。

アスマも目を見張り、すぐに瞳がキラキラしてきた。

今にも芝生を転げ回って遊びたいみたい。

さっそく駆けだしたアスマに続いて、あたしもおそるおそるミコト入りの乳母車を芝生の上に押した。

スロープ付きのでっかい玄関の前に立つ。近くで見ると、本当に大きい。

「鍵・・・・」

あたしが促すと、シンジは例の鍵を取り出す。

ここで鍵があわなかったら、まったくの笑い話で済むんだけど・・・・。

「開いた」

あっさりシンジが言った。

ということは、ネルフ絡みの建物なのよね、これ。

大きいけど、思ったより軽いドアを開けて、あたしたちは中に入る。

シーンとして、真新しい建物の匂いがする。

止めるまもなく、アスマが靴を脱ぎ散らかして、廊下へ駆け上がっていた。

「こら、待ちなさい、アスマ・・・・!!」

あたしはミコトを抱えて、シンジはリュウジを抱えて後を追う。

広くてピカピカの廊下は、うっかりすると滑って転びそう。

それにしても、長い。

うろちょろするアスマにようやく追いついた場所は、どうやらリビングらしい。

「わあ・・・・!!」

ここでも歓声を洩らしてしまった。

広い広いリビングだ。20畳くらいありそう。

中央には豪華なソファーセット。庭に面したほうは全て窓で、明るい光で溢れている。

四角い部屋の一角には6畳ほどのタタミスペース。その対面にあるのはホームバーだ。

全体的に派手じゃないけど、落ち着いた雰囲気の調度。

うん、悪くない。

さっそくアスマはソファーの上ではしゃいでいる。

シンジに至っては言葉もないみたい。

あたしもミコトを抱えたままじっくり観察していると、まったく突然にTVがついたので思わず落としそうになった。

その50インチくらいありそうなTVは、しばらく砂嵐を映す。

気づいたシンジとアスマも、何事かとこちらにやってきた。

そして、今度は画面の映像にひっくり返りそうなった。

『久しぶりだな、シンジ』

「父さん!?」

シンジが素っ頓狂な声をあげたが、司令は微動だにしない。

どうやら、録画映像のよう。

画面の中で、いつもみたいに手を組んで、半分うつむいたみたいな格好のまま、司令は続けた。

『・・・・おまえたちも、子供が三人も生まれて、マンションも手狭になったことだろう』

なるほど、司令の差し金か。

あたしは納得しつつ、その実、司令も白髪が増えたわねー、などど考えていた。

『この家は・・・その、私からのささやかな贈り物だ。おまえたちも気に入ってくれれば嬉しい・・・』

シンジは無言で画面を見つめている。心なしか目が潤んでいた。

「うん、ありがとう、おじいちゃん!!」

録画とは気づいていないアスマが、元気よくTV画面へお礼をいったので、あたしは思わず笑ってしまう。

まるで、それに照れているかのように、ついたときと同じ唐突さで画面は暗くなった。

「ったく、もっとなんかしゃべればいいのに・・・」

要件だけいうと後は黙ってしまう。

以前ほどのそっけなさは受けなくなったけど、司令の人間的な不器用さにはほとほと呆れる。

なんて思ってたら、また司令の声だけが聞こえた。

『・・・・なお、このテープは自動的に消滅する』

TVの影に隠してあった小さなDVDプレイヤーが煙を上げていた。

前言撤回。無駄に器用だ。

とりあえず、家族全員集合して、状況の再確認を行う。

「つまり、この家は丸々あたしたちのものってこと?」

「そう・・・みたいだね」

そのあとは、このひたすら大きな家の探索に入った。

まず、リビングへ続きのキッチンへ。大きなダイニングテーブルに、これまた広いキッチンスペース。

「わあ、すごいや、このガスコンロ!! これなら、本格的な中華料理も作れる・・・・!!」

やたらたくさんあるコンロの前で、シンジが目をキラキラさせながら言った。

他にも、中心に、作業台っていうのかな? おおきな平べったいテーブルがあって、まるで有名な料理店の厨房みたい。

ピカピカの料理器具に未練タラタラのシンジの背を押して、更に奥を探索する。

リビングの廊下を挟んで和室がある。ここは12畳くらい。目立つ調度などがないので次へ。

右手側の廊下を進む。真っ直ぐいって左手に折れれば、ここが屋敷の最深部のよう。

厚手の扉を開ければ、そこは寝室のようだった。

ここも広い。20畳もあるだろうか? 

ただ、その部屋の真ん中にキングスサイズのベッドだけがぽつんとあるのは、ちょっとシュールだ。

「ここから夜空を眺めたら、最高だろうね・・・・」

シンジの視線の先には、天窓がある。天井の三分の一が全て窓だ。

寝室の入り口の右手側には、もう一つドアがあった。

ちょうどベッドがあるので、ミコトを寝かせてから覗いて見た。

真っ暗だったので、手探りでスイッチを探す。

明るくなった室内に、今度は声も出ない。

あまりに長ひょろいその部屋は、ウォークインクローゼットだろう、たぶん。

「・・・・いったい、どれくらい服を並べられるかしら?」

まるで衣料品店の在庫置き場みたいに広大な空間に別れを告げて、また探索。

リビングの前まで戻り、左手側へと向かう。

玄関ホールには上に続く階段があったけど、二階は後回し。

ホールの脇にはトイレがあった。

とたんにリュウジがもようおしたらしい。

シンジにおしっこさせてもらってる間に、あたしはアスマを従えて奥へと進んだ。

こちらにも和室が二部屋。それなりに広く、新品の畳の匂いが強烈だ。

そして突き当たり。どうやらここが浴室らしい。

脱衣所に入って、驚きを通り越して呆れ声が出た。

まるで旅館みたいに広い。

竹張りの床に、衣類を置くらしい棚が備え付けられ、ご丁寧にカゴまである。

洗面台だって二つだ。

入ってすぐ右手に乾燥機と洗濯機がなければ、旅館の脱衣所そのまま。

ということは、お風呂も・・・・?

もう驚いてやるもんか、とお腹に力を入れて浴室のドアを開けて、予想以上の事態にバカみたいに口を開けてしまった。

広い、広すぎる。

さすがにお湯は張っていないけれども、浴槽の大きさといったら、本気で泳げるくらいだ。

壁には、意味不明のライオンの像の首が突き出てる。きっと、ここからお湯がでるんだろうけど。

「いや〜、トイレもすごく広くてさ〜・・・」

などといいながら隣に来たシンジだけれども、この光景に二の句が継げない。

「・・・いっそ、銭湯でもしてみる?」

自分でいっててシャレにならない。それくらい広くて、豪勢だ。

浴槽のヘリに腰を降ろし、中ではしゃいでいるアスマとリュウジを眺める。

隣を見れば、シンジが複雑な表情をしていた。

「これって、家族全員で入れってことかしら?」

「だとしても、広すぎだよ・・・・」

お互いに苦笑を交わしあう。

その時、微かに泣き声が聞こえた。

あたしは即座に立ち上がり、駆け出す。

情けないことにミコトは寝室に寝かせっぱなしなのを忘れてたのだ。

息を切らせて寝室に駆けつけると、泣いてはいたけどミコトは無事だった。

どうやらお腹が空いた様子だったので、

「あたし、おっぱいやってるから、シンジたちは二階を見てきて」

「・・・うん、わかった」

ミコトにおっぱいをやって寝かしつけたころ、ようやくシンジが戻ってくる。

話を聞くと、二階には洋室が三つ。それぞれ14畳、10畳、10畳。

子供部屋のつもりなのかなあ?

それと納戸にトイレも一つ。

二階だけで一世帯余裕で暮らせそう。

豪華極まりない家を出て、マンションに帰る道すがら、シンジに訊ねる。

「どうする? 本気で引っ越す?」

「うーん・・・・・」

案の定迷っているらしく曖昧な返事。

「確かに、掃除とか大変そうよねぇ・・・」

タダで貰えるのはありがたいけど、どうにもスケールが大きすぎる気がしないでもない。

「でも」

夕日に向かい顔あげたシンジの顔は、なんだかすごく凛々しかった。

「父さんの気持ちを無駄にしたくはないんだ・・・」

「・・・・そう」

あたしはシンジに、子供たちに向かっていった。

「じゃあ、さっそく引っ越しましょうね」

「・・・・ありがとう、アスカ」

「お礼をいわれるスジの話じゃないでしょ?」

互いにクスクス笑ってると、アスマが不思議そうな顔で見上げていた。

で、夜になったらなったでリツコから電話が来た。

『どう、あの家、気にいって?』

やっぱりあの司令の映像なんかにはリツコが関わっていたのだろう。

すると、今日のあたしたちの行動も筒抜けか。

リツコ曰く、あの家はただ豪華なだけでなく、セキュリティも万全だとのこと。

もし強盗や暴漢が侵入なんぞしようものならトンデモないことになるという。

詳しいことは精神衛生上訊かなかったけどね。






・・・・・・というわけで、子育てと並行で引っ越しをすることになった次第。

来月中には引っ越しを完了するつもりだ。とにかく忙しくなるだろう。

ま、忘れなければ来月もこの日記をつけることにしよっと。








































三只さんから夫婦絶唱・黎明篇10月分をいただきました。
秋らしい話になってますね。学園祭とかミスコンとか運動会とか。

続きも楽しみですね。

みなさん、読み終えた後はぜひ三只さんに感想メールを出しましょう。

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