夫婦絶唱・黎明篇


碇アスカの育児日記 8月

作者:三只さん
























2023年 8月7日


机の引出しの中でホコリをかぶっていた日記帳を引っ張り出し、今日から日記をつけてみることにする。

実はこの日記帳、数年前、一人目の子供を産んだとき、育児日記をつけようと思って購入したものだ。

ところが、初めての育児はとんでもなく大変で、日記をつける暇すらなかった。

二人目の息子が産まれたときも、今度こそ日記をつけようと思ってたんだけど諸々の事情で実行できず。

三人目の長女が産まれた今つけなければ、いつつけるのだ? と一念発起したしだい。

まあ、三人目だから、育児にもなれてきたからね。あたしもシンジも。

とゆーわけで、病院から退院してきた今日からつけることにする。

ああ、さっそくミコトが夜泣きをはじめたみたい。今日はここまでにしよう。





8月8日


昨夜は、ミコトがすぐ泣き止んだのはいいけど、つられてリュウジまで泣き出し辟易した。

よって、朝から睡眠不足もいいとこ。シンジと二人でダラダラしっぱなし。

時期が夏休みで本当によかった。なんといっても、あたしたち二人ともまだ大学生。

・・・・よくよく考えてみれば、大学生とゆーか、22で三人の子持ちというのはスゴイと思う。

もっとよくよく考えそうになって、止めた。

元々が、あたしもシンジもチルドレンやなんやらでスゴかったわけだし。

にしても、今日も暑かった。

だけど、子供が小さいので、クーラーが入れられない。

だから、互いに団扇で扇ぎあったり、時々隣のクーラーの効いた部屋へ交代でいって涼んだりしながらゆっくりと一日を過ごす。

夕方ごろ加持さんたちがやって来た。

お土産はうな重。

土用の丑の日、って過ぎてるけど、大変おいしくいただきました。

ミサトが赤ん坊の顔を覗き込んでいう。

「ねえ、やっぱ、ミコトって名前、安直じゃない?」

・・・・自分の娘に『サトミ』なんて安直な名前を付ける人に言われたくないと思う。

でも、判ってる。ミサトの照れ隠しなのだ、これは。

そもそも、次男のリュウジが生まれて、シンジが加持さんの名前を貰うと話したとき、さんざんブーたれたのがミサトだ。

それこそ、「安直だ」「そんなもじっただけの名前なんてアリガタミがない」あげく「そんな名前の子供はロクな大人にならない」とまでいってた。

シンジが、

「僕たちにとって恩人の名前をいただきたいんです」

と押し通したんだけど、最後まで釈然としない顔してたっけ。

そういや、あの時の加持さん、やたら照れてたなあ。

だから、ミコトが生まれて、ミサトの名前を貰う、っていたときのミサトの表情は、それこそ見物だった。

きょとんとして、そんでいきなり顔真っ赤にしてさ、「あ、あ、あの、トイレいってくるね」って出てって30分も戻ってこないでやんの。

あれは泣いてたわね、ぜったい。

うな重を食べ終えたあたしもミサトと一緒にミコトの顔を覗き込む。

まちがいなく、この子は将来美人になる。

でも、ミサトみたいな酒豪にはなりませんように!












8月9日


今日は、ヒカリと鈴原が遊びに来た。

珍しく鈴原がお土産を持ってきたと思ったら、溶けかけたアイスだった。

この暑いのに、ドライアイスもなにも同梱しなかったらしい。相変わらずバカだ。

「やっぱり、女の子も可愛いわね□」

ヒカリがベビーベッドを覗き込むので、

「どう? 欲しくなった?」

とカマをかけてみる。

とたんに顔を赤くするのが相変わらずウブだ。

その後ろで、自分の持ってきたアイスを頬張りながら、鈴原が不思議そうな顔をしている。

やれやれ、こっちはまだまだかな?

来年から二人とも教師になるそうだ。

ヒカリはともかく、あの鈴原もとはね。

まあ、体育教師ってセレクトは納得いくけど。

いま、その鈴原は長男のアスマと遊んでいる。

見る限り、子供と遊ぶのが上手いのよね、こいつ。

でも、先天的な素質というよりは、単に精神年齢が一緒なだけのような気がする。











8月10日


今日は曇りでムシムシする。

湿気が多くてイライラするので、気分を紛らわせるためかき氷を三杯くらい食べた。

他に特になにもない一日。











8月12日


今日は雨。

室内でアスマが遊んでいて襖を一つダメにしてしまった。

本日の折檻は、松コース。

もっと愛のムチをふるってやろうとしていたところをシンジに止められる。

「雨だから、仕方ないよ。それでなくても、家も手狭になってきたし・・・・」

まったくシンジはとことん甘い。

だけど、いってることにも一理あった。

今、あたしたちが住んでいるのは、ミサトを追い出したコンフォートマンションなわけだけど、親子五人で2LDK納戸つきはさすがに将来に不安を感じる。

子供たちが大きくなれば、やはり一人一部屋は必要だろうし、なにより、あたしたちのプライベートルームも確保したい。

お金がないわけでもないし、そろそろ考えてもいい時期かもしれない。

さすがに今すぐ引越しはできないだろうけど。





8月14日


今、世間ではお盆とかいうらしい。

この期間は、死んでお墓にいる人が一時的に家に帰ってくるそうだ。

あたしにはよくわからない日本の風習だ。

シンジがフラリといなくなったので、お墓参りにでも行ってきたのかと思ったら、ネルフ本部へ行ってきたのだとのこと。

「僕の母さんのお墓はあるけど、そこに母さんはいないんだ・・・」

だから、きっと、初号機の封印されている最下層まで―――いや、もはやそこは関係者でも立ち入れないから―――たぶん、その手前のブロックで手でも合わせてきたのかな?

あたしも、子供たちが大きくなったら、一度ドイツのママのお墓へお参りに行こうと思った。

なんかしんみりしてしまった一日だった。






8月20日


今日は、シンジの留守を狙い済ましたかのように渚夫妻が子供を見物にやってきた。

「あんたたち、まだ一緒に暮らしてるわけ?」

出会い頭にレイにそう尋ねると、

「・・・その台詞、そのままそっくりあなたに返すわ」

だって。

「いや□、やっぱり子供は可愛いね□」

ナルシスバカの存在も忘れてはならない。

最近は、ホストクラブ顔負けの料理教室(・・・自分で書いておきながら、なんのこっちゃ?)の経営に成功して、かなり羽振りがいいらしい。

「とくに、この手首のくびれがなんとも・・・・」

「・・・あんた、産まれた『娘』見にきたんじゃないの?」

「え? 『子供たち』を見にきたんだよ?」

見ると、可哀相にリュウジがかなり脅えている(当社比1.5倍)

「さあ、一緒にお風呂にでも入ろうか!!」

と、このバカ、服を脱ごうとし始めたので、延髄切りを決めたあと、針金でグルグル巻きにしたあげく、物置きに放り込んでやった。

あたしが息を切らせながら一連の作業を済ますと、レイのやつ涼しい顔で麦茶を飲んでいる。

「あんたの旦那でしょ? なんとかしてよ!?」

「仕方ないわ、いつものことだから」

しれっといってくれる。でも奇妙なことに説得力もあるのだ。

先ほどのお風呂攻撃で機嫌を損ね始めたリュウジをなだめるために、レイの娘のミレイちゃん(1歳)を借りる。

この子を預けると、妙に機嫌が良くなって遊び始めるのが不思議だ。

そんなことをしていると、今度はミコトがぐずりはじめた。

「ああ、もう、なんかあたしばっかり動き回ってる!!」

と悲鳴をあげたら、レイのやつ、たちまちミコトのおしめを替えてくれた。

こと女の子の赤ん坊の扱いに関してはレイに一日の長があるのを、しみじみと感心した。

「ありがとね、レイ」

お礼をいってると、買い物からシンジが帰ってきた。

「あ、いらっしゃい、綾波」

・・・・どうして、シンジはいまだにレイのことを『綾波』と呼ぶのだろう?

あたしだって、『ファースト』から卒業したのに。

まあ、シンジのことだから、単なる惰性だと・・・・思いたい。

「いっぱい材料買ってきてちょうど良かった。晩御飯食べていってよ」

いつものパターンだ。むしろ、シンジが家にきた客に食事を振舞わないことのほうが珍しい。

シンジが夕食を作ってる間に、あたしはミコトにおっぱいをやった。

寝かしつけてキッチンへいってみて驚いた。

「いやー、シンジくんの作る料理は最高だね□」

ナルシスブワァカが復活していた。

いったいどうやってあの戒めから脱してきたのだろう? レイも助けるわけないし、シンジは調理中だったし。

能天気なテンション馬鹿高の横顔を眺め、今度、こいつの心臓に杭でもぶち込んでみようかと考えた。

試してみる価値はあるかもしれない。


















8月23日


今日、シンジと久々にケンカをした。

子供が生まれてからは、情操教育のために、子供たちの前で怒鳴りあうのは止めようと約束してたのに、盛大にやってしまった。

ミコトとリュウジは泣き出して、ド修羅場もいいとこ。

いま、二人とも泣きつかれて寝てしまい、あたしは布団に横になったままこれを書いている。

今日は、隣の布団は空のまま。

いまだケンカは継続中なわけで、シンジは隣の部屋で寝ている。

ケンカの原因は、長男アスマの教育方針の違いだ。

そもそも、なんでケンカになってしまったんだろう?

あたしが、アスマも幼稚園に入ったんだから、なにか習い事をさせよう、っていっただけなのに。

そしたら、シンジのやつ急に眉をひそめて、珍しく強い口調になったのよね。

「そんな子供が自己選択もできないうちから、習い事に通わせるのはイヤだよ。子供は伸び伸びと好きなように遊ばせるのが一番なんだ!!」

「・・・・なにも、そんな目くじらたてなくてもいいでしょ!?」

あとは、売り言葉に買い言葉の応酬。

その後は口も聞かず、夕飯の後かたづけもほったらかしで布団だけしいて潜り込んだ。

こうやって横になったまま日記をつけていると、少し頭が冷える。

どうしてシンジはあんなに強硬に反対したんだろう?

正直、シンジも習い事には賛成してくれるタイプだと思っていたのに。

まあいいや。どちらにしろ、まだあたしの腹のムシは治まってない。

それに、今晩は、あたし一人でミコトをみなきゃならないだろう。

だから今日はもう寝ることにした。






8月24日



昨日の夜は、ミコトを一人で見なくても済んだ。

昨晩、日記を書き終えて寝ようとしたところ、シンジがやってきた。

電気を消した中に、ぬぼーっと立っていて、しばらくなにも言わなかったので、思わず荒い声が出た。

「なによ、なにしに来たワケ!?」

すると、人影が動いた。とおもったら、シンジでなく、その足下の布団で寝ていたアスマだった。

アスマが立ち上がっていう。

「お父さん、お母さん、ぼくのせいでケンカしてるの・・・?」

あたしもシンジも黙っていると、アスマの声が湿っぽくなる。

「だったらあやまります、ごめんなさい、だからケンカしないで・・・」

急にこの子が愛しくなった。

その小さな身体を胸に抱きしめる。

気づくと、シンジも片膝をついて、あたしたちの顔のすぐ側にいる。

その顔は、泣きそうなのと笑い出しそうなのとの中間だ。

だからあたしが代わりにアスマの耳元へささやく。

「大丈夫、お父さんもお母さんもケンカなんかしてないわよ。ただ、ちょっと大きな声が出ちゃっただけ」

ちょっと微妙な説明かもしれないけど、納得させるため、胸から離したアスマへとびっきりの笑顔を見せてやる。

「さ、もう寝なさい。よく寝ないと、大きくなれないわよ?」

「・・・ほんとうに、ケンカしない?」

「しないわよ、さあ」

布団をかけてやり、オデコにキスをしてあげる。

しばらく布団の上からゆっくりぽんぽんと叩いてやる。まもなくアスマの表情が穏やかになり、ゆっくりとした寝息に変わる。

それを確認すると目線でシンジを隣の部屋へ促した。

リビングへ行くなり、シンジが口を開いた。

「・・・その、ごめんっ!! 僕は、その・・・なんていうか、僕みたいに『やめろ』といわれるまで続けてるような主体性のない人間に育って欲しくなかったんだ・・・」

相変わらず言葉足らずな説明だ。だけど、いってることは十分にわかった。

「そうね、あたしも、なんか言い過ぎたわ」

「それに・・・」

「なに?」

またシンジが何かいいたそうだ。

「・・・僕は、君がザマース言葉を使うようなガミガミ教育ママになって欲しくないんだよ」

「・・・・・・・・」

「・・・・なに、ふるえてるの?」

「笑ってるのよ!!」

あたしは目じりの涙を拭きながらいう。

まったく、変な心配ばっかりするんだから。

あたしは笑って、久しぶりにシンジへ抱きついた。

そんなこんなで、今日の昼間は眠くて困った。

別に、昨日の夜はミコトもリュウジも大人しかったんだけどね♪ 








8月26日



今日はミコトをシンジに見てもらって、アスマとリュウジと水風呂で遊ぶ。

そしたら二人のはしゃぐことはしゃぐこと。

そのうちプールにでも連れてってあげなきゃなあ。ビニールプールは置く場所がないし。

浴槽も三人で入ると狭くて動けなくなるので、あたしは浴槽の縁に腰をかけて、子供たちが遊んでいるのを観戦する。

時々、シャワーで水攻撃をするのも忘れない。

てな具合で遊んでいると、ミコトを抱えたままのシンジも浴室へ飛び込んできた。

「ごめん、アスカ。 ミコトがお腹すいたみたいで・・・!!」

って、入ってきたと思ったら、くるりとこちらに背を向ける。

「? どしたの?」

「そ、その、なんか着てよ!!」

顔は見えないけど、シンジの顔はたぶん真っ赤だろう。

「お風呂入ってるんだから裸は当然でしょ? それに夫婦なのに今さら・・・・」

わざと裸の胸をシンジの背中にこすりつけながら、手だけ前に渡して泣くミコトを受け取る。

「はい、おっぱいですよ□」

乳首を小さな口に含ませると、勢いよく飲み始める。

そうしていると、子供たち二人も側にやってきて、じーっとこちらをのぞき込む。

「あのね、お母さん」

「うん?」

「ぼくたちも、お母さんのおっぱいのんでたの?」

「そうよ。あなたたち二人とも、このおっぱいを飲んで大きくなったのよ」

あたしはこころもち胸を反らす。

子供を産んで大きくなったけど全然垂れない自慢の胸だ。

不思議そうな顔をしている子供たちに向かっていってやった。

「どう? もう一回飲んでみる?」

子供たちはきょとんとした顔をして、しばらく考えていたようだけど、結局首を振った。

「だって、いまのお母さんのおっぱいはミコトのぶんでしょ? ぼくたちが飲んだら、かわいそうだよ」

アスマの言葉にリュウジも追従するように手をパタパタさせる。

・・・・ちゃんと、お兄ちゃんになってるのね、この子たちも。

ちょっと感動して、二人の頭を撫でてやる。そして背後へいるはずのシンジへいってやった。

「ほら、子供たちもわきまえてるんだから、あんたもいつまでも物欲しそうな顔してるんじゃないの!!」

後ろがバタバタしたかと思うと、リビングあたりで何かがひっくり返る音がした。









8月28



今日は夢見が悪かった。

もともと授乳時は三時間起きに起こされるわけで、浅い眠りのうちに夢を見ることはとても多い。

それにしても、今日の夢は最悪。

小さい頃もっていたぬいぐるみがナイフもって追いかけてくるヤツ。

そういえば、あの猿のぬいぐるみ、どこへやったっけ・・・?

おかげで気分が悪い・・・と思ったら、マジで熱が出ていた。

「育児疲れだよ、たぶん」

あたしの額に冷たいタオルを起きながらシンジ。

「今日はゆっくり休んで」

お言葉に甘えて、もとのシンジの部屋で、つかっていなかった納戸へ布団を敷き休ませてもらう。

あたしの代わりにシンジが忙しいためか、お昼のサンドイッチはアスマがお盆に乗せて運んできた。

えらいえらい、と頭を撫でてやる。

久しぶりにぐっすり寝ていると、枕元に人の気配に目が覚めた。

そのまま寝たふりして薄目を開けていると、アスマが額のタオルを交換して出ていくところだった。

なんか感激してしまった。

おかげで夜には熱もすっかり下がった。

だからこうして日記を書いてるんだけどね。

さて、着替えて子供たちの様子を見てこよう。ついでにシンジにも休んでもらおうっと。






8月29日


もう、だいぶ外出してない。

外はいい天気だ。

親子そろって散歩したら、きっと気持ちいいんだろうな。

でも、絶対驚かれるわよね□、子持ちに見えないとかさ。

まあ、ミコトの首がまだまだ座らないから、お出かけは当分先だろう。

それでも、あたしの表情に気づいたらしい。

シンジから、「散歩でもしてきたら?」とありがたいお言葉。

「20分くらいで戻るからね□♪」

とウキウキ気分で部屋を出た。

ところが、マンションを出たとたん、とんでもない豪雨。

その雨は夜まで続いた。結局外出は取り止め。

鬱だ。

雨なんか大嫌いだ。








8月31日



今日は少々シンジが具合が悪いらしい。

このあいだのあたしと反対で、シンジが納戸で寝る。

しばらく子供たちと遊んでいたが、シンジが寝る前に掃除も洗濯もすましてしまったので、暇になった。

「・・・・お父さんのとこ、遊びにいこうか?」

というわけで、寝ているシンジのとこへお邪魔する。

部屋に入るとおおいびき。

シンジ、疲れてるんだろうな、と思ったんだけど、しばらくそうしていたら、コイツ、ほんとに具合悪いの? と思うような爆睡っぷり。

よって、アスマ爆弾の刑を発動。

シンジのみぞおちあたりを狙って、アスマを落としてみた。

結果は・・・めちゃくちゃ怒られた。

ええ、もう二度としませんよ、たぶん・・・・・。
















9月に続く




















三只さんから夫婦絶唱・黎明篇をいただきました。

はじめの頃の話…というか三人目なのですね。

後のドタバタの萌芽が見えて面白いですね。…というかこの時点ですでにドタバタやってますが(笑)

なかなか素敵なお話をどうもありがとうございました三只さん。

みなさんも読後には三只さんへ感想メールをだしましょう。