かくして戦いの幕は開けた。

そこに待っているのは天国か地獄か・・・・・

罪と罰 - 2 -

written by オサーン

二人は無言のままテーブルに着き椅子に座る。鍋のふたはまだ閉じられている。
室内は換気扇が全開だったせいか創造主以外の人間も耐えることができた。
しかし、幽かに感じられる香りから死刑囚達はその執行は免れ得ないことを覚悟した。
「さあ、行くよ・・・・・」
「輪廻転生って言葉を信じるわ・・・シンジ・・・来世で会いましょう」
サード、セカンドの各チルドレンはこの言葉を話した後、見つめ合いそれほど深くない口づけを交わした。そのあとの少年の透き通るような笑顔、少女のあどけなさを残しながらも天使のような笑顔をそれぞれお互いの瞳の奥に焼き付けた。

そのとき、葛城邸のドアチャイムが鳴った。
プシューと開いたドアの外には・・・綾波レイが立っていた。

「司令からの命令で来ました・・・」
無表情に話す彼女を招き入れて彼女も食卓の椅子に着く。
シンジとアスカには彼女は助っ人になり得るかも知れないと希望的に映った。
早速、交渉開始だ。
「あ、綾波・・・おなか空いてない?」
「いえ、別に・・・・・」
シンジは落胆したが明らかに不仲だと思われるアスカまでもが優しく声を掛ける。
「いらっしゃい・・・ふぁ、ファースト・・・ご飯食べていきなよ・・・・・」
かなりぎこちない作り笑顔だったがアスカには精一杯だった。
「いい」と拒否しようとするレイに対して思わぬ所から誘いがかかる。

「これからねぇ・・・カレーパーティなのよ♪ 」

「たまにはいいでしょ。レイもパイロットなんだし・・・そう、苦楽を共にすれば心が近くなるって言うの?だからレイもよばれていきなさい♪」 綾波レイは「心が近くなる(シンジと?)」言う言葉に反応したらしくコクリと頷いた。 ちなみにミサトは苦楽という言葉を使ったが彼女は「楽」だと思っている・・・ その他の3人は明らかに「苦」だと確信している・・・ ただし、これによってシンジとアスカに対するノルマは多少なりとも軽減されることは 確かだった。

 (綾波・・・すまない・・・)(ファースト・・・ありがとう・・・)

とうとう・・・キッチンでパンドラの箱が開かれた・・・・・ その瞬間、リビングは魔界に変わった・・・・・ 想像してほしい・・・キュ○サイの青汁にニンニク、ニラ、ユ○ケル3本をジューサーで溶かされた上で入れられており、ヤリイカの生臭さが花を添え、そこにキムチとソースの匂いが加わり、ボ○カレーの香りでコーティングされた物体が姿を現す。鍋からは妖気が立ち上っていた・・・・・ 少なくともシンジとアスカにはそう見えた。レイの表情も一変していた。

シンジはさすがゲンドウと優秀な科学者ユイの息子だった。せめてもの復讐を思い立ったのである。 「せっかくだから、このカレー、父さんにも取っておこうよ。せっかく父さんが僕らの事を気遣ってくれたんだから・・・」 (シンジ、ナイス!!) アスカとレイはコクコク笑顔で頷く。 「そうねぇ・・・折角だから司令にもおすそ分けしましょう。」 一部がタッパーに詰められていく。それによりさらに彼らの負担も少しは減るはずだった。

とうとう大皿に盛られたご飯の上にその物体エックスが姿を現す。色は緑っぽかった。遠目から画像のみで見るならばグリーンカレーに見えない事もない。 目の前に置かれた物体エックス・・・アスカはそれだけで意識が飛びそうになった。 彼らの正面には死刑執行人が笑顔で腰かけている・・・・・

「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ・・・・・」 シンジは思い切り目を閉じたまま呟いていた。

アスカの呟きは小さい声なのでよく聞こえないがこう言い続けていた。 「死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ、死ぬのはイヤ・・・・・」

レイは匂いが鼻に届いた瞬間、口元を押さえて寂しそうに言った。 「だめなのね・・・・・もう・・・・・」 そして目の前に置かれた物体エックスを見てこう言った。 「あなた誰?あなた誰?あなた誰?あなた誰?あなた誰?あなた誰?・・・・・

 ・・・もはや意味不明だ。精神汚染が始まっていたのかも知れない・・・

シンジは思い切り目をつぶったままスプーンを入れた。 「戦いは男の仕事!!」

「これに負けたらエヴァを降ろされる・・・・・負けられないのよ!アスカ!」 こうは言ったもののアスカは硬直したまま、石化しそうになっていた。

シンジがここまでは平静な理由・・・・・それは彼の控室にあった。 トイレットペーパーを見て、彼はそれを鼻の奥深くに詰め込んで多少なりとも臭気をカットしていたのだった。このような知恵は父親譲りだったと言っていいだろう。 アスカにはそのようなバリアーはなく彼女の嗅覚はそのまま受け止めざるを得なかった。 そのためダメージは甚大だったのだ。 シンジはスプーンを口の中に入れた。 そして噛まずに飲み込んでいく。噛むという行為によって口の中に残っている時間を少しでも長引かせたくはない。あるバラエティタレントは「カレーは飲み物です」と言ったそうだし、それにより強烈な臭気の元を胃袋に早く送り込むためである。 一つ一つの食材は別々に摂取すれば問題はないのだから胃袋に入りさえすれば何とかなる可能性もある。 しかし、それは3口が限界だった。この時ほど自らの味覚と嗅覚がうらめしかったことはなかった、もし全てが直接胃袋に収められるのであればチューブででも入れて欲しいものだと思った。何とか水で流しこみながら3分の1ほどを生きたままでクリアしていた。

一方のアスカは全く食が進まない。スプーンを入れてからそれをかき混ぜたりしているだけだった。傍から見ると行儀が悪いだけに見えてしまった。 「アスカ!!お行儀悪いわよ!!早く食べなさい!!」 保護者からの叱責の声だった。 その声にアスカは少し意識が戻った。そしてトイレに駆け込み、ポケットからアイテムを取り出した。 煙草のように見えるそれは・・・大麻・・・だった。

たまたま昼間にトイレで会ったリツコに泣きついてもらったものだ。 涙ながらに訴える少女に、自らも被害経験を持つ者として同情して研究室に招き入れた。 非合法品だけに厳重にロックのかかったロッカーからそれを出すと器用に便せんを切って、 それを巻いてくれた。精神医学の研究用として取ってあったものだった。 「これで感覚を鈍らせれば何とかなるかも知れないわよ。医学的にも食欲向上の効果もあるみたいだし・・・」 現に抗がん剤の副作用で極端に食欲不振に陥った患者に対して臨床試験も行われており効果を示唆する報告もある。それは正真正銘、アスカの最終兵器だった。

それにそれほど彼女は罪悪感がなかった。彼女の祖国の隣国、オランダでは条件付きながらも所持や使用が許可されており、彼女自身はないものの大学の年上のクラスメイトの中には使用している者もいたからだった。

トイレでそれに火を点け、深くその煙を肺に吸い込む。普段からLCLという異物を肺に入れている彼女にとって難しい事ではなかった。匂いはもはやミサトカレーによりまともな嗅覚など感じられていなかった。 「やはり枯草だな」と思った程度だった。

トイレから出てきたアスカは目が据わっていた。無言のまま椅子に座ると彼女は猛烈な勢いで物体エックスを掻き込み始めた。半分ほど進みながらも猛烈な胸やけのため進捗が止まっていたシンジは驚愕の様子で彼女を見つめていた。そして自らも彼女を見て再び猛烈な吐き気と胸やけに抗して再び戦いを始めた。

アスカの快進撃は見事なものであった・・・が、やはり魔界の食物は一筋縄では行かない。 その刺激はマヒしていた彼女の感覚をものの数分で呼び覚ましてしまったのである。 「ママが見てるのよぉっ!!負けてらんないのよっ!!アンタ達にぃっ!!」 ミサトからすると全くわからない言葉を発しながらだったが、アスカは真剣そのもので物体を食していた。 しかし、まるで今の彼女は内部電源だけで動いているエヴァのようなものだった。そして内蔵電源が機能しなくなるとエヴァ同様、彼女も活動停止に追い込まれる。 そしてさらにミサトにはわけのわからないことを口走る。 「どうしよう・・・加持さん・・・汚されちゃったよぅ・・・・・」

2人のカレーはまだ3分の1ほど残っていた。それでも涙を流しながら2人は少しずつ食べ始めた。

一方の綾波レイは無言のまま少しずつだが食していた。 彼女は早い時分からすでに涙を流していた。 「これが涙・・・・・泣いてるのは私・・・・・」

 「だめ・・・ここで私がリタイヤしたら碇君が死んでしまう・・・だから、だめ!」 そう言って立ち上がり、冷蔵庫に付いていたタオル掛けを何かのレバーのようにガチャガチャといじり始めた・・・・・ 程なく席に戻って食べながらこう言う。 「私が死んでも、代わりはいるもの」

創造主は彼らの涙の意味を履き違えていた。歓喜の涙だと思って彼女も目が潤むのを感じた。そしてその涙を見せぬかの如く、キッチンに向かい、カレーの入っていた鍋を彼らに背を向けて洗い始めた。 (シンジ、あの鍋、もう使わないでしょうね・・・・・?) (わかってるよ。62秒でゴミに捨てる・・・・・)

三人とも何とかその物体エックスを、とりあえずは・・・胃袋に収めた。猛烈な胃からの口臭と胃の熱さ、胸やけ、不快感に襲われていたが命は助かったようだった。 保護者は自らの愛情料理が好意を持って受け入れられたらしく、チルドレン達が完食せしめた事実を喜々として綴り、報告書を完成させようとしていた。 (そう言えば一緒にレバーも入れれば良かったわね・・・) そんなことを考えていた。 すぐにミサトはリツコからの呼び出しがあった。そのため書きかけの報告書の入ったノートPCを持って部屋を出て行った。

チルドレンたちの苦闘は続いていた。 シンジは鼻の奥に詰めたティッシュを一気に噴き出してすぐに横になった。 「ぐぐっ・・・胃があついぃぃぃ・・・」 シンジは身体をくの字に折り、猛烈な胃の熱さと闘い、そして吐き気を堪えていた。トイレに行って吐こうものなら喉や食道を傷めるに違いない。そうなればここまでの苦労が水の泡だ。 室内で吐いたとしたらその匂いはしばらく残ってしまうに違いない。自らの消化器官と時間しか頼れるものはないのだ。 体中に悪寒が走る。しかし頭から布団を被るわけにもいかない。自らの胃から出る口臭によってさらに気分を悪くしてしまうからだった。そのかいている冷汗すら先のカレーの匂いを発散させているかとも思えた。とにかく彼はうなされながら、その数時間をひたすら耐えた。

アスカはもう少し利口だった。シャワーを浴びると言い浴室に籠った。そこで彼女は喉に指を入れて吐いたのだったが猛烈な吐き気の割に出てきたものはわずかだった。 別に身体に悪いものを食したのではないのだから彼女の身体はアレを受け入れてしまったのかも知れない。そう思うと彼女は (人間ってすごいのね) と改めてよくわからない感心をした。 ややあって吐き出すことをあきらめ、彼女にしては熱い湯に浸かり代謝の促進を図った。気分はすぐには良くはならなかったが、長風呂から出ると少しはましになった気がした。

レイは食べ終わるとすぐにリビングのソファーに横になり意識を失った。これは感覚を落としてしまう仮死状態のような自己防衛反応だった。 ただ、彼女には信じられない異変が起きていた。実体を持っているのかはわからないのだが彼女の背中には数枚の羽が見えていたのである。シンジもアスカもそれを見たはずだったがカレーにより幻覚を見ているのだと思い声を掛けなかった。 もし、彼女に触れて起こそうとする人間がいたら(パシャっ)となっていたかも知れない。 彼女は数時間後に目覚めると月明かりの中、一人で家路に着いた。

残されたシンジとアスカ・・・・・ 彼らも眠ってしまっていたものの深夜に二人とも目を覚ました。 アスカが部屋の襖が開いた音を聞いて目を凝らすと・・・・・ エヴァのように不自然な前かがみのような状態でシンジが部屋の隅で後ろを向いて立っていた。 全裸だった。 彼は無表情で顔だけアスカの方に向けると・・・彼の目が光った。 体もこちらに向けてゆっくりとベッドに向かって歩き始め、ベッドの前で形容し難い叫び声を一声上げてアスカのベッドに潜り込んだのであった。 ニンニク、ニラ、○ンケルのパワーは彼の若い肉体を過剰に刺激したようだ・・・・・

かくして夜が明けた。



3へ続く
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