初恋の人と結ばれる
奇跡だと思う
だから私は幸せ

ちょっと恥ずかしかったけどね

でもシンジは
おにいちゃんは
初恋をいつまで背負っていくんだろう?





夏休み真っ盛り
宿題なんて二日でかたずけてやったわよ!

夏休みの過ごし方は決まってるの!
毎年、お盆はママの所の保養所!
シンジをつれてね!

少し前まではおばさまも来てたんだけど
最近は忙しいらしく
ママとわたしとシンジの三人

おじさま?

“出張”だって
一体、いつ家に帰ってるのかしら?

ま、いっか!

目指すは三浦半島!
今年はシンジの車でゴー!

荷物とママを後ろに押し込んで
私は助手席!
膝の上には可愛いぬいぐるみ

そんで時々おにいちゃんの手を握るの
「運転中に危ないでしょ」
ってママに叱られるけど
「甘えてるだけ!」
って言い返してやった
後ろから聞こえてくる溜息
なんか勝った感じ!

うん
癖なんだ
おにいちゃんの手握るの…
握って手のひらを撫でるの…

むかし
おにいちゃんが両手に包帯して帰ってきたことがあって
「ちょっと怪我しただけ」
って言うんだけど
なんだか変で

ある日
おにいちゃんがお昼寝してる時にコッソリ包帯をほどいたの

今でも覚えてる
“なんだ”
って言ったのも

おにいちゃんの両手のひらは怪我なんかしてなくて
なんか変な跡がついてるだけだった

痛いのかな?って思って
手のひらをつんつんしたりしたんだけど全然反応しなくて
なぁんだなんて思いながら手のひらの跡を指でなぞってたら
おにいちゃん目を覚まして

ぎょっとして

両手を隠そうとして

わたしは大げさだなぁって思って
“怪我してないよ”
って言ったの
笑いながら

ビックリした

おにいちゃん
両手をまじまじと見ると
そのまま顔を覆って
泣き出したの

私は
あ、やっぱり痛いんだ
って
そんなふうに思って
おにいちゃんの手をとって撫でてあげたの

「…アスカ…ありがとう」

おにいちゃんの消えそうな声
よく覚えてる

それからは暇さえあれば手のひらの跡を撫でてあげた

手の跡はいつの間にか無くなてたけど
撫でてあげるとおにいちゃんは嬉しそうで
だから手を握ってもらってる時も
指で撫でるの

それがいつの間にか癖になちゃッた
ま!昔話はこの辺にして!

いい眺め!
見渡す限りの海とスイカ畑!
保養所からの風景は絶景ね!

「よいしょ…」
荷物を担いで駐車場から三往復させられたわたしの彼氏
おじさんくさい!

「ご苦労様、じゃあ今年もいつもと一緒でいいわね」

ママがシンジにジュースを渡しながら

“いつも”って言うのは
わたしたちが使う部屋は
ダイニングキッチンを挟んで洋室・和室に分かれてる
洋室は私達
和室はシンジ
そういう部屋割りだったの
去年まで

「はんたーい!」

そりゃそうでしょう?
シンジと私は恋人同士なんだから!

「却下します」

氷より冷たい二人を引き裂くママの声
シンジも“あはは”なんて笑って
もう!




シンジはお昼ね
車運転して荷物はこんだだけなのに
貧弱!

まぁいいわ

わたしとママは荷物の整理
海もプールもあるこの環境で水着を忘れるわけにはいかない
それに
もしかしたら
浜辺で水着のわたしにおにいちゃんが…

なんてことがあるかもしれないじゃない?!

もう少し大人になれば
いっぱいおにいちゃんと出来るんだろうけど…

不安ていったら不安かな

私達二人が、いつまでも今のままだったらどうしようって



そんなことを考えながら荷物を整理していたら結構時間がたってて
誰かが部屋を出て行く音が聞こえた

去年までならほっといた

でも

「ちょっとコンビニ行って来る!」

すぐに後を追いかけた



こういうときのシンジは普段と違って意外とすばやい
なかなか追いつかない

でも残念
行き先なんか先刻承知

ほら…いた

シンジは海のよく見える丘の上から海を見下ろす
シンジは夏がキライだ

私は夏が嫌いなシンジがキライだ

だって
シンジは今、あの女の事を思い出してる

あの女…



綾波レイ



シンジの初恋のひと





むかしむかし
シンジが小さいとき
おばさまは仕事が忙しくって
おばさまの親戚にシンジの世話をしてもらっていた

シンジが4歳のときの話だ

その親戚の家には10歳になる子供がいて
よく、シンジと遊んでくれたそうだ

詳しい事は私は知らない
シンジは何も話してくれない
話してくれたことも無い

私の記憶の中にある“綾波レイ”は
なぜかシンジの事を“碇君”って呼び
シンジは“綾波”って呼んでいた

私が小さい頃はまだ、あの女は生きていた

だいっキライだった

わたしのおにいちゃんをまるで弟のように…
恋人のように…

だからあの女がごはんを作る日
私は必ず「おいしくない!」って言ってやった

わたしの最初の恋敵

シンジはあの女の事を何も話さない
だからおばさまに聞いた
なんで“碇君”と“綾波”なのか

おばさま曰く
あの女は初めてシンジを預かった日
シンジを一目見て
「かわいい、女の子みたい」
って言ったそうだ
それをきいたシンジは
「おんなじゃないぞ!おとこだぞ!ちんちんついてるぞ!」
ってズボン脱いで見せようとして
あの女は
「ごめんね、可愛かったから、ごめんね」
ってあやして
そしてシンジはぷりぷりしながらこう言った

「おとこだぞ!せんせいもぼくのこと“いかりくん”てよぶんだぞ!」

結局あの女はその日一日シンジのご機嫌取りで
シンジの事を“碇君”って呼んで
シンジはえらそうにあの女の事を“綾波”て呼んで


結局そのまま
10年も呼び続ける羽目になったそうだ





私はシンジの傍らに立ち
そっと手を握った




シンジの部屋
私が“少し”整理した

でも

一つだけかたづけないでやった物が有る

あの女と写した写真

学生服を着たあの女と
その横に立つシンジ

これを整理するのはわたしの仕事じゃない

綾波レイ
シンジの初恋のひと
そして
初めてのひと

知らないわけじゃない

言われたわけじゃない

でもわかる

わたしのシンジだもの
わたしのおにいちゃんだもの

悔しくないかって言われれば
そんなことはない

でも
あの女はもういない

それを認めていないのは世界中でシンジだけ


6年前の夏
あの女は、実はおばさまの所の研究に携わっていて
その日はとても大切な実験の日だった

あの女はその実験をシンジに見て欲しかったらしく
それは実験を見学していたシンジの目の前で起こった

消えて

人が消えて

存在が消滅してしまった





私は握ったシンジの手のひらを指でそっと撫でる





あの女が消えた事を知った日
私はご機嫌だった
これで最大の障害が消えた
それくらいにしか思ってなかった

シンジも特に変わった様子はなく…
ただ…

あの女が死んだ事を絶対に認めない事意外は
なにも変った様子はなかった

シンジが両手に包帯をして帰ってきたのはちょうどその一年後の話






シンジがわたしの手を強く握り締める
シンジがポケットから何かを取り出し空に掲げる

小瓶
きれいな
赤い液体の入った
小瓶

これを渡したのはおばさまではないそうだ
でもおばさまは
中に入っている液体が何かは知っていた

実験で融けて消えたあの女
その一滴

「きれいね」
「うん…きれいだった」

シンジはわたしの手を引き丘を下った





波打ち際
シンジがわたしの腰に手を回す

「夏がだいすきだったんだ…」
「そう」
「海も…」
「そう」
「わかってた」

シンジは小瓶のふたを外すと
中の液体を海へ

「お別れもとっくの昔にしてたんだ」
「うん」
「もうここにはいない」
「うん」



シンジは空になった小瓶を力いっぱい放り投げる



「まってた」
「なにを?」
「アスカの事」
「わたし?」
「いつかアスカが…僕を迎にきてくれるのを」
「そ…」
「僕が綾波のこと思ってるときに…アスカが来てくれたら…もう綾波とはお別れしようって」
「そう」


わたしのシンジが初めて私にあの女の事を
綾波レイの事を話す
あの女は自分の初恋の人で
初めての人で
結ばれた次の日に消えてしまった

でもシンジは悲しまなかった
あの女は
綾波レイはシンジの中で永遠の存在に成ったのだから

シンジはあの日から6年、自分の中にだけ存在する
あの女を愛してきた
どうしても耐えられないとき
ただ声がにていたからってだけで必死に女を口説いて
あの女の代わりにしたりもした

でもとっくに気付いていた

自分はあの女を苦しめているだけだって

綾波レイはそんなことは望んじゃいないって

真っ暗な闇の中に自分が閉じこもる事を望んでなんかいないって

「でも…僕には…心を照らしてくれる太陽がいるんだ」

抱き寄せられた

少しいたい

「どんなときもズケズケ僕の中に踏み込んでかき回して」
「なによ」
「僕が沈んでいかないようにしてくれて」

シンジはどっちかって言うと内に籠もる性格で
なんだか自分のことも他人事みたいに
わたしはそれがなんだかイヤで
シンジの周りで好き放題やって
シンジに困ったような顔をさせて
その顔を見るのが好きだった

「ほんとは僕こそ…アスカ無しじゃ生きてけないんだ」
「…ばか」


わたしたちは浜辺を後にした

「ねぇ」
「ん?」
「お墓参りいこうか」
「誰の?」
「あの女の」
「?」
「あぁ!もう!」
「??」
「あの女って言ったら!…あの女でしょう」
「あぁ…」

シンジは海を眺め

「いいよ…」
「なんで?」
「あそこに綾波はいないから」
「ふぅ〜ん」
「綾波はさ」
「うん」
「自分を解き放ったんだ」
「…かっこいい事言っちゃって」
「へん…かな?」
「別に…それに」
「それに?」
「あいつがお墓にいないほうが都合がいいわ!」
「なんで?」

繋いでいた手を離すと
私は勢いよくシンジに飛びつき
少しだけ見詰めあって

キスをした

「見せ付けてやれるじゃない!?」
「へ?」
「あんたなんかより何倍もお似合いなの!わたしは!って☆」
「ははは…はぁ…そろそろ戻ろうか?」

わたしだけの秘密
こんな時…わたしに振り回されて困った顔をするシンジは

とても幸せそうなの


「あ!…コンビニよってく!」

はいはい
そんなこと言いながら
困ったような顔をして
シンジは私の手を引く

私はおにいちゃんを独り占め

太陽はとってもわがままなのよ!?








僕の初恋は終わりを告げた
僕の素敵な太陽に照らされ
綾波は僕の中から開放された

なんて素敵な太陽なんだろう

どんなときも君は僕を照らしてくれる

ごめんね綾波
いま僕は、君の何倍も好きな人がいるんだ

まだちょっと小さいけど
我侭なお姫様で
なまいきな妹で

だいすきなだいすきな

僕のアスカ







コンビニでアスカはアイスを物色
どうせまたスイカバーなんだろうけど

僕はビールでも買って帰ろうかなぁなんて思って
売り場に足を運ぶと
思わぬ人にばったり
相手の表情が固まり
ぼくは意地悪な笑顔に

どうやら臨時収入にあずかれそうだ
綾波からの餞別かな?

それじゃぁたっぷり貰っとこうかな?
思いっきりわざとらしく行こう!

「あれ?とうさん…と…リツ」

父さんのわざとらしい咳払いと
急いでからめていた腕を放し、携帯を手に店を出るリツコさん

「あれ?出張じゃなかったの?」










晩御飯は中庭でバーベキュー!
焼くのはシンジの担当

シンジはビール片手に、ちょこちょこ動きながら手際よく焼いていく

「いい男ね…シンジ君」

ママもビール片手に溜息

「あれ?ママ、今頃気付いた?」

私はちょっと得意げ

「まったく…ほんとに…なんでシンジ君てば、アスカみたいながきんちょにお熱なのかしら」

ママはほんとに残念そうで
ま!酔っ払った一人身のおばさんの愚痴ね!

「それになんだか…ちょっと明るくなったみたいで…」

「そりゃそうよ!」
「なんで?」
「とびっきりキュートな太陽に照らされてるから☆」

ばっかみたい
ママはそんな顔でビールをあおる

シンジ!
わたしの彼!
わたしの大好きなおにいちゃん!

さぁ!
今日こそおにちゃんにお肉食べさせるわ!

もうベジタリアンは卒業させなきゃ!

見てなさい!
綾波レイ!
あんたの可愛い“碇君”は
あんたが野菜ばっかり食べさせたから
お肉嫌いになっちゃったじゃない?!

冗談じゃないわよ?!
だって!
もう全部わたしのシンジなんだから☆

「アスカ、お肉焼けたよ」

スペアリブを受け取った私は満面の笑み
それを見たおにいちゃんはなんだか困り顔

「ねぇおにいちゃん」
「ん?」
「ふーふーしてあげる」
「へぇ?」
「ふーふーしてあーんしてあげる!」


題して!
愛のスペアリブ大作戦!


ぜぇぇぇぇぇたい!
おにいちゃんにお肉食べさせるんだから!







あ…
あとぉ
出来れば…
今夜じゃなくてもいいから

わたしもたべて☆



フォークリフトさんから妹アスカもの「ハニードリッパー」「ラヴィンノイズ」の続きをいただきまし た。

この世界の綾波さんは…こういうことになっていたのですね(;;

最後に綾波さんの影をふっきれて、シンジもアスカもよかったのです。

いいお話でした。ぜひフォークリフトさんへの感想をforklift2355@gmail.comま でお願いします。

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