◆◆◆◆◆◆



第29回の記録に入るとする。

因みに本録音に使用するレコーダーは5号機だ。アイちゃん、案外凶暴ね。

さて、今回も協力者の登場を願おう。今回の協力者は……。

ふっ、私だ。

……赤木ゲンドウである。
あなた、いきなり、私だ、じゃないでしょ。名乗るならちゃんと名 乗って下さい。

ぬ、す、すまん……。赤木ゲンドウだ。今回の事例観察報告者だ。

という訳で、今回の観察者は我が夫である……何で顔を赤くしてるんですか。

いや、その、夫婦なのだなと思って……。

あなた……ハッ! いけない。
ゲンドウさん、今はレポートの作成をしているんだから、それを肝に命じて下さいよ?

ふ、問題ない。では早速観察報告に入らせてもらおう。

それではどうぞ。


◆◆


私の家に息子夫婦……しまった、思わずそう言ってしまった。失礼。
息子とアスカ君が例によって泊まりに来ていた。
もういい加減一緒に暮らしてはどうかとも思うのだが、
どうやら若い2人にとっては今の2人暮しが喩えようもなく楽しいようだ。
ふ、同棲時代だな。だがシンジとアスカ君の同棲時代は明るいぞ!

あなた、叫ばないで。

ぬ、すまん。では続けよう。

アスカ君が我が家に来る際には、大抵私に対して気を遣った態度を表す。
始めは私に対して萎縮しているのか、あるいは嫌悪しているのかと過去の自分を悔いていたものだが、
次第にどうやらシンジの為にそうしているのだと分かってきた。
彼女はシンジと私の親子関係を気遣っており、またシンジの相手として何かしら力になろうと
しているようだった。それを悟って以来私は彼女に尊敬の念を抱き、最大限の敬意を払ってきた。
馬鹿息子がアスカ君を選ばないなどという事があろうものなら、この私の全能力を持って
それを改善して見せるという所存であった。これに関してはシンジとアスカ君を知る多くの者の
共通した思いでもあろう。そうだな、リツコ?

勿論。でも私はシンジ君を信じておりましたわよ?

ふ、始めは君が一番心配していたくせに。

あなた?

……続けよう。
そこで、これから事例として挙げる、ある日の出来事となる訳だ。

その日もいつもの如く2人は我が家に泊まりに来ていた。
シンジは勿論、アスカ君ももはや娘も同然だ。いずれ息子の嫁となる事を除いたとしてもな。
そう、家族5人での一時の団欒と相成る筈であったのだが、ここでアスカ君は途方もない発言を
仕出かしてくれた。全くの不意打ちであったのだ。
ここは念入りに強調しておかねばなるまい。

「ただいま、父さん」

「うむ、アイも待っていたぞ」

「あの、……ただいま、お義父さま」

「うむ……なぬっ!?」

その時の私の様子ときたら、今は亡きユイが見たらいついつまでもからかいのネタにするであろ う……。
無論、現在の妻のリツコもな。全く、とんでもない失態だった。
リビングで出迎えた訳だが―シンジ達も我が家の鍵は当然持っている訳だしな―まあ、つまりは
ごく自然に2人が帰ってきた所を私はリビングで出迎えたのだ、ごく自然にな。
そしてそれはちょうどリツコもリビングに顔を出した所だったのだ。
こうして私の世にも情けなく狼狽したその姿は家族全員に目撃されてしまったという訳だ。
……思い出し笑いか、リツコ。

くくっ、いえ、そういう訳では……ぷぷっ、あははは!

とまあこの体たらくだ。家族以外に見られなかったのがせめてもの幸いというものだ。
私はアスカ君の予想外の言葉にうろたえきってしまった。何しろ心構えもしていなかったのだ。
この時ばかりは私も組織の長の威厳もなく、父親としてのそれもまた同じだ。

あら、だからこそ愛すべき父ですわ?

そうか……。では続けるとしよう。

「あ、あの、いけなかったですか、やっぱり……」

「え、はっ、いや、そ、そんなことないぞう!?」

アスカ君が沈んだような顔をするのに私は思わず奇妙な調子で叫んでしまった。
シンジがそれに驚きつつも彼女を慰める。

「ほら、父さん、びっくりしちゃったんだよ。いきなりだったから」

「だってシンジだって賛成してくれたじゃない。ちゃんと話し合ったでしょ」

「うん、それはそうだけど……。まあ、父さんもその内慣れるだろうけど、何しろ不器用だか ら」

「あら、何よ。アンタ、自分が人に不器用だなんて言える人間だと思ってるの?
でも……アンタの不器用はお義父さま……おじさまの遺伝ね、きっと」

「ええ? そうかなぁ」

「そうよ。アタシが言うんだから間違いはないの」

2人は寄り添い合うようにして言葉を交わしている。
彼女の言葉の中にも出てきたが、シンジとアスカ君が我が家を訪れるのが習慣となってから
暫くして、彼女は私をおじさまと呼ぶようになった。
この時はあらかじめそう呼んでもいいかと問われて承諾したのだ。
何ともこそばゆい呼び方ではあるが、悪くはなかった。
だが、お義父さまとなるとまた衝撃の度合いが違う。
まあ、2人はそうして楽しそうに会話をしていたのだが、私はひとつ問い質したかった。
果たしてアスカ君がシンジの服の裾を指にくねくねと巻きつける行為は意味があるのか?
どうして時折首を傾げるようにしてシンジの顔を覗き込むのだ?
どうして顔と顔との間の距離が時折なくなるのだ!?
むぅ、ひとつではなくなった。

あなた。1人で突っ込んでないで話を続けて下さい。

ああ、すまん。
ともあれ私が混乱の渦中にあるその眼前で、この年若い2人はいちゃついていたのだが、
問題が既に遠く置き去りにされているのに気付いて、私は再びそれを提起する事にした。

「あー、ごほん! いいかね、ふたりとも。その……アスカ君の言った言葉は……」

「ああ、シンジ、アタシも……えっ?
あ、その、あの、お義父さま……おじさま。これからはおじさまの事、
お義父さまって呼ばせてもらおうかと……あの、アタシ……駄目ですか?」

アスカ君が私を上目遣いに見つめた。中々計算高い……いたっ!
す、すまん、いや、無論計算などではなく彼女の中の不安が現れた結果なのだろう。
……いいか、これで?
ごほん、とにかく、その時私は彼女の問いに一瞬答えに窮した。
何故なら、果たして彼女がお義父さまと呼ぶ事について駄目かと問うているのか、
それともシンジの伴侶として認めてもらえるのかどうかを問うているのか、
私にはその一瞬に判じかねたからだ。
だが結局は答えはひとつしかない。私は実に鷹揚に頷いてみせた――つもりだった。
実際は笑い転げるほど滑稽な様だったであろう。
その場ではアスカ君も少なからず真剣だったようだから笑いはしなかったが、
シンジの奴はアスカ君の腰に廻した手が震えていた。顔も真っ赤にして震わせてな。
私はしかと見たぞ。おのれシンジめ。
因みにそのシンジの震えが伝わってくすぐったかったのか、
その後アスカ君は顔を赤くしてシンジの奴を張り飛ばした。
ふ、悪は滅びる、だ。この際私以上の悪人がいるかどうかには目を瞑ろう。

ん? 何だ、リツコ。
ふむ? あの時は、ほほう……いやしかし……ぬぅ……あの状況 で……シンジめ侮れん。

ごほん、話がずれたようだな。
とにかくその場は私がお義父さまという呼び名を認める事で収まったのだ。
が、しかし私はその効果の程を見くびっていた。
何ともアスカ君は情け容赦のない戦士だ。
私の牙城をその日の内に切り崩さんと猛然と攻め立ててきた。
彼女が一体何度私をお義父さまと呼んだ事だろう。
恐らく彼らが我が家に泊まりに来る習慣を始めて半年間の内に彼女が私に対して話し掛けた回数を、
その日はほんの1時間で為してしまったに違いない。
食後の団欒も佳境に入る頃には私はすっかり息子夫婦の訪問を受けた父親の気分になってしまった。

……笑うな、リツコ。

だって、あなた……ゲンドウさん。

そんなにおかしかったか。

おかしいも何も。あなたったらお酒が入った後はもう本当にそれそのものでしたよ?

むむう……!
自分では憶えていないのだ。どうして皆私に教えてくれないのだ。
アスカ君でさえ含み笑いをするだけで教えてくれないのだぞ。
シンジの奴はアスカ君に口止めされてその言う事を聞いているし。
君くらい教えてくれてもいいんじゃないか。

まあ、あの時はお酒が過ぎたのは事実ね。嬉しくてつい飲み過ぎたのでしょう?

……そんなこともある。

そうね。幸せでしょう、ゲンドウさん?

……ああ。罪深い事にな。

あら、あなたが自分でそれを否定する事は私が許しませんからね。勿論アイも、シンジ君もアスカも。

許さないのか?

当然でしょう? あなたの幸せは私達の幸せでもあるのだから。勝手に投げ出す事は許しません。

君というヒトは血も涙もない。

女は欲張りなのよ。その内今の私がどれだけ慈悲深いか涙を流すことになるわ?

それは怖いな。さて、そろそろいいのではないか?

あら、そうですね。では。


◆◆


さて、分析に入るとしよう。
今回の事例が示す事は実に単純明快。
観察対象2人の間で何らかの合意形成が為され、そしてそれを観察対象の一方、すなわちシンジ君の
親であるゲンドウ、及びその妻の私に対してその合意を知らしめる所としようとした訳だ。

だが正確には具体的にその合意が為されたのかどうかは分からん。

確かに。2人の間で明確に合意が交わされたかどうかは確認されていない。
ただ、アスカの2人で話し合ったという言葉から、やはりゲンドウをお義父さまと呼ぶ事に関しては
2人の間でかなり意図を明確にしていたのではないかと思われる。

まあ、あの2人はとうの昔から婚約しているようなものだがな。

それも事実。
結局の所、今回の事例は、2人の仲がかなり固まってきた、もう少し言えば2人の認識内において
固まってきた事を示したと言っていいだろう。つまり外形に内心が追いついたとも……。

言えるかもな。2人の意思をひとつとして見たとして。まあ、なんにせよ……。

せよ……何です?

せよ……めでたい。ふ、くっくくく。

……不敵な笑いはやめて下さいな。

シンジよ、いつ子供を作ったとしても万全のフォローをしてやるぞ。心置きなく走れ……いたたっ!

何馬鹿な事言ってるんですか!
責任も取れない内にそんな事仕出かす子供を無条件でフォローしてどうするの!

い、いや、今のは待ち遠しいという俺の心が言わせた……その……。

その、何です!

い、痛い……。

大体2人暮しも破格の待遇なのよ?
アスカには当然きっちり避妊を言い聞かせてますからね、随分前から。

は? 初めて聞いたぞ?

今まで疑問も浮かべなかったのが大間違いですわ。ただで許すわけないでしょう。
無論シンジ君にも厳しく言ってあります。事細かに条件までつけて。

じょ、条件……ってなんだ?

罰則付きです。細かな状況に応じて。

始めた時からか?

2人暮らしを始めた時からです。そもそも性交渉自体始めは固く禁じてました。

……む、む、む。

何故なんて訊いたら暫く家から追い出しますよ。
あの2人は子供で、恋人同士でもなかったんですからね。
それでもなお、あえて2人暮らしをさせたのだから、不測の事態をなるべく防ぐのは当然です。
ネルフの定期診断で性交渉があれば分かるんですから。偽証は不可能です。

君は……。

愛情溢れる母親だわ?
締める所は締めないと、2人の関係は不安定だったんだから。

血も涙も……ない。

あら、あなたが代わりに泣いてみるのかしら?

それもいいかもな。

それならここはこれでお終いね。アイと3人で散歩でも行きますか?

ああ。あの2人は?

多分呼んでも来ないでしょ。いいから行きましょう。若い2人はもう大丈夫よ。

そうか。ではこれで?

これで第29回録音は終了。これから子連れでデートよ、悪くないでしょ?



◆◆◆◆◆◆
最終ぱーとへつづく

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