一万二千年後の覚書

by リンカ

   12.サヨナラはさりげなく

カントール、クルツ大佐の治める軍基地。
ブリンが基地の廊下を足早に歩いている。
基地内情報区画から、息の詰まるような時間を終えて彼女は漸くその出口までやって来た。
衛兵に身分証と区画利用許可証を差し出して見せて、その区画を抜けて彼女はそっと溜息を吐いた。
そこから兵士宿舎に歩いて行きながら、ブリンはアンシェルから帰ってきて
アスカと話した時の事を思い出していた。


アスカ達中隊はカントールへ帰還するなりクルツ大佐の所へ出頭した。
作戦については、アンシェル制圧は失敗したのだが、表向きアスカ達はそれには関係無いので、
特にクルツ大佐からは何も咎め立てはなかった。
ただ、説明もなかった。
帰還した翌日、アスカの個室にブリンが訪ねて行った時、
アスカはデスクの上に何か装飾品を広げて考え事をしていた。
どうしたのかと尋ねれば、彼女は思い詰めたような顔で、ブリンに頼み事をした。


「・・・情報を調べてくれ?」

「そうよ。今回の事は、余りにもおかし過ぎるわ。大佐も何も説明しようと もしない。
他の誰か上層部からも何もない。州政府はただ混乱するだけ。
国内の批判がカントールに集まりつつあるけど、どういう事なのか、アタシ達にはまるで分からない。
だからブリンにお願いしたいの。アタシはそこまでハッキングの技術がない。
でもブリンならここの情報区画から潜り込めるでしょ?
アタシはどうしても知りたいの。知らなくちゃいけないの。お願いよ、ブリン」


そう訴えて、ブリンの手を握って頼み込むアスカに、ブリンは答えに窮した。
アスカが頼んでいる事は、完全に犯罪だ。
しかも軍の情報に潜り込むなど見つかればただでは済まないし、そもそも非常に困難だ。
基地の端末からなら、ブリンの技術なら可能かもしれないが、危険なのは変わらなかった。
彼女はアスカの顔を見る。


「どうしてそんなに知りたいの」

「それは・・・アタシは・・・アタシがこの先どうするかがそれで決まる の。そんな気がするの」


ブリンにはアスカの言っている事が良く分からなかった。
何故これほど追い詰められた顔をしているのか、何に焦っているのか。
だが少なくともこの年下の親友はこの上もなく真剣に自分に対して頼み事をしている。
ブリンとしては多少の疑問があっても彼女の力になってやりたかった。


「・・・良いわ。明日から何か方法を考えて試してみてあげる。それで良いわね?」

「十分よ。ありがとう、ブリン。恩に着るわ」

「それは潜ってみた後に言うべきね。辿り着けないかもしれないわよ?」

「それでも良いの」

「?」


矛盾したアスカの答えにブリンは訝しげな顔を一瞬したが、すぐにそれを打ち消して
話を変える事にした。そこで彼女は先程から気になっていたデスクの上を見た。


「ところでアスカ。その綺麗な飾り、どうしたの?そんなの持ってたかしら」

「あっ、これは・・・その・・・」


アスカがしまったという顔をして言い淀んだ。


「ネックレスかしら。綺麗ね。ねえ、アスカ、見せてくれる?」

「あ・・・うん」


しぶしぶといった感じだったがアスカが一応返事をしたので、
ブリンはデスクの上の飾りを手にとって目の前に広げてみた。


「本当綺麗ね・・・。でも、これネックレスにしては長過ぎるわね」

「ああ、うん、まあ・・・」


何とか話を逸らせないかとアスカは思案するが、どうにもこうした事に慣れていないので
ただいたずらに体をそわそわとさせながら視線をさ迷わせた。
ブリンは先程から気まずそうにしている少女をチラリと見る。


「で、これをプレゼントしてくれたのはどんな素敵な人なのかしら?」


ブリンの言葉にアスカの体がビクリと震えた。
素敵な人ってシンジの事なのかしらでもアイツはそんな素敵って訳じゃううん別にアタシは
そこに突っ込みたいんじゃなくてつまりアタシとアイツは何の関係もなくてそうただ命を救ってもらったって
だけで確かにちょっと繊細そうで優しい素敵な顔立ちをしてるけどブリンの好みとはきっと全然合わないわよ
必ず絶対それにからかわれても困っちゃうし疚しくなんて全然ないのに何て理不尽だから内緒にしとこう
それがアタシとアイツの為でもある気がする完全完璧間違いなくそうに違いないわ、
と、目まぐるしく頭の中で矛盾した渦を巻きながらも、アスカは深呼吸をしてからニッコリと笑って言った。


「な、何言ってるのかしら。それアタシが買ったのよ・・・?」


ブリンはアスカの見え透いた嘘に呆れつつも、ふぅんへぇ、とおざなりな相槌を打ちながら、
飾りを矯めつ眇めつする。
相変わらず普段はザルな性格してるわね、任務の時は違うんだけど、と内心で笑いを零した。


「素敵ねぇ。とても繊細な細工で・・・玉も質の良いものが使われてるわ。
銀もきちんと磨いてあるわね。余程大事なのね、これ。ね、アスカ?」

「そ、そ、そうかしら?別に大したもんじゃないわよ?そ、そう、ただの安 物よ。
偶々目に付いたから買ってみただけ」


再び、そっかぁなるほどねぇ、とブリンはおざなりに返した。


「でもネックレスじゃないなら何なのかしら。これどうやって着けるの?」

「え、それは二重にして首から・・・」

「ああ、そうやっていっつも着けて見てるんだ。姿見あるものね」


ブリンの言葉にアスカが勢い良く彼女の方に体を向けて、腕を振り回した。


「そ、そんなことしてないってば!ただ広げて見てるだけ!」


アスカの叫びに、今度はきちんとブリンは反応した。
飾りを見ていた顔をアスカの方に向けて、ニコリと綺麗に笑って、そのまま何も言わずに
再び顔を飾りの方に戻した。
そのブリンの反応に、アスカは失策を悟った。
出来るならばブリンには言いたくはないとアスカは頭を働かせるが、混乱するばかりで
口が上手く働いてくれそうにない。それでもなんとか言葉を搾り出した。


「いや、ブリン?ちょっと、さっきのは違うのよ?別に暇さえあればそれ取り出して見てるとか・・」


言い掛けて口を噤んだ。また失敗してしまった。
この自分同様男嫌いだと周囲に思われている年上の親友は、
自分と違ってこの手の話が大好きなのだ。
今やブリンはニコニコと笑みを浮かべながら、飽きもせず飾りを丹念に見ている。
何だかその内匂いでも嗅ぎ出しそうだ。


「あの・・・ブリン?その、そろそろ・・・返して欲しいなぁ、って」

「ねえ、アスカ」


アスカの懇願を無視して、異様に低い声でブリンが呼び掛けた。


「な、何でしょう、ブリンさん」

「これ、大したものじゃないなら私に譲ってくれない?」

「駄目!!」


アスカが立ち上がりながら力一杯叫んだ。
椅子が倒れて、ガタンッと音を立てた。
ブリンがゆっくりと立ち上がったアスカを見上げた。


「どうして?安物なんでしょう?お金は払うわよ?」


無慈悲にブリンがそう言うと、アスカは殆ど悲鳴の様に叫んだ。


「絶対に駄目!それはアイツの大切なもの・・・!」


言い掛けてアスカは言葉を切り、ブリンを見詰めた。
彼女はニッコリと笑ってアスカを見上げていた。


「・・・・・」

「・・・じゃ、その“アイツ”さんの話を聞きましょうか。じっくりみっち り、とことんまで」


ブリンが素晴らしく綺麗な天使のような笑顔でアスカを見上げていた。
が、アスカにはそれが悪魔に見える。まんまと嵌められてしまった。
その後、ブリンはアスカを小一時間問い詰めた、どころではなく、
2時間に渡って尋問した後、3時間に渡って愚痴と嫉みと乙女の秘密の会話を繰り広げた。
この日、作戦後の休暇2日目の昼。時間はたっぷりと有り余っていた。
その際消費された上質な茶葉を使った紅茶や魅力的な菓子の数々が
どれほどの量であったかは、考えるのを止めるのが賢明というものだろう。
無論、体重計などという無粋な存在の事も。





ブリンが宿舎廊下をごく普通の足並みで通り抜け、アスカの部屋まで来て、インターフォンを鳴らした。
入っても良いとの答えに、彼女は部屋に足を踏み入れる。
ブリンがアスカを見ると、ゴソゴソと引き出しを閉めて、それから待ちかねたといった表情で見返してきた。
また腰飾りを―ブリンは既にそれが腰飾りである事を知っている―眺めていたのか、と
半ば本気で呆れながら、椅子を引っ張って、アスカの前に腰掛けた。


「で、どうだった、ブリン」


もう飾りを眺める事には開き直っているアスカが、腰掛けたブリンに尋ねると、
ブリンはそれに呆れ、同時に羨望を覚えながらも、本来の目的を思い出してアスカの顔を見た。


「はっきり言って駄目ね。アスカには悪いけど、これ以上情報は覗けないわ。
この一週間色々やってみたけど、もう限界。これ以上はばれるわ」


ブリンが頭を振りながら答えた。


「そう・・・。結局ここまでなのね」

「そうね。今回の事は、まずカントールがアンシェルを制圧して何らかを得 ようとしていた。
それにはカレン准将は関わっていない。
クルツ大佐は知っていたようだけど、私達に命じた作戦は完全に別扱いに操作しているわ。
私達を関わらせたくなかったのね。でも大佐には今回の事を止める力がなかった。
その“何か”は全く分からない。情報がありそうな場所も防壁が堅過ぎて入り込めない。
というより入った途端逆に攻撃を受けるんじゃないかしら。本当にその情報があるかも分からないし。
カレン准将は知っていたでしょうけど、完全にノータッチ。ただ何か動いているようだわ」

「動いているってのは?」

「それも分からない。ごめんなさい。でも、状況からしてカレン准将は反対 だったみたいね。
何らかの攻勢に出るんじゃないかしら、今回の事を引き起こした上層部に対して」

「・・・州政府は」

「一部が関わっていたようだわ。政府の意思じゃなく個々の勝手でね。でも かなりいるようなの。
官僚は・・・ちょっと分かりにくい。これも関わっていた可能性がある。
・・・大した陰謀劇だわ。それほどのものがアンシェルにあったのかしら。
でも、アンシェルを制圧したゲリラは何も過激なことは言ってこない。
そのまま留まって管理しているだけ。でも連邦政府はゲリラとの協議で妙に腰が引けてるわ。
やはり何かがあるのね。・・・これからどうなるのかしら」


ブリンが不安そうに零した。
アスカはブリンから話を聞いて、静かにブリンから視線を外し思考に沈んだ。
といってもこの一週間前から、どうするのかは疾うにアスカの中で決まっていた。
彼女は最後の後押しが欲しかったのだ。
一歩を踏み出す決意を固める為に、背中を押す何かが欲しかった。
そして今、ブリンのもたらしてくれた情報が自分の背中を確かに押してくれた事をアスカは確信した。
アンシェルでの作戦から、アスカの中に密かに息衝いていた疑念はその顔を表に現し始め、
そしてまた、いつかカレンが自分に向かって言った不可解な言葉が漸く胸の中で氷解していくのを感じた。
アスカは決意を込めてブリンを見た。


「・・・アスカ?」

「ありがとう、ブリン。アタシ、軍を抜ける」


アスカは静かに言った。


「・・・え?」

「軍を辞めるの」


ブリンの脳がアスカの短い言葉を理解するまで時間が掛かった。


「アスカ・・・それ、どういうこと・・・?」

「軍を辞めて、この国を出るわ。ブリン、今までありがとう」


アスカが微笑んでブリンに言った。
その微笑みにブリンは見惚れ、そして跳ねる様に立ち上がった。


「ど、どうして!何で軍を・・・いえ!それより何でこの国を出て行くなんて!」


取り乱したブリンに近寄り、アスカはそっと彼女を抱き締めた。
ブリンの体が強張る。
彼女の方がアスカよりも背が高いので、アスカは彼女の肩口に額を付けた。


「アイツがね、言ったの。アタシの思うようにしたら良いって。心のままに生きろって。
アタシはこの国を出るわ。何が起きてるのか、この国の中からじゃ分からない。
外に出て、色んなものを見て、そして探すの。だから、ブリン。お別れよ」

「それが・・・アスカの言ってた、この先、なの・・・?」


震えながら、ブリンはアスカを抱き締め返した。
アスカはブリンにとって一番の親友だ。4年の別離を経て軍で再会し、そしてそれ以降ずっと一緒だった。
この先もそれが続くのだと信じて疑わなかった。
ブリンもまた、軍に志願する多くの若者と同様に現在のこの国の状況を憂えており、
そして己の能力を信じて軍務に従事してきた。
無論戦争など早く終われば良いと祈っており、いつも戦闘の後は陰鬱な気分に悩まされ、
しかしアスカが共にいる事がブリンにとってかけがえのない救いになってきたのだ。
今こうしてアスカが再び別れを切り出そうとしている事にブリンは混乱し、
そして何とかしてそれを防ぎたかった。


「そうよ。すぐに準備して、なるべく早く発つわ。正式に除隊したいけど、脱走してでもアタシは行くから。
熊親父の器量を試さなきゃね」


アスカがブリンに額を押し付けて、目を閉じて言った。


「そんな・・・大佐やカレン准将はどうするの。貴女の家族でしょう・・・」


ブリンの言葉にアスカはふふ、と笑いを漏らした。
その穏やかな笑い声を聞き、ブリンは背に廻した腕に力を篭め一層彼女を抱き締める。
そうすれば彼女が翻意するかも知れないとばかりに。


「大丈夫よ。あの人達は、アタシが仕出かす事になんてうろたえたりはしないわ。
特にカーリーの方はね。熊親父の方は胃に穴でも空いちゃうかもしれないけど。
でも、アタシの事は分かってくれる。だから良いの」


ブリンがアスカの髪に顔を埋めた。
瞳がじんわりと暖かくなってきた。鼻の奥がつんとした。
ひたすらに穏やかに言葉を紡ぐアスカに、もう引き止める事は叶わないのだと悟り始めていた。


「もう決めたの・・・?」

「決めたわ。アタシは行く。ブリンも元気でね。隊がどうなるか分からない けど、気を付けて。
マルゴに熊を落とすなら今の内だって言っといて。マルゴならアタシ、文句言わないわ。
フェリーチェにはちゃんと常識を教えとくのよ?あの娘危なっかしくて見てられないわ。
ネーベルスタンにはいずれ外国の珍しい植物でも送ってやろうかしら。助教授どのだからね。
ガーランドが変な事したら遠慮無く軍法裁判にかけてやりなさい。それで少しは世の中良くなるわ。
ジョーカーとドールには結婚式には駆け付けるって伝えてね。招待状は世界中に出して。
カウンターには良い恋人が見つかるかしら。まあ、男同士だけど。
ブレードにはナイフ弄んで遊ぶなって躾なくちゃね。いつか指の本数が足りなくなるわよ。
デッサンに、売れる画家になったらアタシの肖像画描かせてやるって言っといてね。でもヌードは禁止よ。
オーシャンには悪いわねって伝えとかなくちゃ。アタシが先に世界を廻るわ。
ブリン。これでお別れ。ブリン。ダイスキよ。アタシの親友。いつかまた会いましょ」


そう決然と言ってアスカはブリンの体をゆっくりと放し、微笑んだまま後退って、彼女の顔を良く見た。
アタシの一番の親友、とアスカはブリンの顔を見ながら心の中で呟く。
これで見納めかも知れない。いつかまた会えるかも知れない。
だが必要以上に別れを惜しむ事も、未来の不確定な希望に縋る事も、今のアスカには必要ではなかった。
それ以上に自分を突き動かす意思がある。それに従う事が今のアスカにとって一番重要な事だった。
そうでしょ、シンジ。
心の中でそう問い掛けて、黒髪の少年が笑みを返すのにアスカは何故かじんわりと胸が温かくなった。


「アスカ・・・」

「さ、もう行って。アタシは準備に掛かるわ」


何でもないかのように、或いは振り切るかのように、アスカはブリンに背を向けて、
引出しを開けシンジの腰飾りを取り出した。
刹那それを見詰め、そしてデスクの上に大事そうに置いてから、部屋の荷物を整理し出した。


「アスカ・・・分かったわ。じゃあ、またね」


ブリンの言葉にアスカの動きが一瞬止まる。
唇が戦慄くのは気の所為だとアスカは自分に言い聞かせた。
鼻の奥がつんとするのも気の所為なら、目の前の視界がぼやけるのも気の所為だ。
そう言い聞かせて、しかしアスカは矛盾した事に、ブリンへの最後の言葉が涙の震えを
帯びないように細心の注意を払って口を開いた。


「ええ・・・また」


ブリンは静かに部屋を出て行った。








自分の執務室で相変わらず狭苦しいデスクについて、クルツは端末のディスプレイを見詰めていた。

 
 《今までありがとう、パパ。大好きよ。 ――愛を込めて アスカ=ダージリン》


アスカが端末に一方的に送りつけてきた文章の最後の一行を、クルツは見詰 めていた。
アスカは除隊扱いにした。
何を求めてアスカが外に出るのか、何故これほど急に、1人で行ってしまうのか、
本当の所クルツには計りかねたが、アスカの行動を非難する気はなかった。
いつかこういう日が来るのではないかと彼は思っていた。
漸く1つ。彼は娘カレンの言っていた事が分かった。
クルツはディスプレイを見詰める。
もう1つのメッセージも送らなくては、と彼は端末を操作し始めた。
クルツはカレンへのメッセージも預かっている。
知らず彼の口元は微笑んでいた。
目元は優しく細められ、アスカが行ってしまう事への不安と寂しさはあるが、
それでも4年以上前のあの日、カレンの後ろに隠れていた小さな少女の
これからの人生を祝福できた。
カレンへメッセージを送信し終えて、もう一度、アスカのメッセージを読み直す。
馬鹿娘め、とクルツは小さな声で呟いた。

“パパ”とアスカに呼ばれたのは随分と久し振りだった。





「あん?メッセージ?誰よ、このくそ忙しい時に、全く・・・」


カレンは執務室の端末に秘匿でメッセージが送られて来ているのに気付いた。
今彼女は反乱の為の仕込みをしている。
万一にも失敗する訳にはいかないので、慎重に出来るだけ急いで準備を進めているのだ。
カレンは一体何のメッセージだといぶかしんでチェックをした後それを開き、
そして最初の行で目を見開いた。
読み進めて行く内に、隠しようのない笑みが顔中に広がる。
最後の方まで読み進めて、いよいよ彼女の顔は満面の笑みになった。
 
 
 《“いつか必要になる”って言ったわよね。こういうことなんでしょ?
 アタシは外に出て行くわ。世界を行くの。そして探すわ。アタシにはそれが出来る。
 アタシは心のままに生きる。アタシは自分の思う通りにするわ。
 分かるわよね、アタシの心。
 あの日のことは良く憶えているわ。あの日から貴女達はアタシの大事な人になった。
 今までありがとう、カレンママ。ママのこと、大好き。
 
 ――追伸
 いつかカレンママと熊パパに会いに帰ってくることもあるかもしれないわ。
 その時アタシの隣に誰か立ってても驚かないでね。
 じゃ、行ってくるわ。
 
                             ――愛を込めて アスカ=ダージリン》


カレンは部屋の隅に置かれたフリーザーの所に―彼女が勝手に設置したのだ―歩いて行った。
扉を開け、酒の瓶を取り出して栓を開けてデスクへ戻って来た。
もう一度アスカのメッセージを読み返しながら酒に口を付ける。
勤務中は当然飲酒禁止なのだが、たった今勤務時間は終わったわ、と勝手に決めて
酒を口に含んだ。
アスカのメッセージの、ある少年のくだりの所でカレンはニンマリと笑う。
からかえないのが心残りね、と考えながら、アスカのメッセージを読み進めて行った。
カレンはいつかこうなることを確信していた。知っていた、と言っても良い。
だからアスカを軍に入れて鍛えた。1人でも世界に旅立てるように。
ママ、という言葉に胸が熱くなる。
カレンは今だ伴侶も恋人も、当然実子もいない。
しかし、アスカは彼女の最愛の娘だ。
いつもは照れて、ママとは中々呼んでくれない。また、本当の母への想いもあることも分かっていたが、
こうしてママと呼ばれると、何とも堪らなく愛おしさが込み上げた。
最後の行まで読んでいく。
隣に立つのは黒髪のシンジ、かしらね、と考え、その時になったら
どうアスカをからかってやるか算段をしてみて、くつくつと笑いが込み上げてきた。
でもまずは思いっきり抱き締めてやらなくちゃね、と目を細めた。
アスカのこの先に不安はあるが、あたしの娘はきっと大丈夫、と、カレンは瓶の中身を飲み乾し、
そして緩む口元を意識しながらひとり口を開いた。


「頑張んな、アスカ。あたしも愛してるよ。行ってらっしゃい。
・・・・・いつか聞いた話の通りになるとはね。
あんたは今頃何処にいるんだか。そうだろ、“ワンナイト”。
あんたが寝物語の中であたしに語った少女は旅立ったよ」



13へつづく


あとがき

怪作様、読者の皆様、こんにちは。

リンカです。

というわけで、第12話でした。
アスカさんにはこの先シンジ追っかけ隊をしてもらうことになるで しょう。
追いついた時がシンジくんの年貢の納め時です。

まあそれはともかく、このお話は大量の登場人物が出てくるのです が、
この辺で一度リストアップしてみようかと思い立ってしまいました。

では、書いてみましょ。

シンジ――これはそのまんまですね。16歳ですので本編より背が伸 びました。
アスカ――上に同じく。16歳ですので本編よりセクシーになりまし た。・・・かも知れません。

シリン――喋る猫。いつ如何なる時もシンジのお嫁さんを探し眼を光 らせている猫。
       ポケットが体の何処かに隠されているかも。名前の由来は某漫画から。
タルク――なし崩しにシンジに同行する事になった村 医者さん。名前の由来 は上と同じ漫画から。

キャルバート――ウィッシュ州反乱組織リーダー。興奮すると関西弁 に変身。名前の由来は某海外SF小説から。
トーツェン――キャルバートの相棒。漢らしいアニキ。本編に性格的 そっく りさんが存在。
エミリア――トーツェンの妹。ブラコン疑惑。

ブリン=“シャイン”――アスカの副官で親友。恋に恋する少尉さ ん。本編にそっくりさん がいるかも。
マルゴ=“グリーンティー”――アスカの部下。緑髪女。熊オヤジに 惚れた奇特な女。名前はフランス系。
フェリーチェ=“ショコラ”――同上。チョコレート色の肌の不思議 少女、というか単にズ レている。名前はイタリア系。
ガーランド=“フラッシュ”――同上。バイザーメットをいつも被っ ている胡散臭い奴。過去に盗撮疑惑あり。
ネーベルスタン=“プロフェッサー”――同上。大学助教授の曹長さん。
“ジョーカー”――同上。1人の女しか相手に出来ない特異体質・・・かも。
“ドール”――同上。1人の男しか・・・以下略。
“カウンター”――同上。同性愛者。いい奴。
“ブレード”――同上。いつか指がなくなりそうな困った癖がある。
“デッサン”――同上。売れない絵描き。
“オーシャン”――同上。世界一周を夢見ている。

クルツ――カントール州軍大佐さん。アスカの養父。熊オヤジと人は呼ぶ。
カレン――カントール州軍准将さん。クルツの娘。アスカの養母。マイ・冷蔵庫を持つ強者。

ゲリラの男――怪しいにやけ男。ゼーレの情報を教えてくれたのはこの人。
アミーン――にやけ男の家来に勝手に納まった人。名前はアラブ系。
リェンファ――同上。婚約者アミーンの操縦術で右に出る者なし。名前は中国系。

マリエル――シンジが記憶を失っていた2年の間に過ごした地方の宗教的指導者。脱走癖あり。
        隠そうともせずシンジくんを手篭めにしようと狙っていたが果たせず枕を濡らすことに。
ヘレン――マリエルの従者。最近肌荒れが気になる。
ペーター――同上。最近抜け毛が気になる。



えー、今の所このくらいでしょうか。人物に関しては。
名前だけ登場の人とか多分もう出てこない人とか含まれますけど。
まあ、これからもお付き合い頂ければ幸いです。

では、この辺で失礼すると致しましょう。
  


リンカさんから十二話をいただきました。

アスカが軍を辞める‥‥シンジをおいかけるつもりでしょうか。

続きも気になりますね。

みなさまも読み終えたあとにはリンカさんへの感想メールをお願いします。

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