一万二千年後の覚書

by リンカ

   10.SKIPPER

ウィッシュ、反抗組織アジト。遺跡内戦艦ドック。
皆が忙しく動き回って作業をしている。

キャルバートがアンシェルで情報を得てから、彼らはウィッシュへ帰ってきた。
帰りの戦艦内でキャルバートはディスクの内容を確認し、それを皆に説明した。
この先はウィッシュやこの国の為と言うだけでなく、より大きな目的の為に国を出ることになる為、
皆が付いて来るかウィッシュに留まるかは各人の自由だと彼が言った所、
皆は口々に分かりきった事を聞くなと彼らの首領に答えた。
その光景を見てキャルバートが頭を下げて応えると、横に立ったトーツェンがキャルバートの
頭を小突き、彼の首に腕を掛けて皆に向けて出立を宣言し、それに割れるような歓声が上がった。
シンジはそれを見て複雑な心境になった。
この人々の所からも立ち去るつもりだったのに、こうして彼らは自分と一緒に国を出ようとしている。
無論シンジが国を出た後、戦艦を降り彼らと別れるという事も選択肢の1つなのだが、
こうして決意を新たにしている彼らを見ていると、それも出来る筈も無かった。


「ほな、シンジはん。この部屋はシンジはんの部屋ちゅうことでよろし?
別の部屋が良かったら今なら変えられますけど。まあ、造りは大体同じですけどね」


戦艦内居住区画のある一室でシンジとエミリアが会話している。
シンジに向かって首を傾げるエミリアに、彼は困ったように微笑んで言った。


「あの・・・僕も相部屋で構わないですよ。殆どの方はそうじゃないですか。
というか20人の大部屋なんて所もあるし・・・個室は少ないでしょう」

「駄目駄目。あきまへん。シンジはんは個室です。何せ若とお兄ぃの相棒ちゅう認識に
なってますから、皆の中で。それなりの待遇やないと。
猫ちゃんかておるし。猫ちゃん慣れん人と一緒やったらストレス堪るでしょ」


エミリアがシリンを覗き込むと、彼女はにゃーん、と高く鳴いた。


「ふふ、ほら、猫ちゃんかてそう言ってます。もうええ加減諦めなはれ。
うちのお兄ぃにも若にも同じ事言われたんでしょう。とにかく誰かは個室に納まるんですから、
ここはシンジはんの部屋です」

「はぁ・・・ベッドをもう1つ運び込むというのは・・・」


尚も言うシンジをエミリアは半眼で睨んだ。


「あんま駄々捏ねると、うちのベッド運び込みますよ?」

「い、いや・・・1人でいいです」


シンジが後退って尻窄まりに答える。
シリンが彼の肩で思わず噴出しかけ、毛玉を吐き出す振りをして誤魔化した。


「なーんや、残念。うちも個室なんです。お兄ぃが勝手に決めてもうて。
もう、おなごの仲間かて大勢おるのに、うちだけ除けもんにして。ホンマ勝手なんやから」


彼女は頬を膨らませて不満そうに言うが、シンジの目には嬉しそうに見えた。


「ふふ」

「何です?」

「いや、良いお兄さんなんですね」

「ふん!そないなことおまへん。もう煩いったらないんやから。何時までもうちを子供扱いするし」


彼女はそっぽを向いて口を尖らせる。が、頬が赤く染まっていた。


「ふふ、まあ、それじゃお言葉に甘えてこの部屋を使わせて貰います。
荷物は取り敢えずもう無いから、別の所を手伝いますよ。何かありますか?」

「ああ、それやったら・・・えっと、申し訳ないんやけど誰か捕まえて聞くなり自分で
探すなりして貰えます?ちょっとうちじゃ。まあ、若の話相手ちゅうのが一番順当やと思うけど」


エミリアはシンジの方に振り向いて、視線を泳がせながら思案して言った。


「そうですか。すいません。だったらそうさせて貰います」

「はいな。そんじゃ、この部屋はシンジはんの部屋、と。じゃ、うちは次の仕事がありますんで」


エミリアが出て行き、ドアが閉まった所でシンジは溜息を吐き、シリンが彼の肩から
デスクの上に降りてシンジに話し掛けた。


「少し話をしましょうか、シンジ」


シンジが彼女を見て、ベッドに腰掛けた。


「うん・・・何、シリン」

「貴方は彼らと行く事に不満があるの?」

「そうじゃない。けど、巻き込んでしまった」

「それは貴方の所為じゃないし、彼らが今こうしているのは彼らの意思よ。
貴方がどうこうしたからではないわ。いずれこの国はこうなっていたわ。貴方が居ようと居まいと」

「これから巻き込む事には変わりは無い」

「だからそれも彼らの意思だと言ったでしょう。・・・全て自分が悪いなんて言ったら
思い切り引っ掻くわよ。ここにピアが居て御覧なさい。宥めるのに一週間は掛かるわよ」

「シリン・・・そうだね、ごめん」


シンジが微かに微笑む。
どれだけ注意されても悲観的な考えが抜けきらない。
全て自分の所為だなどと思い込むのは傲慢だと以前に激しく叱責された事もあるなと不意に思い出した。


「もう、謝るんだから。大体ピアが甘やかし過ぎたんだわ。もっとビシビシ育てるべきだったのに」

「そんなこと・・・ピアは優しいだけだよ」

「ああもう。いいわ、ピアの話は止め。あの女の話してると何故かムカムカしてくるわ」


シリンが尾をビシビシとデスクに叩きつけた。


「仲良しな癖に・・・」


シンジが親友の様子にあきれて言った。


「それとこれとは話が別なの。大体何が腹が立つって、あの娘が貴方の顔を胸に埋めて
抱きしめるのが気に入らないのよ。ちょっとデカイからって。どうせ私はこんなチンチクリンよ。
抱き締めるなんて出来やしないわよ」

「シリン・・・」

「でもでも、あの娘と違って私は何時でもシンジと一緒だからね。それで相殺ね」


シリンが胸を張って尾をピンと立てて言った。
シリンは強い。その姿にシンジはそう思う。


「・・・ふふ、ピア、今頃どうしてるかな。他の皆も・・・」

「・・・大丈夫よ。貴方は信じていれば良いの」

「うん・・・」

「何よ。ピアの胸が恋しいの?いつも気持ち良さそうな顔してたものね?」


シンジの些か寂しげな姿にシリンが敢えて悪戯っぽい声を出した。


「そ、そんなこと・・・」

「あら、偽証は不可能よ。いつも見てたんだし、そもそも貴方から聞いたし、昔」

「だ、だって・・・ピア、ふかふかしてるんだもの・・・」


シンジが恥ずかしそうに口を尖らせる。
シリンの言っている昔とは、彼が6、7歳の頃の話だ。


「そうよねぇ。やっぱり胸は男を抱き締めるのにも使わないとねぇ。
嫁様にもしっかり教えておかないとね、シンジは胸に顔を埋めるのが好きだって」

「シ、シリン!」

「あの小娘なんかだったらどんな顔するかしら?」

「・・・・・」


何を想像したのかシンジの顔が紅潮していく。


「あら、真っ赤ね。大丈夫よ、ちゃんとした伴侶が見つかれば自然に出来るようになるから」


シリンが尾を口元に当てて笑った。
昔からからかいがいのある少年だとシリンは思う。いつまでも純な所が変わらない。
でも、あの小娘の事には妙に反応するわよねぇ、とシリンは笑いを収めながら考えた。
やっぱり無理矢理引っ張ってくるべきだったかしら、あの赤毛娘。
シリンが目を細めてシンジを見ると、シンジは赤らんだ顔でシリンを睨む。


「もう・・・」

「とにかく。シンジ、貴方が気に病む事はないの。ここの連中にしたって無関係のことじゃないんだから。
人々の意思を信じる事は大事よ」


シリンがそれまでとは変わって真面目な口調でシンジにそう言った。


「・・・そうだね」


シンジも表情を改めて立ち上がる。


「さあ、仕事探しに行くんでしょ。上もまだバタバタやってるし、聞いてみれば何かあるでしょう」

「うん。じゃ、行こうか」


シリンがシンジの肩に飛び乗り、彼らは部屋を出て行った。






「で、大体重要な情報は消去したんだな?」

「へえ、そうしました。艦載コンピュータの方も良いようですわ。荷も運び込んだ事やし、
そろそろですな。カントールの将軍さんとこに連絡入れるんですか?」

「そうだな・・・メッセージだけ送っとこう。あっちも今仕込みに忙しいだろうし。
まあ、今後の為に連絡は取れるようにしておきたいな」


アジト内のキャルバートの執務室でキャルバートと彼の仲間が話をしている。
もう粗方出立の準備が整ったので、最後に確認をしていたのだ。


「そうですな。じゃ、艦内から送る事にしましょか」

「ああ、そうしよう。悪いな。これからウィッシュも混乱に巻き込まれるってのに」

「それは言いっこなしですわ。わし等はわし等のすべき事をすればええんで す。
カントールの将軍さんかて上手くやってくれるやろし。苦しい戦いになるやろけど、覚悟の上です」

「・・・俺みたいな若造は駄目だな。余裕ってモンが無い」


キャルバートが自嘲気味に呟いた。
キャルバートとて自分のような20歳にもならない若造に皆が付いて来てくれる事を嬉しく思っていたが、
しかしやはり不安だった。自分はたかが19のガキだ。軍人ですらなかった。
士官学校は途中で辞めてしまったのだから。取り柄といえば精々ライドアームの操縦と、
小賢しく頭が回るくらいの物だとキャルバートは自分でそう自嘲した。


「カカ、そないなことあらへん。大将は凄いお人や。大将やなければ皆こんなについては来んかった。
それは大将のお人柄ちゅう奴や。やろう思てやれることやありまへん。
それに余裕が無い言いますけどな、ミリ坊の乳触って平然としとられるのは大将だけでっせ。
他のもんやったら大尉が恐くて震え上がりますわ。事故でも何でも容赦無いから、大尉は。
まあ、そないなこと仕出かしたんは大将だけですけど」

「そうか。ありがとよ。・・・ていうか何で俺がエミリアの胸揉んだ事知ってるんだよ」

「はあ、皆知ってますけど。ついでに大尉も知ってます。ちゅうか揉んだんですか」

「・・・トーツェンも知ってんのか。通りでここ数日事故に良く遭うと思った。
あいつネチネチ責める気だな。シスコンめ」

「それは大将がそそっかしいだけでっしゃろ。ま、ほな、そういうことで。
わしも戻ります。大将も確認の方良うしとって下さい」


男が出て行くのを見送り、キャルバートは部屋を見回す。


「この部屋とも暫しの別れか。・・・戻って来られるかな」






シンジは艦内を歩いていた。取り敢えず艦内の構成を確認しながら仕事を探そうと見て廻っており、
肩に乗ったシリンも尾を揺ら揺らと揺らしながら戦艦内部の様子を眺めている。


大したものね。これほどの戦艦が良く残っていたわ。遺跡下層が廃棄されて以後、隠されたのね。
・・・どれくらい前の物なのかしら


シリンがシンジの耳元に口を寄せて微かな声で囁いた。


「分からないけど・・・数百年から千年、といった所かな。機関が生きてたって話だし、生命維持やら
艦内の機能系統もすぐに作動したみたいだから・・・」

・・・そんなとこかしらね。古い言語って言ってたわね、使用言語が。
私はこの辺りの古語の知識は無いのよね。“谷”の博士連ならこの戦艦の事が分かるかも知れないけど

「そうだね。・・・医務室、か。入ってみようか」


シンジはドアの上に貼られたプレートを見てそう言った。
中に入ると、そこは割合に広いスペースが取られており、設備も充実した場所だった。
シンジは医務官とタルクが話をしているのを見つけた。


「先生、こんな所にいたの」

「ああ、シンジ君。いや、私も何か出来る事は無いかと思いましてね。こうしてお話をしていたんです」
タルクがシンジに振り返って言った。

「先生。村の人達の所に帰らなくて良いの?」


シンジが心配げに彼に問う。シンジにしてみればタルクこそ完全に騒動に巻き込んでしまった人間だ。


「はは、何。言った筈ですよ。貴方を放っては帰れないと。
ここまで私も関わってしまったんです。一緒にお付き合いしますよ」

「でも・・・」

「村の人達もね、あの後、貴方を放っておくことは出来ないと皆心配していたんです。
それで私が貴方を追い掛けたんですから、最後まで見ますとも」


タルクはシンジの心配を気にした風も無く答える。


「心配要りませんよ。それに事は私にも無関係では無いでしょう?ここの人達と同様に」

「うん・・・先生、ごめんね」

「ふふ、謝り癖は記憶が戻っても変わりませんね。何時だったかヘレンに散々薫陶を受けたでしょう」

「ああ・・・あれは・・・足が痺れたよ。ヘレンさんったら4時間もお説教するんだもん」


シンジがタルクの言葉に遠い目をしてその時の情景を思い出す。
事ある毎に謝罪など口にするものでは無い本当に必要なときだけ言うのだ、と
マリエル付きの従者ヘレンがシンジに対して説教を行ったことがあるのだ。
何でそうなったのかシンジは憶えてないが、彼女の説教はひたすら長く、くどく、脱線の多い、
中々に面白いものだった、とシンジは不謹慎にも記憶している。


「ともあれ私も一緒に行きますよ。この戦艦も非常に興味深いですし」

「ほうやな。タルク先生も来て貰えたら心強いですわ。なんとまあ村医者にしとくのが勿体無い
くらいの博識やで、坊主」


タルクと話していた男がシンジに言った。


「へえ、タルク先生、村では何でも屋みたいだったものね。機械にも詳しいし」

「はは、まあ、医者になる前にも色々やってましたからね」


タルクは30そこそこの年齢だが、酷く落ち着いた物腰の男だ。
村でも頼りにされていたが、あの村に昔から居た訳ではないらしい、としかシンジは知らない。


「ま、医者は一応おるんやけど、タルクはんにも何ぞ頼むかも知れまへん。
国の外に出たら色々あるやろうし。医術だけしか能の無いもんより余程頼りになりますわ」

「ふぅん。じゃ、先生。僕はまた艦内を見て廻るから」


それがタルクの意思なのなら、自分は否定することは出来ないのだろうか、とシンジは思う。
しかしとりあえず今は、シンジはタルクと医務官が再び話を始めた部屋を後にした。





・・・呆れたわね。こんなものまであるの。・・・後から付けたものじゃなくて元から戦艦の中に造ってたみたいね、この場所


とあるフロアに入ってシリンが部屋を見廻しながら呆れた様にシンジに囁いた。
どうやらバーフロアの様だ。部屋の中には色々と荷物が運び込まれている。


「うん・・・まあ・・・リラックスも必要ってこと、かなぁ」


艦内にはちらほらとラウンジや娯楽室らしきものなども設けてあり、この艦の元々の設計者か
所有者の主義なのか、機能一辺倒という造りにはなっていなかった。
シンジ達が半ば呆れて室内を見廻していると、カウンターの下から突然大柄な男が顔を出した。


「おお、坊主。何や、艦内見物か?でもここは坊主はあかんで。若いのに酒飲むと体に悪いからな」

「トーツェンさん。トーツェンさんが雑用ですか?」


顔を出してシンジに話し掛けたのはトーツェンだ。


「がはは、わいもこの場所にお世話になりそうやからなぁ。良う使うモンが管理するんも道理ちゅうもんやろ?」

「・・・お気に入りのお酒隠してたんじゃないんですか?」


シンジの言葉にトーツェンは目を泳がせて頭を掻く。


「な、何のことでしょう・・・」

「・・・・・」


シンジは不意に振り返った。


「あっ、エミリアさん」

「うわっ!ち、違うでミリィ?わいは別にカントール土産の秘蔵の酒を隠したりは・・・ミリィ・・・おらん?」

「・・・隠してたんですね」

「だ、騙すなんて酷いやないかぁ、坊主」


トーツェンが情けない顔をしてシンジを見て、諦めたのか立ち上がってカウンターに頬杖をつく。
シンジはそのトーツェンの様子にクスクスと笑いながらカウンターに近づいて行った。
この年上の男は本当に面白い。シンジは彼と話すのが楽しかった。


「本当にエミリアさんに弱いんですね」

「う、うるさいのぉ。わいかって好きで弱い訳やないわ。ただどうしても敵わんだけや」

「ふふ。で、カントール土産ってなんです?」


シンジが妹思いのトーツェンに微笑んで、先程彼が言ったことを訊いてみると、
彼は、ああ、と言ってしゃがみ込みごそごそとした後、手に酒のボトルを持って立ち上がった。
カウンターにドンとそれを置く。


「これや。土産ちゅうか、カントールの准将さんが送ってくれたんや。会うたのは一昨日やのに
素早い将軍さんやで。どでかい戦の前の景気付けやと。大将がまあ受け取ったんやけど、
一本わいにくれたんや。一本は大将で、他はここに運んである」

「何で自分の部屋に置いておかないんです?」

「ああ、それはな、規則でこの場所か、艦長室やとかそういうとこでしか酒は飲めんちゅうて決めたからや。
要するに個室やらでは飲めんちゅうこと。隠してもミリィに見つかるし」


トーツェンがボトルを指で弾いて言った。


「で、ここですか」

「そ。ボトルキープやゆうても絶対無くなるからな。木ぃ隠すんは森ぃ言うけど。
この酒、中々の逸品なんや。准将さん酒の事良う分かっとるわ、がはは」

「はあ、お酒好きなんですかね」

「いやいや、ええもん送ってくれたわ。カントールのカレン・クルツ准将ちゅうたら結構有名でな。
わいと10くらいしか違わへんちゅうのに准将やなんて尋常やないからな。
しかも大層豪気な別嬪さんらしいわ。大将によると娘がおるゆうとったらしいけど。
一度会うてみたいな、どないな傑物か」


トーツェンがボトルを弄びながら面白そうに言う。


「へえ・・・。で、何て名前のお酒です、これ」

「これはな、カントール一の美酒と誉れ高い“エヴリル・ベンドック”や!」

「人の名前みたいですね」


シンジが瓶を覗き込むと、美しい女性の絵柄が目に入った。
片手に杯を、もう片方の手に銃を持ってウインクしている。
露出度もなかなかだ。


「ああ、何でもあの辺りの伝説の女神はんの名前らしいで。戦と酒の女神やと。
カカッ、准将さん洒落た事するわ」


何だか随分俗っぽい女神様だなぁとシンジはぼんやり思った。
でも・・・なんだか・・・懐かしい感じが・・・。


「ま、そういうことやから坊主。ここは見逃したって」


トーツェンがボトルを抱えてシンジを拝む。
その様子にシンジは苦笑して返事をし、別の場所に行く事にした。






次の日の早朝。まだ空が白みかけているような時刻。


「おーし!皆、準備は整った!これから俺達は国を出て抵抗運動を展開することになる。
といっても差し当たっては世界の情勢を知ることから始めなけりゃならんが。裏の情勢をな。
やっぱり降りたいって奴はいないな?まだ間に合うぜ」


ブリッジからのキャルバートの言葉に艦内中から否定の声が上がる。


「皆、覚悟は出来てるって事だな。俺達の敵はどでかい怪物だ。何時ウィッシュに帰ってこられるかも
分からん。それでも俺は戦うぜ。皆も戦うんだろ!」


オオッ!、という賛同の雄叫びが上がった。


「よーし!俺達は一蓮托生、死んでも仲間だ!ウィッシュの為でも自分の大事なモンの為でも
其々何だろうとそれは構わん!俺達はこれより世界に船出する!皆行くぞ!
レゾリューション号、発進!」


キャルバートが艦長席に座り、片手を前に突き出して宣言した。
それに応えて歓声が上がり、ブリッジのクルーがそれに包まれながら戦艦を動かす。
キャルバートの脇に立つシンジが隣のトーツェンに話し掛けた。


「すごいですね。いつも皆ひとつになって」

「カカ、ま、大将の人徳かの。ハタチにもならんで大したもんや」

「ああ?当然だろ、トーツェン。俺様を誰だと思ってんだよ」


キャルバートが後ろへ首を廻らせてトーツェン達を見て得意そうに言った。
しかし、ニヤリと笑ったキャルバートにトーツェンはむっつりと答える。


「乳触り魔」


その言葉に隣のシンジがブフッと噴出した。


「ト、トーツェン・・・ここに来てそれを言うか・・・」

「わいが許した思うてたんかいな。アンシェルがあったから執行猶予を付けとっただけや」

「エ、エミリアが何か言ってたのか・・・」

「そない恥掻かせられる訳ないやろ。多感な年頃なんやから、胸触られただけでもショックなんや」


エミリアのその後数日の様子を思い起こして、内心首を捻ったキャルバートとシンジだったが、
トーツェンは大真面目だ。


「で、俺は何の刑に処せられるんだ・・・?」


かつてトーツェンによって制裁を受けてきた男達の死屍累々がキャルバートの頭を過ぎる。


「・・・ま、今回の下手人は他ならぬ大将やし。条件次第では見逃したらんこともないで?」

「・・・条件?」


トーツェンがニヤリと口を歪めた。


「カントールの准将さんから景気付け貰うたことやし。景気付けやりまっせ。ええよな、“艦長”?」


彼の言葉にキャルバートは振り返って捻っていた体を戻して、大声で噴出した。
腹を押さえ、足をばたつかせて笑う。


「あっはっはっは!全くお前は・・・これだから親友ってのは良い。俺が“艦長”か。そういやそうだな。
この“土竜”が漸く地面の底から大空に舞い上がるんだからな。景気付け結構じゃないか。
戦いの前の宴って訳だな。・・・よっしゃ、ええで、トーツェン!“艦長”権限でどっかに着いたら宴やらしたる!」


キャルバートが後ろのトーツェンに向けて手を振り上げる。


「艦長か・・・ええな。この戦いが済んだら、この艦の艦長として世界を駆け巡る、か。
悪うないやないか。冒険家にでもなるみたいや」


キャルバートが顎を撫でながらひとりごちた。
レゾリューション号は地下遺跡空洞部から地上へ抜ける順路へと入って行く。


「学者には過ぎた艦やないんか?」


トーツェンがからかう様に言った。


「ああん?ま、ちっとデカイのは確かやけどな。格納してある小型もあるけど。
せやけど“艦長”はもう譲れんな・・・」


キャルバートが艦長席のコンソールを操作して再び艦内に呼び掛ける。


「皆良く聞け!これからフランツ・キャルバートは正式にこのレゾリューション号の艦長だ!
これから俺の事は艦長と呼んでくれ!」


キャルバートの言葉に笑い声が漣のように起こる。
ブリッジのクルーが口々に、了解、艦長、と彼に答えた。
キャルバートは通信を切って、艦長席で背筋を伸ばし、大きく息を吸った。
吸い込んだ息を吐き出しながら、地下航路の映し出されているメインモニターを不敵に睨んだ。


「やったるで、ゼーレ・・・!」


キャルバートの呟きにシンジが彼の後姿を窺った。
シンジはこの先の戦いがどれほどのものになるか、心配だった。
彼らを巻き込んだという意識は、シリンに諭されて尚彼の内にあった。
このまま彼らと行動を共にし、そしてどうするのか。
故国への帰還は叶うのか。ひょっとして彼らと共に帰還する事になるかもしれない。
彼らと共に道半ばで命を落とすかもしれない。
それも“意思”の結果ならば受け入れるべきなのだろうか。
シンジはそっと溜息を吐いた。
シリンがそれを見て尾で彼の頬を撫でる。
シンジはそれに応えて軽く微笑み、肩の上の彼女の体に優しく手を当てた。


静かに戦艦は飛び続け、地下航路の出口が見えてきた。
艦内の皆は静まり返り、ただ艦が穏やかに地上に滑り出して行く。
清廉な朝日の煌きに、レゾリューション号が浮かび上がる。


「ここはもうベルーカ国だ。まずはゴバの街に行くぞ」


キャルバートの声に、レゾリューション号は南西に進路を取った。




11へつづく


リンカさんから第十話をいただきました。

十一話もいただいておりますので、じきに公開できるかと……。

読み終えたあとはぜひリンカさんに感想をお願いします。

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