一万二千年後の覚書

by リンカ

   9.迷える狼

アンシェル近郊の森の中。
肩部が紅くカラーリングされた機動兵器が両手に持った銃を乱射している。
その銃撃にアンシェル近郊ゲリラの部隊が次々と薙ぎ倒されて行く。
機体正面の3機を機能停止させた所で右後方に動力反応を感知し、
機体を旋回させて銃を構えた瞬間、その感知したゲリラ機の機体が手足を切り裂かれて地面に
土埃を立てて転がった。
それを確認し、すぐさま紅いライドアームは上方に銃を構えながら飛び退った。
機体が立っていた地面が大きく抉られる。
上空のスカイタンクに向かってレーザーを撃ち出し、機関に穴を開けられたそれは動力を失って墜落した。
離れた場所から射撃音がゴォンと響いた。
コックピット内に警報がなり、咄嗟に右へ機体をかわす。
装甲を掠めて弾丸は飛び去り、直線状の障害物を貫いていく。
射撃地点を割り出し離れた地点に展開する仲間に通信を送る。
そしてモニターに映る正面の戦車部隊を、紅い機体のパイロットは睨んだ。
撃ち込んでくるキャノンをシールドを構えてかわしながら、攻撃の機会を窺い、
そしてそのゲリラ戦車部隊は、突如上から落下して来たライドアームに踏み潰され、
そのまま砲塔を全て切り裂かれて、戦力を殺がれた。
戦車を踏み潰した機体のパイロットから通信が入った。
「これはどういうことだ、隊長。こいつら何処からこんな戦力を!」
「知らないわよ!とにかくここで防ぎきる!もうすぐ増援が来るわ!」
「ダージリン!」
新たに通信が入った。
「ブリン?」
「後6分でアンシェルから部隊が来るわ!でも、これじゃいよいよ都市はがら空きよ!」
「中尉の言う通り、やはり囮か!アンシェルの連中はこれがゲリラの総力戦だと思ってるんだろう!」
アスカは操縦席で唇を噛んだ。
「第3小隊!現在地は!・・・第2小隊と合流しなさい!マルゴとガーランド!アンシェルに引き返して!」
通信で中隊の現状を確認しながらアスカが指示を飛ばした。
「ダージリン!?」
「このまま何も知らずに踊らされるのは御免だわ!2人は都市周辺を偵察!出来る限り戦闘は避けなさい!
第4小隊、後方から支援要請にいつでも対応できるようにして!部隊の配置に気を付けなさい!
6分持ち堪えればアンシェル部隊が来る!時間稼ぎをするわよ!」
アスカが指示を叫んで、部隊に向かって進軍してくるゲリラに向けてショルダーに装備したミサイルを
全弾発射した。
「アスカ!本当にいいの!?」
ブリンが叫んだ。
「構わないわ!今の内に配置を整える!少し退がるわよ!」
「了解、隊長」
「“プロフェッサー”!」
ブリンが第1小隊隊員“プロフェッサー”―先程戦車を潰した男だ―の答えに反応してヒステリックに声を上げた。
「あたしも了解だよ、中隊長。行くよ、フラッシュ!」
「了解、グリーンティー。合流後戦線を離脱する」
アスカ達はゲリラを警戒しながら退がって行く。
「このままピエロになるのは御免だな、そうだろう、中尉?」
「だからって・・・カントールと戦闘になったらどうするの」
「戦闘は避けろと言ったわ。マルゴは適切な判断が出来る」
アスカ達が話していると―その間も銃撃が交わされている―アスカに通信が入った。
「第3小隊、第2小隊、合流完了」
「よし、“ブレード”が指揮を執りなさい」
「了解、中隊長」
ゲリラから離れた所まで退がってアスカ達第1小隊が停止した。
「後4分50秒。“カウンター”、ミサイル装填頼む。ブリン、ネーベルスタン、その間援護して」
「了解。20秒で向かいます」
「了解、中尉。・・・一体何処に隠していたのかな・・・」
ネーベルスタン―“プロフェッサー”の機体がアスカを庇って、前方に立ち塞がる。
ブリンも銃を構えて、周囲を警戒する。
「・・・カントール軍じゃないわね・・・」
「明らかにな。癖がまるで違う。兵器類も種類が違う。供給を受けた訳でもないだろう。
正規の訓練を受けている風でもなさそうだ・・・」
“カウンター”の機体がアスカの隣に降り立ち、ミサイルの装填を始める。
「今回の戦闘で大分消耗しましたね・・・。昨日までがまるで子供騙しだ・・・・・装填完了」
「そうね。カウンターは退がって。・・・来たわね・・・後4分」
アスカの機体が両手の銃を構えた。
ネーベルスタンの機体がレーザーソードを振り被り、もう片方の腕に装着されたガトリングを構えた。
離れた地点から轟音が響いた。
「向こうも再開した、か。覚悟は決めたか、シャイン副長?」
「勿論よ。バズーカが後二発残ってるわ。プロフェッサー、駆けて」
「よし、良いな、隊長?」
「ええ。さ、ダンス再開よ!」
バズーカが迫ってきたゲリラの中央で炸裂し、それを合図にライドアームが駆け抜けた。




ゲリラ大部隊の展開と進軍に、自治都市アンシェルは僅かな守備兵力を残して
防衛隊を戦線に派遣した。カントール軍から部隊の支援を受けてゲリラに対して
一気に攻勢に出ていたアンシェルは、今回のゲリラの作戦を彼等の総力戦と見なして
これを機にゲリラ組織を壊滅させることを目論んだ。大規模な戦力が突如出現した事には
驚愕していたが、カントール部隊を中心として良く持ち堪えており、アンシェルから増援を送れば
形勢が逆転する事は疑いないように彼等には見えた。
そして、増援部隊が戦線に到着した直後、自治都市アンシェルは急襲された。
突如現れたその部隊は、カントール軍。
アンシェルに残した僅かな戦力ではもはや採るべき手段も残されてはいなかった。
戦線に展開している部隊を呼び戻す事も叶う訳もなく、またカントールの精強さはこの数日で
思い知らされていた。アンシェルには為す術もなく、カントール軍制圧部隊が降下して来、
しかしカントール軍の進軍はそこで止まった。作戦行動に移ろうとしたカントール軍の前に、
アンシェルゲリラ組織と所属不明部隊からなる大部隊が突如立ち塞がったのだ。
そのままカントール部隊とゲリラ部隊との間で戦闘が始まった。
数で勝るゲリラに、カントール軍は攻めあぐね、なかでも所属不明部隊は統率の取れた
強力な戦力だった為、アンシェルの制圧がならぬままジリジリと押し返されていった。
アンシェル首脳陣は目まぐるしい状況を呆然と見守るしかなかった。
力を殺がれた上で、周りでカントールとゲリラの部隊が戦闘するのに取り囲まれてしまい、
彼等は完全に混乱に陥った。カントールの襲撃の意図を計り兼ね、それに答えを
見出そうとした所で、今度はアンシェルを守るゲリラの行動が不可解だった。
だから対応が遅れてしまったのだ。
アンシェル中枢に侵入者を許し、そしてアンシェルが抱える機密を持ち出されてしまった。




「これは・・・一体どういうことだい・・・」
アンシェル都市部の外れの森に身を潜め、マルゴとガーランドは眼前の光景に目を疑った。
カントール部隊が突如アンシェルを襲い、それをゲリラが防いでいる。
「・・・カントール部隊・・・押し返されてる・・・この場所もカントールが撤退ないし全滅するのは
時間の問題だぜ。他の場所も恐らくは・・・」
ガーランドが戦闘状況を偵察しながら口を開いた。
「・・・何でカントールが攻めたと思う、フラッシュ?」
「知るかよ・・・何か重要なものでも・・・無理矢理攻め落としてでも・・・」
「ゲリラが守ってるのは?」
「・・・ゲリラは知ってたな、この襲撃を」
「そうだね。でもアンシェルは知らなかった。となると・・・ゲリラもそのお宝が目的だね」
「でもこんな辺境都市に何の秘密が・・・」
「それは分からないけど・・・整理しようか。まずカントールがあたし等を派遣した。
ゲリラはアンシェルを外に誘い出し、あたし等の支援を受けたアンシェルはそれに乗った。
戦力は外に分散され、全て吐き出した所で・・・そこでカントール。
だがそのカントールのアンシェル制圧をゲリラが防いでる。
多分カントールを退けた後、ゲリラがアンシェルを制圧するなりその“何か”を奪取するなりするだろう」
「カントール部隊は所属を隠していない」
「ああ、堂々と襲っても連邦議会に申し訳が立つほどの何かなんだろ。
・・・初めはカントールとゲリラが裏で繋がってるのかと思ってた。でもこれは・・・」
「俺達中隊は二重に踊らされたって訳だ。
カントールにとってはアンシェル部隊を追い出す為の囮で・・・
更に初めからそれをゲリラに利用されてたってことだな。くそっ、面白くねえぜ」
「・・・・・所詮は駒、か。どうなるにせよ、この国は混乱するね」
「ああ・・・カントール部隊が撤退を始めた。この場所も駄目だったな。
どうする、グリーンティー?もうこれ以上は・・・」
「・・・もう一回りして戻ろう。気取られないよう気を付けて。
隊長達の方も収まるのは時間の問題だろう。あくまで陽動ならね」
マルゴとガーランドの機体が移動を始める。
「グリーンティー。ゲリラの奴等、何処にあれだけの兵器を隠していたんだと思う」
「知るかい、そんなこと。余程デカイ穴でも掘ってたんじゃないのかい」
「・・・どっから手に入れた。この国内では簡単に取引は出来ないぜ。
他国からも同じだ。この国に運び込む事は出来ない」
「・・・・・」
「カントールとやり合ってるゲリラの中に気になる機体がいた」
「何だいそれ」
「所属がゲリラとは違う。森の中にはいなかったけど・・・あれウィッシュ軍に似てる」
「ああ!?ウィッシュってあんた・・・あそこは中立・・・」
「もう関係ないだろ。・・・でも似てるだけだ。微妙に違う・・・」
「・・・益々訳が分かんないね。・・・あんたこの先カントールで動けるかい」
マルゴがガーランドに質問した。
「・・・俺は・・・大佐を信じる・・・」
「・・・ふん。ま、帰還してからだね・・・あたしも勿論信じるさ」
「隊長はどうするかな・・・」
「・・・さあね。あの娘は軍に拘ってる風でもないし・・・もしもがあれば大佐にだろうが
准将にだろうが銃を向けかねない・・・自分で正しいと思うならね。
・・・そうならない事を祈るよ」
「・・・そうだな」
「そんな声出すんじゃないよ。あの人達がお互いをどれだけ想い合ってるか少しは知ってるだろ」
「・・・くく、そうだな。あの熊親父が親馬鹿なんて似合わねえぜ、全く。
准将も何かと理由つけて通信送ってくるらしいしな。とんだ上級将校だ」
「素敵じゃないか。あの人達はこんな糞っ垂れな戦争の中で上にのし上がっておきながら
大事なもんを忘れてない。だから好きなんだよ」
「ああ、グリーンティー、ガキの頃大佐に会ったんだっけな」
「あの頃は少佐だったね。・・・ふふ、久し振りに懐かしいこと思い出したよ」
マルゴがコックピットの中で目を細めて微笑んだ。






アンシェル近郊。ゲリラの秘密地下施設。とある部屋。
男が2人の男女を従えて椅子に座っている。
そしてデスクの向こうに立つ人物達に話し掛けた。
「今日の作戦はどうやら成功のようだね。感謝するよ、お二方」
それを聞いた人物の内の1人が口を開く。
「で、目的は達したのかよ。希望通り働いてるぜ、俺の仲間は。そろそろ話を聞かせて貰いたいな」
「ああ、目的のものは手に入った。情報がね。どうしても進入して直接でなければ
引き出せなかったんだ。上手くカントールを防いでくれて感謝してるよ」
男は片手を上げながら答える。
「それで。どうしてそのカントールの人間がここにいるんだ。それも聞きたいな」
口を開いた男は隣の人物の方に視線を遣る。
隣に部下を2人従えて立つ人物は女。男もその名を知っていた。
「そうね。あたしもそろそろ聞きたいね。一体あたし達を引き込んで何を聞かせたかったのかをね。
ウィッシュの反乱組織に、カントールの准将。それぞれに協力を取り付けて、
そんなに大事なのかい、今度の事は」
女―カレン准将が口を開いて、椅子に座り微笑む男に問い掛けた。
今回カレンはカントール部隊襲撃の情報や戦力情報をこの男に流した。
「ふふ、貴女はカントールの不穏な動きを察知して密かに情報を求めた。
そしてフランツ・キャルバート君。君は父上の殺された原因を探っている。
そして、其々に僕と接触したと言う訳だ。
君達が求めているものは同じもの。この国を覆う影の正体」
キャルバートが鼻を鳴らして男を睨む。
「勿体つけてんじゃねえよ。早く言ったらどうだ。あんたは親父が殺された原因を知ってんのか」
「それに関わる情報を先程手に入れたと言う訳さ。
ではそろそろ説明しようか。
この国は幾つかの州が衝突を繰り返してきた。もう長い間だ。
そして、それには影で糸を引いている組織がいる。
ヒュルデはその組織に恭順し、密かに支援されて事を起こしている。
そして他の州も。例えばウィッシュ。例えばカントール」
「・・・カントールもヒュルデと同じく・・・?」
「そう。そしてこの国でその組織との窓口となってきたのが、自治都市アンシェル。
同じく背後にその組織がいるといっても、実の所彼等はその組織の事を良く分かっていない。
精々アンシェルとヒュルデくらいだろう。多少なりとも知っているのは。
そしてまた、同じく背後にその組織がいるといっても、其々の州で目論んでいることは違う。
そこで今回のカントールのアンシェル襲撃となる訳だ。
窓口となって情報を握るアンシェル―実際アンシェルにその組織の情報が転がっている訳では
ないんだけど、とにかくカントールはアンシェルを落として情報を引き出し、組織の支援を一手に
受けようと思った訳だ。ヒュルデに好きはさせないとばかりにね。
が、結局彼らは踊らされている事に気付いていない。
組織にとってはアンシェルもヒュルデもカントールもどれでもいいのさ。
要は最終的にこの国が組織のものになればいいんだ。
ああ、といっても彼らは征服に興味がある訳でもないんだけど。
このままではこの国がそのまま飲まれてしまう所だった。
キャルバート氏はその情報に触れて消された。
そして今回、カレン・クルツ准将、貴女はそれに近付き、フランツ・キャルバート君、君もまた近付いた訳だ。
だから君達に教えて差し上げた。この国を明渡したくはないでしょう?」
そう男が言うと、背後の男女が手に何かを持って動いた。
2人は其々カレンとキャルバートの前まで行き、ディスクを手渡す。
「・・・あたし達に反抗しろって言うのかい」
「この国で反抗の烽火が上がれば組織は本腰を入れるだろう。もう時間が掛かりすぎた。
准将、貴女は国内で抵抗を組織されると宜しいでしょう。そのディスクの内容があれば
多くの州を味方に付ける事が出来る。取るべき姿勢を計りかねてきた州をね」
「・・・で、俺達もそれに加われってか」
キャルバートが手渡されたディスクを矯めつ眇めつしながら手で弄んで質問した。
「いや・・・この組織・・・この問題はこの国一国に収まるものではないんだ。
君達の戦艦は素晴らしい・・・この国の外に出たまえ」
男の言葉に、キャルバートは弄んでいた手を止め、男を睨んだ。
「ウィッシュを、故郷を放っとけってのか」
「やれやれ、そんなに睨まないで欲しいな。故郷を大切に思う心は素晴らしいよ。
でも、もっと大局を見据えたまえ。一国に収まらないと言ったでしょう。
外に出て世界を見たまえ。奴等がこの世界にどう関わっているのか。
情報を集め、仲間を見付け、そして戦うんだ。たとえこの国から一時組織を追い出す事に成功しても
奴等にとっては結局は一地域を支配化に置き損なっただけのこと。
別のものを利用すれば良いだけだ」
「・・・・・」
「あたしに国内から、この坊やに国の外から抵抗をさせようって訳かい?」
「僕は示唆しているだけです。どうするかは貴女達次第。ただ奴等に操られて良いことなんて
ありはしませんよ。・・・大切なものがおありですか?」
男の問い掛けに、カレンとキャルバートは顔を見合わせる。
「可愛い娘とくそ親父がいるよ。あたしの宝物だ」
「・・・故郷と仲間がいる。俺には夢がある。どちらも大事だ」
男はそれを聞いてニコリと表情を緩ませる。
元々にやけた男だが、今度は心底嬉しそうな顔だった。或いはカレン達を眩しそうに見る表情。
「素晴らしいね。何とも愛すべき人達だよ・・・」
カレンが男をじっと見詰め、そしてディスクを胸に仕舞った。
「いいだろ。あんたの言葉に乗ってやろうじゃないか。この国を渡しゃしないよ。
坊やはどうするんだい」
「・・・いいだろう。国の外に出る用事は元々あったしな。精々その大局とやらを見て来てやるよ」
男は微笑んで2人を見た。
「・・・で、そのむかつく組織の名は?」
キャルバートの言葉に男は椅子を廻して彼らに背を向ける。
ほんの少し上向いて、厳粛に声を発した。
「彼等は畏れを込めて様々な名で呼ばれてきた。でも、ひとつ。この名前をお教えしよう・・・」
カレンやキャルバート達が僅かに緊張する。
「彼等が名乗る、その名は・・・“ゼーレ”」




アンシェルを襲ったカントール部隊はゲリラの前に撤退を余儀なくされ、
そしてゲリラ組織もアンシェルを制圧したものの、これといって動きはない。
困惑の中、アスカ達中隊にはカントールへの帰還命令が下り、
輸送機の到着ポイントまで移動することになった。
そして移動中、ガーランドが何かを見つけた。
「・・・ん?・・・隊長、向こうに何かいる・・・ああ、北西に真っ直ぐ・・・ライドアーム・・・
1機だけで他にはいない・・・停止してるな・・・足元に人・・・?これ以上は良く見えねえな」
「・・・ゲリラでしょ」
「ああ・・・でも・・・見たこと無い機体だ・・・それに通常規格よりでかいな・・・
パイロットが・・・肩に何か乗っけてるな・・・動いて・・・リス・・・?」
ガーランドの機体は偵察用にカスタマイズされているので
遠くの状況まで見通せるカメラや広範囲に亙る索敵装置も装備されている。
ガーランドの言葉にアスカの機体は動きを止めた。
「・・・今何て?」
「あ?いや、だから見たこと無い機体だって・・」
「その次!」
「あ、ああ。パイロットの奴が肩にリスか何か乗っけてるんだよ。良く見えねえけど何かちろちろ動いてる。
おかしなパイロットだぜ。ペット乗せて戦闘すんのか?」
ガーランドの言葉に他の隊員から笑い声が上がったが、
その中で突然アスカの機体がその方向に向けて飛び出した。
「ちょっ、ダージリン?何処行くの?」
「アンタ達は輸送機到着ポイントに向かってなさい!アタシも後から追い掛けるから!」
そのまま飛び去って行くアスカの機体を見送って、隊員達は呆然とする。
「・・・えーと。俺、何か拙いもん見つけたのか?」
「・・・別にそうじゃないでしょう・・・どうしたのかしら、ダージリン」
「知り合い・・・?」
“ショコラ”―フェリーチェがポツリと呟く。
「まっさかぁ!だって隊長だよ?」
「・・・ま、別に問題はないだろう。機関は停止してるって話だし、隊長が1機相手に遅れを取る事は
ねえよ。命令通りポイントに向かおうぜ」
「・・・・・そうね。1人で行ったんだし・・・付いて行く訳にも・・・いかないか・・・」
ブリンが心配げに言う。
「こういう時の為のデバガメ第3小隊じゃないのかい、フラッシュ」
「無茶言うなよ、ドール。どっちにしてもそんなことしたら隊長に殺されちまうよ」
「・・・とにかくポイントに向かおう。いいね、シャイン副長」
マルゴがブリンに言って、皆は輸送機到着ポイントに向けて移動を再開した。



米粒のような点が徐々に形を取っていき、そしてやがて紫紺の機影がはっき りと見えてきた。
更にグングンと近付いていき、機体の足元に誰か立っていることもカメラが捕らえ、モニターに
映し出された。アスカはその人影を良く見る。
黒い髪、紫紺の猫。間違い無く彼女が知る人物だった。
アスカは自分がどんな表情をしているのか良く分からない。
何故中隊から飛び出してこうして飛んでいるのか、それも良く分からなかった
アスカはただ飛び続ける。
程無く彼の目の前まで到達し、アスカは機体に制動を掛け、着地した。
「・・・シンジ」
外部スピーカーをオンにして呼び掛けると、シンジはアスカの機体を見上げて何か口元を動かした。
アスカは機体をしゃがませてコックピットを開き、転がる様に機体から飛び降りた。
シンジの前まで駆け寄り、そして彼の目の前でたたらを踏んで止まった。
「アスカ・・・?」
「アンタ・・・国境を出たんじゃなかったの!何でこんな所に!ここで何をしてるの!」
アスカがシンジに向かって一息に捲し立て、その様子を見てシンジが目を丸くする。
「久し振りだね、アスカ」
「ひっ、久し振りじゃないでしょ!」
「ああ、そっか。まだ2週間も経ってないものね」
シンジが惚けた答えを返すのにアスカは頭を抱えた。
「そうじゃなくて・・・!」
「相変わらず騒々しい娘だ。少し落ち着かんか」
シリンがシンジの肩で尻尾を振りながらアスカに向かって言った。
「うっさいわね、この猫!」
「無礼なのも相変わらずだな。まあ良い。ここで会おうとは何とも奇遇だな。
もう2度と会わぬものと思っていたぞ」
シリンがほくそ笑む様にして尾を口元に持って行く。その人間染みた態度が尚更アスカを苛立たせた。
「だから!何でアンタがこんなトコにいるのよ!・・・まさかゲリラに・・・」
「・・・うん。といってもここの人達と一緒に居る訳じゃないんだけど」
「何で・・・この国を出るんじゃないの?」
「無論出るとも。斯様な国、一刻も早くな」
「アンタに聞いてんじゃないわよ、ナマイキ猫!」
シリンが口を挟むと、アスカがそれに向かって噛み付いた。
「もう・・・2人とももっと仲良く・・・」
「あら、私は仲良くしてあげてもいいのよ、シンジ?ただあの娘がキャンキャンと噛み付いてくるんだもの。
全く、ましなのは見目だけかしら」
「ころころ態度変えてんじゃないわよ!」
アスカがシリンに迫って睨みつけるが、シリンはまるで平気といった具合に尾をヒラヒラさせた。
「あの・・・アスカ?」
アスカは耳元で突然シンジの声がしたのに驚いて飛び退いた。
シリンに顔を突き付けて睨むと、当然彼女はシンジの肩に乗っているので
アスカはシンジに身を寄せることになっていたのだ。
「きゃあっ!・・・もう、脅かさないでよ」
生暖かい息を掛けられた耳を押さえながらアスカが文句を言うと、シンジは不思議そうな顔をし、
シリンがくつくつと笑いを漏らした。
「何よ!」
「いや・・・くっく・・・中々大変だろう、この主の相手をするのは。
含みもなく、気付きもせぬから尚更性質が悪い」
「・・・そうなの?」
「そうとも。私の苦労も察せられるだろう。勝手に騙される女が多くて困り果てる」
「ふ、ふん。随分ともてるのね」
アスカが腕を組んで背を反らすが、シンジが不思議そうに声を出す。
「あの・・・何の話を・・・」
「・・・これだから、な」
「そうね・・・いや!そうじゃなくて!だから何でアンタがゲリラなんかと一緒にいるのよ」
アスカがシンジを指差して言う。
「うん・・・ちょっとお世話になって、それで僕も働いたんだ。でもこの後、国を出るよ」
「娘。都市を攻めた部隊にいたのか」
「!・・・アタシがいたのは森の中の戦場よ。・・・アタシ達は囮に利用されたのよ」
「そうか。詰まらぬな。所詮そんなものか」
「・・・・・」
シンジとシリンが顔を見合わせた。
「もう行くよ。アスカも気を付けて・・・」
シンジの声にアスカは顔を上げてシンジを見詰めた。
「・・・国を出るの・・・?」
「うん・・・」
「娘。これよりこの国を混乱が席巻する。死にたくなければ軍なぞというものは抜けろ」
「どういうこと?」
「・・・我等は東へ向かう。共に来るか?」
シリンが静かに問うた。
アスカはその意図が分からない。
「・・・アタシは・・・帰らないと・・・カントールに」
「そうか。まあ、言ってみただけだ。だが軍を抜けろと言ったのは忠告だ」
そう言うと、シリンはシンジの肩から降りて機体を駆け上がってコックピットの中に入って行ってしまった。
シンジとアスカが向かい合う。
「アスカ、シリンの言った事は多分本当に起こる。僕は・・・君に傷付いて欲しくない・・・」
シンジが迷うような顔をしながらアスカに言った。
「・・・それ、どういう意味・・・なの?」
「う・・・ん、良く分からないや。でも、そう思ったのは本当なんだ」
「そう・・・本当にもう行くの?」
「うん、行くよ。この国を出て、東へ進みながら・・・」
「・・・帰るの?アンタの国へ・・・?」
アスカがシンジを見詰めて言うと、彼は目を見開いた。
「ごめんなさい。あの森で、あの時目が覚めてたの。それでアンタ達の会話を・・・」
「そっか。うん。帰れるかどうか分からないけど、でも・・・どちらにしてもこの国は出ないと」
シンジがそう言って東の空を見詰めた。
アスカはその切ない表情に何故か胸が詰まる。
「・・・そんな泣きそうな顔してんじゃないわよ」
「ふふ、ごめん。シリンにも泣き虫が直らないって良く言われる」
「・・・あの猫、アンタの何なの?何で只の猫が・・・」
「シリンは・・・僕の親友だよ。僕が6歳の時から。彼女は・・・正確には猫じゃないんだ」
「?・・・この機体は?」
アスカがシンジの背後の機体をちらりと見る。
「これは・・・僕が国を出る時、一緒に持ち出したものだよ。乗りたい訳じゃないんだけど・・・
結局、縁が切れないんだ。ふふ、僕次第という訳だね・・・」
「・・・国中が内戦になるの?」
「うん・・・多分なる。だから、危険なことはして欲しくないな」
シンジがアスカの方に再び顔を向けて言うと、アスカが少し俯いた。
「勝手なこと言うのね・・・」
「・・・そうだね」
2人はそのまま暫し押し黙った。
もう日が沈みかけている。
紅く染まって行く世界で、少年と少女はそっと並んで佇み、共にその沈み行く夕日を見詰めた。
「綺麗ね・・・」
「うん・・・何時こうしていても見惚れてしまう・・・」
「・・・?」
アスカがシンジの顔を窺ったが、彼はただ壮麗な夕日を見詰めるだけだった。
「じゃあ、またお別れね・・・」
アスカがシンジに向き直って彼の手を取った。いつもの彼女なら決してしないことだった。
シンジもアスカの手を握る。
「そうだね。・・・またいつか会えるかな・・・?」
「フフ、アンタが遠くに行っちゃったら、アタシ大変ね」
「そうだね・・・。ねえ、アスカ。シリンが言ってたんだ。“心のままに生きなさい”って。
この先アスカがどうするかは分からないけど、でもアスカの思う通りにしたら良いと思うんだ。
アスカの心はアスカのものなんだから。心で決めた事に誰も文句なんて言えないよ」
アスカはそう言ったシンジの顔を見詰めた。
何故コイツはこんなに優しい表情をしているんだろう、と彼女は思う。
どうしてこんなにも胸が詰まるのかしら、コイツの顔を見ていると?
アスカの、シンジの手と繋いでいない方の手がピクリと動いた。
一瞬、彼の頬に手を遣りそうになったのに自分で驚いて抑えたのだ。
「・・・そうね。じゃ、アタシももう行くわ。さよなら、シンジ」
「うん・・・さよなら、アスカ」
2人はお互いの手をギュッと握り、そして放して、それから背を向けお互いの機体に乗り込んだ。
アスカの機体が身を翻し、飛び去って行く。
アスカはコックピットの中から夕日をもう一度見た。
「アタシは・・・いつも・・・・・」
声にならぬアスカの唇の動きは、そのままアスカ自身何を言おうとしたのか分からぬままに、
ただそれきり口を噤んで仲間が待つ地点へと機体を急がせた。









それから後、暫くして、アスカは国を出ていった。






10へつづく


リンカさんから連載第9話をいただきました。
ほんのりと、LAS風味ですね‥‥まだまだこれからか(笑
もっとLASを!などの感想メールをぜひリンカさんにお願いします。

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