一万二千年後の覚書

by リンカ

   8.希望の土竜

シンジ達がウィッシュの地下組織アジトを訪れて2日目。
アジト一般車両車庫。
トーツェンがシンジを連れてとあるバイクの前で止まった。
「ほな、これが坊主に貸したるバイクや。んでこいつがオペレートロイド。操作は分かるか?」
トーツェンの言葉にシンジがバイクやドロイドを調べて頷くと、
彼はシンジの肩に手を置いて言った。
「ま、風でも切って気分転換でもし。街で何ぞ旨いモンでも食うてもええし。旨いモン食うたら気持ちも
落ち着くからな。それから妖しげな所は行くんやないで?16やゆうてもまだそんなんあかんで。
ああ、わいのお勧めの旨いどころはな、こいつに仕込んである。他にも入れてあるから何ぞ知りたいことは
聞いたらええ。ボロッちいけどな、中々高性能やで?」
トーツェンが言いながらオペレートロイドを指差した。
するとドロイドがシンジの方を向いて、合成音を出した。
「貴方が私の新しいマスターですか」
その声にシンジはトーツェンの顔を見て問うた。
「登録の書き換えをしたんですか?」
「ま、短い間でもその方が都合がええやろ。気に入ったら売ったるで」
シンジがドロイドを見る。“彼”はバイクに連結できる様になっているので、割と小さなボディをしている。
具体的にはバイクの座席―2人乗り出来る長いシートだ。というより車体自体が長い―の後ろに
その為の部位がある。
バイクの状態を点検している“彼”を見ながら、シンジはトーツェンに訊いてみた。
「参考までにお幾らです?」
「60000。せやけど坊主なら勉強しまっせ?ま、冗談はさておき、ホンマに気に入ったら
大将に掛けおうたるで。マスターをころころ変えられたらこいつらも堪らんやろし。
相性っちゅうんが不思議とあるしな。相性がええとホンマに良く働いてくれる・・・
言うこと聞かん生意気になることもあるけどな。おもろいモンやで」
トーツェンは顎を撫でながら―アザが出来ている―面白そうにドロイドを見下ろしている。
「トーツェンさんのは言うこと聞かないんですか?」
「わいのはミリィの言うことしか聞かん。・・・なんでやろか」
「力関係が分かってるのかな?」
「そないアホな・・・せやけどわいのに言うこと聞かそ思うたらいっつも言い合いやで。
おかげで単なる喧嘩友達みたいな気分になってくる。機械と人間なのにな。
それも悪うないなんて思う人間もおるから始末におえんわ」
そう言ってくつくつと笑う男に、シンジは心地良さを感じていた。
明け透けなこの男は、シンジの沈んでいた気分を晴らしてくれる。
しかし、シンジは思い直した。いずれ自分はここを去るのだ。彼らの元を。
あの村から逃げた様に。
「ま、あいつもやるべきことはやるからええんやけどな。ほな、ここで何時までもダベッとっても始まらへん。
言うた通り好きに使ってええから。これから出るか?」
「ええ・・・そうですね」
シンジが答えて、ドロイドをバイクに繋げ、シートに跨った。
動力を入れると車体が宙に浮く。エアバイクだ。
「そうや。バイク走らせとる時は猫は外に出さん方がええで。それ速いし。坊主の猫はいっつも
肩にベッタリやけど、走っとる間は我慢しいや」
トーツェンがシンジの肩に乗っていたシリンの頭を軽く撫で、それにシンジが苦笑すると、
シリンはにゃーと鳴いてシンジの服の胸元に潜り込んだ。前足と顔を出している。
「器用な奴やな。振り落とさんようにし、坊主」
「ええ。それじゃ、行ってきます」
シンジが手を軽く振って、バイクを走らせ出て行った。



シンジがアジトを訪れて5日目。
「そうか。決心したか」
キャルバートがシンジを見てニヤリと笑った。
「ええ。僕にも何か出来ることがあれば。・・・償いなどとは言いません」
「いいさ、それで。そうやって進んで行くもんさ。留まっていては腐っちまう」
そう言って、キャルバートはシンジの脇を通り抜け、付いて来いと言って歩いて行った。
シンジが連れられてやって来たのは機動兵器のドックだ。
キャルバートがシンジの機体を見上げて口を開いた。
「しかしこいつは大した機体だな。つうか弄っても良く分からん所が多いんだが。
お前の国は余程進んでんのか?それとも独自の技術が発達してるのか・・・」
腰に手を当て、思案する様に紫紺の巨人を見上げるキャルバートに
シンジは幾分迷ってから答えた。
「・・・恐らく・・・後者ですね。僕の国は少々変わっているので・・・。
でも基本技術は同じものですよ。・・・何か整備に不都合でもありましたか?」
キャルバートは大仰に首をブルブルと振る。
「うんにゃ。整備自体は問題無い。問題無いが、技官技師連中が体が疼くってんで、全員にヤキ入れた。
勝手に客人の機体バラしちゃ俺の顔が潰れる。つうかそれじゃ盗人と同じだ。
まあ、連中にしてみりゃ無理無いかも知れんがな。見たこと無い技術は触ってみたくなるもんさ。
俺も・・・知りたいことは沢山あるんだがな。その前に片付けることがあるんじゃ仕方ねえよな」
彼は寂しそうな顔を一瞬し、そして頭を振った。
「学者になりたいって話ですか?」
「何だ。トーツェンからでも聞いたのか?・・・まあ、人の人生なんて侭ならんもんだ。
といってもそれで黙って諦める俺様じゃないぜ?俺は必ず夢を叶える。きっと・・・いつか」
「・・・・・」
「まあ、俺の切ないストーリーはどうでも良いんだ、今は。それより、今度のアンシェル行きの
ことを話しとかないとな。今ここに置いてある機体の半数がアンシェルに行く。お前も一緒だ」
シンジはドックを見渡す。
「・・・でもこんなに沢山の機体でゾロゾロ行く訳にはいかないでしょう。
輸送艦であっても州を幾つも飛び越えて行けるんですか、安全に?」
「然り然り!」
キャルバートが大声を上げ、腕を広げて体を翻らせた。
この男は一々大仰で芝居がかった身振りが、良く似合っていた。
腕を広げたままシンジに向いて彼は言った。
「お前の言う通りだぜ、シンジ。こんなライドアーム引き連れてゾロゾロ行く訳にゃいかんよなぁ」
ライドアームとは、機動兵器の俗称だ。多くは人型のものを指す、最も一般的な名称だ。
「そこで問題だ、ミスタ・シンジ!カモの行列の如くゾロッと歩く訳にはいかん。
空を飛んでも軍籍にない艦なんぞあっ!という間に取り囲まれる。ならばどうする!」
キャルバートは誰か教職の人間の真似でもしているのか、手に指示棒でも持っているかのようにして
シンジを指した。
「ええっと・・・どうしましょう」
「はい!0点!よく考えろ、シンジ君!お前の脳はプディングか!?」
キャルバートが再び体を翻して腕を振り上げ、バチンと掌で顔を覆った。
その背中にシリンが毛を逆立てているが、シンジは彼女を抑えて、考えてみた。
「・・・・・」
「どうしたどうした!時に置いてきぼりにされちまうぞ、ミスタ・シンジ!さあ、その心は!」
「・・・地下?」
シンジの言葉にキャルバートは腕をシンジに向けて差し出して、口を開く。
眉をハの字にさせ、感極まったような表情で声を出した。
「大正解・・・!」
シンジはその様子に呆れながらも当然の疑問を口にする。
「でも・・・それってどういう・・・」
「さあ!次で正解すれば、大ビンゴ!世界一周プレゼントだ!言ってみろ、このカラクリは一体何だ!?」
キャルバートがシンジに背を向け、片腕を高々と掲げて掌を開いている。
そして振り返ってシンジをビシッと指差した。
「・・・穴掘ったんですか?」
「・・・なわきゃねえだろうがよ、シンジ。さあ、よく考えろ!」
「・・・廃坑?」
「よし!違うが、まあいいだろ。“廃”ってとこは合ってる。大負けに負けてあのオペレートロイド、お前に
持ってけドロボーだ。で、シンジ。ふざけんのはこれくらいにして、どういうことかと言うとな。
つまりはこっからアンシェルまで道が通ってんだよ、地面の下に。
正確にはこことアンシェルを繋ぐだけじゃない。国中に張り巡らされてる。何とも驚異だな」
漸くふざけるのを止めて、彼は真面目な顔で説明を始めた。
「・・・地下鉄道か何かですか?」
「違う。地下都市、だ。・・・どんくらい昔のかは知らねえけど、廃棄された階層都市遺跡が広がってるんだ。
この地下に。完全に地下での生活圏が確立されてたのか、戦艦でもどうにか飛べる順路もある。
廃棄されたっつったけど、その階層の上層の方は国が管理してるらしい・・・いや、してた、かな。
でも遺跡下層は本当に廃棄されてて、そこを通っていけば誰にも気付かれない。
アジトから偶然見つけたんだ。それで探索を重ねた。正に驚異さ。あれ程広大で威容な地下都市群は・・・。
とにかくこれでアンシェルまで安全に行ける。これがカラクリって訳さ」
「・・・輸送艦で飛んで行くんですか?地下に降ろして?」
「いやぁ、それがなぁ・・・」
キャルバートがシンジの問いに、へたりこんでそのままドックの床に寝転がってしまった。
「とんでもないもん見つけちまった」
「・・・何です?」
「過去の・・・遺跡ほどには古くないが、過去の戦艦が都市の中に捨てられてた。
・・・つうかあれはあそこで待機してたか隠してたか何かなんだろうな。遠い昔に。
驚いたことに、中に入ってみりゃまだ生命維持が働いてんだよ。
いや、済まん。入った時に再び作動したんだ、あれは。
で、ブリッジと思われる所まで行った訳だが・・・そこに行くまで調べたとこから大体予想はしてたけどな、
呆れたことに機関が生きてた。スイッチポン!で唸りを上げたぜ。うん、そして浮かんだ。
飛んだんだよ!表示言語は古い言葉だったが、訳すのは可能だった。それで、色々改装して・・・」
「つまり・・・貴方達は・・・」
「俺たちゃ空中戦艦持ってるって訳さ!しかも、最新型に引けを取らん強力な艦だ。
空の上でのドンパチもやろうと思えばやれる。俺達の切り札だ」
キャルバートがドックの天井を見上げながら腕を上げた。
「貴方達は・・・それで反乱を起こすんですか?」
「言ったろ。切り札だって。反乱にもやり様があるんだよ。ま、状況によるが。
今の所あれは専ら移動用だな。あれがありゃ世界を廻れる。世界一周プレゼントって訳さ。
あれは俺達の希望の艦だ。そしていずれ俺の夢を叶える艦になるんだ・・・」
「夢・・・」
キャルバートが跳ね起きてシンジに言った。
「案内しよう、シンジ。我等が希望の艦へ」


アジト施設、最下層部。
「このドアから先が、階層都市への入り口だ。いや、アジト拡大の為にえっちら下を掘ってたら人工施設に
行き当たったから、初めは驚いたよ。入ってしばらくは俺達が備え付けたトランスポーターで
遺跡内を移動する。エレベータ施設なんか当然作動してなかったし、取っ払って俺達のを設置したんだ。
更に下へ行くぜ」
「まだ下があるんですか?」
「おうともさ。ここは入り口だからな。いや、どっかの通路に俺達が横穴開けちまっただけだけど。
都市構造物の外縁部だったのか、地盤が長い年月で変化したのか、とにかくいきなり繋がっちまった。
ま、俺達にとっちゃ入り口だ。さあ、未知なる地下世界へ、いざ!いざ参らん〜!」
そう言ってキャルバートがドアロックを解除して、そうして2人は中へと入って行った。


トランスポーター内。
「・・・凄いですね」
何度か乗り換え、歩きながらも遺跡内部を通りすぎて行く。
「だろう?でもまだまだこんなもんじゃないぜ。もうすぐ空洞部に出る。
地下都市が広がるその威容。よーく目に焼き付けな」
そして暫くして彼の言う通り空洞部に出た。
「・・・・・何て・・・光景だ・・・」
「驚きだろ。この下に生えてる階層が最下層だ。そこと1つ上との間の空洞部に戦艦はあった。
つまりこの空洞部にな。空洞部はどうやらそのまま交通路として使われたみたいだ。
上から生えてる構造物群がその1つ上。俺達がさっき通り抜けてきたところだ」
シンジの目の前に、広大な空洞が広がっていた。
頭上には巨大な構造物が上から生えてきており、そして眼下にも構造物群が建っている。
「これは・・・横に広がる階層ごとの基盤に上下にビル群を造った・・・?
でも・・・こんなものが国中に?」
「いんや。空洞都市自体は、恐らくこことあと何ヶ所かだけだ。ただ、それらは全て繋がってるみたいで、
加えてパイプみたいに通路が色んな所に出てる。多分・・・物資輸送とか、その為のものだろう。
国外にも幾つか出口があるんだ。ま、当時は国外じゃなかったのかも知れんがな。
言ったろ?国の外に連れてってやるって。殆どは途中で塞がってたり崩れたりしてるんだけど、
幾つかは地上に出られる。アンシェルもその1つだな」
2人はトランスポーターから降りて、歩いて移動しながら話をする。
「こっから歩きで悪いが、戦艦ドックへ行くぜ。普段はこの道は使わないんだが、
遺跡が見られるのはこの道を通った時だけだからな。
いつもはドックへ直通のデカイ縦穴に設置したエレベータを使うんだ。
ライドアームなんかもそっから運び込む。さっき通って来た道は探索時に使ったものさ」
「ドックも作ったんですか?」
「いや、戦艦を置いた連中が作ったんだろ。遺跡と違って朽ちてないから、どうにか使えた。
まあ、改装は必要だったが。・・・情報は何も引き出せなかったがな」
「戦争・・・」
「ああ、だろうな。遺跡にしたって、何でこんな地下に都市を作ったのか。
ひょっとして避難都市だったのかもな。造りも強固だし・・・どうもシェルターみたいな造りなんだ。
特に地上と繋がる部分は。余程大規模な戦争だったのかな。歴史に残ってないから良く分からんが」
「・・・・・」
彼の言葉にシンジは黙り込んだ。
「ここの都市は、面積は上のラス―ン市(アジト近郊の都市)より少し狭いくらいだ。
でも階層が5つ。この空洞から見えるのは2つだな。それだけあるから結構な数が暮らせる。
科学施設らしきモンも、他の場所の地下空洞にはあるみたいだし・・・とにかく凄い。
昔の人間も大したモンだぜ。でも・・・戦艦にしろ遺跡にしろ・・・」
「僕達とレべルは遜色ない・・・」
「その通り。むしろ進んでるな。文明のやり直しってヤツなのかな」
確かにこれほどのものを造るのは容易ではない。明らかに進んでいると言えた。
そしてそれが今は遺跡となっているということは滅びたということだ。この都市を造った人々は。
「・・・・・」
「戦争が原因か、他の理由で滅んだか・・・でも、壊滅って訳じゃないな。一定レベルは保持してる」
「・・・そうですね。ただ、行き詰まり・・・というか、それを余儀なくされることが幾度かあったのでしょうね」
「だな。ライドアームなんかも大昔から似たようなのがあるらしいし。
・・・・・歴史に空白が出来てるってことが痛いよな」
「ええ、まあ、記録も永久に残せる訳じゃないですから・・・」
「そうだけどよ。俺の夢もそれに関わってるんだよな。ああ、早く世界中を廻りたいぜ」
そして、話している内に、ドックへと到着した。


戦艦ドック内。
戦艦の上部ハッチがある甲板に、シンジとキャルバートが立っている。
キャルバートが前に歩み出てシンジに振り返り、誇らしげな顔をして口を開いた。
「これが俺達が見つけた戦艦だ。俺達の希望の艦。中々カッコ良いだろ」
「はあ・・・こんなもの良く残ってましたね。保存状態も良好で」
「ホンマホ〜ンマ。若のアホくさいアジト拡張計画も、思わぬ拾いモンしたもんやわぁ」
シンジの背後から少女の声がした。
「・・・何でお前がここにいるんだよ。エミリア」
キャルバートが半眼でエミリアを睨むが、彼女は溜息を吐きながら頭を振った。
「何でて、皆仕事があらはるの。若みたいに甲板でカッコつけとる暇はあらへんのよ。
うちかってこうして仕事しとるのに。あ、シンジはんは構わへんのよ?
で、若。周り見てみ。何でお前が、どころか大勢おるやろ。いっつも雰囲気造りしてまうんやから。
そうそう、都合良うカッコええシーンになるわけないやろ。皆、汗水垂らして動いとんのやから、
若も案内済んだら上に上がって仕事して下さい」
一気に捲し立てたエミリアに、キャルバートは口を噤む。
あちこちで号令やら指示やら声が飛び交っている。
金属音がカーンと響いた。
「・・・何や何や、わいかって色々苦労しとるんや・・・」
いじけるキャルバートにシンジが声を掛けようとしたが、エミリアがそれを止める。
「構って欲しいからあないなことしとるんです。放っといたらよろし。
それよりシンジはん。どうです、この“レゾリューション”号」
「ちょっと待ったぁ!“希望の土竜”号だろ?」
いじけていたキャルバートがエミリアの言葉を聞いて叫んだ。
が、彼女は取り合わない。
「そんな格好悪い名前は満場一致で却下されました。若も覚えてはりますやろ。もう大分前です。
うちのお兄ぃしか賛同者おらんかったやないですか。駄目やったら駄目です」
「ピッタリじゃねえか。俺達ウィッシュのモグラが地下で見つけたんだぞ?しかも地下世界を飛ぶんだ!」
キャルバートがエミリアの正面に来て彼女に訴えるが、彼女は体を横に向けて、駄目だ、と言った。
「おいおい、エミリア!ちょっとこっち・・・あ?」
「っ!な、な、・・・」
2人の動きが止まる。
キャルバートが彼女の右肩を掴んで体を正面に向けさせたのだが、勢い余って手が滑ったのか
振り向かされた彼女の胸に、左肩に掛けようとした彼のもう片方の手が当たってしまった。
と、いうより、鷲掴んでしまった。エミリアの左乳房を。
「あ、いや、その、・・・良く実ってるじゃねえか・・・」
「なにしはるんえー!!」
バチバチガツーンと音が響いた。
フンッ、と崩れ落ちた無礼者を一瞥して彼女は去って行き、
シンジと倒れたキャルバートが甲板に残された。
「・・・大丈夫ですか?」
「・・・久々に聞いたぜ、あの口調。・・・・・ベッ!歯が折れた」
顔を横に向けて口の中の歯の破片を吐き出す。
「ガツンの時ですか・・・」
「ああ・・・でも折れたの虫歯だな。治療の手間が省けた」
寝転がったまま飄々と言ってのけた男にシンジは呆れて、エミリアの後姿を見やった。
上へ戻るようだ。
「怒らせちゃいましたね」
「あんくらいじゃ怒らねえよ。でもシンジも気を付けろよ?トーツェンの目の前だったら
手足へし折って海に捨てる、くらい言いかねん。実際ボコボコにされた馬鹿なゴロツキは山程いるんだ」
「僕は別に何もしませんよ」
シンジが呆れて言うと、肩のシリンが、な〜、と鳴いた。
「そうか?昔から知ってる俺が言うのも何だが、最近色気が出てきたぞ?
何か良い匂いがするんだよなぁ、生意気にも。全くでかくなったもんだぜ。
ま、ここじゃトーツェンの妹に手を出す阿呆はいないが。
それとも何か。誰か相手がいんのか」
キャルバートは寝た姿勢のまま目だけ動かしシンジを見て話し掛ける。
「それもいません。・・・良く分からないし」
シリンがにゃーん、と鳴いてシンジの頬を軽く引っ掻いた。
シンジがそれに首を竦ませると、キャルバートが声を上げて笑った。
「くっくく、馬鹿言ってんじゃないとよ。良く分かってるじゃないか、その猫。
お前も16ならもっとガツガツしたらどうだ」
「はあ・・・」
シンジが曖昧に返事をする。
彼は育った環境も少々特殊な為、本当に良く分からないのだ。
「なんだはっきりしないな。乳揉んでみたいとか思わないのか?」
「へっ?」
シンジは間抜けな声を出し、そして言葉の意味を理解して顔を赤らめた。
「そ、そんなこと思いません・・・」
「全く分からないって訳じゃなさそうだな。ま、トーツェンに言わせたらまだ早いってことなんだろうが」
キャルバートは寝転がったままドックの天井を見詰める。
「でかくなったもんだぜ・・・まさかあんなに柔こいとは・・・」
「・・・結構いやらしいんですね」
「ああ?19の男を舐めるなよ?」
キャルバートがエミリアの胸に触れた右手をワキワキさせるのを、シンジは見下ろし溜息を吐いた。


「ところでどうだ。“希望の土竜”号。やっぱり駄目か」
「駄目ですね」
「レゾリューションの方が良いか・・・くそう、皆ホンマもんのカッコ良さを分かっとらん。
やって、暗示的でええやないか。ウィッシュの地下組織が地面の下で見つけた戦艦やで?
モグラが空を飛ぶんや。ええと思うけどなぁ・・・」
「決断、でも良いじゃないですか」
「ま、レゾリューションかて悪くは無いけど・・・」




そして、更に5日後。
レゾリューション号ブリッジ。
キャルバートが艦長席に座り、正面のメインスクリ−ンを睨んでおり、
その脇にはトーツェンとシンジが立っていた。
「大将。各部異常無し。いつでも行けますで」
「おっしゃ。じゃ、総員、覚悟は良いな!」
キャルバートが皆に問い掛けると、オオッ!という掛け声が艦内中から上がった。
それに満足げに口角を吊り上げ、彼は右手を軽く指差すように前に差し出した。
「レゾリューション号・・・発進・・・!」
機関が駆動音を上げ、地下都市空洞部へレゾリューション号は滑り出す。
「目的地はアンシェル!そこから俺達の活動の新しい一歩だ!」

様々な思惑が交錯する自治都市アンシェルへと、彼等は飛び立った。




9へつづく


リンカさんから連載作の8話をいただきました。
地下都市ってまるで、ジオフロントみたいですね。
シンジのこれからはどうなるのでしょうか。
読んで何か感じられた方は、ぜひリンカさんへの感想メールをお願いします。

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