一万二千年後の覚書

by リンカ

   7.夢の跡

軍用輸送飛行艦。
「後10分で自治都市アンシェル、グリンウェル基地に到着します。ダジェル中尉」
操縦士がブリッジに入ってきたアスカに告げた。
現在この輸送艦は、アスカ率いる中隊を乗せて国の北西の端に位置するアンシェルへと向かっている。
アンシェルは、この国のある大陸の北西に位置する島の南東部の都市だ。
この島は南部の一部がアスカ達の国の一部となっており、それ以外は他国領だ。
島としては大きな島で、周りの幾つかの大小の島と共に1つの強力な国家だったことも、過去にはある。
といっても、国家やその版図は長い年月に渡り趨勢を繰り返しているので、
過去には、といっても、遥か古代から最近の歴史まで様々に変化して来た。
アンシェルなど沿岸部が海中に没したことさえあるのだ。
このアンシェルは、島領を含むひとつの州の中にありながら、自治都市として州と同じ権限が与えられた
特殊な都市だ。独自の防衛隊も持っている。州軍と同じ位置付けだが、規模はやはり小さいので、
今回アスカの州にゲリラ鎮圧の協力を要請したのだ。
何故アンシェルのある州に頼まなかったのかとアスカは疑問に思ったが、
そこは熊親父が何か策でも弄したのだろうか、それともカレン“准将”の差し金か、と
そう考えた所で思考を止めた。結局任務遂行には関係無いことだ。
アスカは操縦士の言葉に答えた。
「了解。連中に準備をさせるわ」
そう言ってブリッジから出て行った。


グリンウェル基地。
機体を格納庫に収容して、アスカ達は基地司令部に招かれた。
アスカと副官ブリンが司令室で着任を告げる。
「カントール州軍独立機甲機動中隊“S.W”、此度の要請に従い、アンシェル周辺のゲリラ鎮圧に就きます」
「うむ。感謝する。このアンシェルを囲むブライシェン州は中立を標榜しているが、
実の所単なる腰抜けでな。此方の要請にも腰が重くて待っておられんかったのだ。
ゲリラどもは蚊蜻蛉の如く小五月蝿く飛び回るのでな。鬱陶しくて堪らんのだよ。
その点カントールは素早い。流石は対ヒュルデの先鋒だな」
基地司令が尊大に言い放つ。
「ハッ。ではこの後ブリーフィングに入ります」
アスカはこの男の過ぎた口に内心顔を顰めながらも、それをおくびに出さず答える。
「期待しておるよ。カントールの狼の働き、見させて貰おう」
アスカとブリンは敬礼して退室して行った。


廊下を歩きながら、アスカとブリンが顔を顰めて小声で会話する。
「嫌な司令官ね。他への嘲りを隠そうともしない」
「そうね。アンシェルは気位が高い人間が多いからね。かつての古代都市の誇りでもあるのかしら」
アスカの言葉にブリンが返した。それにアスカは一層顔を顰める。
「只の遺跡管理人じゃないの。遺跡のあった場所に都市を築いたからって連中には関係無いでしょ」
「ま、それで自治権限を与えられているから。昔からここは要衝の都市だったらしいし。
それよりもあの嫌らしい視線ときたら!私達のことを品定めでもするみたいに嘗め回して、
何ておぞましい!」
ブリンが心底嫌だと言いたげに身を震わせる。
「確かに。全くふざけてるわ。それにしてもブリン。アンタこそ男を全く近付けないじゃない。
アタシのことからかえた義理じゃないわよ」
「あら、私は不潔な男が嫌いなだけよ。素敵な人がいればそんなこと言わないわ。
アスカみたいに目に入る男、皆拒む訳じゃないわよ?」
「素敵ねぇ・・・。アタシだって別に・・・」
「そうねぇ・・・やっぱり優しくて、爽やかな人が良いわ。柔和で・・・でもなよなよしたのは駄目ね」
「不潔!って言わなくても良いような人?」
「もう・・・学生時代とは違うのよ。そんなこと無闇に言ったりはしないわ。
アスカみたいに初恋もまだ、なんてこと無いんだから」
ブリンがからかう様にアスカに言う。
アスカとブリンは昔同じ学校に通っていた。ブリンには二親がいるのだが。
その後アスカはカレンに引き取られていったが、2年間はアスカにとってブリンは年上の親友だった。
ブリンはアスカが去った後、通っていたハイスクール―14歳から18歳まで通うものだ―から、
16歳の時に士官学校に編入した。
ブリンが18歳で士官として着任した時、アスカがいたことに酷く驚いたものだ。
しかも、アスカの副官として、だ。
以来、2人は4年振りの親交を再開した。
「何処かにそんな王子様みたいな人いないかしら。アスカ知らない?」
「あのねぇ・・・王子様って・・・。知ってる訳無いでしょ。何処にいんのよ、そんなの」
「ま、それもそうね。見つけたら私のお料理で落としてやるのに」
ブリンが顎に指を当てて言うのに、アスカは呆れかえる。
アスカとは違う、と言いながら、結局ブリンもアスカ同様男を近付けない女だと皆に思われている。
が、実の所この美しい黒髪の女が結構夢見がちな乙女であるということは、余り知られておらず、
それを知る数少ない1人であるアスカは、彼女の王子様という言葉に溜息を吐いた。
優しげで、でもなよなよしてない、ねぇ、とアスカは彼女の言葉を反芻し、
何故か森で会った異国の風貌を持つ―アスカ自身もこの国の大方の人間とは若干風貌が違う―少年を
思い出した。
アイツは確かに条件に当て嵌まりそうねぇ・・・ちょっとずれた奴けど。
シンジの優しげな印象と、それに似合わない雄雄しい剣舞いを思い出して、そう考える。
思い出している内に、シンジの裸の背中と、それに身を寄せた時の温かさを思い出して少しうろたえた。
「アスカ?どうかした?」
「な、何でもないわ」
ブリンの声にハッとして答える。
別にあんなのなんてことないわ、と自分に言い聞かせながらも、寝ている自分に大事だと言った
装束を掛けてくれたことも思い出して、益々動揺する。
鎮まれと自分に命令しながら、何か別のことを考えようとすると、あの偉そうな猫のことを思い出した。
「(・・・・・あの猫・・・アタシの天敵だわ)」
眉を寄せながら、何故かアスカはシリンのことをそう位置付けた。確かに余り気が合いそうにない。
漸く動揺が収まってきた所で、ブリンの方を窺う。
ブリンは正面を見て、ただ歩みを進めている。アスカの副官の顔だ。
アスカは彼女にシンジのことを話すつもりはなかった。当然の如く。


アスカ達に宛がわれた控え室。
アスカとブリンが部屋のドアを開けて中に入る。
其処にはアスカの中隊の人間が其々思い思いのことをして時間を潰していた。
アスカの中隊は12人で構成されている。
3機ずつの4小隊で、アスカの第1小隊、強襲型第2小隊、偵察型第3小隊、支援補給第4小隊だ。
強襲型や偵察型といっても、支援小隊の第4小隊以外は、あらゆる状況に対応できる様になっており、
ただ、隊員の能力、適性や、性格、相性によって振り分けられているだけだ。
機体も基本的には同じものをベースに、其々カスタマイズされている。
部屋で寛ぐ10人の内、背の高い、短髪を若草色に染めた女性が顔を上げて
入ってきたアスカとブリンに声を掛けた。
「よう、隊長にシャイン少尉。挨拶は済んだのかい?」
「ええ、済んだわ。中々の倣岸な嫌味親父だったわ」
ブリンが女性の問い掛けにニッコリ笑って容赦無い言葉を吐いた。
この女はその外見や態度に似合わず辛辣な言葉を言うことが、ままある。
ブリンの答えにその女性はアッハッハ、と豪快に笑った。
「シャインと隊長に掛かれば、皆大抵そんなもんさね。案外可愛いオヤジかも知れないよ?」
短髪の女性がニヤリと唇を歪めた。
「馬鹿言ってんじゃねえよ、“グリーンティー”。お前みたいに熊大佐にゾッコン惚れてるような
じゃじゃ馬とは違うんだよ。どうだい、シャイン。今夜、アンシェルのパブで2人で飲まねえか?」
長椅子にだらしなく足を伸ばして座っていた長身痩躯の男が“グリーンティー”に向かって言った後、
跳ね起きてブリンに笑い掛けて誘う。
しかしブリンはニコリと笑って、丁重に容赦なく断わった。
それを見ていた肩口までの綺麗なブロンドが印象的な女がからかう様に言った。
「あんたみたいな品の無いのはお断りだってさ。大体パブってとこが雰囲気が無いんだよ。
仕事帰りに一杯引っ掛けるんじゃないんだよ。少しは口説き文句を考えな、“ジョーカー”」
「ああん?手前まだ俺に振られたこと根に持ってんのかよ。しつこい女は嫌われるぜ、“ドール”」
「馬鹿言ってんじゃないよ!大体あれはあんたが勝手に言い出したことだろうが!」
「あんだと!だから何回言ったら分かるんだ!始めにお前が・・・!」
“ジョーカー”と“ドール”が跳ねる様に立ち上がって、顔を突き付け合いながら言い合いを始める。
話の内容は、“前回別れを切り出したのはどちらだったか?”、だ。
実の所、この2人は出会って以来10年間に渡って、数ヶ月周期でくっ付いたり別れたりを繰り返しており、
2週間前にも別れたばかりだ。
呆れたことに、2人ともまともに他の異性と付き合ったことがない。結局はお互いが良いのだ。
2人の喧嘩の横を通り抜けて、アスカとブリンはテーブルの椅子に腰掛けた。
その脇に、“グリーンティー”が寄って来て、テーブルの上に腰を下ろす。
「全く呆れたモンだよ。毎度毎度、よくもまあ飽きないもんだ」
“グリーンティー”が可笑しそうに彼らを眺めて言う。彼ら2人と小隊長の彼女で第2小隊だ。
「ま、あれで適性は最高だからね。結婚でもさせれば落ち付くかしら?」
「どうだか。それに結婚させたら子供ボコボコ産みそうで怖いよ。2人抜けちまうよ?」
「まあ!いやだわ、“グリーンティー”。良いじゃないの、赤ちゃんが出来るんなら。
確かに彼等が抜けるのは痛いけど、それは個人の事情と言うものだわ。
ま、結婚となったらどうせ熊大佐が“ドール”を予備役にでも回しちゃうわよ。或いは2人とも」
ブリンと“グリーンティー”が楽しげに話す。
「確かにねぇ・・・。大佐は優しい人だから」
「ねえ、マルゴ。アンタホントにあの親父が好きなの?」
アスカが、うっとりと言った“グリーンティー”―マルゴに怪訝そうに問い掛けた。
マルゴはアスカの方を向いて誇らしげに答える。
「当然さ。あたしはそもそもクルツ大佐に憧れて軍に入ったんだからね。
それがあの大佐の下に配属されるなんて夢みたいだよ、ダージリン」
マルゴはクルツ大佐の基地に着任した時に、大佐に向かって好きだと言い放った逸話を持つ女だ。
彼女の渾名である“グリーンティー”は、アスカの他ただ1人、茶に関する渾名で、
彼女はそれを密かに自慢に思っていた。ただ、クルツがどう思っているのかは分からないが。
アスカはこの30過ぎの、一兵卒から叩き上げで士官になった少尉が陶然とした顔をするのを見て、頭を振った。
「で、どうなったんだい。作戦は明日から?」
「ああ、そうそう。アンタ達!聞きなさい!1時間後から第3作戦室でブリーフィングを始める。
作戦は恐らく明日の早朝からになるわ。ブリーフィング後は機体磨いとくのよ」
室内の彼女の部下達は、口々に了解と答えた。
部屋の隅で本を読んでいた女がアスカ達に近寄ってきた。
「なあに、“ショコラ”?何か分からない所でもあったかしら?」
ブリンがその女―まだ少女と言って良い―に優しく話し掛ける。
「ううん・・・」
「そう、何読んでるのかしら?」
「これ・・・」
そう言って“ショコラ”が差し出した本をブリンは受け取ってタイトルを見た。
「・・・ラントリオ―カンツォーネ集・・・」
ブリンが困った様に読み上げて本を“ショコラ”に返して微笑んだ。
“ショコラ”はアスカに次いで若い17歳の伍長だ。
才能は高いのだが、些かコミュニケーションに難があり、変わり者と思われている。
ブリンなどは良く面倒を見ているが、隊のより年上の女性陣は彼女を扱いかねていた。
が、そうは言っても嫌っている訳でもないので、いつもあれこれと常識を教え込もうとしている。
男性陣は頻りに話し掛けるが、いつも彼女の返答に対応できていない。
しかし、渾名の通りチョコレート色の滑らかな肌を持つ美しい少女と何とか会話を楽しもうと
彼等は諦めない。それに少女然とした彼女―アスカやブリンは含まれない―を見ていると
何故か構いたくなるのだ。結果、隊のマスコットと化している。
「相変わらずズレた女ね、フェリーチェ。謳ってそんなに楽しいもんかしら?」
アスカの呆れたような言葉に、“ショコラ”―フェリーチェはコクンと頷いた。
「ま、確かに“ショコラ”の謳はすごいからねぇ」
「そうそう。今度俺の為に歌ってくれよ。ローゼル湖にゴンドラ浮かべて」
マルゴがフェリーチェに笑い掛けて言うと、その横に腰掛けて男が彼女に話し掛けた。
「何だい、カードは終わったのかい。幾ら巻き上げられた?」
「昼飯1回。つうか俺が負けるのは前提なのか?」
男が情けない声を上げる。
「当たり前だろ。あんた勝ったためしがないじゃないか。それからその暑苦しいメット外しな」
男は顔半分を覆うバイザーの付いたヘルメットを着けている。偵察の第3小隊の隊員だ。
「いいだろ。俺のポリシーなんだよ」
「どうだか。いやらしい画像でも表示してるんじゃないでしょうね、“フラッシュ”」
ブリンが男に向かって言った。
「そんなことしないって。シャインは昔からキツイな」
「あら、私は貴方の過去を知ってるからね。盗撮を見つけたら大佐の前に引き出すわよ」
「そりゃガキの頃の話だろ。いい加減忘れてくれよ」
この男もブリンと同じ学校に通っていた。といってもブリンより更に3つ年上で、
彼はアスカのことは当時は知らなかった。
“フラッシュ”とは彼のメディア好きに因んで付けられた渾名だ。別に怪しいことはしていない。
第一、軍でそんなことをすればただでは済まない。
「じゃ、何でいつもバイザーつけてるの、ガーランド」
「だから言ったろ、シャイン。俺のポリシーだ。で、どうなんだい、“ショコラ”・・・って、“ショコラ”は?」
“フラッシュ”―ガーランドがキョロキョロと辺りを見まわす。
「あっち」
マルゴが指差した先では、他の隊員の所で話をしている彼女の姿があった。
「・・・俺、望み薄?」
「あんたがもてないのは今に始まったこっちゃないだろ。あっちのお姉さんの所で可愛がって
来てもらったらどうだい?あいつあんたと気が合うじゃないか」
「るせえな、“グリーンティー”。気が合うのは認めるけど、あいつじゃしょうがないだろうが」
「何だい。良い奴じゃないか。あたしは好きだよ」
「じゃ、お前が相手しろよ。何で俺が男に可愛がられなきゃいけないんだよ」
「アッハハ!良いじゃないか。今時差別する奴の方が珍しいよ」
マルゴが言ったお姉さんとは、男だ。確かにこの時代ではそう珍しくも無く、また認められてもいた。
「そういう問題じゃねえだろ。俺だって奴に文句は言わないけど、相手はできないぜ。ダチ止まりだ」
「やれやれ、狭量な奴だねぇ・・・」
「嗜好の問題だ・・・隊長、もう行くのか?」
アスカが立ち上がるのに気付いて、ガーランドが声を掛けた。
「ここの連中に文句言われちゃ堪らないからね。準備してくる。アンタ達も遅れるんじゃないわよ」
「了解、隊長」
マルゴとガーランドが歩いて行くアスカに答える。
「シャインは良いのか?」
「ああ、良いの。あれはね」
ブリンが微笑んで言うのに、2人は首を傾げて顔を見合わせた。
アスカが1人になりたがっていたのに、ブリンだけが気付いていた。


翌日の早朝からアスカ達は作戦に入った。
ブリーフィングでアンシェル部隊の指揮下に入れと言われたのだが、隊長以下全員がそれを拒否し、
文句ならクルツ大佐か或いはクルツ“准将”に言えと突っぱねて、
結果、連携は取るが、いつも通りの単独行動となった。
それから数日、幾つかの戦線や、ゲリラの拠点を攻撃し、ゲリラ組織の後退に
一先ず成果を上げた。
アスカ達からしてみれば、アンシェル部隊のてこずり様は何とも滑稽で、
アンシェル部隊は、実戦投入され鍛えられたカントール軍の強さを思い知ることとなった。
数日間、ベースを転々としながら作戦を展開した、ある夜。
アスカの個室テント。
「アスカ、入っても良い?」
「良いわよ」
アスカが返事をすると、ブリンとマルゴが入ってきた。
2人はアスカの前に座り込んで、アスカも2人の方を向く。
「何?2人して。誰かが何かバカやらかした?」
アスカの言葉に、ブリンとマルゴは迷うような顔を見合わせて、それからブリンが口を開いた。
「ねえ、アスカ。この作戦、何か変だと思わない?」
彼女の言葉にアスカの顔が引き締まる。
「・・・変って言うと?」
「あたし達はアンシェルのゲリラ鎮圧要請に応えて、わざわざカントールから派遣されたんだろ。
でも・・・奴等あたし達が出る程の組織じゃないよ。・・・というか・・・」
「というか、ゲリラの連中は私達と本気でやりあう気がないような印象を受けるわ。
・・・・・連中の目的は戦場には無い・・・」
マルゴの言葉をブリンが引き継いで続けた。
「・・・優秀な部下を持つとホント助かるわ。さっき熊に通信入れたところ」
「大佐は何て?」
「作戦遂行に関係は無い。貴様等はゲリラを“後退”させれば良い。・・・ってさ」
「・・・鎮圧でなく・・・?」
「確かに初めに熊親父は、一発カマして脅かしてやればそれで良いって言ってたわ。
でも・・・」
アスカが2人の顔を見つめた。
「初めからそれが目的・・・?」
ブリンの声にマルゴが目を見開いて口を開いた。
「まさか・・・囮?あたし達の作戦は・・・」
「ま、待ってよ!カントールがアンシェルを攻めるとでも・・・!」
「声がデカイよ、シャイン!」
腰を浮かせて叫んだブリンをマルゴが押さえた。
「アンシェルを攻めるとは限らないわ。でも・・・」
「アンシェルはあたし達の支援を受けて、ゲリラ鎮圧に本腰を入れてる。
元々アンシェル防衛隊は大した規模じゃない。今は都市部の守りは薄い・・・」
「だったらやっぱり・・・」
マルゴの分析にブリンが不安げな声を出した。
この上カントールがアンシェルを攻めれば更にこの国の混乱は拡大し、またカントールは非難を免れない。
「・・・むしろ事を起こすのはゲリラかも知れないわ」
アスカが思案する様に声を出し、ブリンがそのアスカの目を見詰める。
「つまり・・・ゲリラと裏で?」
「・・・分からない。でも・・・アンシェルを攻めるリスクを背負うよりは・・・。
カントールが何が欲しいかも分からないし・・・。でも・・・ゲリラに機会を提供する代わりに何かを得る」
3人は押し黙って視線を合わせる。
「大佐がこんな策を弄するとは思えない・・・」
マルゴが悲痛な様子で零した。
元々カントールは過激なヒュルデに対抗する州という性格が強い。国内の批判も弱い。
確かに不自然ではあった。
「・・・“准将”ならやるかも知れないわ」
「アスカ・・・」
「“カーリー”准将が・・・?でも・・・あの人もこんな卑怯な手は・・・」
マルゴにとってはカレンも憧れの人間だった。クルツの娘で、マルゴとそう歳も変わらないのに
上層にのし上がったエリート。そして人望も厚い。
「この話は一先ずここまでにしましょう。確かに熊の言った通り作戦遂行には関係無いわ」
アスカが打ち切る様に言葉を発した。
「アスカ・・・でも・・・」
ブリンの不安げな顔を見て、アスカは立ち上がる。
「そんな顔してたら、任務に支障をきたすわ。アタシ達は怪我ひとつ無く帰るのよ。
勝手に死ぬ事はアタシの部下には許さないわ」
言い切って、アスカはテントの扉を開き、外に出る。
フェリーチェ=“ショコラ”の謳声が夜の空気に聞こえている。
ブリンとマルゴも立ち上がってテントの外に出た。
「・・・確かに綺麗ね・・・」
アスカがポツリと呟いた。
その隣にブリンとマルゴが立つ。
「こんな内戦がいつまで続くのかしら・・・?」
「さあね、あたし達は命令とあらば何処へでも行って戦争する兵士だけどね・・・」
アスカが美しい謳声を聞きながら空を見上げた。
壮麗な満月が輝いていた。




月明かりの下。
小高い崖の上で男が、アンシェルの街と古代の遺跡を臨んでいる。
フード付きのローブを着たその男は、微笑を浮かべて佇んでいた。
「遥かなる都も今や夢の跡、か。栄え滅び、流砂に消え海に沈み、そして浮かび上がって・・・
それでもなお、幾度もこの場所に人の営みは続く・・・いや、世界中で、か。
何とも素晴らしいじゃないか。これが人の生きる意思という訳だ。
・・・ふふふ、愚かしくも愛おしい、というものだね」
男が誰に聞かせるとも無く呟く。
不意に男の後ろの闇に2つの人影が浮かび上がった。
「何だい?」
男が振り返りもせず問い掛けた。
「明日、予定通り来るようです」
「そうかい」
「そして、もう1つも」
「そうだね」
「出立の準備は整っております。明日が済めば発ちますか」
「そうだなぁ・・・どうしたら良いと思う?」
「お戯れを」
「うん。まあ、これも人の遊び心だね」
「発たれた方が宜しいのでは。この国ではもう為す事もありますまい」
「ふふ、そうだね。ここで去るのも薄情な気がするけど。でも、確かに明日が済めばこれ以上は、ね」
「急がれなくて宜しいので」
「まあ、手っ取り早くなら一度赴くべきだね。でも・・・種を蒔きながら歩くも一興」
「・・・・・」
「ふふ、冗談さ。いや、本気かな?どちらだと思う?」
「お戯れを」
「ふふふ」
男が微笑みながら振り返った。
2つの人影が月光に浮かび上がる。
彫の深い、しかし端正で繊細な造作に褐色の肌の若い男と、
抜けるように白く艶やかな肌に、アーモンドのような瞳が際立つ若い女。
「アミーン。リェンファ。明日、事が済めば発とう。種を蒔きながら、が出来るかどうかは分からない。
でも目指す方向は決まっているからね。・・・君達には済まないね。すっかり巻き込んでしまったよ」
この男にしては珍しく済まなさそうに言葉を発した。
女―リェンファが答える。
「構いません。もう決めました」
男―アミーンも答えた。
「貴方を信じた。だから付いて行く」
その2人の言葉を聞いて、男は再びアンシェルの街を見る。
「・・・信じるに値したかな」
「驚異だから信じないとは、愚かな仕儀だ」
「私は貴方に敬意を感じます。貴方の生に」
「・・・そうかい。僕には良く分からないよ」
男の悲しげな言葉に、リェンファが笑いを漏らした。
「何だい?」
「疾うに分かっておられましょうに。うふふ、本当におかしな方。認めたくないのでしょう?」
「そうなのかな?」
「戸惑っておられるだけです。それもまた一興、でしょう?」
「そうかな」
「悩むもまた良し、という訳だ。ともあれ、明日は大事。もう休みましょう」
「そうだね。・・・ところで君達、堅苦しくないかい?」
歩き出した3人だったが、その言葉で歩みを止めた。
リェンファが男を振り返る。
「敬意を表したつもりでしたけど・・・お嫌かしら?」
アミーンは振り返らず、ボソリと口を開いた。
「従者とはこういうものだと、物語に・・っ!?」
言いかけた所でリェンファが飛びついてアミーンの口を手で塞いだ。
「・・・・・物語?」
「おほほっ、何でもないですわ。アミーンったらお茶目なんですから。
ね?何でもないわよね、アミーン?」
リェンファが男に向かって言った後、アミーンの口を塞いだまま首に腕を回して引き寄せ、
鼻を突き合わせて凄んだ。
「ム、ムグ」
「うんうん。そうよね、正直者のアミーン?」
「ムッ・・・プフ・・・」
「そうそう。余計な事言ったら婚約は破棄よ!
「ムム!?ブムー!!」
それが嫌なら私の言う事聞くわよね、ハニー?
「ムンムン!」
「よしよし。良いコね。・・・さ、お騒がせしましたわ。行きましょうか」
そう言って、リェンファはアミーンの首に腕を掛けたまま歩いて行き、
アミーンがそれに引き摺られて中腰で―身長差があるのだ―付いて行く。

「・・・ふふ、何とも可愛い人達だよ。そうは思わないかい?」
男は心底楽しそうに、誰にともなく口を開き、そして彼らの後を歩いて行った。


男の背後で満月が晧晧と輝いていた。



8へつづく


リンカさんから7話を頂きました。
アスカもシンジのことを意識していたようですね?
それにアスカの部隊は男女交際禁止とかじゃなくて、良かったですね(笑)
感想メールは嬉しいものです。読み終えた後はぜひリンカさんのお話に感想メールをよろしくお願いします。

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