その後も起動実験は続いた。
しごく順調。
順調そのものって感じで。

あまり芳しくなかったシンクロ率も少しずつ回復してきていて、
前回のテストでは82%。どうよ、結構なものでしょ?

そうなってくると、リツコが研究者としてうずうずし出すのよね。



「アスカ、今やってる起動実験絶好調ね。
もし、エヴァ緊急出動なんてことになっても胸を張ってあなたとエヴァ2号機を送り出せる。

これからも定期的にテストの必要はあるけれど、
今ほどコアにやらなくてもいい状態よ。

そこで…

以前言ってたシンジ君とのダブル搭乗の件なんだけど…。」


ほらきた。
そろそろ言い出すと思ってたのよね〜。


まあ、アタシも正直、日本に来たばかりのころに比べれば
アイツのこと、あまり怖くなくなってると思うわ。

初搭乗では
アイツの残したにおいに助けられたくらいだし。



実は、会ってみてもいいんじゃないかって思ったりすることもある…。
アタシにしてははっきりしないなって自分でも思うんだけど、
ホント、今言った言葉通りな気持ちなのよ。

会ってみたい、でもやっぱり怖い…だけど会いたい…



…会いたい…

ちょっっ!!『会いたい』って何よ。なんかニュアンス違ってくるじゃない!!
恋人じゃないんだから…


こ…恋人????
恋人なわけないじゃない!!!アイツは同僚よ!!

同僚で、元クラスメイトで、昔同居生活をしてたってだけの…



…ん?

なんか、文字だけ羅列してみると、
かなり親しい間柄じゃない?





ああ!!もう!!
アタシの心の中、いったいどうなってるのよ!!!




はっっ!!!

気付くとリツコがかわいそうな人をみるような顔でアタシを見てた。
失礼しちゃうわ。


「わ…わかってるわ。
いつかはアイツに会わなくちゃいけないこと。
でも、なかなかきっかけがつかめないのよ。」

「だからこっちで、『仕事』っていうきっかけを作ろうって言ってるんじゃない。」


「う…。そうかもしれないけど…。」


「アスカ、ドイツに帰ってから随分優柔不断になったのね〜。
昔は、何をやるにしても意見がぶれることなんてなかったのに…。」

リツコが挑発的な態度で笑う。
その態度にカチンときたアタシはついムキになって叫んだ。

「そ…そんなことないわよ!!
いいわよ!!!会おうじゃない。
アイツと会ってダブル搭乗でもなんでもやってやろうじゃない!!」






…はっ!!!
しまった!!!




目の前にはリツコのニヤニヤ笑い。
そして、その奥ではボイスレコーダーを持ち、同じく
最高のニヤニヤ笑いを浮かべたミサトの姿があった。




















「どうしよう…。」

アタシはコンフォートマンションのリビングにいた。
クッションを抱き、寝転がった状態。

頭の中のぐるぐるを鎮めるために眠ってしまいたいのだが、
こういうときに限って眠気は訪れない。




アタシの失言に気を良くした2人は、
今、アタシとアイツの再会スケジュールを作成している。
その場に一緒にいてもしょうがないのでアタシはこっそり早引きさせてもらった。









「どんな顔して会えばいいのかしら…。」

ミサトの話や、アタシが来日した日に用意してくれてた歓迎の料理なんかから、
アイツがアタシのことを憎んでないってことは分かってきた。

だから、アイツがアタシを殺そうとすることはない。

でも、アイツがアタシを殺そうとしたことは事実で、
アイツがたとえ後悔してるとしても、それは消えなくて…。


だから、どうやって会えばいいのかわからない。






プルルル…プルルル…
あ、携帯…ミサトからだ。

「もしもし、ミサト?なに?」

「あ、アスカ、今どこにいるの〜?」

「え…どこって…、やることないから先に帰っちゃったわよ。」

「え!!!ちょっ!!!帰ったってもううち??」

ウイーン

ん?なんか玄関の扉が開く音がしたような…。
気のせいかしら。

「そうだけど?何よ。」

「大丈夫なの?アスカ!!」

「大丈夫って、何がよ、うちにいるのに大丈夫も何も…。」


ガチャっ

「!!!」







「あ…アスカ…?」








「な…ど…。」









目の前にアイツがいた。

5年前と同じサラサラの黒髪と黒い瞳。
少し男らしくなったとはいえ、相変わらずの華奢な体躯。
でも、身長はそれなりに伸びた様子で、手足は長くなってる。
アタシがソファに座ってなかったとしても、アタシよりはるかに背が高いだろう。



「あ、僕、毎週水曜日に掃除に来てて、
だから、今日も来たんだけど…

あれ?アスカはネルフだって聞いてたんだけどな。

部屋散らかってないね。
掃除しなくていいみたいだから、僕帰るよ。」



このうちに用はないと告げた5年ぶりのアイツは
アタシの目を見ることなく
そのまま背を向け、玄関へ戻ろうとした。





「どこに帰るのよ!!」

アタシはアイツの背中に向かって抱きかかえていたクッションをぶつけた。
アイツの足元に静かに落ちる。


「どこにって…うちに…。」

言葉は返ってくるが、振り向かない。


「うちってどこよ!!!
アンタのうちはここじゃないの?

アタシのうちはここだったわ。
ドイツに逃げてしまって忘れてたけど、
ここに戻ってきて、アタシの部屋を見て思い出した。

アンタがアタシの部屋をそのままにしてくれてたから思い出した。」

「……。」


「だから次はアンタの番よ。
アンタがここが自分のうちだってこと忘れたんだったら、アタシが思い出させる。
アタシがこのうちにアンタの居場所を作るわ。

だから、このうちに戻ってきなさいよ、

バカシンジ!!!」


「……。」

アイツはやっぱりこっちを振り向かない。
肩が震えてる。


返事がないから、アタシは急に弱気になった。
もしかしたら、迷惑に思ってるのかもしれない。
あわてて
「…その…すぐにじゃなくてもいいから…。」
と、弁解がましい一言を付け加える。



すると、


「…の?」

アイツが消え入りそうな声で何か言葉を発した。


「何…?」


「…怒ってっ…ないの?…っ」

泣いてる?
アイツ、泣いてるの?



「僕、あんなっ…ひどいことしたのにっ…、
どうしてあの頃とっ…同じ口調で僕に話し…っ…かけてくれるの?」

ぐしゃぐしゃになった顔でアイツはようやく振り向いた。




その顔を見たら胸がいっぱいになった。

そして、
何時間あっても足りないっていうくらい
いっぱい言いたい事や聞きたいことがあったはずなのに、
そんなこと忘れてしまって、

アタシはいつものあの言葉をアイツにぶつけていた。




「アンタ、バカ〜?」





その言葉にはじめはびっくりしていたシンジ。
でも、泣き顔のまま自然に笑顔になってこう言った。

「ごめん、アスカ。」








久しぶりに聞く、シンジの『ごめん』
もう二度と言ってもらえないような気がしてた。

この言葉にどうしようもなくイライラしたこともあったのに、
今のアタシはうれしくて仕方ない。



ただ、アタシのプライドはアタシの中のそんな気持ちを簡単には認めてくれなくて、
いつもの調子で…
そう、5年前の楽しかった頃と同じ調子で切り返してしまう。

「な…なんでアンタが謝るのよ。
今のは取り消しなさい!!

アタシはエヴァ2号機のメインパイロットよ。
アタシが先に謝るんだから!!!」


「え?謝るって何を…?」


「何って…その…
えっと…



もう!!
そんなの自分で考えなさいよ!!!」

「う…うん…
でも、ありがと…アスカ。」



「ああ〜!!また先に言ったわね!!!
お礼もアタシが先に言うのよ!!」




「え…ご、ごめん。」


「またそうやって謝る〜!!!
今後、必要以上に謝ったりしたら許さないから!!」

「ごめん。」

「!!!
アンタ、わざとやってるでしょ!!
いい加減にしなさいよ、バカシンジ!!!!」


「わざとじゃないよ。
悪かったって、ごめん〜!!!」



以降、エンドレス…








かと、思いきや…











バタバタバタバタ…
ガチャ!!!

「アスカ!!!しんちゃん!!!
早まった真似はやめて!!!」


「「?」」


「あ…あれ?
二人とも…なんともないの?」



「あ、ミサトお帰り。
なんともないって何が?」



「いや…私はてっきり、今頃血みどろの争いが繰り広げられてるんじゃないかと…。
仲直りしたの?」



「「仲直り?」」


「だって、二人とも5年間もけんかしてたんでしょ?
だから、会うのが気まずかったんじゃないの?」


「「けんか…?」」


「違うの…?」


「「……ぷっ。」」

アタシとシンジは目を見合わせて笑いだした。


「なんなのよ〜。もう、心配したんだから〜!!!」


そうだった。
さっき携帯でミサトと話してる最中にシンジと遭遇したんだった。

かなり急いで帰ってきてくれたんだろう、
髪はボサボサ、荷物も忘れてきたみたい。



「違わないわ。
そう、仲直りしたのよ。
くだらないけんかだったわ。」


「そうなの。よかったわね。」
ほっとした様子のミサト。
アタシたちのお姉さん―ママじゃなくて、一応姉扱いにしといてあげるわ―っぷりが
板についてきたみたいね。


ミサトの合流で久しぶりの3人での会話。
昔はくだらないと思っていたけど、
今のアタシはこういう慣れ合いも結構いいと思ってる。




…なんて、ホームドラマを気取ろうとしたのもつかの間、
ミサトがお得意のニヤニヤ笑いを始めた。


「で、しんちゃん、アスカに何したの?
なんかやらしいことしようとしたんでしょ〜?」

ほら、はじまった。
シンジは別にやらしいことをしようとしたわけじゃないわ。
アタシを殺そうとしたのよ。


…って、そっちの方が問題なのかもしれないけど、


??
シンジ、何びくっとしてるのよ。


「あ〜図星だ〜。
何しようとしたのよ〜。」


びくっとする必要なんかないでしょーがー。
あれはやらしいことにはならないわ。

ん?ってことは、
他に思い当たる事があるってこと?


アタシはアイツの首根っこを捕まえ叫んだ。
「ちょっっ!!シンジ、アンタあたしになにかしたの?!
ちゃんと説明しなさい。」


「え…いや、それは…その…。」


「しんちゃんのエッチ〜。」
「バカシンジ、やっぱり許さないんだから!!!」





















アタシは長い間、
あの…赤い海のほとりで身動きが取れなくなっていた。

けれど…

アタシの目には今、シンジに手をひかれ、
あの場所から アタシたちのうちへ帰ろうとしている
2人の姿が見えるような気がする…。




〜fin〜




読んでいただき、ありがとうございました。
物語はここで終了となります。
一応、おまけ的な意味で、エピローグを用意しましたので、
読んでやってもいいよ〜っという奇特な方はぜひどうぞ。

エピローグへつづく


新人作家クロメさんからのお話の掲載であります。

最初はアスカとシンジの離れ離れの、落ち着かない感じでしたが、落ち着くとこにオチがついて良かったですね。
是非、読後に何かを感じられた方はクロメさんへメールなど送って欲しいのです。

それとおまけもどうぞ!

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