「ねえ、アンタなんであの時アタシのこと殺そうとしたのよ。」
同居生活を再開し数日たった夕食後、
アタシは唐突にシンジに聞いてみた。

ちなみに、今日ミサトは『大事な営業』とかいうやつらしく、
北海道に出張していて帰って来ない。




このことはずっと聞きたかったのだけれど、
なかなかタイミングが難しかったし、さすがのアタシも切り出しづらかった。

だから「お味噌変えた?」くらいの自然な感じで
大事な質問をぶつけてみたのよ。

でも、シンジ、硬直しちゃってるわ。
まだ早かったかしら。





「あ…あのときは…。」
それでも、意を決してって感じでこぶしを握り締めて
シンジはしゃべりだした。


「サードインパクトが起こって、一度僕はみんなが溶け合ってしまう世界を選んだんだ。
怖かったから…ミサトさんも、綾波も、父さんも、…アスカも…。

その世界では僕のことを誰も拒絶しなかった。
だから楽だと思った。
自分が誰かに認められる必要がない世界だったから。



でも、僕がいなかったんだ。
僕だけじゃない、ミサトさんも、綾波も、父さんも…アスカもいなかった。


さびしかった。
楽だと思ったはずなのに、誰もいなことをとてもさびしいと思ったんだ。

だから、もう一度会いたいと思った。」


シンジはアタシの入れたグリーンティーを手に取り、少し口に含んだ。
そうやって一呼吸置いて続けた。

「気が付いたら赤い海のほとりにいた。

隣にはアスカがいた。


アスカは…
サードインパクトでみんなが溶け合った時、
最後まで僕を拒絶したんだ。

僕と一緒になるのは死んでもいやだって言った。


だから…
アスカが僕に気付いたら、
きっと僕を拒絶すると思った。

怖くてたまらなくなった。


アスカにまた拒絶されるくらいなら、
アスカがいなくなってしまえばいいと思った。

だから…。」



「ふ〜ん。」


「ご…ごめん。」


「必要以上に謝るなって言ったはずよ、アタシ。
今は謝るときじゃないわ。
別にシンジは悪くないもの。」

「え…。」


「だって、アンタはアタシを殺さなかった。
殺そうとしたかもしれないけど、殺さなかったわ。」


「それは…


それは、アスカが僕の頬に手を当ててくれたから…。」


「え…?」


「だから、僕はこの世界を受け入れることができたんだ。
僕が選んだ、みんなに会える世界で生きていけるって思ったんだ。」




アタシはこの時、あの…赤い海のほとりでの出来事を思い出していた。



目を覚ますと隣にシンジ。

突然シンジはアタシにまたがって、首に手を掛けた。
次第に強く締められていく。

アタシ、死ぬのかしらって思った。

そして、ふとシンジの顔を見たの。


泣きそうな顔してた。
つらそうな顔してた。


アタシは、シンジにそんな顔してほしくなくて、
頬に手を当てた。



シンジがほっとした顔をした。
ほっとした顔のまま、大きな涙をぼろぼろとこぼした。


アタシはシンジの顔を見て安心したのだけれど、
やっぱり素直に笑いかけることはできなくて、
なんだか暴言みたいな言葉を吐いたような気がする…。






「…そうだったの…。
…ううん、そうだったわ。」


アタシはあの時、アイツのことを少しも怖いなんて思わなかった。
アイツがアタシを殺せないことを知ってたのかもしれない。


あの後、気を失って、
アイツに殺されかけたっていうことだけが印象に残ってしまって、
大事なことを忘れてしまってたのね。





「アタシたち、ずいぶん回り道したわね。
逃げずに話をすればすぐに理解しあえることだったのに。」


「…ううん、僕たちには必要な時間だったと思う。
僕は5年たって…5年かけて
アスカが僕にとって大事な人だって気付くことができたから。」



「な…シンジ、それって…。」
突然のシンジの告白にアタシの顔が急激に赤くなっていく。



「あ、もちろん、ミサトさんもだよ。」



「……は?」



シンジはアタシとは全く違う方向を見て笑っている。
アタシはその視線を追った。







…なんでミサトがいるのよ。



「ただいま〜しんちゃん、アスカ♪
出張キャンセルになっちゃった〜。

しんちゃんの告白、私とってもうれしいわ〜。
あ、アスカ、残念だったわね〜、私と同列で〜。」




「な…な…!!!」

さっきとは違う理由でアタシの顔は真っ赤なまま。
顔が沸騰しそうなほどの恥ずかしさと怒りがこみ上げてくる。
そしてその怒りは、冷やかしたミサトではなくあらぬ方向へと向かう。




「ふざけんじゃないわよ、バカシンジ!!!」

アタシからの渾身の平手をくらい、
シンジはノックアウト。







「この二人の春はいつになるのかしら…?
ま、当分このままの方が私は楽しいんだけどね。」

アタシからの怒りの鉄拳をうまくかわしながらミサトが笑った。




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