「ホントよ、ホントなんだってば。
今朝は朝食アスカが作ってくれたのよ。

しかもメニューはだし巻きたまごに豆腐の味噌汁、白菜の浅漬けまであったわ。
あれに焼き魚があれば、完全にザ・日本の朝ごはんって感じよね〜。」

「何度も同じこと言わないでよ。大したことしたわけでもないのに、わざとらしいのよ。」


ホントは焼き魚も食卓にのぼるはずだった。
昨日の夜冷蔵庫をチェックした時にはそのつもりだった。

が、朝起きると状況が変わってしまった。

昨日の予想通りミサトはダイニングテーブルでつぶれてた。
そして、その隣の椅子には怒った顔のペンペンが…。

そ、ペンペンも同居人(?)のひとりだったわ。


5年前、使徒との戦いが激しくなり、コンフォートマンションもいつなくなってしまってもおかしくない状況だった。
ミサトはペンペンの避難先として、ヒカリのうちを選んだ。

ヒカリはペンペンをとっても大事にしていてくれたんだそうだ。
さすがアタシの親友ね。

そして、ミサトもアイツも落ち着いた頃、ペンペンを迎えに行ったってわけ。

ペンペンは5年たった今もとっても元気で食欲旺盛。
昨日はどうやら長湯しすぎて湯あたりし、自室の冷蔵庫で早めに休んでしまっていたらしい。

朝目を覚ましたペンペンは、
おなかがすき、何か食べたくて飼い主であるミサトをつついてみたものの、全く起きる気配がない。

怒り心頭のときにちょうどアタシが起きてきたみたいなの。

というわけで、冷蔵庫の魚はすべてペンペンの朝食になったのよ。



「朝食ですって?
私なんか、まだコーヒーも飲んでないっていうのに。」

と、明らかなイライラを隠そうともせず、目の下にクマを作ったリツコが口を開いた。



「あれ?リツコ、もしかして徹夜?
最近徹夜なんてなかったじゃな〜い。どったのん?」

「2号機の起動実験スケジュールを組みなおしてたのよ。
昨日見てもらったものは、あくまでもシンジ君のことを内緒にするためのものだったでしょ?
もうアスカに隠す必要がないのであれば、もっと色々とやってみたいことがあるのよ。」

「やってみたいこと?」

「そう、例えば…
2人一緒にエヴァに乗った場合どうなるのか…とか。」


「…え…。」
リツコの突然の提案に、アタシは驚きを隠すことができない。
アイツと一緒にエヴァに乗るですって?
そんな、アタシのことを殺そうとしたような相手とエントリープラグに2人っきりになるなんて…。


アタシの動揺を察したのか、リツコが続ける。
「別にすぐにっていうわけじゃないわ。いずれ、そういうこともやってみたいってだけのことよ。

ほら、昨日ちょっと話に出てたオーバーザレインボーのことだけど、
シンジくんとアスカが2人でエヴァ2号機に乗った時、瞬間的に大きな力が出たって言ってたじゃない?
あのとき2号機は海上にあったからきちんとした調査ができなかったんだけど、実は、

2人ともシンクロ率を大きく更新してたのよ。」

「そういえば、リツコ、そんなこと言ってたっけ?」

「ええ。でも、あのときはパイロットとエヴァが同じ数だったし、時間もなかったから
ダブル搭乗について詳しく調べることはしなかったんだけど、個人的にはとても興味を持っていたの。」


アタシの気持ちを無視して、2人の会話は続いてる。


取り残されたような、不安な気持ちなってくる。
アタシはその不安をぶちまけた。

「何言ってんのよ!!そもそもアタシはまだ2号機の起動実験もしてないのよ!!!
なのに2人で2号機に乗るだなんて!!!
それに…アイツはアタシのこと…。」




「…アスカ、まだ先の話なんだし。」
困ったような顔で、リツコが言う。

「先っていつ?明日?1週間後?1年後?
それはだれが決めるの?
ミサト?リツコ?」

…止まらない…。
喰ってかかったような言い回しになってしまう。



「…アスカ…。」


気付くと、アタシの目から熱いものが流れ出していた。


「…っ、違うの…。いつかはアイツに会わなくちゃいけないことは…っ、分かってるのっ、
アタシはそのために…っ、ここに来たんだもの…っ。
もちろん、エヴァに乗るためでも…っ、あるわっ。
でも…っ、だけど…っ。」

「…アスカ…あのね。」

「嫌よ!!聞きたくない!!…っ。」
両手で耳をふさいで、首を左右に振る。
アタシは2人に背を向け、ミサトが続けようとしている言葉を拒絶した。



「アスカ、聞いて!!」
耳をふさいでるアタシの手をとり、ミサトが叫ぶ。




「しんちゃんから、アスカには言わないでほしいって言われてることがあるの。」

「……。」

「でも、私は今、アスカにそれを伝えるべきだと思ってる。」

「…何よ…。」

「聞いてくれるの?」

「…少しだけなら聞いてもいいわ…。」

「ありがと、アスカ。」

そういうと、ミサトはアタシを目の前の椅子に座るように促し、
自分もその前に座った。


ミサトは大きく息を吸い込んでは吐き出すという動作を何度か繰り返した。
そうやって、これから話そうとしていることを整理しているようだった。

そして、アタシの目をじっとみつめ、静かに話し始めた。



「…しんちゃんはね、とても後悔してることがあるんだって。
やってしまった行為そのものを消し去ることはできないから、せめて謝りたいとずっと思ってるって。

それはアスカに関することみたいだったけど、詳しいことは教えてくれなかった。
『アスカが話してないんだったら、僕からは言えません。』って言ってた。


そのことについて、
アスカがドイツに帰国したばかりの頃は、
もし、もう一度アスカに会うことができるのなら、
罵られて自分のことをどれだけ憎んでるかを知ることになってもそれを受け止めよう、
それがアスカへの報いだって、そう思ってたそうよ。

でも、そんなチャンスは向こうからはやって来なかった。

当然よね。
アスカだってつらい思いをしたんだもの。
わざわざもっと苦しい思いをするためにここへ戻ってくるはずないわ。


そのうちに5年が過ぎた。


そうするとね…

…5年もたってしまうと、
今度は、アスカが自分のことを憎んでなんかいなくて、
興味もなくて、とっくに自分のことを忘れてしまったんじゃないかと考えるようになった。

それは自分が憎まれていないということになるわけで、
自分のやったことが許されたのかもしれないと少し安心したそうよ。」

ガタッ!!!

「!!なによ、それ!!!
アタシがアイツを許す?
たった5年たっただけなのに?

そんな…っ!!!」

アタシは無意識に椅子から立ち上がり、叫んでいた。
怒りが大きすぎて言葉にならない。

怒り…?
これは怒りなのかしら…。

なんだか怒りとは違う感情のような気がする…。





「アスカ、まだ話の途中よ。
座って聞いてちょうだい。」

ミサトはアタシが落ち着くのを待ってくれていたようだ。

ミサトの静かな口調にアタシはなぜか逆らう気になれず、
言われた通りもう一度椅子に座りなおす。



「どこまで話したかしら…。
そう、アスカがしんちゃんのことを忘れてしまったんじゃないかっていうところだったわね。


そう思うことで、少し安心したけれど、
そのあとに全く違う感情が自分の中にあることに気付いたんだって。


なんだと思う?アスカ。」


やさしいまなざしでアタシを見つめるミサト。
目をそらしちゃいけない感じがする…。

「わ…分からないわ…。」



「アスカ…

しんちゃんはね…、

アスカが自分のことを忘れてしまうことがとてもつらいと感じてることに気付いたんだって。
罵られ、憎まれてもアスカに自分のことを憶えていてほしいって思ってる自分に気付いたんだって。

しんちゃんにとって、アスカはきっと大切な存在なのね。」

「……。」

「でも、そんな風に自分のことを憶えておいてほしいって願うなんて、
自分勝手な願望だから、このことはアスカには内緒にしていてほしいって、
そう、しんちゃんは言ってたの。」

「……。」

「…アスカ?」



「……


……


…ミサト…。」

「…ん?」

「…ちょっと一人になりたいの。
今日は先に帰ってもいいかしら。」

「…そうね、それがいいと思うわ。」















コンフォートマンション。
ジェリコの壁の奥。
アタシはベッドに横たわっていた。


整理したいのに、頭の中―ううん、心の中なのかしら―が、全く整理できない。




「アイツも悩んでたんだんだ…。」



次にアイツと会うことがあれば、
アイツはまたアタシを殺そうとするかもしれないと思ってた。
アイツはアタシを憎んでると思ってたから。


だって、いっぱいひどいことしたもの。

遊び半分でキスしたときも、シンクロ率を抜かれた時も
ひどいこと言った。

アイツはそのたびに『ごめん』って言ってた。
アイツは何も悪くないのに…。

アタシはその『ごめん』に余計イライラして、
もっとひどいことを言った。



アイツはアタシを助けてくれたのに…。



助けてもらってうれしかったくせに…。

















気付くと時計は午後6時を指していた。

アタシ、あのまま寝ちゃったのね。

ゴソゴソとベッドから起き上がる。

「ミサト今日帰ってくるかしら。
ご飯作った方がいいのかな…。」


とりあえず部屋を出る。


なんとなくキッチンとは反対側を見る。


アイツの部屋、今どうなってるのかしら…。




襖に手を掛け、横に引く。
アタシの部屋同様、なんの抵抗もなく開く。

少しずつアタシの目の前にアイツの部屋だった場所が広がっていく。


「!!」

何よこれ…。



何もないじゃない…。



アタシの荷物はそのままにしてたくせに、
アイツの荷物はひとつもないじゃない…。




ウイーン

「ただいま〜。」


ミサトの声。


「アスカ〜?」


近づいてくる足音。


「アスカ…どうしたの?
その部屋は…。」


ミサトの声がすぐ近くに来たことをわかってはいたが、
振り向くことなくアタシは答えた。

「ミサト、何もないの。アイツの部屋、何もないのよ。
アタシの部屋はそのままにしてたくせに、どうしてアイツの部屋はからっぽなの?」



「アスカ…。」



「アイツはアタシに日本に…ここに…
このコンフォートマンションに居場所を残してくれてた。
なのに、なんでアイツは自分の居場所をなくしてしまったの?

アタシがアイツにひどいことをしたから?
ひどいことたくさん言ったから?



アタシが…アタシが…。


アタシがここへ来たから?
アタシが日本へ来てしまったから、
アイツはここを片付けて、別の場所へ行ってしまったの?」


「アスカ、それは違うわよ。
昨日も言ったけど、しんちゃんは大学進学を機に一人暮らしを始めたの。
よくあることよ。」


「だけど、いつ戻ってくるかもわからなかったアタシの部屋はそのままだったわ。
アイツだって戻ってくるかもしれないじゃない。
どうしてこんなにきれいに片づける必要があるのよ。
何か置いてってたっていいじゃない。

これじゃ…。」

「…アスカ…?」



「これじゃ…アイツのにおいも残ってないわ…。」















アタシはネルフ本部更衣室にいた。

今日はついにエヴァ2号機起動実験の日。

さっきリツコから渡された赤いプラグスーツに袖を通す。
アタシぴったりのサイズに調整されていて、とても着心地がいい。
それは、今もあの頃も変わらない。


髪を軽くかき上げ、ヘッドセットを手に取る。


お気に入りだったヘッドセット。
毎日ヘアアクセサリーの代わりに付けていた。


でも、あの日以来付けていない。

これを見ると、
量産機にめちゃくちゃにやられたことや、つらかった日々のこと…

そして…

赤い海のほとりでのアイツとの出来事を思い出してしまうから。



だから
ママに頼んで捨ててもらった。





意を決して、ヘッドセットを頭に付ける。
5年前毎日付けていたもの…。
違和感は感じない。

「何をそんなにためらってたのかしら。
付けてしまえば大したことないじゃない。」



もう一度鏡に映る自分を見る。


5年前に比べ、アタシは何か変わったかしら。

背は少し伸びた。
胸だってそれなりに大きくなったわ。
スタイルだって結構いい方だと思う。

でも、これはアタシの努力でも何でもなくて、
遺伝的なものだもの。

アタシは、アタシ自身を変えることができたかしら…。
アタシの努力によって…。







「アスカ、行くわよ…。」

鏡の中の自分に向かって語りかけた。















「アスカ、無理しないでね。」
心配そうに見つめるミサト。
きっと昨日のことを気にしてるんだと思う。


「…大丈夫。」
自分に言い聞かせるように呟く。



今アタシはエヴァ2号機の目の前にいる。

あんなにめちゃくちゃに壊されたのに、
あの頃と同じ姿でそこにいる。
リツコたちががんばってくれたんだってことがよくわかる。


アタシはエヴァをずっと道具だと思ってた。
『心』なんかない方がいい、あってもそれは邪魔になるだけだと思ってた。

でも、あの日、量産機との戦いの日、
エヴァ2号機の中でママ…
…死んでしまったママに会った。

エヴァ2号機の中にある『心』はママのものだって知った。


知ったのに、アタシはそこから逃げ出してしまった。

だから、アタシはまたエヴァ2号機に乗らなくちゃならない。


「エントリープラグ、準備できました。」
遠くでアタシの知らない技術部のスタッフの声がする。


いよいよ、エヴァに乗る。

…怖い…。
とても怖い…。




鼓動がどんどん速くなっていくのがわかる。


でも、逃げるわけにはいかない。


エントリープラグに入り、シートに座る。

と同時に突然のフラッシュバック。
思い出したくないのに、最後にエヴァに乗った日のことが目の前に浮かんでくる。

勝ったと思ったのに、切れてしまった内蔵電源。
目の前に突然現れたロンギヌスの槍。
倒したはずの量産機たちの復活。



「いやあああああ〜。来ないで〜。殺さないで〜。」



「アスカ!!!」

「フラッシュバックね。量産機との戦いを思い出したのよ。
アスカ、ここに量産機はいないわ。敵はいないのよ、アスカ。」

リツコたちが何か言ってる。
でも、なんて言ってるのかわからない。

「いやあああ〜。」

怖い…助けて…


助けて…




シンジ…!!!







ふわっ…。

あ…これ…。













「アスカ、どうしたの?大丈夫?」




シンジの…
シンジのにおいがする…。

シンジがアタシを守ってくれてるの…?


さっきまでの恐怖感が落ち着いていく。





「アスカ、大丈夫なの?」

「え…、あ…うん、ごめんなさい、取り乱しちゃって。
アイツが…シンジが…。」

「シンジ君?」

って、アタシってば何言ってるのかしら。
この状況をどうやって説明するつもりよ!!


「なんでもないの、本当にもう大丈夫、実験始めてくれてかまわないわ。」











そうやって、エヴァ2号機の平和利用に向けた起動実験は難なく終了した。



「シンクロ率60%か〜、あんまりよくないわね。」

実験後の簡易報告書を片手にアタシはぼやく。
隣にはミサトとリツコ。

「久しぶりだもの、十分よ。」
満足気なリツコ。

「ま、これからがんばってくれれば問題な〜し。」
安心した様子のミサト。


「そうね、がんばるわ。」


以前のアタシだったらシンクロ率60%なんて数字見ただけでいきり立ってたわ。
ううん、アタシだけじゃなく、リツコもミサトもがっかりした態度を隠そうともしなかった。

やってることは5年前とほとんど変わらないのに、
気持ちの持ちようや考え方で同じ結果を全く別のものとしてとらえることができるのね。


「そういえばアスカ。」

「ん?」
名前を呼ばれ、そちら側を向く。
そこには心配そうな表情のミサト。

「何よ、その顔、どうしたのよ。
せっかく実験も成功したってのに。」


「あのね…言いたくなかったらいいんだけど、
アスカ、エントリープラグに入ったばかりの時…」

言いにくそうに言葉を重ねるミサトをさえぎるようにアタシは言った。

「あ!!取り乱しちゃったことでしょ?
フラッシュバックよ、フラッシュバック。
量産機との戦いを思い出しちゃって。

大丈夫だから。もうあんなことないと思うわ。




…って、なによ、相変わらずすっきりしない顔して…。
そのことじゃないっての?」


「ううん、そのこともなんだけど、
アスカ、落ち着いたときにボソッと言ったでしょ…。

『アイツが…シンジが…』って。」



「え??」

アタシは自分で顔が真っ赤になるのを感じていた。
やばい、あの状況をなんて言えばいいの?

アイツの残り香に気付いて気持ちが落ち着いただなんて言ったら、
それこそリツコが
『エヴァダブル搭乗っていうのが一番アスカのシンクロ率安定のためにいいわね』
とか言いだしそうじゃない。

冗談じゃないわよ。
たまたまよ、たまたま!!


アイツのにおいなんて…。



「あ〜アスカ顔真っ赤〜。
何よ〜。エントリープラグの中にしんちゃんからのラブレターでもみつけたの?」

「それはないわ、ミサト。
搭乗後は必ずエントリープラグ内部も点検してるから、
なにかあれば見つかってるはずよ。」

「わかってるわよ、リツコ。相変わらず冗談通じないわね…
って、あ!!アスカ、逃げるな!!!」



なんでアイツのにおいで落ち着いちゃったのかなんてアタシにもわかんないわよ。
だから説明なんてできない。


それにしても、
一緒に住んでたコンフォートマンションには何一つ残していかなかったくせに、
あんなところに残していくなんて…

反則だわ!!



そんなことを考えながらアタシはひとり更衣室へ走って行った。





最終話へつづく



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