「え〜!!いやよ、絶対にいや!!!
アイツがいないってことは、あのマンションゴミ屋敷になってるってことでしょ。
そんなところにアタシが住めるわけないじゃない!!
冗談じゃないわ、ホテルに案内してよ!」

「まあ、そんなに怒んないでよ、アスカ。
アスカが思ってるほどゴミ屋敷でもないし、
アンタの部屋、そのままにしてあるんだから。」

「…え?」


「しんちゃんが…ね。
アスカの部屋は片付けたくないって言ったのよ。
アスカの部屋の方が広いからそっちに移ったら?って言ったんだけど。
『僕はこっちの方が落ち着くから』って。

どんな気持ちでそう言ったのかはわからないけど、
時々、アスカの部屋を開けてぼーっと中を見てることがあったわ。
しんちゃんも私と同じように、3人の同居生活嫌いじゃなかったのかもしれない。」

「何よ、その言い方…
アタシだって、同居生活嫌いじゃなかったわよ。
結構楽しかったわ。」


「じゃあ、あのマンションに住むことに何の問題もないじゃな〜い♪」
そう言いながらアタシの肩を抱くミサト。

だから…
ゴミ屋敷が問題だって言ってるのよ…。










結局アタシの抵抗も空しく、
ミサトの車はけたたましいブレーキ音とともに、コンフォートマンションの地下駐車場に停まった。

そういえば、朝一緒に行動していた護衛の人たち見掛けないけど…。 黒服に徹してくれてるのね。
その方が普通の生活ができて助かるわ。
護衛の人がいるのはありがたいけれど、常に顔を突き合わせてたら息が詰まっちゃうもの。


なんて考えている間にマンション8階の突き当り。なつかしい玄関前。

5年前にこのマンションに越してきた時は、
アイツが使っていた部屋からアイツの荷物を取り除き、代わりにアタシの荷物を詰め込むという
かなりの肉体労働をやってのけたのだけれど、
今回はきっと大掃除という仕事がアタシを待ち受けているに違いない。



ウイーン

無機質な音とともに玄関の扉が開く。

「おかえり、アスカ。」

ドイツでアタシは毎日ママに『おかえり』と言っていた。
今日は逆の立場だ。
無意識に笑顔になる。

「ただいま、ミサト。」


2人で笑い合う。


さて、感動の同居再開はいいけれど、
これからが今日一番の大仕事。
逃げちゃだめよ、アスカ。


パンパンっと、両頬を自分で2度張り、
気合いを入れいざリビングへ。


…どくん、どくん…。

日本にくるときとは違った緊張感があるわ…。


がちゃ
扉を開ける。


「…あれ?」

目の前にはすっきりしたリビング。
ソファーの上のクッションも整然と並んでいるし、
テレビやエアコンのリモコンも所定の位置に鎮座してる。

「だからゴミ屋敷なんかじゃないって言ったでしょ〜?」


うん、確かに結構片付いてる。
…っていうか、かなりきれい。

とりあえずゴミをまとめたとかそういうその場しのぎな感じじゃなくて、
きちんと掃除をしてるって感じ。


「…ミサト、ちゃんとできるんだ。ちょっと意外…。」

「しつれーね〜。私だってその気になれば…


…って、嘘よ。私じゃないわ。」

「え…?」

「…しんちゃんなの。
一人暮らしを始めた後も、ちょくちょく部屋の片付けに来てくれてるんだけど、
アスカが来日するって言ったら、
『じゃあ、気持ちよくアスカを迎えてあげないといけないですよね』って
昨日掃除しに来てくれたの。

あ、簡単に温められるような料理も作って行ってくれてるわ。」

「…そう、アイツが…。」


確かに、ダイニングテーブルの上にはレンジでチンできそうな料理がいくつか並んでる。
アタシの好物のハンバーグや唐揚げ、煮物なんかもある。



「ハンバーグは焼き立て、唐揚げは揚げたてがおいしいのよ
バカね、アイツ。」


そう呟きながら、一口サイズに丸められたハンバーグをひとつ頬張る。
懐かしい味が口の中に広がっていく。


「…悪くないわね。」



その様子を見ていたミサトはあったかい笑みを浮かべ、 「ああ!!ずるい!!しんちゃんのハンバーグ私も好きなんだから〜。」
なんて、甘えた声を出しながら、アタシと同じようにハンバーグをつまむ。


ミサトの様子を見ていたら、
急におなかが減ってきた。

気付けばもう午後7時。
夕食にちょうどいい時間帯ね。


「そうね、夕飯にしましょ。
今準備するから、ミサトはシャワーでも浴びてきたら?」

「…へ?」

きょとんとした顔でアタシを見つめるミサト。

「なによ。」

「アスカが準備…するの?」

「そうよ…って言っても、ほとんどできてるから、
お茶入れたり、取り皿準備するくらいだけど。」

「…そう…。じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、シャワー浴びてこようかな〜。」

バタバタとお風呂へ走っていくミサト。


なに、あの態度。
そんなにアタシが夕食の準備するのがおかしいの?

…5年前のアタシってどんなイメージなのよ。
確かに、家事はほとんどアイツにやらせてたけど、
少しくらい手伝ったりは…



…してないわね。


ドンマイ、5年前のアタシ。






来日初日の夕食は思いもかけず、アイツの手料理だった。
殺されそうになった相手からの、歓迎の手料理。
なんとも不思議な状況だけど、やっぱりおいしかった。

ハンバーグなんて、焼き立てでもないのに、
やわらかくてジューシーで、アタシが作るよりもおいしい。

なにかコツでもあるのかしら。


ミサトはアイツの手料理よりも、
アタシの入れたお茶やササッと作ったサラダなんかに感心しきりだった。
だから、あの態度は失礼だってーの。


食欲を満たしたアタシは旅の疲れも出たのか、急に眠気が襲ってきた。

「片付けはアタシが明日の朝やるから中途半端に手を付けないで。
余計に時間がかかるから。」と、唯一の同居人に嫌味を言う。

当のミサトは冷蔵庫に貯蔵されたビールを全て飲み干すつもりなのではないかという勢いで飲み続けており、
アタシの言葉は響いていないだろう。
どうせあのままダイニングテーブルで酔い潰れて寝てしまうはずだ。


相変わらずの同居人を残し、アタシは自室へと戻る。




ジェリコの壁は健在だった。
しばし、閉じられた襖の前で佇む。


いろんな感情が心の中を駆け巡る。



意を決してそっと襖に手を掛ける。
鍵のないそれは、5年前と同様簡単に開いた。


「ホント…あのときのままね。」


アタシはあのとき、ドイツに帰る準備なんかしなかった。
日本から…アイツから逃げるのに必死で、荷物をまとめにこの部屋に戻ることはなかった。

あの、赤い海辺に2人でいたのが、アタシが日本にいた最後の日。
あのあと、世界は何事もなかったように元に戻り、
その日にアタシはドイツに帰った。

一度、ミサトから荷物はどうしたらいいかと連絡があった。
アタシは全て捨ててしまってかまわないと答えた。


だから、日本にはアタシがいた痕跡はなくなってしまったと思ってた。


「アタシ、ここにいてよかったのかしら…。」

あのときのままのベッドや机、タンスや小物達を見ていると、
そんな気がしてきていた。


この部屋をこのままにしていたのは他でもないアイツだという。
アタシを、あの赤い海のほとりで殺そうとしたアイツだという。





アタシは、懐かしい花柄のベッドに横たわりながら、
数回しか見たことのない、アイツのはにかんだ笑顔を思い出していた。





第6話へつづく



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