「ミサト…ここさっきも通ったわよ…。」

本部に到着したものの、一向に目的の場所に到着する気配がない。
アタシはしびれを切らし、ミサトに指摘した。

「相変わらず方向音痴なのね。
っていうか、いくら本部が改装されたとは言え、何年ここに通ってるのよ。
アタシが見るから地図をよこしなさい。」

資料を見ながらブツブツ言っているミサトから本部地図をひったくる。

「ちょっ…もうすぐ着くから〜。
…だってしかたないじゃ〜ん。
私営業だから、外に出てることが多いんだもの。

…って、あっ!!」


ミサトの声に、地図と睨めっこしていた視線を前へと移す。


「久しぶりね、アスカ」

金髪に白衣とミニスカート。
髪型がショートカットになったことを除けば、5年前と変わりない。
ミサトに続いて、懐かしい顔…。

「リツコ!!」

「今回は無理を言ってごめんなさい。あなたのお母様からも随分とお小言をいただいたわ。」

「え?ママが?
やだ…もう、子供じゃないのに…。」

「心配してくれる人がいるっていうことはありがたいことよ。
感謝しなさい、アスカ。」

「くすくす…そうね。」

アタシが笑ってるとミサトとリツコが驚いたような顔でアタシを見た。

「な…何よ。」
少し戸惑いながら2人とみる。


「え…、いや、アスカがそんな風にやわらかく笑うなんて…。
変わった…大人になったのねアスカ…。

…ううん、違うわね。あなたは昔からそうだったのかもしれない。
あのときの私たちはあなたのそういう素敵なところに気付くことができなかったのね。」

そう言ってさびしそうに笑うミサト。
5年前のこと、ミサトが責任感じることないのに…。

人に心配されるってなんだかくすぐったいわ。






今ならよくわかる。

ミサトだって、リツコだって
5年前のあのとき、普通の状態ではなかった。
人を思いやったり、ねぎらいの言葉をかけたり、
平和になった今なら簡単にできることが、あのときにはできなかった。

それでもアタシたちは、まわりからのそういう言葉や行動を欲していた。

アタシたち…は。



きっとアイツもそうだった。



同じマンションに住んで、
学校も職場も一緒で、
誰よりも長い時間近くにいた、

アタシとアイツ…。


アタシはアイツが壊れていくのを黙ってみてた。
アイツもアタシが壊れていくのを黙ってみてた。



もしかしたら、
お互いに、


「大丈夫?」

とか、

「大変じゃない?きつくない?」

とか声を掛けたらよかったのかな。


「もうエヴァに乗りたくない。」

とか、

「こんな危険なこと、なんで自分がやらなきゃいけないの?」

とか愚痴を言ったらよかったのかな。



そういえばアタシたち、
エヴァに乗ることについて、あんまり話をしたことなかったかも。


一度、まだ同居がうまくいってるときにアイツに聞かれたことがあった。
「アスカはどうしてエヴァに乗るの?」


『自分の才能を世の中に示すため』


アタシはそう答えた。


ファーストにも同じようなことを聞かれたことがあった。
そのときは

『自分を自分で褒めてあげたいからよ』

そう答えた。





でも、本当にそうだったのかしら。



アタシはあのとき、ひとりで生きてくしかないと思ってた。
誰もアタシのことは助けてくれない、
だったらアタシはアタシが助けるしかないと。

でも、本当は誰かに助けてもらいたかった。
誰かに褒めてほしかった。

…誰に?

…ママに?
…ミサトに?
…リツコに?


…アイツ…に?










「あなた、そんなこと言って、現状をごまかそうとしてもだめよ。
すでに、予定より32分54秒の遅刻。いい加減に人に迷惑をかけるのはやめたら?葛城部長。」

物思いにふけっていたら、リツコがミサトにきつい一言をあびせた。
「べ…別にごまかしてなんかないわよ。
さ、早く行くわよ!!」



と、今来た道を戻っていくミサト。




…はあ、前途多難だわ。









そんなわけでアタシたちはリツコの案内によって無事目的地に到着し、
今、エヴァ2号機の起動実験のスケジュールについて説明を受けている。



が、このスケジュールと言うのが腑に落ちない。

1週間おきに起動実験、2号機整備、を繰り返してるけど、
起動実験自体、そんなに大がかりなものじゃないし、
次の実験までに1週間も整備することなんてあるのかしら…?

「アスカ、
気になることがあったら、その都度質問してね。」

リツコからの一言。
ちょうどいいタイミング!!

「うん、じゃあ!」

「リツコ、この1週間置きのスケジュール、なんの意味があるの?
アタシ、1週間も休まなくていいわ。起動実験、早く済ませちゃいましょうよ。」

「あ…それは技術部として必要な時間なのよ。
アスカにはその間、シュミレーションをやってもらうわ。」

「シュミレーション?ドイツで十分やったわよ。今さら必要ないわ。
それよりも5年前のあのときだって、毎日のように起動実験はしてたけど、
使徒と戦ってエヴァが損傷したわけでもないときに1週間も整備に時間を掛けるなんてことなかったはずよ?

今回は簡単な起動実験なのに、どうして整備にこんなに時間がかかるの?
きちんとわかるように説明して!!」


ミサトとリツコが顔を合わせる。
やっぱりなにかあるんだ…。


「ふぅ…、やっぱりアスカにはばれちゃうわね。」

困ったような顔でアタシを見つめるミサト。


「この合間の1週間はしんちゃんが起動実験に入るの。
予備のパイロットとして。」


「どういうこと?」


「今回のエヴァ平和利用はあくまでも残っていた2号機を有効活用するために考案されたものなの。
だから、今後新しいエヴァが作られることはないわ。」

「それはそうでしょうね。
いくらなんでも開発費用がかかりすぎるでしょ。兵器として使えないのであれば。」

「そう、
だから長い目で見て、アスカだけが2号機の専属パイロットでは有効活用にも支障が出るの。」

「あ…。」

確かに、いざエヴァを使いたいってときに、例えばアタシが大けがをしていたり、
他にもなんらかの理由でエヴァに乗ることができないことがあれば問題があるわね。
あの頃のように、零号機や初号機があるわけじゃないもの、
代わりのエヴァがなければ、代わりのパイロットが必要…ってことか。


「本当なら、アスカやしんちゃんをまたエヴァに乗せるようなことしたくなかった。
試しに私が2号機に乗ってみたこともあったのよ。
でも、無反応だった。相変わらず、あの赤い機体は乗る人を選ぶようね。」

そう…、
今回もアタシの知らないところで、
アタシを守ろうとしてくれてたのね。



「…それで、アイツはもう2号機に乗ったの?」

アタシはミサトをじっと見つめる。
ミサトもアタシをじっと見つめ返したままこう答えた。

「乗ったわ。そして…動いた。」



…やっぱり。


「そうでしょうね。オーバーザレインボーの時も、アイツがいて大きな力が出たもの。
2号機とアイツは相性がいいのよね、きっと。」


「アスカ…2号機にしんちゃんを乗せてもいい?
今さらだけど…。」


「何言ってんのよ。2号機は別にアタシのもんじゃないわ。
それに、2号機がアイツを認めたというのなら、アタシはなおさら何も言えない。

…そう、動いたの…。」


「…アスカ…。」


「でも、これだけは言わせて。
あくまでも2号機のメインパイロットはアタシよ。
アイツは予備にすぎないんだから、ちゃんと憶えといてよね!」

「もちろんよ、アスカ。」


「じゃあ、スケジュールの話はこれで終わりよね。
アタシちょっとトイレに行ってくるわ。」


パタパタとアタシは駆けていく。


後ろでミサトの
「変ったわね…アスカ。」
っていう声が聞こえた。


アタシは素直に褒め言葉だと思った…。





第5話へつづく



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