久しぶりのこのにおい。
うん、嫌いじゃない。


もっと動揺するかと思っていたけれど、案外落ち着いてるわ。

数人の護衛の黒服さんと一緒にアタシは今空港にいる。
そう、5年ぶりの日本。

アタシが5年前にこの町にいたときには空港なんてなかったけれど、
ずいぶんと開発、復興が進んだらしい。


ところで、
空港にネルフ本部から迎えが来るって聞いてたけど、いないわね。

きょろきょろ…

わざわざこのアタシがはるばる日本までやってきてあげたって言うのに、
なんなのよ、この扱いは!!

って、誰が原因かはだいたいわかるんだけど…。



「ネルフ本部の場所は確認済です。
迎えがないようなので、私たちが案内しましょうか。」

護衛の人が話しかけてくる。

「ううん、大丈夫、あと少しすれば『ごっめ〜ん』とか言いながら年増の若づくりがやってくるはずだから。」

「?…は、はぁ…。」

アタシの言葉に、疑問符だらけの護衛の人。
すぐにわかるわ。アタシの言ってる意味。



それから待つこと10分。


「ごっめ〜ん、ナビの調子が悪くって、ちょっち遅れちゃった〜。」

本当にわかりやすいやつ。
隣でさっきの護衛の人が納得した顔してる。
ね?言ったとおりでしょ?


「久しぶりね、アスカ。
きれいになったじゃな〜い。」

そう言いながら、ニヤニヤ顔でアタシをつつく。

「当ったり前でしょ?アタシを誰だと思ってんの?
惣流アスカ・ラングレーよ!!

ところで…
そういうアンタは老けたわね、ミサト。」

できる限りの嫌味な顔と言い回しでミサトに言葉をぶつける。


「くーっっ!!相変わらずな減らず口ね。
…ってまぁいいわ。早速本部へ案内するわ。」














「アンタバカ〜?
セカンドチルドレンが国外に出るのに護衛のひとりもいないわけないでしょ?
こんな車に全員乗れるわけないじゃない!!」

相変わらず愛用していたらしい
ルノーの前に立つアタシたち。

カラーリングは赤に変わってる。


「だって〜、しんちゃんの時はひとりだったのよ〜。
あの時も同じようにアタシが迎えに行ったのに〜。」


え…。



「って言ってもしんちゃんが初めてエヴァに乗った日の話なんだけど〜。
ん?どしたのん?アスカ。」


…なんだ、最近ミサトがアイツを迎えに行ったのかと思った。
あの頃の話ね、びっくりした…いきなりアイツの名前が出てきたから。
そうよね、ここは日本なんだもの。アイツの名前くらい出てきても当然よね。
もっと気持ちに余裕を持たなくちゃ。


「ううん、なんでもない…。
それよりどうすんのよ!!護衛の人たち!!」

気を取り直して再度叫ぶ。


「私たちは大丈夫です。あなたの護衛ができる距離で後から別の車を使います。」

「あ、そう?ごめんなさいね〜。
じゃあそうしてくれる〜?
ほら、アスカ行きましょ〜。」

と、のんきに車の扉を開けるミサト。

















車が走り出して30分ほどの間、
ミサトが近況を話してくれていた。

そのうちのいくつかが以下の通り。
ミサトが今は作戦部長から営業部長になった―やり手の営業はミサトだったのね。信じられないわ。―
相変わらず日向さんが部下で(本人は認めないが)迷惑をかけている。
リツコは最新型のMAGIを開発し、なんだかありがたい賞をたくさんとっている。
マヤは意外にも結婚してネルフを退職し、専業主婦になっている。
しかもその相手はロン毛―えっと、名前なんだったっけ?また忘れちゃった―だそうだ。

すべてが懐かしくてあんなに日本に行くことを怖がっていたのが不思議なくらいだった。



そんなまったりとした空気の中、車はアタシの知っている景色の中でとまった。

「さてと、着いた。」

コンフォートマンション。

アタシとミサトと…アイツが暮らしてたところ。



「本部に行くんじゃなかったの?」

「あ、ごめんごめん、ちょっち忘れ物しちゃって取りに行ってくるから〜。」

「…そう。」
小さくつぶやいたものの、顔が上げられない。
もしかしたら近くにいるかもしれない。
アタシを見てるかもしれない。

アイツ…が。




「…アスカ。今私はここにひとりで住んでるのよ。
しんちゃんは大学に進学するのと同時に一人暮らしをはじめたわ。」

それを聞いて少し安心する。
でも、相変わらず顔を上げることはできない。



「ごめんなさい、アスカ。こんな試すような真似して。」

「え?」
ミサトの発言に驚いて思わず顔を上げる。

「今日アスカが来日することをシンジくんにも伝えたの。
そしたら彼、
『アスカはきっと僕に会いたくないですよ。
僕は彼女をとても傷つけたから…。
だから会いに行かない方がいいと思います。』
って言ったの。」

「アスカがドイツに帰国する少し前から私たちの同居生活はうまくいってなかったわね。
私も自分のことばかりで、あなたたちのことを思いやる余裕がなかった。

その間に2人の間に何かあったの?

こんなこと今さら言っても遅いかもしれないけれど、
今からでもやり直すことはできないのかしら?」



…そう。

あの時、アタシもアイツもミサトもみんな余裕がなかった。
他人を思いやれるような余裕が。

そして、アタシとアイツはまだ小さな14歳の子供だった。
壊れていく自分たちを止める方法がわからなかった。



だからアイツはアタシを殺そうとしたの?
余裕がないから殺すの?

殺せなかったから泣いたの…?




「ミサト…会いたくないのはアタシじゃない、アイツよ。
アイツがアタシと会いたくないんだわ。」


「…アスカ…」


「こんな話してたってどうしようもないわ。
忘れ物がないのなら早く本部へ行きましょう。」






本部への道中、
ミサトの気遣わしげな視線は感じていたけれど、
アタシは頑なに無言を通した。


日本に来ればすべてがすっきりするかもしれないと期待してた。
以前のアタシたちのように笑い合えるかもしれないと。
でも、そんなに簡単で甘いものではないことをアタシは来日初日に気付かされた。





第4話へつづく



寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる