「烏賊した怪作のホウム」様、10万ヒット記念SS



『別れの朝』(中編)


by イイペーコーさん


 アタシとシンジの大事な記念日の朝・・・。

 アタシは少しだけ気怠い疲れを感じながら目を覚ました。

 無理もないわよね。
 この2週間は、ずっとハードなスケジュールをこなしてきたんだから。

 今日という“記念日”が、シンジの心に一生刻まれる事になるように、アタシは一生懸命に準備をしてきたの。



 だいたいシンジが悪いのよねぇ。
 1年も前にアタシに告白しておいて、何もアプローチをしてこないんだもん。

 恋人同士になって1年間よ、1年間!

 しかも、お邪魔なミサトを加持さんに引き取ってもらって二人っきりになったというのに!!

 アタシは、その・・・求められたら最後までだって許したかもしれないのに、シンジときたら、キスすらしようとしないのよ!

 ふしだらな女だってシンジには思われたくないから、自分の方からそんな事ができる訳なんてないし・・・。

 ほんと、シンジったら朴念仁なのよねぇ。

 引っ張り出すようにデートに行ったって、シンジの方から手を握ってくれるコトなんか一回もないし・・・はぁ、もう悲しくなるわ。

 ほんと、アタシがどれほどまでに恋人同士としての次のステップに進みたがっているのか、シンジのヤツは、これっぽっちも分かっていないのよ ねぇ・・・。

 せっかくアタシが1年前にみんなの前で恋人宣言をしたというのに、ほとんどアタシ達の仲が進展している雰囲気がないもんだから、「アタシとシンジ は恋人同士」っていう印象も、みんなの意識から薄れてきているような感じなのよね。

 そのせいか、1年前のアタシの「恋人宣言」を知らない下級生を中心に、シンジの事を狙っている女の子が激増しているようなのよね・・・もう、ほん と困っちゃうわ。

 それなのにシンジったら、アタシに断りもなく、勝手にどんどん格好良くなっちゃうし!

 元から素養があったのは知っていたケドさ、勉強もスポーツも前向きに取り組みだした最近のシンジは、本当に輝いて見えるもん・・・。

 自信を持って行動しているせいか、ひとつひとつの仕草も堂々としているのよねぇ。

 おまけに誰に対しても優しいスタンスは今まで通りだし、加えて料理の腕前を始め、家事の達人である事は、周知の事実としてウチの学校の女の子達は みんな知っているし・・・。

 そりゃ、彼氏が格好良くなるのって、彼女であるアタシとしては嬉しい限りなんだけど、シンジが他の男どもなんかまるで問題にしないぐらいの「超優 良物件」として、多くの女の子達の目に映っている事は由々しき事態なのよね・・・ああもう、またため息ついちゃうわ。

 アタシは、シンジの本質を知っているつもり・・・ううん、“つもり”じゃなくて、知っているわ。

 良い所も悪い所も、みーんな、シンジのコトだったら分かってる。
 たから、アイツの表面しか知らない多くの女の子達に、シンジの良さについて語って欲しくないの!

 シンジの事を何も知らないクセに、勝手にアイツの事を好きになって欲しくないの!

 ああん、もう支離滅裂・・・。
 要はつまる所、アタシは嫉妬してるのよね・・・。

 はあ・・・お願いだからシンジ、もうこれ以上、格好良くならないでね・・・。


 かなり話が脱線しちゃったわね。

 ・・・で、今日という記念日に、アタシは女の子の一番大事なモノをシンジに捧げる事に決めたの。

 アタシとシンジが初めて出会った日。
 そして、シンジがアタシに告白をしてくれた日。

 そして・・・今日からはもうひとつ、新しい“記念”が加わるの。

 アタシとシンジが、初めて・・・ひとつになる日(きゃっ♪)

 この日だったら、アタシの素直な気持ちを恥ずかしがらずにシンジに伝える事ができると思うの。

 シンジもきっとアタシを受け止めてくれる筈・・・。

 そう決めたからには、最高の舞台を演出しなきゃね!
 なんたって、一生忘れられない思い出にするんだから。

 そこでアタシは第三新東京市内では最高級のホテルを予約したの。

 夜景がとっても綺麗な、フランス料理のレストランでの豪華なディナー。
 そして・・・ホテルの最上階にあるロイヤル・スイート・ルーム・・・。

 第三新東京市内からは自由に外へ出れない今のアタシ達にとっては、“初めて”の場所として、これ以上ない舞台よね♪


 ・・・で、その最高の舞台を選んだ所までは良かったんだけど、問題は別にあったのよね。

 その問題というのはね・・・端的に言うと“お金”なの。
 ディナーにしても、ロイヤル・スイートにしても、普通の高校生では絶対に利用できない高額な費用がかかるわ。

 けれど、アタシ達は普通の高校生ではない。
 過去において、アタシとシンジはエヴァのパイロットとして活躍してきたんだもの。

 その報酬や危険手当等の一時金を合算すれば、一人当たりでも億単位の預金高が存在している。

 最初はそれをアテにしていたんだけど、なぜかその預金ってアタシ達が高校を卒業するまで引き出す事ができなくなっていたの・・・これにはアタシも 参ったわ。

 保護者であるミサトの了解を得て、ネルフに申請すれば可能らしいんだけど、まさか“シンジとの初夜を演出する為”だなん て、恥ずかしくってミサトに言える筈もないし、言った所でネルフに承認される筈もない。

 まったく、アタシ達のお金なのに、どうして他人に了解をもらう必要があるのかしらね!
 ほんと、アタマにきちゃうわ!

 ・・・とはいえ、絶対にこの記念日のプランを計画通りに実現させたい!

 そう考えたアタシは、とあるアルバイトをする事にしたの。

 アルバイトと言っても、ちまちまと稼いでいたんじゃ、絶対に記念日に間に合わない。
 そこで、アタシが選んだアルバイトは時給の高い“コンパニオン”という仕事だったの。

 もちろん、年齢は20才という事にしてごまかしておいて、そういう会社に登録してもらったのよ。

 バレないように化粧をして、毎晩のように高級料亭や高級ホテルでの接待やパーティーにコンパニオンとして呼ばれて働いたわ。

 中にはスケベそうなオヤジ達が言い寄ってきたけど、もちろん運動神経抜群なアタシは、機敏に避けて、指一本だって身体には触れさせなかったんだか らね!

 アタシの身体に触れていいオトコは、今も昔もこれからも・・・碇シンジ、ただ一人だもんね♪

 そして、そんな不本意な仕事も昨日の晩でおしまい!
 記念日の前日になって、やっとお金が必要な額まで貯まったの。

 たた、どうしても足りない額を満たす為に、ふだんは絶対にしなかった残業を、昨夜はしてしまったのよね。

 通常のパーティーが終わった後の二次会ってヤツね。

 それがね・・・二次会って、パーティー会場ではなくて、狭い客室で行われたの。

 気が付くとコンパニオンの人数も減ってしまっていて、目をギラギラさせた飢えたオトコどもに囲まれて、さすがのアタシも焦ったわ。

 お酒だって強引に飲まされてしまうし・・・あのまま酔いつぶれてしまったら、飢えたオオカミ達の餌食になってしまっていたかもしれない。

 そう考えただけでも、身体の震えが止まらなくなる・・・。

 もう絶対にあんな怖い仕事はしない。
 ほんと・・・もうこりごりだわ。


 さすがに昨日の晩の事は、シンジにばれたら大変だと思って、ホテル内のプールに設置されてあったシャワーを浴びて、酔いを覚ましてから帰宅した の。

 遅くに帰宅すれば、シンジも先に眠ってくれているかも・・・と思って帰ってみれば、やっぱりシンジのヤツってば、起きて待っているんだもの。

 あげくには、アタシが酔っている事まで感づいてしまうし・・・ほんと、もう焦ったわ。

 とっさに怒ったフリをしてごまかしたけど・・・アイツ、勘付いたかな。

 もし、勘付いていて、怒っていたら、今朝一番に謝ろう。

 理由を話せば、シンジだって分かってくれる筈だもんね♪



 しっかし、返す返すも、この2週間は本当に疲れたわ・・・。

 なんたって、夜は危険でハードな仕事をこなして、朝はシンジよりも早く登校して、最近激増していたシンジ宛のラブレターを処分していたのよねぇ。

 もちろん処分したままにしておいたら、シンジの人間性が疑われてしまうから、ラブレターを出してきたフラチな考えを持っている女の子を一人々々、 昼休みに体育館裏に呼び出して、アタシとシンジの関係をこんこんと言い聞かせて諦めるように説得してきたのよ。

 はぁ・・・ほんと、素敵な彼氏を持つと苦労が絶えないわよね。
 おかげで、最近ちっともシンジに甘えてないし・・・はぁ、もう不満が爆発しそう・・・。

 シンジのヤツ・・・ちょっとは、アタシの苦労を分かってるのかしら。

 とりあえず、今夜はたっぷり、シンジに甘えちゃおうっと♪

 そして、アタシがどれだけシンジのコトを愛しているのか、じっくりと再確認してもらわなきゃね♪

 ぐうっ・・・。

 そんな思考を巡らせていると、突然、アタシの可愛いお腹が鳴き声を上げたの。
 仕事中はあまり食事って出来ないもんねぇ・・・さすがに今朝はお腹ぺこぺこだわ。

 でも、こんな大事な日なのに、シンジに疲れた顔を見せちゃまずいわよね♪
 シャワーでも浴びて、さっぱりしてこようかな。

 そこまで考えた所で、ふとアタシは時計に視線を向けた。

 え?・・・10時?!
 もう、こんな時間なの?

 シンジのヤツ、いくら学校が休みだからと言って、こんな時間まで起こしてくれないなんて、ずいぶん酷いじゃないのよ!

 しかも今日は大事な記念日だっていうのに!
 アイツ、まさか今日という日を覚えてないワケじゃないでしょうね!

 とりあえず、一言、シンジに文句を言っておこうと、アタシは部屋を出てリビングに向った。

「ちょっと、シンジぃ!」

 シンジがどこに居るのか分からなかったけど、アタシの声をアイツが聞き逃す筈はない。
 どこに居ようが、アタシの不満気な声を聞けば、すぐに慌てて駆け寄って来るはず。

 けれど、アイツは駆け寄って来るどころか、返事すらしてこない。

「シンジぃ?」

 まさか、眠っているアタシをそのままに外出してしまったのかしら?
 今までそんなコトは一度も無かったのに。

「シンジってばぁ!」

 ちょっと不安げな声質を帯びていたかもしれない。
 けれど、アタシのそんな呼び声を聞いてもシンジは姿を現さなかった。

 ・・・という事は、本当にシンジのヤツ、眠っているアタシを置いて、どこかに行っちゃったの!?

 ま、まさか、やっぱり昨夜の事で怒っちゃったのかなぁ・・・。

 どうか、怒っていて返事をしてくれないだけだと願って、アタシはシンジの姿を必死に探した。

「シンジぃ! どこにいるの?!」

 程なくして、アタシはキッチンに足を踏み入れた。
 すると・・・そこには一通の置き手紙があった・・・。

 悪い予感・・・。

 だけど、シンジがアタシのコトを見限るなんてありえないわ!

 そう、心に言い聞かせながら、アタシはおそるおそる、その置き手紙を手に取った。


○○○○○○○○○○○○

 親愛なるアスカへ

 アスカ・・・おはよう。
 昨夜はぐっすりと眠れたかい?

 僕は・・・残念だけど・・・悔しいけれど、昨夜は一睡もできなかった。

 アスカにとっては、もう記憶の片隅にも残っていないのだろうけれど、今日という日は僕にとって、とても大事な記念日だったんだ・・・。

 僕とアスカが初めて出会った日。
 そして、僕がアスカに告白した日。

 だけど、その大事な記念日をこんな気分で迎える事になるなんて思いもしなかったよ。

 ・・・ごめんね。

 最後ぐらいは、すっきりと別れたかったんだけど、こんな女々しい事を書いてしまう自分が情けないよ。

 こんな僕だから、アスカも愛想を尽かしたんだろうね。

 でも、嫌われついでに、もうひとことだけ言わせて欲しい。


 昨夜のアスカの言葉は、とてもショックだった・・・。


 僕に魅力がないんだから、アスカが他の男性を好きになってしまったのは仕方ないよ。

 だけど・・・アスカが、他の男性に抱かれている所を想像してしまうと、とてもとても辛かった・・・。
 心が張り裂けそうになるぐらいに痛かったよ・・・。

 せめて・・・せめて、きちんと僕を振ってからにして欲しかった。
 せめて・・・僕が失恋した事を理解してからにして欲しかった。


 本当にみっともないね・・・僕って。

 最後の最後まで情けない所を見せてしまって本当にごめんね。

 でも、もうこれが本当に最後だから・・・。

 もう二度と、アスカの前に姿を見せる事はないから・・・。



 今のアスカの恋人は素敵な人かい?
 アスカが選んだ人だから、きっと間違いないよね。

 アスカは誰よりも苦労をしてきたんだから・・・アスカは誰よりも幸せになる権利があるんだ。

 アスカを幸せにする役目を担う事ができないのは、とても辛いけれど、その役目は今のアスカの恋人がしっかりと叶えてくれると信じているよ。

 ・・・本当は、その彼氏の頬を一発、殴りたかったけど、それは止めておくね。

 それじゃ・・・アスカ、元気でね。

 さようなら。


−追記−

冷蔵庫に朝ご飯が入っています。
僕の最後の手料理です・・・。
よかったら食べて下さいね。


碇シンジ

○○○○○○○○○○○○

 な、な、何よこれ!!

 なんで、アタシがシンジ以外の男に抱かれなきゃならないのよ!!

 どこをどう勘違いすれば、アタシがシンジの事を嫌いになったと誤解してしまうわけ?!

 それに、もうアタシの前に姿を見せないって、どういうコトよ!!


 激高したアタシだったけれど、ふと手紙の中の一文に目が止まった。


“昨夜のアスカの言葉は、とてもショックだった・・・。”


 え?・・・アタシ、シンジに何て言ったんだっけ?

 アタシは一生懸命に考えた。
 いかに頭脳明晰なアタシでも、さすがに昨日の晩は酔っていたから、なかなか思い出せない・・・。

 えーっと、えーっと・・・・・・・・・。

 あ!・・・思い出した!!
 確か・・・アタシ、こう言ったのよね。

『・・・やだ、臭うの? 終わった後、ホテルでシャワーを浴びてきたのにな・・・』

 あんな夜遅くに帰宅して、お酒の臭いを漂わせた女が・・・何かの行為を終えて、ホテルでシャワーを浴びてきた・・・ってコトは!

 あんのバカぁ!
 なんで勘違いしちゃうのよ!

 どうして、ひとことアタシに聞かないのよ!

 ・・・・・・って、あれ?

 そう言えば、シンジのヤツ、アタシに尋ねてたわよね。

『アスカ、い、今、何て言ったの?』・・・って。

 そして、アタシはこんな風に答えたっけ・・・。

『な、なんでもないわよ! アンタには関係ないってば!』

 ああーー!!
 ど・・・どうしよ・・・た、確かにシンジが誤解しても仕方がないような言動だわ!

 な、なんとかしなくっちゃ!!

 じょ、冗談じゃないわ!

 なんとかしないと、今日という日が失恋記念日になっちゃう!!

 アタシは、慌てて着替えをすると、すぐにマンションを飛び出した。

 どうか・・・まだシンジが、そんなに遠くまで行っていない事を願いながら・・・。



つづく


 

 イイペーコーさんの我がサイト10万ヒット記念中編、公開です!

 アスカの謎謎な行動の動機がはっきりしましたな‥‥。
 やはりシンジの誤解だったようですね‥‥。

 シンジはすっかりアスカが(ピー)したと信じ込んでいるし‥‥ちゃんと二人の関係は元に戻るのかしら!?

 後編をお待ちくださ〜い。

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