「どおおおおぉぉりゃあああああぁぁぁッッ!」

 どかーん、と。

 初号機・弐号機・零号機の一斉一点攻撃によって、参号機・使徒は即時殲滅。

 あっけなく、終わってしまった。

 ……。

 ……ミサトさんもリツコさんも、……トウジも無傷、いや、チルドレンに選出されてすらいない……。

 僕の知っている歴史とは、まったく違う。

 サードインパクト後の世界から、サードインパクト前の世界に来たであろう、僕。

 どうしたら、いいんだろう。

 ……このまま、歴史を変えてしまって、いいんだろうか……。








         『非常にまずい事態〜中編』   作・ふゆ








 僕は、考える。

 今はサードインパクトが起こる以前の時代。

 もし、未来を知る僕がこのまま歴史を変えれば、サードインパクトは起こらないかもしれない。

 いや、起こさないことが、可能だと思う。

 ということは、アスカがエヴァシリーズにやられることも、なくなるはずだ。

 つまり、うまくすれば、みんなが幸せな世界が、このまま作れるのではないだろうか?

 あ、ああ、いや。

 サードインパクトがあったからこそ、あの幸せが手に入ったのかもしれない。

 ヘタに歴史を変えてしまって、さらに凄惨な歴史にならないんだろうか?

 けどだからって、その悲惨さを知る僕が、このままサードインパクトが起きるのを傍観するのは……。

 それとも。

 逃げるわけじゃ、ないけども。

 元の時代に戻れる方法があるのなら、それを、探してみようか……。

「んー? どうしたのよ、考え込じゃって」

「あ、うん。ちょっとね」

 ……僕たちがいるのは、ネルフの自動販売機前。

 シンクロテストの休憩中、プラグスーツを着たまま、ごくごくジュースを飲んでいた。

 ただ、ごくごく飲んでたのは、アスカだけ。

 僕はジュースを少しも口にせず、ぼーッと考え事をしてたから、アスカはそれを気にとめたみたいだ。

「心配事?」

「ううん、そんなんじゃないよ」

「じゃ、なによ」

「大したことじゃないんだ、ほんと」

「シンジのくせに、このアタシに隠し事〜?」

「そんなことないよ」

「ほら、言いなさいよ」

「だから、大したことじゃ……」

 その時、ふと、アスカはうつむく。

 そして僕の腕を、きゅ、とつかんだ。

「……大したことじゃなくても、いいわよ」

「え?」

「どんなに小さいことでもいいから、教えて」

「アスカ……」

「ア、アタシじゃ、頼りにならないかもしれないけど……、……力に、なるから」

 最後の方は、あまり聞こえなかった。

 自分らしくない、とでも思ってるんだろうか。

 それとも、単に照れてるだけなのか。

 ……でも、どっちでもよかった。

 そんなことは。

 僕はただ、アスカがそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。

「こ、恋……人、でしょ……?」

「うん。……そうだね」

 と。

 僕はそっと、僕の腕をつかむアスカの手に、自分の手を重ねた。

「ありがとう、アスカ」

「ん……」

「でも、ほんとに、大したことじゃないんだ。ただ、ちょっと悩んでただけさ」

「?」

「今晩の、おかず」

「……もう」

 そっと、僕の顔を見て。

 くす、と笑うアスカ。

 ……さすがに、アスカでも、このことは言えない。

 言えるわけがない。

 まずなにより、言っても信じてもらえないだろうし。

 それに、これ以上彼女に、余計な心配はかけたくないから。

「ま、いいわ。でさ、シンジ。テスト終わったら、ケーキ食べに行こ?」

「え? う、うん。いいけど……」

「シンジのおごりね」

「えッ? や、やだよそんなの」

「なによ、彼女には優しくするものよー?」

「それとこれとは別じゃないか」

「あー、シンジってば冷たーい」

「前もそう言って、僕におごらせといて」

「だいたいそんなの、彼氏として当然じゃない」

「そ、そんなのってないよ!」

「あるわよ。こーんな可愛い彼女がお願いしてんのに、聞いてくれなきゃバチ当たるわよ」

「あのねぇ……」

「ふふーん、決定ね」

「……まいったな。かなわないよ、アスカには」

「そうそう。このアスカ様に、シンジくんは、ずぇっったいにかなわないのよ」

 軽い、冗談交じりの言い合い。

 そんな、ふわふわした雰囲気の中の会話。

 そこに、フッと別の空気が入り込む。

「二人とも」

 綾波レイ。

 彼女が、ふいに現れた。

「もうすぐ休憩時間も終わるわ。準備して」

 少し、綾波にしては珍しい、キツい口調。

 それに、アスカはすぐに反応した。

「なによファースト、あと五分もあるじゃない」

「……五分しかないのよ」

「はいはい。優等生は先に行ってて。アタシとシンジは、もう少ししたら行くから」

「……」

 その、アスカの言葉。

 綾波はそれを聞いた途端、微妙に眉間にしわを寄せ、その場から逃げるように去っていった。

 ……なんだろう。

 初めてだ。

 今みたいな、綾波を見るのは……。

「気にしちゃダメよ、シンジ」

「え?」

「妬いてんのよ。……シンジを、アタシにとられちゃったから」

「ええッ?」

「気づかなかったの? ……ほんと、アンタって鈍感ね」

「う」

「でも、だからって、ファーストに乗り換えちゃダメよ?」

「……そんなことしないよ。絶対」

 それは、自信を持って言える。

 けど。

 それとは別に、やっぱり、綾波のことは気になった。



             *



 ……シンクロテスト中も、ずっと気になっていた。

 綾波の、こと。

 だから、ちょっとリツコさんに、集中しなさいって怒られたけど。

 でもそんなこと、まったく気にならないくらい、気になっていた。

 ……僕は、アスカのことが好きだ。

 これは変わらない。

 ……綾波は、確かに、好きだったこともあった。

 だから、なんだろう。

 僕が、こんなにも気にするのは。

 心はアスカに傾いているはずなのに、どうしてか、綾波のことが頭から離れない。

「……はぁ」

 テスト終了後。

 ロッカールームに入り、着替えながらぼーッとする。

 ……だめだ。

 綾波のことが気になって……。

「碇くん」

 そう、碇くん……。

「って、ええッ?」

 び、びびびび、びっくり。

 い、いつの間に入ってきたんだろう?

 男子ロッカールームに、綾波がいた。

 わ。

 ま、まずい。

 プラグスーツ、脱ぎかけ……!

「ちょ、ちょっと、なにしてるのさ!」

「私、おかしいの」

「そ、そりゃおかしいよ! 男子ロッカールームに、綾波が入ってくるなんてッ!」

「違うの。……弐号機パイロットと碇くんを見ていると、苦しいの」

「え……?」

「これが、嫉妬という感情なの? 碇くんをとられて、悔しいの? 私」

「あ、あの」

「……だったら、奪えばいいのね」

 じり、と僕に近づく綾波。

 ま、まずいよ。

 な、なにしようとしてるんだよ、綾波。

「碇くんを……、奪えばいいのね」

「あ、綾波、だめだよ! 僕は……!」

 また、じり、と近づく。

 それと同時に、じりじりと後ろに退く僕。

 けど。

 すぐに、どん、と壁が背に当たる。

 まずい……!

 は、早く、逃げなきゃ。

 アスカを裏切るような真似は、絶対にできない……!

「碇くん」

「ちょ、綾波……!」

 とうとう綾波は、僕の目の前まで迫る。

 ……な、なんでだよ。

 動け、動けよ、僕。

 こんなに、念じてるのに。

 なんで身体が、動かせないんだよッ……!

「だ、だめだ。綾波、離れて」

「嫌」

 綾波の、紅い瞳。

 射竦められたように、いや、事実、射竦められているんだろうか。

 僕は、まだ、まだ動けない。

「碇くん、私を見て」

「い、嫌だよ」

「どうして」

「だって、僕は……」

「弐号機パイロット。セカンドね。碇くんの中に、心の中に、いるのね」

「う……!」

「だったらやっぱり、碇くんを、セカンドから奪うわ」

「あ、綾波」

「碇くんがセカンドを好きなら、私も、それになればいいのね」

 そう言って、綾波はその手を僕の頬に伸ばす。

 ……そして。

「アンタバカー」

 ……。

 ……。

 ……。

 ……はい?

「バカ碇くん」

「……」

「アンタはアタシが守るもの」

「……あ、綾波?」

「バカ碇くんのくせにー」

 ……。

 綾波……。

 なんかもう、ツッコミどころが多すぎて、なにからツッコンでいいのか、僕にはわかんないよ……。

 でも、とりあえず。

 これだけは、言っておかないとならない。

「……綾波、似てない……よ」

「……!」

「あ、綾波の気持ちは嬉しいけど……」

「……嬉しいのね」

「は?」

「アタシの気持ち、嬉しいって、言ってくれた」

「あ、い、いや、その」

 し、しくじった。

 ああ、違うんだよ綾波、日本語は難しくてアレだけど。

 そういう意味じゃないんだよ。

「嬉しかったら、受け入れて。碇くん」

「あ、綾波、だ、だから、その」

 そして、さらに綾波が、僕に近づく。

 本当に、触れるか触れないかのところまで。

 ダ、ダメだったら、綾波!

「碇くん……、教えて。私はどうしたら、碇くんを喜ばせてあげられる?」

「ダ、ダメだよ、綾波……!」

「キスというものを、すればいいのね? そうすれば、碇く」

「やっほー、シンジ、のぞきに来なにやってんのよおおおおぉぉぉッッ!」

 綾波の言葉を、いやさ、自分の言葉すら思いっきり遮って。

 突然部屋に入ってきたアスカが、どすどす僕らに歩み寄って、僕から綾波を遠ざける。

 た、助かった……。

「こんのバカファーストッ! アンタなにやってんのよ!」

「碇くんを、あなたから奪うの」

 しれッ、と。

 ものすごく簡単に、綾波はアスカに言い放つ。

 当然のことながら、それに過敏に反応する、アスカ。

「アッ……! ア、アア、アンタ、よくもまぁぬけぬけと……!」

「碇くんは、渡さない」

「ダメ! シンジはアタシのなの!」

「それは私のセリフ」

「うるさい! だいたいシンジは、アタシを好きって言ってくれたんだから! そうよね、シンジ?」

 口調は、激しく。

 でも、僕を見る瞳はとても弱々しい、アスカ。

 わかる。

 きっと、不安なんだ。

 もしかしたら、僕が本当は、綾波をことを好きなんじゃないかって。

 その可能性を考えて、不安になっているんだ。

 ……しっかりしなくちゃ、僕。

 アスカの不安を、消してあげないといけない。

 綾波には悪いけど、はっきり言わなくちゃいけない。

 ……この世界の、綾波にも。

「……ごめん、綾波」

「碇……くん」

「……綾波の気持ちは、受け取れない」

「……」

「僕は、アスカが、……好きなんだ」

「碇くん……!」

 見えた。

 綾波の目に、大粒の涙が浮かぶ、その瞬間を。

 けどすぐ、綾波はその涙を拭う。

 そして次に現れたのは、僕が今まで見たこともない、憎しみと怒りの表情。

 綾波はそんな顔のまま、ものすごく冷たい瞳で、アスカを睨みつけた。

 その、瞬間。

 その瞳を見た瞬間、全身を、凄まじく冷たいなにかが駆けめぐる。

 れ、冷気……?

 アスカも、その迫力に、思わず「うッ」と小さく声を上げる。

「セカンド……!」

「な……、なによ」

「許せないッ……!」

「ふ、ふぅん。どう許さないのか、教えてもらいましょうか」

「……」

「なによ、なんとか言いなさいよ」

「……」

「はっきり言いなさいよッ!」

「……ウエスト太くなったくせに」

 ……。

 アスカの顔が、少し、ひきつった。

 ……。

 ……そうなの?

「な、なによそれッ! アンタいったい……!」

「そう思ってダイエットしたら胸が縮んだくせに」

「んなッ!」

「そのくせお尻は大きいままのくせに」

「ごッ!」

「密かにダイエット用にアブ○レックス買ったくせに」

「ぐッ!」

「しかもそのせいで腹筋ついちゃったくせに」

「げッ!」

「私の『綾波育○計画』みたいに、一人でゲームに出たことないくせに」

「がッ!」

「クリス○スフィ○ュア付コ○ックス第○巻、あなたのだけ異様に売れ残ったくせに」

「ごふぅッ!(ダメージ激大)」

「人気投票で圧倒的に私より低」

「うッ、うるさーーーーーーーーーーーーい!!!!!」

 さすがに我慢の限界か、アスカはまた大声を出して、綾波の言葉を遮った。

「うるッッさいのよ! この冷血女!」

「冷血じゃないわ」

「口答えするなッ! だいたい、アタシからシンジを奪おうなんて、百億万年早いのよッ!」

「あなたに勝つ自信はあるわ」

「んぐ……! と、とにかくッ、アンタはもう二度と、アタシのシンジに近づかないでッ! シンジ、行くわよッ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。だいたいまだ僕、着替え……」

「いいからッ!」

 ……逆らうのは、よした方がいい。

 僕はスーツの上から、軽くシャツを羽織るようにして、部屋から出ていったアスカの後を追う。

「ご、ごめん綾波。僕、行くよ」

「あ……」

「ま、またね」

 と、彼女に言い残して。

 ……。

 ……なんだか、目に、焼き付いていた。

 最後に目にした、とても寂しそうな、綾波の姿が……。



             *



「あーもう、むかむかむかッ! なによファーストったら、図々しくロッカールームに入り込んで!」

 そういう君は、どんな理由でロッカールームに来たのさ。

 のぞきに来、とかなんとか言ってたくせに。

 そういう意味では、綾波よりタチが悪いんじゃ……?

 と、言いたくなる、帰り道。

 二人で歩きながら、アスカは愚痴を言って、僕はそれを聞いていた。

 さっきの綾波のことが、気にくわないらしい。

 プラス、どうにもその怒りが、おさまらないらしい。

「シンジに選ばれなかったんだから、とっとと諦めなさいってのよ!」

「……アスカ、そろそろ機嫌……」

「なおんないわよ」

 でしょうね。

 その顔見れば、誰だってわかるよ。

 ……さすがに僕も、今彼女にキスとかしたりして、「機嫌なおして?」とは言えないなぁ。

 そんなことしたら、逆に殲滅とかされそうだ。

 さすが、サードインパクト前のアスカ。

 なんというか、風格が違うよね。

 ……って、感心してる場合じゃないか。

「ね、ねえアスカ」

「なによ」

「ケーキ、ほら、さっき言ってたケー」

「食べないわよ」

「……」

 ダメだ。

 ケーキすら、今の彼女の心を静める材料にならないらしい。

 おそらく、ハンバーグも同じだろう。

 どうしよう、なんだか、全然なにも浮かんでこないよ。

「シンジ」

「あ、う、うん。なに?」

 声のトーンが低すぎる。

 まずい。

 非常にまずい。

「アタシねぇ、今、すっごく機嫌悪いの」

「そ、そう」

「機嫌悪いの」

「う、うん」

「悪いの」

 ずい、と僕に迫るアスカ。

 こ、怖いよ。

 口調も怖ければ、目もすわってるし……!

「き・げ・ん・が、悪いのよッ!」

「わ、わかってるってば」

「悪いの! すごおおおぉぉく、機嫌が悪いのよ!」

「だ、だから、それはわかったってば。なんなのさ、いったい」

「……!」

「?」

 みるみるうちに、さらにアスカが不機嫌になっていくのがわかる。

 そしてそう思った瞬間、アスカは僕に向かって叫んでいた。

「バカ! 鈍感ニブチン!」

 な……!

「な、なんだよいきなり!」

「そのまんまよ!」

「なんで僕が鈍感ニブチンなんだよ!」

「そういうところがニブチンだってのよッ!」

「なんだよそれ! わけわかんないよ!」

「バカシンジ! 少しはアタシのことも考えなさいよ!」

「アスカのことって……!」

「ああもうッ! シンジがそんなだから、アタシがもっと機嫌悪くなるのよ!」

「な、なんで……」

 その時、だった。

 ようやく、ピン、ときたんだ。

 そして、それに気づいた瞬間、急速に僕の中から熱が引いていく。

 代わって押し寄せてくるのは、悪戯心と気分の高揚。

「あぁ、なるほどなるほど」

「な……、なによ、変な笑い方して」

「ごめんねアスカ、気づかなくて。……キスとか、して欲しかった?」

「なッ……!」

 また、真っ赤になってく、アスカ。

 なんというか、何度見ても、可愛いと思う。

「なに言ってんのよッッ!」

「ほら、周り、誰もいないし」

「だ、だ、だ、誰が、アンタと、こんなところでキ、キキキ、キススススス」

 どもってるどもってる。

 ふふーん。

 どうやら、図星みたいだね。

 さすが、サードインパクト前のアスカ。

 不器用で素直じゃないところが、すごく可愛い。

「不機嫌なアスカを、機嫌良くする、おまじない。してあげたかったんだけどな」

「う」

「でも、アスカが遠慮するんなら、仕方ないよね」

「……」

「じゃあ、こんなことしてないで、早く帰ろうか」

 と。

 再び、歩こうとした、その時。

 きゅ、と。

 アスカは僕の服の袖を、真っ赤になってうつむいたまま、つかんでいた。

 ……こんなところ。

 アスカのこんなところが、僕、好きなんだな、と思う。

 あ、ううん。

 すっごく好きだ。

「ん?」

「……あの、ね」

「うん」

「い……いいわよ。……周り、誰も、いないから」

「なにが?」

「……」

「ん?」

「い、意地悪……」

「僕が?」

「そうよ。シンジ……意地悪だ」

「そう……。……これでも?」

 と、言いながら。

 僕は、僕の袖をつかんでいる、アスカの腕を引いて。

 その華奢な身体を、腕の中におさめる。

「これでも、意地悪?」

「……意地悪、よ」

「そう」

「そうやってアタシをからかって、……楽しい?」

「からかってなんて、ないよ」

「嘘」

「嘘じゃないよ」

「だって……」

「からかってない」

「そ……ん!」

 アスカは、なにかを言おうとしたみたいだけど。

 僕が、それを言わせなかった。

 優しく、ちゅッ、てキスをする。

「へへ」

「……バカ」

 むに、と。

 アスカは僕の頬を、軽くつねった。

「痛いよ」

「いいのよ、バカだから」

「ひどいなぁ。そんなに、僕ってバカかな」

「そうよ。……こんなキザったらしいことして、バカみたい」

「そっか」

「……でも」

「でも……?」

「今は、どうしてかな……。……そんな……シンジが、……好き……なの」

 小さく。

 本当に小さな声で、アスカは僕にそう言った。

「……でもね、シンジ」

「なに?」

「アタシは、いちゃいちゃするだけの愛情なんか……、嫌よ」

「……」

「そうしていなければ、お互いを感じていられないなんて、愛情を保っていられないなんて、絶対に嫌」

 ……。

 ……アスカは、戸惑ってるんだと思う。

 アスカにしてみれば、僕がいきなり変わって、いきなり恋人になったわけだし。

 だから、お互いに急速に熱した愛情が、急速に冷めるんじゃないかって。

 それをごまかすために、いちゃいちゃして、そんな関係がずっと続くこと。

 それが、嫌なんだと思う。

 ……僕のいた時代のアスカも、そんなこと、言っていた。

『本当に好きって、愛してるってお互いを認めた上で、いちゃいちゃしたいのよ』

 ……って。

「……アスカ」

「?」

「いっぱい、話、しよう」

「……」

「……その、僕たち、まだ知らないこと、いっぱいあるだろうから。……それを、話そう」

「……」

「いっぱい話して、いっぱいケンカとかして、……いっぱい、いちゃいちゃしようよ……」

「うん……」

「少しずつ、二人で、お互いのことを知っていこうよ。……少しずつ、認め合っていこうよ」

「……うん……」

 アスカは、うなずき。

「大好き」

 と、小さく、小さく呟いた。



             *



「いいんだろうか……、これで」

 と。

 僕は、洗い物をしながら、また、そんなことを考えていた。

 さっき、アスカにあんなセリフ、ごく普通に言っちゃったけど。

 アスカが、サードインパクトを前にして、僕の恋人になっていること。

 この事実、やっぱり、まずいよね。

 けど、もうその取り返しはつかない。

 ……僕が、歴史を変えた影響で。

 あれ以上悲惨な歴史を、迎えないために。

 なんとか元の時代に、戻れないものだろうか?

 でも、その方法は?

 また、お風呂で頭を打ち付けてみる?

 いや……、そんな不確定な賭には乗れない。

 どんな理由で、どんな原理でタイムスリップしたのかわからないのに、再現しただけで成功するかどうか。

 リツコさんに、相談してみようか……?

 あ、いや、それはダメだ。

 あの人は、きっと『すべて』を知っている。

 だから、サードインパクト後の世界から僕が来たと知ったら、僕はどうなるか……。

 ……。

 ……違う。

 なにしてるんだ、なに考えてるんだよ、僕。

 違う、違うッ、違うよッ!

 こんな、こんなこと考えて、逃げていちゃダメだッ!

 だいたい、アスカをこのままに……あんな悲惨な目に、あわせたくない!

 そうだ。

 アスカは、どの時代のアスカも、僕が守る。

 絶対に、守ってみせる。

 僕が守らなくて、誰が守るっていうんだ。

 悲惨な歴史が待っていても、乗り越えなくちゃならないんだ。

 だから……、僕は、逃げない。

 絶対に、絶対にだ。

 だって。

 僕はアスカを守るために、この時代に呼ばれたのかもしれないから……。

 と。

 僕が、そんなことを考えていた、その時。

「シンちゃーん、お風呂あいたわよー」

 お風呂に入ってたミサトさんが、僕に声をかけた。

「……さて、と」

 ちょうどいいや。

 洗い物も、終わったとこだし。

 考えも、一段落したし。

 いろいろ考えて疲れたし、とりあえず、ここはお風呂にでも入って……。

「あ、シンジ。アタシが先に入るね」

「あれ? アスカ、さっき一番に入らなかった?」

「ちょっと今、運動しててね、汗かいちゃったの。だからシンジは、アタシの次ね」

「できれば、僕が先に入りたいんだけど……」

「ダメよッ!」

 ……。

 ……なんで、だろう。

 なんでそんなことで、僕は強い調子で、言われなくちゃいけないんだろう。

「どうしてさ。僕、ちょっと疲れてるから、早く入りたいんだけど……」

「ア……、アタシも疲れてるの! シンジより、ずーーーっと疲れてるのよ! だからアタシが先なの!」

「……」

 時々、思う。

 どうしてアスカってば、時々、理解不能な屁理屈というか、無茶なことを言うんだろう。

 でも。

 大抵、その裏には、なにか隠してたりするんだよね。

 ……まあ、さすがにね。

 いい加減、アスカがどういう人間か、わかってきたつもりだし。

 伊達に恋人、やってないさ。

「でも、アスカは一回入ったんだし、僕はまだ入ってないし……」

「ダ、ダメだったら! アンタはとにかく、アタシの後に入ればいいのよ!」

「……なんでさ」

「なんでもよ!」

 さすがに、わかんない。

 今回ばかりは、さすがの僕も、アスカがなにを言いたいのか、わかんないよ。

 それとも、機嫌が悪くて、ただ八つ当たりされてるだけとか?

 ア、アスカなら、あり得る話だ。

「なんか、納得がいかないんだけど……」

「……!」

 ?

 な、なんでアスカ、そこで真っ赤になるんだよ。

 僕はなにもしてないし、言ってないし……。

「アンタって、ほんっっっとに、ニブチンなんだから!」

「な、なんだよそれ!」

「……ア、アンタは、ダ、ダメ、なのよ」

「ダメ? なにが」

「は、入っちゃ、ダメなの。……絶対に」

「? ? ?」

「ア、アタシ以外の女が入ってすぐのお風呂なんて、ぜ、絶対に入らせないから……!」

「……」

「アタシが入ってからじゃないと、ダメなのよ……!」

 ……。

 ……。

 ……真っ赤。

 さすがにこれは、僕も、真っ赤になってしまった。

 ア、アスカってば。

 ほんと、なんというか。

 独占欲が強いというか、嫉妬深いというか、可愛いというか……。

「……あ、そ、そのごめん。気づか……なくて」

「気づいてよ……。……他の女のにおいなんか、させて、ほしくないんだから……」

「うん……ごめん」

「……ほんと、鈍感」

 なんだか、アスカのその言葉。

 妙に、心に響く。

「だ……、だいたい、シンジには一言、言っておこうと思ってたのよ」

「え? な、なに」

「アンタ、アタシの……こ、恋人でしょ?」

「う、うん」

「自覚がなさすぎるのよ! アタシがどういう女か、知ってるでしょ?」

「うん……よく」

「ア、アンタはアタシの恋人として、アタシを、その、幸せにする……責任、そう、責任があるのよッ」

 顔、真っ赤が、さらに真っ赤。

「だから、アンタは恋人として、アタシを悲しませないために、アタシを幸せにするためにッ!」

「うん?」

「……アタシを、必ず、絶対に……!」

「ぜ……絶対に?」

「アンタのお嫁さんにしなさい!」

「う、うん、わか……って、ええッ!?」

「な、な、なによッ、も、文句あんのッ?」

「い、いや、そうじゃなくて、いくらなんでも気が早すぎで話も飛びすぎ……!」

「別にいいじゃないの! は、早いか遅いかの違いよ!」

「だ、だからって……!」

「そ……それともなに? ア、アタシと、いつか別れる気なの?」

「そんなことないよ!」

「じ、じゃあ、いいじゃないの」

「いや、でも……!」

「ア、アタシには、もう、アンタしかいないんだからね」

「……」

「アンタじゃなきゃ、嫌なんだからね……」

「アスカ……」

「……絶対、お嫁さんにすんのよ?」

「……うん」

 ……。

 ……プロポーズ、されちゃった。

 で、受けてるし。

 僕ってば。

 な、なんか、アスカの顔、見れないよ。

「……なにしてんのよ、シンジ」

「え?」

「ほ、ほら。ち……誓いのキス、とか、しなさいよ。……気がきかないわね」

「だ、だってさ。恥ずかしくて……、アスカの顔、見れな……!」

 言葉の、途中。

 アスカは、うつむいた僕の顔を、両手で持つようにして、自分の方を向かせる。

 あ。

 やっぱり、アスカの顔も、赤い。

「……ほら。アタシの顔、見れたでしょ?」

「は、恥ずかしいってば」

「……だったら、もっと恥ずかしくしてあげる」

「?」

「いつまでも、アンタに主導権は握らせないからね」

 と、言いながら。

 アスカはくすッと笑って、僕にそのまま、キスをした。

「……大好きよ」

「あ……」

 と。

 僕の顔、持ちながら。

 僕、ちょっと、びっくりして。

 でも、すっごく、嬉しくて。

 ……そして、はっきりと確信する。

 守れ、と。

 僕の心が、アスカを守ることが大切だと、言っていることに。














 続く





 あとがき

 いやーーーーーーー。
 また、自分で書いておいて、背中がかゆいー(笑)。
 そんな感じのふゆです。
 次は後編、とか言っておいて、中編になってるしー。
 止まらなくなってきております。
 し、収集つくんだろうかと、ちょと不安気味でございます。

 てなわけで、今度こそ、後編をお楽しみに。
 ではー。