「ねーシンジ」

 食後のリラックスタイム。

 リビングで僕がテレビを見ていると、僕の背中にアスカがおぶさってきた。

 そう、惣流=アスカ=ラングレー。

 僕の……恋人。

「お、重いよアスカ」

「あー、失礼ねー。そんなことないわよ」

「……全体重のっけられたら、誰だって重いよ」

「こんな風に?」

 そんなことを言いつつ、アスカは僕の胸に腕を回し、僕を後ろから抱きしめる。


 むに


 ……う。

 ち、ちょっと、あ、いや、かなり、いい感触が……。

 その、なんというか。

 ふにゅん、て。

「重い?」

「い、いや、もう重くはないけど……」

「……ないけど、今度は気持ちいいんでしょー?」

「!」

「ぽよんぽよん?」

「ちょッ……!」

「ほらほらー、どう?」

「あ、あう」

「コメントもできない?」

「ア、アスカッ!」

「あはは、シンジの照れる顔、面白ーい」

 うう、ちくしょぅ。

 非常に悔しい反面、非常に幸せだったりして。

 で、それを見透かしているアスカが、それ以上に悔しかったりして……。

「と、ところでアスカ、僕になにか用があったんじゃないの?」

「あ、そうそう。シンジ、お風呂先に入る?」

「え? 僕が先でいいの?」

「うん。入るんだったら、沸かしてあげるわよ」

「じゃ、お言葉に甘えて。……でも、僕が沸かすから、アスカはゆっくりしてなよ」

「いいわよ、遠慮しないで。たまには尽くさせてよ」

「そんな……、いいよ」

「いいからいいから。だ・ん・な・さ・ま♪」

 と。

 アスカは僕の頬にキスをする。

 そして、ぱたぱたと、お風呂場へ。

 ……はぁ。

 可愛い、な。

 思わず、ぽーッとしながら、今し方キスされた頬を撫でさする。

 惚れた欲目なのかもしれないけど、僕には本当にそう思えた。

 ……。

 ……サード・インパクト。

 あの悪夢が起こった後、本当にアスカは変わったと思う。

 アスカに言わせると、僕も、らしい。

 僕としては、そんなことないと思うんだけど。

 けど、アスカはもう、全然変わった。

 すごく、なんか素直になって、可愛くなったというか。

 で、たまに我が儘なとことか、ヤキモチ妬きなところも見せてくれて、それも可愛くて。

 ああもう全部可愛い。

 そんな時、思う。

 離れられないなぁ、と。

 離れたくないなぁ、と思うんだ。

 まあ、意地悪なのは、相変わらずなんだけど。

 けどそれすらも、可愛いと思えてしまう。

 それが不思議だった。

「シンジ、お風呂沸いたよ」

 いきなり、ひょいと現れる、アスカ。

「え? も、もう? 早すぎない?」

「へへー。実は、とっくの昔に沸かしてたのでした。シンジのためにねー」

 う。

 なんか、ずるい。

 なにがずるいって、そんなこと言われたら、嬉しくてしょうがない。

 ああもう。

 ますますアスカ好きになる自分、それが抑えられない。

 ま、そんな気持ちは、抑えたくもないんだけど。

「ね、シンジ、嬉しい?」

「もちろん」

 笑顔。

 すると、アスカも笑顔。

 きっとそれは、僕にしか見せることのない、とても可愛い笑顔。

「シンジがお風呂から上がったら、一緒にゲームでもしよっか」

「え? アスカは入らないの?」

「そうね……」

「?」

「……シンジと、一緒に……入ろうかな」

「え」

 止まる、完全に止まる、僕の動作。

 そして、そんな僕を見るアスカの視線。

 熱っぽいような、潤んだ、僕がドキドキしてしまう程の、瞳。

 そんなアスカから、目が離せない……!

 すると、アスカはいきなり表情を崩して、くすくすと笑い出す。

「あははは、嘘よ、嘘。びっくりしちゃってー」

 ……真っ赤。

 な、なんか、今度はアスカの目、見れない。

「シンジのえっちぃ」

「あ、う、い、いや、その……!」

「シンジが上がったら、アタシも入るわ。それまで部屋で待ってるから、上がったら呼んで」

「う、うん」

「じゃね」

 と、部屋に戻るアスカ。

 ……。

 ……小悪魔め。

 僕は、素直にそう思った。



             *



「ふいー」

 だらーんと、手足を伸ばして湯船につかる。

 この瞬間、とても幸せな感覚が、僕の全身を包んでくれる。

 こんな時、言いようのない至福を感じてしまう。

 庶民的な自分が切ない。

 ……しかし、それにしても、アスカにはまいった。

 いつも、あんな感じだからなぁ。

 もちろん、それが悪いなんて思うわけないよ。

 ただちょっと、こっちがぽーッとしてきて、アスカのことで頭がいっぱいになって……。

 それが納得いかない。

 そ、それも確かにいいんだけど、なんかほら、こう、やっぱり男としての威厳がないというか。

 ぐいッとアスカを引っ張っていくような、そんな牽引力が、今の僕にはないというか。

 またそれが、アスカにはありまくるから、困ったもんなんだよね。

「たまにはこう、僕が主導権を握って、アスカに思いっきりふにゃふにゃ言わせて……」

「アタシがどうしたって?」

「うわわわッ! ア、アスカッ?」

 い、いたの?

 ガラス戸の向こうから、声。

 い、いつの間に。

 やはり侮れないな、アスカ、君って子は。

「ア、アスカ、そんなところでなにやってるのさ」

「なにって……、決まってるじゃない」

「……タオル、持ってきてくれたとか」

「ぶっぶー」

「なにか僕に知らせることがあるとか」

「ぶぶーーー。全っっ然違うわよ」

「じゃあなんだよ」

「正解、聞きたい?」

「うん」

「……」

 いきなり黙り込む、アスカ。

 ?

 なにしてんだろ。

 ……あれ?

 なんでだろう、アスカの影が、ぼんやり肌色のような……。

「……本気で、シンジと、一緒にお風呂入ろうとしてるの……」

「そう」

 ……。

 ……はい?

「あ、あの、アスカ? い、今、なんて?」

「シンジとお風呂に入るの」

「……」

 待って。

 待ってよ。

 待ってってば。

「ア、アスカ、早まっちゃだめだ」

「……」

「僕らは健全なおつき合いを……!」

「どうでもいいわよ。そんなの」

「……!」

 よ、よくない!

 どうでもよくなんかないよ!

 そんなのってないよ!

「入るわよ」

 少しずつ、開く戸。

 そこから見える、白いアスカの肌。

 ま、まずい……!

 ほ、本気だ。

 本気でアスカ、入ってこようとしてる!

 し、しかもアスカ、バスタオルとかで身体を隠そうとしてないッ!

「……見たかったら、好きなだけ見ていいから……」

「まッ、待ったーーーーーーッッ!」

 慌てて、湯船から飛び出す僕。

 こ、これ以上、開けさせちゃダメだ!

 そんなことしたら、僕の理性が吹っ飛んでしまう!

 理性を保ってられる自信がないよ!

 狼、狼になるよ!

 それはダメえぇぇ!

 と、思った瞬間。


 つるッ


「あ、あわッ?」

 すべった。

 そして僕は成す術もなく、ゴン、と床に頭を打ち付ける。

「んがッ!」

 いきなり、僕の意識は消えていく。

 突然の、闇の中に。

 ああ……。

 痛い。








         『非常にまずい事態〜前編』   作・ふゆ








「あれ?」

 布団の中。

 いつの間にか、僕は着替えて、布団の中にいた。

 なんだ……?

 どうして僕、いきなり寝てるんだろ?

 ……ええっと、昨日は……お風呂に入ってて……。

 ……。

 そ、そうか。

 お風呂に入ってたら、アスカが入ってこようとして、慌てて止めたんだっけ……。

 で、確か、転んで頭を打って、そのまま……。

 ……。

 ……誰だろう、アスカが、運んでくれたのかな。

 昨日は、ミサトさんがいなかったから……。

 やっぱりアスカだ。

 ……。

 ……服、ちゃんと着てるってことは、アスカが着替えさせてくれたんだよね。

 やっぱり……。

 ……。

 ……見られた、よね。

 間違いなく。

「はぁ」

 と、ため息まじりに起きあがる。

 幸い、もう頭は痛くない。

 脳しんとうを起こしたとか、そんな理由で気絶したんだろう。

 ……とりあえず、外傷もないみたいだし、ふらふらしないし、なんとか大丈夫かな。

 そんなことを考えつつ、ふと時計を見ると、午前七時。

 あ、まずい。

 朝ご飯つくらなくちゃ。

 それに、学校にも行かないと……。

 と、突然。

「くぉら! いつまで寝てんのよ、このバカシンジッ!」

 ガターンと戸を開け、入ってくる女の子一人。

 アスカ。

 彼女はもう制服に着替えて、準備万端の様子。

「お腹空いたじゃないの! ご飯、早く作りなさいよ!」

「ご、ごめん。まだちょっと、ぼーッとしてて……」

「アンタのボケボケは、いつものことでしょ」

 ……やっぱり、怒ってるな。

 昨日、アスカは決意して僕のところに来てくれたんだろうけど、僕、倒れちゃったから。

 結果的に、恥をかかせたって、そういうことになるのかな……。

 ちょっと、悪いこと……したよね。

「もういいわ。とにかく、早く起きてご飯を……」

「あ、ま、待ってよ、アスカ」

 と。

 僕は、行こうとするアスカの手を、きゅッと引っ張る。

「な、なによ。離しなさいよ」

「……嫌だ。離さない」

「な、なんなのよ、突然」

「ごめん」

「……」

「僕……、アスカの気持ち、全然考えないで……」

「シンジ……?」

「だから、ごめん」

「……」

「でも」

「あ……!」

 アスカの、微かな声。

 僕が、彼女の腕をさらに引っ張って、自分の腕の中に彼女自身を収めたからだ。

 そして、強く、強く抱きしめる。

 僕の気持ちを、それで伝えるように……。

「ちょ、ちょっとシンジ……!」

「覚えておいて」

「?」

「僕はアスカのこと、大好きだってこと……」

「……!」

 真っ赤になるアスカ。

 その瞳が、微かに潤んで、僕を見つめる。

 僕だけを見ている。

 だから。

 僕は、そんな彼女の唇に、優しく、触れるだけのキスをする。

「……心の底から、君が好きだよ。……絶対、忘れないで」

「シ、シンジ……」

「……じゃあ僕、ご飯、作るね」

 ……立ち上がろうとした。

 けど、できなかった。

 顔を真っ赤にしたアスカが、そのまま、僕に抱かれたままの姿勢。

「アスカ、ほら、離れてくれないと、ご飯作れないよ……?」

「……」

 なにも答えず、少しも動かない、アスカ。

 甘えちゃって。

 くす、と笑うと、今度は頬にキス。

「甘えたければ、後でいっぱい甘えさせてあげるから」

「……!」

 ぴく、と動くアスカの身体。

 そこでようやく、アスカは自分から、僕から離れる。

 ただ、その動きはゆっくりとして、まるで僕から離れたくないかのようだ。

 僕だって、離れたくはないけど。

 遅刻したらいけないし、ここはお互い我慢だよ、アスカ。

「じゃ、ご飯できたら、呼ぶね」

「……」

 何故か、ずっと無言のアスカ。

 理由はわかってる。

 照れてるんだ。

 そう思うと、ちょっと嬉しくなってきた。

 恥ずかしがってるアスカ、それを見れたのが嬉しかったんだ。

 いいなぁ、なんか、こういうのって。

 

             *



「どうしたの? アスカ」

「な、なんでもないわよ」

 通学路。

 真っ赤になったまま、ついッ、とそっぽを向いて、さらに僕からやや離れて歩くアスカ。

 さっきのが、よっぽど恥ずかしかったのかな?

 ふふん。

 あー、悪戯心がわいてくる。

 もっと、もっとアスカを、恥ずかしがらせたくなるんだ。

「ほら、アスカ」

 そう言いながら、僕はアスカに手を差し伸べる。

「……なによ、その手は」

「繋ごうよ」

 ほんとはこんなの、いつもやってること。

 でも、今日のアスカには、効果てきめんだったらしい。

「ア、ア、ア、アンタ、バカもいい加減に……!」

「バカじゃないよ。僕は、アスカと手を繋ぎたいんだ」

「……!」

 衝撃の瞬間。

 僕は見た、アスカの顔がさらに、タコみたいに赤くなっていくのを。

「ほら、アスカ」

「ふ、ふんッ!」

 と。

 アスカは、真っ赤になったまま、僕の手なんか見向きもせず、どすどす前へと歩みを進める。

 ……。

 か、可愛い。

 なんかアスカが、すごく可愛く見える。

 その上、さらに悪戯心がわいてくる。

 ……ああ、そっか。

 ちょっと、わかった気がする。

 アスカが、いつも僕をからかう、理由。

 今の僕みたいな気持ちになってるんだ。

 ……そう。

 さらにからかって、アスカの反応を見てみたくなる、この気持ちに。

「待ってよ、アスカ」

「待たないッ!」

「わかったよ、手はいいから」

「当たり前よッ!」

「手はいいから、腕、組もうよ」

「……!」

「ね?」

「だ、誰がアンタなんかとッッ!」

 ……。

「アンタとなんか、絶対嫌よッ!」

 ……アスカ……。

「……アスカ、僕のこと、嫌い?」

「う……!」

 僕は、静かにそう言いながら。

 じッ、と、真っ直ぐアスカの目を見つめる。

 けど、逆に。

 アスカは、そんな僕の眼差しから、目をそらす。

 アスカ……。

「好きだったら腕を組もうとか、そんなこと言わないから」

「……」

「教えてよ。僕のこと、好きか、嫌いか」

「わ……!」

「わ?」

「わかんないわよッ! このバカシンジッ!」

 それだけ、言って。

 アスカは走って、先に行ってしまった。

 僕から、逃げるかのように。

 ……。

 ……なんか、やっぱりまだ、怒ってるみたいだな。

 昨日のことを、ずっと気にしてるんだろうか。

 ……僕も、ちょっと、調子に乗りすぎたみたいだ……。

 ……。

 ……はぁ。

 どうやったら、アスカの機嫌、良くなるかな……。



             *



 お昼休み。

 僕は授業が終わると、すぐにアスカの席へと急いだ。

「アスカ」

「なによ」

 すっっっごい、不機嫌そうなアスカの声。

 まいったな。

「あ、あのさ、お昼ご飯、食べようよ」

「?」

「屋上とかで、二人で一緒にさ」

「……!」

 真っ赤になる、アスカ。

 それと、ほぼ同時だった。

 クラスの全員が、僕たちの方を振り向いたのは。

「シンジィ! お前、いつの間にそんなことになっとんのやあぁぁ!」

「いや〜んだ、いや〜んな感じだ!」

 は、反応早いなぁ。

 なんだよみんな。

 なんだか、冷やかされてる感じが、前よりひどいような……。

「トウジ、ケンスケ、二人ともひどいよ」

「ひどいってシンジ、お前今、えらいこと言うたんやぞ?」

「えらいこと?」

「惣流と、二人っきりで昼飯を……!」

「好きな人と一緒に食べて、なにが悪いのさ」
 
 ざわわわわわわわわわわわわッッッ!

 ……騒ぎが、さらに増したような……。

 ぼ、僕、そんなにすごいこと、言った?

 その時、突然に。

「バカッ!」

 と、いきなり席を立って、アスカが教室から出ていく。

 ちょ、ちょっと……!

「アスカ!」

 追いかけようとする、僕。

 けどそれを、トウジとケンスケが遮った。

 僕に、びたーッとくっついて、離れない。

 だああぁ、なにやってんだよ、この二人はッ!

「センセ〜」

「じっくり話を聞かせてもらおうか〜」

「は、離してよ、トウジ、ケンスケ!」

 ま、まいったな。

 なんか二人とも、い、いや、クラスの全員が、僕を行かせたくないみたいだ。

 どういうわけか、全員僕の行く手を遮って……。

「こらぁッ!」

 ……いや。

 一人だけ、いたみたいだ。

 洞木さん。

「みんな離れなさい! 碇くん、困ってるじゃない!」

「いいんちょ〜、それはできん相談やで〜」

「バカッ! あと碇くんッ!」

「は、はい!」

 ギラリと鈍く輝く瞳に、思わず反射的に返事。

 しかも僕、敬語だし。

 だ、だってさ。

 洞木さん、迫力がありすぎるよ。

「そんなの振り切って、さっさと行きなさい!」

「そ、そんなのって……」

「いいから早く行くのッ! 男なら、逃げた女を追いかけなさいッ!」

「はいぃッ!」

 洞木さんに言われるまま、僕はみんなを無理矢理振り切る。

 確かに、彼女に言われた、というのもあったけど。

 やっぱり、走って出ていったアスカが、ひどく心配になったからだ。 

「アスカ……!」

 教室を出て、アスカを探す。

 ……どこに行ったんだろ?

 通りかかった人に聞いたりして、何度も行ったり来たりして。

 ようやく、たどり着いた先。

 それは屋上。

 アスカは、そこから見える景色を、ただなにもせずに眺めていた。

 ……よかった。

 やっと、見つけられた。

「アスカ」

 僕が、声をかける。

 すると、景色を見ていたアスカの後ろ姿が、ぴくッと震えた。

 ……でも、それだけだった。

 アスカ僕の方を、見ようともしない。

「探したよ」

「……」

「……ほら、お弁当、持ってきたから」

「……」

「一緒に、食べよう?」

「……なんなのよ、アンタ」

「え……」

 イラついている、アスカの語調。

 久しく聞かなかった、その言い方。

「そんなにアタシのご機嫌、とりたいワケ?」

「違うよ」

「嘘。わざとらしいわね、最低」

「そんなことないよ」

「……アタシのこと、好きだとかなんだとか、全然そんなつもりないくせに……!」

「そんなこと、ない」

「嘘ッ!」

 叫ぶ。

 そして、アスカは僕の方を振り向いた。

 怒りに満ちた、その表情を向けて。

 でも。

 僕は、目を背けない。

 ……絶対に、背けるもんか。

「そうやっていい顔して、みんなに好かれようとしてるだけでしょ?」

「……」

「はッ、おあいにく様。アタシには無駄よ」

「……」

「どうせ口ばっかりで、アタシのことなんか見てないくせに」

「……」

「一番身近だから、アタシを好きになったって、勘違いしてるだけよ」

「……」

「本当はファーストの方がいいんでしょ? でも、アタシの方が一番身近だから、一番手っ取り早いから、アタシの方がいいって思いこんでるだけよ」

「……」

「それとも、そうやってアタシのご機嫌とって、自分の保身しか考えてないのかしら?」

「……」

「そうなんじゃないの? ……アタシを、抱きしめられないくせに……。本気で抱きしめてくれないくせに……!」

「……」

「そんな度胸も、人を本気で好きになったことも、ないくせに!」

 ………アスカ……。

「アンタの顔なんて、二度と見たくないわ! とっとと消えなさいよ!」

「……」

「アタシの前から消えてよ!」

「……嫌だ。絶対に、消えない」

「何度も言わせな……!」

 途切れる、アスカの言葉。

 僕が、アスカを真正面から、思いっきり抱きしめたからだ。

 強く、ただ強く。

 ……離さない。

 今アスカを離したら、僕は、永遠にアスカを離したままになる。

「絶対に、離さない」

「……やめてよ。本気じゃ、ないくせに……!」

「本気じゃなかったら、僕は、女の子を抱きしめたりなんかしないよ」

「……」

「信じられないなら、何度でも言う。……好きなんだ」

「……!」

「好きだから、離したくないんだ。……大切に、したいんだ……」

「……」

「僕がアスカを傷つけたのなら、謝るよ。……でも、僕の言葉が嘘だなんて、そんな悲しいこと言わないでよ」

「……」

「僕はいつでもアスカのことを見てる。……いつでも、抱きしめてあげるから」

「……」

「……アスカを、ずっと、愛していてあげたいんだ……」

「シンジ……!」

 今日、初めて、だった。

 アスカは自分から、僕を抱きしめた。

「……なんでよ」

「ん?」

「なんで、こんなアタシみたいな女、好きになったのよ……」

 答えなんて、一つしかない。

「アスカだから、だよ」

「……」

「僕は、アスカの全部が、好きなんだ」

「ッ……!」

「いつでも、甘えていいから……」

「シンジ……!」

「ね?」

「……うん……」

 そっと。

 アスカは、やや恥ずかしそうにして、僕の胸の頬をすり寄せてきた。

 すりすり、と。

 それはもう、甘えるようにして。

 ……よかった。

 元通りの、いつもの、アスカだ。

「……ほら、アスカ。ご飯、食べよう?」

「アタシとで……いいの?」

「アスカとが、いいんだ」

「……うん」

 アスカは、ちょっと瞳に涙を浮かべて、嬉しそうに微笑んだ。



             *



 葛城ミサトは不思議だった。

「はいシンジ、お醤油」

「うん、ありがと」

 夕食の風景。

 いつもと変わらない、その風景のはずだったのだが。

「あ、ごめん。お茶こぼしちゃった」

「なによもー、アンタ相変わらずトロいわねぇ。ほら、拭いたげるわ」

「い、いいよ。自分でできるよ」

「いいから。ほら、手あげて」

「ご、ごめん」

 大根のおみそ汁を、ずずず。

 サンマを、モリモリ頭から食しながら。

「はい、一応綺麗になったわよ」

「ありがと、アスカ」

「どーいたしまして。今度は気を付けなさいよ」

「うん」

 どうにも釈然としない、ミサト。

「じゃ、僕は洗い物するから」

「一人で大丈夫?」

「あれ? 手伝ってくれるの?」

「ま、まあ、たまにはね」

「期待しないで待ってるよ」

「あ〜。そういうこと言うと、絶対してやんないから」

「あはは、ごめんごめん」

「ふん」

 「ふん」とか言いながら、どこか嬉しそうなアスカ。

 おかしい。

 ミサトには、どうにも納得がいかなかった。

 そして、シンジが洗い物に行ったところを見計らって、ミサトはアスカにくぐッと迫る。

「ちょっと、どうしたのよ、アスカ」

「なによ、ミサト」

「なーんか、シンちゃんと仲いいじゃない」

「……」

 アスカの顔が、ほんのり赤く染まる。

 ミサトはそれを見て、ニヤリと笑う。

 予想通り、といったところか。

「シンちゃんと、なんかあったわね?」

「な、なんでもないわよ」

「嘘つきー。ほれほれ、お姉さんはだませないわよ? 白状しなさいッ」

 ミサトはアスカの後ろに回り込み、アスカをきゅッと抱きしめる。

「ねーねー、教えてよー」

「なんでもないったらッ」

「ほんとにー?」

「……」

「なによー、女同士じゃなーい、話してよ」

 アスカ、真っ赤。

 真っ赤になりながら、ぼそッと話し始める。

「……たの」

「ん? なーに?」

「……て、言われ……の……」

「なによ、全然聞こえなーい」

「……シンジに」

「シンちゃんが、どうかしたの?」

「シンジに、好きって言われたの……」

「……」

 ミサト、動作停止。

 的中しすぎて、びっくりしたらしい。

「シンジに、抱きしめられた。シンジに、……キス、された……」

「んま」

「……」

「……で? で? で? で? ア、アア、アスカは、なんて答えたの?」

「……あ、ありがとう、って……」

「……」

 うつむいてしまう、アスカ。

 そんな彼女に、ミサトは優しく微笑む。

「……よかったじゃない、アスカ」

「……」

「シンちゃん優しいから、きっと、アスカを大切にしてくれるわ」

「……」

「思いっきり、甘えちゃいなさい」

「……ミサト〜……!」

「おー、よしよし」

 いきなり、後ろを振り向いて、ミサトに抱きつくアスカ。

 ミサトは、優しくアスカの頭を撫でてやる。

「……うんうん、嬉しくてしょうがないのね」

「ふぇ〜ん……!」

「ほらほら、嬉しい時は笑うのよ。ね?」

「うん……」

 可愛い、とミサトは思った。

 そして、初めてだった。

 こんなアスカを見たのは、こんな嬉しそうなアスカを、見たのは。



             *

 

 僕が洗い物を終えてリビングへ行くと、ミサトさんはいなかった。

 そこには、アスカだけがいて、テレビを見ている。

 体育座りをして、ちっちゃくなってるのが、なんか可愛かったり。

 見てるテレビは……。

 ……『手芸の園』。

 ……本当に見てるのかな?

 なんか、ぼーっとしてるみたいだし。

「アスカ」

「! な、なな、なによ?」

 びっくりしてる。

 ……テレビ、見てなかったね。

 ……。

 ちょっと、自惚れて。

 僕のこと考えてたのかな?

 と、思ってみる。

「ミサトさんは?」

「あ、ああ、部屋で仕事だって」

「そう。……隣、座るよ」

 わざと、意識させてみるように言ってみる。

 ふふーん。

 僕をあれだけ困らせた、お返しだよ。

 本当に嫌われたと思って、ドキドキしてたんだからね。

 だから。

 文句を言う暇も与えず、しばらくは、僕が主導権を握るよ。

「よいしょっと」

 そう言って座りながら、僕は手に持っていたジュースを、アスカに差し出す。

「喉、乾いてない?」

「……ありがと」

 ちょっと控えめに、アスカはうつむき加減で、ジュースを手に取る。

 そして、ぷし、とプルタブを開けると、一気にごくごくごくーと飲む。

 ちょ、ちょっと、凄い勢い。

「ぷは」

「そ、そんなに勢いよく飲まなくても」

「いいのよ。火照ってるんだから」

「?」

 そう言った途端、アスカは何故か真っ赤になる。

「う、ううううううるさいわねッ!」

「なにも言ってないよ」

「口答えしないッ!」

 くす、と笑う僕。

 こんなところが、アスカの可愛いところだと思う。

「はいはい。口答えしません」

「……ふん」

 チャンネルを変え、しばらく、二人でバラエティー番組を見る。

 その、合間。

 アスカは、ちら、ちら、と僕の方を見る。

 本人は、僕が気づいてない、と思ってるんだろうけど。

 バレまくりです。

「……シンジ」

「なに?」

「……」

 黙っちゃう。

「どうかした? アスカ」

「……なんでもない」

「そう」

 ほんとは、なんでもなくないくせに。

「……」

 また、二人でテレビを見る。

 すると、今度はアスカが、つつつ、と僕にすり寄ってきた。

 ただし、微妙に。

「ん?」

「う」

 真っ赤。

 僕の腕とアスカの腕、触れるか触れないかのところで、アスカは止まる。

 それ以上、どうにも近づいてこようとしない。

 ああ、なるほど。

 くっつきたいけど、照れまくりなんだ。

 だったらやっぱり、ここは僕が、もっと照れさせてあげなくちゃ(悪)。

「アスカ」

 と、言いながら。

 僕は、アスカの手を、ぎゅ、と握る。

「こうしていようよ」

 顔を真っ赤にしたままで。

 アスカは、微かにこくりとうなずくと、そのままうつむいてしまった。

 照れた顔、見せないようにしてるんだね。

「……アスカ、顔、見せてよ」

「や」

「見せたくない?」

「……今のアタシ、可愛くないから」

「いいからさ」

「……やだ」

 そんなことを言う。
 
「顔、ほんのちょっとでいいから、見せてよ」

「……だから、やだってば」

「見せてくれたら、いいもの、見せてあげるから」

「え?」

 と、ほんの一瞬、アスカが顔を上げる。

 僕は、その隙を見逃さない。

 すかさず、僕はアスカの唇に、僕の唇を重ねる。

 そして、僕はそのままアスカを抱きしめた。

 最初はカッチンコッチンに固まっていた身体が、次第に力が抜け、だらんとしてくる。

「……ほら、アスカ。これが、いいものだよ」

「ふぇ……?」

「アスカにキスして嬉しがってる、僕の、顔」

「……」

 ぽーッと、半ば放心状態のアスカ。

 そうかと思うと、アスカはくすくす笑いながら、僕の頬を撫でてきた。

「……ふーん、そっかぁ。これが、嬉しがってるシンジの顔ねぇ」

 と。

「アタシにキスして、嬉しがってる顔、かぁ……」

「そうだよ」

「……フフ、なんか間抜け」

「そう?」

「……人のこと、言えないけどね」

「アスカも、そうなの?」

「うん……。……これが、シンジにキスされて喜んでる、アタシの顔よ」

 ほんとに、嬉しそうだった。

 そんな顔をされると、僕も嬉しくなってくる。

「……恥ずかしいんだから、あんまり見ないの」

「見てちゃダメかな?」

「ダメよ」

「じゃ、しょうがない。……抱きしめるくらいなら、いい?」

「……シンジらしくないセリフ」

「そう?」

「うん。変わりすぎ」

「だとしたら、アスカのせいだよ」

「人のせいにする気?」

「だって、そうだもの。アスカが可愛いから、さ」

「……バカ」

 と。

 アスカは微笑みながらそう言うと、ぽす、と僕の胸に顔を埋めた。

 可愛いな。

 なんか、すごく初々しい気がする。

 つき合いだした頃のアスカに、戻ったみたいだ。

「アスカ」

「んー?」

「今度のお休み、デートしようか」

「……うん」

「どこがいい?」

「……そうね、シンクロテストがあるから、近場がいいわね」

「そうだね。じゃあ……」

 ……。

 ……あれ?

 シンクロテスト?

「アスカ、シンクロテストって?」

「はぁ? アンタバカ? シンクロテストって言ったら、シンクロテストに決まってるじゃない」

「い、いや、だから、なんのシンクロテスト?」

「なんのって……。……エヴァの、よ」

「え゛?」

 ……。

 ……待って。

 エヴァのシンクロテスト?

「エ、エヴァ、見つかったの?」

「? 見つかったもなにも、最初からあるじゃないの」

「はい?」

「……シンジ、もしかしてアレに飲まれて、記憶がおかしくなったの?」

「アレ? は? え?」

 待って。

 待ってよ。

 なに?

 どういうこと?

 そんな、僕の頭の中に、クエスチョンマークがいっぱい回ってる時だ。

 急にミサトさんが、ばーんと戸を開けて飛び込んできた。

「大変よ二人とも!」

 と、すごく、焦ったようにして。

「ど、どうしたのよミサト」

「どーしたもこーしたも、輸送中の参号機が使徒に乗っ取られて、こっちに接近中なのよ!」

「し、使徒?」

 思わず、声を張り上げる僕。

 し、しかも参号機って……!

「ミ、ミサトさん、パイロットは……! パイロットは無事なんですかッ?」

「無事もなにも、まだ選出されてないからね。……とにかく、ネルフへ急ぐわよ」

「……」

 参号機のパイロットが……、未選出?

 使徒に乗っ取られたのに?

 い……いや、そんなことより、とんでもないことが。

 参号機が輸送中。

 違和感ある、アスカの態度と言葉。

 違和感ある、クラスメイトの態度。

 ……。

 ……ええ、と。

 まさか、とは思うんだけど……。

 ……タ。

 タ、タイムスリップ、してますか?

 僕ってば。

 しかも、だ。

 参号機パイロットは未選出、ミサトさんは、事故に遭わずにここにいる……。

 ……。

 えーと、非常にまずい事態です。

 なんというか、ほら、あの。

 ……歴史が変わっちゃってます。

 ……。

 ……ど、どうしよう……(汗)。







 続く






 あとがきー

 はいはいはーい、ということで、ふゆなんですけどもね。
 やっちゃいましたよ。
 逆行モノ。
 しかも、どういう逆行やねーんと、突っ込みがくるくらいに。
 別にシリアスにするつもりないですし(ここで言うか)、いつもの私の作品のように、気楽に楽しんで下さいね。
 ちなみに時期としては、お分かりかと思いますが、シンジがディラックの海に飲み込まれた直後となります。
 しかしそれにしても、またなんで逆行モノかというとですね。
 
 シンジくんにいいようにからかわれててれてれーなアスカ様が書きたかったああああぁぁぁ。

 という、本人が聞いたら、まず間違いなくキルされるような理由です。
 でもいいと思いませんか?
 初々しくて、てれてれーな、アスカ様。
 同意求むです。

 というわけで、後編をお楽しみにー。
 なんか、変なテンションのふゆでしたー。



ふゆさんからちょびっと逆行してらぶらぶなお話をいただきました。

シンジ君としてはアスカとのらぶらぶな関係や行為(って何だ)の記憶が自分の中にしかなくそうした事実そのものが消えたということは哀愁でしょうか‥‥って、そういう雰囲気でもないですね。

なんかまずい事態起こってますか?歴史変ったって言ってるし‥‥

ちょっとだけスリルとサスペンスなお話を送っていただいてくださったふゆさんに感想メールを書いて、後編も送ってもらいましょう!