シアワセノカタチ


第四話「ヒトの心」
WHAT IS KOKORO?


ハマチュウさん作





(惣流・アスカ・ラングレーの場合)



薄暗い部屋、白い壁にベージュの天井、そして白いシーツ、白いベット・・・。

ピッピッピっと電子音を鳴らす機械、それから伸びるチューブはアタシの四肢に続く。

ここはアタシの部屋、ネルフの特別病棟303号室。



・・・・からっぽ・・・・・アタシの心・・・

・・ピッタリね・・・・・空虚

・・・・暗黒・・・・

・・・落ちて行く底無し沼・・・・。


アタシの目は周りの状況を正確に捉えるが、まるで意味をなさない・・・そうTVで遠い国を見ているような・・・まるで現実と捉えることが出来ない。


アタシの体もそう・・・感覚はある

・・・触感痛感その他・・・

しかしそれも意味をなさない・・・自分の体なのに他人事のような感覚

・・・力を入れて動かす気にもならない

・・・なにか繭に入ってるよう

・・・ふふふ

・・だったらサナギになって何かこの体から飛び出て行くのだろうか?

・・・逆ね・・・このまま固まって死を迎えるのだろう・・・

そう「死」・・・それはコノ苦しみからの解放・・・



・・・チリッ・・・

久々に現実を匂わせる痛覚がアタシの胸に宿る。

「死」

望んでいるのに望まないもの・・・

だったら生きたいの?



「生」

・・・ざわざわざわ・・・・

今度は胸の中を蠢くものがある。

イヤだ・・・死にたい・・・再び確信するアタシの心。



・・・チリッ・・・

再び痛み。

シアワセも知らずに?アタシの人生ってプラス?マイナス?
そうマイナスよね、人生潰してエヴァにかけて来たのに・・・。

・・・ざわざわざわ・・・・

報われたいの?優しくされたいの?
自分を見て欲しいの?

随分と弱いのねアタシ・・・そんな人間に価値あるの?死ねばぁ?


・・・チリッ・・・
・・・ざわざわざわ・・・・
・・・チリッ・・・

アタシの心は今にも壊れそうだった。

いや既に壊れていたのだった・・・。






そもそも何故アタシが壊れたのか・・・。

なんの事は無い・・・自業自得だ。

「シアワセ」

アタシの望んでいたもの、知ってしまったもの、そして手から零れ落ちて行ったもの。

知らなければ良かった・・・と思う。

そうすればこんなに苦しむ事は無かったから。



事の起こりは日本に来てからだ。

「日常生活」この単語はアタシにとって縁の無い言葉だった。

訓練・勉強・テスト・訓練・勉強・テスト・訓練・勉強・テスト・・・これがアタシの9年間。

そして帰って寝るだけの監視カメラ付きの部屋。

エヴァに全てを費やしてた人生。

休日?余暇?遊び?恋愛?ナニソレ?だった・・・


そしていざ戦場たる日本へ来た。

するとどうだろう、与えられたのが家族、仲間、学校、級友、余暇、そしてプライバシー。

抑圧されていた反動はアタシの体を駆け巡った。




碇シンジ・・・サードチルドレン、使徒撃破数NO1のアタシの敵・・・そのつもりだった。

保護欲・・・とでも言うのだろうか・・・アタシの心にそんなものがあるとは知らなかった。

おどおどとした自信無さそげな態度、優しい笑顔、こまかな気遣いのある同居生活

そして溶岩の中に飛び込んできた男・・・そう男・・

弟のような存在、アタシの後を付いてくるカワイイ男、そしていざと言う時にはアタシを守る騎士

そんなアイツをアタシは好きになってしまった。

エヴァパイロット・・エリートのアタシではない惣流・アスカ・ラングレーと言う女の子としてアタシを見つめるシンジの目が嬉しかった。

だからアタシは愛情を込めて虐めてやった、愛の鞭?カワイイ弟をアタシの男にしたくて鍛えた・・・つもりだった。




でもアイツは弱すぎた・・・優しすぎた・・・

親友に一生物の傷を負わせ反乱を起こしたアイツ、そしてエヴァを降りて普通の生活に戻るとアイツが決めたときアタシは正直ほっとした。

優しいアイツには厳しいこの世界の水は合わない・・・

アタシはエリートとして勝ちぬいてきた身だからわかる・・・いかに自分が優秀かを誇示し、ライバルを見下し落ち度があればここぞとばかりに攻撃する・・・それがエリートの世界、他人をかえりみる事なんてしない。

でも・・・アイツは他人をかえりみる事しかしない男・・・優しすぎる男・・・


これが素直なアタシの気持ち、だから反対もしなかったし見送りにも行かなかった。

顔を見るのが辛いから。

アイツとの生活がシアワセ過ぎたから・・・。



そしてアタシは戦いに出た。

アイツの穴を埋めるため、アイツに使徒もエヴァも戦争も無い平穏無事な生活を送らせるため・・・

・・・結果は惨敗、アタシの弐号機もファーストの零号機も大破。

おまけに戻ってきたアイツが圧倒的な強さで使徒を倒した・・・。



・・・屈辱・・・そう屈辱。

アイツを守りたくて戦ったのに丸で歯が立たなかった、そしてアイツが戻ってきて戦ったのだ。

無力感・・・アタシの9年って何だったのだろう?

1ヶ月間、ベットで悔し泣きをした。

「バカシンジに負けた!」

己の無力を悔いていたはずなのに、何時の間にかシンジに負けた事に転嫁していた。

そうでないと自分に何も無い事が思い知らされそうで。

だからシンジに転嫁して逃げた。

アタシはシンジが嫌い・・・嫌い・・・嫌い・・・嫌い・・・嫌い・・・嫌い・・・

呪文の様に繰り返し唱えれば言葉は心をも支配するのだ・・・と他人事の様に感じていた。


そしてミサトも嫌いになった。

三人で暮らすのが嫌になった。

偽りの家族が嫌になった。

そして今までのシアワセな日常が全てが嘘の様に嫌いになった・・・・








アタシは嫌いな男に抱かれた。

正確には抱いたになるのだろうか?

アタシが誘ったのだ。




アタシはシンジに対して敗北を認めた。

それが判らないほど馬鹿でない・・・と言うより鍛えられた状況判断能力の賜物だ。

皮肉・・・そう思わずにいられない。


そしてその頭脳はアタシに得られなかったエースパイロットの栄光の座・・・この次善の策を取るように命令する。

それは偽りの栄光を得ること。

曲がりなりにも世界で片手ほども見付かっていないエヴァパイロット、そしてアタシは使徒戦に参加しているのだ。

一応英雄として扱われるだろう。

人生設計・・・まるでサラリーマンのような言葉があたしの頭に浮かぶ。


数年間日本に滞在、その後ドイツに帰国、マスコミに英雄、世界を救ったヒロインと騒がれ、見栄えのするエリートの恋人を数人作り、優雅な毎日を送る。
そして適当な実業家と結婚、いやファーストレディーの座も夢ではないだろう。
さらに離婚し世界最高の男がこぞって欲しがる、世界最高の女として生きる!


そんな夢想に取りつかれた。

そこまできて問題が一つあった。

アタシはまだ経験が無かった。

英雄でエリートのアタシの外ッ面を見て寄ってくるような連中に、バージンをくれてやるのはイヤだった。

恥かしいと言うのが正しいのかもしれない、アタシは別に処女に価値感を持っているわけではないから。

セックスにおいても世界最高の女として劣っているわけにはいかない。




と言う事で日本で相手を求めた。

シンジ・・・以前は好きだったが今では絶対にイヤだ。

加地さん・・・以前は憧れていたが、今では汚らしく感じる・・・ミサトの男だもの。

デートの相手・・・顔も覚えていない。

級友・・・問題外・・・。

となると適当に男を拾いに街に・・・となるが、なにせアタシは容姿が目立つ。

クウォーターの美少女・・・ともなれば直ぐに名前身分まで知れてしまうだろう。

馬鹿な男に「バージンを奪ったのは俺だ」となど言いふらされてはたまったものではない。

アタシの将来設計に害をなさない男・・・この条件で選ぶと・・・やはり相手はシンジだった。



ネルフ総司令の息子、エヴァンゲリオン初号機パイロット、使徒撃破数NO1のエース、そしてアタシの同僚兼同居人。

外面と内面・・・条件が揃いすぎていた。

たとえ関係が公になったとしても、激烈な使徒戦の中で生まれた信頼関係、そして愛情・・・などと何も知らないマスコミが美文調で喧伝してくれる事だろう。

アタシから全てを・・・エヴァを奪った男・・・それでいて情けない男・・・以前好きだった男・・・嫌悪感が先立つがそんなものを無視できるようアタシは訓練されていた。

またも皮肉だ・・・




・・・アタシはシンジと寝た。

破瓜の苦痛には耐えた・・・又も訓練の賜物。

当然の事ながら充足感も何も無い・・・タダ一つ・・・シンジとの絆を壊してしまった・・・そんな気がした・・・。

アイツは死んだ魚のような目をしていた・・・





(碇シンジの場合)



僕はアスカと寝た・・・

以前からアスカの事は好きだった。

眩しい・・・眩しすぎる存在・・・それでいて同居している彼女は普通の女の子の一面も見せてくれた。

とても楽しい・・・シアワセな同居生活だった・・・でも僕はそれが長くは続かないだろうと予想していた・・・

僅かなシアワセの後には長い苦しみの生活・・・何故そう思うのか?・・・僕の心の奥底に刻まれた法則・・・

でも予想は当たっていた。



僕はアスカをシンクロ率で抜いた・・・当然アスカは機嫌が悪かった。

でもそれは表層だけの様だった・・・アスカは次の戦い・・・第十二使徒戦で使徒に取りこまれた僕を心配してくれていたらしい。

病院にも見舞いに来てくれた・・・恥ずかしそうに・・・とても嬉しかった・・・彼女の気持ちが・・・

そして第十三使徒・・・思い出したくない・・・今でも父さんが許せない。

でもアスカだけだった・・・トウジがパイロットと言う事を教えてくれたのは・・・そして彼女のその手でトウジを殺そうとした・・・僕を苦しめないために・・・

結果はアスカの敗北だったが・・・

敗北・・・敗北がなによりアスカを傷つけた・・・と思う。

第十四使徒戦、弐号機の惨敗する姿、零号機の特攻・・・そして僕は決意した・・・僕が守ると・・・

そう「守る」・・・いや「守りたい」・・・自分の事よりも大切な事・・・存在・・・を見つけた。

だが1ヶ月間エヴァに同化していた僕の帰りを待っていたのは・・・変わり果てたアスカだった。


以前のような煌き・・・ふとしたおりに見せる優しさ・・・そんなものはなくなり、彼女の陰に隠れていたヒステリックさが前面に押し出てきていた。

でも僕はアスカが好きだった。

だから、なんとなじられても優しくした・・・それしかアスカと接する方法を知らなかったから。

そしてアスカとの溝がますます広がった・・・彼女曰く「なにスカしてんのよ!」・・・「さすが無敵のシンジ様ね」・・・だそうだ。


そしていつだっただろうか?

アスカが僕を誘ってきたのは・・・

きっかけなんか覚えてはいない・・・それほど強烈な体験だった。

拒絶しようとした・・・僕はアスカが好きだったから・・・でも抗えなかった。

アスカの視線・・僕を睨みつける目、薄ら寒い・・・そしてピリピリとした空気・・・憎まれている・・・そう実感する彼女の刺すような視線・・・

・・・吐き気を催す・・・

だが下半身からは痺れるような快楽、視界の隅に移る美しい彼女の体・・・

僕は快楽の方に逃げた・・・大好きなアスカを引き止められなかった・・・彼女の心より彼女の体を望んだ・・・

なにが「アスカの事が自分の事より大事だ!」だ・・・そう・・・吐き気を感じたのは臆病で卑怯で情けない自分自身に対してだった。






≪コンフォート17≫


赤毛の少女が黒髪の少年に跨り、絡み合うようにベッドに寝転んでいた。

本日何度目かの情事の後・・・

少年はつい呟いてしまった。

「アスカ・・・好きだ・・・」

ぐっと少年の裸の胸に手をつき、半身を起き上げた少女は目を見開いて、憎悪の表情をあらわす。

「なにが好きよ!・・・アンタ見てるとイライラすんのよ!!!」

瞳孔は開き彼女が正気ではないことを知る少年。

「自分を見てるみたいで?」

少年の目も焦点をもたず正気ではなかった。


「ハン!アンタ!自惚れんじゃないわよ!

アンタに体をくれてやってるのはストレス解消のためよ!間違えないでよね

・・・あ〜あ・・・加持さんがいてくれたらシンジみたいな奴とセックスしなくても済んだのにね〜

加持さんならもっと上手くアタシを抱いてくれるだろうな〜」


ベットから降りて服を着始めた少女。
少し冷静さを取り戻した様子。
・・・いや単に喧嘩慣れしているだけであろう、調子を変えて相手の最も傷つくであろう言葉を選ぶ。


「加持さん加持さんって・・・もう居ないのに・・・」


俯いた少年も服を着ながら呟く。


「なんですってぇ?」


苛立った少女の質問、言葉の色には相手を刺激するエッセンスが含まれている。


「だから加持さん加持さんって煩いんだよ!加持さんはもう居ないんだ!死んだんだ!」


「なによ!バカシンジの癖に!」


パアァァァァン!
鳴り響いた音。


少年が少女から食らった2度目の平手打ち、1度目は出会いの場所空母オーバーザレインボウ。

そして2度目はリビング、情事の後だった。





さすがの少女もショックだったようだ。

テーブルに向って俯き、椅子から離れ様としない。

(悔しい!、加持さんが死んだ事を知らなかったなんて
・・・シンジが知っていてアタシに気遣って今まで喋らなかったなんて
・・・悔しい・・・)



一方の少年は少し目覚めていた。

熱い平手は少年の心をすこしだけ揺り動かし、自分自身の心を取り戻させる。


(アスカの事が・・・大切じゃなかったのか・・・自分のことより・・・)


ほんの僅かに残った正気に従い活動を再開するシンジの心。
それは少しだけ計算だかい行為。



「ねえアスカ・・・何か役に立ちたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ」



「じゃあ、何もしないで。もうそばに来ないで。あんた私を傷つけるだけだもの」



「・・・アスカ・・・助けてよ・・・ミサトさんも綾波も怖いんだ・・・」


それは最悪の結果を生み出す言葉。
アスカのプライドを考えたのか、保護を求める弱々しい自分と言う演技。
・・・そんな浅薄な考えはアスカをより刺激する。
結果はアスカの激昂という形になって現れた。


テーブルに座っていたアスカが明確な怒気と共に立ち上がる。
それはもう殺気とも・・・いや狂気と言うのが正しいだろう。
アスカの恐ろしい眼光に気圧され後ずさりするシンジ。


「アンタ・・・誰でもいいんでしょ・・・ミサトもファーストも怖いからアタシに逃げてるだけじゃないの・・・」


怒りによってのみ生気の保たれるアスカの低い声。


「・・・助けてよ・・・」


もはや演技など無いシンジ。
言葉通り許しを請うように逃げ惑う。


「ホントに人を好きになったことなんて無いのよっ!」


張り手ではなく訓練された掌手でアスカの全体重を載せてシンジを突き飛ばす。
突き飛ばされた衝撃でテーブルからコーヒーメーカーが床に落ち黒い熱湯の水溜りを作る。
その上に倒れたシンジ、肩に熱いものを感じるがもはや狂気と言う精神が肉体を凌駕したのか意にも介さない。


「・・・助けてよ・・・誰か僕を助けてよ・・・」


シンジの口が呟く言葉。
しかし両腕はテーブルを掴み引き倒す。


「お願いだから助けてよ!僕を助けて・・・一人にしないでよ!」


椅子を持ち上げ振り回すシンジ。
観葉植物がなぎ倒され陶器の割れる音がする。
ぶつけられたフローリングの床に大きな傷がつく。
そして叩きつけられた椅子が壊れた。

大きく肩で息をつくシンジを冷たく見守るアスカ。


「・・・・・・・イヤ・・・・・・・」


アスカの簡潔なそれでいて間違いの無い拒絶の言葉。
しばらく息を整えるシンジ。

アスカは視界に狂気の目をしたシンジが映った瞬間自身の首に絶えがたい圧迫感を感じる。
それは「死」と言う甘い誘惑。
苦しみからの開放だった。






コンコンコンっ!

ドアをたたく音。
突然のその大きな音に、アスカはLCLの中の記憶をたどる事を中止する。

ノックの主は葛城ミサト、シンジの首根っこを掴み吊り上げられるようにしてアスカの部屋に二人が入ってきた。

ミサトの憤慨した顔とシンジの右頬の腫れを見れば、なにか事態が斜め45度に傾いて伝わった事が推察される。





「ほ〜らアスカ!連れてきたわよん♪

煮るなり焼くなりお好きにどうぞ♪

まったくカワイイ顔して、アスカを手篭めにするたぁイイ度胸ね!」






突然の訪問に慌てふためくアスカ。

さすがにシンジに逢う心の準備が出来ていない。

おまけによりによって一番冷静でない人が、問題のシンジを連れてきてしまったのだ。

あちゃぁ〜!と天を仰げるものなら仰ぎたかったであろう。






「あのさぁ・・・ミサト・・・なにか間違った事・・・伝わってない?」






「なによ!アスカ!気を使うことは無いわよ!

はっきり言ってやりなさい!シンジ君の所為で妊娠しちゃったって!」







あちゃぁ〜!と今度は本当に天を仰ぐアスカ。

どうしても自分から伝えたかった事をミサトから言われてしまった。





「ミサト・・・悪いんだけどシンジと二人っきりにしてくれる?」



「なに言ってんのよ、ここはワタシが・・」



「いいから!ミサト!アタシとシンジの二人にして!!!」



事態の収拾を図るアスカ。

有無を言わせない強い眼光でミサトを部屋から追い出す。



葛城ミサトが渋々ながら退出する・・・しかし二人っきりになったとたんその部屋には静寂が訪れた。

そしてなかなか立ち退きそうに無い。





「あの・・・アスカ・・・妊娠したって・・・聞いたんだけど?」




沈黙を破ったのはシンジの方だった。

当然の事ながら初めての経験に戸惑いは隠せない。




「・・・そう・・・なのよ・・・
アハハハハ・・・できちゃって・・・ね・・・




アスカの方も普段の聡明で自信溢れる彼女からは信じられないような、曖昧で力の無い受け答え。


そして再び沈黙。


チッチッチッチッチ

チッチッチッチッチ

チッチッチッチッチ

チッチッチッチッチ

チッチッチッチッチ

チッチッチッチッチ

チッチッチッチッチ


備え付けの時計の秒針だけの時が流れる。




止まっていた二人の時間を進めたのは又もシンジだった。




「アスカ・・・こんな情けない僕だけど

・・・卑怯で・・・臆病で・・・逃げてばかりで・・・

でも・・・アスカ!責任と・・・」



「待ったぁ!!!」


突然の大声はアスカ。

シンジの言葉にようやくかけられていた呪縛が溶けたのか、彼女らしい勢い満杯で喋る。



「責任取る!なんて言わないでよね!

アタシは妊娠したからって結婚迫るような弱い女じゃないわ!

アンタに抱かれたのだってアタシが選択した事なんだから

アンタに責任なんて取らせないわ!」



一気にまくし立てたアスカ。

しかし先ほど泣いた事で露わになったシンジへの想い・・・

いや自身の心に隠していた溢れるシンジへの想いは10分の1も伝えられていない・・・

いや逆に悪い心象を与えているであろう。

アスカの悪しき性癖・・・





当然シンジにはそれがアスカの拒絶の言葉に聞こえた。

しかし今の彼はそれで引き下がるほど弱くは無かった。

いざとなれば影ながらアスカの事を守る・・・との想いがあるが、できれば影でなく表で守りたいのも確かだ。

しかし14歳の少年の彼に、妊娠した14歳の少女の心を掴む適切な言葉は持ち合わせていなかった。

やっとの事で出てきた言葉がコレだった。





「でも・・・僕の子供だし・・・」





「シャラーップ!

アタシの子供よ!

アンタに抱かれた・・・

ゴメン・・・言い方悪いわね・・・アタシから・・・殆ど無理やりだったもんね・・・

・・・ゴメン・・・

・・・避妊しなかったアタシの責任なの・・・

・・・だからシンジに責任なんて無いわ・・・」



最後少し鼻声になってしまったアスカ。

さらに言葉の泥沼に嵌ってしまった。

そして再び沈黙。


(このままじゃ今までと変わらないじゃない・・・

意地張ってシンジの優しさ拒絶して、シンジ傷つけて・・・

自己嫌悪して、それを隠すためにさらにシンジ傷つけて・・・

・・・駄目・・・

素直になるのよ・・・アスカ・・・自分の気持ちに・・・)




そんなアスカに声をかけるシンジ。


「僕は・・・アスカの・・・何か役に立ちたいんだ」


シンジがアスカに拒絶された時と変わらない台詞。

シンジにとって禁忌とも言える拒絶と言う恐怖を思い出させる台詞。

でもシンジの心の奥底に潜む唯一の真心。

・・・臆病で・・・

・・・卑怯で・・・

・・・情けなくて・・・

・・・自分勝手な自分・・・

そんな自分が初めて見つけた自分自身より大切なもの。


そしてシンジの言葉は、今回は大きくアスカの心を揺り動かした。。




ふう〜と1回大きな深呼吸をするアスカ。

そして意を決したアスカが口を開いた。



「じゃあさ・・・一つだけシンジにお願いがあるんだけど・・・聞いてくれる?」



「あぁ・・・アスカ、何でも言ってよ」



すぐさま承諾するシンジ。




「アァ・・・ア・・・アァ・・・ア・・・」




珍しく顔を真っ赤にしてどもっているアスカ。




「ア?」




相槌を入れるシンジ。








「アタシとお付き合いしてくださいっ!」







一気にそれだけ言うと、さらに真っ赤になったアスカ。

もはやシンジを見ていられないのだろう、目を閉じて俯いている。




「へ?」




先ほどから単音のみ発音のシンジ、ポケッとしている。

鳩が豆鉄砲を食らった・・とはこのシンジの表情のためにある言葉だろう。

早口でまくし立てるアスカ。






「勘違いしないでね責任取れって言ってるんじゃないのよ

ほら・・ただ付き合って欲しいだけなんだからね

こんな事になっちゃってから言うのも可笑しいけど

前からシンジの事悪くないって思ってたし

お互い体の相性も悪くないみたいだし・・・

・・・ってそんな事じゃないのよ!

ほら!・・・ずっと一緒に生活してるからわかってる部分多いし

だからお互いに幻想擁かないでしょ!?

アンタ料理も掃除も洗濯も完璧にこなすから結構理想的・・・

・・・って・・・違う・・こんな事じゃなくて・・・」




照れ隠しに喋ってるうちに支離滅裂となってしまう。

ほうっ

溜息を一つついてから、考えをまとめなおす。




真っ赤になったアスカは意を決しつつもやはり恥かしいのであろう

シーツで顔を半分隠しながら上目遣いでボソボソと再び喋り出す。





「ゴメン・・・やっぱり赤ちゃんに幸せになって欲しいから、父親が欲しかったの・・・

でもシンジに散々酷い事しちゃって・・・しかもそれで出来ちゃった子供だもん・・・

素直に言えなくて・・・

だからお願い!シンジ!アタシと付き合って!

アタシ頑張るから!

自分勝手で我が侭で破滅的な性格直すから!

料理も掃除も洗濯も出来るように頑張るから!

・・・それでも駄目な女だったらアタシの事捨ててくれても構わないわ

自業自得だもん

でもちょっとでもアタシの事好きになってくれたら・・・

・・・違う・・・好きになって欲しいの!

だって・・・だって・・・アタシ・・・シンジの事好きだから!」




最後遂に涙が溢れてくるアスカ。

(ヤダ・・・これじゃ泣き落としみたいじゃない・・・ヤダ・・ヤダ・・)

と思いつつも涙は止まらない。

自身の行為への後悔は彼女の涙腺を弱くしていた。






「うん、わかった・・・付き合おう・・・」




シンジの簡潔な答え。

晴れ晴れとした顔をしている。





ぐしゅっ!

鼻をすすりつつ俯いていた顔を上げる少女。

目だけでなく鼻も真っ赤であった。





「シンジ・・・本気?」





「うん」





「後悔しない?」





「うん」





「それじゃ・・・友達からお願い・・・ね?」





「うん」





アスカがおずおずと右手を差し出す。

一瞬何の事か判りかねるシンジだが、すぐさま自身の右手を差し出す。

ぎゅ!

シェイクハンド・・・つまり握手を交わす二人。




「「じゃ・・・これからよろしくお願いします・・・」」



久々のユニゾンだった。

忘れていた心の重なり。

やっと二人の関係が取り戻せたような気がした。







プチン!

監視モニターの電源を切る葛城ミサト。


(まったく!子供まで作って・・・ようやく『友達』からお付き合いか・・・

おまけに握手・・・微笑ましすぎて、笑っちゃうわね・・・

・・・ま・・・いっか・・・

なにはともあれシアワセへの第1歩って所ね

あの子達には誰よりも幸せになる権利があるもの・・・

いえ・・・幸せにしてみせるわ!)


子供達を散々傷つけ利用した自分達の罪が少し軽くなるような気がした。

しかしすぐさま犠牲の子羊としてシンジを再び使う事となる。

それは館内放送だった。



「ザァ・・・サードチルドレン碇シンジ・・・至急司令室まで出頭するように・・・ザァ・・・」





つづく


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