ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・

ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・

ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・ザァ・・・


・・・紅い海から聞こえる周期的な波音

・・・それはまるで母親の心音のように落ちつくリズム・・・。



薄暗い世界、対照的な白い砂浜・・・沖に見えるのは真っ白な生首・・・綾波レイ。

そして罪人の様に十字架となったエヴァ量産機・・・



少女が目覚めたときの世界。

ゆっくりと半身を起こす。

ぎゅむ!・・・軋む真紅のプラグスーツ。



「・・・気持ち悪い・・・」



少女が発した一言目。

この新しい世界で始めての言葉。




何処からか生暖かい風が吹き、少女の赤い髪を揺らす。

髪を束ねようとした少女の視界に、寝転ぶ少年の姿が移る。

線の細い少年・・・白いカッターシャツに黒い学生ズボン・・・黒髪と細い眉毛・・・。

少女にとって見慣れた姿。



ゆっくりと伸し掛かる様に少年の体の上に移動する。

少年に馬乗りになった少女。



パン!



小さな音。



パン!



先ほどよりは少しだけ大きな音。



パン!・・・・・・・・・・・・パン!・・・・・・パン!・・・パン!・・・パン!パン!パン!パン!パン!



どんどん間隔が早く、そして音も大きくなる。



「・・・起きなさい・・・起きなさいってば!バカシンジ!」



涙混じりの声と共に、炸裂する平手打ち・・・この場合往復ビンタ。

左右の手をリズミカルに振る少女。



「痛て・・・痛て・・・痛て・・・痛いイタ・・・イタタタタ!」



とようやく声を発する少年。



殴られ過ぎで既に涙目な少年の視界に写ったのは、猛烈な勢いでビンタを食らわせる真っ赤な少女。



「・・・ア・・・アスカ!何やってんだよ!・・・アゥ!アゥ!アゥ!アゥ!」



パン!パン!パン!パン!パン!



それでも手の動きを辞めないアスカと呼ばれた少女。



「痛いってば!アスカ!」



ようやく体を捩り自身の両手でアスカの両手を捕まえて動きを封じる。

マウントポジションの彼女は唯一残った武器で更に攻撃を加えた。



ゴツン!



少年の額に少女の額がぶつかる・・・軽い痛み・・・

長い髪が音に数瞬遅れてシンジの顔に掛かる。





そして唇に触れる柔らかい・・・暖かい・・・感触。








それがスイッチだった。










少年の手は少女の背中と腰に回る。



少女の手は少年の頭を捏ね回す。



まだ幼さを残す二人が淫靡とも言えるほど激しく求め合う。







再び体が溶けるような感覚・・・そして二人の意識はブラックアウトした。








シアワセノカタチ

第三話「三年前」
 Three years ago

ハマチュウさん作






再び目覚めたとき・・・見なれた天井だった。





(・・・夢?それとも現実?)



ゆっくりと体を起こすアスカ。

傍らの医療機器がピピ!っと電子音を鳴らし液晶画面に『α波確認』の文字。

モニターされているのだろう、すぐさま駆け付けて来る者がいた。

ハイヒールのコツコツという音。



「アスカ気がついたのね・・・」



相変わらず白衣を着た女性、赤木リツコ。

手にはバインダー、書類を一瞥しながらアスカに話しかける。



「気分はどう?」



「あんまりすぐれないわ・・・」



「そう・・・仕方ないわね・・・その状況では・・・」



「状況か・・・そう言えばなんでアタシここにいるの?」



「何も覚えてないの?シンジ君と二人で地底湖のほとりに倒れてたのよ・・・」



(そう・・・アレは現実だったんだ・・・でも現実なら何故こんなに静かなの?)



「状況・・・説明できる?・・・私達も気がついたら・・・その・・・生き帰ってて・・・判らないのよ・・・」



リツコはゲンドウに撃たれて死んだ・・・そこまでしか記憶が無かった。

気が付いたときにはヘブンズゲート内でゲンドウと二人倒れていたのだった。

同じく頃多くの人々・・・ネルフ職員、戦自隊員・・・サードインパクトの瞬間まで生き残っていた者・・・そうでない者・・・全ての者が朝目が覚める様に形を取り戻した・・・今まで通りの姿で。



(紅い海・・・LCLに溶けた世界・・・

・・・アレが進化した姿・・・

・・・でも違う気がした・・・

・・・安心できたけど・・・

・・・でも違う気がした・・・

・・・だってアタシが居ないもの・・・)



僅かに残るLCLの海の記憶を辿るアスカ。

・・・が・・・突然の嘔吐感が彼女を襲う。



ベットから駆け下りて備え付けの洗面台に吐くアスカ。



「・・・やっぱ・・・無理が祟ったかな?」



自嘲気味の台詞。

完全に体調を崩し病院で点滴の生活が続いていたアスカ、そんな自分がエヴァに乗って激烈な戦いを行ったのだ。

『その』所為だとアスカは思っていた。

しかし白衣の女性はあくまで冷静だった。



「・・・9週間よ・・・」



「何が?」



「胎児」



リツコの簡潔な答えに苛立ちを隠さないアスカ。



「だから何が?」



「アナタの子宮内部の胎児・・・推定60日って所ね」



衝撃の事実・・・の筈だがアスカは軽く受け流した。

まるで予想された事の様に。



「・・・そう・・・」



ぼふっ・・・アスカは再びベットに音を立てて寝転んだ。

左手で前髪をかきあげ、頭に手を置く。



「意外に冷静ね?」



「アタシがうろたえるとでも思ったの?」



「・・・判らないわ・・・私も未経験の事だし・・・」



「・・・父親・・・聞かないの?」



「シンジ君でしょ?」



「やっぱりバレバレか・・・プライバシーなんて無いのね・・・」



皮肉たっぷりの言葉にも動じないリツコ。



「で・・・どうするの?堕胎するなら早い方が安全よ」



『堕胎』・・・この単語はアスカは今度は衝撃を受ける。





(赤ちゃんか・・・絶対にいらないと思ってたのにね・・・

・・・どうして避妊しなかったんだろ・・・

・・・自棄・・・起すもんじゃないわね・・・)




突然アスカは自分自身の半生を思い出す。




(辛い事ばっかり・・・頑張って・・・

・・・ただひたすら頑張って・・・

・・・エヴァのパイロットに選ばれて・・・

ママに殺されかかって・・・

・・・それでもエヴァの為・・・ただそれだけの為に頑張ってきて・・・

なんだったんだろ?アタシの人生?

・・・こんな辛い事ばっかりの人生って無いわよね・・・

いい事なんて一つも無くて

・・・それで今度は妊娠・・・中絶か・・・お笑いね・・・)





ボタ・・・ボタボタボタ・・・。




少女の目から大粒の涙が豪雨の様に降り始める。





「アスカ・・・泣いてるの?」




「なんでアタシが泣かなきゃならなのよ!」




との台詞を吐こうとするが鼻に流れ込んできた液体で声が出ない。

アスカは自身が泣いている事が信じられなかった。

絶対に泣かない!が彼女の口癖。

事実、五歳の頃から1度も彼女は泣いたことがない。




しかし現実に泣いてしまった。

溢れる涙は彼女のATフィールドを溶かす。

沢山着こんでいたしがらみを溶かす。

堅牢な心の鎧を溶かす。

そして震える熱い心・・・アスカの自分でも知らない本当の自分自身を露わにする。

そして信じられない言葉を自分自身の口から発っしてしまう。




「イヤよ!中絶なんてイヤ!!絶対イヤ!!!

・・・苦しみも・・・

・・・悲しみも・・・

小さな・・・ほんの小さな・・シアワセも感じる事すら許されずに死んで行くなんてイヤ!

せめてこの子にはシワワセを感じて・・・シアワセになって欲しいの!!!」




女は赤ちゃんを自身の『分身』と本能的に感じる。

アスカも例外ではなかった。

自分自身の辛い不幸な半生をつい赤ちゃんの未来と重ね合わせてしまう。

不幸な自分が、自分以上に不幸な・・・

・・・いや不幸とすら感じる事が出来ないままの胎児を殺す・・・

そして得た結論は『そんな事はさせない!』だった。





(それは赤ん坊の事?それともアナタの事?)

アスカの言葉にリツコはこんな感想を思い浮かべる。





「じゃあ産むの?」




しかし自身の思いなど億尾も出さず、すぐさま間も置かずにアスカに問うリツコ。

アスカは『産む』の台詞に再び衝撃を受ける。





(そっか・・・中絶しないなら産まなきゃいけないんだ・・・

・・・保留ってのがあればイイのにね・・・)





と妙な事を考え付いてしまう・・・が答えは既に決まっていた。





「・・・産みたい・・・イエ・・・アタシ産むわ!!」




と高らかな宣言。


リツコは目の前の少女・・・自身の下腹部を複雑な表情で見つめるアスカ・・・を見なおさずに入られなかった。

リツコにしてみれば「我が侭な少女」でしかなかった彼女が、今やリツコ自身では持ち得なかった「母親としての自分」を体現しているのだ。

冷徹と思われているリツコだがそれは「科学者としての自分」を前面に押し出しているからであり、「女として」「母親として」の女性の形質を認めていないわけではなかった。



ふぅっと溜息をついたリツコは、珍しく微笑を浮かべた。





「そう・・・判ったわ・・・」





それは簡潔な同意。



「・・・反対しないの?」



リツコの言葉が意外なのだろう、そして恥かしいのかシーツで少し顔を隠しながら聞くアスカ。



そして再び笑みを浮かべるリツコ、一言添えて部屋を退出しようとする。



「アスカ・・・あなた今・・・今までで一番イイ顔してるわよ・・・」



ほへ?

っと驚いた表情はアスカ。

リツコの批評とは別に随分と間抜けな顔。



そしてもう一言添えて姿を消した。



「・・・一応・・・父親にも相談するのね・・・」



再びハイヒールのコツコツと鳴る音。

アスカは『父親』の言葉に表情を暗くする。

・・・自身が行ったシンジへの仕打ち、自身が妊娠へ至った行為を思い出した・・・









シンジが再び目覚めたとき・・・見なれた天井だった。



(・・・夢?それとも現実?)



ゆっくりと体を起こすシンジ。

傍らの医療機器がピピ!っと電子音を鳴らし液晶画面に『α波確認』の文字。

モニターされているのだろう、すぐさま駆け付けて来る者がいた。



ダッダッダ!と凄い勢いで駆け抜ける音。

駆けてきた猛牛は余勢を残したままシンジに飛びかかる。



むぎゅぅ〜!!!ジタバタ!ジタバタ!



「良かった・・・良かった・・・」



声の主は赤い軍服のジャケットを身につけた葛城ミサト。
ボタボタとシンジの頭にしょっぱい雨が降ってくる。



万感・・・そう言えば良いのだろうか。

ふたり・・・姉と弟・・・上司と部下・・・関係は色々。

そして想いも色々。

傷つけられた事もあった。

利用された事もあった。

でも大切な家族・・・

戦いの中で唯一見つけた安らぎの時間を共有した家族。

お互い死別を覚悟していただけに再会の喜びは一入だった。




「もう起きないんじゃないかって・・・

・・・良かった・・・

・・・ホントに良かった・・・

・・・シンジ君・・・」




エック!エック!と嗚咽まで隠さずに泣く葛城ミサト。

シンジはミサトが泣き終わるまで抱きしめられたままじっとしていた。




豪雨が小雨に変化して、やがて青空が見えたときイヤな予感がした。




それはミサトの目・・・。

キュピーン!と光って見える。

それは怒りの目。

シンジはこんな病院のベットで、イタリアの牛祭りの主役当歳体重380kg猛々しい雄牛に出合った気分を味わう。





「この
女の敵ぃ!!!」




パァン!!!



盛大な頬を打つ音。

鍛えられた軍人の平手打ちはシンジを再び闇の世界に導いた。

シンジ・・・ブラックアウト。

(僕・・・まだ台詞なにも言ってないよ・・・)




つづく


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