―――2018年某月某日
日本の首都たる第二新東京市に存在する最高学府の付属高校「第二帝大付属高校」
朝、登校時の賑やかで若々しい喧騒があたりを包む。
そんな校舎に黒髪の少年と赤みがかった金色の髪をした少女が並んで歩いていた。
「しっかしビックリしたわよ〜まさかシンジがあんなに大胆な行動に出るなんてね〜」
嬉しそうなそれでいて虐めるような口調のアスカ。
未だにシンジと腕を組んで歩いている。
場所は廊下、二人の教室「2−A」の前。
通学路、校庭、下駄箱と来て階段廊下とずっとアスカはシンジと腕を組んだままだった。
もっとも格闘術にも長けているアスカはシンジが離れられないように見事に関節を極めて腕を組んでいるのだが・・・。
「勘弁してよアスカ・・・悪かったってば」
「悪かったぁ〜?・・・アタシを抱きしめたのが間違いだったって言うの!?
もうアタシの事好きじゃないのね・・・
あんなに二人は激しく愛し合ったっていうのに!!!」
と大げさな演技と共に突然大声になるアスカ。
念密な計算に基づいた行動である。
丁度教室に入ろうかという場所、アスカの過激な内容の大声は教室内部の者に丸聞こえであった。
「「「「えぇ〜!!!!!!」」」」
当然の如く鳴り響く歓声怒号悲鳴・・・。
すでに美人転校生と碇シンジの「第二次歩道橋直上決戦」の噂は二人の歩行速度よりも速く教室内に移動、潜伏、蔓延していた。
そこに当事者の発言・・・教室は蜂の巣を突ついた状況になった。
シアワセノカタチ
第二話「二人の時間」
TIME OF LOVER
教室に巻き起こる騒ぎを無視し、金髪の少女は黒髪の少年を連行するが如く自分の席まで連れて行った。
そしてアスカは鞄を机に置き、学校伝統の木製の椅子に座る。
「あの・・・アスカ?・・・そこ僕の席なんだけど?」
シンジが休んでいた為空いていた席をアスカの暫定的な席として昨日は使用していた。
ふんっ!
鼻息一つ立てて大威張りで答える。
「・・・アンタお払い箱・・・今日からココはアタシの席よ!」
と、どこか得意げで悪戯っ子のような表情を見せるアスカ。
ぷぷっ!
シンジとアスカ、往年のユニゾンで寸分違わず同時に吹き出す。
「「あははははっ!」」
笑い出すタイミングも一緒。
「懐かしいねその台詞!」
「でしょ?でしょ?」
と妙にはしゃぐアスカ、未だにシンジとのユニゾン健在が嬉しいらしい。
でもやっぱり大威張りのポーズも変わらない。
「って事はもしかして僕が家に帰ったら又アスカの荷物があるとか?」
「あったりまえじゃない!シンジが休んでたから1日引っ越し遅らせたのよぉ〜延滞料とホテル代きっちりシンジに請求するからね!」
「勘弁してよ〜」
「ダ〜メ!お金じゃなくて形にしてね?服でもアクセサリーでもイイワよ!」
「じゃあ週末こっちの街を案内するよ、その時でイイ?」
「OK♪随分上手くなったわね・・・デートの誘い・・・アンタまさか!?」
アスカはシンジの浮気を疑う事で更になにか奢らせようと企んだのか業と声を荒げた。
しかしその時、間に入ってくる者がいた。
「あの〜碇君?惣流さん?」
度胸ある若者、それは名も無い少女だった。
二人がナニ?と、これまた寸分の狂いも無いタイミングで同時に振り向く。
「二人とも、お知合い?惣流さんって昨日転校してきたばっかりでしょ?・・・だから・・・その・・・知りたくて・・・」
少女の照れたソレでいて緊張した口調、慣れない態度がシンジの好感を誘ったのか、彼は素直に答えた。
「うん、以前第三新東京市で一緒の中学に通ってたんだ」
「なんだクラスメイトか〜」
などの安堵の台詞と共に「へ〜」とクラス中に追従が広がるときだった。
「抱擁は外国人流挨拶なんだなぁ」
「って事はキスも挨拶でOKなのか!?」
と淡い期待の言葉も混ざっていたが、すぐさま止めを刺す言葉が発せられる。
「そして一緒に暮らしてたのよ!」
とは言わずと知れた惣流・アスカ・ラングレー嬢の答え。
ええぇ〜!!!!!
今度はクラス中に絶叫と絶望が怒涛の勢いで広がった。
だが勇気ある少女はさらなる質問を繰り出す。
「あの・・・その・・・二人の関係聞いてもイイかしら?・・・・・・」
ちらり・・・アスカはシンジの方を向き、彼がどこか諦めた表情で軽く頷くのを確認、回答に移る。
それは彼女が自身の左手を逆手にして皆に見せた。
そこには一つの指輪、そして場所が薬指。
「恋人で婚約者でもあるわ!」
相変わらずの威張った口調と態度。
級友の想像の斜め上を行っている事が妙に嬉しいらしい。
がぁーーーーーん!!!
今度はショックの音、美人転校生に憧れていたものが多数居たのは当然だが、物静かなこの少年に密かな想いを擁いていた者が男女問わず結構な数で居たらしい。
とは言え、「婚約指輪」と言う未知のものに興味を惹かれた少女達は一斉にアスカに寄りかかって質問攻めにした。
「惣流さん、碇君とどうやって知合ったの?」
「何年付き合ってるの?」
「やっぱりコッチには碇君を追いかけてきたの?」
「ねぇ〜プロポーズの言葉は?」
などなど。
シンジのほうにも男子生徒が集まっているが、こっちは手荒い祝福のよう。
「碇ぃ〜上手い事やりやがってぇ!」
「なぁ・・あんな美少女とどうやって付き合ったんだよ?」
「やっぱりもう・・・なのか?」
とにぎやかな教室の雰囲気をある一言が変えた。
「なんであんな冴えない奴が・・・」
シンジが騒がれる事が不満らしい、一応『モテル』部類に入っていた美形らしき男の呟きだった。
バン!
机を叩き和やかな雰囲気を一蹴し先ほどとは打って変った表情・・・
それはまるで戦闘中のような険しい表情。
その剣幕にアスカを囲っていた人垣がさっと音を立てて裂けた。
そしてアスカはその裂け目からズカズカと歩くとその男に詰め寄った。
「アンタ!!!シンジが冴えないですってぇ?アンタに何がわかるのよ!!!」
今にも殴りかかろうかと見えるアスカの態度。
自身の失言に焦る男、そして一気に重くなるクラスの雰囲気。
いやな空気が教室に流れ始めたその時だった。
ガタタっ!
件の碇シンジが席を立ちあがり、アスカとその男に厳しい表情を見せて歩いてきた。
さらなる騒乱の幕開けか?
誰もがそう思い、氷のような冷たい空気が教室に立ち込め始める。
しかし・・・少し違うようだった。
それは碇シンジの歩き方、そして態度。
すこしオーバーなまでの内股、それでいて跳ねるような威風堂々と表現するのがピッタリな力強い歩み、ヒップを上げたその腰つきはどう見てもオカマさんだ・・・。
さらに短く切り揃えられた黒髪がなびくはずも無いのに、右手でロングヘアーをファサーっとかき上げるような仕草を行った。
そんな妙な態度で彼が迫って行った場所は皆の予想とは違い、男の所ではなく美人転校生のほうだった。
そしてアスカの顔をじーっと覗きこむ。
「な・・・なによ・・・シンジ・・・」
と返すのが精一杯の金髪の少女、
「噂のサードチルドレンはドレェ?」
少し巻き舌なシンジ、そして何故か女風の喋り。
「シ・・・シンジ・・・まさか・・・」
聡明な彼女は全てを察したのか、額に頬に盛大な汗を浮かべた。
するとオカマ風のシンジがジト目でアスカの顔の目前まで迫り、値踏みするような態度とその後の言葉を続けた
「ふ〜ん・・・冴えないわね・・・」
くるり!綺麗にターンしてアスカに背を向けたシンジ、食い入るように見ていた級友たちはそこにレモン色のスカートが舞ったように錯覚したと言う。
「「「「「碇君?それなに?」」」」」
級友達の問いに、オカマから素に戻って答えたシンジ。
「アスカが初めて僕にかけてくれた言葉だよ、ひっどいでしょ、いきなり初対面で冴えないわね!だもん」
と・・・得意げに話すシンジ。
が、それは自殺行為と言うもの・・・当然襲いかかってくる人食い虎。
「この馬鹿!!!二人だけの思い出をバラスんじゃないわよ!!!」
アスカがシンジに飛びかかってイイ感じにヘッドロックを極める。
よほど恥かしかったのかアスカはもう火が出るぐらい真っ赤だ。
「おまけに変な寸劇してくれちゃって!!誰の真似よっ誰のっ!!!」
そこでようやく場が溶けた。
少年少女の軽い笑い声が聞こえ始め、それはやがて堰を切った様に盛大な笑いとなって教室中に響き渡った。
「なんだぁ〜惣流さんが一番最初に言ったんじゃない!」
「恋人で婚約者なのに冴えないだって・・・なにがあったのかしらね〜?」
「碇君って惣流さんのモノマネうま〜い!」
「いやオカマが似合ってたぞ・・・」
真っ赤になって暴れるアスカ、そして困ったようにそれでいて嬉しそうに逃げる回るシンジ。
二人の追いかけあいが和んだ雰囲気を再生し、笑いは利子をつけて教室中を駆け巡った。
そんな追いかけ合いの最中「冴えない」発言の男と目が合ったシンジは、ふと真面目な表情に戻り、全身に戸惑いの態度を浮かべている彼にかるい笑顔とウインクを贈る。
ボム!
音を立てて真っ赤になるその男。
男は全てを悟った、碇シンジは自分を救ってくれたのだ、あの妙な演技で皆を笑わせて俺の失言をカバーしてくれたのだと・・・。
ドキドキドキドキ!!!
おかしいなんで碇の奴にこんなにときめいているんだ・・・。
とその男は胸の鼓動が収まらなかったと言う、そしてその後彼が男色に走った・・・とは定かではない。
散々続いた騒乱も無事終結し、あっという間に放課後になる第二帝大付属高校。
その校庭からゆっくりと移動して行く二つの影があった。
影は絡み合うように腕を組み綺麗なぴったりのリズムで動く。
言うまでも無くシンジとアスカのコンビ。
サードインパクト後、癒された環境の柔らかな風が二人を包む。
アスカが風で揺れた美しい長髪を押さえながら恥ずかしげに口を開いた。
「あのね・・・シンジ・・・」
「なに?」
少し照れているアスカ、甘えるようにシンジの右肩に頭を乗せてみたりする。
甘えるアスカがよほど珍しいのか少し心配げな眼差しと声のシンジ。
「よく考えたら・・・こうして二人で帰るのって初めてね・・・」
「・・・そうだね・・・」
(アスカ、あの頃は絶対に一緒に帰ろうとしなかったもんね)
キッと軽くジト目でシンジを睨むアスカ、どうやら人の心が読めるらしい・・・。
(ハハハ・・・まさかね)
とお気楽なシンジだったが、アスカは違っていた。
「・・・3年間・・・長かったわよ・・・」
と突然の湿り気のあるアスカの声に驚くシンジ。
「アスカ?」
「馬鹿!前向いてなさい!」
視界の隅にちらりと見えたアスカは間違いなく目に一杯涙をためていた。
シンジは組んでいた腕をゆっくりと解くと、右手でアスカの肩を優しく抱く。
なんら抵抗もなく受け入れられるシンジの右手。
・・・そして僅かに感じる華奢な肩の震え・・・
俯いたアスカ自らシンジに身を寄せる。
そして再び歩き始める二人。
行き先はシンジのマンション、これからはアスカのマンションでもあるが。
青い自動扉の横には山の様にダンボール箱が積み上げられていた。
ここはシンジの部屋、空き室だらけの高級マンションの一室であった。
プシュ〜!
圧縮空気の漏れる音がしドアが開く。
少年に肩を抱かれた少女が俯いたまま、誘われるままに部屋に入る。
相変わらず真っ赤な顔のアスカ。
つい先ほどは感極まって涙を浮かべてしまった。
彼女の顔色は泣いた事の余韻なのか、それとも泣いた事の照れなのであろうか?
「へ〜割とイイ部屋じゃない・・・さすが政府VIP扱いの人質は違うわね!」
と精一杯平常を装うとするアスカの言葉。
だがまだ声が少々震えている。
肩に回された手を振り解くようにしゃがんで、玄関で靴を脱ごうとしたときだった。
「・・・アスカ・・・もう我慢しなくても・・・いいよ・・・」
熱く甘い・・・それでいて包み込むような優しい囁き。
アスカを後から抱きしめるシンジ。
まるでシンジの言葉に従うように精一杯虚勢を張っていたアスカの肩から、ふっと力が抜ける。
そして、おなかの前に回されたシンジの両手に触れると、もうアスカは耐えきれなかった。
三年前より段違いに逞しくなったシンジの腕の中でアスカは体をくるりとターンさせると、頭一つ高くなったシンジの顔に向けて一気に飛びかかる。
朝とは違い遠慮の無いくちづけ・・・。
貪るようにシンジの口腔を割り攻め舌を絡ませ・・・それでもまだ足りないと深く深くそして激しく求めるアスカ。
アスカの両手はシンジの黒髪の頭を掴むと掻き回しながらアスカ自身に向けて更に強く押し付ける。
それはまるで溺れるものが空気を求めるような・・・
・・・乾いた者が水を飲み干すような・・・
・・・いや無くした自分自身の一部を取り戻すような、激しい求めだった。
それはシンジも同様だった。
痛みを伴うほどのアスカの求めを受け止めると、求め合ったまま器用に足を使ってアスカの靴を脱がせる。
そして腰に回した手に力を込めて彼女の体を浮かせる。
宙ぶらりんになっても求めを辞めないアスカを抱きしめたまま、ゆっくりと手探りで自室を確かめるように移動。
再び器用に足で自室のふすまを開ける。
バタン!
ふすまが閉まり、ふたりの姿はベットルームに消えた・・・
恋人達の再会は今始まったばかりだった。