ジリ・・・ジリ・・・ジリ・・・

ジリ・・・ジリ・・・ジリ・・・


照りつける太陽はまだ朝だと言うのにその猛威を振るい既に真夏日より、暑くなったグランドに熱せられた空気が陽炎を作り上げる。



ミーンミーンミーン・・・

ミーンミーンミーン・・・



一年中鳴り止む事の無い蝉時雨。

所謂セカンドインパクト世代と呼ばれる者ならウンザリするであろう。

しかしインパクト後に生まれた少年少女達は元気さに陰りは見せない。

皆朝の雑談に余念が無い。


昨日のトレンディードラマ。

深夜番組のラジオ。

週末の遊びの予定。

好いた惚れたの色事の話しまで。



そう・・・ここは教室。

入り口には「2−A」の立て札。

その入り口がガラリと音を立てて開き、続いて教師と思われる初老の男性が入ってきた。



「起立!」



元気なそれでいて凛々しい少女の声がクラス全員を規律ある行動に縛る。



「礼!」



「「「「おはようございます」」」」



まるで合唱のような揃い様。

セカンドインパクト、そしてサードインパクトと危機が連続する世界。
・・・セカンドインパクトの直前に失われていた『規律』が見事に復活した学校。



「はい、おはよう」



抑揚の無い穏やかな声で返礼する初老の教師。

三度少女の元気な声がし着席する少年少女。

ここまではいつもと変わらない平凡で退屈な日常だった。



「え〜今日は転校生を紹介する・・・入ってきたまえ・・・」



「おぉ〜」とも「きゃ〜」ともとれる歓声が教室中に沸く。

繰り返される退屈な日常に僅かでも変化を起こそうかと言うイベントに若い彼らは目が無い。

「男かな?女かな?」

「やっぱり転校生は美人が定番だよね〜」

「線の細い美少年もイイワね・・・」

などなど

『期待』が存分に篭ったギラギラとした視線を教室の入り口に集めるのだった。



さて呼ばれた転校生はと言うと・・・。





(髪の毛・・・前・・・後ろ・・・サイド・・・OKね・・・問題無いわ

まつげ・・・ん・・・OK・・・目・・・充血なし・・・

お肌・・・昨日緊張して眠れなかったからちょっと心配したけどOKね

鼻・・・相変わらず高いわね・・・唇・・・・荒れ無し・・・リップは・・・・薄めっと

うん・・・バッチリ!相変わらず綺麗よ♪)



と廊下の鏡に向って睨みつけるように自身のチェックに余念がない。

そして
発進準備が終わったのであろう・・・少女は、軽く呟いた。



「・・・アスカ・・・行くわよ・・・」








シアワセノカタチ

第一話「アスカ襲来」
ASUKA ATTACK!

ハマチュウさん作










そして転校生は教室に入ってきた。

無理矢理表情を消すように少し俯き加減で・・・ツカツカトとその力強い歩みは彼女の隠しきれない性格を表している。



カッカッカッカッカッ



流暢な筆記体で黒板に自身の名前を書く。

そして彼女はくるりと振りかえり黒板を背にする。



「惣流・アスカ・ラングレーです、どうぞよろしく♪」



流れるような赤みがかかった金髪が舞い、キラキラと金粉を撒き散らす。

サファイアを思わせる美しいブルーアイが光を放つ。

そして白人種特有の白磁のような肌と細く長い手足。

背中から羽が生えていても誰も不思議には思わないだろう、神が気まぐれで作り上げた美の化身。

そんな少女の少し照れた・・・しかし溢れんばかりの笑顔。



地上に舞い降りた天使に、クラス中蜂の巣を突ついたような大騒ぎになった。











美少女転校生!これほど男心をくすぐる単語があるのだろうか?

それが「美」の前に「超」がつくならなおさらである。

HRが終わり授業に入ろうかと言う時間になっても教室のざわめきは止まらない。



「かっこいいよね〜彼女」

「マジかわいいじゃん」

「それにあのスタイル、腰の高さが違うぞ」

「見て金髪よ・・・サラサラ・・・」

「俺絶対アタックするぜ」

「バ〜カお前じゃ無理無理」



etc・・・殆どが無責任な戯言。

彼女は慣れていた、自分の容姿に反応する人々の態度に。



しかし突然落ち着かない様子でキョロキョロし始めるアスカ。

お目当てのものを探すような仕草。

そして見付からない事に苛立ちをまったく隠さず体を乗り出して隣の席に向く。



「ねえ!ちょっとアンタ!」



突然、美少女転校生に話しかけられたアスカの隣の席の男子は慌てふためく。

がそんな事はお構いなしに続けるアスカ。



「このクラス、サードチ・・・じゃない・・碇シンジって奴がいるはずでしょ・・・何処?」



「あぁ・・・碇なら昨日から風邪で休んでるよ、ちなみに君の座ってる席が碇のだけど?」



転校生は必要な情報を引出すともはや興味は無しとの態度・・・

彼女の隣に位置する男子は、その「隣」と言う特権に僅かな嬉しさと盛大な落胆を感じるのだった。



さてそのアスカだが・・・



(・・・ふっふっふっふ・・・イイ度胸してるじゃないっ!

このアスカ様が転校して来たってぇ〜のに出迎えも無しで風邪で寝てるぅ?

まったくっ!

見事にすかしてくれたわねっ!

おぼえてらっしゃいっ!!!)



と何故か右手を握り締めた上に盛大に青筋を立て憤怒の表情を作っていた。







・・・翌日・・・




碇シンジは歩いていた。

昨日、一昨日と風邪で学校を休んだが、二日寝てたためか妙にふわふわと体が軽い。

いつもと変わらない白いカッターシャツ黒い学生ズボン。

いつもの通学路、見知った人々級友が歩く道。

いつもと変わらない日差し、朝だと言うのに30℃を越す気温。

そう・・・いつもと変わらない筈だった。





惣流・アスカ・ラングレーも歩いていた。

転校二日目、ホテルから学校へ行く行為は全く持って味気が無く、彼女をじろじろと見つめる彼女と同じ制服を来た者達の視線がよけい苛立ちを強くさせる。

(それもこれもサードチルドレンの所為だ!見つけたらどうしてくれよう!)

と復讐心を燃やしていた、それがまるで言掛りだとしても。





転校初日にその存在が広く知れ渡った『超美少女転校生』の惣流・アスカ・ラングレー・・・目立つ容姿をした彼女を登校中に見つけた者達は彼女の跡を付けるようにゾロゾロと取り巻いていた。

大勢の人だかりを引き連れて歩道橋を渡っているアスカは苛立ちの極大点に達していたが、丁度その時前方に見慣れた黒髪の頭を発見する。



(・・・あ・・・あれは間違いない・・・バカシンジ!)



ふんっ!鼻息を軽く鳴らして気合を入れた彼女は、その少年を呼びとめた。



「ヘロウ!シンジ!」



呼びとめられた少年は肩をビクッと縮みあげ、まるで見たくない者を見るような目つきでゆっくりと振りかえった。





「グーテンモルゲ〜ン♪」




少し巻き舌の入ったアスカの声・・・朝に相応しく瑞々しく生命力溢れる元気な声。




「ぐうてんもるげん・・・」




顔を引きつらせて、愛想笑いを浮かべた挨拶が彼女に返ってくる。





「ナニよ・・・このアタシが声かけてるのよ?ちったあ嬉しそうな顔しなさいよっ!」




とアスカは余裕の態度。

ピンっとシンジの額にデコピンをする。






「アスカ・・・なの?」





シンジの乾いた呟き。

ふっ・・・そんな音を残してシンジの影が動く。

アスカがデコピンのため右手を上げて脇が開いていたのが災いしたのか、普段ののんびりした彼の行動からはまるで想像がつかないほど素早くシンジはアスカのインサイドに飛びこんだ。

アスカの眼前に迫るシンジの顔。

そして再び呟く、今度はとてつもない熱を持った呟き。







「アスカ・・・」








・・・アスカが反応するも暇も与えない。

少年の左手と右手が少女の華奢な背中に回る。

回された両手が少女の体を力強く引き寄せる。

・・・あっという間だった・・・







ぎゅむ!








そんな擬音が聞こえてきそうな、遠慮の無い抱擁。


少女の体は背中が折れんばかりに「く」の字に曲がる。







それでもアスカは何も言わなかった。

いや言えなかった。

抱きしめられた瞬間、心が溶けてしまったから。





・・・悪口・・・言掛り・・・悪戯・・・

色んな手段で誤魔化そうと努力はしていた

彼女は意地っ張りで恥かしがり屋だったから

しかしシンジに逢えなかった寂しさ、そして逢えた感激

・・・隠しきれなかった・・・

シンジに抱きしめられアスカの心も体も歓喜に震えていた。







アスカは先ほどまでの苛立ちが嘘のよう。



(・・・心が空っぽになる感覚・・・

・・・でも一杯に満たされる気持ち・・・

・・・あったかい・・・でも震えてる・・・アタシの心・・・

・・・苦しいくらいにドキドキしてる・・・でも気持ちイイ・・・)



そして耳元から脳に・・・いや心に直接聞こえてくるシンジの言葉。




「アスカ・・・逢いたかった・・・」




「アタシもよ・・・シンジ」




ぎゅっ・・・再び音がしそうな程さらに抱擁を強めるシンジ。




「アン・・・ちょっと苦しい・・・」




と濡れた声で苦痛を訴えるアスカ。




「ご・・・ごめん・・・」




抱きしめる力を緩めたシンジが発する相変わらずの「ごめん」節。

思わず、くすっと笑ってしまうアスカ。

(・・・やっぱりシンジだ・・・アタシのシンジ・・・)

そしてようやく余裕を取り戻した彼女は悪戯とも本気とも思えなくもない行動に移る。




「シンジ・・・ん・・・」




と言って目を閉じて軽く顎を突き出す。

あどけない顔・・・いつもは凛々しく隙の無いアスカがシンジにだけ見せる無防備な顔。

差し出された薄いピンク色をした唇に吸い込まれそうになるシンジ。

・・・世界一の鈍感を誇る彼でもアスカが何をおねだりしているのかは判る。






「ア・・・アスカ!!!ダメだよこんな
人前で!!!」





(コイツ・・・状況がわかってンのかしら?)

シンジの腕の中で右目だけ開けたアスカが答える・・・少々呆れた口調だ。






「へぇ〜その
人前アタシを抱きしめてるのはダレェ?」





アスカを抱きしめたまま、きょろきょろと周りを見まわすシンジ。

そこには人・人・人・・・人だかり
恨めしそうな者睨みつける者
恥ずかしげにする者
皆それぞれの真剣な表情で二人を見物している。



そして視線を自分の胸元に戻す
そこには相変わらずおとなしく抱きしめられたままの少女。
アスカの顔はほのかに朱に染まり瞳は潤んでいる。


再び視線を辺りに移す。
殺気だった男達が睨んでいる
イヤンイヤンとしてる少女が居る
・・・
第二でも流行ってるんだな
やっぱり見物してる。



胸元に視線を戻す。
やっぱり自分の両腕の中にアスカがいる
・・・アスカのなにか期待してる視線・・・



・・・再び視線を辺りに移す・・・
・・・胸元に視線を戻す・・・

・・・再び視線を辺りに移す・・・
・・・胸元に視線を戻す・・・

・・・再び視線を辺りに移す・・・
・・・胸元に視線を戻す・・・



いち・・・にい・・・さん・・・しい・・・。

たっぷり30回繰り返した後、正気に戻った少年は少女をようやく解き放ち、ゆっくりと歩道橋を後ずさりし始める。



「あの・・・その・・・アスカぁ?・・・怒ってる?・・・」



仁王立ちで腰に手を当てたポーズで首をちょこんと傾げにっこりと笑う金髪の少女。



「ぜ〜んぜん怒ってないわよ!!!所でシンジぃ〜痛いのと辛いのと苦しいのってドレが好きぃ?」



それを聞いたシンジは噴き出す冷や汗が止まらない。

恐怖で全身を強張らせるがアスカの蒼い瞳から目が離せないシンジ。


(・・・目をそらしたら・・・殺られる・・・)


こんな大都会の街中でマレー半島に巣食う人食い虎に逢った気分を味わう・・・そして精一杯の返答。




「どれも・・・嫌いなんだけど・・・」




「問答無用!!!」




人食い虎の右手がシンジの視界から残像を残して消える。

伝説の右!に匹敵するスピードでアスカの手のひらがシンジの頬に迫る。




ぱあぁぁぁぁぁぁん!




乾いた音が少年の左頬からすると誰もが思った。

当事者のシンジですらアスカのビンタが飛んで来ると思っていた。




ふわり!




シンジの左頬を撫でる優しいぬくもり・・・それはアスカの白い右掌。




(・・・え?)




シンジが思うより早く今度はアスカがシンジのインサイドを奪った。

少年の視界一杯に金髪の少女の目を閉じた顔が広がる。

それは地上に舞い降りたシンジの天使・・・シンジだけの天使・・・

美しく・・・気高く・・・優しい顔。

・・・甘い香り・・・懐かしいアスカの匂い・・

そしてシンジの唇に生暖かい感触。




ちゅっ!




軽い音を立てて触れそして離れる唇。

アスカの潤んだ瞳から目が離せないシンジ。

そしてアスカの形の良い薄いピンク色の唇が動く。





「・・・バカ・・・」




そう言うとアスカは戸惑うシンジの腕を絡め取るとえいっ!っと引っ張って行った。

引き摺られるシンジはまだ何が起こったのか理解できてない様子。

向うは学校、第二帝大付属高校・・・二人の通う学校・・・









歩道橋に残されたのは真っ赤になった取り巻きの少年少女、皆汗だくの上、放心状態・・・それはまるで地球外知的生命体に精神操作された後の様。

その場に固められた者全員学校に遅刻した・・・大量の遅刻者に首を傾げる学校側は理由の聴取を行った。

・・・が全員、「言いたくありません」と揃って答え、学校はその調査を
FBIに依頼しようかと悩んだと言う・・・




つづく

 


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