試練

非日常 after

作者:でらさん
















ネルフ本部 特殊監査部長執務室・・


この日、加持 リョウジは懐に辞表を忍ばせ決意も固く出勤した。
今日を限りにネルフを辞め、専業農家として新たな人生を歩むのである。

パートナーとなった妻のミサトは猛反対。

しかし、加持の決意は変わらない。
殺伐とした仕事など、もう真っ平。
物作りという希望のある仕事に、彼は心の安寧を求めたとも言っていい。


「部長、これを」


いつにない真剣な面持ちで、加持は部長に対する。
気心の知れた人間だが、最後は襟を正そうと思ったのだ。

・・・が、


「ん?・・・ああ、辞表か。
分かった、私から上に報告しとく。
退職金やら何やらの手続きがあるから、すぐ総務に行ってくれ。
今までご苦労さん、じゃあな」


「え?あ、あの・・」


「何だ?」


「いや、その・・」


「おお!悪い悪い。
最後にみんなで一杯やろうじゃないか。
場所はいつものところでいいだろ?
金は心配するな。
最後くらいおごってやるよ」


「はあ、ど、どうも」


密かに慰留の言葉を期待していた加持は、あまりにアッケラカンとした部長の態度に寂しさを禁じ得ない。
自分はその程度の人間だったのかと、少し落ち込んだりもする。

複雑な感情を持った彼は退職の手続きをするべく、部長の部屋を出て総務部へ足を向けるのだった。





約一年後 第三新東京市郊外 加持所有の畑・・


「加持さん、今度こそ売れるんでしょうね?」


「当然じゃないか。
プロの農家である、この俺を信じろ」


「この前もそう言って失敗したじゃないですか」


「今度は大丈夫!
リッちゃんの協力で特殊な肥料を使った。
無様な醜態は見せんよ」


「だといいんですけど。
いい加減、バイト代も貰いたいしな・・」


日差しが暑く照りつける畑で額に汗して雑草をむしるケンスケは、出荷の近いスイカを見て回る加持を見て
溜息が出てしまう。

加持が本格的な農業に転職して約一年。

当初、様々な野菜に手を出して失敗した加持は、やはり慣れた物が一番とスイカ栽培に本腰を入れた。
しかし素人に毛が生えた程度の経験でいきなり巧くいくはずもなく、身はまともになれたものの味が全くダメ。
出荷すらできない。
常夏の気候のおかげですぐにやり直しが効いたものの、退職金はこれで使い果たしてしまった。
バイトのケンスケへの給金も、暫く払っていない。

今回がダメなら農業は諦めろと、妻から最後通牒を突きつけられた加持である。


「でも本当に大丈夫なんですか?
赤木博士の協力って一体・・」


「何を言っとる、リッちゃんは天才科学者だぞ。
それにな、ジオフロントの試験農場で実験は終えてるんだ。
近いうちに特許でも取るんじゃないか?」


「へ〜、そんなに良い肥料なんですか?それ」


「通常の二割り増しに成長するし、何と言っても甘みの強いスイカができる。
他の野菜やら果物には試してみなくちゃ分からんが、スイカに関しちゃ理想的だな」


「コンピューターの権威の赤木博士がね・・
天才はやっぱり凄いな」


「しかもモニターとして畑を提供したから、肥料代はタダ。
今回は大もうけだ。
君にもボーナスを払えるぞ」


「俺はやりますよ、加持さん!」


「はははははは!現金な奴め!」




リツコの開発した画期的な肥料。
その原料は、まだ誰も知らない。





ネルフ本部 リツコ執務室・・


結婚しても姓に変わりのないミサトは、気分まで独身と変わらない。

合コンと聞けばほとんど参加するし、外泊も珍しくない。
まあ、浮気は論外であるようだが。
外泊といっても、泊まるところは女性職員の家に限っているし。


「そんな事ばかりやってると、子供も産めないわよ。
高齢の初産は辛いんだから」


「分かってるわよ。
私だって早く子供産みたいけどさ、家の旦那は帰っても疲れた疲れたばっかりで相手してくれないのよね」


「あの、一年中発情してたリョウちゃんがね・・
変われば変わるものね」


「ちょっと、そこまで言わなくてもいいじゃない。
第一、今一年中発情してるのはあの二人でしょ?」


「・・・確かにね」


ミサトの言うあの二人とは、かつて彼女が保護者を務めた二人。
第三新東京市最強のカップルにして最も美しいカップルでもある。

更には、知っている人しか知らない事実。

その驚愕の私生活は関係者を震え上がらせている。
それを知る一人であるリツコは、ミサトの言葉を肯定する事しか出来ない。


「あの歳で同棲してれば抑えの効かないのは分かるけど。
若さの証明じゃない?」


「シンジ君はともかく、アスカまでよ?
似たもの同士って言うか・・
彼の精力、少しでもいいから旦那に分けてもらいたいわ」


「いっそのこと、シンジ君の子供でも産む?
任せてくれれば、新生児のデータ改ざんなんて簡単よ」


「・・・それもいいわね」


「冗談よ、冗談!」


真顔で真剣に考えられては冗談にもならない。
夜の生活もしばらく無いようだし、言ってはいけない冗談だったのかもしれない。

ミサトも熟れた体を持つ女・・性欲は強いだろう。
満たされた生活を送るアスカが羨ましいのだと思う。
あそこまで行くと、満たされるとかそういう問題でもないような気はするが。

ちなみにリツコも人並みに性欲はあるが、現在の彼女はそれに関して不満はない。
関係ができて数年になる可愛い恋人がいるから。


「私も本気にしないわよ。
アスカにばれたら、どんな拷問に遭うか分からないわ。
それより、家の旦那にモニターさせてる肥料・・あの原料って何?
何か気になるのよね。
ジオフロントにあるスイカ見たけど、育ち方が異常よ」


「特許申請中だから、あなたにも話せないわ。
99%有機質なのは間違いないわね。
化学物質も極力抑えた画期的製品よ。
味は良かったでしょ?」


「まあね」


「だったら、余計な詮索はしないことよ。
これは私の領分なんだから」


「へいへい、失礼致しました」


一抹の不安は残るミサトだが、食べても害はなかった事だし特許まで申請しているのなら怪しい物では
ないと判断する。
夫も1ヘクタールにも及ぶ畑で大々的に使用しているのだ。
有害な物ではあるまい。


「ところで、アスカとシンジ君はどうしたの?
定期検査の後、格闘訓練の予定なんだけど」


「え?もう、とっくに終わってるわよ。
ミサトが把握してるんじゃないの?」


「・・・あそこか。
暫くダメね」


「あそこって・・・
ああ、リョウちゃんの畑」




ジオフロント内 加持の畑・・


「またここで?
落ち着かないわ」


「ここなら監視カメラも無い。
少々暑いのを我慢すれば、刺激的でもあるだろ?」


「そうだけど・・」


「口応えは許さないよ」


「強引なんだからぁ」


畑の脇の木陰で何やら怪しい会話を交わす二人。
汗もかいて、これから激しい運動をするようだ。

どんな運動なのかは、知るよしもないが。


ガサガサガサ・・


と、畑の方から動物が草木を分け入るような物音が。

二人とも丁度下着を脱ぎ終えた頃、一番興奮の度合いが強いとき。
そんな物音など気にせず行為を続行しようとした。

・・・が、


「シ、シンジ・・あれ」


「何だよ、これからなのに。
覗きでもいるって・・
うっ!


アスカの指さす方向を見たシンジの動きが止まる。
彼女の◎×◇をまさぐっていた手がいきなり止まったため、アスカの気分もすっかり冷めて・・・


「気持ち悪〜〜〜い!!
何よあれ!!」



そういう問題ではないようだ。
何か気味の悪い生物を発見してしまい、それどころではないらしい。

しかし、ある程度の物事には動じなくなったシンジまで体を硬直させるとは尋常ではない。
彼らは何を発見したのだろうか?
昆虫図鑑にも載っていない毛虫の類か、それとも・・


「ヤ、ヤスデだ。
とんでもなくでかいけど」


彼らが見た物は、体長一メートルにもなろうかというヤスデ。
ムカデではなくヤスデ。

集団で棲息し、潰すと異臭を発する。
刺激を加えると丸まり、無数の足が気味悪く蠢くアレ。
腐った木などを食し自然のバランスを保つ一翼を担う存在なのだが、一般的な人間の美意識からすると
はっきり言って気味の悪い生物。

卓越した頭脳と戦闘能力を持つ色ボケの二人でも、この気色悪さだけはどうしようもない。
二人とも脱いだ下着を回収しようともせず、最低限服を整えただけでその場から撤収を始める。

幸いにも相手は草食性。
動く物には興味を示さない。
畑のスイカを夢中になって貪っている。


「行くよ、アスカ」


「うん」




全力で本部内に逃げ込んだ二人はミサトにすぐさま報告。
ミサトは偵察でそれを確認。

即座にジオフロントへの外出が禁止され、ネルフは警戒態勢に置かれた。





発令所・・


「さあ、真実をありのまま喋ってもらいましょうか?赤木博士」


巨大ヤスデの出現は、どう考えても加持の畑に撒かれた肥料が原因。
それ以外の要素がない・・畑に実っているスイカも、通常より大きいし。

ミサトはリツコの隠す肥料の原料に注目した。
が、リツコはなかなか口を割らない。


「だ、だからあれは特許の関係でまだ公表するわけには・・」


「私の大学時代の知り合いに、猫のコスプレ好きなボディビルダーがいるんだけど。
すぐにでも呼ぶわよ」


「き、筋肉はいや!それも猫のコスプレなんて!」


「なら、全て吐くのね」


「で、でも・・」


「この手だけは使いたくなかったんだけど・・
経理課のユキちゃん、可愛いわね。
でも、マヤに知られたらどうなると思う?」


ミサトは懐から一枚の写真を取り出すと、周囲から隠すようにリツコへ提示する。
そこには、童顔の若い女性職員とキスを交わすリツコ本人が写っていた。
相手はマヤではない・・とすると、浮気か。

リツコの顔から一気に血の気が失せていく。


「な、何でこんな物が」


「私をあんまり舐めないで欲しいわ。
これだけじゃないわよ証拠写真・・さあ、どうする?」


「・・・私の負けね」


観念したリツコの口から衝撃の事実が語られる。




「・・・使徒の残骸?」


「そうよ。
第四使徒、第九使徒、初号機の食べ残した第十四使徒・・
その残骸がまだ本部の下層に保管されてるのは、ミサトも知ってるでしょ?」


「ええ、まあ・・」


「研究はし尽くしたし場所も取るから、処分方法を検討してたんだけど。
偶然に肥料として使える事が判明したの」


ミサトとしては、その偶然とやらに興味があったが話が長くなりそうなので聞くのはやめた。


「勿論、安全性は徹底的に調べたわ。
MAGIも問題なしと結論出したし、実際今までだって何の問題もなかったのよ」


「でも現実を見なさいよ、現実を。
アレをどう説明すんのよ」


ミサトが指で指し示したメインスクリーンには、加持の畑でスイカを貪る巨大ヤスデの大群が。
その気色悪さに女性職員は吐き気を催し、男性職員までもが顔を背けている。
マヤなどは・・


「不潔、不潔、不潔、不潔、不潔、不潔・・」


ぶつぶつと小言を発し床に蹲ってしまった。
こうなると笑い事では済まない。


「なぜかヤスデと相性が良かったようね。
ふっ、予想外だわ」


「落ち着いてる場合か!
対処方法を教えなさい!あのままじゃ、いずれ本部にまで押し寄せてくるわ!」


「潰すと悪臭やら弱い青酸ガスを発生するから、焼却処分が妥当ね。
あの辺り一帯を焼き尽くせばいいわ」


「ったくもう・・どこまで他人事なんだか。
保安部員にありったけの火炎放射器持たせて畑に行かせるか・・
火が広がらないように、初号機と弐号機を近場で待機させて。
パイロットが見つからない?
今度はどこにしけ込んでんの、あの色ボケ共〜〜〜!!




何かと苦労の絶えないミサトであるが、数時間後にはヤスデの大群は全て灰となっている。
加持の大事なスイカと共に。

ちなみに色ボケカップルはというと・・


「招集だってさ、どうする?」


「このままじゃ仕事にならないわよ。
早くして」


「分かったよ。
でもここ狭いから」


「本部内で監視カメラの無い所なんて、お風呂かトイレくらいじゃない。
我慢するの」


「了〜解」


どこでもいいんだな、お前ら。





第三新東京市郊外・・


「か、加持さん・・怪物です!」


「う〜む、見たところヤスデだな」


「落ち着いてる場合ですか!早くネルフに連絡を!」


「それは相田君に任せる。
俺はペットショップに行って来るぜ」


「・・・・・は?」


「ヤスデの天敵は鶏と相場は決まっとる。
確か、近くのペットショップにでかい鶏がいたはずだ。
フランス原産の鶏でな、とんでもなくでかいんだぞ。
猫さえ逃げ出す代物だ」


「で、でもあれは」


「ええい、悠長に話をしてる暇など無い!
行ってくるぞ!!」



いくら大きい鶏とはいえ体長一メートルにもなるヤスデに対抗できるとは思えないケンスケは、
またバイト代が消えたと絶望するのであった。

しかし・・





コケーーー!!


甲高く、耳をつんざくような鳴き声。
特別にあつらえられた台の上で胸の羽を大きく膨らませ、威嚇するようにその鶏が畑を睥睨する。

鶏が現れた時まだ数匹だったヤスデは、鶏の声を聞くや先を争うように逃走を開始。
畑の外に出た所を、ネルフから派遣された保安部員に焼かれて生を終えた。
大きさには関係なく、天敵には恐怖を感じるものらしい。


「はははははは!
どうだ相田君、俺の叡智は!」



「何でもいいですから、早く収穫しましょう。
たまに成功するとこれだからな・・」


「やっぱり、農業は最高だぜ!!」


「絶対、勘違いしてるよこの人」




とりあえず危機は脱した加持農園。
その前途は、いかなるものなのだろうか・・

でらさんから『非日常』の続編をいただきました。

使徒入り肥料ですか。なんとも恐ろしいシロモノを開発するのですね。さすが赤木博士(笑)

よく確かめもせず使う加持も加持ですが。やはり農業よりも冒険的な職業のほうがあっていたのかも‥‥。

なにしろ、農業=バイオレンスと思っているようですから(笑)

なかなか楽しげなお話でありました。皆さんも是非でらさんに感想メールを送ってくださ〜い。

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