メタモルフォーゼ ver.5 アスカ編

作者:でらさん














西暦 2015年 第三新東京市・・


前世期末に提起された首都移転は様々な政治的都合により二転三転し、結局は、箱根と呼ばれる地域に
全く新しい都市を創出し、それを首都とすることで一応の決着を見た。
しかし、実験的に首都機能を移した第二新東京市が意外なほどの成功を収めたことで、第三新東京市の
整備は遅れ気味。官僚や議員の中には、更なる首都の移転は必要ないと主張する者も少なくない。
実際、移転に掛かる費用も莫大だし、そこまでして首都を移す意味はあるのかとの意見がマスコミの間か
らも絶えない。
中には、第三新東京市を厄介物扱いする者までいる。
それでも政府は首都移転の計画に変更はないと言い続け、都市の整備に予算が投入されている。

そんな微妙な空気が支配する第三新東京市の一角に、その家族達は在った。


「シンジ!アスカちゃんが迎えに来たわよ!」


「いいんです、お義母様。アタシが起こしますから」


いつものように幼馴染みの少年を迎えに来た、惣流 アスカ ラングレーは、やや恰幅の良い体にしては
軽快な足取りで、彼の部屋に向かった。

彼女を見送るユイは、息子にこんな早く彼女が出来るとは、思いも寄らなかった。
息子は、いつの頃からか戦闘機や戦車などに興味を持ち始め、今では同じ趣味を持つ友人達とサークルの
ような物を創って活動している。俗に言われる、ミリオタというやつだ。
そのシンジが身だしなみに気を回すはずはなく、髪の毛は伸び放題に近いし、服も着ることが出来ればい
いという感じ。”いけてる”という表現からは、対極に位置する。母親の自分が贔屓目に見ても、彼女という
存在など、夢の又夢に思えたもの。
そんな息子を好きになってくれる女の子がいるとは、正直言って、驚いているくらい。相手が大学時代から
の親友の一人娘で、隣に住む幼馴染みの少女といってもだ。

この世代にしては標準的な身長ながらも体重は標準を遙かに超え、シンジと同じように異性の友人とは縁
のない女の子と思われていたアスカではあるが、幼い頃から知己であった隣家の碇シンジと、近頃めでた
く恋人同士となった。
シンジが、アスカのような恰幅のいい女の子が好みだったというわけではないし、アスカがシンジのような
オタク風の少年が好みだったわけではない。
アスカはシンジという少年が昔から好きで、シンジはアスカという少女が昔から好きだった・・・
ただ、それだけのこと。

周囲が何と言おうと、二人は今が幸せと断言出来る。
二人はいずれ将来を意識するようになり、そしてそれは現実となって新しい家庭が生まれ、次の世代に
物語は移っていく・・
二人の家族、惣流家と碇家の親達は、そんな、ほのぼのした未来を思い描いていた。


「毎度の事ながら、熟睡してるわ。また、仲間内のチャットで夜更かししたわね。
・・・仕方ないわ。アタシの得意技で、起こしてあげるとしますか」


シンジの部屋に入ったアスカは、ベッドで気持ちよさそうに眠り続けるシンジに、ニヤリと一睨み。
白人系人種の血が四分の三入ったクォーターという血筋からくる蒼い目が、異様な輝きを放つ。赤みの強
い金髪と相まって、かなり恐い・・まるで、お伽話に出てくる赤鬼のようだ。


「フライングボディプレス!!」


かけ声、一閃・・
その豊満な肉体を生かした攻撃は、シンジを瞬時に夢の世界から覚醒させた。







「酷いよ、アスカ・・
起こすなら、もう少し優しくしてよ」


ボサボサの長髪で目まで隠れ、視界はあるのかと疑いたくなるようなシンジは、朝だというのに疲れが抜
けきらないような怠い足取りで、アスカの隣を歩いていた。
対するアスカは、はち切れそうな体を揺するように第壱中への道を歩いている。このような体であっても、
アスカは明るい性格で男女を問わない人気者。
成績は良く運動神経もなかなかではあるものの、小太りに加えただらしない外見、その上はっきりしない
性格のシンジとは違う。


「愛しい彼女が起こしてあげてんのよ。文句言うなんて、贅沢ってもんだわ」


「感謝はしてるけどさ・・」


シンジとて、アスカには感謝している。こんなだらしない自分と付き合ってくれているのは勿論、毎朝、部屋
まで起こしに来てくれているのだから。
ただ・・
体全体で押しつぶすような起こし方はやめてもらいたい。アスカにやられると、本当にシャレにならない。
肋骨が折れても不思議ではないと思う。
女の子特有の柔らかい体の感触は、正直、嬉しいとも言えるが。


「なによ。
キスでもしてもらいたいわけ?」


「・・・まあ、ね」


「男って、これだから・・」


「普段は、アスカの方からキスしてくるだろ?」


「普段は普段よ。朝は違うの」


「どう、違うんだよ」


「どうって・・」


二人は周りに気を配らず会話しているが、この時間は登校の真っ最中。彼らの周囲にも登校中の生徒は
多いわけで・・
会話は当然のように筒抜け状態。
問題は、その反応だ。


「・・ったく、朝っぱらから鬱陶しい話、してんじゃねえよ」


「せめて、どっちかがイケてればいいんだけど。二人ともあれじゃ・・
アスカはともかくとして、碇が致命的よね」


「惣流さんも、何で碇なのかしら?
同じオタクなら、まだ相田の方がマシだと思うけど・・」


「碇もな。
何で、あんな女がいいのか、俺には分かんねえよ」


「まったくだ。
まあ、性格は認めるにしても、あの体型がネックだよな」


皆、好き勝手言ってはいるが、結局の所、僻みも多少入っている。二人の容姿に難癖付け、自分の方が
マシだと思いたいだけ。
このような中傷には慣れている二人は、こんな言葉を聞き流す術も身に付けていた。一人では辛い思い
もしただろうけども、今は支えてくれる人が隣にいる。


「アンタも、その髪の毛、いい加減に切るか何とかすれば?レゲエのおじさんみたいよ」


「アスカが痩せたら切るよ」


「言ってくれるじゃないのよ。
そんな簡単に痩せられたら、とっくに痩せてるわ」


はっきり言ってアスカは、シンジの外見など、どうでもいい。これは、いつものコミュニケーション。
シンジとて、それは同じ。アスカに、無理して痩せろと言うつもりはない。
周囲から何と言われようと、二人は今、幸せだった。





昼休み・・


「え〜!?マナって、碇君だったの?なんで、あんな人が?
マナなら、もっと恰好いい人ゲットできるじゃない。よりにもよって、あんな人」


校庭の一角に在る木陰で弁当を広げる女子生徒が二人。二人ともクラスは2−A。アスカとシンジのク
ラスメート。
その内の一人、眼鏡をかけた長髪の女の子が口を押さえ、驚きの声を挙げた。マナと呼ばれたもう一
人の女の子・・天然の赤茶けた髪の毛をショート気味にした子の方は、何やらニンマリ。
二人ともなかなかの美少女であるためか、校庭を行き交う男子生徒達の視線がチラチラと向けられて
もいる。


「しー、そんなに騒がないで。
わたしの見る限り、碇君は、磨けば光る宝石の原石みたいなものよ。
現に成績は学年でもトップクラスだし、短距離走らせれば、部活もやってないのにクラスで一番じゃない」


「それはそうだけど・・
なんか性格暗いし、ちょっと不潔っぽくて、あんまり近づきたくない人よね。
惣流さんは、幼馴染みだから付き合えるのよ」


「ふふ・・
じゃあ、わたしのとっておきの秘密、教えてあげる」


「秘密?何、それ」


霧島マナは可愛らしい弁当箱の上に箸を置き、一番の友人である山岸マユミに少しにじり寄った。


「男子の水泳の授業の時、チラっと見たんだけど、髪の毛上げた碇君て、結構イケてたんだ。
少し痩せて身だしなみキチンとすれば、渚先輩と、いい勝負するんじゃない?」


「渚先輩と?嘘・・
だって、そんなに恰好良いなら、男子も何か言うはずよ」


「いつも馬鹿にしてるヤツが実はイケてるなんて、なかなか認められないんじゃないの?
少なくとも、わたしは、そう受け取るわね」


実のところ、マナの推測は当たっていた。
他のクラスではいざ知らず、シンジが実は美形だという真実は、2−Aの男子間で暗黙の了解事項に
なっている。
いくら手入れもろくにされていないボサボサの長髪でも、水泳の授業時にはキャップを被るため、素顔
が露わになる。
その時、男子達は現実を思い知るのだ。いつも小馬鹿にしているオタク少年がその気になれさえすれば
女の子の視線を集める美形だという現実を。
しかし現実を素直に認められない男子達は、そんな真実から目を背けるように口を閉ざす。よって、他の
クラスに真実は伝わらない。
真実が知られていれば、アスカとシンジの付き合いも、今とは違った評価を受ける事だろう。現在の所、
シンジと付き合うアスカの方に同情的な声が多いから。

シンジが友人として信頼する二人の少年・・鈴原トウジと相田ケンスケとて、事情は同じ。シンジにだけ
いい目を見せるわけにはいかないという単純な思考から、シンジの隠された素顔には頬被り。
そのせいで、シンジは自分の容姿については人並み以下と断じている。


「よく見てるわね、マナって。
じゃあ、あなた、アスカから碇君を奪うつもり?」


「当たり。アスカには悪いけど、彼女は性格だけだから。
正面から普通の勝負すれば、わたしは絶対勝てるわ」


「そうよね。
どうせ付き合うなら、可愛くて普通の体型した女の子の方がいいもんね」


「碇君がデブ専じゃないってのは、調査済みよ。アスカとは、仕方なく付き合ってると見たわ。
きっと、脅されるか何かされてるのよ」


マナは、小学校からの知り合いであり、シンジの友人でもあるケンスケからシンジに関する情報を色々
と仕入れていた。それは、どうということもない情報も含めて多岐に渡り、中にはシンジがどんなH本を
好むかという危ない情報も含まれている。
それらの情報に寄れば、シンジはアスカのような体型の女の子を好むというわけではなく、ごく普通の
性癖の持ち主。それならば・・・
というのが、マナの考えである。


「そうよね、絶対そうだわ。
じゃなきゃ、あのアスカに彼氏なんて・・」


マユミも、おとなしそうな顔をして、言うことが結構辛辣。
数ヶ月前、第壱中のアイドル的存在である、三年の渚カヲルにラブレターを出して無視されていた事と
も無縁ではないと思われる。
自分より女の子としての魅力に劣るアスカに、何で彼氏が・・というところだ。

それはともかくとして、この二人の密談は、当事者の一人に聞かれていたりする。
この場に偶然通りかかり、シンジの名が出たので思わず隠れて盗み聞きしていた当事者とは・・


「ちっ、気付かれたか。シンジの素顔に気付くなんて・・やるわね、マナ。
そうとなったら、アタシも対策考えなくちゃ」


惣流 アスカ ラングレー、その人であった。






「折り入って相談があるんだけど、ママ」


「どうしたの?珍しいわね、アスカから相談なんて」


この日、いつも一緒のシンジとは別に家路についたアスカは、家に帰るなり、自室でデータ整理してい
た母のキョウコに相談を持ちかけた。

キョウコは、第三新東京市に在る国連総合研究所ネルフに勤める科学者。夫のクラウスも科学者であり、
隣家の碇夫妻もネルフの同僚。
キョウコの専門は薬学で、今は肥満治療の特効薬を開発中。肥満に悩む娘のアスカの為を思って・・
などという美談ではない。何となく興味が向いただけ。これが成功したら、次は媚薬でも作ってみようか
とキョウコは本気で考えている。
優能とマッドとの境目にいるような人物と言えるだろう。
アスカは、そんな母の気質をよく理解し、またそのような母が大好き。


「ママの開発してる肥満治療の特効薬、完成したんでしょ?
臨床試験は上々だったって、この前言ってたじゃない」


「まだ完全じゃないわ。生殖機能に若干の影響が出そうなのよ。
赤ちゃんができなくなるとか、そんなに大袈裟なものじゃないけど、女性だと生理不順くらいにはなりそ
うね。もう少しの改良が必要だわ」


「なら、改良した新薬を、アタシで臨床試験して」


「何よ、いきなり。
薬を使ったダイエットなんて不自然だって、あなた言ったじゃない」


新薬の臨床試験に際し、キョウコは密かにアスカに服用させてみようと考えた事がある。アスカくらいの
年齢での臨床データが欲しかったのだ。
とは言え法的に問題があったし、娘を実験台に使うという負い目もあったので、一応アスカの同意を得
ようと話をしてみたところ・・
アスカは、はっきりと拒絶した。
痩せたいとは思うけども、薬に頼ってまで痩せたいとは思わない。それに、彼は今のままでいいと言っ
てくれる。
そう言い切った娘に、キョウコは何も言えなかった。

しかし、そこまで言ったアスカが態度を豹変させた。キョウコは、いささか腑に落ちない。


「事情が変わったの。
どんな手段を使っても、アタシは痩せなきゃいけないのよ。それも、早急に」


「どんな事情か知らないけど、痩せて綺麗になれるかどうかは、あなた次第よ。
痩せたからって、綺麗になれるわけじゃないわ。分かってる?アスカ」


「分かってるわよ、そのくらい。
アタシは何が何でも痩せて、綺麗になるわ!」


翌日から約一ヶ月・・
アスカは、正体不明の病を理由に学校を休学した。





アスカが姿を見せなくなってから約一ヶ月、シンジは寂しくも辛い日々を送っていた。
すっかりアスカに起こされる事に慣れてしまった体が急に早起きになれるはずもなく、シンジは二日に
一辺の割合で遅刻していたのだ。
生活のリズムが狂ったせいか成績も落ち始め、元々少なかった口数は更に少なくなり、シンジのクラス
での存在感は、日を重ねるごとに薄れていく。

見舞いにでも行けば又違ったのだろうが、アスカが入院したのは、事もあろうにネルフ医療部。
ネルフの情報統制と管理の厳しさは有名で、例え職員の家族であろうと、許可が無ければ立ち入りは
一切許されない。入院患者に対する見舞いも、原則的に家族のみと決められている。シンジも両親に
頼んでみたが、父も母も首を縦に振ってはくれなかった。
せめて電話くらいと彼女の携帯にかけてみても、電源すら入っていない様子。
そんなこんなで、シンジのフラストレーションは悪化する一方。

このような状況がシンジの眠気を助長し、今日も又、寝坊で遅刻確実・・・
と、思われたのだが。


「起きなさい、シンジ!
元気なのは、下半身だけなの!?」


「・・・ちょっと待ってよ、アスカ。今すぐ」


聞き覚えのある・・と言うより耳に染みついた甲高い声がシンジの耳を叩くが、当のシンジの頭がまだ
起動前のためか、彼は事の重大性に気付いていない。
寝ぼけ眼のシンジが声の方にボーっとした目を向けると、そこには第壱中の制服を着た彼の見知らぬ
美少女が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
赤みの強い金髪のせいで一瞬アスカにも見えたが、アスカにしては痩せすぎ。ここで、シンジの頭が
完全に目覚めた。


「わ〜〜〜!!だ、誰だ、君は!?何で、僕の部屋に!」


「ちょっと落ち着きなさいよ、シンジ。彼女の顔を見忘れたの?
アタシよ。ア・ス・カ」


「・・・・え?」


言われたシンジは、マジマジとアスカを見詰める。
引き締まったウェストにスラリと伸びた足。指もしなやかで、頬や首も実にすっきりしている。どこもかし
こも、シンジの記憶にあるアスカとは違う。
只一つ、赤みの強い金髪と変わらぬヘアスタイルが、アスカの面影を残していた。
しかし、たった一ヶ月で、ここまで変身できるものだろうか・・


「ふふふ、驚いた?ちょっと、痩せてみたんだ」


「ちょっとって・・
そんなレベルじゃないよ。なんて言ったらいいか・・」


「ねえ」


「な、なんだい?」


「アタシ、綺麗?」


「うん、綺麗だ。アスカは綺麗だよ」


「どのくらい?」


「・・・ごめん、巧い台詞が思いつかない」


見事に変身したアスカを目の前にしても、シンジは、気の利いた台詞一つ吐けない自分がもどかしい。
でもアスカは、こんなシンジが好き。ずっと昔から好きだった。


「いいのよ。シンジらしいわ。
でも、台詞の代わりが欲しいわね」


「代わりって?」


「・・・キスして」


頬を紅く染めて恥ずかしそうに呟いたアスカを、そっと抱き寄せたシンジは・・
その可愛らしい唇に、自分の唇を合わせた。







第壱中 2−A教室・・


「一体、何がどうしちゃったのよ、アスカ!すっごい綺麗!」


ヒカリの驚嘆は、そのままクラスメート達の心の声でもある。女子達は複雑な視線、男子達は興味に
満ちた視線を、変身したアスカに注いでいた。

ほとんどが好意的な反応を示した男子と違う反応を示した女子の反応には、それなりの理由がある。
アスカの変化は、醜いアヒルの子が白鳥になったとか蝶の幼虫が美しい蝶に羽化したとかいうレベ
ルではない。
今まで確実に自分より格下と見ていた女の子が雲の上の存在となった事実。それを面白くないと考
える女の子達も、少なからずいるのだ。一言で言えば、綺麗になったアスカを妬む嫉妬。
アスカからシンジを奪おうと画策していたマナにしてみれば、その思いは余計に強い。


(どういう事よ。アスカがこんな綺麗になるなんて・・
余裕を持ってじっくりいこうと思ったけど、何かこう、一気に片を付けるような作戦が必要ね)


その作戦が、後に自分の思惑とは逆の結果を招くとは・・
悲劇的な未来を知るよしもないマナは、虎視眈々とシンジを狙い続けるのだった。





シンジ編へ続きます

でらさんからちょっと変わったLAS小説をいただきました。

肥満したアスカというのは想像できないのですが‥‥。

シンジ編の続きも楽しみですね。

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