第三話
頭から否定する。もしくは、はぐらかされると予想していたアスカは、あっさり認めたミサトを惚けた顔で見た。
そんなアスカに、ミサトは追い打ちをかけるような言葉を。
「私も加持と別れてから男と無縁の生活だったからさ、ちょっと魔が差したのよね。
若い男の子から元気もらって、お肌の艶も良くなるし、最高だったわ。
でも今は、何もないわよ。安心しなさい」
「ま、魔が差したってアンタ」
自分なら単純に割り切れると考えていたアスカは、理性と本能は明らかに違うのだと、身をもって知った。
ミサトがシンジを単なる肉欲の対象としてしか見ていなかったと知ったアスカは安堵するも、ミサトとシンジが
絡むシーンを脳内でイメージしたアスカは、嫉妬と怒りを抑えきれない。それが正直に顔へ出てしまった。
ミサトは、アスカもまだ幼いところがあると再確認しつつ、言葉を続ける。
「そんな顔しないの。
アスカだって、初めての相手がチェリー君より、ある程度経験のある人の方がいいわよ。
シンジ君なら、優しくしてくれるんじゃない?
ひょっとして、もう、しちゃった?」
「まだよ!」
「なら、さっさとするのね。我慢は、体に悪いんだから」
「ア、アタシは、我慢なんて・・
大体、保護者の台詞じゃないでしょ!」
「あなた達に普通の倫理なんか求めないし、押さえつけもしないわ。
アスカに処方されてる薬。本来とは別の目的もあるって、分かってるんでしょ?」
言われなくても、アスカには分かっている。生理の安定や不快感の軽減だけではない。エヴァパイロットに万が
一妊娠でもされたら困るからだ。
厳重なガード兼監視によって私生活は十二分に管理され、通常、異性とのそのような接触の機会はゼロに近い
ものの、全くのゼロではない。また、ガードの隙をつかれてレイプ被害に遭う可能性もある。そんな事態を考慮し
ての支給だと、ドイツ支部では説明を受けた。
後で考えてみたら突っ込みどころ満載の説明ではあったのだが、とにかく妊娠されては困るとの強い意思は感じ
ている。それは、本部でも同じ。シンジと付き合い出してから、周囲の大人達、特に医療部のスタッフ達は何かと
細かいことを言うし。あまり気を回さないどころか、関係を煽るように外泊を繰り返すミサトは例外と言っていい。
更には、この台詞。すぐにでもシンジと寝ろと言っているようなもの。保護者の台詞とは思えない。覚え立ての諺、
二の句が継げないとは、このことだ。
「分かったようね。
じゃ、早く帰りなさい。私は残業で、今夜は帰らないから」
椅子から立ち上がったミサトは、返事のないアスカに近寄ると、肩に手を回していくらか強引に部屋から押し出した。
アスカは暫くきょとんとしていたものの、すぐに彼女らしさを取り戻し、弾けるような足取りでシンジの待つ中央ゲート
に向かうのだった。
この夜、アスカとシンジは互いに離れられない関係となった。
全てはミサトの思惑通りなのだが、予想もしなかった誤算が生じている。
それは、彼らの前世を知るミサトには全く予想もできない事態だった。
使徒戦は順調だ。
その順調さは、一度クリアしたゲームのような感覚。
衛星軌道からダイブしてくる使徒の位置は分かっていたし、実体を偽装したモノトーン模様の球体使徒に不意打ち
されることもなく、三機のエヴァで、極薄の本体を支えているATフィールドを無力化して自壊に追い込んだ。
自己進化を繰り返す細菌型使徒は厄介と思われたが、偶然にも一機だけ稼働状態にあった零号機が、使徒が爆
発的に増殖する前のタンパクユニットを強制的に取り外し、MAGIから物理的に切り離したことで事なきを得ている。
使徒はその後、ポジトロンライフルでユニットごと焼却処分された。
もう一つの細菌型使徒。前世で参号機に寄生した使徒は、本部に搬送された参号機を綿密に検査していた時点で
発見され、予定されていた起動試験は中止。参号機はコアが取り外され、素体も装甲も備品も全て廃棄された。参号
機のパイロットとして招集された鈴原トウジは一度もエヴァに乗ることなく、予備役へ回されている。
四本足の蜘蛛型使徒については、前回同様、使徒の存在意義が疑われるほどの完勝。今回は停電もなかったので、
数分で片が付いてしまった。
人間関係にも破綻はない。
懸念材料の一つだったアスカの精神的動揺は、シンジとの良好な関係もあって全く見られない。シンジにシンクロ率
を逆転されたときでさえ
『やるようになったじゃん。
だけど思い上がるんじゃないわよ、シンジ。すぐにまた、逆転してやるんだから!』
楽しそうにシンジと軽口を交わしていたくらい。これなら、精神崩壊はないと思っていい。
シンジに関心を寄せるレイとの間に若干の諍いがあるが、これはシンジを巡る女の戦いであって、それ以上でも以下
でもない。そもそもシンジとアスカの関係は、ミサトが煽ったせいもありすでに男女のそれ。シンジが変な気を起こして
レイに手を出さない限り、深刻な問題に発展することはない。
各方面への裏工作も進んでいて、ここまでは思い通りに事が進んでいる。だが、これからが正念場。
ゼーレも、事の成り行きに疑問を感じてきているようだ。秘書室からの情報では、ゲンドウに対する査問の回数が増え
ているという。それは、ゼーレがネルフに何らかの疑念を抱いている証左といえる。別の理由も考えられるものの、そう
考えておいた方がいいだろう。
もう一つ気になるのが、あまりに都合のいい偶然が続いていること。
弐号機搬送における水中装備は、あれから暫くして、ドイツ支部が運用するMAGIクローン01の推奨案であったことが
判明。人的介入は皆無であるとの報告を受けた。
MAGIのパーツに細菌型使徒が感染したとき零号機だけが稼働状態にあったのは、照準システムの不具合をレイが訴
え、それを調整していたからだ。
参号機に感染した使徒を発見したのは、検疫の際、作業員の一人が手順を間違えて予定外の装甲を外してしまった
のが要因となっている。いずれも偶然としか思えず、作為はどこにも感じられない。
ミサトには嬉しい偶然ではあるものの、こうまで都合がいいと疑いたくなるのが人間というものだ。
だが今のミサトには、それよりも差し迫った問題、次の使徒への備えがある。
前回は、初号機の暴走がなければ勝てなかった相手。外皮はATフィールド並の強度を持ち、装甲隔壁をも瞬時に溶
かすほど強力な光線を放つ。しかも接近戦では、カミソリのように鋭利な帯状の武器を使うのだ。
あのとき初号機が使った、ATフィールドを刃状に変化させる技がエヴァにあればいいのだが、残念ながら、現時点で
あのような技を使えるエヴァはない。
とはいえ、全く手がないわけではない。
あのときとは違い、零号機を始めとするエヴァ三機は、パイロットも含めて完全な状態にある。三機総掛かりで格闘戦
に持ち込めば、何とかなりそうだ。
今はとにかく、これでいくしかない。S2機関も装備されていない今のエヴァでは、これ以上を望めない。せめて、ネル
フ最下層に在るロンギヌスの槍が使えればいいのだが・・・
「何か、悩み?」
職員食堂の一角にあるラウンジでコーヒーを飲みながら渋い顔をするミサトに背後から声をかけてきたのは、友人の
リツコ。ゲンドウの身辺を探っている特殊監査部の調べによれば、リツコとゲンドウの関係は数ヶ月前に終わったらしい。
何が原因かは不明。
しかしそれ以来、リツコは吹っ切れたように明るく性格を変えていた。ついでに性的嗜好も変えたようで、若手の女性職
員が彼女の周りに目に付くようになっている。
「ああ、リツコか。
悩みっちゃ、悩みなんだけどさ」
「私生活?それとも仕事?」
「両方」
「ふ〜ん・・
アスカとシンジ君の仲が良すぎてミサトが家に帰れないって噂、本当みたいね」
「おままごと見てるみたいで焦れったかったからアスカをけしかけたんだけど、あそこまで色惚けになるなんて予想外よ」
ままごと云々はリツコに対するカモフラージュで、ミサトは確信犯的にアスカをけしかけたのだが、ミサトのアスカに対
する評価が、ここ数ヶ月でかなりの変更を強いられているのは確か。
まだ一四歳とはいっても、アスカほど聡明な少女が男との関係に溺れるとは思わなかった。彼女なら、淡々とした姿
勢でシンジとの関係を維持、発展させていくものと考えていたのだ。
でも、それは甘かった。
シンジとの関係が一線を越えて以来、アスカは人が変わったようにシンジとのコミュニケーションを密にして、ミサトの
目を全く気にしないようになってしまった。彼女が抑えていると言う家の外でも、世間一般の常識ではバカップルと称
されるくらい。抑えの効かない家での痴態は、ミサトでさえも目のやり場に困るほどである。
よって、新婚家庭に居候しているような居心地の悪さを感じたミサトは、加持の部屋に泊まることが多くなっている。
それが一部の職員から漏れ伝わり、ネルフ中に広まってしまっているのだ。
「微笑ましくていいじゃない。そのうち落ち着くわ。
それより、仕事の悩みって?」
「エヴァに、もっと強力な武器でもないかと思ってさ」
「今の装備じゃ、不満?
これまでは、ちゃんと役に経ったわ」
「これから先も通用するとは限らないわ。
強力すぎるってくらいの武器があれば、安心できるけど」
リツコは、最近の組織改編で、業務委託職員から正規のネルフ職員となって正式に技術部最高責任者となった。今
までも実質的にはそうだったのだが、正規の身分ではないため予算決定などの指揮権がなく、彼女の研究開発には
制約が多かった。
その反動なのか、今は彼女の周りで不自然な動きが多い。
帳簿上に全く問題はないのだが、技術部が発注する機材や研究施設の使用頻度、研究員の動きなどを総合すると、
補完計画とは違う何らかの大プロジェクトが進行中なのは確かと、報告書で特殊監査部は結論していた。ミサトは、
さりげなく探りを入れてみたわけだ。
強力な武器が欲しいというのは事実だし、彼女の独断でS2機関の開発に精力を注いでいた可能性もないではない。
もしそうなら、願ったりかなったりなのだが。
「あるわよ、使徒に対してほぼ無敵の武器が」
「へ?」
「南極から運んだロンギヌスの槍を実験的にコピーしたの。
この先必要になると思って調査用の他に三本作ったから、次の実戦で試してみたら?」
予想を超えたリツコの応えに、ミサトは暫し絶句。探りのつもりが、とんでもない事実を知ってしまった。
ロンギヌスの槍は補完計画の中枢を担うとされているアイテムで、ミサトも詳細については知らない。
ただ、セカンドインパクトでアダムの力を抑制、制御したと聞いている。そして前世、衛星軌道に在った光の使徒を消滅
させ、アスカの駆る弐号機を切り刻んだ狂気の槍にして最強の兵器。
使徒に対する万能兵器とも言うべきその槍はATフィールドを突破し、信じがたい硬度をもって敵を粉砕する。それが三
本も在るというなら、近い将来に予想される量産型エヴァの来襲も怖くない。
しかし、委員会の監視が強まっているこの時期にロンギヌスの槍が密かにコピーされているなどと知られたら、ただでは
済むまい。ネルフ本部内の掌握は進んでいるものの、まだ完全ではない。決起には早いのだ。この世界付き物のイレ
ギュラーで、ゲンドウと冬月が彼ら独自の思惑で動いている可能性もあるが・・・
「いつの間に、そんな物を・・
よく司令の許可が出たわね」
「知的好奇心を煽る現物を目の前にして何もしないなんて、科学者の恥よ」
「・・・つまり、無許可ってことか」
ゲンドウらが絡んでないと分かった時点で、ミサトはホッとする。
と同時に、リツコの無謀な好奇心に呆れた。MAGIを使えばばれないと計算してのことだろうけども、扱う対象が危険す
ぎる。こんな危ない人間だったとは、初めて知った。
「S2機関も、ほぼ完成したわ。
ミサトが協力してくれれば、すぐにでもエヴァに組み込むんだけど」
「S2機関も?安全性に問題はないんでしょうね?
ここがディラックの海に消えるなんて、シャレにならないわよ」
展開は、まさに願望通りなのだが、S2機関の危険性もミサトは知っている。今回も、アメリカ第二支部はS2機関の暴走で
消失しているのだ。秘密裏に進められたリツコの研究をどこまで信用していいか、判断に苦しむ。前世の本部では、自主
開発できなかった代物なのだから。
別個に研究を進めていたらしい委員会は、物にしていたようではあるが。
「大丈夫。私を信じなさい」
「・・・・」
友人を信じたいが、このリツコはどうも危険な匂いがする。マッドサイエンティストのような危ない雰囲気が、今のリツコ
にはある。
というわけでミサトは、とりあえず弐号機だけに装備することを提案するのだった。
つづく
でらさんから連載第三話をいただきました。
おお、変わってますね変わってますね。
このへんで何か大変な事態でも発生したかと思いましたが。
>全てはミサトの思惑通りなのだが、予想もしなかった誤算が生じている。
>それは、彼らの前世を知るミサトには全く予想もできない事態だった。
あまりにラブラブすぎるといことでしたか。それは良かったです。
あと、槍とかS2機関とか急速に進展していますね。リツコさんがさらにマッドだとか、
いいお話でありました。でらさんにやる気の出るような感想メールをお願いします。