目論見 第一話


    作者:でらさん













    西暦二〇一五年 第三新東京市・・・

    葛城ミサト(二九歳)は、これから起こるであろうイベント、いや事象について、知りうる限りの記憶を呼び覚まし、
    脳内で対応のシミュレーションを繰り返していた。
    彼女の記憶が正しければ、これは二度目の体験となる。未来を知っていれば、的確な対応が可能だ。


    (前の記憶持ったまま時間を遡ったっていうなら、巧くやれるはずだわ。
    ううん、この一ヶ月は巧くやってきた。これからも、巧くいくわよ)


    特別警戒警報による交通規制でがらんとした高速道路を占有するがごとく疾走する愛車のスティアリングを握る
    ミサトは、ここ一ヶ月の過去を思い返してみる。




    遡ること約一ヶ月前の朝、ミサトは自宅のベッドで普通に目を覚ましている。
    そしていつものように顔を洗い歯を磨き、朝食を摂るには時間がないことに気づいて着替え、化粧台に座ってボサ
    ボサの髪をとかしている時、ふと我に返った。


    「私、何をしてるの?」


    そうだ、自分は死んだはず。戦略自衛隊の侵攻部隊が仕掛けた爆弾の爆発に巻き込まれて。
    爆発の衝撃が体を包み、そして引き裂いていく感覚も僅かながら覚えている。
    更にその後、夢うつつの中で様々な人の人生と心の内を垣間見た記憶もある。あれが死後の世界だとしたら、気
    持ちのいいものではない。プライバシーなど、そこには欠片もないのだから。
    生きていたときには分からなかった心の闇。
    それは誰でも持っているもので、友人のリツコや部下の日向マコト。純真を絵に描いたような伊吹マヤにもそれは
    あった。
    自分とは違って恋愛に関しては達観していたと思っていたリツコの心には、司令のゲンドウに対する盲従的なまで
    の愛と、他の女に対するどす黒い嫉妬が・・・
    マコトの奥底には自分に向けた肉欲が渦巻き、そこでは彼の作り上げた偽りの自分が際限なく彼に犯されていた。
    そしてマヤは、男女入り乱れた乱交のただ中でリツコに抱かれていた。
    勿論、それらは心の一部分でしかなく、他には純粋な部分も清水のように清らかな部分も存在していた。あの世界
    は、清濁全てが混然となった何でもありの世界だったのだ。
    ミサトも、自分の闇を外から俯瞰するように観察している。
    そこでの自分は加持に抱かれて歓喜の声を挙げ、またある時は裸のシンジに跨り、腰を振っていた。
    悦楽に溺れる自分、邪な願望を隠し持っていた自分がそこにいる。
    こんなに早く死んでしまうと分かっていたら、シンジを早くに誘惑しておけばよかった。若い男に昼も夜もなく抱かれ
    たら、どんなに気持ちいいことだろう。
    そんなたわいのない考えがミサトの心に広がり、それは願望となって世界に拡散していく・・・

    覚えているのは、そう多くない。 今のこの状況を考えると、全てが夢かもしれない。
    生々しい夢ではあったが 、エヴァのパイロット全てが心に問題を抱えて戦い、最後にはそれが破綻して戦自の侵攻
    を招いたなど、信じ難い話だ。


    「そうだ。街を見れば」


    ミサトはブラシを放り出し、自室を出てリビングへ。そしてカーテンを乱暴に払うと、サッシの鍵を解いて開け放った。


    「あ・・・」


    眼下には、平穏な第三新東京市がある。
    使徒戦による損害も、零号機自爆による湖も、N2弾道弾による破壊の跡もなく、街からは活気も感じられる。
    ミサトが記憶している使徒戦突入前の第三新東京市の姿だ。
    次にミサトはテレビのスイッチを入れ、日付とニュースなどの話題も確認。これが夢でなければ、使徒戦勃発一ヶ月
    ほど前に間違いない。
    肌の感覚、匂い、視覚、


    「痛っ!」


    痛覚にも問題はない。自分でつねった左腕の皮膚は赤くなり、それなりの痛みも感じる。痛みを感じる夢もあるという
    が、これは現実としか思えない。とすれば、この変な記憶は・・・


    「変な夢、見ちゃったわね。飲み過ぎかしら。
    本気でお酒やめようかな」


    おかしな記憶は夢と断定したミサトは、まだ化粧が終わっていないと思い直し、寝室へと戻ったのだった。

    使徒戦全てを経験し、悲惨な最期を遂げた記憶がただの夢ではないとミサトが理解したのは、その日に行われた綾
    波レイによる零号機起動試験の事故を目撃したとき。
    それはミサトの記憶と完全に一致し、ゲンドウの火傷もリツコの動揺も、ビデオを観ているような感じだった。
    その事故の事後処理や、ゲンドウから直接言い渡されたシンジの出迎えに関する経緯などを経て、ミサトはこの世界
    が使徒戦前の時間軸に在ると確信。自分が何をすべきか、考え抜いた。
    前世では使徒戦中盤まで順調だったものの、それ以降は坂道を転げるように全てが暗転していった。
    アスカは心を闇に浸食され、シンジは自分をもてあまし、レイは己の宿命に準じるだけ。
    彼らを護るべき大人達(自分も含む)は、自分の都合を最優先して彼らを構うことがなかった。
    今思えば、あの状況でハッピーエンドになるわけがない。
    自分が何らかの積極的行動に出ていれば、少なくともアスカの精神崩壊は防げたかもしれないのだ。彼らに一番近し
    い位置にいた大人は自分。もし神が本当に存在するなら、これは神が与えてくれた贖罪の機会かもしれない。そう結論
    したミサトは、自分の進む道を見いだした。


    (あれがサードインパクトなら、あんな結末なんてゴメンよ。なんとしても阻止するわ。
    私になら、できるはず。あれを知ってる私なら)


    この一ヶ月、ミサトは自分の異変を誰にも喋らず、いつも通りを心がけ、慎重に行動してきた。足元も固めないまま、いき
    なり大胆な行動を取っても粛正されるだけ。今の自分は、作戦本部という緊急対策組織の長でしかない。正規の身分
    は、部長はおろか局長ですらなく、ただの課長でしかない。司令直下で、エヴァの指揮権を持ち、緊急時には国連軍へ
    の指揮権発動も可能な立場でも課長は課長。ネルフ本部内での発言権などしれている。ネルフを動かすには、作戦本
    部の権限を強化し、少なくとも部長以上の発言権を有する必要がある。今後は、立場強化に向けて行動しなければなら
    ない。
    その一環として、前とは少しの修正を加えている。他部署幹部との付き合いを密にして、何かと摩擦の多かった作戦本
    部と他部署の関係を円滑なものへと変化させている。
    これはすぐに効果を見せるというものではないが、いずれ形となるだろう。そして、大事な局面で役に立つはずだ。司令
    のゲンドウと副司令の冬月は、自分を高度な裏工作のできる人間と思っていない。疑われることはないだろう。


    「サードの位置は、ナビで確認したわ。
    これから確保に向かいます」


    発令所に携帯電話で連絡を入れたミサトは、まだ自分を知らないシンジの反応を楽しみにしながら、アクセルを更に強
    く踏むのだった。











    怖いくらいに順調。
    太平洋艦隊旗艦、空母オーバー・ザ・レインボーの発令所から眼下の甲板を眺めるミサトの今の心境は、この一言に尽
    きる。
    父ゲンドウとのすれ違いに悩んでいたシンジを、ミサトは強引とも思える手段で悩みから解放させた。
    その手段とは、肉欲。
    つまり、ミサトは自分の体をシンジの好きにさせて悩みなど吹き飛ばしたのである。
    忌まわしきセカンドインパクトの思い出でもある腹部の傷跡を手術で目立たないようにしたせいか、シンジはミサトの体
    に没頭してゲンドウのことなど大した問題ではなくなっていた。 この年頃の少年にとって、父との確執など性の悦楽の
    前には意味をなさない。
    同居は、監視を含むパイロットの生活管理を理由にゲンドウの許可を得ていたし、ミサトとシンジの関係に疑義を挟む
    人間など、ネルフにはそういない。まったくいないことはないが、それは妄想の類として相手にされていない。
    正直、密かな願望を実現させたミサトは女としても満足しているし、シンジは女を知った自信からか内罰的思考から脱し
    つつある。シンジの性格を変えることができれば、サードインパクトを阻止しようと画策するミサトの思惑は半ば成功した
    も同じ。文字通り体を張った最初の大作戦は、見事に的中した。
    とはいえ、問題がないわけではない。
    シンジが自分にのめり込みすぎてアスカとの関係に影響するのは、まずい。アスカの精神安定のためにも、シンジは
    重要な存在。自分とシンジは、あくまで体だけの関係でなければいけないのだ。
    そのためミサトは、シンジに事あるたびに言い聞かせている。


    『なんでもシンジ君の好きにしていいわ。
    でも、期間限定よ。ドイツから加持が来るまでのね』


    かつて付き合っていた男、加持リョウジとの復縁を匂わせ、関係はそれまでと念を押してあるのだ。
    加持は、彼がガードの役目を担っているセカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレーと共に本部へ異動となる予定。
    アスカが来日し前世と同様三人で同居となれば、アスカとシンジの間に心の交流が生まれ、それは恋愛感情へと発展
    するだろう。 前世の成り行きと、死後の世界?で垣間見た二人の心の内からして、それは間違いのないところ。
    今度は巧く立ち回り、二人の仲を取り持たなくてはならない。
    過干渉にならず、突き放しもせず、二人の感情を盛り上げるのは容易でない。特に今のアスカは、加持に想いを寄せて
    いるはず。それを何とかするためにも、加持との復縁は必要な措置といえる。
    前段階として、シンジの写真付きプロフィールをドイツ支部に送り、加持にアスカへ見せるように要望しておいた。彼女の
    性格から一目惚れなどということはあり得ないが、意識の片隅に刷り込むことはできるだろう。
    勿論、レイのプロフィールも同時に送ってカモフラージュはしてある。表向きの理由は、パイロット同士の円滑な意志疎通
    を促進するための措置。
    一時間ほど前の初対面は、アスカのスカートが風で捲れるハプニングもなく、穏やかな雰囲気の中で互いに挨拶を交わし
    ていた。アスカの性格が前より少し穏やかなのか、シンジとも普通に接しているようだ。ミサトが見る限り、シンジもアスカ
    の綺麗な容姿を間近で見て、満更でない様子だった。
    今回はシンジの友人達、鈴原トウジや相田ケンスケも同行していないので、今頃は二人きりでたわいのない話に興じて
    いることと思う。
    元々、相性のいい二人。普通に出会って普通に接していれば、それなりの関係になるのが必然の二人なのだ。
    前世では、何もかもが異常だった。あれでは、真っ直ぐな気持ちも歪んでしまう。


    「そろそろ、よろしいかな?大尉」


    顔面に豊かな白髭を蓄えた艦隊司令が、背後からミサトに声をかけてきた。弐号機の引渡書に渋々サインした彼は、元々
    ネルフにいい感情を持っていない。ミサトに早く出ていってもらいたいとの意志を強く感じる。
    ミサトは司令の言葉を無視して腕の時計を見、時間を稼ぐ。
    加持が姿を現すはずだ。あと数秒で。
    最後までサインを拒んだ前と違い、今度は嫌々ながらも司令はサインした。これは、ミサトの根回しが実を結んだ結果。事前
    に保安諜報部を通して国連軍へ脅しをかけたのが効いている。


    「よう、ミサト。
    相変わらず、凛々しいな」


    と、加持が入り口に顔を見せた。時間通りだ。


    「カジ大尉。君をここへ招待した覚えはないが?
    ネルフの士官は、無礼という言葉を知らんのか。いくら超法規組織の一員とはいえ、ここでは一介の客人にすぎん。自重し
    たまえ」


    艦隊司令は、あからさまに不快な顔と台詞を加持に向けた。
    艦長を始めとする他の士官達も同様に不快さを示して加持に無言の非難を浴びせる。


    「閣下、私が連れ出します。
    旧い馴染みですので」


    当の加持は全く気にしていないようだが、ミサトが気を遣って間に入る。軍人の端くれとして、敵対組織の人間にテリトリー
    を荒らされる気持ちは理解できる。
    前世では気づかなかった些細な事が、今は余裕のためかしっかり見えるようだ。


    「そうか。
    手間をかける、大尉」


    「いえ。
    では失礼します、閣下」


    ミサトは、出入り口でにやける加持の腕を取ると、その場から早足で立ち去る。
    握った腕の感触が、妙に懐かしい。








    「大人になったな、お前は」


    加持は部屋に入るなり発令所でのにやけた顔から一転し、ドアに近い壁に寄りかかって、ベッドに腰掛けたミサトに厳しい
    目を向ける。
    自分と加持の他に誰もいないこの部屋は、加持にあてがわれた上級士官用の個室。個室とはいえ、それほど余裕がある
    わけではない。男女の営みが不可能というほどではないが、苦労はするだろう。
    大体、今はそんな余裕などない。ミサトも加持も、それが分からないほど馬鹿ではない。
    それぞれの思惑は、全く違うが。


    「二九よ、私。
    世の中のことも分かるようになったわ」


    「他人に気を遣うお前なんて、初めて見たぜ」


    「処世術ってやつを覚えたのよ。私も組織の一員だからさ。
    上に上がるには、必要なことよね」


    「ますます信じられんよ。
    何があった?男か?」


    最後まで自分を想ってくれた男。そのために三重スパイにまで手を染めた男。
    それが加持リョウジという男だ。
    自分を愛するこの男なら、真相を話せば理解してくれるだろうし自分にも協力してくれるだろう。その気持ちに嘘はない
    と言い切れるからだ。
    だが、まだその時期ではない。加持の動きはゲンドウやゼーレも注視している。おまけに日本の内務省も。自分と接触し
    た途端に変な動きをしたとなると、自分が疑われる。まだ確固たる足場もできていない今、そのような嫌疑をかけられる
    のは拙い。


    「それもあるわね。
    若い男と寝ると、向上心とか闘争心が沸いてくるみたい。良い刺激ね」


    「若い男って・・・
    まさか、シンジ君じゃないだろうな?」


    加持は、まるっきりの冗談でシンジの名を出したのだが、ミサトは笑い飛ばすこともなく、にやりと薄笑いを浮かべただけ。
    彼女の癖を知る加持は、自分の冗談が冗談でないことを知った。
    普通の男ならともかく、一四歳の少年にかつての恋人を寝取られたとは・・


    「おい、冗談だろ、ミサト。
    あんな子供と寝たのか!」


    「あら、嫉妬してるの?あんたらしくないわね。
    それに、シンジ君は一人前の男よ。 そっち方面に限ってだけど。
    今じゃ、あんたより巧いわよ、彼」


    「お前にそういう趣味があるとは、初めて知ったよ」


    「本気で付き合ってるわけじゃないし、シンジ君の精神安定剤って部分もあるの。
    それよりあんた、アスカに手を出してないでしょうね?」


    「なんだよ。自分はよくて、俺は駄目なのか?」


    「人によるわ。
    アスカのトラウマ考えれば、かえって逆効果よ」


    「心配はいらんよ。最近は、何かと避けられてるくらいだ。
    初恋は終わったらしい」


    加持の性的嗜好については知っていたはずのミサトだが、はっきり聞いて一安心。この世界は、前世と僅かながら
    ズレが生じている。何かの間違いで加持がアスカに手を出している可能性も考えていたミサトは、より複雑な事態
    にならないで済んだことに、胸をなで下ろした。
    アスカに避けられているという言葉が引っかかるものの、今はそこまで考えている余裕はない。


    「なら、いいけど」


    「それでだ。
    どうだ?たまには大人の男を味わうのも、いいもんだぜ」


    「シンジ君に飽きたら、考えるわ。
    それと」


    ミサトが言葉を続けようとしたそのとき、船体を通して僅かな衝撃が。
    この巨大な艦に僅かでも影響を与える衝撃というのは、ただごとではない。 ミサトは機敏に立ち上がり、様子を窺う。
    始まったのだ、水中を縄張りとする使徒との戦いが。
    となれば、今輸送艦にシンジと共にいるアスカは独断で弐号機を出撃させ、シンジも同乗するはず。
    そして苦労はするものの、結局は使徒の殲滅に成功する。
    その間に、この男は独断で逃げる。アダムの幼生をゼーレ本部から持ち出しているとなれば、その保護を優先す
    るのは当然とも言える。いくら幼生とはいえ、その重要性はエヴァンゲリオン以上。それを入手したゲンドウの自由
    にさせるのは好ましくないし阻止しなければならないが、まずは無事にネルフまで届けさせる必要があるのは確か。
    ミサトが動揺を装って視線を室内に巡らすと、それらしいジュラルミンケースがベッドの下、自分の足下に隠すように
    して置いてある。


    「何かあったわね。
    私は発令所に行くから、あんたは大人しくしてなさい。もし実戦になったら、あんたは邪魔にしかならないんだから」


    「きついお言葉で」


    ミサトは加持の台詞を無視し、部屋を出て、慌ただしく騒々しい艦内を駆け足で発令所へ向かう。
    結果は分かっているものの指示を出さなくてはならないし、艦隊の援護も必要となる。いくらエヴァでも、地上戦装備
    で水中戦は無理だ。前回の戦いで地上戦装備のまま海中へ飛び込んだ弐号機は、操作不能にまで陥っている。何
    かの間違いで水中戦の用意がしてあるというなら、話は別であるが。
    ミサトにとってそれは、限りなくゼロに近い希望に過ぎない。前世とのズレの多くは些細なもので、そこまでのイレギュ
    ラーは、まずないだろう。
    しかし・・・


    「大したものだな、ネルフという組織は。
    このような事態を見越して、あの人形を水中戦仕様にしてあったとは。
    戦闘はもう、ほとんど終わりだよ」


    「は?」


    発令所に着いたミサトは、艦隊司令の上機嫌な言葉に歓迎され、暫し唖然とする。
    次に彼女は発令所の窓に駆け寄り、オーバー・ザ・レインボーに匹敵する巨大な体躯を持つ使徒に槍で止めを刺そうと
    している深紅の弐号機を注視した。
    艦の右舷に腹を見せて浮かぶ使徒に仁王立ちする弐号機の各所には水中用の推進器やら装甲やらが取り付けられ
    ている。それは確かにエヴァの水中戦装備だ。しかも槍まで持ってきている。
    だが、誰がそんな指示をだしたのか・・・
    実はミサトも洋上輸送の危険性を理由にドイツ支部へ直接要望しようと思ったのだが、あまりに目立つと判断して断念
    していたのだ。


    「艦隊の損害は?閣下」
    (私と同じに時間を遡った人間がいるってこと? ただの偶然?
    気になるわね。調べないと)


    ドイツ支部の誰かが気を利かせたのは間違いない。それがイレギュラーの範囲内なら問題ないが、自分と同様に時間を
    遡った人間の仕業なら、その人間の立場や人となりを知っておく必要がある。自分の味方とは限らないからだ。
    ミサトは、作戦本部と親密な関係になりつつある保安諜報部にドイツ支部の詳細な調査を依頼する腹をこの時点で決めた。
    ネルフという組織は、一枚岩ではない。本部と支部、支部と支部の間にも微妙な力関係が存在する。保安諜報部は
    喜んで依頼を引き受けるだろう。


    「駆逐艦一隻が大破、一隻が中波だが、人的損害はない。
    怪我人は多いがね」


    「太平洋艦隊の勇敢なる行為に、ネルフを代表して謝意を表します。
    いずれ司令の碇から正式な挨拶があると思いますが、まずは私から」


    「君の挨拶だけでいい。むさ苦しい男から感謝されたとて、面白くもない」


    「ですが閣下」


    「では、日本に着いたら一杯付き合いたまえ。
    勿論、私一人ではない。他の幹部達も一緒だ」


    「それでよろしければ、喜んでお付き合いいたします」


    艦隊司令に向き直って互いに敬礼を交わすミサトの視界、その端で、弐号機が使徒に槍を突き立てている。
    使徒の命の源、コアを貫いたらしいその槍はすぐに引き抜かれ、真っ赤な血が鯨の潮吹きよろしく噴き出して弐号機に降り注ぐ。
    前回と違って今回は戦艦の自爆も使徒の爆発もない、静かな幕引き。
    だが、血を浴びて使徒の腹に立つ弐号機の姿は凄絶。
    それは、あの最後の戦いでアスカが見せた鬼神のごとき戦いぶりと重なるように、ミサトには見えた。






    つづく

    でらさんから新連載第一話をいただきました。

    ミサト逆行ものですか‥しかし早速シンジ君に手を出すとは何と尻の軽い!
    これはあとで誰かに制裁をくらうかもしれまねん。アスカとかアスカとかアスカとか(笑

    続きも気になりますよね。
    読み終えたら、でらさんに続きを書きたくなるような感想メールを、ぜひ。

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