同じマンションの隣の部屋に住むアスカと僕は、物心ついてからずっと一緒にいた幼馴染み同士
両親も含めた家族ぐるみの付き合いで、十年以上を過ごしてきた

お互い一人っ子で・・
アスカの両親は僕を息子のように可愛がり、僕の両親はアスカを実の娘のように可愛がった

喧嘩は数え切れないほどしたし、何ヶ月か口をきかなかった時もある
だけど僕達は、その度に仲直りして、絆を強めていった

そしていつしか僕達の関係は恋人と呼ばれるまでに発展し、中学を卒業する頃には将来の事も意識するようにまで関係は進んでいた
両親、そして友人達は、僕達が数年後に結婚するものと疑わず、僕とアスカもそれは決められた未来だと確信していた

純白のウェディングドレスを着て、みんなに祝福されながら嬉し涙を流すアスカを、僕は何回頭に思い浮かべた事だろう
綺麗なアスカが人生で一番輝く日を、僕は目にするはずだった
だけど、二人して待ち望んでいた日は、もう来ない
なぜなら・・・


『父さんな、キョウコさんと結婚することにした』


僕とアスカは、兄妹になってしまったんだ


何て事してくれたんだ!くそ親父!










Irregular ver.3 前編


作者:でらさん




形の上では新婚で、互いに多少歳とはいえ、通常ならばキョウコとの甘い生活に浸っているはずの碇ゲンドウは、どう猛な猛獣に囲
まれているような緊張感の中で日々を過ごしていた。
長年隣人であった新妻は新婚旅行から帰ってすぐ出張で、一ヶ月は出ずっぱり。
二人であれば、この状況もそれほど苦にはならないと思うのだが・・・


「おはようございます、おじ様」


「お、おはよう」


顔を洗い、パジャマ姿のままダイニングに入ったゲンドウは、朝食の用意をするアスカに迎えられた。
が、彼女はゲンドウを父と呼ばず、”おじ様”としか言わない。しかも顔つきがかなり厳しい。
幼い頃から花の咲くような笑みの絶えなかったアスカが自分にこんな顔を向けるようになったのは、いつの頃からだろうか。


(キョウコさんと結婚してから・・・だな)


ゲンドウは椅子に座り、テーブルに置いてある朝刊を手に取ると、アスカから逃げるように顔を隠して新聞を読む。
その間も、アスカは無言でテーブルに朝食を用意していく。
ここにはテレビもなく、ただせわしなく歩くアスカのスリッパの音と、食器をテーブルに置く音だけがダイニングに響く。
和やかな朝の雰囲気など、微塵もない。
顔を洗ったばかりだというのに、ゲンドウの顔に冷や汗が滲み出てくる。


「おはよう、アスカ」


と、息子のシンジが短パンに上半身裸の状態で姿を現した。
ゲンドウがチラと視線を向けると、シンジの胸などに何やら痣のような物が・・
シンジに近づいたアスカがその痣を指でなぞりシンジに意味深な視線を投げかけると、軽い笑顔と共に唇同士を一瞬付けて体を離す。


「おはよう、シンジ。用意も終わるわ。
早く顔洗ってきて」


「うん」


シンジに見せた笑顔も一瞬。
彼が姿を消すと、ダイニングには再び緊張した空気が満ちていく。

ゲンドウの息が荒くなり、心臓の鼓動も激しくなる。
新聞を持つ手も、心なしか震えているようだ。


「お具合でも悪いんですか?おじ様」


「・・・え?」


「顔色がすぐれませんが」


「そ、そうだ、昨日の晩から体調が優れなくてな。
せっかく朝食を用意してくれたのに悪いが、すぐ出勤してネルフの医者に診て貰うよ」


ゲンドウは、ここが限界とでも言うように新聞をたたんで椅子から立ち上がろうと腰を浮かした・・・が、アスカの表情が更に険しくなり、
天然の細い眉が見事に吊り上がった。
高校二年生にもなり、すっかり成長した体は、すでに母のキョウコよりも官能的・・その体から発せられる怒りのオーラに、ゲンドウは
気圧される。
更に、彼女自慢の金髪が逆立っているようにも見えるのは、気のせいだろうか。


「アタシの作ったご飯、お気に召さないみたいですね。
そこまで不味いとおっしゃりたい?」


「そ、そんなことはない!本当に体調がだな」


「朝から何騒いでるんだよ、父さん」


ゲンドウが必死で弁明しようとした時、救いの神が。洗面所から戻ったシンジだ。
彼は冷や汗を流すゲンドウを一瞥すると自分の席に座り、アスカは笑顔で彼にご飯と味噌汁を差し出した。
そして彼女は自分の分も用意すると、指定席である彼の向かいに座った。
ゲンドウの前には、何も出されない。


「「いただきます」」


見事に揃った声の後、談笑しながらの和やかな朝食の宴が始まる・・・約一名を蚊帳の外に置いて。


「わ、私は仕事に行く。
今夜も遅くなるから、夕食はいい」


「「いってらっしゃい」」


今度は、抑揚のない棘の含んだ声でのハーモニー。
ゲンドウの内蔵は、そのほとんどがストレスで悲鳴を上げていた。







このような事態に至ったそもそもの発端は、一年とちょっと前にまで遡る。
一年ほど前、シンジの両親とアスカの両親が揃って務める国連総合研究所のネルフで実験中に事故があり
シンジの母ユイと、アスカの父クラウスが巻き込まれて死亡。
その後、何かと励まし合っていたゲンドウとキョウコの間に男女の関係が成立し、二人は一ヶ月前に二度目の結婚と相成った。

普通ならば、別に問題など無い。互いにパートナーを失った男女が新たな幸せを掴んだだけの話。
だが、彼らには将来を誓い合った子供達がいた。
ゲンドウとキョウコの結婚は、この子供達の法的な結婚をご破算にしたのである。
連れ子同士でも内縁関係は認められる。しかし、法的に夫婦になることはできない。(※注1)
将来の夢を語り合っていたアスカとシンジにとっては、とんでもないイレギュラーだ。




第壱高校 昼休み・・


「仕方ないんじゃないの?アスカのお母さんだって、寂しかったのよ」


中学時代からアスカの親友という立場にある洞木ヒカリは、食べ終えた弁当箱を片付けながらアスカの愚痴に付き合っている。
机をくっつけて向かいに座るアスカは、ブツブツと文句を垂れ流しながらも旺盛な食欲。
自製の弁当をご飯一粒も残さずに平らげ、彼女も片付け始めた。
いつもは片時も離れない彼女のパートナーは今日、陸上の競技会でここにはいない。

高校に上がった頃からソバカスも消え始め、気分転換にとおさげもやめて髪の毛を伸ばしているヒカリは、アスカも感嘆するほど
綺麗な少女に成長していた。
そんな彼女にも、付き合って一年になる恋人がいる。名を鈴原トウジといい、中学時代からの同級生。
すでに互いの家に何度か泊まっていて、両親も公認の仲のようだ。
アスカに遠慮しているのかヒカリは口にしないが、将来の事も考えているだろう。


「だからって、結婚まですることないじゃない。二人ともいい歳してさ。
アタシ達の関係を知っていてあんな事するなんて、どうかしてるわよ」


「愛は盲目って言うしね」


「他人事だと思って、ヒカリは!」


「だ、だって・・」


実際、ヒカリにとっては他人事。
恋人と兄妹になってしまったアスカを不憫とは思うが、関係が断絶したわけではない。
それどころか、今の二人は堂々とした同棲状態に在るのだ。
ゲンドウとキョウコが夫婦別姓を選択したこともあって姓は変わらないし、ヒカリにはそれほど悪い状況とも思えない。
事実、シンジとの同居が始まって以来、アスカの艶が増したように思える。


「ヒカリはいいわよ。
相手に多少の問題はあるけど、ちゃんとした式が挙げられてウェディングドレスも着られてさ。
アタシには、適わぬ夢よ」


「夢とまでいかないんじゃない?
碇君以外の人と結婚すれば、普通の式を挙げられるわよ」


「そんなの、あり得ないわ。
アタシはシンジがいいの」


「そ、そう・・」


可能性の一つとして一応言ってみたヒカリだが、予想通りの反応に溜息しか出ない。アスカには、シンジしか見えていない。
その気持ちは分からないでもないが、僅かな可能性まで全否定するのは、どうかと思う。
自分達は、まだ十六か十七の若い女。これから先、どんな素敵な出会いが待っているかもしれない。
今はトウジとの結婚まで考えている自分とて、実際にその時になるまで今と同じ気持ちを保てるか自信がないし。
変な話、シンジから付き合ってくれと言われたら、迷わずトウジと別れるだろうから。
今のシンジは、それほど魅力的な男だ。


「離婚でもしてくれないかしら。
おじ様が浮気でもすれば、即離婚なんだけどな・・」


アスカの目がなぜか自分に向き、怪しく光った・・・ようにヒカリには見えた。
猛烈にイヤな予感がする。


「わ、わたしは、おじさん趣味ないからね」


「一度だけでいいの!そうすれば、ヒカリも慰謝料で丸儲けよ。
ちょっとだけ我慢すれば、アタシもシンジもヒカリも、みんな幸せになるのよ!」


「・・・本気で言ってる?」


「なわけないでしょ。冗談よ、冗談」


いや、アスカは百%本気だった。
彼女と付き合いの長いヒカリは、確信を持ってそう断言できる。伊達に親友をやっているわけではない。
目的のためには親友さえ利用しかねないアスカに、ヒカリはあらためて戦慄を覚えるのだった。






国連総合研究所ネルフ 所長室・・


親子二代でネルフの重職を担う事になった若き科学者、赤木リツコ博士(二十六歳)は今日、強面で知られる所長に呼ばれて
緊張の頂点にあった。

職員達から畏怖され、政府関係者や国連関係者でさえ、この男の前では緊張を隠さない。
S2機関の理論提唱者である故葛城博士に師事し、事実上の後継者と自他共に認めるこの男は世界の学会を
動かす一人でもある。
そんな実力者の前では、天才とも評されるリツコも赤子同然。
常時着用しているサングラスと顎周りにたくわえた短い髭が、緊張を助長するようだ。


「ここには慣れたかね?博士」


「はい。部長が色々と配慮してくれますので」


「ナオコ君も、母親だな」


コンピューター理論の世界的権威であるリツコの母ナオコは電子工学部部長として辣腕を奮い、実質上のネルフNo.2・・ゲンドウ
の信頼も厚い。
その母は、リツコの上司でもある。
が、仕事に私情を挟まないナオコは厳しく、大学の後半から金髪に染めていた髪の毛も元に戻せとの指示を受けた。
そんなナオコも、家に帰れば普通の優しい母。
職場での厳しい態度も、自分を思っての事だとリツコは理解している。


「あの、今日の御用向きは?」


「おお、すまんな。
実は今晩、政府の人間と会合があるのだが、君に同席してもらいたいのだ。
勿論、君一人ではない。ナオコ君も一緒だ。
君にも予定はあるだろうが、国の技術政策に関する重要な会合なのだ。君も、そのような場に慣れておいた
方がいいだろう。
科学者は、ただ研究をしていればいいというものではないからな」


「光栄です。喜んで出席させていただきます」


「そうか、それはありがたい。
若い官僚も同席するというし、それほど不快な思いはしないはずだ。
まあ、細かいことは、ナオコ君がアドバイスしてくれるとは思うが」


「はい。母さ・・いえ、部長にも相談致します」


「うむ、そうしてくれ。
話はこれで終わりだ。仕事に戻ってくれたまえ」


「失礼します」


一礼して部屋を辞したリツコを見送ったゲンドウは、柔らかいクッションの付いた椅子に体重を預けて、軽く背伸びをした。

仕事は、順調過ぎるくらいに順調。
優秀な科学者でもあったユイの抜けた穴は、強引とも思われる手段で集めた人員の補充で何とかなりつつある。
今は出張注の新しいパートナーとの関係も、欠かさぬ毎日の電話で互いの愛を確認しているくらいに良好。
問題は、子供達とのギクシャクした関係・・ただ、それだけ。


「態度の軟化は無し・・・か」


キョウコとの結婚以来、子供達との関係は、ゲンドウにとってかなりの精神的負担となっていた。
彼女と関係ができ、結婚を決めた時は、こんな事態になるとは考えていなかった。
アスカもシンジも、自分達の幸せを祝福してくれるものと疑わなかった。
しかし、結婚の話を出した時点から子供達とは冷戦に突入している。
キョウコも同じで、彼女もアスカとの冷戦を継続中。

今となって冷静に考えてみれば、シンジ達の憤りも分かる。親の都合で、結婚への道を閉ざされてしまったのだから。
幸せに酔っていた自分達が彼らの事情に目を向けていなかったのは、確かに不徳の至り。
とはいえ、今更離婚もできない。


「一室を与えただけではダメだったか・・・
となると、私達が出て行くしかないな」


子供達には現在一つの部屋を与え、夫婦同然の生活を認めている。機嫌を取るための一つの手段。
しかし彼らの態度に変化の兆しが無いとなると、別居も考えなくてはならない。このままだと、仕事にも影響しそうだ。

幸いなことに、惣流親子が住んでいた隣の部屋は処分していない。
すでにローンは払い終えているのだが、マンション自体の建築年数が経っていることもあって売値はタダ同然。
それなら、子供達が独立するときのためにとっておこうとキョウコと相談して決めたのだ。
彼らにその部屋を与えるか、もしくは自分達がそちらに移るか・・
いずれにしろ、別居の線で一度話し合いをしなくてはいけないだろう。それが、今のところ可能な最大の譲歩だ。


「キョウコさんに、了解を取っておくか」


ゲンドウは机上の電話に手を伸ばすと、キョウコの出張先に電話。
暫し、声だけの逢瀬を愉しんだ。







夜 とあるバー・・


政府関係者との会合は和やかな雰囲気で終始し、人間関係の確認と構築は巧くいったようだ。
リツコなどは若手女性官僚と意気投合して、会合の終わった後、二人で何処かへと消えていった。
ホストクラブがどうのと騒いでいたようだから、その手の店にでも行っているのだろう。
たまには羽目を外すのもいいと、ゲンドウは小遣いまで渡している。

そのゲンドウはいえば、ナオコとバーで飲み直し。
互いに古い馴染みで、共に飲む事も多い。その昔は、ユイやキョウコ・・クラウスも交えて飲んでいた。
こうして飲んでいると、あの頃が思い出される。


「だから、私もあなた達の結婚には反対したのよ。
私が忠告した通りじゃない」


ゲンドウとキョウコの結婚はナオコにとっても寝耳に水で、話を聞いたナオコは猛反対。付き合うのは自由だが、籍まで入れること
はないと二人に意見した。アスカとシンジの反発は目に見えていたからだ。
しかし、二人はナオコの意見を無視して結婚を強行・・今の事態を招いている。


「返す言葉もない」


「形だけでもいいから、一度別れれば?
親なら、子供達の幸せを一番に考えなきゃ」


「それはできん」


「なに意地張ってるのよ。
結婚て形を解消すればいいだけよ?実質的な生活は変わらないわ。
キョウコだって、納得するんじゃない?」


「シンジに負けるわけにはいかんのだ!
断じて屈服などしないぞ!」


「・・・馬鹿ですか?あなた」


出会った頃、ナオコより年下のゲンドウは、聞き分けのない弟のような存在だった。
その時から年月は経ち、ゲンドウも社会的地位を得て見事に人間的成長を遂げたとナオコは自分のことのように喜んでいたのだが、
彼の中身は全然変わっていない。
とんでもない低レベルで息子と張り合うとは・・


「馬鹿には酒が一番ね。
ほら、飲んだ飲んだ」


「ええい、飲んでやるわ!」


久しぶりの深酒が、ゲンドウにとっては凶事を・・
アスカとシンジにとっては、好事をもたらすことになる。






碇、惣流宅・・


「・・・はい、分かりました。父をよろしくお願いします」


話を終えたシンジは子機を枕元に置くと、ベッドに身を横たえ、横のアスカを抱き寄せて柔らかい体の感触と甘い匂い・・そして、
濃密な女の匂いを愉しむ。
アスカも、引き締まったシンジの体の感触を愉しみながらも少々機嫌が悪い。
お愉しみを突然の電話で中断されたので、気分が中途半端なままなのだ。お互い全裸であるだけに、官能の炎が燻り続けている。
その不満を電話の主に叩き付けたいくらい。話の内容からして、ゲンドウが絡んでいるようだが。


「おじ様がどうかした?」


「飲み過ぎて泥酔状態だから、今夜は赤木博士の家で預かるって。
ったく、程度を知らないんだから」


「赤木博士って、赤木ナオコ博士?ママと昔からの知り合いだった人よね?」


「うん。
死んだ母さんとも友達だったあの人なら、安心だよ」


「そうね・・」


シンジに抱かれ、官能に溺れるアスカの耳元で悪魔が囁く。

これは使える・・・と。





つづく








※注1
連れ子同士の法的な関係については諸説あるようですが、このお話では、結婚できない説を採用します。
でないと、話が成立しないもので。

 

でらさんからアスカとシンジのなんと兄妹になっちゃったよ、な話をいただきました。

諦めませんな二人・・・まぁ、この二人ならそうでしょうが。
アスカには何か作戦があるようですね。

義理の兄妹は結婚できるはずと思ったのですが、まぁパラレルワールドということで。

続きが待ち遠しいですよね?そう思われたら是非でらさんに感想メールをお願いします。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる