平穏・・そして非日常の始まり

こういう場合 第二十六話
作者:でらさん













平穏 ミサトの場合・・


<初号機は前へ、弐号機は援護に回って>


<<了解>>


「兵装ビルはどうします?」


<S−1からE−3まで状況に応じて使用、他は動かす必要ないわ>


「了解しました。
戦自の対地攻撃機編隊の配置は?」


<弐号機と共に初号機のバックアップに回して。
後は私が現場で指示します。くれぐれも先行させないように>


「了解です」


今日は実機を使用した戦自との合同演習。
市民もシェルターに非難させた大規模なものだ。

その最高指揮官たるミサトもその能力を存分に発揮し・・・てはいない。
レイの指示で全てが動いている。
いつからこうなったのかは誰も覚えてはいないが、いつの間にかレイに指示を仰ぐ事が当たり前になって
しまった。

そのミサトは、発令所で渋い顔。
戦自からオブザーバーの身分で招待された参謀将校も、彼女にどう話しかけていいか分からず困惑している。
若く有能・・しかも美形と評判のミサトと会うのを楽しみにしていただけに、何か話しかけるきっかけが
欲しいのだが・・


「な、なかなか優秀ですね、零号機のパイロットは。
戦自に欲しい人材ですよ。はははははははははは」


「何なら私が戦自に行きますわよ。
ここに私の仕事は無さそうだから」


「は?い、いえ、そういう意味で言ったわけでは・・」


「暇ね・・」




ため息をつくミサトの前で演習は進んでいく。
最高指揮官、綾波 レイの指揮の下で・・




数時間後・・


「予定されていたスケジュールは全て消化しました。
追加スケジュールはいかがしますか?」


<今日は上出来ね、これで終わりにするわ。
全部隊に撤収命令を出して>


「了解。
伊吹二尉、各部署に指示を」


「了解。
戦略自衛隊司令部へ、本日の演習は終了しました。
反省会議は予定通りの時刻からになります、遅れる場合は事前の報告をお願いします。
整備班は兵装ビルの点検を優先。
非常事態警報は解除。市警及び消防は市街の被害状況を調査、確認。
明日までに報告書を提出し被害額の算定を・・・」


結局、ミサトが一言も命令を発しない内に演習は終わってしまった。
オペレーターの三人も何ら疑問を持っていない。
ミサトの副官的立場にある日向でさえ、ミサトの存在自体を無視しているかのようだ。


「さて、後は反省会議・・・何か忘れてるような気がするな。
何だろう・・」


「おいおい、しっかりしろよマコト。
惚けるにはまだ早いぜ」


「失礼なやつだな、ど忘れだよ。
何だったっけ・・」


「そんな事より、反省会議に使うリポートを早く仕上げないと葛城さんにどやされ・・・」


「「あ!」」


ここで初めて、青葉と日向はミサトの存在に気付く。
そして、二人同時にゆっくりと首を後ろに振り向かせる・・

と、そこには冷たい視線で二人を見下ろすミサトが仁王立ちしていた。


「あ、あの・・」


「私は反省会議に出ていいのかしら?日向君」


「と、と、と、当然ですよ。
葛城さんは本日の最高責任者ですから」


「指揮はしてないけどね」


「い、いえ、その・・・敢えて葛城さんの手を煩わせる事もないかと思いまして・・」


「レイの指示は聞くのよね」


「で、ですからそれはですね・・」




このような状況が演習の度に繰り返され、ミサトの昇進も見送られている。
演習でも目立った成果が挙げられないミサトが昇進出来ないのは当然だろう。
これまでエリートキャリアとして順調に昇進してきたミサトが初めて味わった停滞である。

彼女が三佐に昇進するのはもう少し後。
使徒の来襲後であった。




平穏 ゲンドウ&冬月の場合・・


「付き合いもほどほどにしろと言っただろう。
いくら接待とはいえ、演習に顔も出さんのはまずいぞ」


「わ、私も好きで飲んでいるわけではない」


青い顔をして、今にも吐きそうな感じのゲンドウ。
おまけに酒臭いし、目も充血したまま。
完全な二日酔いだ。

そんな状態で仕事になるはずもなく、彼はいま来客用のソファで横になっている。
代わりに冬月が司令のデスクで仕事中・・ネルフの司令に停滞は許されないのだ。


「その割には、かなり頻繁ではないか。
戦自やら日本政府やら国連やら出入り企業やら・・・数え上げればきりがない」


「外交折衝の一環だ。
こういう普段からの親密な付き合いが、いざという時役に立つのだ」


「お前からそういう台詞を聞くとは思わなかったよ」


「ふっ、人は変わるものだ」


人付き合いが苦手な事では冬月以上であったはずのゲンドウ。
その男が、変われば変わる物だ。
連日連夜の接待攻勢で人格に影響でもあったのか・・


「ま、ネルフの施策に影響を及ぼさなければいいがな。
戦自の女性士官とはまだ続いているのか?」


「彼女はすでに戦自を辞めている。
今は無職だ」


「ほう・・そういう事か。
いい判断だ。お前も政治が分かるようになったな」


ネルフ司令が戦自の士官とただならぬ関係にあるとなると、色々と都合の悪い事態になりかねない。
今のネルフなら大抵の事は握りつぶせるが、それでも士官という身分は微妙なものだ。
ゲンドウが戦自に働きかけ、退職させたのは賢明と言えるだろう。
戦自としてもゲンドウとのパイプは確保出来たので、快く承諾した。

問題は、その女性士官の意思だが・・


「で、今はどこに住んでおるんだ?その女性は」


「な、なぜ、そんな事を私に聞く」


「なに・・近頃、お前がよく保安部に連絡入れてるようなんでな、ひょっとして自宅に住まわせて
おるのではと思ったのだ。
私生活に口を出すのも悪いから、今まで聞かなかったのだがな」


「・・・・ご、推察の通りです」


「最後まで責任を取るその姿勢は見直すが、息子に何と説明するのだ?
ただでさえ巧くいっておらんというのに」


「な、なんとかなります」


「何ともならんような気がするがな」


ゲンドウとシンジとは、相変わらずろくなコミュニケーションもない。
たまに廊下ですれ違っても挨拶を交わす程度。
ゲンドウの方は何とかしたいと思っているのだがシンジの方が頑なで、まともな話一つ出来ない。

再会時の対応の拙さを今更ながら後悔しているゲンドウであった。


「新しい母親が葛城君より若いと知ったら、彼もショックだろうな」


「・・・・・」





平穏 マコト、シゲル、マヤの場合・・

とあるバー


「葛城さんも人が悪いよな。
いるならいるで、声くらい掛けてくれれば良かったんだ。
そう思うだろ?マヤちゃん」


「日向さんも悪いわよ。
葛城さん無視して、レイちゃんと状況進めちゃうんだもん」


「だから無視したんじゃなくて、気付かなかっただけなんだよな。
シゲルだってそうだろ?」


「お、俺はちゃんと気付いてたぜ」


「ちっ、裏切り者め」


エリート中のエリートたる彼らも人間、時には愚痴もこぼしたくなる。
そんな日はこうやって仲間同士で酒を飲んで憂さを晴らし、ストレスを多少でも削るのだ。

今日は主にマコトの愚痴。

このところレイに作戦上の主導権を握られ、しかも事務方との冷戦が続くミサト。
更に悪いことに、それが原因となって夫婦生活もうまくいっていないらしい。
そういう状態で彼女の機嫌が良いわけはなく、副官的立場のマコトがとばっちりを食う事が多い。
先日の演習後でも、ちらと皮肉は言われたし。


「お前らもお前らだよ。
事前のミーティングの時だって、葛城さんには質問もしなかったじゃないか」


「だ、だってレイちゃんと打ち合わせした方が話早いし・・」


「現場で指揮執るのはレイちゃんなんだぜ。
彼女と連携取った方が効率いいよ。
実際の指揮も的確だし・・戦自の参謀が舌巻いてたもんな」


「ほらみろ・・お前らだって、葛城さん無視してるだろ?」


「「・・・・・」」


近頃は演習に限らず、普段のシミュレーションなどでもミサトの影は薄い。
ほとんどレイの指揮で動いていると言っても過言ではない。
ミサトの立場で考えてみると、確かに面白くはない。

何となく気まずくなる三人であった。


「こ、今度から気を付けるよ、マコト」


「そ、そうですね。
何たって、葛城さんは作戦本部長なんだから。
私も気を付けます」


「頼むよ・・このままだと胃に穴が空きそうだ」





平穏 トウジ&ヒカリの場合・・


「なに緊張してるのよ、トウジ」


「な、なにて・・・公衆の面前でこないな事」


「手繋ぐくらいで緊張しないでよ。
碇君なんて、よくアスカの腰に手回してるじゃない」


「あいつらは付き合い長いからの。
それに同棲してるんやで」


中学最後の夏休みにトウジはかねてから思いを寄せていたヒカリに交際を申し込み、ヒカリもそれを
受け容れて、以来二人は付き合っている。
シンジへの思いは完全に振り切り、ヒカリはヒカリなりの幸せを手に入れた。

付き合い始めて分かった事も色々とある。

特にトウジの無骨なまでの誠実さと家族に対する思いは、彼に対する評価を押し上げた。
彼が大切にする妹も、自分によくなついてくれる。

が、意外だった事もある。
それが現在、ヒカリの悩む問題でもあるのだ。

トウジはかなり奥手で、手を繋ぐだけでこの通り大騒ぎ。
同じく彼のいる友人達はキスくらい当然・・体の関係まで行っている娘も珍しくはない。
すでに同棲している親友については言うまでもない。

それなりの倫理観を持つヒカリは肉体関係まで求めないが、キスくらいいいと思う。
性急に体を求められるよりはいいが、ちょっとした不満だ。


「同棲も何も関係ないわ。
今日は、トイレ以外手を離しちゃダメよ」


「ちょ、ちょっと待てや」


「文句あるの!?」


「い、いえ、別に」


学校では強面で知られ、上級生からも恐れられるトウジがヒカリには頭が上がらない。
全てにおいて主導権を握っているのはヒカリだ。
恐らく、このまま一生をすごすのだろう。

ちなみに、この日が二人のファーストキス記念日となった。


「な、なあヒカリ・・いくらなんでもここは勘弁してくれへんか?」


「却下よ!一緒に来るの!」


「ここ、下着売り場やないかい!
男なんぞ一人もおらへんで!」


「私の言うことが聞けないの?」


「・・・・つ、ついて行きます」




平穏 リツコの場合・・


「先輩、何ですか?それ」


「ああ、これはエヴァの宇宙用外装兵器の概要よ。
この通り出来上がるかどうは分からないけど、とりあえずこの性能を目指すわ」


何気なしにマヤが覗いたリツコの端末。
そこには何やら怪しげな仕様書が・・

気になったマヤがリツコに質問したところ、案の定。

新兵器開発となれば、また予算の獲得で経理と揉めそうだ。
平穏なこのご時世、兵器開発に対する風当たりはいいものではない。
組織の解体まで噂される作戦本部よりマシではあるが。


「宇宙用となると、地上では使えないんですか?」


「使えない事もないけど、恐らく地殻が保たないわね」


「は?ち、地殻・・・ですか?」


「エヴァのフルパワーを直接ぶつけるような物だもの。
計算上では、月の五分の一を吹き飛ばすわ」


「つ、月が・・はは、はははははははは」


確かにそんな物を地上で使用したら、大災害どころの話ではなくなる。
大陸さえ消滅しかねない。

ひょっとして使徒よりも危険な存在かもしれない、このリツコという人は・・

楽しそうに端末を操作するリツコを見るマヤは、何となくそう思える。
予算やら倫理やらの制約が無ければ、とんでもない物を創りそうだ。


「でも、それをどうやって宇宙に打ち上げるんですか?
全長50メートル以上の陽電子砲を打ち上げる技術なんて、今はどこにも無いですよ。
衛星軌道上で組み立てるにしても、かなりの時間と費用が・・」


「エヴァが持っていってくれるわ。
空中機動実験のデータ忘れたの?楽勝よ」


「でも、予算出ますかね」


「出してもらうわよ、人類の為だもの・・嫌とは言わせないわ。
そんな事より、こっちに来なさい」


「え?ま、まだ昼間ですよ」


「だから何なの?」


「ご、強引です・・・あ」


ゲンドウと別れてすでに一年以上。
リツコの性的嗜好は確実に変化を遂げていた。
現在はゲンドウから分捕った慰謝料を使い、数人の子猫ちゃんを飼っている身。

だが第一の子猫、マヤはそれを知らない。





平穏 レイの場合・・

ネルフ本部 第四会議室


「つまらない物ですが、お受け取りください」


「あなた誰?」


「はっ!戦略自衛隊第一師団司令からの使いの者であります!
此度の演習での見事な指揮振りに感服し、今後ともよろしくお付き合い願いたいとのご挨拶に司令の
代理として参上した次第であります!」


「そう、ご苦労様」


「はっ!勿体ないお言葉であります!」


中学の制服を着た少女の前で直立不動の体勢で緊張する若き士官。
本人は至って真面目なのだが、端で見るとかなり滑稽だ。

レイの後ろには、すでに贈答品が山と積まれている。
戦自からの挨拶が特別なのではない証拠。

作戦本部の主導権移行を敏感に感じ取った戦自やら出入り企業、更には政府機関や国連機関までもが
レイに挨拶をしたいと引きを切らない。
あんまり多いので、こうやって会議室を特別に使用させているわけ。
今も、部屋の外では順番待ち状態だ。

ちなみに贈答品は、なぜかニンニクとかラーメンが多い。
レイの好みは研究されているようだ。


「用はそれだけ?」


「い、いえその、実はもう一つ・・」


「なに?」


「サ、サインを頂けると非常に感激というか嬉しいのでありまして・・」


「サイン?どこにするの?」


「はっ!こ、ここにお願いいたします!」


レイは何か勘違いしているようだが、士官にとってはどうでもいい。
上着をすぐさま脱ぐと、その裏地にサインをせがんだ。
ガードでレイの両隣に立つ保安部職員も少々呆れ顔。

が、超の付く美少女、レイに憧れる戦自の隊員は多い。
この士官もその一人で、このサインは皆から羨望の眼差しで見られる事だろう。


「これでいいの?」


「はっ!ありがとうございました!」


まるで小躍りしそうな様子で部屋を出て行く士官。
そしてそれを不思議そうに見送るレイ。

彼女には、何で彼があんなに喜ぶのか理解できていない。


「贈り物の受領サインて、あんなに嬉しいのかしら・・
戦自には変な規則があるのね」


突っ込みたくても出来ず、必死に笑いを堪えるガード達である。





平穏 アスカ&シンジの場合・・


「ねえシンジ・・アタシ、変わったと思わない?」


「な、何だよ、いきなり」


「いいから、質問に答えてよ。
アタシ、変わったわよね?」


「う〜〜〜ん、まあ・・初めて会った時から比べると身長も伸びたし胸も大きくなったし・・」


「バ、バカ!そういう事じゃないわよ!」


「いて!叩くことないだろ。
となると・・
あっ、そうか!綺麗になったよ。
あの頃は可愛いって感じだったけど、今は綺麗って言葉の方が似合うもんな」


「そ、そ、それは嬉しいけど、まだ違うわ。
もっと言う事があるでしょ?
何て言うか、こう・・・人の本質って言うかさ」


「て、言われてもな・・・
あっ!


「分かった?やっぱりシンジよね♪」


「何だ、簡単じゃないか。
あの時はまだ処女で、今は立派な女だって言いたいんだろ?
・・・あれ?なに怒ってんの?」


「このバカシンジ!!
アタシは、お淑やかになったって言われたかったのに!!
どうしてそういう方向に話が行くのよ!!」



「今のこの状況じゃ仕方ないだろ!?
僕達、いま裸でベッドにいるんだよ。
そんな事、思い浮かばないよ!」



「こういう時にこそ、そういった台詞が欲しいの!
シンジがそういうつもりならいいわ。
アンタのお望み通りにしてあげるわよ。
覚悟はいいわね!?」


「受けて立ってやるよ!」




とある休日・・
しかも真っ昼間の会話である。




平穏 その他・・


「邪魔するぜ相田君。
これは差し入れだ」


「いつもありがとうございます、加持さん。
またミサトさんと喧嘩したんですか?」


「まあな。
あいつは出て行っちまうし、家に一人でいてもつまらん」


第三新東京市郊外のとある山林。
そこにテントを張り、サバイバル訓練と称し野営するのは相田 ケンスケ。
そして更に、そこへ客として来たのは加持。

ミサトがアスカ達の家へ押しかけるように、加持はここへ来ているらしい。

加持はコンビニの袋から缶ビールとつまみを数点取り出すと、ちびちびやりだした。
ケンスケは当然ジュース。


「原因はくだらい事なんでしょ?
何で喧嘩になるんです?」


「ふっ、そこが男女の機微というものでな。
特に夫婦間では微妙なんだ。君にもいずれ分かる。
いつまでも付き合い始めた頃のままじゃないんだよ」


「でも、惣流とシンジは全然変わりませんよ。
かえって酷くなってきてるように見えるけど・・」


「あ、あれは特殊な例であって一般的じゃない。
あれが一般的だったら、世の中に離婚は存在せん」


アスカとシンジの仲睦まじい様は、見ていて恥ずかしくなるくらいだ。
高校に上がっても彼女の陰すら出来ないケンスケには目の毒。
実際、目のやり場に困ることもある。


「それは確かにそうですが・・
でもミサトさんは心配じゃないんですか?
シンジ達の家に泊まるって、確認した訳じゃないんでしょ?」


「あいつが浮気なんかするもんか。
心配なんぞ・・」


「そうですか?
前にちょっと聞いたんですけど、日向さんて人がミサトさんを狙ってたとか・・
ミサトさんも満更じゃなかったようですよ。
何でも、日向さんの実家は地元じゃ有名な資産家らしいから」


「な、何だと?
俺は知らんぞ、そんな話」


「加持さんが知らないって言うのなら、ガセネタかな。
忘れてください」


ミサトの部下、日向についてはまったく警戒などしてなかった。
言われてみれば仕事上の接触は多いし、二人切りになる機会も多いだろう。
上司と部下という関係がいつの間にか男女の関係になるのは珍しくない。
ましてや夫婦喧嘩が絶えないとなれば、夫たる自分より信頼できる部下の元に奔る可能性は高い。


「今日はこれで帰る!」


「どうしたんですか?いきなり」


「ミサトを探す!
浮気は絶対許さんぞ、ミサト!」


取る者も取らずに、加持はテントを飛び出していった。
後に残されたケンスケはやおら携帯電話を取り出すと、目的の番号を呼び出しプッシュ。


「・・・・ああ、俺だ。打ち合わせ通りやったよ。
報酬の方は間違いないんだろうな?
・・・なら、いい。じゃあな」


どうやら、アスカに命令されて加持の危機感を煽ったらしい。
夫婦喧嘩に巻き込まれ、二人暮らしを邪魔され続けるアスカの作戦というわけだ。

それにしても報酬とは何なのだろうか・・


「やったぜ!これで堂々と惣流の写真が撮れる!
小遣い倍増だぜ!」



ケンスケが得たのはアスカの肖像権。
上がりの半分を上納しなければならないが、それでも予想される売り上げを考えれば充分な利益を
挙げる事が出来る。
彼女も欲しいが、今は金で満足する事にしたケンスケである。







そして、西暦2017年12月24日・・・


ネルフ本部 発令所


「護衛艦雪風から緊急入電!
東海沖の海中に正体不明の巨大な物体を発見、現在陸地に向かい移動中!
トレースを続けるとの事です!
国連軍及び戦略自衛隊は警戒態勢に入りました!」


クリスマスイブで朝から多少浮かれた雰囲気のあった発令所を、日向の叫び声のような報告が
一瞬にして緊張させた。

来るべき時が来た瞬間。

この発令所に詰めている人間達は、この時を待っていたとも言える。
事務方に押され続けた雌伏の時が終わったのだと・・そう感じた。

その思いは、この女性が一番強いかもしれない。


「総員、第一種戦闘態勢!
これは訓練ではない!」



ミサトの張りのある声が響き渡る。
繰り返された訓練、実験・・優秀で、しかも熟練の域にまで達したパイロット達。
何も心配する事はない。

そして、自分の役割を果たせるという昂揚感・・・

ミサトは、久しぶりに心が晴れていくのを感じていた。


「第三新東京市に特別非常事態宣言を発令!
日本政府に報道管制の要請を!」


「現在、日本政府と一切連絡が取れません。
相当の混乱状態にあるようです」


「連絡が取れない?
もう平和ボケしてんの、あの連中は!」


整然と訓練通りの動きを見せる国連軍や戦自、ネルフとは違い、日本政府は混乱しているようだ。
セカンドインパクトから僅か十数年で早くも平和に慣れきってしまった様子・・緊張感の欠片もない。。


「日本政府へは連絡が取れ次第対処して。
パイロット達は?」


「すでに本部内です。
エヴァ各機は出撃体勢に移行中」


「いいわよ、日本政府以外は全て訓練通りじゃない。
これなら勝てる!
そうよね?日向君!」


「はっ!」





アスカとシンジは、これからクリスマスの買い出しに出ようとした時に連絡を受けた。
そしてほとんど同時に保安部の要員が姿を現し、そのまま車に乗せられて本部まで直行。

こんな訓練も何度となく行った。
だが今日は違う。
ガードの表情も本部内を慌ただしく駆け回る職員達も、これが訓練などではないと教えてくれた。

初めての実戦。

恐怖と自信が半々。
しかし・・


「シンジは恐い?」


「こういう時、男としては恐くないって言わなきゃ行けないんだろうけど・・
本音を言うと恐いな」


「アタシも恐いわ、実戦なんて初めてだもん。
でもね、アンタと一緒なら・・アタシは恐怖なんて乗り越えられるわ」


「ありがとう、アスカ。
こんな台詞縁起でもないけど、死ぬときは一緒だ」


「約束よ」


エントリープラグに乗り込む直前・・出撃前のキスを交わす二人に、整備員達の暖かい眼差しが
集まる。

この人は苛ついているようだが・・


「どこに行っても色ボケなのね・・あの人達。
どうでもいいけど、時間がないわ」


シンジの事は振り切ったはずなのに、なぜか面白くないレイであった。




この日から始まる使徒との戦いは、結果だけを見れば楽勝にも思える事だろう。
戦自や国連軍などの損害も驚くほど少なく、民間への被害も最小と言えるほど抑えられたのだから。

しかしそれはこの二年間の努力のたまものであり、結果だけで全てを推し量るのは戦闘に従事した
者達に対する侮辱に等しい。

これから、いつ終わるともしれない戦いは続く。

成長し、心の補完など必要としなくなったパイロット達を中心にして・・






第一部 完


次回、第二部 第一話
戦いの後



でらさんから『こういう場合』第26話をいただきました。

それぞれの平穏‥‥嵐の前の静かな情景が描写されていますね。

第一部の締めらしいお話に仕上がっていたと思うのです。

いよいよ次回から第二部、使徒襲来‥‥続きも楽しみです。

みなさんも読後はでらさんに感想メールをお願いします。

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